ああ、これは私の勝利ではないな。
カイジさんが連れて行かれ机の上に残された3つの星を見てぼんやりと思う。
カイジさんの望みは引き分けで、それが叶わないなら敗北を望んだ。私が落ちるよりも自分が落ちることを望んだのだ。あの最後の言葉は強がりなんかじゃない。心からの言葉だった。
本当にお人好しなんだな、カイジさん。
思い返せば原作でもそうだった。仲間を募って共闘して信じて、その上で裏切られてきた。自分が損することを厭わない、上前をはねない、出し抜かない、人は善であると信じている。
そんな人だから私が落ちるのを望まなかった。年下の妹のような従姉妹が落ちるなら自分が堕ちた方がいいとそう願った。
カイジさんは引き分け以下を望んだ。だからこれは私の勝利ではない。そして勝利ではない以上この星をもらう権利はないだろう。だから。
星を掴み上げ、そしてそのままカードの捨て口に落とした。
カードを勝手に破棄することは禁止されていたが星を破棄することについては何も言われてない。普通に考えたら運営側に何も損がない話なんだし咎められる所以はないだろう。
「ちょっ、あんた!星!何で星を捨ててるんスかっ!」
私が星を捨てたのを見てカイジさんの仲間だった安藤さんが唾を撒き散らしながら近づいてくる。圧がすごい。何でこの人こんなに興奮しているんだ?
「引き分け以下を望んだカイジさんに勝っても勝利とはいえない。勝ってもいないのに星はもらえないさ」
「だからって、なんで捨てるんスか!その星ひとつにどれだけの価値があるのかわかってるんスか!400万、500万、場合によっては700万の値だってつくかもしれない。あんたは今、2000万近い金をドブに捨てたっスよ!」
喚く安藤に後ろで頷く古畑。どうやら私が星を捨てたことに憤っているらしい。いや別に貴方には関係なくない?
「それが?」
「……っ、なら!譲渡してくれたっていいじゃないっスか!カイジさんと最後まで戦い抜いた仲間、その仲間である俺達にくれたっていいじゃないっスか!」
必死に言い募る安藤さんの言葉を聞いて納得する。ああ、つまり捨てるくらいなら星を自分に寄越せと言っているのか。それにしてもカイジさんの仲間ね。
「仲間ならカイジさんのこと救わないのですか?」
「え? だって、星ゼロになって連れて行かれたじゃないっすか」
「貴方達の星は7個。ひとつカイジさんに分け与えて足りない分は現金で買い足せば星3つに届きますよ」
救おうとすれば救えるはずだ。星の譲渡はルール違反でも何でもない。自分の持っている星を分ければカイジさんは堕ちずに済んだ。
「いや、だってもう連れてかれたし。今さらどうにもならないっスよ。というか何ですか。そもそもあんたがあんな勝負を挑まなければカイジさんは別室送りにならなかったじゃないっスか!カイジさんが別室送りになったのはあんたのせいっスよ!」
「そうですね。カイジさんが別室に連れて行かれたのは私が勝負を望んだからですね」
安藤は焦ったような表情を見せた後唐突にキレてそういう。図星つかれて逆ギレしたように見えるけど、まあ言っていることはその通りだ。カイジさんの敗北を望んだのは間違いなく私だ。神様に追い付きたくて主人公であるカイジさんと真剣な勝負をしたかったのだ。まあ、私は勝てなかったけど。
結局のところこの人達はカイジさんのことなんてどうでもよくてただただ自分だけが助かりたいのだ。自分だけが安全圏にいたくて、でもお金が欲しくてリスクは背負わない。そういうのは嫌いだな。
それは少なくともギャンブルではない。
「星が欲しいというなら勝負をしましょう。貴方が勝てば私の持っている星9つを全て差し上げます。ただし、私が勝てば貴方の胸の星、4つ全ていただく」
「いや、でも、もうカードはないっスよ」
「ジャンケンをするのにカードはいりませんよ」
そういって握り拳を前に出せば安藤さんは絶句する。ただジャンケンをするならばカードなんていらない。自分の手でグーかチョキかパーを作ればいいだけのことだ。
それにより全てを得るか、全てを失う。ただで星は渡せない。欲しいというのならばリスクを背負ってもらおう。
安藤さんは黙りこくっている。勝負するつもりなどないのだろう。
腕を下ろしてその場を離れる。それならそれで構わない。戦わない、永遠に保留し続ける、その生き方にどうこう言うつもりはない。
だけれどもそれでは赤木さんに至れないから戦うのだ。
限定ジャンケンは終わった。利根川さんが出てきて星の売買を認めるという。
原作ではカイジさんは安藤さん達に裏切られながらも、救われる為に価値のある宝石を持って堕ちた男の存在に気づき生還する。
今回もきっとそうなるんじゃないかな。どんな逆境でも諦めないところがカイジさんのアイデンティティみたいなもんだし。
星の売買が行われ何名かが船上へと上がる。私に星を売ってくれという人もいたが私に売る気がないと分かると他の余剰がある人へと慌てて向かう。時間が経過していく。カイジさんはまだ出てこない。
遅いなー。いや原作でも結構時間かかってたっけ?少なくともイカサマ組が救われてからだからそれまでは出てこないか。
そうしてさらに待つと別室行きの扉から2人の男が出てきた。前歯がガタガタの男と初戦私と戦った男だ。あれってイカサマ組の2人だよね?原作通りならカイジさんはあの男達が隠し持っていた宝石を奪い取り生還する。ということはそろそろカイジさんも戻ってくるのかな?
いや待てよ。原作では確か別室行きになっていた覗き役の男は1人だった。これは私が1人別室送りにしたから増えているんだけど、2人ってまずいんじゃないかな?
カイジさんはイカサマ組の男を殴り飛ばしどさくさに紛れて宝石を掠め取るのだけど2対1だとそれって難しくない?2人だと誰が宝石持つかで揉めてそうだしその分宝石に意識が向く。仮に原作通りガーゼで貼ったままだとしても奪った瞬間もう1人に気づかれそう。
あれ?これひょっとしてカイジさんやばい??
その考えを裏付けるようにカイジさんはいつまで経っても出てこない。このままカイジさんが堕ちたままだと原作は崩壊するけど変えたいのは『天』であって『カイジ』ではない。カイジさんを破滅させたいのではなく真剣勝負で勝ちたいのだ。
『あと3分』と黒服が叫ぶ。このまま『カイジ』を終わらせるつもりはない。
近くにいた黒服を呼び止め『21番の男を出して欲しい』と星を渡した。
しばらくするとカイジさんが出てきた。だけれどもカイジさんの目に柔和さはない。剣呑な雰囲気を醸し出しながらカイジさんが近づいてくる。
「何だよ、何なんだよッ、蓮!お前は何がしたいんだ!俺を別室送りにしたと思ったら今度は救い出して、一体何がしたいんだ!」
カイジさんは憤っている。振り回して悪いとは思うが私は私の思う通りに行動しているだけなのだ。この世界に生を受けた時から私の目的は決まっている。
「カイジさんのことが憎いわけじゃないさ。嫌いでもない。むしろ家に泊めてくれたり甘いもの買ってきたり、お人好しなところも含めてカイジさんのことは好きだよ」
「じゃあ、何故ッ」
「だけど勝負とは別だ。貴方が凄い博徒だから倒したいんだよ」
星3つを掴みカイジさんの手に落とす。カイジさんから戸惑いを感じたが原作通りというならばもう1人連れ出さないといけない人がいたはずだ。
「何だよ、これ。どういうつもりだ」
「必要でしょ。カイジさんには救いたい人がいるはずだ」
カイジさんは星を握り締める。そして少し考え込むような仕草をした後、黒服に星を差し出し石田さんを指名して救い出した。
うん、これでいい。カイジさんを倒せなかったというならいっそ原作通りでいい。だって『カイジ』はまだ続くのだから。
戦う時はまたくるだろう。
限定ジャンケンは終わった。船を降りられた者が67名、降りられなかった者達は暗い海に消えていく。
大金を手にした者もいた。借金が無効になった者もいた。だけれども船を降りられた者すべてが救われたわけではなかった。
借りたお金には暴利がついていた。利率1.5%の10分複利、代わりに船でできた借金を背負わせる。つまり。
「伊藤 蓮。船で新たに生まれた借金が429万5000円だ」
……金利のこと、忘れてた。
◎これまでの蓮の収支
•恋人に振られる
•家全焼
•無一文
•429万5000円の借金 ← new!