私の神様は果てしなく遠い存在だ。
ただ強いだけじゃない。選択が上手いとか運がいいとかそういうのだけではないんだ。
心を奪われる。魅了され目が離せなくなる。
ひとつひとつの選択に血が通っているのだ。魂が宿っている。
世界の全てを掴み取ってしまうような奇跡の闘牌、それが神様の領域。追い付きたい。その世界に辿り着きたい。
だから私も高みに至れるように、自分に誇れる打ち方をしよう。
この局、私が狙うのは国士無双。八筒を捨てて幺九牌が3枚来た。やはりここは国士の流れ、ツモは好調だった。
だけれども場の流れは今、私にない気がする。森田さんも悪くないだろう。そして、蔵前さんには……圧倒的な天運が舞い降りている。
蔵前さんに有効牌が流れている感覚がある。このままだと和了するのはきっと蔵前さんだ。
流石誠京グループという絶大な企業を一代で築き上げてきた人間だ。持っているツキが太い。蔵前さんが和了するのもそう遠くない未来だろう。
私はこの狂った勝負は東1局で終わると思っている。全てを失うか全てを得るか、誰かが壊滅的な敗北を負うこの勝負がこの1局で終わるのだ。
ということは蔵前さんの手はただの染め手ではないだろう。もっと絶大で圧倒的な勝負手が入っているはずだ。
蔵前さんの手には萬子が集まっている……九蓮宝燈だろうか?
一生に一度ツモれるかというかの役、九蓮宝燈。あまりの出現率の低さに和了すれば死ぬとまで言われた希少な役だ。
それをこの土壇場で作り上げるというのだろうか。
空気がピリピリと張り詰めてきたように感じる。蔵前さんの和了が近付いてくる。
そして一索を引いてきた瞬間ゾワリとした感覚が身体中を駆け抜けた。
ああ、ダメだ。これは次に蔵前さんがツモれば敗北が確定する。
一索を一度置き手牌をジッと見つめる。流れを変えなければならない。変わらなければ絶対的な敗北がきてしまう。
だけれども私にできることは少ない。私の手牌は国士に向けて幺九牌が集まっている。私が鳴けるということはないだろう。
ならば誰かに鳴いてもらわなければならない。だけれどもそれならば誰に鳴いて貰えればいいんだろう?
ここは間違いなく分岐点だ。このままただ緩慢に流れを享受すれば私の敗北は確定するだろう。森田さんに蔵前さん、この席に座るメンツは化け物揃いだ。時の運という曖昧なものに身を委ねて勝利を手にできるほど甘くはない。
なら、何を切る?わかりやすいのは發か白だろう。森田さんは確実に大三元だから切れば確実に鳴いてくれるはずだ。
そう思いながら發に触れるがその瞬間、ふと笑みが溢れた。
そんな緩い手でこの後を勝ち切れるわけがないか。發か白を切れることはその場しのぎの逃げでしかなく未来に繋がる一手ではない。發も白もまだ場に残っている筈だから切ったからといって即座に私の敗北に繋がるわけではないけどそれでも私の手の進みが遅くなるのは間違いない。
私にはあまり時間がない。先程蔵前さんから50億という資金を得ることはできたが今座っているメンツの中では私が一番資金力がないのだ。このまま場代をあげ続ければ東1局をツモり切ることすら出来ない。
それでも手は緩めない。限度いっぱい上り続けていく。自分をひたすら追い込むだけの行為、だけれどそれくらいでいい。そうでなければとても足りない。
神様に追いつく為の最短距離を駆け抜けていく。
引くという選択肢はない。ただただ走り続けていく。最後に辿り着くのが断崖絶壁だとしても私には飛ぶしかないのだ。
今この場の流れは蔵前さんにある。どうしてそれで森田さんを鳴かせて流れを変えられると思ったのだろう?そんなわけがない。この場が蔵前さんの影響下にあるというならば変えるべきは蔵前さんの意思だ。
選択をしよう。このどうしようもなく強大な蔵前さんの流れを断ち切るためには理外の一手が必要だ。
安全圏に身を置き賢い打牌をしていても何も変わらない。身を切らなければならない。血を流すような、そんな震えるような闘牌をしなければ相手を追い詰めることなど出来ないのだ。
下手したらここで振り込みまであるだろう。だけれどもこの状況だからこそ切る価値があるのだ。
一萬を掴んで河に捨てた。後ろから息を呑む音が聞こえてくる。私が国士を捨てたように見えたのだろうか?そんなわけがない。これが蔵前さんを取るための最善の一打、私は最後まで勝つつもりでいるよ。
さて、蔵前さんはどう動くのだろうと顔を上げた瞬間、にたりと笑う蔵前さんと目が合った。
「その一萬をポンするぞ」
蔵前さんが私の河から一萬を拾い右に寄せる。鳴いた、蔵前さんは鳴いたのだ。
蔵前さんからすれば国士を行なっている私が出す一萬は最後の一萬に見えるだろう。
そう思ってもらうために一萬を切った。ただ緩慢な手を続けても勝利は掴めない。
安全は考えない。リスクは背負うべきなのだ。重みのない行動に相手の足は止まらない。
その結果がこれだ。牌を手繰り寄せる。
本来だったら蔵前さんの物となるはずのツモだった。だから来ると思った。蔵前さんなら必ず引くと確信していた。
鳴きによって手はひとつ進んだのかもしれない。だけれども蔵前さんはツキを失ったのだ。
牌を引き入れ手元で表を向ける。そこに書かれていたのは先ほど私が手牌から切り出した牌、
……一萬だった。
次は銀さん視点