ここまで薬づけにされた治ってたら、誰も自殺しない。
向精神薬どうも怪しい。今でもどこの薬品のモルモットにされて俳人になってる人もいるのだ。
メンヘル轟雷太は自殺するか迷っていた。
でもやめた。この暇な時間を創作に生かすことを思いついたからだ。
それが正しいのか
轟雷太はメンヘルで詐欺サイトに40万振り込み、閉鎖病棟、社会復帰施設で喧嘩、閉鎖病棟
というくずだ。
札幌市役所試験を受けようと思うがダークな職場だし続かないんじゃと公務員試験が進まない
しんだほうましなんじゃないか?
そもそもなぜ俺死にたいんだ?
メンヘラになるとふつう死にたくなるのはなぜ?
なぜ死にたくなる?
鬱だ死のう
それってマインドコントロールじゃね。
そう思わないか?
なんといっても二ちゃんとかで鬱死にたいというけど実際の自殺率は15%そのほかは死にたくなく生き残ってるわけだ。
しんだほうがましだというのは面倒くさい。厄介後とはいやだというだけじゃないのか?
確かにメンヘルの厄介ごとは常人の数倍
それで疲れてしまうのもわかるが。
あと400文字
最近メンヘラでできなくなった長文書き込みである
普段暇スレしか使わないからな
これもめんどくさいトラブルの一つだ
放り投げたい
究極の放り投げが自殺である
それはやっぱりよくないことじゃないかと
こう書いて思うのである。
閉鎖病棟で化け物のようになり暮らすのと
今引きこもりでどうしようもなく疲れるのに描くのにチャレンジするのと
やっぱ実りの有るのはこっちだろうな。
あと閉鎖病棟では私小説とプライバシーの確保で頭の痛い課題をもらった
私小説はディティールにこだわると週に人物のプライバシーを侵す
躁病の配転商談氏にそれを指摘され私小説で何か書くと人間失格を目標に
精進してきた俺は苦悩したのだった。
閉鎖病棟ではいろいろなことがあったがプライバシーを考えるとこれまでのようにぞろっぺえには書けない。
ドストエフスキーの賭博者や太宰治の人間失格、常に私小説で生きてきた私にとってどうするんじゃこりゃという感じがした。
どうすればプライバシーに配慮しつつ面白いリアリズムの私小説が書けるのか?
謎である。
町を五万ぽ歩いて足をこわし、その先には何かあるはずだといった少年漫画の主人公みたいな精神の彼が、私小説プライバシーがないじゃんと言っていた。その通りなんだ。
それを当たり障りなくモデルにする力がプロではなかろうか。
よくプロでもプライバシー権弟子小背tるやリアリズムはもめてる。
ど―住んだそれ。