気付いたら赤木しげるの娘だったんですが、   作:空兎81

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連行

「いやあ、蓮。まさかこの広い東京でばったり会えるなんて思わなかったぜ。叔母さんも元気なんか?」

 

「失踪したよ」

 

「え、マジか。じゃあお前今までどうやって生きてきたんだよ」

 

 

あの後カイジさんの家に行きコーヒーをご馳走になりながら近況について話すことになった。ちなみに路上の車にイタズラしてたのはめちゃくちゃ気まずそうにしていたから『……何も見てないよ』っていうとホッとした顔でヘラりと笑った。なんなんだろうな、この人。クズなのに憎めない。

 

 

「父親に引き取られた」

 

「え、お前の父親って蒸発したんじゃ、。あ、いや、よかったな親父さん見つかって!ってことは今は親父さんと暮らしているのか?」

 

「父親も失踪したよ」

 

「すまん。なんて言ったらいいかわかんねえ」

 

 

へちょっと眉を下げて困った顔でカイジさんがそういう。自分で言ってても酷いと思うわこれ。小学生の頃に母親が蒸発して成人前に父親も失踪ってまともな家庭ではないよ。

 

 

「気にしなくていいよ。元々放浪癖のある人だしね。だけど何処に行ったのか知りたいから今探してる」

 

「そっか。何か俺に手伝えることがあったら言えよ」

 

 

その時コンコンとドアがノックされる。『なんだよ、おらっ。今忙しいんだ!』と勢いよくドアを開けたカイジさんもその向こうに立っていたヤクザ風の男を見てコロリと態度を軟化せる。まあヤバそうな人に進んで喧嘩とか売りたくないもんね。

 

何やら2人の話を聞いているとサングラスのヤクザ風のおっさんがカイジさんに用があるそうで中に入って話したいそうだ。

 

たぶん、これエスポワール号への導入なんだろな。ってことはあのサングラスのおっさんは遠藤さんか。何処で話をするかで揉めているみたいだけどカイジさんがイタズラして遠藤さんの車パンクしているんだよな。結局中に入れる羽目になるんだからもういいんじゃないかな。

 

 

「なかいいかな?戸口で話すようなことではないんだ」

 

「いや客が来ているから今は困るんだって」

 

「カイジさん、気にしませんよ。向こうも急いでいるようだし中に入ってもらったらどうです?」

 

 

ちなみにベンツのエンブレムのくだりは私が入る時に『あー!中散らかってるからちょっとだけ待ってくれ!!5分!いや、3分だけだから!』っていってバタバタ先に部屋に入ってたからもう片付けられている。原作と同じように本棚の上に放り投げてあるんじゃないかな。まあ別に興味ないけど。

 

私のひと言もありカイジさんは遠藤さんを中に入れた。コーヒーを淹れてくると話が始まる。

 

 

「古畑武志知ってるね……?」

 

「あ…ああ、確か1年くらい前の同じバイトの仲間っていうか、」

 

 

遠藤さんの話はこうだった。古畑って男がサラ金で借りるだけ借りた後逃げたそうだ。カイジさんはその保証人になっているのだから代わりにそのお金を返さなければならないってことらしい。しかも20%の複利が14回転がって元金30万が385万になっているだって。わぉ。

 

 

「ふざけろっ。オレは払わんぞ。絶対!」

 

「ククク…。オレ達はプロだ。取り立てるって言えば必ず取り立てる。例えば公務員のお姉さん、それからお袋さんもまだパートで働いているんだったな。それからそこのお嬢さんは彼女か?」

 

「従姉妹だっ!」

 

「親族なら当然その従姉妹さんにも話が及ぶだろう。家族一致協力すれば10年とは言わず5年で完済できるんじゃないか?」

 

 

チラリと遠藤さんの目線がこちらに向けられる。おっと、話がこっちにも飛び火したぞ。10年来の全く交流のなかったほぼ初対面みたいな従兄弟の借金って払わないといけないのだろうか。というか私も無職で収入ないのだが?高校中退の就活歴のない19歳の無職なのですが?あれ、これってまずくない。社会的に見た時にカイジさんと立ち位置変わらないよね。え、私世間的に見ればカイジさんと同じクズニートなの?車にイタズラする人と同じレベルとか辛すぎる。

 

自分の社会的立ち位置に絶望している間にも話は進んでいく。

 

 

「きさま……!もしっ……!」

 

「カイジっ!オレも本意じゃねえ。家族で罵り合う様をオレはもう見たかねえ。座れ。本題だ」

 

 

晴海の埠頭から船が出る。船の名前はエスポワール。船に乗りうまく凌げば借金がチャラ、さらに大金を得られるかもしれないと遠藤さんはいう。やっぱりエスポワールへの導入だったのか。そしてここから始まる賭博黙示録。

 

勝って大金を掴め!という遠藤さんの言葉にカイジさんは狼狽えている。金を掴んでいないから毎日がリアルじゃない。届かないゴールにうんざりして真っ直ぐな気持ちを殺していく。染み付いている負け癖を一掃し、人生を変えろっ…!と遠藤さんはそういう。

 

カイジさんは何やら遠藤さんの言葉に感銘を受けているようだ。確かに遠藤さんの言葉は説得力があるし言っていることも間違ってないんだけど別に遠藤さんはいい人ではないんだよな。遠藤さんもノルマがあるからここに来ているだけで間違ってもカイジさんにチャンスをあげようとか思ってないのだ。借金取りが債務者に得するようにするとかないです。

 

グラグラと揺れるカイジさんにかかってきた電話を受けて遠藤さんが『カイジくん……、席あと2つだわ』とさらに追い討ちをかける。それでも悩むカイジさんにもう一度と電話が鳴ると『残念、なくなったわ』と遠藤さんが伝える。瞬間、『なんとかなりませんか』とカイジさんがエスポワール行きを懇願した。賭博黙示録が始まることが決定しましたね。

 

まあでもカイジさんはそれでいいと思うよ。危ない目に遭うし痛い思いもするし世間一般のまともからかけ離れた人生になるがカイジさんは勝ち切れる人だ。このまま浮上のないモヤのかかった人生を送るのではなく真剣に熱く生きて欲しい。だからカイジさんはいい。カイジさんはこれでいい。

 

問題は私がどうするかだ。勿論私に借金なんてものはないから(クソジジイが勝手に私に何かツケている可能性はあるが)エスポワールに乗る必要なんてないがこの船にはカイジさんが乗る。

 

賭博黙示録の主人公、伊藤開司が乗るのだ。

 

主人公というのは特別な立ち位置だ。異分子がいようが展開を変えようが世界は“原作”という大きな道筋を大幅には変えたりしない。ある程度はその枠に沿って進んでいく。

 

カイジさんは福本作品で最も有名な作品である“カイジ”の主人公だ。純粋な実力勝負で赤木さんに及ぶかはわからないがその密度は“天”や“アカギ”にだってひけを取らない。

 

カイジさんはある意味赤木さんに1番近い人なのだ。だからこの人がいる船に乗ることに価値はある。

 

 

「その枠、もうひとつ増やすことできますか?」

 

「は?」

 

「蓮っ!何いってるんだよ!」

 

 

カイジさんが驚いたように声を出す。こんな怪しい船に必要もないのに乗ろうとしている私が理解できないんだろう。でも私にはこの船に乗る理由があるのだ。

 

 

「なんだお嬢ちゃん、お前さんにも借金があるのか?」

 

「記憶している限りはないですね」

 

「なら悪いことは言わねえからやめとけ。お前の従兄弟の兄ちゃんは金がねえからこの船に乗るんだよ。何もねえガキが来るところじゃねえ」

 

 

ノルマクリアの手助けになるのだから二つ返事でOK貰えると思ったのに意外にも渋られる。パチンコ編でもなんだかんだ言いながらカイジさんに手を貸していたしなんだかんだ悪い人ではないのかもしれない。まあその後カイジさんのほぼ全財産むしりにかかっていたから良い人でもないけど。

 

 

「おい、やめとけって蓮。船乗って非合法なギャンブルするって言っているんだぞ?負けたら何処かしらに売り飛ばされかねねえ」

 

「だからだよカイジさん。だからその船に乗りたいんだ」

 

「お嬢ちゃんはなんでこの船に乗りたいんだ?金が欲しいのか?」

 

 

お金?そんなものには興味がない。私が欲しい物はお金ではけして買えないのだから。

 

 

「人生を賭けたギャンブル、それ自体に興味がある」

 

 

私にはもう時間がない。赤木さんを見失った。アルツハイマーを発症した場合あの夜が来ないように防ぐ手立てがないのだ。ならば神域にいる赤木さんに勝ち切るしかない。

 

世界に勝利を約束されている存在が主人公だ。ならばカイジさんを倒すことができたら、カイジ(主人公)を倒すことをできたら、

 

私は赤木さんの運命を変えられるかもしれない。

 

そういうと遠藤さんは呆れた顔で参加申し込みの書類をくれた。カイジさんは最後まで反対していたが私が紙に名前を書くと諦めたようで、『こうなったら仕方ねえ。蓮は俺が守るからな!』と言ってくる。いいお兄ちゃんだけど違うよカイジさん。私は貴方に守られたいわけじゃない。

 

貴方と戦うために船に乗るんだ。

 

 

 




vsカイジ編、始動!

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