気付いたら赤木しげるの娘だったんですが、   作:空兎81

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別れ道

 

終わった……。

 

東一局の親番、私の国士無双のツモ和了で全てが決着した。

 

点棒的に言えば16000オールだから誰も飛んでいないんだけど役満祝儀で蔵前さんの財力が尽きた。最終的に祝儀いくらになったんだろう?誰か計算してくれ。

 

いや、にしてもよく勝てたな、これ。2人とも運が太すぎてまともにやったら絶対に勝てなかったよ。なんとか鳴いてもらってツキをズラすことが出来たけど運がいいって最強の武器だと思うよ。うらやましいですわ。

 

蔵前さんは茫然として『ぁ、……ぁ』と意味のない音ばかりを繰り返している。なんだかひと回り小さくなってシワシワになってしまったように見える。もう勝負を始める前の得体の知れない怪物のようなオーラはない。

 

全財産失ったわけだから意気消沈してしまうのも仕方ないのだろうけど人間牧場してたことを思い出すと同情する気にはなれない。来世は清く正しく生きてください。

 

勝負が終わり熱が冷めてくると周りが見れるようになる。ガヤガヤと大人数が周りを取り囲んでおり皆こちらを見て何やら話している。うん。

 

 

や っ て し ま っ た

 

 

これは本当にやってしまった。周りにいるのは政界の偉いさんとか裏の大物とかそんな感じの人たちばかりだよね?そんな人達に顔と名前を覚えられるなんてとんでもない。私の平穏な日常にはいらん人脈ですわ。とっとと帰ろう。

 

席を立つ。そして振り返ったところでポケットに手を入れて薄く笑う銀さんが立ちはだかる。ラスボスここだよ。これちゃんと帰れるのだろうか。

 

 

「何処へ行くんだ蓮さん。この勝負の立役者のアンタがいないとこの場はしまらねえぜ」

 

 

ただそこに立っているだけだというのに何となく無視できない圧がある。別世界の赤木しげるみたいな人だもんな、この人。でも帰るぞ私は。そっちの世界まで足を踏み入れたくないんだって。

 

 

「もうここには用はない」

 

「お前さんの勝った4兆1922億はどうするつもりなんだい?蔵前にも蓄えはあるだろうがそこまで現金はないだろう。奴の不動産、株、会社、そういった物で精算しないとならん」

 

 

静かに銀さんがそういう。うわっ、最終的に祝儀は4兆までいったのか。原作より多い?いや原作でも途中経過で3兆だったのだからハイテイで振ったらそれくらいになってたのかもしれないね。にしても桁が大きすぎて訳の分からない額だ。

 

銀さんは現金だけでは支払えないから不動産やら株やらで精算しようという。いや、そんなのもらっても使いようがないんだけど?特に会社ってどうしたらいいの?赤木スーパーとか展開したらいいの?来る客に片っ端から腕一本かけたギャンブルを申し込む感じのスーパー?潰れる未来しか見えないんだが。

 

 

「いらないからそちらで適当に処理しといてください」

 

「要らない?蔵前の資産がか?」

 

「金で買える物には興味ないので」

 

 

銀さんが驚いた声でそういうがマジでいらない。赤木さんの命とか健康とかはお金で買えませんから。だから蔵前さんの資産には本気で興味がない。そんな物持っててここにいる人たちに何かと付き纏われる方が面倒なのだ。

 

それに、私の欲しい物は手に入れた。

 

 

「ならお前さんは何でこんな人生を賭けたギャンブルをしたんだ?」

 

「ただ不条理に身を委ねたかった、それだけですよ。ここでしか至れない境地があるから」

 

 

そう、私はただ蔵前さんとギャンブルをしたかった、それだけなのだ。若い頃の赤木さんが鷲巣巌というとんでもない豪運を持った怪物に挑んだように私も蔵前仁という圧倒的な資産を持った王に立ち向かいたかった。

 

ただ一心に神様を追っていく。その為に全てを賭していく。いずれ来るかもしれない決断の日に神様を捕まえられるように。

 

銀さんが目を見開き心底驚いた顔でこちらを見ている。なんてことはない、生きる世界が違うだけだ。

 

金という物差しでは測れない世界にあの人はいる。

 

もうここには用はないので銀さん達の隣をすり抜けて出口に向かう。誰も止める人はいない。

 

扉を開き身体を滑り込ませようとした瞬間見知った手が割り込んできた。終わり方があれだったんでちょっと気まずかったんだけど向こうから声をかけてくれるなら素直に嬉しい。

 

 

「蓮、送るよ」

 

「ありがとう、森田さん」

 

 

2人で無言で長い廊下を歩く。森田さんの大三元を潰しての和了だったわけだからちょっと気にしてたんだけどこの様子では怒ってはいないのかな?まあ怒られたとしても森田さんを手助けするつもりなんか全くなかったんだけど。私自分のことしか考えてなかったし。

 

私より銀さんの方が相方としてはよかったね。助っ人じゃなくてすまん。勝ったから許してくれ。

 

そのまま歩く。歩く。歩く。そして地上に出る。ここまで無言である。あれ?やっぱり怒っている?

 

 

「蓮、君は凄かったよ。只者じゃないと思っていたけどここまでとは思っていなかった。奇跡を見たよ」

 

「……どうも」

 

 

外に出た瞬間静かに森田さんがそう切り出す。口調的に怒ってはいないようだ。よかった。でも只者ではないって思っていたらしい。なんでだ、ただの普通の女子高生だよ。

 

 

「俺と君では見ている世界が違った。俺はリアルを見ていた。だけれども蓮は全く違う世界に身を置いていた。君の見ている世界を知りたい。蓮は何を目指しているんだ?」

 

ジッと森田さんがこちらを見つめている。別に隠していることでもないから教えても構わない。私の意思はずっと変わらない、神様を目指し続けている。

 

 

「……ひとり、どうしても倒したい人がいる。その領域に私は辿り着きたい」

 

「蓮でも敵わないのか?」

 

「向こうは神様みたいなものだから、とんでもなく強い。それでも捕まえたい。

 

……うちのクソジジイには手を焼いている」

 

 

そういった瞬間森田さんが息を呑む。何か予想外の物を見た、そんな感じの反応だ。え、なんだろう。寝癖でもついていた?

 

ひと呼吸置いて森田さんが息を吐き出す。それと同時に胸の内を吐き出すように静かに言葉を吐いた。

 

 

「俺も、だ。俺も超えたい人がいる。いつか俺は金と呼ばれる人間になりたい。銀さんを超えてそう呼ばれる人間になりたい」

 

 

一拍置いて森田さんが口元を吊り上げる。それは笑顔だったが目に力があり決意に満ちていた。

 

 

「蓮、俺達はここで1度別れよう。俺はまだ君の隣に立つのに相応しい男ではない。いつか俺が金と呼ばれたら君の隣に立たせてくれ」

 

 

そういうと森田さんは一度ポンと私の頭に手を置き踵を返した。蔵前さんの屋敷へと戻る森田さんは一度もこちらを振り向かなかった。

 

暫くその場に立ち尽くしそして思う。うん。

 

 

あれ?今、私振られたの?

 

 




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