気付いたら赤木しげるの娘だったんですが、   作:空兎81

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勝負の行方

俺と蓮は元々仲の良い従兄妹ではなかった。

 

 

蓮と会った回数はそれほど多くはない。おふくろに連れられて『いとこの蓮ちゃんよ〜』と数回会ったくらいの関係だ。真っ白な髪と何を考えているかわからない無表情な顔だけが記憶の片隅に残り続けていた。

 

俺が小学校に上がったくらいから叔母さん(蓮のおふくろさん)と連絡が取れなくなったと聞いて、それからずっと居所はわからなくなっていた。だからこの広い東京で偶然出会えたことに驚いた。大きくなった蓮は幼い頃の面影を残していて、だけど目だけはガラス玉のように透き通っていて澄んでいた。叔母さんも叔父さんも失踪したというのには驚いたが懐かしい従兄妹に会えたのは素直に嬉しいことだった。

 

蓮にはちょっとカッコ悪い所を見せてしまったが(車にイタズラするとか恥ずかしいことはもうやめよう)気にした様子もなく普通に接してくれた。

 

だと言うのに遠藤とかいう闇金のオッサンが来ておまけに古谷の借金を俺に払えと言ってきた。しかも元金30万なのに複利が嵩んで385万まで膨れ上がる。ふざけろっ!そんな暴利払えるわけねぇだろっ!

 

遠藤はエスポワールという名の船に乗れば借金をチャラにしてやると言ってきたが、何故か蓮まで乗ると言ってきた。借金があるわけでもなく、ただ単に勝負したいから船に乗りたいと。

 

ガキの火遊び、怖いもの見たさで乗りたいってことか?こんないかがわしい船に乗るな!どこへ売り飛ばされるかわかったもんじゃねえぞ!と説得しても蓮は意見を変えなかった。

 

ちょっと悪いことをしたくなる気持ちもわからなくはねぇが、仕方ねえ。まだガキの蓮を1人にしておくわけにはいかねえからね。蓮は俺が守らねえとな。

 

船に乗るまでには1ヶ月足らずの時間があった。蓮にこれからどうするのか聞けば行く宛はないという。父親も母親も蒸発したんだもんな。改めて考えるとこいつめっちゃ苦労してるじゃんか。

 

せめてオヤジさん見つかるまでここにいろよというと蓮は頷いた。年下の従兄妹がいるのに明日のメシにも困るんじゃカッコがつかないから俺はちゃんとバイトにいくようになった。大したことはできねえけど今まで苦労していた蓮に少しはいい思いをして欲しいからバイトの帰りにちょっとコンビニでプリンを買って帰ったりしてみた。あの無表情がはっきり崩れるくらい蓮は喜んでいた。甘いものが好きなのか。

 

そうすると今度は蓮が晩飯を作って待っているようになった。焼きそばとかカレーとか作ってくれたんだが結構うまい。何より人の手料理を食べるなんて何年振りになるんだろうか。なんというか心に沁みる味だった。

 

明かりのついている家に帰るのがこんなにも安心することだと思わなかった。蓮が来る前は毎日感じていたイライラや鬱憤は驚くほど感じない。なんというか俺は今までにないくらいちゃんとしていた。毎日バイトに行って帰りにちょっとした甘い物や菓子を買って、家に帰ったら蓮の作った飯をくって、気付いたら纏わりついていた訳の分からない閉塞感が無くなっていた。

 

家族がいるっていうのはいいもんなんだな。

 

エスポワールの乗船の日がやってきて蓮と共にマイナスのオーラで満たされた船内へと乗り込む。こんなところに女がいるのが珍しいからかチラチラとこちらを窺うような視線を感じたので一歩蓮の前に出る。

 

これだけ人がいる中で女は蓮ひとり。物珍しさかそれとも値踏みしているのかどちらにしろ良い意味はないだろう。蓮に手を出す奴がいたら許さねえぞ。

 

利根川とか言うやつからゲームの説明がされていよいよ限定ジャンケンが始まる。セオリーはわからないが蓮と協力していこうとしたら何故か蓮は『貴方と戦いたい』と言ってどこかへ行ってしまった。

 

え、あ、俺と戦いたいって、どういうことだ?

 

妹のように思っていた従兄妹にそういわれて俺は呆然としていた。だって、この船の中で蓮だけが俺の仲間で家族で信用できる人間だって言うのになんで戦わなければいけないんだよ。

 

言われたことが飲み込めず困惑する俺に男が話しかけてくる。同じく一千万借りていた男、船井に全てあいこにすれば勝ち上がれるといわれ騙されて星を2つ奪われる。

 

大事な勝負とわかっていたのに何故他人に行く末を委ねてしまったのだろう。身がちぎれるような悔いに襲われながら、なんとかチームを組み体勢を整える。

 

そんな時だった。大勝している奴がいるとザワザワとした囁きが聞こえてきたのは。

 

ひとつ、2つ勝つ奴はいるがなんとそいつは星を9つも持っていると。一体誰が、と思ってみればそれは蓮だった。蓮の胸には9つの星がつけられていた。

 

ジリジリと胸の奥から希望が迫り上がってくる。

 

蓮、すげえよ。こんな短時間で星6つも獲得するなんてマジですげえ。

 

蓮と協力すれば勝ち上がりも夢じゃねえ。ただで星をくれとは言えないから全財産で星を売って欲しいと頼み込む。

 

断られるか、得られる星の数を減らされるかもしれないと思ったが言われたのはまるで予想していなかったことだった。

 

勝負をしようと蓮はいう。お互いの星全て賭けて生き残りを懸けて1発勝負のギャンブルをしようとそう言ってきた。

 

俺はこの時初めて蓮がこの船に乗った時に言っていた言葉の意味がわかった。あれは比喩でもなんでもなく言葉通りそのままなのだ。

 

蓮は俺と勝負がしたいのだ。

 

蓮の星は9つ、これが得られれば俺達は勝ち上がりどころかひとり頭星4つという大勝を得られる。星ひとつがいくらの価値になるかはわからないが俺達の借金を返し切っていくばくかの金を掴むことができる。

 

その代わりとして蓮は地獄に落ちる。

 

あり得ねえっ!それじゃあ意味がないだろうっ!!従兄妹を、俺にとっては妹のような蓮をこの怪しげな船に残して自分だけ助かるなんてそんなんできるわけねえだろっ!

 

蓮と再会して1ヶ月弱、なんでもないような平凡な日々が俺は本当に本当に楽しかったのだ。だからやり直したいと思った。借金なんてチャラにしてまともな人間に戻りたかった。

 

蓮にも俺を兄のように思って欲しいのだ。

 

目頭が熱くなってポロリと涙が落ちる。どんな条件を突きつけられても蓮とは勝負しない。古畑と安藤を連れてその場を離れた。

 

蓮の力を借りずに星を9つにしなければならない。グーを買い占め、途中パーを買い占められるというアクシデントに見舞われたが俺達はここまできた。フロアーにある半分以上のカードを買い占め情報を知ることができた。

 

あとは勝つだけ、それだけなのに場が膠着しあげく全てのカードをシャッフルしようと船井がいう。ここで俺達の計画は破綻した。この提案に乗らなければもう勝負の場にすら立てない。苦渋の決断でカードのシャッフルに同意する。

 

 

「そっちのお嬢ちゃんは参加せえへんのか」

 

「私は結構です」

 

「ええんか。俺達は紳士協定を結ぶ。この中に入らなかった奴とは戦わへんで」

 

 

船井が蓮にもカードシャッフル参加するように声をかけるが『紳士協定なんてものに意味はないですよ』と言って不参加を決め込む。

 

チッと舌打ちをして『いいか!誰もあの嬢ちゃんと戦ったらあかんで!そしたらカード消費を盾にあの嬢ちゃんから星を奪えるかもしれん!』と船井がいう。

 

集めたカードを船井が数え始める。グーが35、チョキが9、パーが34。12枚ものカードが足りていないことになる。

 

蓮がカードを出していないのだからいくらか不足があるのは当然だがそれでも足りていないカードが12枚というのはおかしい。蓮が買い足したのか?いや、普通に考えれば他にカードを隠し持っている者、Xがいると考えられるだろう。

 

『嬢ちゃんとXとは戦ったらあかんで』といって船井がシャッフルしたカードを配り始める。全員に配り終わり残りのカードを受け取ろうとした瞬間船井が俺達のカードを地面にばら撒く。慌ててかき集めた時には勝負がかなり行われた後だった。

 

それでもなんとか勝負にこぎつけようとするも船井に『買い占めの奴らは何のカードを何枚持っているのか知っているんやで!戦うなんてアホや!』と阻まれる。

 

俺達の勝ちへの道は閉ざされたかと思ったが船井の失言に場が膠着する。わずかだが勝利への可能性が出てきた。

 

俺達が勝ち残る為にはフラフラとしている奴ら相手に3連勝するか船井に星3つ以上の勝負をしてもらわなければならない。それに俺達のカードは残り69枚。

奇数、偶然、奇数、また偶然か……。

 

抜け道を見つけるがこれも博打だ。買い占めの利を捨ててカードの選択を相手に委ねる。結果は1勝2敗、だが俺達の狙いは他にある。

 

残りは俺達と船井と蓮のみ。星5つ賭けた大勝負を船井に持ちかけるもXを探して声を張り上げる。

 

だがXはいない。足りないカードは予選抜けしようとした男がトイレに流したからなのだ。

 

それに気づいた船井が今度は蓮に勝負を持ちかける。だけれども蓮は『私の最後の相手は決まっているので』と相手にしない。

 

 

「状況を考えろ!今はタイムリミット寸前、もたもたしていてタイムアップになったら目も当てられんっ! せっかく稼いだその6つの星もカードを使い切らなければ何の意味もあらへんのやで!? それでもええんか!」

 

「それならそれでいいですよ」

 

 

このままでは全員沈むだけなのだから妥協しようと声を荒げる船井に蓮は動じない。それどころかそれすらも受け入れるという蓮に船井が怯んだ。

 

 

「な、何をいってるんや!この船から降りられないという意味がわかっとるんか!この船に残れば人ではない、堕ちて堕ちて堕ちてありとあらゆることが軽んじられる。命の保証すらない、そんな扱いを受けるんやで!それでええんか!」

 

 

「自分の矜持を曲げれば結局は失ってしまう。勝つためにここに来たんです。だからそれ以外はどうでもいい」

 

 

『勝負が出来ないなら沈むまで』という蓮の言葉に『……狂っている』とポツリと船井が呟く。隣で聞いていた俺にも蓮の本気は伝わってきた。

 

単なるカード消費を持ち掛けても蓮は受けない。それは勝負ではないから。

 

生死を賭けた真剣勝負しか蓮はしないのだ。

 

結局船井は俺達との勝負を受けて星5つ吐き出した。これで星は10つ。生き残りに到達した。あとは。

 

 

「これでカイジさん達のカードは65枚、奇数だ。仲間内でもカードを消費できない」

 

 

船井との勝負が終わり近づいて来た蓮が静かにいう。そうだ。星は足りたが勝負はまだ終わらないのだ。カードを全て使い切る、それが出来なければこの船から降りられない。

 

 

「これで勝負ができる」

 

 

ボックスの前に蓮が立つ。カードの枚数が奇数の俺達は誰かと戦わなければカードを消費できない。その通りだ。ここまでくれば蓮が引き分けに応じてくれるとも思っていない。戦うしか生き残る術はないのだ。だが。

 

 

「何枚だ、蓮。何枚カードを残している。お前が12枚カードを持っているとは思えねえ。奇数なら誰かは犠牲になることになる。お前が落ちるならこの勝負に意味はねえよ」

 

「私のカードはあと1枚だよ、カイジさん。だからこれが正真正銘最後の勝負になる」

 

 

蓮の残りのカードが偶数ならばカードは使い切れない。結局のところ別室に連れて行かれたあの男が何枚カードを捨てたのかによってカードの消費ができるのか決まる。

 

だが蓮のカードは残り1枚だという。いくら何でもそれは少なすぎる。そんなわけないだろ!

 

 

「じゃあ、何かっ!あの別室に行った男が11枚ものカードを捨てたってことなのかっ!?変にカードを隠していて終わってからもう一戦ってのはなしだぞ!」

 

「余っていたカードは捨てた。だから私のカードはあと1枚だけだよ」

 

 

不自然なカード数について突っかかるも蓮はごく自然にそう答える。捨てた?馬鹿な。そんなことができるはずもねえ。

 

 

「カードを捨てられるのならゲームが破綻する。主催者側もそれだけは避けたいと思っている筈だ。だからあの男だって見つかって」

 

「監視カメラか何かでこちらを確認しているのだろうね。だけども見ていなければ捕らえられない。誰もが意識を逸らした瞬間がこの船にはあった」

 

 

淡々と蓮がそういう。誰もが意識を逸らした瞬間?俺だって常に集中していたわけじゃねえが全員の意識が奪われるようなそんなこと。

 

ざわっ

 

瞬間、閃く。ああっ、全員の意識が向いたこと、アレしかねえ。あのタイミングしかねえ!

 

 

「カードを捨てた男が別室に連れて行かれる瞬間、あの時に捨てたのか!」

 

「そうだね」

 

 

淡々と蓮がいう。カードを捨てた男がいると黒服が声を上げた瞬間、全員の注目がそちらに向いた。トイレで余分なカードを便器に流した。『カードの破棄は無条件で別室行きだ!』という言葉に全員の意識が別室に連れていかれる男に集まった。

 

その瞬間カードを捨てたのだ。おそらくトイレに流したのだろう。カードの破棄は別室行きだと声が響き渡る中、カードを捨てに行ったのだ。

 

あの大騒ぎ、人ひとりの人生が潰えようとした時に蓮の目はそちらを向かない。むしろそれを隙だと捉え自分の勝負に不要なカードを処理する。

 

そんなのは人間的な感覚ではない。常軌を逸脱している。

 

しかもやろうと思えば全てのカードを捨てることもできたのだ。星9つ抱えたまま何のリスクも負わず大金を掴んでこのゲームを降りることができたのだ。それなのにわざわざカードを1枚残して最後の勝負に望んだ。

 

蓮はあまりにも勝負に対して真摯すぎる。

 

蓮と向き合うような形でボックスに立つ。この勝負は避けられない。俺が生き残る為にも蓮を生き残らせる為にも受けなければならない。

 

手持ちの星を3人で分け、余った星は売って2人で分けるようにいう。これは俺の戦いで古畑と安藤は関係ないだろう。その代わり2人には余ったカードの処理を頼み蓮に向き合う。

 

引き分けだ。引き分けにすれば星の移動はなくカードを消費し切ってこのゲームを終わることができる。だから狙うのは引き分けだ。

 

蓮は何のカードを出すのだろう。俺達は途中までグーを買い占めていた。それに蓮が気付いていたならば使いきれない余剰分がグー、そう考えてパーを残すかもしれない。現にパーを買い占めていた北見もそうやって討ち取ることができた。蓮が同じように考えても不思議じゃない。

 

っ、馬鹿か俺は。蓮はカードを捨てた男と同じタイミングでいらないカードを破棄したと言っていた。その時点で俺は買い占めをしていない。蓮が残すカードの選択をしたのは俺が買い占めをする前なのだ。

 

蓮が『セット』と言ってカードを伏せる。結局のところ俺にこのカードが何か知る術はない。俺もカードを1枚選んで伏せた。

 

蓮と同じカードを選べたのなら俺も蓮も生き残れる。こんな船からおさらばして借金もチャラになってこれからはまともに生きられる。

 

真面目に働いて帰ったら蓮の作った飯を食って、そんな何でもないようなだけど穏やかな日常を送ることができるだろう。

 

だから引き分けだ。この勝負は引き分けにしなければならない。

 

だけど勝負はわからない。蓮の出すカードは読めないしこの勝負の結果がどうなるか全く予想もつかない。引き分けにならないかもしれない。それならば、引き分けにならないというならば。

 

 

「オープン」

 

 

「っ、オープン!」

 

 

俺の出したカードはチョキだ。そして、蓮の出したカードは…グーだ。

 

俺の負けだ。

 

ぐにゃりと視界が歪む。ううう……。俺は負けたのだ。この限定ジャンケンで最後の最後に負けたのだ。

 

視界が滲む。ぱたり、ぱたりとボックスに落ちた涙がシミを作った。

 

負けたのだ。勝てなかったのだ。星を失った俺を連れて行こうと黒服達が近付いてくるのがわかる。

 

意地を張れ。最後の最後くらいカッコつけろ。俺は負けたのだ。そう、負けたのは俺なのだ。

 

 

「お前が別室送りにならなくて良かった」

 

 

星を机の上に置き黒服に連れられ別室に向かう。それは間違いなく俺の本心だった。

 

 

 

 


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