※ひろ視点
東西戦のメンバーになるために赤木さんに口を利いてもらおうとハワイまで行くとそこで赤木さんの娘、蓮と勝負することになった。
この勝負に僕が勝てば東西戦に参戦できる。だけれども蓮が負ければ日本へのチケットを失いハワイに取り残される。
小学生くらいの女の子にはとんでもないプレッシャーのはずなのに蓮は赤木さんにそう聞かされた時眉ひとつ動かさなかった。
自分の身がかかっていようが彼女の心は揺らぐことがないらしい。この子は間違いなく赤木さんの娘なのだろう。だけれども僕も負けるわけにはいかない。なんとしてでも東西戦に出てみせる!
そんなわけで始まった最初の半荘、僕が親だった。
流れは来ていた。リーチをかけた瞬間ツモり1発がつく。裏も乗って親マンだ。幸先がいい。
その後も流れが来ていた。次の局は中とドラ1で軽く上がりその後金光さんがツモって親は流されたけど次の局で鷲尾さんが振り込んでくれて2位の金光さんとは一万点以上差がある。
蓮は動かない。リーチをかけるどころかポンやチーもしない。ダマでテンパっているのだろうか?不気味だ。
結局この局は僕がトップだった。蓮は1度も上がらなかった。でも振り込みもしなかった。
まるでこちらの手を見透かすためにこの半荘を"見"に回った。そんな印象を抱いた。
結局僕は1度も蓮の手の内を見ることなく二回戦に移行することになる。
二回戦、蓮が動いた。わずか4巡でリー棒を掴みリーチを宣言する。
その速さはまさに神速、鳴きもせず早々に手を揃える引きの強さは赤木さんを感じさせた。
結局5巡、僕がいらない牌を整理している間に蓮はツモった。
ついにわかる蓮の手の内、開いた手の中は七対子だった。
1度も捨て牌を被らせず七対子を完成させるのを凄いと思うのと同時に違和感を覚える。七対子は単騎待ちの形になるので相手を狙い撃つのに適した役だ。こんな風に僕と蓮とのサシでの勝負なら黙って僕を狙い撃つのが当然だろう。それなのにリーチをかけたのは何故だろう。
結局蓮の手はリーチ、七対子だけの凡手だった。だけれどもここから僕は蓮の麻雀を思い知らされることになる。
この局から三連続、蓮の独壇場だった。
蓮は五巡以内で必ずテンパった。そしてそのどれもが周りに明らかにテンパっていることを示して来た。鳴いて三フーロ作ったりリーチしたりと方法は様々だが相手に自分の状況を知らせる。ダマで待たないことにどんな意図があるのか困惑したが上がった後の蓮の手牌を見てわかってしまった。いや、わからされた。
蓮の待ちは恐ろしく悪いものだった。そして必ず単騎だった。もう1巡待てば手替りするんではないかと思うところで平気でリーチをかけてくる。まるで麻雀を覚えたてでとにかくテンパイを維持する初心者のような行動に見えたが、違う。蓮のこれは脅しなのだ。
ドラ表示牌に1枚、河に1枚すでに使われている北で蓮は待っていたりする。五巡といえばまだ字牌の整理が終わってないような段階だ。そんな時に平気で残り1枚の牌で待っている蓮がいると非常にやり辛い。確率的には低いとわかっていてもどうしても掴んだ牌をきれなくなる。結果手が制限され進みが遅くなる。
あのテンパイを伝える行動は全てこちらの行動を抑制するもの。蓮に場の捨て牌を支配される。
そしてそんな薄い牌を掴んでくる強運、はっきり格の違いを思い知らされる。この半荘は蓮に取られた。
だけれども僕も負けるわけにはいかない。間違いなく僕の方が麻雀歴は長いのだ、麻雀に対する呼吸、感覚、知識、その全てを僕の方が上回っているはずだ。
蓮もいつまでも好調のわけではない。次の半荘では先ほどの怒涛の攻撃はなりを潜めて蓮は静かに麻雀を打っている。今の彼女には流れがないのだろう。この隙を突かなければ僕に勝機はない。
麻雀の理を僕は知っている。場に何が捨てられ見えている牌からツモることのできる牌の確率、鳴ける可能性を考慮した手作り、逆転までに必要な飜の数、目に見えている情報を正しく使いこなせる。
蓮みたいな待ちを選ぶ必要はない。多面待ちにして自分がツモればいいのだ。手を進めていく。麻雀の王道を行こう。
しかし結局この局はツモれなかった。鷲尾さんに上がりを掻っ攫われる。これは仕方ない、僕と蓮だけで麻雀をしているのではないのだ。周りがついている時もあるだろう。
結果この半荘は鷲尾さんに攫われた。だけれどもこれならいい。先ほどに続き蓮の流れが続かないのであればそれでいい。
あくまでこれは僕と蓮の戦いなのだ。蓮に勝たれないことが大切だ。
だが、次の局、また蓮の流れがやってきた。五巡目に蓮がリーチをかける。だけどもすでに僕の手もイーシャンテンである。蓮は待ちが悪いことが多いからテンパれば僕の方が早く上がれる可能性が高い。そう思ってツモったのは西だった。
2枚目の西、本来なら即ツモ切りしても良いような牌なのに手が止まる。蓮は平気で地獄待ちを行なうからこの牌はかなり臭い。
だがこの牌を切らなければ手を崩していくことになる。せっかくイーシャンテンまで行ったのにここで手を崩したらもうこの局は蓮に追いつけないかもしれない。
強く行くべきか下がるべきか、結局僕は手を回して西を手の中に収めることにした。幸いにして西は僕の風だ。重ねることができればまだチャンスはあるかもしれない。
だが次に引いてきたのは欲しかったカンチャン牌、強く打っていたらここでテンパイだった。くそう、と悪態をつきながらそのままツモ切る。
蓮の番となり牌をツモる。ツモるなよと祈っていると蓮はそのまま牌を河においた。スーピンだった。本来の僕の上がり牌。
なんてことだろう、西を切っていたら上がっていた。しかも蓮からの直取りでリーチと1発までついていた。西さえ切れていれば。
いや、終わったことでぐちぐちいうのはやめよう。この西は切れなかったのだ。今できるだけ精一杯やろう。
その3巡後蓮は上がった。一索を1巡目に切っているのにツモったのは四索だった。蓮はフリテンだったのだ。当たる牌などひとつもなかったのだ。
手先が冷たくなって行く。西どころか蓮に通らない牌なんてひとつもなかったのだ。結局僕はさっきの蓮の打ち方のイメージに引きずられていただけだったのだ。心の弱さに付け込まれた。
その後は散々だった。普段だったら切らないような牌を切って何度も蓮に振り込んだ。この半荘も落としてしまった。
ドクドクと心臓が鼓動するのがわかる。これで蓮は二回トップを取った。あと一回蓮にトップを取られたら僕の負けだ。
だけれどもこんな心境じゃとても蓮に勝てそうにない。どうしたら、
「ジジイ、リーチの後でもカンはしていいのか?」
「ああ、暗カンならしてもいいぜ」
「ふーん」
・・・え?
2人の会話を聞いて思わず顔を上げる。なんだ今の会話は。ルール確認だなんて、そんな当たり前のこと、まるで初心者みたいな発言じゃないか。
俺の動揺に気付いた赤木さんがニッと笑い吸っていたタバコを灰皿に押し付ける。
「ああ、勝負の途中に悪いな。だけれどもこいつ麻雀するのは2回目なんだよ。ルール確認は大目に見てくれ」
「麻雀するのが2回目なんですか、」
それは衝撃の事実だった。頭が真っ白になる。赤木さんの娘だから麻雀は当たり前のようにできると思っていた。いや、でもよく考えると娘だとわかったのも一ヶ月前だと言っていた。蓮は本当にルールを知らないのか?
「おう、しかも最初の時は蓮が一度でも上がったら勝ちっていうルールでこいついきなり天和なんかで上がりやがったからよう、実質これが初めての麻雀だな」
そういって赤木さんは新しいタバコに火を付ける。初めての麻雀で天和で上がり実際に打つのがこれが初めてというなら、それが本当ならこの子は化け物だ。赤木さんと同様に天に愛され才能に恵まれそれを使いこなすことのできる人を逸脱した存在。
だけれども今ならば僕にもチャンスがある。確かに将来蓮は僕には及ばない高みへと行くのだろうけれど今なら話は別だ。麻雀のルールを完全に理解出来ておらず才能を使いこなせていない今なら僕にも勝機はある。
初めて麻雀をするにあたって難しいのは役を作ることだ。そのままただ回せばいつかは形になるかもしれないが周りがポンチー鳴けば手の進みの遅さは焦りに代わる。かといって闇雲に鳴けば多くの役が消えかといってどうやって手を回せば役が付くのか初心者には判断が難しい。
1番わかりやすい役はリーチをかけること、これならば切る牌が制約される代わりに当たり牌が出た時にすぐに上がることができる。
蓮もそうなのではないだろうか。蓮も役をよくわかっていないから手の変えることのできないリーチを連発していたのではないだろうか。
ここがきっと蓮に付け入る隙だ。
次の半荘、早々に二鳴きし仕掛ける。五巡たったが蓮から動きはない。テンパれば蓮はリーチをかけるだろうし捨て牌を見ればまだ字牌を整理しているところだ。この局に蓮の流れはない。なら僕が上がり切る!
8巡目、テンパった。3-6萬待ち、白ドラ3、悪くない手だ。蓮の捨て牌を見るとまだ端の整理をしている。すぐには蓮から僕のロン牌は出てこないかもしれないが手は遅そうだ。これなら僕の方が早い。まずはこの手を上がり切る。
他の2人は鷲尾さんはともかく金光さんは手が早そうだ。真ん中の牌が出始めている。1巡前で切っていたウーピンでテンパったのだろうか。少なくともイーシャンテン。
手を回す。中々ツモれない。金光さんは間違いなくテンパっている。蓮は捨て牌を見るにテンパイもありえるかもしれないが蓮がテンパっているのならリーチをかけるのではないか?いずれにせよ注意は必要だろう。
自分の番が来た。ツモったのは西だった。さっき切れなかった西。
場を見るともう2枚も西が切れている。これで待っている人がいるなら地獄待ちだ。金光さんはない。染めているわけでもないしおそらく役は断么。
問題は蓮だ。もしテンパっているのなら蓮の好きそうな待ち牌だ。待ちの悪い牌、2回戦目の蓮の麻雀が頭に浮かぶ。
でも今蓮はリーチをかけていない。じゃあやっぱりテンパイしていないのではないだろうか。蓮がリーチしていないテンパイは3回ポンと鳴いたトイトイだけでそれ以外は蓮は全てリーチをかけている。
そもそも後1枚しかないとんでもなく薄い牌だ。こんなところで止まらない。この西を抱えてテンパイを崩すなんて論外だ。
西をそのまま河に捨てる。大丈夫、この牌は通る。蓮はきっとテンパっていない。だってリーチはかかっていないんだから。
「人を信じすぎだよひろさん」
蓮の声が響く。蓮が手牌の両端に手をかける。まさか、
「私が初心者だと聞いてそれを過信しすぎるのは気が緩んでいる。その心の隙を狙う者もいるんだから」
牌が倒された。暗刻が四つと西がひとつ。四暗刻、西単騎待ち、
「ロン。その西だ」
役満に振り込んだ僕に残された点棒はなかった。