気付いたら赤木しげるの娘だったんですが、   作:空兎81

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揺れる決意

いずれ俺は金と呼ばれる男になりたい。銀さんを超える男になる、それが俺の望みだ。

 

人の本質は悪にある。利によって動き金を持たない者は罪人だと、そう思っていた。

 

だけども誠京麻雀で動く天文学的な金に蓮は興味がない。ただただ蔵前の命にのみ焦点を合わせている。

 

金ではない、そんな物では推し量れない世界に蓮はいる。

 

この人の理から外れた少女を俺は愛している。だけれどもこの莫大な金と人生のかかった狂った勝負で勝ちたい。俺は蓮に勝ちたい。

 

そしてその欲を突っ切った先の世界を見てみたい。きっとその向こうに俺の求めていた物がある。

 

 

『二度ツモします』

 

そう言って蓮がツモり直した牌が俺に回って来る。

 

それは中だった。大三元を成し遂げる為の必要牌、これで中が対子になり和了が見えてきた。

 

俺が大三元を和了狙っていることは蓮も承知のはず、それでも中を回すのは俺への援護か?いや、蓮はそんなことはしない。俺と蓮のチームという体でこの誠京麻雀は始まっているが蓮にそんな気はさらさらないだろう。そうであるならば蓮の瞳があまりにも鋭すぎる。

 

いつもはガラス玉みたいなキラキラした透明の瞳が熱を帯びゆらりと揺れている。普段のケーキの苺ひとつに一喜一憂する蓮からは考えられないほどの闘気を帯びている。

 

はっきりと俺にもわかった。蓮は決めにきている。この東一局で全てを終わらせるつもりでこの場に臨んでいるのだ。

 

そう考えるとこの中が俺の元にやってきたのには何か意味があるのだろうか?

 

ジッと自分の手牌を見つめる。白はすでに暗刻で中と發が対子となっている。良い形だ。大三元がすぐそこまで見えているがここまでくると誰も三元牌を放出しないだろう。自分でツモらなければ成就することはない。

 

だけれどもそれでいいのかもしれない。誰の力も借りず俺1人での勝負を勝ち切る、それくらいしなければ追いつくことはできないだろう。

 

この人間離れした少女の領域はそれほどまでに遠いのだ。

 

自分の力で和了りきる、そう決意した瞬間蓮は俺の全く予想しなかった行動に出た。

 

「10.24」

 

その言葉と共に切られたのは中だった。俺の大三元の牌を切る。

 

馬鹿な、蓮だって俺の大三元には勘付いているはずだ。それなのに中をツモ切るのか?

 

蓮の狙いがわからない。最初に八筒を暗刻で落としたことから普通の手ではないとは思っていたがこの時点になってもまだ手の内が読めない。

 

蓮の手牌は国士無双だと思っている。最初に暗刻を落としたのも捨て牌に中張牌が並ぶのも国士だと納得できるからだ。だけれどもそうだと確信するにはいくつもの不可解な牌がある。

 

数巡前、蓮は一萬を切った。明らかに染めている蔵前がいるにもかかわらず一萬を切った。国士ならば一萬は必要牌なのだからあのタイミングで切る必要はないだろう。そのあと手出しで二筒を出していたのだから余計にそう思う。

 

二度ツモで俺に中を送り込んできたのもそうだ。大三元を狙っている俺に国士であるならば尚更中を渡す必要などない。客観的に見ると蓮は国士ではない。そう見える。

 

だが何故か俺には蓮が国士を狙っているように思えてならない。理由は説明できない。不可解な捨て牌ではある。だけれどもどうしても蓮は国士ではないかと感じる自分がいる。

 

根拠はない。だが、この場の流れで蓮に何の手も入っていないとは思えないのだ。

 

ということは蓮が切ったのは最後の中なのだろうか?

 

国士無双を和了するには幺九牌が1種類ずつ必要だ。中を切るということ、それは手の中にすでに中が1枚あるからに他ならない。

 

これが最後の中だ。大三元を和了するためには鳴かなければならない。それは間違いないはず……、

 

……本当にそうなのか?さっき自分の力で和了するべきと思ったはずだ。自分でも言葉に出来ない、だけれども場の流れを確かに感じたはずだ。

 

ここで鳴くことはそれに反している。自分で最後でツモり切る、きっとそうなる展開になると思ったはずだ。この中は鳴くべきではない。

 

だが現実問題としてこの中は最後の中だ。大三元を成就させるためには白發中が3枚いる。蓮の手の中に1枚中があるならこれを鳴かなければもう中を手にすることはできないのではないか?

 

どんなに流れが来ようとゼロを引くことはできない。そうだ、これが中を手にする最後の機会だ。

 

現実を見よう。その場に提示されている情報、これはリアルなのだ。

 

「その中、ポンするぞ」

 

手の内の中を倒しそう発声した瞬間、ゾクリとした悪寒が走った。思わず振り返るが不思議そうな顔をした安田さんと目が合うだけだ。何もない、何もあるはずがない。

 

だけれども今俺は何かを失った感覚がある。

 

身体が冷えていく。なんだ、何が起こった?俺は何かを間違えたのか?

 

ゆっくりと手を伸ばし蓮の河にあった中を掴む。わけのわからない感覚、ただ心の中にポッカリと空洞ができた。

 

いや、間違えてなどない。これが最後の中ならばやはり鳴かなければならなかった。

 

右にチャッと中を寄せる。何はともあれ俺は大三元を張ったのだ。待ちは發と一筒、一筒で和了するつもりはハナからないから待ちは發のみだが、和了すれば祝儀がつく。この誠京麻雀の祝儀は天文学的な数字、今であれば供託金が50億ほどだから5000億ほどだろう。今ひとツモ10億なのだから役満祝儀はまだまだ巨額になっていく。

 

それにしても蓮はどこまで場代を上げていくんだ?正直もうやり過ぎだ。蓮の初期費用は50億しかなくここまでの場代で10億以上つぎ込んでいる。今の状態ならばあとツモることができるのは3巡だけだ。

 

後3巡でツモれる予感があるのだろうか?まるでオカルトのようだが蓮ならばツモる牌を予知できるような気がする。ならばそれまでに和了りたい。何もせずとも蓮が勝利するかもしれない、だけれどもそうじゃない。俺が俺の力でこの勝負を勝ち取りたいのだ。蓮に寄りかかるだけで終わりたくない。

 

蔵前は二度ツモをし石井はツモった牌を手に入れ北を捨てる。

 

そして注目すべき蓮の手番。蓮はツモった牌を手の中にいれた。そして手元の点棒ケースをカチャリと開くと白い棒を一本取り出した。

 

「リーチ。それから場代をアップします。20.48」

 

カタリと置かれたそれに全員の視線が集中する。蓮の前に置かれたのは千点棒、蓮は間違いなくリーチしている。

 

そして場代をアップした。この金額だと蓮がツモることのできるのは次の1回だけだ。

 

つまり蓮は次のツモで和了すると言ってリーチをかけたのだ。

 

馬鹿な、蓮の思考が全く理解できない。あとたった1回のツモで和了できると予感したのだろうか?いや、よしんば本当に次の蓮のツモが和了牌だとしてもこれは誠京麻雀、普通の麻雀ではないのだ。蔵前が現物を引けばそれを二度ツモで蓮に送りつけることができる。相手のツモ牌に自分の望んだ牌を送りつけることができるのが誠京麻雀のひとつの戦略なのだ。ただの1度のツモでは絶対に蓮は和了することができない。

 

蓮はどうするつもりなのだ?この絶望的な状況でそれでも和了することができるのか?

 

わからない。俺には蓮の勝ち筋を見出すことができない。

 

蓮が牌を捨てたのだから俺の手番だ。いや、ごちゃごちゃ余計なことを考えるのはやめよう。ここで俺が發を引けば勝ち。大三元を和了し役満祝儀で蔵前を吹き飛ばすことができる。

 

ツモった牌を手繰り寄せる。五筒だった。發ではない不要牌、いや、まだできることはある。

 

「カンッ!」

 

手牌の4枚の五筒を倒して表に向ける。まだ嶺上牌が残っている。これで發をツモることができれば大三元を和了できる。

 

漠然とした予感がある。この局はもう終わる。この1巡で全てが決まる。

 

蓮が和了するかどうかはわからない。それでもこの1巡で全てが決定づけられるのだと何故か俺は確信していた。

 

手繰り寄せる。そして手にした牌は……一索だった。

 

和了れなかった。俺は發をツモることができなかった。

 

そのままツモ切る。結局俺はこの大三元を和了することはできなかった。

 

發は何処にあったのだろう?一枚は蓮が持っているのだろう。もう一枚は?俺に流れは来ていた。一体どこでその機会を取り零したのだろうか。

 

俺にできることはもうない。あとは信じて待つだけだ。

 

蓮がこの圧倒的に追い詰められたこの場所から奇跡を起こすことを。


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