星を8つ胸に付けてブラブラとフロアを歩き回る。
星を5つ付けている人がチラホラ、後は1つとか2つとかの人がそこそこ。8つも付けている人は他にはいない。そのせいかちらちらと周りから覗き窺うような視線を感じる。
まあ星8つにしようと思ったら、単純計算で5連勝しないといけないから中々いないよね。後は私みたいに全財産賭けての勝負で勝つとかだけど、こんな序盤からリスクを取る人もいないだろう。
ふとカイジさんはどうなったのだろうかと思って辺りを見渡す。だけどもフロア内にカイジさんの姿はないようだ。
船井とのイカサマバトルは終わっただろうから、チームメンバーを探してくらいのところかな?星ひとつ、カードゼロのカイジさんは生き残りを懸けて、互いを補える仲間を募ってチームを組んでいく。
それが功を奏してカイジさんは生き残ることができるんだけど、でも結局チームメンバーには裏切られちゃうんだよな。ここまで救い上げてくれたカイジさんよりも目先の金に目が眩んでカイジさんを切り捨てる。『カイジ』って作品はいつも仲間と共に協力して相手を倒して行くんだけど、大概何処かで裏切られちゃうんだよね。世知辛い世の中だ。
さて、カイジさんが本領発揮するのはもう少し後のことだし、私も誰かと対戦したいな。
と思った瞬間、強い力で腕を掴まれる。そのまま腕を引かれ壁際に身体を叩きつけられた。
「随分調子がいいじゃねえか、お嬢ちゃん。あ゛?こっちは星ひとつで崖っぷちっていうのにいい身分じゃねえか」
知らんオッサンが鼻息荒くそう言ってくる。息が臭い。誰だコイツ。短髪に無精髭でいかにもダメ男っぽい風体の人だけど原作にこんな奴いたっけ?
「おい、嬢ちゃん。星を7つ賭けて勝負しろ。で、お前はチョキを出せ。いいな、チョキを出せよ」
そんでもってオッサンは身勝手なことを言ってくる。そんなの単にオッサンに星7つあげるだけじゃないか。勝負ですらない。何言っているんだこいつ。
「いいか、チョキを出さなかったらどうなるかわかっているんだろうな。俺にはもう後がないんだ。別室に連れてかれる前にその小綺麗な顔をぐちゃぐちゃにしてやるくらいなら簡単に出来るからな」
そう言ってオッサンは、見せつけるように握った拳を目の前に突き付けてくる。つまり言うことを聞かないとボコボコにすると言っているのだろう。
確かに黒服に連行される前にボックスごしに顔面殴り飛ばすくらいならできるだろう。このゲームでこんな原始的な脅しをされるとは思っていなかったわ。これって普通にルール違反じゃないですかつらー。
だけど悪くない話ではある。言っていることはアレだが勝負をしようと言うことなのだろう?それならば。
「おい、そこ何をしている。暴力行為は即別室行きだぞ!」
「いや、なに、このお嬢ちゃんと勝負の内容について確認し合っていただけっすよ。おい、わかったな?さっき言ったこと忘れるんじゃねえぞ」
「ええ、わかりました。勝負しましょう」
ちょうどやってきた黒服に審判をやってもらうことにしてお互いボックスの前に対峙する。そしてカードを出す前に条件について確認する。
「星は7つ賭けだ。いいな?」
「互いに納得しているのならかまわんが、お前もそれで良いのか?」
「いえ、賭ける星の数は7つではありません」
チラッと互いの胸につけられた星を黒服が確認する。まあオッサンの胸には1つ、そして私の胸には8つの星がつけられているわけだからどうみても賭け金が釣り合っていないよね。もちろん7つ賭けで勝負するつもりはない。
「はぁ?チッ、まあ7つで負けると後がねえもんな。しゃあねぇな、6つで勘弁してやる」
「賭ける星は8つです」
見当違いなことを言うオッサンの言葉を訂正する。星6個では勝負する意味がないじゃないか。
「8つって、ハァ?負けたら別室送りだぞ?わかってるのか?」
「そうですね。私か貴方か負けた方が地獄行き、これはそういう勝負です」
星7つを8つにするだけなのだからオッサンには損のない話だ。黒服が『双方に異議がないのなら互いの星全てを賭けた勝負とする』と確認を取る。
「チェック」
「あ、いや、オイッ!待てッ!何賭ける星増やしてやがるんだよ!勝手なことしやがって。クソッ、余計なことを……っ!!!」
いざカードを出す段になった瞬間、急に顔を赤らめて怒鳴り出した。どうやら私が星を8つ賭けることが気に食わないらしい。別にオッサンに損はないのだから文句を言われる筋合いはなくない?
「負けたら別室送りになるとわかっていてわざと負けるわけがねぇじゃねえか。ちくしょう。オイッ!さっき言ったこと覚えているなッ!!違うカード出してみろっ!ぶっ殺す!わかっているなァ!」
「もう私のカードはセットしてますよ」
「これ以上の暴言は別室送りにするぞ。早くカードを選べ」
喚くオッサンを黒服が諌める。オッサンはグッと顔を歪め、ブツブツ言いながら手元のカードを見る。
星7つ賭けなら私がチョキを出すと信じられるのに、8つ賭けた途端に私の出すカードがわからなくなったらしい。
まあいくら殴られる殺されると言われても、負けたら別室送りになるならそれ以上に酷い目に遭うかもしれない。私の出すカードが読めなくなるのも無理はない。
この人にとっては想定外のことなのだろうけど、私ははなからそのつもりだった。八百長紛いの勝負などするつもりなんてないし、それを逆手に取ってケチな勝利を拾うつもりもない。
勝つか負けるか、生か死か。望みはただ一つ、純粋な勝負だ。
「くそっ、これなら負けはねえ。悪くて引き分けだ。チェックだ。俺のカードはこいつだ」
オッサンがバンッと叩きつけるようにカードを出した。互いにカードを出したのだから後は裏返すのみ。
「これなら負けはねえ、負けはないはず。引き分けたのならもう一度やり直して今度こそ、な」
表のなったカードを確認する。対面はパーを出し、私は……チョキだ。
「ちょ、チョキだと? な、ふざけんなッ! なんでチョキを出して…っ!!? クソッ、ぶっ飛ばして、ブホッッッ!!」
唾を吐き散らし今にも食ってかかりそうなオッサンが手を出す前に、ボックスに飛び乗り顔面を蹴り上げる。いい塩梅に顎にクリーンヒットしてオッサンが仰反り、そして倒れた。
チョキを出さなかったらぶっ飛ばすと言われて、まあちゃんとチョキは出しているんだけど負けたわけだから手は出してくるだろうと思ったので先にやった。やられる前にやる。ぶっ飛ばされるのはごめんだからね。一撃必殺、喧嘩は判断が早い方が勝つのだ。
オッサンはなんでチョキを出したかと喚いていたけど、それは貴方が逃げると思ったからだ。
最初から、星を7つ賭けろと言った時からこの人は逃げていた。私の星をひとつ残していたのは優しさでも温情でもない。殺り切る覚悟がなかったのだ。
どんな人でも後が無くなれば必死になって向かってくる。それを無意識に恐れていたのだ。絶対安全な領域で一方的に獲物を狩る。それが暴力をチラつかせながらこの人が望んだ世界なのだ。
だけども私が全部星を賭けたことで牙を剥かれたのだと感じた筈だ。自分の思惑通りことが進まない。チョキは出さない。ならばグーとパー、パーを出せば負けはしないと。
それがそっくりそのまま私がチョキを出した理由となる。釣り合わない賭け金をチャンスだと捉えずに恐怖した。死ねば助かるのに。
ギャンブルとは自分の思考と心中することだ。
「おい、お前!おいっ!ダメだ、気絶している」
「どうせ別室送りなのだからそのまま連れて行け。それよりお前、暴力行為は即座に別室送りだぞ!」
「あらら」
オッサンは当たり所が悪かったみたいで気絶してしまったらしい。まあそれは別にいいのだけど、蹴り飛ばしたわけだから今度は私が別室送りになりそうだ。
だけどあの時何もしなければ間違いなくあのオッサンは私に殴りかかってきた。ヤられるくらいならやる。殴られたくないから先にオッサンの顔面をぶっ飛ばした。手を出そうとしなければ私だって大人しくしていたよ。平和主義者ですし。
「だが相手の態度に問題はあった。よって今回は特別に不問とするが、次に暴力行為が露呈すれば問答無用で別室行きになる。わかったな!」
「どうも」
どうやらオッサンの態度も問題行為としてみなされたようで正当防衛が成立した。流石に別室に行きたいわけではなかったからこれはよかった。オッサンは安らかにお眠り下さい。
これで手持ちの星は9つになる。勝ち上がりに必要な星はとうに足りているけど、別に星を増やすためにこの船に乗っている訳ではないので上の船室に行くつもりはない。
勝負の相手はいるだろうか、と辺りを見渡していると『蓮!』と名前を呼ばれた。
この船で私の名前を知っている人はひとりしかいない。ああ、そうだね。いくつ勝負を積み重ねてもこの一戦には代えられない。私は貴方との勝負の為にこの船に乗ったのだ。
振り返るとそこにはカイジさんが立っていた。
モブ戦その②