無限ルーパー   作:泥人形

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Q.何で七章は一話じゃなかったんですか?
A.一話辺りの上限文字数(15万)を超えたからです。


神々との訣別@無限ループ

 

 

 あれから一週間、魔獣達の統率は緩やかに、しかし目に見えて分かるほどに瓦解した。

 およそ理性や戦略というようなものを一切感じられない、ただ本能のままに襲いかかってくる集団と化したのだ。

 完全に狙い通りである、お陰でこの戦線の負担は大きく減少し、全体的な余裕が増えた。

 最前線に出っぱなしだったレオニダス王や巴御前が出撃することも多少なりとも少なくなり、それこそ指揮するだけにとどまることが多くなった。

 まぁなんだ、つまるところ作戦は大成功だってことである。

 もしかしたら第二第三の指揮官が……とかいうクソ展開になるのではと危惧していたからホッと一安心だ。

 何せここで新たな指揮官が出てこない、ということはそれ即ち相手の軍勢にはギルタブリル級の指揮能力を持ち合わせている人材がいない、ということに等しいからだ。

 頭クルクルパーな魔獣達と女神一柱か……ふふふ、いけるな。

 そんなことを思っていればそう簡単にことは運びませんよ、と巴御前に言われた。

 敵にはまだギルタブリルと同等──いえ、明らかにそれよりずっと上の敵がいるのですから、と。

 ……? え、なにそれ聞いてない……

 

 ご存じなかったのですか? と両の手を合わせて彼女は言った。

 いやそりゃあ言われてなきゃ知るはずないよね……

 ヤバいやつがいるとか先に知らされておくべきだと思うんですけど……

 そう愚痴をこぼせば巴御前は申し訳ありませんと笑い、この時代では常識過ぎててっきり知っておられるものだとばかり、と言った。

 常識……? そいつ、そんなにメジャーなの? と聞けばえぇ、勿論、と返ってきた。

 兵士はおろか──民衆でさえ知っています、と。

 うわぁ何だか凄い嫌な予感がする、けれども聞かないわけにもいかないだろう。

 ただ何となくストレートには聞きたくなくて、この時代の人? 俺でも知ってそうな感じ? と聞いていけばその全てに彼女はえぇ、と肯定を示した。

 ギルガメッシュ王の名を知っていたのであれば、恐らくは知っているかと思います。

 その名は──()()()()()

 我らがマスター、ギルガメッシュ王の唯一の友にして、最強の兵器。

 この時代において間違いなく最強格の()です、と。

 ……は?

 

 エルキドゥ、またの名をエンキドゥとも呼ばれる彼、または彼女の別名は──神の兵器。

 かつて暴君として名を馳せたギルガメッシュ王を諌めるため、神々の力の全てを籠めて作りあげられた世界最強の神造人間。

 天の楔として生まれたギルガメッシュ王と対象的に、天の鎖として生み出された意思持つ最強の宝具。

 巴御前が言ったように、ギルガメッシュ王にとって唯一無二の対等な友であるとされるエルキドゥが、敵……?

 ──ありえない。

 思わずそう言葉を零す、そう、そんなことはありえないのだ。

 違う、ギルガメッシュ王の最大の友であるエルキドゥが裏切るなどありえない、とかそういった話が問題なのではない。

 問題なのは、この時代のギルガメッシュ王が暴君ではなく、賢王として崇められているということだ。

 史実で行けば彼が暴君としての鳴りを潜め、賢王と呼ばれるようになったのは()()()()()()()()なのである。

 むしろ彼、または彼女の死がなければギルガメッシュ王は暴君であり続けるまであるレベルだ。

 故にありえない、そんなことは絶対的にありえない。

 しかしそう言った俺を見て彼女は苦々しげに笑い、しかし事実そうなのです、と言った。

 それが本当にエルキドゥなのか確証は無いがしかし、その姿形は紛うことなきエルキドゥその人であったのだと、彼女はそう言ったのだ。

 

 そんな衝撃の事実を知らされた翌日、俺はレオニダス王と共にジグラットへと足を踏み込んでいた。

 その心中は穏やかではない──と見せかけて実はそう荒れている訳でもなかった。

 確かにエルキドゥが敵というのは正直に言ってヤバいと一言で現したくないくらいヤバいのだがしかし、例によって例の如く感じる現実味が薄かった。

 これが恐らく実際に会ったことがあるとかならそのヤバさを存分に理解でき、今でもブルっていたレベルなのだろうが、当然のごとく俺は会ったことが無い。

 それはつまり俺にとってエルキドゥという存在は未だ架空の存在であるということに他ならない。

 例えば、友達が「俺の知り合いにめちゃ怖いヤンキーがいるんだぜ~!」とか言ってきても「なにそれやべぇぇ!こえぇえぇぇ!!!」とはならないだろう、それに近い。

 だからこそ心は安定しているし、余裕がある。

 結果オーライってとこだな、と思いながら歩を進めれば玉座にはすぐに着いた。

 報告をしに来た人たちの列に並んでいれば順番は直ぐに来た。

 次の者! という声にレオニダス王が力強く返事をし、それに遅れて声を出して前へと進みでる。

 報告自体は簡潔なもので、大した時間もかけずに終了した。

 今回の内容といえば敵方に指揮官相当の敵は今の所見られない、というのと魔獣達の連携が無くなったことにより各兵士への負担は大きく減った、ということくらいだ。

 かのエルキドゥと思しき敵が前線に立ち、ギルタブリルのように指揮でも取らない限りは魔獣戦線は向こう半年は保つだろうとも。

 それを聞いたギルガメッシュ王は深く頷き、大義であった、と言った。

 まさかこの短い間で魔獣戦線を安定させるとはなと笑い、それから本来なら少しばかり休みを与える所だが──必要か? と聞かれて即座に首を横に振る。

 だろうな、と嘆息した彼ははぁ、と少しだけため息を吐いた後に貴様には新しく頼みたいことがある、とそう言った。

 新しく……? てっきりこのまま魔獣の女神をぶちのめすまでやるのかと思っていたせいで面食らってしまう。

 一体何をすれば……? 少しばかり小さくなってしまった声でそう聞けば、ギルガメッシュ王はニヤリと笑い、密林調査だ、とそう言った。

 

 共に向かわせる者がこれから来る、詳細はそいつらに聞いておけ、と言われ玉座を出る。

 では私は北壁に戻ります、ご武運を、と言ったレオニダス王と別れた後に一人、ジグラット内で待っていればそいつらは姿を現した。

 褐色の肌に白銀の髪を靡かせ、赤い衣を纏った青年に、酷く目立つ赤い髪を目が隠れるくらい伸ばし、灰色の和服──いわば忍び装束のような服を纏った少年。

 どちらもここ、ウルクに住んでいる人たちとは違う、言ってしまえば奇抜な格好であるお陰で一目でこの人達だとわかる。

 あちらもこっちに気付いたようで歩み寄れば貴方がカルデアのマスターですね、と問いかけられた。

 あぁ、そうだ、よろしく、と手を差し出せば赤髪の少年がこちらこそ、と手を握り返した後に名を名乗る。

 風魔小太郎です、と。

 風魔……? 風魔……!!!!?

 忍者じゃん!!! 思わず大きくなってしまった声で言えば彼はご存知でしたか、と言った。

 そりゃもう、若いころにはお世話になりましたよね……

 変わり身の術とか使えるんですか? とか聞けば勿論、と答えてくれるのでもう最高である。

 テンション上がりまくりだぞ……! そう思いながらもしかしてそちらの方も忍者……? と聞けば笑って否定される。

 それで少しだけ冷静さを取り戻し、とりあえず名前を聞けば彼は己を天草四郎時貞であると言った。

 天草……? あ、島原・天草の乱の人!

 海面を歩き、盲目の少女を触れただけで治したとかいう聖人!

 どっちも勉強するまでもなく知ってる……というか天草四郎とか教科書にも載ってるような有名人だし、風魔とか忍者の代名詞みたいなものじゃん……えぇ、ビッグネームが過ぎる……

 恐れ多いですがよろしくお願いしします、と改めて言えばそう畏まらなくても大丈夫ですよ、と彼らは言った。

 これから共に向かう場所は未知の領域ですので、少しでも早く互いを信頼し、背中を預けられるような関係にしていきましょう、と優しげに笑ったのだった。

 

 では、今回の任務について私のほうから説明させていただきます、と天草四郎時貞は言った。

 お願いします、と頭を下げればそう畏まらないでください、と朗らかに笑い、それから内容としては、酷くシンプルなものとなります、とも言った。

 その内容は、かいつまんで言ってしまえば、突然現れた密林に飲み込まれた都市:エリドゥ、都市:ウルからの使者が暫く来ていないから、その原因の調査と、現在のエリドゥの様子を見てくるというものだった。

 彼が言った通り、とてもシンプル。だがそれゆえに若干の不安が伴った。

 正直な話それだけであれば俺達や、風魔小太郎のような英霊でなくてもいい。

 少数の兵士だけでも良いのでは? と思えば風魔小太郎が因みに、と彼の説明の言葉を付け加える。

 既にエリドゥには50人ほどの兵士を送り、その全員が未だ帰還しておりません、と。

 ……え? なにそれ怖すぎない?

 

 それから数日、準備や親交を深めるのに徹した後に、俺たちは密林への調査へと乗り出した。

 まぁ親交に徹したと言っても顔見知り、ちょっと頑張れば友人といえる程度の仲になった程度である。

 これが立香君であれば友人すっ飛ばして親友レベルまで持っていっていたのかもしれないがここが俺の限界であった。

 というかこれが普通だと思うの……立香くんが異常なんだよ……

 内心そんなことを思いながら、その立香君達に見送られウルクを出る。

 移動方法は基本的には徒歩だ、流石にこの時代に車なんて便利なものはないから当然である。

 メンバーは俺の他には小太郎、天草、ライダーさんに鈴鹿のみ……まぁカーミラがいないだけでいつもどおり+αと言ったところだ。

 下手にこちらに人員を割くよりかは少数精鋭で向かい、兵士たちには極力ウルクの守りに徹してもらおうということである。

 当然といえば当然の判断である、流石に英霊が四人もいれば早々やられるようなことはない。

 と、まぁそんな訳でテクテクテクテクと適度に休みを挟みながら南へまる一日ほど進めばそれは視界に入ってきた。

 ここバビロニアにおいてあまりにも似つかわしくない光景、鬱蒼と生い茂った密林が俺たちを誘うようにその口を広げて待っている。

 何だか嫌な予感がしますね、全員警戒を怠らないように、と言った天草の言葉に静かに頷き俺たちはそこへと足を踏み入れた。

 

 ───暑い。

 しかも歩きづらい。

 それが密林に入って最初に出てきた感想で、今も脳内を支配している感想だった。

 どれくらい暑いかと言えば熱気に殺されると本気で思えるほどだし、歩きづらさは考えうる限り最悪レベルである。

 土に若干足が埋まる! 草が邪魔くせぇ! てな訳だ。

 だがまぁそれだけであればまだ良かった、単純に環境が悪いというだけで魔術や礼装を駆使すればどうということは無い。

 だから問題だったのは、それ以上に大きな問題があったという点につきる。

 端的に言えば魔力濃度がバカ高いのだ。

 分かりやすく言えばかの特異点、聖地エルサレムに出現したエジプト領と同じレベルである。

 つまりこの密林そのものが、そもそもこの時代のどこかにあるものではない、ということだ。

 かの特異点ではオジマンディアスについてくるようにエジプトは召喚された、その例に倣うのであれば、ここも誰かについてくるように召喚されたと考えてもいい。

 それは即ちオジマンディアスと同等か、それ以上の英霊がいるということでもある。

 参ったな、と思うが気負いすぎても仕方がないか、と思い直す。

 飽くまで自然体で、リラックスしながらそれでも微塵たりとも警戒を緩めない。

 いつでも発動できるように礼装を握りしめ、それから周囲へ視線を走らせながら前へと進む。

 道に迷うことは無かった、というのも先頭を歩く小太郎と天草さんが迷うそぶりを見せずに進み続けるからだ。

 まぁ彼らが道を知っているかどうかは全くもって知らないが、それでもこの方向であってはいるのだろう。

 あと少しですから、頑張りましょうと声をかけてくれた小太郎に返事をしようと片手をあげたその時だった。

「ニャーハハハハハハハハハハハ!!!!」

 笑い声が密林に響き渡って、瞬間爆裂音と衝撃を身体をぶち抜いた。

 

「ニャーハハハハハハハハハハハ!!!!」

 笑い声が響き渡る、瞬間起動した礼装が音もなく砕け散る、驚く暇もない、胸に強烈な衝撃がぶち込まれて弾け飛ぶ。

 否、俺の身体が吹き飛んだのではない、ヒットした面積がまるごとぶっ飛んだのだ。

 ゴボリと血が零れ出る、右胸と腕が無くなっているのが視界に入り、同時に視界は暗転した。

 

「ニャーハハハハハハハハハハハ!!!!」 

 礼装が抵抗することすらなくぶっ壊れるとかそんなことある?

 防御は不可能だと断じてその場を蹴りつける──が、間に合わない。

 そもそも何で誰に攻撃されているのかすら分からないが、それでも多少の軌道修正は叶うのか傾き少し離れた俺の身体の中心に何かがぶち当たる。

 衝撃と痛みで飛びかけた意識を引っ掴む。

 せめて姿だけでもと見開いた目に飛び込んできたのは巨大な肉球だった。

 

 

「ニャーハハハハハハハハハハハ!!!!」

 魔術礼装を起動する。

 一切の躊躇もなく地を蹴りつけて、その上で肉球を模したこん棒のような何かが迫り、そしてそれは確実に俺の身体を捉えた。

 緊急回避を使った上で尚当ててくる……!?

 あり得ない、くそったれが吐き捨てながらそれでも下がる、先ほどより威力は弱い、辛うじて息はできている、五体は満足だ、ならまだ生きられる。

 膝をつく、胸を抑えながら立ち上がればそいつはおかしそうに首を傾けて、それから良くかわしたわねへなちょこくん!と俺を見て言った。

 マジで何なんだお前と呟けばそいつは笑った、愉快そうに、楽しそうに、にゃーはっはは! と快活に笑ってから言った。

 何だかんだと聞かれたら答えてあげるのが野生の情け! そう、私は───私は……んー、何なんだろう。

 ちょっと待って具体的に聞かれると困るにゃ、美女であることに間違いはないんですけどね、と頭をひねってからハッとしたように口を開く。

 しまった! 考えている内に仕掛けたトラップの場所を忘れてしまった! くっそぅこの理系め! と。

 ………なるほど! ただの馬鹿かぁ!

 まぁそんなやつに三回も殺されているのだがそれはそれとして、そんな言葉が吐き出されていて、その瞬間ギュン!とそいつは俺を見た。

 私はカバじゃねー! そう! 私はだれでもねぇ! 敢えて言うのであれば密林の化身! 大いなる戦士の化身!

 その名は──そう! ジャガーマン!!

 ドドン! と効果音が付きそうなほどのどや顔で彼女はそう言った。

 ……いや何者なのかちゃんと分かってるじゃん……

 

 どっせーい! という謎の掛け声と共にそれは振りぬかれた。

 空気を貫くかのような速さで迫り、直後に天草さんが受け止める。

 それを見ながら素早く下がれば入れ替わるように鈴鹿とライダーさんが前に出た。

 鎖のついた釘剣がこん棒を絡めとり、少し遅れて鈴鹿が踏み込み刀を振り下ろして、そして()()()()()()()()()()()()()()()()

 力任せに鎖を引っ張られ、異常な速さで引き寄せられたライダーさんの身体に刀がめり込み血がはじけ飛ぶ。

 沸騰しそうになる頭を無理やり回す、押し付けられたライダーさんの身体ごと吹き飛ばされた鈴鹿の手を掴んで引き寄せて、同時に小太郎の蹴りがジャガーマンの頭にたたきつけられた。

 鈍い音が響き、しかし彼女の手は彼の足をグッと掴みあげた。

 死ねにゃー! という叫び声とともに地へと叩きつけられる、瞬間、天草さんが懐へと潜り込んだ。

 音もなく刀は振るわれる、最早防御しようもない程接近した距離で放たれたそれは、しかし躱された。

 いや、早すぎ──下手をすればギルタブリルよりも早いぞ。

 ふざけんなよ、と言葉をもらす、直後、肉球が視界を支配した。

 

 どっせーい! という謎の掛け声と共にそれは振りぬかれた。

 同じように天草さんが受け止めて、それを見ながら礼装を起動、現れた二丁の拳銃を手に取りながら下がれば同時に二人が前へと進み出る。

 焼き増しのようにライダーさんの鎖こん棒を絡めとり、鈴鹿がさらに前へと踏み込む瞬間拳銃を構えた。

 焦燥感に追われながらも、しかしカルデアでの練習を思い出しながら冷静に引き金を引く。

 引き寄せられた鎖がビンッと張り、直後に二つの銃弾が鎖を穿つ。

 ライダーさんがよろけて、同時に鈴鹿の刀が振り落とされる。

 しかし余裕そうに身体を傾け躱した彼女の側頭部へ、小太郎の蹴りが打ち込まれた。

 完璧な不意打ちだったのだろう、彼女の身体は大きくよろけてそれを逃すまいと鈴鹿と天草さんが地を蹴った。

 二振りの刀が迫る、それを援護するように矢を引き絞り撃ち放つと同時、爆音とともに天草さんの身体が弾きあげられた。

 それでも迷うことなく振るわれた鈴鹿の一撃はしかし宙を裂き、空を駆る矢ごと蹴り飛ばされた。

 強すぎる……! あんなふざけた振る舞いでこれだけ強いとか反則にもほどがあるだろ……!

 この先にも何かがいる可能性が捨てきれない以上使いたくなかったが仕方がない、そう思って令呪を切る。

 瞬間、ライダーさんの魔力が膨れ上がって、直後にジャガーマンへと蹴りを叩き込んだ。

 激しい音と共に防がれる、しかし彼女は止まらない。

 両手に持った釘剣を用い、まるで踊るように滑らかに地を踏みしめて、時には掌打、時には蹴撃を織り交ぜ巧みにぶつかり合う。

 その間隙を縫うようにクナイが飛来して、それを躱すと同時、地面が爆発して火柱が立ち上った。

 うぉぉ……忍法かあれ……すげぇ……

 そう思った瞬間、ライダーさんが弾け飛んだ。

 距離をとっていた俺の真横を高速で吹き飛んでいき激しい音と共に木へと身体を打ち付ける。

 冗談にしては質が悪すぎるだろ、そう呟くと同時に衝撃は身体を突き抜けた。

 

 どっせーい! という謎の掛け声と共にそれは振りぬかれた。

 いやこれ無理なのでは? あの小太郎のクリティカルヒットが決まってるにも関わらず何てことない顔で動けるとか化け物が過ぎるんですけど……

 多少傷ついてるならまだしも全然余裕そうにしているから余計に質が悪い。

 もっと言えば最悪だ、こんなふざけた相手なのに勝てるビジョンが浮かばない。

 けれどもどうにかしなければいけないのだ、そうしなければ全員死んで終わる、それだけだ。

 だから──出し惜しみは抜きだ。

 小太郎の蹴りが吸い込まれるようにジャガーマンの側頭部へ叩き込まれる、直後に令呪を切った。

 瞬間、爆発するかの如く膨れ上がった魔力と共に幾百の刀が現れた。

 その全てがスラリとジャガーマンへと切っ先を向けて、数瞬の後に鋭く、しかし激しく撃ち放たれた。

 爆音にも近い音が連続して響き渡り、しかしジャガーマンは一切の切り傷も追わずに素早く跳ね上がった──が、想定通りだ。

 そもそも俺が令呪を切った相手は()鹿()()()()()

 流石にあれだけ分かりやすい攻撃で殺せるとは今更思ってもいない、こういう手合いは二段構えが基本だろ──ぶちのめせ! ライダーさん!!

 刹那、流星が弾けるように輝き空から落ちてきた。

 轟音と地響き、それから”ギニャーーーーー!!?”という何とも間の抜けるような悲鳴が辺りを支配する。

 これで多少なりともダメージは入っただろ、と思えば未だに広がる砂煙の中からライダーさんがふわりと、歪な曲線を描きながら落ちてきた。

 ドサリと俺の前へと力なく倒れ伏し、煙の奥でギラリと獣の瞳が怪しく輝いた。

 やばい、と思うのと不快な音が鼓膜に響いたのは同時だった。

 次いでおかしくなりそうなほどの痛みが全身を駆け抜ける、今まで何度も味わってきた鉄の味がする深い赤が口から零れ落ちた。

 

 ドサリと俺の前へと力なく倒れ伏し、煙の奥でギラリと獣の瞳が怪しく輝いた。

 やばい、と思うより先に身体を捻る、恐ろしいほどの速さで放たれた手刀を寸でのところで躱しながら素早く地を蹴った。

 瞬間、巨大な肉球が迫り、それからガードするように数本の刀がそれを刺し貫いた。

 ほんの少しだけの停滞、けれどもあまりに意味を成さない妨害ごとそれは振り抜かれ、しかしそれは鼻先を掠めるだけに終わった。

 天草さん──!

 申し訳ありません、下がって! という言われると同時にそこそこの力で後ろへ投げ飛ばされる。

 上手く受け身をとりながら礼装を起動してすぐさまを姿勢を整える。

 ライダーさんは大丈夫だ、まだパスは繋がっている、であれば俺が今すべきことは邪魔にならない程度の援護と指示。

 数回弾きあって離れたジャガーマンへと追い打ちをかけるように鈴鹿の刀と小太郎のクナイが閃き空を走る。

 それを事も無げに叩き落した彼女の脳天へとスコープを覗き込み、照準を合わせて撃ち放つ。

 ドン、という炸裂音を響かせ飛んだ銃弾はしかし当たり前のように躱された、がそれで良い。

 これだけ時間を稼げば彼女──ライダーさんは動ける。

 ジャラリと舞った鎖がジャガーマンの身体を縛り上げる、直後に固定したら手を放せと叫びながら礼装を起動する。

 ほんの瞬き一回分の停止、それから鎖が千切られる刹那、それだけあれば充分すぎた。

 懐へと潜りこんだ小太郎の小刀がギラリと光を反射する、それを援護するように天草さんの魔術が弾けるように飛んで、動きを阻害するように鈴鹿の刀が降り落ちた。

 首を狙った一撃が掠めて血を弾く、どれだけ強化しても俺では捉えられない速さの一撃が小太郎へとぶち込まれて彼の身体が虚空へ浮いた。

 ────ガンド。

 カルデア戦闘服へ備え付けられた魔術礼装のガンドに概念礼装のガンドを加えたミックスバージョンだ。

 当たれば動きを止められる、当たらなくても一瞬の猶予を周りへ与えられる。

 くたばれ、と声を出さずにそう言った直後に、黒い光がこん棒に弾き落とされる。

 瞬間、刀の群れが殺到した。

 彼女の目がほんの少しだけ見開かれる、即座に超スピードで離脱した彼女へと天草さんが踏み込んだ。

 刀身が木漏れ日を薄っすらと弾いて光る、それを躱そうとした彼女の真後ろで爆発するように火柱が立ち上がった。

 刹那の驚愕、一瞬の動揺、瞬き一回にすら劣る瞬刻、しかしそれが全てを決めた。

 ジャガーマンの身体に刀が鋭く入り込む、後退する暇すら与えぬほどの速さで振りきられて鮮血を散らした──と、思われた。

 否、確かに天草さんの振った刀は彼女の身体を捉えた、捉える筈だった。

 しかしそうはならなかった、ジャガーマンの首筋へと走っていたそれはほんの数cmの間隔だけ残して受け止められたのだ。

「ハァイ、中々楽しそうなことしてるわね? 私も混ぜてくれるかしら?」と、優し気な微笑みを浮かべる女性によって。

 

 金の長髪にエメラルド色の瞳、どこからどう見ても美女だと言いようのない女性はしかし、これ以上ないほどの覇気を伴い姿を現した。

 考えるまでも、確かめるまでもなく、彼女がこの密林を作り出した調本人、もっと言うのであれば”密林の女神”であることを理解する。

 直後にヤバイ、と逃げろ、が頭を支配した。

 けれども足は動かない、迂闊に動いたらそれだけで死ぬのが目に見える。

 参ったな、と素直に思う。

 この珍生物(ジャガーマン)だけでも手いっぱいだってのに、大本命が来るとか最悪だとしか言いようがない。

 今のメンバーじゃ勝ち目がない、それだけが分かって、だからこそ何もできない。

 脂汗が頬を伝って落ちる、それでも今すべきことだけは即座に理解していた。

 すべきこと──即ち情報収集。

 彼女が誰なのか、何をしているのか、何をするつもりなのか。

 それだけ分かれば後はもう、誰か一人が生き残ればいい。

 その一人が情報を持ち帰れれば、それだけ此方が有利をとれる。

 静かに息を吸い込んで、ゆっくりとそれを吐き出してから口を開こうとすればそれより早く天草さんが問いを投げかけた。

 何者ですか、と端的に。

 それから場外からの乱入は少々マナー違反では? と。

 そうすれば女性は驚いたように口を少しだけ開いて、それから楽し気に表情をゆがませた。

 場外も何も、この密林こそがワタシのフィールドデース、むしろ場外からやってきたのは貴方達デスヨー、と。

 この場に合わない随分と陽気な語尾だ、それでも威圧感は増していく一方で上手く身動きが取れない。

 そんな俺たちを見ながらけれども、と彼女は言葉をつづけた。

 その勇猛さに免じて名乗りを上げましょう、ワタシは──三女神同盟が一柱、ケツァルコアトルデース! と。

 ……!?

 

 ケツァルコアトル──アステカ神話における最大レベルの神。

 かのギリシャ神話と同じように、人々へ火をもたらしたという創造神だ。

 詳しくは知らなくとも、それでもそのくらいは俺でも知っている、それくらい強大な神。

 なんでそんなやつがここにいるんだよ……!

 焦る気持ちを無理に鎮めて、落ち着かせる。

 大丈夫、大丈夫だ。

 まだ、まだ場は保たせられる。

 刀をひいた天草さんの隣に並び、今度こそ口を開いた。

 なぜ、貴方のような神が三女神同盟に入っているんだ? と。

 それは確かに情報を抜き取るため、この場を持たせる為の言葉であったがしかし、それは同時に純粋な疑問でもあった。

 何度でも言うようだが、彼女は人類に文明一般を授けた文化神でもあり、また平和の神ともされる神なのだ。

 そんな彼──彼女(ケツァルコアトルはそもそも男神だ)が、人類の敵側につく……?

 普通に考えてあまりにもミスマッチ、正直違和感しか覚えないくらいだ。

 だからこそ、ストレートに、飾り気もない言葉でそう聞いた。

 そうすれば彼女はポカンとしたように俺を見た後に、アハハ、と少し笑った。

 良いでしょう、応えてあげます……といっても期待していたような特別な理由なんてないんだけどね。

 それは──私たちが、人間を殺すために母さんに呼ばれたから。

 ただ、それだけの話。

 彼女はそう言って、それからそんなことより、と話を変える。

 貴方、それ、大丈夫──と聞くのは愚問なのでしょうね、ですから、えぇ、言い方を変えましょう。

 それ、良くないわ……えぇ、見ていて許せない、私が許せない。

 確かにその魂の色は気高く力強い──ですが、ダメ、ダメ、ダメ。

 その在り方は、あまりにも見過ごせまセーン!

 矯正の時間デース! と彼女は強く叫んだ。

 

 矯正──!? と思う暇はなかった。

 拳が眼前に迫り、続いて守るように飛び出た天草さんの刀がバキリと折れる音がする。

 次いで、天草さんの身体が吹き飛び木へと全身を打ち付けた。

 早い──ジャガーマンの比じゃない!

 ヤバイ、いや、ヤバイで済ませて良いようなヤバさじゃない!

 驚いている暇はない、気を抜けば死ぬ──否、気を抜かなくても殺される!

 瞬時に令呪を切った、二画残っていた紋様が音もなく輝き消えて、ライダーさんと鈴鹿、二人の魔力が爆発的に膨れ上がる。

 直後、身体は宙を舞っていた。

 遅れてやってきた衝撃が全身を貫いて飛びかけた意識をつかみ取る。

 気絶しない俺を見て、少しだけ驚いたような顔をした彼女の姿が掻き消えて、それに気づいたと同時に踵が腹に食い込んでいた──と、思った。

 認識するより早くに視界がブレる、彼女の一撃は俺と同じサイズの丸太をたたき割り、代わりに俺は小太郎に抱えられていた。

 助かった、と言う暇はない。

 ただ一瞬だけ目を合わせて頷き合ってから、未だ倒れている天草さんの首根っこを引っ掴む。

 ライダーさん! 鈴鹿! 撤退だ!

 そう叫んで地を蹴りつける、瞬間、もう見慣れたこん棒が視界いっぱいに広がって、しかしそれが当たることは無かった。

 当たり前だ、令呪でブーストかけた二人がいるんだぞ。

 一撃を避けることくらい訳ない。

 といっても何度も無理だ、だからこそ、早く離れたい──んだけどなぁ!

 音より早く迫ってきた一撃を鈴鹿が受け流す、それに使われた幾本もの刀が音を立てて砕けていく中を潜り抜けるように走り抜ける。

 直後、フラついていた足取りを整えた天草さんが逆方向へと向いて足を止めた。

 ここは私に任せて、どうかお逃げください。

 そして、ギルガメッシュ王には申し訳ありませんとお伝えいただけると幸いです、とそう言って彼は、その魔力を勢いよく爆発させた。

 ──迷っている暇は、無い。

 誰かが犠牲にならなければどうやっても切り抜けることは不可能だ、それをすぐさま察したからこそ彼はああ言った。

 それが分からないほど、俺だってもうど素人じゃない。

 綺麗ごとだけで片付けられる世界ではないことは、もうわかりきっていた。

 だからこそ、すまないとは言わなかった。

 ただ、ありがとうございます、と大声で叫んで駆け抜ける。

 少しでも追いかけて来づらくなるように小太郎が木々へと火をつける。

 陽炎に揺らいだ天草さんの身体が、どこか儚く見えた。

 

 何だか酷く慣れた心地の揺れと、酷く耳障りな音で目を覚ます。

 うっすらと目を開ければ天気は最悪で、豪雨が降り注いでいた。

 服が身体に張り付いていて絶妙に気分が悪い。

 そこまで思って、ようやく目をしっかりと開ければ、直ぐに視界に入ってきたのはライダーさんで、前を鈴鹿が走っていた。

 後ろからも足音がするから、恐らく小太郎がいるのだろう。

 雰囲気的になんとなく、あぁ逃げ切れたのだな、と思う。

 いや、少なくとも今はまだ、追いつかれていない、と言うべきか。

 まぁ何はともあれ天草さんを除いた全員が無事ってのは良いことだ。

 とりあえずライダーさん、と声をかければ彼女は眼を覚ましましたか、よかったです、と言った後にもう少しだけ我慢してください、と言った。

 まもなくウルクですので、とも。

 ……マジ? ってことは俺、少なくとも一日以上は気絶してたのか……

 迷惑かけたな、と言いながらも背中にしがみつく、いやだって降りたほうが色々と迷惑だし、ね?

 

 目を覚ましてから数時間もしない内にウルクへと帰ってきた俺たちは、一息入れることもなく直ぐにジグラットへと足を運んだ。

 内容自体は急を要することでも無いですが、しかし、なるべく情報というのは早くに耳に入れておきたいですし、それに貴方への説明も兼ねてですから、と小太郎が言ったからだ。

 まぁ俺としては今ベッドに寝転がろうものなら二日は爆睡できるという自信があるくらい疲労を感じていたので、それについては概ね賛成だった。

 だからこそ、今こうして血みどろかつずぶ濡れの状態でギルガメッシュ王の前へとやってきたという訳だ。

 報告自体は簡潔にまとめられたものを小太郎の口から告げられた。

 密林に潜入後、ジャガーマンと名乗る珍生物との遭遇、撃退寸前で現れた女神──ケツァルコアトルの出現。

 天草四郎時貞が殿を務めてくれたお陰でこうして戻ることができたこと。

 それに加え、あちらは密林を出てからはしつこく追ってこようとはしなかった、ということを。

 それを一通り聞いたギルガメッシュ王はふむ、と一息ついてから俺を見て、ケツァルコアトルについて詳しく知っているか? と聞いてきた。

 まぁ、当然ながら知っているけど……まぁ、ドクターのほうが詳しいよね、と言えば彼は僕かい!? と彼は驚いた後にコホン、と咳払いしてから説明を始めた。

 ケツァルコアトルは端的に言えば南米の神の一柱だ。

 と言っても数多くいる神々の中でも彼……彼女は群を抜いているだろう。

 何せ彼女は──金星の女神にして太陽の大鳥、マヤの征服王、トルテカの太陽神! 

 間違いなくこの時代において最強レベルの敵──下手をすれば現状最大戦力であるエルキドゥより格上だ、と。

 それを聞いてからギルガメッシュ王はなるほどな、と呟いた後にもう少しまとめたものを作っておけ、とドクターに命じた後ご苦労だった! と俺達へと声をかけた。

 見事な働きであった、と彼は言ったのだ。

 本来の目的は果たせなかったが密林の女神の素性が割れたのは大きい、と。

 その言葉を、甘んじて受け入れる。

 もっと俺が上手く動いていれば、もっと皆を動かせていたら、もしかしたら天草さんが犠牲になることは無かったのかもしれない、という思いを飲み下す。

 あれがベストだった、あれがあの時打てる最善手だった。

 それを迷うことなくとれたのだからやはり、これは最善の結果だったのだろう。

 頭を下げ続けながらそう思っていれば、おい、と声をかけられた。

 それに応えて頭を上げる、目と目が合って数秒経ってから彼は分かっているなら良い、と言って数日の休みを与える、確りと休めよ、と伝えてから俺たちに退席を促した。

 

 それからの数日は、何か特筆すべきようなことは無かった。

 強いて言うのであれば今までのぶり返しが来たのか全身が疲労と筋肉痛でまるで動けなかったくらいである。

 お陰でごはんもまともに一人で食べれなかったレベル。

 流石にこの年で"はいあーん"をしてもらうとは思わなんだ……

 もちろん、俺だって動けない以上口で散々抵抗はしてみせたが当然上手くいくわけもなく、何だか知らんが沢山の人に食べさせられてしまった。

 そう、沢山の人である。

 つまりライダーさんや鈴鹿だけでなく立香君を始めマシュ、牛若丸、弁慶、小太郎、果てには面白がったウルク市民にまでされたということである。

 いや一生モノの恥でしょこれ……

 確かにダ・ヴィンチちゃんやドクターには"得難い経験をしてくるがいい"とか"素晴らしい発見や出会いがある"とか言われたけどこれ間違いなく不必要な経験だったでしょ……

 何年も遡ってやったことが現地の人たちにあーんしてもらったとか口が裂けても他人に言えねぇよ……

 まさかこの歳になってまで黒歴史を生産してしまうとは……人生いろいろありすぎ……

 と、まぁそんな感じで遠い目をしていれば与えられた休日なんていうのは光の速さで過ぎていったという訳だ。

 色々と文句は言いたかったが、それでもこれ以上ないレベルの待遇で休ませてくれたのですっかり身体は健康体である。

 疲労のひの字もないくらいだ、何でも従いますぜと言わんばかりの表情でジグラットに向かえばそこにはギルガメッシュ王とシドゥリさん以外にも見慣れない男が立っていた。

 真っ白な長髪に、どこか胡散臭そうな、しかし優し気な表情を張り付けた、如何にも魔術師然とした青年。

 仕事の報告があるから、と一緒に来た立香君とマシュが手を振っているから知り合いではあるのだろう。

 後で誰なのか聞いておくか、何て考えながらギルガメッシュ王へ報告をする立香君とマシュの話を聞き流す。

 その内容は毎日聞いているお陰で知ってはいるが、相変わらず意味が分からない。

 いやだって浮気調査してたら地下迷宮の探索になってたとか言われて一発で理解できる? 俺はできなかった……

 そんな話をワクワクとした様子で聞き入るギルガメッシュ王を見て何だか意外だな、なんて感想を抱いていれば彼らの報告は終わっていた。

 案外早かったな、と思い彼らの横に並べば、ギルガメッシュ王は俺と立香君の名を呼び、それから貴様らには天命の粘土板の捜索をしてもらう、と言った。

 詳しい話等はそこの男に聞け、とも。

 そこの男──つまり先ほど目についた魔術師然とした青年である。

 何となくだけどこの人知っているような気がするんだよな、と思えば彼は薄っすらと笑ってこう言った。

 やぁ、君とは久し振りだね、私のこと分かるかい? と。

 聞くと同時に、既視感を覚える。

 もう知り合いだったの? と言う立香君に曖昧な返事をしながら頭を回し──あ。

 あ、あぁああぁぁぁぁぁぁああ!!! マーリン!!! あんた、マーリンか!?

 思わず叫んだ俺に、正解、と彼は笑った。

 

 大魔術師マーリン。

 かのアーサー王の始まりに立ち会い、支え続けたキングメーカー。

 控えめに言って超が付くほどヤバい魔術師である。

 もっと言えばあのソロモンと同格──冠位の資格持ちの魔術師だ(これはギルガメッシュ王もだが)。

 まさか冠位の資格持ち二人と会えるとは、と思いながら頭を下げる。

 アメリカでは助かった、貴方の助力が無ければ勝てなかった。

 そう言えば彼は気にすることは無いさ、私は君たちのファンでね、あれくらいはただサービスだよ、と片目を閉じて言った。

 ファン……? あぁ、千里眼か。

 ダ・ヴィンチちゃんとドクターに聞いたことがある。

 かのソロモンがもつ千里眼は未来と過去を、ギルガメッシュ王の千里眼は未来を、そしてマーリンは現在の総てを見通すらしい。

 普通にチートが過ぎるとは思うがまぁ、つまり彼はその千里眼を用いて今までの特異点修復の旅を見ていたのだろう。

 その様が偶々彼のお気に召したということなのだろう、まぁ立香君なら当然ですよね!

 不幸にもレイシフト適性が100%だったってだけの一般人がこんな壮大なことに巻き込まれ、尚且つ生き残り、戦い続けているのだ。

 そりゃ応援もしたくなるだろう、彼、カッコいいし。

 うんうん、と内心頷いていればマーリンは不思議そうに俺を見て、それから言った。

 私は特に君のファンだよ、君のお陰で紡がれた物語は、非常に味がある、と。

 ……こいつ正気か?

 

 じゃあ早速行こうか、とマーリンは言った。

 いや行くも何も何をしに何処へ行くのかさっぱりなんですけど……

 せめて説明をしてくれ? と言えば彼はあぁ、忘れていた、と言ってから君たちは天命の粘土板というものを知っているかい? と聞いてきた。

 うぅん……聞いたことないですね。

 立香君達を見てみるが、やはり彼等も心当たりは無さそうだった。

 そんな俺たちを見て、彼はざっくり言うとあれだよ、ギルガメッシュ王が常に持っている粘土板あるだろう? あれだよ、と言った。

 あれと同じものをかの王はどこかに置いてきてしまったらしくてね、それを回収したいという訳さ。

 因みにこうしていることから察しているとは思うが、どこに置いてきたのかはわかっていない、つまり地道に探すしかないということだね! とも。

 うわくっそめんどくせぇな……と思いながら一つ聞く。

 即ちそれってどんくらい重要なもんなの? ということだ。

 その問いに彼はコホン、と咳払いをしてからこう答えた。

 ギルガメッシュ王は時折自分自身とは関わりのない未来を、意図せず視ることがあってね、それを無意識の内に記録することがある。

 それが天命の粘土板さ、彼個人にとっては重要ではないが、余人にとっては値千金の代物、という訳だ。

 今回の戦いに関わることかもしれないし、そうでなくても敵方に利用されてしまったら面白くない。

 だからさくっと見つけ出しておこうということさ、なーに、粘土板は微弱な魔力を発している、近くまで行ったら直ぐに分かるから気長に探そうじゃないか! と。

 

 そういう訳ならチームを分けたほうが良いのでは? という意見が出てくるのは至極自然なことで、それに誰も文句を言わないのもまた自然なことだった。

 一つ、魔力の探知ができるのがマーリンだけなのでは、という問題が浮上しかけたが、カルデアの方でも探知できるということでその問題は霧散した。

 ではどうチームを分けるか、という話だが、これもまた直ぐに決まった。

 というよりは、悩む余地がなかったというべきか。

 マスターである以上、俺と立香君は一緒になるべきではない、となればそれぞれと契約しているサーヴァント達もそれぞれ分かれるだけだったし、強いて言うのであればマーリンがどちらに着くか、という問題があったが、それも彼が俺と行動すると言ったことで終わった。

 それ自体は彼の気分で決定されたことだったが、確りとした話し合いをしたとしてもやはり同じ結果になっていただろう。

 何せ俺のところにはライダーさんと鈴鹿しかいないのだ。

 いや何も心許無いと言っている訳ではない、ただ立香君の方と比べれば戦力があまりにも乏しい。

 故にこちら側、という訳である。

 よろしく、と改めて挨拶をしながらどこへ行くのかと聞けば彼はそうだねぇ、と少し考えた後にバビロンと杉の森にしよう、と言った。

 できればクタの方も見ておきたいが、逆方向だしね、とも。

 うぅん……名前を言われてもいまいちわかんねぇな、いう顔をしてれば立香君が北西側ですよ、と教えてくれた。

 北壁の更に奥である、と。

 えぇ、めっちゃ危険地帯じゃん……気が進まねぇな……というか立香君もうこの辺の地図覚えてんの? 優秀かよ……

 

 廃墟バビロンと黒い杉の森。

 この二つは近くにあるがしかし杉の森のほうが奥にあるそうだ。

 ということは一層危険なのでは? と思ったがバビロンも大して変わらないらしい。

 バビロンは魔獣戦線に近く、魔獣が住み着いている。

 杉の森は単純に魔獣の女神の巣が近い。

 いやそれ間違いなく杉の森の方が危ないでしょ……大丈夫なの?

 そう聞けばまぁ、あんまり踏み込みすぎなければ大丈夫さ、とマーリンは言った。

 杉の森全域を探すとなればあまりに時間がかかるだろうが、なに、ギルガメッシュ王も森のど真ん中で書くなんてことは無かっただろうしね。

 何せ森は危険がいっぱいだ、精々端っこを探してくれれば良いよ。

 それにもし何かあったとしてもこの戦力であれば抗戦しながら撤退も容易だろう。

 別行動すると言っても長くて半日程度だ、緊急事態に備えて信号弾もあるしそう危険はないよ、とも。

 なるほどな、とひとまずの納得をする。

 じゃあどっちがどっちに行こうか~と立香君と話し合う。

 正直に言えばどっちに行っても良いのだが独断で決めて良いことでも無い。

 かといって互いにどっちに行きたいという希望はもちろん無いわけで、面倒だしじゃんけんしようかとなるのは必然なことだった。

 必然……? うんまぁ、よくあることだから……

 

 まぁそんな大分緩い感じでしゅっぱーつとウルクを出る。

 簡単にバビロンとか杉の森とか言ってはいるが実のところ滅茶苦茶遠い。

 普通に馬とか貸し出してほしいところだったが、もし敵と接触したら間違いなく殺されてしまうのが目に見えてしまうため借りれなかった。

 つまり徒歩である。

 まぁいけない距離でもないが、それでも日数はかなりかかってしまう。

 ざっと片道二日と言ったところだろうか。

 といっても火急という訳ではない、焦って進む必要はない故に、まったりとした雰囲気を拭えないまま俺たちはテクテクと足を運び、大したトラブルに遭遇することもなくバビロンへと到着した。

 ここからは別行動である、立香君は更に北へと足を運ぶのだ。

 たかだか数時間も歩けば杉の森だ、マーリンの言っていた通り、緊急事態でも直ぐに合流できるだろう。

 一応の合流地点である北の高台──バビロンと杉の森の間にある──だけ確認してから、じゃあ気をつけて、と声を掛け合い別れ、廃墟となったバビロンへと足を踏み込む。

 当然ながら人の気配はない、けれども生物がいるような痕跡はあちらこちらにあった。

 マーリンがそっと横に来て、なるべく交戦は避けたい、慎重にね、と言い、それに無言で首肯する。

 当たり前だ、そもそもこの廃墟全域に住み着いてる魔獣全部と戦うなんてことになったらそれこそ逃げることはできるが本来の目的は達せない。

 といってもマーリンの魔術で姿も気配もばっちり隠れているお陰でそうそう見つかることは無いのだが。

 それでも音を立てたりぶつかったりすれば終わりである、故に慎重に、かつ迅速に、廃墟を回る。

 魔獣の真横をすれ違ったりとか中々スリルのあることをしながら数時間かけて都市を回ったが結果的に粘土板を見つけることは叶わなかった。

 残念だったなぁと思っていれば見つかるに越したことはなかったけど、ここにはない、ということが分かっただけ収穫さ、とマーリンが言う。

 ロマニの方からも連絡が無いしきっと森の方も見つかっていないだろう、今回もはずれだったね、と。

 慣れてるなぁ、そりゃ慣れるさ、なんて会話をしながらさっさと出よう、と歩を進める。

 取り合えず戦闘が無くて良かった、と思いながらサクサクと歩いていれば不意に、声が聞こえた。

 女性の声のように聞こえる、それにこの感じ、悲鳴?

 反射的に周囲に視線を走らせる、どうかした? と俺を見るライダーさんと鈴鹿に声が聞こえた気がする、と言おうとした。

 「どーいーてーー!!! じゃまぁぁぁああぁぁ!!!!」

 そう、言おうと口を開こうとした瞬間、盛大な悲鳴と衝撃が俺を貫いた。

 

 瞬間的に腕を伸ばす。

 落下してきたそれが腕に乗る瞬間膝を沈み込ませて勢いを和らげた。

 しかしそれでも問答無用の威力を持ったそれはキャッチするというよりは普通に直撃したみたいな音を立てた。

 ドゴォォオオォン!! と激しい衝撃音が辺りに響く。

 ぐ、おおおぉぉぉぉおお!! くっそいてぇ!! 腕がもげる、いやもげた! 真面目にそう思うほどの痛みが腕を襲うがグッとこらえる。

 反射的に礼装を起動し魔力で強化しなければ今頃思った通り腕はもげていただろう。

 それだけの勢い、威力だった。

 けれども成果はあった、なにせ落ちてきたのは()()だ。

 上手くキャッチできたし見たとこ五体満足、うーん、完璧な受け止めでしたね……

 ビリビリとする腕を無視してもう少しだけちゃんと見れば腕の中の人は酷く美しい黒髪を伸ばした女性だった。

 目をぎゅっと閉じているがまぁ、それでも控えめに言って美女と言って差し支えのない容姿。

 ここでいつもの俺であれば、遂に親方! 空から女の子が! ができるとは……! と感動していたところだが流石にこの状況でそんなことを考えるほど阿呆ではない。

 むしろ嫌な予感がしているレベル、経験上こういう手合いは碌な相手ではないからだ。

 マジでどうすべきだろう……と呟けば女性は不思議そうに俺を見た。

 視線と視線が一瞬絡み合う、直後に女性は叫ぶように声を上げた。

 「なによアンターーーーー!!!??」

 ほら、碌な相手じゃない……

 

 叫ぶと同時に女性は素早く離れ、警戒したように俺を見てから口を開いた。

 こ、この私の身体に断りも無く触れるとか……! 見慣れない顔と恰好ね、どこの市の人間よ、ていうかまだこんなところにいるとか正気? ニップルから逃げてきたのか、それともバビロンの生き残りってとこかしら。

 まぁでも、そのどちらかなら年貢の納め時ね。

 手足を撃ち抜いた後にエビフ山にばら撒くわ、と。

 えぇ……何この人いきなり落ちてきた挙句滅茶苦茶物騒なこと言い始めたぞ……

 シンプルに怖すぎる、あれ誰? とこっそりマーリンに聞けば彼は最悪だ、といった顔をしながらあれはイシュタル、ウルクの都市神にして最大の問題児、女神イシュタルだよ、と言った。

 ……女神!!? イシュタル!!?

 マジ名前負けしすぎなのでは……? 女神ってそんなホイホイ落ちてくるもんなの?

 そう聞けばまさか、と彼は笑いながら否定した。

 だよな、つまりあの女神──イシュタルが間抜けってことか。

 だとしても不味い、と思う。

 流石に女神を相手に勝てる気は微塵もしない、かといって上手く撤退できるかと言われればそれも難しいだろう。

 どうするべきか、そう思いながら一歩前に出た。

 そのどちらでもありません、私たちはこの特異点の修復をしにきた者であり──今はウルクの一住民として働いているものです。

 そう言えば彼女は驚いたように目を開き、それからそういえばアンタは見たことあるわね、とマーリンを見て言った。

 それにしても異邦からの来訪者、ね。

 信じ難いけどまぁ、そういうこともあるか。

 そのお陰で私もこうしているんだし、その言葉を信じます。

 つまり貴方は私のことを知らない、もしくは知識として聞いたことがある程度、という訳ね。

 それなら仕方ない、か。

 今回だけは見逃してあげましょう、代わりに先ほどのことは忘れなさい。

 そう言ってから俺を見る。

 先ほどのこと……あぁ、落ちてきたことか。

 わかりました、と適当に返しておけば絶対よ!? 今の私の身体のサイズとか! 悲鳴を聞いたとか! その辺諸々含めて悪質な嘘流したら地の果てまで追い詰めるからね!? きちんと敬いなさい! 一日三回くらい! と捲し立てるように言葉を並び立てられる。

 いや注文が多い……見逃してくれるってい言うんならさっさと行ってくれ……

 了解了解と言っておけば、彼女は弓のような形をした巨大な道具──彼女曰く天舟に乗り、あぁ、そうだ、と思いついたようにまたも口を開いた。

 この辺りに大切なものが落ちてなかった? と。

 大切なもの──反射的に天命の粘土板を思いつく、しかし直後にそうではない、と思い至る。

 そもそも大切なものってなんだ?

 そう聞けばだから、大切なものよ! と彼女は言った。

 こう、見るからに「これはすごい……」ってなるものよ! 一目見れば分かるようなもの!

 見覚え、ある? と。

 いや分かるかぁ! そう言いたいのを抑えていれば、マーリンが何か失くしたのかい? と聞いた。

 そうすれば彼女はばっ、そんなわけないでしょう!? ちょっと頼まれただけなんだから! あんなの、どうでも良いんだから! と慌て始めた。

 もうそれ失くしたって言ってるも同然なんだけど……

 ひとまず主語をくれないかな……

 そう思っていれば、彼女はだから! と口を開く。

 とにかくこの辺りに「なにか」「あった」か「なかった」かを教えればいいの!

 で、どうなの。

 やっぱり落ちてた? あれ? ていうか壊れてなかった? 壊れてた? 私またやっちゃった!? と。

 もう表情の変遷の仕方がすごい、最後なんてほぼ泣いてるといっても過言じゃない顔である。

 見てて愉快すぎるだろう……ていうか答えようが無いな……そう思い黙っていれば何とか言いなさいよー!? と彼女は叫んだ。

 沈黙って、時に一番残酷なんだからねーー!!? と。

 いや答えてはあげたいんだけど、ほら、情報が無さ過ぎて……

 どうしようも無──礼装を起動する。

 多数の魔獣──気づくのに遅れた!

 バビロンは魔獣の住処、そのど真ん中でこんなことをしていれば当然のことだった。

 流石に時間が経ちすぎたね、集まってきてしまったか、と隣でマーリンが言い、ごめんと謝る。

 俺の対応が悪かった、と言えばいや、彼女と敵対しなかっただけ充分以上だよ、正直驚いたくらいだ、と彼は言い、それから逃げに徹しようとも言った。

 同意である、けれどもイシュタルを置いて逃げるのは後味が悪い。

 彼女一人で充分対応可能なのは分かるがそれでも、というやつだ。

 そう思っていればイシュタルはへぇ……と口端を上げた。

 切り替えの速さは中々、覇気も上々、観察眼も悪くないわ、と。

 良いわ、今はちょうどむしゃくしゃしてるし、見てなさい! 派手にやるわよ! とイシュタルは弓を引いた。

 

 急速に集まった多量の魔力が鋭く弾ける。

 閃光弾のように激しく輝いたそれはしかし、圧倒的な熱量をもって現れた野生の魔獣の悉くをたかだか数秒程度で焼き払った。

 ……うっそだろ。

 思わずこぼした声が、空へと解けて消えていく。

 傍から見ても強靭であると言えるウルク兵が三人でかかってようやっと一匹相手にできるほどの力を持つ魔獣を一瞬で、何十と焼き尽くした?

 流石に女神というくらいだし、何より肌で感じられる魔力から尋常じゃないのは分かっていたが、これほどとは……

 そう思ってから俺はアホかと、そう思う。

 いくら馬鹿げた出会い方をしたと言っても、あの人は正真正銘、ガチの女神なのだ。

 つまりあの日密林で出会い、逃げることしかできなかった女神・ケツァルコアトルと同格。

 無意識的に気が緩んでいた、それを自覚し気合を入れなおしてから素早く頭を回す。

 逃げるのであれば今が最大のチャンスだ、そう思ってそっと後退ると同時、彼女はふわりと空へと浮いた。

 さて、ストレスも粗方発散できたし、私はもう帰るわ。

 精々抗いなさい、私、弱い者には興味ないから。

 あー……それと、受け止めてくれてありがとね、お陰で助かったわ。

 そう言い残してヒューンと消えていく、滅茶苦茶自由だなあの女神……

 そんな感想を抱いていたらグッと腕を引かれてそのまま肩に乗せられた。

 鈴鹿……!

 判断が鈍い! どうしたの!? と言われながら風を切る。

 ちょっと動揺した……と零せばしっかりしてよね!? と激を入れられごめんと謝り、それから現状に既視感を覚えて少しだけ笑みがこぼれた。

 そんな俺を横目にいきなり何にやけてんのよ……気持ち悪いわね、と鈴鹿が言う。

 いや、その、何だ。

 お前、俺を担ぐの上手くなったよな。

 そう言えば彼女は少しだけ考えた後にプッと噴き出した。

 

 何だかんだ寄って来る魔獣を(ライダーさんと鈴鹿が)ふっとばしながら走れば高台には一時間程度で着いた。

 立香君達の姿はない、まだなのだろう。

 一応ドクターに聞けば後三十分もすれば合流できるだろうとのことだ。

 それまで暇だな、と思っていればマーリンがあのイシュタルで助かったね、と言葉を漏らした。

 ……あの?

 なんかあったのか? と聞けば彼はそう言えば話してなかったか、と言った後に彼女に関しても色々と込み合っているし、話しておこうか、と口を開いた。

 女神イシュタル、先ほど出会った彼女は正真正銘、本物の女神イシュタルではあるが、しかし完全に同一のものではない。

 彼女は──そう、カルデアで言うところの疑似サーヴァントというやつなのさ。

 ウルクは確かにギルガメッシュ王による王政なんだけれどもね、それも一枚岩じゃないんだ。

 王権、祭祀場、そして巫女所の三権分立で成り立っていて、この巫女所というのはギルガメッシュ王よりも都市神を優先するところだった。

 君たちがここに来るずっと前、この時代が特異点と化す兆しを見せ時空が不安定になり始めたころのことだ。

 ギルガメッシュ王がバビロンの蔵を開放し、あの北壁作成に取り掛かっていることを好機と見たんだろうね、巫女長は女神イシュタルの召還を試みた。

 といってもイシュタルは女神だ、普通にいけば召喚できるわけがない。

 だから彼女らはまず女神の神格に適合する魂を召喚し、その魂にイシュタルを召喚しようと試みたわけさ。

 だがまぁ、それが成功したかどうかは定かではない。

 なにせ女神だ、いくらこの時代が不安定で、召喚方法を工夫したとしても成功する可能性は高くはないだろう。

 だが事実としてイシュタルはああして顕現した。

 基本的にメソポタミアの神々は金髪で、その一方人間は黒髪とされている。

 そして今の彼女の髪は美しい黒髪、つまりは基となった少女がいるということだろう。

 恐らくカルデアのデータでは彼女は紛れもなくイシュタルだっただろうが──まぁ、そうだね。

 その少女は元々すごくイシュタルと気が合う人間だったということなのだろう。

 つまりイシュタルとその少女、二人の自我が完全に混ざり合って新しい、しかし元のままの女神として成立している、という訳さ。

 だから今のイシュタルは元々のイシュタルより凶暴性や残酷さ、残忍さというものが薄れている。

 言うなれば善性のようなものが混ざっている状態、と言ったほうが分かりやすいかな。

 だから()()()()という訳だ、そうでなければ今頃僕らは塵だよ、とマーリンはハッハッハと笑ったが割と笑い事ではない。

 マジで危ないところだったじゃん……くそ助かった……

 そう呟きその場にぐったりとすれば遠くから声が聞こえた。

 のそりと起き上がれば遠くに見える複数の人影。

 立香君達だ、と思って手を振れば別れた時と比べて人が増えている。

 フードを被った紫髪の、幼女。

 えっ、誘拐してきちゃった?

 

 再会してすぐにそう言えば立香君は酷く慌てた様子で違いますよ!? と軽く叫んだ。

 いやまぁ流石にそれは分かっているがここまで反応されると面白い。

 からかわないでくださいよ! と言うマシュに悪い悪い、と謝ってからその幼女のもとへ行く。

 視線を少しだけ下げてからフードに顔を少し隠したその子によろしく、と手を差し出せば触らないでください、と拒否られた。

 えっ、シンプルにショック……

 どうしよう、出会い頭で嫌われた、と思い立香君を見ればその子はポソリと人間が嫌いですので、近寄らないでください、と言った。

 嫌いの範囲がでかすぎる……そう思うと同時に、フードの隙間から見えた彼女の顔に既視感を覚えた。

 いや、既視感なんてレベルではない、は!? と思って素早く振り向きライダーさんを見る。

 後ろでハテナマークを浮かべる彼女の顔を見て、もう一度幼女の顔を見た。

 ……えっ、ちっちゃいライダーさんじゃん……

 そう呟くと同時、後ろのライダーさんがへ? と間抜けな声をあげてから俺を押しのけて幼女と見つめ合う。

 次に響いたのは、ライダーさんと幼女、二人の間の抜けた声だった。

 

 私、ですか……

 私、なんですね……

 二人の呆然とした声が響き、その神妙さに思わず押し黙る。

 本当なら滅茶苦茶問い詰めたいところだが流石に割って入れる雰囲気ではない、しかし放っておいたらこのままな気がしてどうするべきか、と考え込んでいたらふと、ライダーさんが俺を見た。

 俺の手を引き、こちらへ、と。

 えぇ、ちょっと話が長くなりそう……そんな予感がする。

 本来であれば合流してすぐ出発する予定だったのだ、出来ればさっさと帰りたい。

 どうせ途中で野宿をするのだ、その時の見張り番の時でも良いか? と聞けば彼女は少しだけ考え込んだ後に頷いた。

 ごめんな、だけど一旦落ち着いた方が話しやすいとも思うし、と付け加えてから立香君達を見る。

 あー、なんか只ならぬ関係らしいんだけど取り合えず放置でおーけー! 後で俺が話聞くから帰ろう!

 そう言えば彼らは苦笑いをして、それからじゃあ行きますか、とリュックを背負いなおした。

 

 パチパチと、火が弾ける音がする。

 焚火をするのもすっかり手慣れたものだ、そう思いながらその前に胡坐をかく。

 そうすれば後ろに立てた簡易的なキャンプからライダーさんとアナ──幼女ライダーさんの名前らしい、道中でそれだけ聞いた──がごそごそと姿を現し隣に座った。

 お預けにさせてしまったお話タイムという訳である、何だか嫌な予感がして胃が痛いな、と思いながらごめん、待たせたな、と声をかける。

 そうすればライダーさんはいえ、むしろ少し時間を空けてくださって助かりました、と言ってからでは先ずは単刀直入に事実を、と言ってから言葉を続けた。

 メドゥーサ()アナ()は貴方が思った通り、同一人物です、と。

 だろうな、だってあんまりにもそっくりだ、そうでない方が怪しいまである。

 そう言えばそう思うのは貴方くらいです、とアナが言った。

 いや、本当に似てるからね……? そのぶっきらぼうなとことか、クール可愛いところとか──

 言葉の途中でガッと口を掴まれる、ちょ、ライダーさん力が! 力が強い!

 口がとれちゃうんですけど! と反抗すれば余計なことは言わないで下さい、と釘を刺され、それからもう一つ、お伝えしなければならないことがあります、と言った。

 静かに耳を傾ける、そうすれば彼女は魔獣の女神、その正体が判明しました、とそう言った。

 ……は? いつ、どこで、何をもって分かった? 思わずそう聞けばアナが、少し震えた声でそれもまた、私ですので、と言う。

 私──? 一瞬だけ疑問符を浮かべる、しかしその直後に燃え盛る都市で見た、槍を持った女を幻視して、ようやく言葉の意味を理解した。

 英霊には、いくつかの全盛期がある。

 ライダーさんは成長し、アテナに呪いをかけられ魔物になる少し前の姿。

 アナは女神としての姿。

 となれば後は一つしかないだろう。

 完全に魔物と化したライダーさん/アナ。

 そういうこと、ね。

 なるほど、あぁ、だから、アナか。

 そう呟けば彼女らは無言でうなずいた。

 アナ──聖杯によって女神として召喚された彼女は、魔物と化した彼女へのカウンターなのだ。

 あまりに強すぎる魔神、ゴルゴーンへの抑止力ということである。

 そう考えれば納得はできたが、しかしそれでは流石に説明がつかないものがある。

 即ち、魔獣である。

 あの魔獣は魔獣の女神から生み出されていると聞いた。

 もっと言えばその魔獣達は、ティアマト神の子供であるとも。

 魔獣戦線最前線、北壁で巴御前から教えてもらったことだ。

 伝承通りの魔獣が湧いて出るようにやってくるのだと。

 そう聞けばじゃあそれは僕から説明しようかな、と後ろから声をかけられた。

 !? マーリン!?

 お前いつから!? と聞けば最初からさ、と薄く笑う。

 秘密の話は誰だって気になるだろう? と。

 いや趣味が悪すぎる……とは思うがまぁどうせ報告することでもあるから良いか、と思い直し、それから浮かんだ疑問をそのままぶつける。

 即ち相手の女神すら分からなかったのにそんなことが分かるのか? ということだ。

 そうすれば彼は笑って、それから僕らもただ手をこまねいていた訳じゃないからねぇ、と言ってからじゃあまず、と俺達を見て口を開く。

 ティアマト神と十一の子供達について、君たちは知っているかい? と。

 それに対して、多少は知っている、と言う。

 といっても完璧ではない。

 カルデアにてダ・ヴィンチちゃんの教えのもと知識を集めている俺だが全てをカバーできる訳じゃないのである。

 隣のライダーさんとアナも知らない様子で首を振り、彼はではそこから説明しよう、と言った。

 

 ティアマト神──それはメソポタミアにおける原初の神だ。

 メソポタミア神話では宇宙はアンキと呼ぶんだけれどもね、アンとは天と男神、キは地と女神を意味する。

 女神は命を育み、男神はそれを支配する、という構図だね。

 そしてティアマト神は女神、つまり地の神として、男神アプスーと交わり多くの神々を創り子供たちとした。

 けれども子供たちは成長すると権力を欲し、世界をより広くするためティアマト神に反逆したんだ。

 だがティアマト神も黙ってやられるわけにはいかない、彼女は裏切られた怒りと悲しみのまま、新しい子供を作った。

 しかしそれは(アン)のない、()のみによる創造だった。

 故に出来上がったのは神ではなく、恐ろしい合成獣だった。

 これが、十一の子供達さ。

 君達が打倒したギルタブリルも、この内の一人だよ。

 そしてこの十一の子供たちを率いて戦ったのが神:キングゥ。

 彼らは壮絶な戦いを繰り広げたが、しかし神々の軍勢の勢いは激しく、また最も新しいマルドゥーク神の力は凄まじく、彼の下にキングゥは倒れた。

 ティアマト神もマルドゥーク神を噛み砕いたがしかし、彼の起死回生の一弓にて敗北した。

 そうして神々は倒れ、動けなくなったティアマト神の身体を裂き海に浮かぶ大地とした。

 これがメソポタミア神話における大地だ、神の亡骸の上に作られた世界、という訳だね。

 一般的な創世神話はざっくりこんな感じだ。

 そして問題はここからだ。

 今の創世神話にあったティアマト神のように、本来生命を育む女神が混沌に落ちたとき、彼女らは総じて人間と敵対する魔獣達の母となる。

 この時獲得する権能を百獣母胎(ボトニア・トローン)という。

 生命の種、資源さえあれば無限に魔獣を生産できる権能さ。

 これを魔獣の女神──ゴルゴーンは持っているのだろう。

 といっても仮説に過ぎないんだけどね、まぁ十中八九当たりだろうけど。

 事実魔獣戦線から新型の──しかも神話にある通りの姿をした魔獣が増えてきているからね。

 と、まぁそういう訳だから、魔獣の女神、ゴルゴーンが魔獣を生み出していてもおかしくないって訳さ、と彼は笑って言った。

 話のスケールの大きさに思わず眩暈がする、そんなヤバい力を持つ女神とかどうやって倒すんだよ……

 そう思うがしかし、倒さなければならないのだ、と思う。

 グラリと揺れそうになる身体を抑えていれば、だから、ラッキーだったね、とマーリンはそう言った。

 ラッキー……ラッキー? 何を言っているんだこいつは?

 そう思えば彼はだってそんな化け物への天敵が、こっちには二人もいるんだよ? と言った。

 言わずもがな、ライダーさんとアナのことである。

 彼女たちは完全に魔物と化した彼女が、自ら捨てた女神の神格そのものだ。

 ゴルゴーンに対する確実な秘密兵器となる、慎重に動こう、と彼は言い、それに静かにうなずいた。

 

 さて、話も終わったようだし僕はそろそろ寝るよ、とマーリンはテントの中へとごそりと入っていった。

 それをぼぉっと見送り、それからふと思い立ってアナの方へと手を差し伸べる。

 これからよろしく、と。

 そう言えば彼女は少しだけ目を見開いた。

 私が怖くないのですか? と。

 私は魔獣ゴルゴーンと同一の存在なのですよ、と。

 醜く、恐ろしくはないのですか、と。

 それに合わせて、ライダーさんが少しだけ不安そうな顔で俺をうかがう。

 それが何だか、酷くショックだった。

 いやショックと言うか驚愕と言うか失望と言うかなんというか……

 まぁそんな感じの思いを抱きながらあのさ、と言ってから言葉を続ける。

 別に俺は物語の主人公でも何でもないし、立香君みたいにかっこいいことも言えないんだけど、それでも。

 そんなことで、仲間を恐れ、嫌うような人間じゃないよ俺は。

 ましてやライダーさんなんて、何度俺の命を預けたと思っているんだ。

 確かに敵は同一人物で、自分自身なんだろうけどさ。

 君たちはそれを止めるためにここにいるんだろ、その為に、自分たちの命すら賭けようって思っているんだろ。

 だったら、怖がる必要なんてないし、それに──俺には二人とも、クールで可愛い女性にしか見えない、悪いな。

 そう言えばライダーさんは泣きそうな顔をして笑って、アナは不思議そうに俺を見た。

 

 そんなこんなでウルクに帰還である。

 帰り道もやはり行きと同じように大したトラブルは無かったということだ。

 精々野良の魔獣に襲われたくらいで、それも危なげなく蹴散らせた。

 流石に英霊が何人もいればこの程度は脅威にすらならない、行きと比べて一人英霊が増えているからそれも尚更ってなもんである。

 とりあえず報告を済ませてこようか、と言ったマーリンに俺とライダーさんとアナ、立香君にマシュが着いていく。

 他のメンバーは待機である、別に全員でも問題はなかったが大人数だとシンプルに邪魔なのだ。

 ついでに言えば報告なんて多数ですることでもない。

 若干渋った鈴鹿をそう諭してからマーリンの背中を追うように玉座へと足を踏み込んだ。

 マーリンからギルガメッシュ王へ、今回の調査の報告がされていく。

 第一に今回の調査も外れだったこと、それからイシュタルとの遭遇、アナとの出会い、そして魔獣の女神:ゴルゴーンについて。

 それらのことがマーリンの口から、なるだけ簡潔に伝えられていく。

 流石に手慣れたものだ、俺や立香君よりずっと伝わりやすく話をまとめている。

 これが年季の差ってやつか……と思いながらアナの話が出た時だけ、彼女と一緒に前に出て礼をしておく。

 と、まぁ今回も残念な結果ではあったけれども総体的に見れば悪くない……いや、むしろとても良い結果だったんじゃないかな! と言う彼の言葉で報告は終了した。

 それに対してギルガメッシュ王はご苦労だった、とだけ言い、それから暫し待て、と俺達に告げてから目を閉じた。

 何かを考え込むように額に手を当てて、少々性急な気もするが備えは早い方が良い、か、と呟きパチリを目を開いてから俺達を見、それからゆっくりと口を開いた。

 三女神同盟を崩すぞ、と。

 

 同盟を崩す、といってもいきなり女神に喧嘩を売り行くということではない、と彼は言った。

 飽くまで最終目標にそれを据え、その為に出来ることを少々早回しに進めるということだ、と。

 では何をするか、と言えば答えは簡単だ。

 情報収集である。

 各女神の正体は分かったが、しかし何を目的に、信念に動いているのかが定かではない。

 何せ現状表立った被害を出しているのはゴルゴーンのみ。

 ケツァルコアトルは密林を作り出し都市を飲み込んでからは音沙汰なく、イシュタルは見ての通り何がしたいのかがさっぱりわからないのだ。

 つまり三女神同盟と謳う割にはゴルゴーン以外やる気を感じられない。

 これには流石に何かしらの意図があると感じざるを得ないということである。

 という訳で役目の割り振りなのだが、これはもう迷う素振りも悩む素振りも見せることなくギルガメッシュ王が即決した。

 雑にまとめて言ってしまえば立香君チーム+マーリンが情報収集、密林調査担当。

 そして俺達が魔獣戦線担当である。

 えっ、俺に割り振られた役目が今の話に掠りもしてないんですけど??

 まさかゴルゴーンに特攻しろとか言う人ではないのが分かっているだけに意味が不明すぎて頭を捻っていれば、貴様には今の件とは別に一つ頼みたいことがあってな、と言ってから言葉をこう続けた。

 貴様には都市:ニップルの解放とその市民の誘導を任せる、と。

 知っているとは思うが既に少人数ずつ行ってはいる、だがこの際だ、一気に終わらせてしまえ、と。

 此方も受け入れるだけの準備は既に大体整えている、魔獣達の勢いが落ち着いた頃を見計らい迅速に、慎重に済ませよ、と。

 とはいってもまさか一日で総てこなせとは言わん、二か月くれてやる、できるか?

 そう問われて、しかし直ぐに返事を返せない。

 それでもギルガメッシュ王は俺の目を見ながら答えを待っていて、それに気が付き息を呑み、それからゆっくりと吐き出すように言った。

 日数の方は、巴御前達と話し合ってから決めてさせてください、と。

 そうすれば彼はフ、と少しだけ笑みを溢して、よかろう、と優し気に言った。

 

 と、まぁそういう訳でニップル解放作戦を一気に進めることになったから計画の再組立て等手伝って? と言えば彼女たち──巴御前にレオニダス王、小太郎というギルガメッシュ王に呼ばれた三人のサーヴァント達は勿論、とうなずいた。

 因みに茨木童子はここにはいない、会議するから来てねーと声をかけたら普通に断られた。

 あの鬼、普通に協調性が無さ過ぎる……

 だがまぁ茨木童子は何だかんだ現場での指示には割と素直に従ってくれるから特に問題は無いだろう。

 牛若丸と弁慶は立香君チームである、流石に全員をこちらに割くわけにはいかないからだ。

 ひとまずありがとう、と言った後にとりあえず聞きたいんだけど二か月でできると思う? 聞けば三人は暫く悩んだがしかし、出来ないことは無い、という結論をたたき出した。

 これまでもずっとニップルから市民を誘導してきましたが、安全性を大きく重視しているので一度に少人数しか誘導できていない、そこをしっかりと見直しすれば無理な話ではないでしょう、とは巴御前の弁だ。

 ただそれをするには魔獣達が活発になる間隔に兵士たちの疲労度等考えなければならないことはたくさんありますけどね、と疲れた笑みを見せていたが。

 まぁそれでも絶対に出来ないと匙を投げざるを得ない状況ではなかったことに安堵する。

 このことに関して特に関わってきた彼らがそう言うのであれば間違いはない。

 じゃあ話を詰めようか、時間は──まぁとりあえず二時間で、と伝え、会議は始まった。

 

 会議は思いの外順調だった……というよりかは順調すぎると言ってもよいほどだった。

 どれくらい順調だったのかと言えば既に会議は終わり、俺が自室のベッドで寝転ぶのが許されているレベル。

 といっても、こうなることはある意味必然とも言えた。

 何せここにいるのは誰もが集団の長をしてきた者ばかりなのだ。

 俺を除いて全員、多くの人を動かすということを熟知している。

 それに加えてカルデアの頼れる二大柱であるドクターロマニと万能の天才・ダ・ヴィンチも助言をくれたり、細かいデータは纏めてくれたりと助けてくれたのだ。

 お陰で会議はほとんど滞ることは無く、拍子抜けしてしまうくらいの速さで粗方の計画が定まってしまった。

 後は幾つかの細かい点を煮詰めてちょちょいと修正するくらいである。

 正直俺がいる必要はあったのだろうか……? と首を捻るまであったのがそれはそれ。

 自分の中でこういう、作戦会議と言うのはうまく進まない印象があったせいで驚きも人一倍である。

 そこまで考えたところであれ? と思った。

 いくら魔術師といえども俺はまだまだひよっこだ。

 ガチの戦闘なんてカルデアに来てからしかしていない。

 大規模戦闘なんて人理修復の旅が始まるまでは経験したこともなかった。

 だというのに、どうして俺はこういった作戦に、妙な偏見を持っているんだ?

 ふとそう思い、今までこんな風にあらゆることを考慮し、確りとした作戦を立てるなんてことあっただろうか、と考える。

 燃え盛る都市、アイドル志望に振り回されたフランス、初めて船酔いをしたローマ、ライダーさんのお姉さんが怖かったオケアノス、死の霧が充満していたロンドン、ケルト師弟にいじめられたアメリカ、沢山の人に背中を押されたエルサレム……といったように思い返していけばあっ、と気が付いた。

 フランスから数えて、五番目の特異点。

 イ・プルーリバス・ウナムと名付けられた特異点にて、思いっきりぶん殴ったエジソンに副大統領に任命され会議をしたことがあった。

 といってもあの時は大まかな方針を決め、雑にチームを分けただけではあるのだが、それでも何となく既視感を覚えて苦笑いを零す。

 あの時は確か立香君と二人で攻撃側と防衛側の振り分けをして、結果的に相当胃にストレスをかけたのだった。

 懐かしい、とそれほど月日も経っていないのにそう思う。

 そう思っても仕方がないと、自分で思えるほどの道のりだった。

 だがそれでもここまで来れた、後少し、もう少しで全てが終わる、否、終わらせる。

 何度も固めてきたような決意を再度確認して固め直す、そうしなければ直ぐに折れてしまうと錯覚してしまうほどにそれは、弱弱しいものだと自覚していたからだった。

 

 とかなんとか大仰な覚悟を決めはしたが、しかし計画が定まってしまえば後は流れ作業のようなものだった。

 いや、流れ作業と言うよりは、忙しすぎてそんなことを考えている暇がない、と言った方が正確か。

 俺だけやらなければならないことがあまりにも多いのだ、正直一日のノルマが終わるころには即爆睡である。

 ではなぜ俺がこんなに忙しいのかと言えば、全てはレオニダス王の言葉にあった。

 彼、とてもいい笑顔を浮かべながら 『このようなことは現代では中々無いでしょうが、それでも経験と言うのは良いものです。無駄になることは何もない、全て糧としていきましょう』とか言い始めたのである。

 勿論俺は異議を唱えようとしたが他の面子が全員即いいねしたせいでそれも失敗に終わったという訳である。

 これで過労でぶっ倒れる、なんてことになればまだいい方で、むしろそうでないからこそシンプルにしんどかった。

 何度でも言うようだが彼らは全員人を使うことに慣れ切っているのだ。

 しかもドクターやダ・ヴィンチちゃんに至ってはもう随分と深い仲で俺の限界を知り尽くしている。

 それにライダーさんや鈴鹿が補足をするように助言をするせいで俺の許容範囲ギリギリを攻めてくるのだ。

 何だか最近はすっかり忘れていたが英霊は基本的にスパルタだったな……なんて疲労感タップリに呟きながらも兵士たちとバカ騒ぎをするといったような毎日を延々と繰り返し続けていれば時間というのはあっという間に流れたし、それだけの時間があれば流石に仕事にも慣れた。

 とはいえこちらの様子を見て仕事を増やされるせいでプラスマイナスで言えば完全にゼロ……むしろマイナスと言いたい気分であったがそれはそれ。

 珍しいことだが、立てられた計画は都度少しばかりの修正をし続け調整する程度で、概ね最初に定めた理想通りにことは運び続けた。

 後二回、欲張れば一回で避難誘導ももう終わり、というところまで来た、ということである。

 それはつまり、三女神同盟へ手をかける時が近づいてきている、ということに他ならない。

 流石に前ほどの頻度で立香君と連絡は取り合わなくなったが、それでも最低限以上のやりとりはしているし、情報の共有も行っている。

 あちらも順調だそうだ、それにアナも段々と心を開いてきてくれている、と嬉しそうに彼は言っていたのが強く印象に残っている。

 事実、彼女は時折こちらに来ては俺の様子を見兼ねて手伝いをしてくれていた。

 立香君に言われるまでもなく、アナがこちらに対する壁を無くしてくれている、というのは肌で実感できていたという訳だ。

 というか元より彼女はあのライダーさんと同一人物なのだ。

 面倒見が良いのも当たり前と言えば当たり前だった。

 まぁそれが表に出るまで結構時間がかかったというのもまた事実なわけだが。

 アナは心を開けば開くほど、ライダーさんと似ているところが散見出来て、それでも全然違うところもまた見えてきた。

 例えば誰かに親切にされた時、ライダーさんもアナも絶対にありがとうとは言わない。

 最初に出てくるのはすみません、または申し訳ありません、なのだ。

 ありがとうは中々出てこない、感謝より申し訳なさを先に感じるのだろう。

 あまりにもそういう場面を見かけるのでこういう時はありがとう、って言うんだぜ? とどや顔で言えばライダーさんは、そうでしたねと笑い、アナにはすいません、距離が近いです、離れてください、とシンプルに近づくのを拒否られた。

 また違う例として、分かりやすかったのがご飯を食べる時である。

 というか、美味しさを表すところだろうか。

 ライダーさんはあまり顔には出さない、それこそ絶品! というレベルでもなければ中々表情を崩さず、感想を聞かれれば美味しいですね、と少し微笑む程度。

 だがアナはその真逆で、隠しているつもりなのだろうが滅茶苦茶笑顔、もう可愛くてたまらない笑みを浮かべて食べるのだ。

 そしてそのことに気付くとムニムニと自分の頬を抑えつけている。

 久しぶりに俺の料理スキルが輝いた結果とも言えるだろう、カルデアでは最近よく料理を教わっているのだ。

 そしてその上で感想を聞きに行けば、そこそこですね、なんてさらっと言うのである。

 違いが良く分かるだろう。

 といっても驚くことではない。

 同一人物とは言っても完全完璧、全く同じ個体という訳ではないのだ。

 むしろ全く同じと思われた方が彼女的にもライダーさん的にも迷惑だろう。

 

 そんな日常が当たり前になるまでにかかった時間は、数字にして一か月と三週間、ついでにプラス三日かかった。

 そうして、もう一つ情報を付け加えれば次の作戦決行日時は明日夜九時である。

 今のところは、この一回で最後にするという方針で進めているのだ。

 そして多分、これはそのまま行われる。

 緊張が無いか、と言われれば勿論あるが、しかしそれでも不思議と不安は存在しなかった。

 別に慣れたせいで嘗めている、という訳ではない。

 ただ、その、何て言うのだろうか。

 きっと俺は、今、心の底からこの北壁で戦う全ての人を信頼しているのだと思う。

 この作戦は今まで行ってきたそれとは違い、だれか特定の人物に大きな負担や、勝敗のキーを握らせるようなものではなく、戦場に出る誰もが、同じ心持ちで、同じ意思を持ち、同じ場所で、同じ目標の為に動きを揃え、同じように動き、平等に協力し合うものなのだ。

 無責任なことを言ってしまえば自分が失敗しても誰かがカバーしてくれる。

 そしてそのカバーが、必ず入ってくれるということを、疑う余地もなく信用している。

 だからこその安心感、なのだと思う。

 いや本当に無責任だな、とは思うが仕方ない。

 自分は特別ではない、そう思えただけで、何となく気が楽になった、そんな気がしたのだ。

 

 作戦は滞りなく始まり、また予想外の出来事もなく平穏無事に成功という形で終わりを告げた。

 ニップル市民は全員、ひとまず北壁へと受け入れられ、それからウルクに収まっていく。

 何だか最後にしてはあっさりとした終わりであった、いや特に何かが起きれば良かったのに、とか思っているわけではない。

 ただ単純に、こういった大きな事柄の終わりは大体の確率でトラブルに見舞われてきたから、逆に拍子抜けだった、という訳だ。

 まぁ何はともあれ成功したという事実は変わらない、お疲れさまでした、なんて皆で労い、祝い合い、次の日には通常運転である。

 ニップルは解放されようが魔獣にとっては大して関係が無い。

 休むことなくやつらは常に此方を襲撃してきているのだ。

 といっても俺がここに残り続ける理由はもう無い、というか俺達がいなくなろうがこの北壁にとっては大きな損失ではない。

 兵士たちにまたな、何て適当な挨拶をしてから巴御前とレオニダス王にお世話になりましたと告げる。

 普通にしんどかったけど何だかんだ良い経験にはなった……と思う。

 ゴルゴーン討伐の時が来たら多分ここの人たちの力をまた借りることになると思う、その時はよろしく。

 そう言えば彼女らはえぇ、その時をお待ちしております、と笑って言った。

 

 小太郎とライダーさん、鈴鹿と共にジグラットへと足を踏み入れれば、そこには立香君達がいた。

 特に示し合わせた訳ではない、偶然である。

 奇遇だな、なんて言いながらギルガメッシュ王への元へと行けば彼も少しだけ驚いたように俺達を見て、それから都合がいい、と笑った。

 情報は集まった、場は整った、状況も悪くない。

 三女神同盟の攻略を始めるぞ、と彼は言った。

 少しの緊張感が身に走る、けれども表に出すことは無くギルガメッシュ王の言葉を待てば、彼は俺には一柱+α、立香君には二柱を任せる、と言った。

 +αってなんだ!? そう思うがそれよりもそこも分けるのか、と少なくない驚きが胸を占める。

 何せ女神は強い、それこそ英霊とは文字通り格が違う。

 俺はこの時代に来てから出会ったのはイシュタルとケツァルコアトル、それにジャガーマンな訳だが、そのどれもが桁違いの実力を持っている。

 普通にやっては勝てない、だからこそ全員で一柱ずつ倒してくのかと思っていた。

 故の驚愕を味わっていればギルガメッシュ王は俺を見て、何か勘違いをしているようだな、と言った。

 その言葉に込められた意味を理解しきれず疑問符を浮かべていれば、彼は倒す必要はない、と言う。

 言ったであろう、三女神同盟といっても目立った脅威はゴルゴーンくらいであると。

 そこまで聞いて、ようやくなるほど、と理解する。

 つまり彼は、女神をこちらに引き込めと言っているのだ。

 そうであれば立香君が二柱担当するのも頷ける、彼はコミュ力の塊だ。

 そしてそう考えるのであれば俺はやはり、ゴルゴーン担当なのであろう。

 魔獣戦線にほとんどいた訳だし連携も立香君達よりずっと上手くできる。

 このために俺ににニップル解放作戦を任せたと言っても過言ではないのであろう、そう思っていればしかし、ギルガメッシュ王は予想外の言葉を口にした。

 立香君にはケツァルコアトルを、そして俺にはひとまずイシュタルを任せる、とそう言ったのだ。

 その言葉に、頭を傾ける。

 俺にイシュタル、ということはケツァルコアトルとゴルゴーンを立香君に任せる、ということなのか? そう聞けばギルガメッシュ王は少しだけポカンと口を開き、それから納得したように笑った。

 そのあまりにも意味深な笑みに動揺すれば、彼は何、安心せよ、直分かる、とだけ言う。

 こうなってしまえばもう聞き出すことは出来ないだろう、実際、彼は既にそういうことで良いな? と話の締めにかかっていた。

 それを遮るようにマーリンがイシュタルを味方に? 大丈夫なのかい? と言った。

 それを聞いてギルガメッシュ王は、いささか不服そうに顔を顰め、それから口を開いた。

 確かにあの女を味方に引き入れるなど蓋をしていない瓶を荷台に乗せるようなものだ、我自身もやつにこれっぽっちも期待しておらんしな。

 だがやつの持つ天の牡牛・グガランナは別だ、あれほどの焦土兵器は此度の戦い、必ず必要となる。

 よって仲間とする、文句はあるか?

 それを聞いたマーリンは少しの笑みを浮かべ、オーケーだ、と言った。

 それくらいの遊び心はあってもいい、と。

 そんな会話をききながしながら、いやそもそもそんなことできるのか? と思う。

 ひとまず動揺は呑み込み切ったがしかし、彼女がそう簡単に仲間になるようには思えない。

 一度であったことはあるが、あそこまで自由な女というのも中々いない。

 俺は立香君ほどのコミュ力も無いし、普通に無理だと思うんですけど……

 そう思っていれば不安か? と彼は言う。

 そりゃ不安しかないでしょ、と言おうとすれば彼は何、安心しろ、と言った。

 あれは確かに手懐けるのに苦労する猛獣だが、とっておきの方法がある、そら、教えてやるから近くに寄れ、と。

 素直に従い寄れば、彼は俺だけに聞こえるよう、小さな声でその内容を話し始めた。

 

 こうしてギルガメッシュ王より各々作戦内容と方針を聞いた後に、俺はイシュタルの住まう神殿へと向かうため、大量に用意した荷物を引き摺りながらエビフ山を登っていた。

 そう、この時代に来たばかりの頃、茨木童子が根城にしていた山である。

 あの時は中腹程度の場所に陣取っていたが、今はその頂上を目指しているというわけだ。

 面子は俺とライダーさん、鈴鹿は当たり前として今回は小太郎と巴御前が着いてきている。

 小太郎はまだしも巴御前はわざわざ北壁からやって来てくれたのだ。

 彼女をわざわざこちらに呼ぶほどか? とは思ったが腐ってもあれも女神だ、それに神殿がある場所はエビフ山、念には念を入れて損をすることはなかろう、とギルガメッシュ王が言ったという訳である。

 残念ながら俺はエビフ山についての伝説を特には知らないし、もっと言えばイシュタルについても良く知らない。

 漠然と強い女神である、ということを知っている程度だ。

 本当であればニップル市解放作戦の合間に勉強でもしたかったところだが生憎とそんな余裕は存在しなかった。

 という訳で彼女についてなんか知っている? と聞けばそうだね、と通信機越しにドクターがイシュタルとエビフ山、その二つについての伝説を語り始めた。

 エビフ山はシュメルでも最高峰の魔境、霊峰だった。

 マーリンからも聞いたことがあるだろう、あの最高神アンですら恐れた霊峰と言えば、その恐ろしさが分かるだろう。

 そしてイナンナ──イシュタルの別名だね──はこの山に酷く執着していたんだ。

 何故かと言えばエビフ山は酷く豊かな山だったんだ、その恵みも、その深さもね。

 とはいえエビフ山は神をも脅かす力を持つ、故に最高神アンはイシュタルにこう言った。

 我が娘、乙女イナンナ。エビフ山に逆らうなど愚か者のすることだ、と。

 しかしそれが彼女にとっては逆効果だった。

 イナンナは持てる限りの力を開放し、嵐を巻き起こしながらエビフ山の山肌を蹂躙しながらその中心を目指し始めたんだ。

 当然、エビフ山もこれに対抗し山に棲むあらゆる脅威──獣、火山、川、冷気によって彼女を叩きのめした。

 だがここでエビフ山は一つのミスを犯した。

 一度に大量の災害を起こせば良かったものの、これなら帰るだろう、これなら、これなら……と言ったように災害を小出しにしたんだ。

 そしてその度にイナンナは激怒した。

 信じられない! こんなもてなしを受けるだなんて! ってな具合でね。

 質が悪いことに彼女は逆境にてガッツを発揮する性格だった、それに伴いこの怒りが加わり遂に彼女は山の頂へと到達し、その体内へ深々と刃を打ち込んだわけだ。

 こうしてエビフ山の頂は半分に崩れ、イシュタルは戦いの女神としての側面を人々に見せつけたという訳だ。

 少しは参考になったかい? ドクターは言うが、むしろ聞かない方が良かったな、とすら思う。

 英霊達もそうだが、どいつもこいつも残しているエピソードがおかしすぎるのだ。

 大丈夫かなぁ、と不安が増幅するがしかし、ギルガメッシュ王に授けられた策を信じるしかない。

 とはいえ仲間になるにせよならないにせよ、話をするには一度戦いでもして力を見せつけなければ不可能だろうがな、とも彼は言っていた。

 そのことを思い出してため息を吐き出せばライダーさんが見えてきましたよ、とそう言いを指を指した。

 

 彼女が指を指したその先には、正直趣味が悪すぎるだろう、と思ってしまうくらいど派手にギラついた建造物が鎮座していた。

 もうギラッギラに輝きすぎていた目が痛いレベルだ。

 金や宝石の類が大好きだとは聞いていたがここまでか、と軽く引きながらもその内部へと足を踏み込み進めばそこには随分と豪勢なソファに座る、一人の女性がいた。

 勿論、イシュタルだ。

 あの日見た時と特段何も変わった様子はないが、しかし一つだけ違う点があるとすればあの日よりもキレ気味だということくらいだろうか。

 良い度胸ね、と彼女は言った。

 確かに弱いものに興味は無いと言ったけれど、まさかこんな堂々と、強引に踏み込んでくるとは思っていなかった。

 貴方がした意味、分かってる?

 この山は私の所有物で、ここは私の神殿なの。

 そこに貴方は土足で踏み込んできた、あの日のように異邦の者だからって見逃す気はないわ。

 あれ以上の馴れ合いをする気はありません、神には神のルールが有る、そう甘い顔をし続ける訳にもいかないわ。

 つまりは問答無用ってこと、貴方もその気で来たんでしょ?

 お望み通り、女神の本気見せてあげるわ! ウルクまでふっとばしてあげる!

 それが嫌なら貴方の全力、見せてみなさい!

 我が名はイシュタル! 戦いの女神にして金星の女神! その力、存分に味合わいなさい!

 え、いや俺達は話をしにきたんですけど……そう思うがしかし、彼女は言い切ると同時に極光を撃ち放った。

 いや展開が早すぎる、話を素直に聞いてはくれないだろうとは思ったけど、ここまでとは思わなんだ。

 とはいえこうなってしまったものは仕方がない。

 一度戦って、一旦落ち着いてもらう、それしかないだろう。

 そう思うと同時、眼前に迫った矢を見て一瞬、かつてギルタブリルの放った矢を幻視して、反射で身を逸らす。

 頬を掠めた一矢が背後の壁にぶつかり破砕音が響き渡る、それと同時にライダーさん達が飛び出した。

 

 金属同士がぶつかる音が響き、極光が幾度も輝いた。

 ライダーさんと小太郎が常にイシュタルの速さに追いついて、その挙動から自由さを奪う。

 その間隙を突くように巴御前の火矢が飛び、その上で鈴鹿の刀が襲い掛かる。

 しかしここまでしてもイシュタルを仕留めるのはおろか、その美しい肌に傷一つ負わせることすらできずにいた。

 流石、と言うべきだろう。

 仮にも女神だ、真っ向からぶつかったところで勝機が見えないのは当たり前のことで、それは誰もが分かり切っていたことだった。

 故に、俺達が彼女を叩きのめすには搦手を使うしかない──と、普通なら考えるだろう。

 それは勿論イシュタルでさえも、だ。

 四人の英霊を相手にしながらなお、戦闘力の無い俺を警戒しているのがその証拠と言える。

 しかし、だとしても使わない手はなかった。

 彼女は己に自分の強さを見せつけろとそう言ったのだ。

 であれば出し惜しみをする必要は無いだろう。

 何もかもを使い尽くして彼女を叩きのめす、そういうことだ。

 と、言ってもこのまま真っ当に戦い続ければいずれバテるのはこちらだ。

 だからこそ、早々と決着はつけさせてもらう。

 その為に、礼装を起動しながら俺は地を蹴りつけた。

 

 礼装を限界まで駆使すれば何とか魔獣を一匹相手に出来るかな? 程度の戦闘力の俺が踏み込んできたのを見てイシュタルはほんの一瞬だけ目を見開き驚いた。

 それから貴方馬鹿なの!? と言いながら弓を引く、瞬間ライダーさんの釘剣が閃きイシュタルの鼻先を掠めて通る。

 直後に俺とイシュタル、その間にあった空間を喰らいつくすように火炎が現れた。

 あまりの熱気に顔を顰める、けれども怯むことなく足を踏み込むと同時に身体を掴まれ加速した。

 巴御前だ、彼女が、俺の身体を全力で投げ飛ばした。

 ほんの数秒で炎を突き破る、しかし彼女はその程度は予測していたとばかりに矢を撃ち放ち──そして幾十もの刀がその軌道をかすかにズラした。

 極光が肩を掠めて通る、同時にもう一歩踏み込み礼装を起動する。

 既に彼女は射程圏内だ。

 ぶち抜け、フラガラック──!!

 必中の蒼き一撃がバチバチと雷のような音を立て彼女へと迫り、しかし音もなく砕かれた。

 押し伸ばしていた右腕が鋭く弾きあげられる。

 奥歯を噛みしめながら、それでも前に進もうとした俺を、見て、イシュタルがつまらなそうに口を開いた。

 下らないわね、それが一生懸命考えた苦肉の策ってやつ? と。

 ハ、と笑う。

 いくら俺でも、俺ががむしゃらに突貫するだけ、とかいう阿呆みたいなことを策とは呼びはしない。

 ていうかそもそもこんな俺が余裕で死んじゃうのが目に見えているようなことを好き好んでするわけがないだろう。

 これで勝てる可能性が一握りでもあるならまだしも今回に限って言えば一ミリもない。

 だからこれはまだ、策の途中だ。

 といってももう仕上げな訳だけど、な。

 イシュタルが光を集める、直後に俺の真後ろで太陽が降臨した。

 凄まじい熱気が神殿内の温度を急激に上昇させていき、既にその輝き、熱気はこちらにまで届いてた。

 は? とイシュタルの手がピタリと止まる。

 マスター毎撃ち抜く気!? 死ぬわよ!? と叫ぶ彼女に、じゃあ一緒に死んでくれとそう呟く。

 それを聞き更にイシュタルが動揺を露わにする、直後、極炎の矢は放たれた。

 

 ばっかじゃないの!? そう言ったイシュタルは俺を無視して再度集めた光を凝縮し、撃ち放つ。

 しかしその程度では止められない、何せあれは彼女──巴御前の宝具(とっておき)だ。

 多少勢いが落ちても所詮その程度、炎は止まることなく迫り、そして俺の背中毎イシュタルを焼き払う──その瞬間、視界がブレる。

 魔術礼装を起動、あらかじめ予定してた緊急回避が発動して有り得ない挙動でその場を離脱。

 しかしそれでもイシュタルは俺を見ていた、そういうこと、と少しだけ笑い、炎に構わず俺へと狙いを定め撃ち放つ。

 そうして飛んだ光の矢はしかし、俺を貫くことは無かった。

 等身大の丸太が代わりに貫かれ、小太郎に抱きかかえられる。

 変わり身の術というやつだ。

 俺自身ができる訳ではないが、小太郎程の腕であれば俺を丸太にすり替えるくらい訳ないということである。

 はぁ!? と驚くと同時にイシュタルは炎に包まれた。

 想像を絶するほどの高熱の炎が火柱を挙げて神殿内を明るく照らす、そしてその上で令呪を切った。

 準備をしていたライダーさんが、光の星と化して広がる炎のその先へと突っ込んだ。

 地面と天井を砕き飛ばしながら飛翔し爆音が響き渡る、多少焦げながらライダーさんが鋭く跳んで俺の横へと戻ってきた。

 ここまでしても流石に倒したということは無いだろうが、それでも多少なりともダメージは入っただろう。

 そう思いながらも炎によって歪む空間の奥を睨みつけていれば、不意にその全てが吹き飛ばされた。

 次いで響いたの笑い声。

 アッハッハッハ! といったような非常に愉快そうな笑い声をあげながらイシュタルは姿を現した。

 その身体に傷らしい傷は見当たらない。

 マジかよ、と思っていれば彼女はやるじゃない! とそう言った。

 サーヴァントを駆使するマスター! 思っていた以上だわ! 予想外に次ぐ予想外の展開! 最高ね!

 人理とか女神の責任とか、そういうの関係なしにノッてきた! ギア、上げていくわよ!! と。

 聞くと同時に察知する。

 あ、今話し出さないとマジで死ぬまで戦う羽目になる、と。

 それだけはまずい!

 思うと同時に叫びをあげた。

 タイム!!! ストップ!!! ギア上げるのはいいからとりあえず話を聞いてくれ! と。

 

 はぁ!? ここまで女をその気にさせといてまさか降参しますとでも言うつもり!?

 冗談じゃないわよ! とイシュタルは言ったものの、しかしその手を収めた。

 といってもとりあえずは、だろうがそれでも話を聞く態勢に入ったのであればもうこちらのものである。

 身に纏っていた礼装を解除しながら前に踏み出て、提案があるんだ、と口にする。

 その言葉に、眉を顰めて提案? と繰り返した彼女に無言で頷きながら、小太郎、お願い、と言えば彼は俺達がここまで引きずってきたものが載せてある荷台、その一つを神殿内へと持ってきた。

 流石忍の英霊、頼んでから数秒での仕事である。

 ありがとう、と礼を言いながらそれに近づき、実は貢物があって、と言えばイシュタルは少しの間その言葉を噛み砕くように唸り、それからハッと笑った。

 貴方一人で用意できる程度のもの、貰っても何にも嬉しくないんだけど──と、更に言葉を続けようとする彼女を無視して荷台の積まれたそれを包む布を解き放つ。

 そうすれば溢れるように姿を現したのは深く美しい蒼色の宝石──即ちラピスラズリの山だった。

 いや、正確に言えば大量のラピスラズリと、それから多種多様の金、宝飾品の類である。

 それを目にした瞬間、イシュタルの動きが完全にフリーズした、次いではわわ……とだらしなく口が広がり始める。

 そんな姿を見て、あぁ、ギルガメッシュ王から聞いていたことは一言一句本当のことだったんだなぁ、と思った。

 彼はあの時、俺にこう言ったのだ。

 貴様にはイシュタルめの弱点を教えよう、と。

 といっても勘違いするな、戦う上での弱点ではない、あやつとの交渉を優位に進める為に突くべき弱点だ。

 そう告げてから彼は俺に彼女の弱点──即ち宝石の類に弱いということを聞いたのだった。

 ついでに言えば、彼女自身の黄金律──端的に言えば人生にどれだけお金が付いて回るか、という宿命のこと──が致命的に欠けているということも。

 それが欠けているということは、つまり貢いで貰うかカツアゲでもしない限り彼女の元に金の類はほとんど寄ってこない、ということだ。

 その上でありえない程に混乱したこの時代である、当然貢物を捧げる人間は存在しない、イコール彼女は今、金の類が非常に乏しい。

 故の多量の宝石である、彼に委ねられた宝物庫三割分の宝石、これで彼女を競り落とす、ということだ。

 何、これまで多くの時代を渡ってきたのだ、この程度の交渉、できるであろう? とか言われたが実を言えばちょっと荷が重い。

 こういう交渉事自体、そう多く経験してきたわけではない、むしろ立香君の方が適任なのでは? とすら思ったがそれはそれ。

 任された以上はやらねばなるまい。

 まぁこれまでそういったことを繰り返してきたであろう英霊達にも相談し、何とかなるだろう、と思いやってきて、それでこの現状である。

 小太郎の他の英霊達にも協力してもらい、他にも運んできた荷台の中身を彼女に見せていく。

 な……なにその荷台いっぱいの宝石たちはーー!? え、く、くれ、くれるの!? うっそ!? 貴方が神か!? などと叫び始めたがそれを落ち着かせるように口を開く。

 これら全ては手付金だ、と。

 貴方を頼れる戦力として雇いたい、これはウルクに住む全ての人の願いだ。

 その証拠に、ギルガメッシュ王はバビロンの蔵を開放すると約束してくださった。

 もっと分かりやすく言えば、女神イシュタル、貴方にこの宝物庫の鉱石、宝飾類、その内の二割を献上しよう。

 その言葉を聞いて、彼女の動きがまたもや止まる。

 それから徐々に震えるように口を開き、い、いえ、ちょっと待ちなさい、と言った。

 バビロンの宝物庫ってあれでしょ? あいつが未来に向けて作ってるっていう底なしの宝物庫。

 それの二割? 正直眉唾すぎて信じられないっていうか……と冷静なようで荷台をガン見しながら彼女が言う。

 それを聞きながらふむ、と声に出し、それからじゃあ仕方ない、か、とため息を吐いた。

 じゃあこの話は無かったってことで! ギルガメッシュ王から預けられたこの宝石類は全て持ち帰らせていただきますね!

 ではさような「待って!! いいえ待ちなさい! そういう悲しくなっちゃうようなことをするのはやめて!? 泣いちゃう、泣いちゃうから!」

 言葉通り泣きそうになった彼女がいや~! と言った様子でそう叫ぶ。

 それからちょっと考えさせてね、えーと、えーと、と唸り始めたので鈴鹿と顔を合わせ、それからグッと頷く。

 そもそも、ここで契約が為されなければ世界は滅び、その宝石はおろかイシュタルのその美しさを讃え、語り継ぐ人すらも消え失せる。

 だがここで力を貸してくれれば貴方は後世まで清く美しく、正しい女神として人類史にその名を刻むことになるだろう。

 どちらが貴方にとって得か、もう分かっているのでは? とかなんとか、それっぽいことを言い続けていれば彼女はチラチラと俺と宝石を見ながらそ、そうね、と言った。

 確かに……その、地上が焼き尽くされれば? 私にとっても? あまり、面白いものでも? 無いし? と。

 あぁ、これは勝ったな、と思い、それと同時にイシュタルは満面の笑みで俺を見て言った。

 良し、そういうことなら、良しとしましょうか! 貴方の勝ちよ、その条件で、味方になってあげましょう、と。

 

 と、まぁ紆余曲折あったがイシュタルゲットである。

 いやゲットという言い方はあまりにも語弊があり過ぎるが、とにもかくにも契約成功という訳だ。

 私も一応サーヴァントだから、契約しないとね、と彼女が足を差し出しながら跪いてキスしてくれる? とか言い始めた時は流石にビビったが結果的には契約は成された。

 いやキスとかはしていないが。

 オッケーと近寄ったら鈴鹿に腹を蹴られたのだ、お陰で未だに腹が痛い。

 いや冗談半分で従う素振りを見せた俺も馬鹿だけど何も蹴ることなくない? 割と全力だったよね……

 想像を絶する痛みに爆笑したイシュタルが良いわ良いわ特別に普通に契約しましょう、と言ってくれなきゃどうなっていたのだろうか、と思わなくもないがそれはそれ。

 その後ドクターがイシュタルに元となった少女はどうなったとかなんとか問い質していたが特段興味はなかった。

 そもそもマシュのような存在が、存在していることを許してしまっている時点で、俺が彼女に対して言うことは何一つない、そういうことなのだ。

 そういう訳でサクサクと、巴御前やライダーさんと他愛も無いような話をしながらウルクへ向かっていれば、日は沈み始めて夜がやってきた。

 ウルクとエビフ山は結構離れているのだ、それこそピクニック気分で行けるような距離ではない。

 つまり何が言いたいかと言えば今夜はここで野営する、ということだ。

 行きでも使った廃屋へとお邪魔してテキパキとご飯と寝床の準備を済ませていく。

 そんな俺を見ながら、イシュタルは手慣れてるわね、と言ったが当たり前である。

 これまで何度野営をしてきたと思っているのか、お陰ですっかり板についてしまった。

 ついでに言えば非常食の缶詰の味にも慣れた、慣れればこれも結構美味しい。

 そんなこんなで今夜の見張り番をじゃんけんで決めながら各々の休息へと入る。

 行きの見張り番は鈴鹿だったが今日は俺だ。

 最後にはライダーさんとの一騎打ちだったがあえなくチョキに負けてしまった、くっそぅあそこでグーを出していれば……!

 そう思いながらもよっこらせ、と火を起こしながら座り込む。

 正直見張り番と言っても何か異常があれば叫ぶだけでいい。

 それだけで他の全員がすっとんできてくれるからそう大した重荷でもないのだ。

 本来なら交代をしたりするのだが今回は交代は無しだ。

 戦闘時はいつもライダーさん達に頑張ってもらっているのだ、これくらいはやるべきだろう、とふと思ったからである。

 かといって毎回この役目をするとなればそれはそれで嫌なのだがまぁ、今はそういう気分だった、ということだ。

 アナと出会った日のようにパチパチ、聞き慣れた火の音を聞きながら手持ちの礼装を確認していれば、隣、良い? と声をかけられた。

 イシュタルである。

 勿論、と答えれば彼女はありがと、と言いながら俺の隣へと腰を下ろした。

 

 じぃぃぃ、と音が出るとすれば正しくこのような音が似あう、そんなことを考えてしまうくらいイシュタルは俺のことを見ていた。

 いや本当になんなの? そんなに見ていて面白いような顔をしているつもりはないんだけど……

 そう言えばイシュタルは何となく、よ、と言った。

 まさかイシュタルを味方につけるなんてね、と。

 その言葉に、若干の違和感を覚える。

 何故ならばそれは、まるで第三者からの言葉のようだ。

 そう思えば彼女は急に口に手を当て、くしゅん! とかわいらしくくしゃみした。

 まぁそんな薄着ならそりゃ寒いだろう、むしろ今まで寒くなかったんだろうか、そう思いながらも一応上着をかけてやる。

 こういった細やかな気遣いが大切なのよ、とカーミラに教え込まれているのだ。

 お陰で一部を除いたカルデア内スタッフからは少なくとも嫌われてはいない、といったところをキープしている。

 いや普段バカ騒ぎしたりしてるからそことぶつかりあってプラスマイナスなんだよな……やめた方が良いのは分かってるんだけど禁止されてることってしたくなる……ならない?

 そう考えていれば彼女はあ、ありがと、口にしてギュッとかけられたそれを握る。

 それを見ると同時に絶句した。

 いや、別にその仕草に対して絶句したわけではない。

 俺が驚いたのは、彼女のその髪色に対してだ。

 イシュタルの髪の色は黒色だ、その原因も、予測ではあるがマーリンの口からきいている。

 だから彼女の髪色が変わるわけがない、だというのに。

 彼女の今の髪色は美しい、()()()()()()()

 

 動揺を、表に出さないようにグッと手を握りこむ。

 最初に考えたのはイシュタルに化けた敵であるということだ。

 しかしその考えを直ぐに排除する、もしこちらの命を狙う敵なのであれば、今こうして話しているのはあまりに不自然だ。

 情報を引き抜くにしても、こちらに見抜かれるリスクを考えれば殺した方が早い。

 今なら俺と契約している鈴鹿とライダーさんまで強制退去なのだから、普通であればそうする。

 だからこそその線は無い。

 であれば何か、混乱と動揺を飲み込み、平然とした様子をするように努めながら頭を回せばふと、マーリンから聞いた話を思い出す。

 基本的にメソポタミアの神々は金髪で、その一方人間は黒髪とされている。

 確か彼は、俺にそう語ったはずだ。

 そう思うと同時に、聞こえてきていたドクターと彼女の会話の一部を思い出す。

 彼女はイシュタルという自我と、器となった少女の自我が混ざり合って出来た新しいイシュタルだ、と言っていた。

 つまり彼女はある意味ではイシュタルでも、少女でもない、と。

 だが普通に考え、彼女を見てみればイシュタルの面が強いのは明らかだ。

 大体7:3くらいの割合とも言っていたがぶっちゃけ9:1と言われても納得できるレベル。

 となれば彼女はもしかしたら現在、神としての側面が強く出ている状況なのではないか?

 もしくは新しい神となった、というくらいだ。

 召喚されてから今にかけて長い時間をかけてようやく、神として肉体が目覚め始めてきた。

 故の金髪、ということなのでは?

 何だか無理がある気がするがしかし、一度結論が出てしまえばそれ以上頭が回ることは無かった。

 なんかイシュタルも何事もなかったかのように話してるし、もしかしたら金髪になったり黒髪になったりと結構自由にできることなのかもしれない。

 現代でも髪染めたりとかあるしな。

 まぁ敵意も無いし大丈夫でしょ!

 そう思っていれば不意に彼女がこちらを見て、ねぇ、聞いてる? と言った。

 なんか難しい顔してるし……はっ、やっぱり私の話つまらない?

 それとも私が怖い……? 貴方も、私を怖がるのね? と。

 え、何だそのくそ面倒くさいやつムーブは。

 かつての鈴鹿に近いそれ、対応が死ぬほどめんどうなんだが……

 すっかり気の抜けてしまった俺はそんな程度で嫌いになるとか、ありえない、と言っておく。

 本当に? と聞かれるが当たり前である。

 これでも今まで、多くの特異点を乗り越えてきたのだ。

 その中で色んな人たちを見た、接してきた、戦ってきた。

 相容れない人がいた、尊敬するべき人がいた、憎むべき人がいた。

 誰もかれもが個性に満ち足りていて、何かしらに尖っていた。

 だからまぁ、そんな簡単に嫌うとかは早々ないよ、と言えば彼女はキラキラと、目を輝かせながら俺を見る。

 え、何? 特異点の話が気になる? 仕方が無いな……

 聞かせてほしいと言われて満更でもない自分を自覚する。

 何だかんだ俺も誰かにこのことを話したかったのかもしれない、誰だって自慢話は好きなものだ。

 特に自分の大好きな英霊達や、頼れる後輩たちの話なんかは、どれだけしても足りない程に。

 あまり口が上手ではない俺の口から物語が語られ始める、それに金の女神は静かに耳を傾け、緩やかに時間は流れていった。

 

 フハハハハハ! 良くぞ帰ってきた素晴らしき勇者たちよ!

 そして恥知らずにも戻ってきたそこの女神! 我らが軍門に降った感想を述べるがよい!

 それがジグラットに帰ってきた俺達を出迎えた、ギルガメッシュ王による第一声である。

 見てるこっちまで笑ってしまいそうになるほど痛快な笑い声だ、しかしをそれを聞きながらイシュタルは苦い顔をしながら口を開いた。

 軍門に降ってなんかないわよ! 飽くまでビジネスパートナー! 私は先見の明がある女神イシュタルなんだから!

 見てなさいこいつすっごいマスターになるんだから! ていうかなるまで死のうが爆散しようが生き返らせるわ! と。

 いや割と冗談になっていないんだよなぁ……という感想を抱きながらもこの人たち仲が悪すぎだろ、とそう思う。

 何しろずっと言い合いを続けているのだ、こっちが置いてけぼりである。

 止める手立ても無いし、ぼぅっと見ていればシドゥリさんがそこまでに、と間に入り二人を鎮めさせる。

 さ、流石シドゥリさん……!

 次の問題がありますでしょう、王よ。

 そう言えばギルガメッシュ王もうむ、そうであったな、と言いながら俺を見た。

 つい先日、立香率いる調査隊は天命の粘土板の回収に成功し、その後密林の女神──即ち女神ケツァルコアトルとの交渉のため都市:エリドゥへと出発した。

 我らの方でも万全を期すための用意はしたが、彼方には女神が少なくとも二柱いるのは貴様のお陰で確認済みだ。

 少々の不安が残る、故に援軍を送りたい──が、しかしそれと同時にゴルゴーンへの対処も行いたい。

 その為の人選を貴様に任せる、今、決めよ。

 彼はそう言い俺を見る、その真っすぐな視線を受け止めながら、それじゃあイシュタルよろしく、俺はそう言った。

 

 はぁ!? アンタ私を使いっ走りにしようだなんていい度胸じゃない!? とイシュタルが叫ぶ。

 それを聞き流しながら、いや話を聞いてくれ、と言えば彼女は納得のいくものじゃなきゃぶっ飛ばすわよ、と一旦黙り込んだ。

 ふぅ、と内心一息を吐く、正直言った瞬間ぶっ飛ばされるかと思ってちょっとビビった。

 とはいえこちらも即決した理由がある、でなければこんなことを言えるのものか、そう思いながら口を開いた。

 理由は三つある。

 そもそも、今ここで立香君達に追いつけるような人がイシュタルしかいない。

 ライダーさんも頑張ればいけるだろうがしかし、空を飛べるイシュタルであれば特に障害に出会うことなく、また誰よりも早く彼らに追いつくことできる。

 また今回の戦いは女神が二人いる、俺は実際相対したから分かるけど正直言ってジャガーマンだけでも相当強い。

 ケツァルコアトルに至ってはそんなジャガーマンが霞に見えるレベルだ。

 いくら三女神同盟の契約によりケツァルコアトルとは戦えなくともジャガーマンとなら戦えるはずだ、そしてイシュタルならばジャガーマン程度、完封できる。

 そして三つ目、俺達の戦いはこの密林で終わるものじゃないからだ。

 俺と契約してくれたのは素直に嬉しいが、この後の戦いは確実に俺と立香君達との連携が必須になってくる。

 その時、彼等とイシュタルが上手いこと連携を取れたら、只でさえ滅茶苦茶頼りになるイシュタルが更に頼りになる。

 それはもう、こちら側の切り札になると言っても過言ではない程に。

 と、まぁそういうことなんだけど、頼めるか?

 そう言えばイシュタルは少しの間うむむ、と考えたがやがてはぁ、とため息を吐いて仕方ないわねぇと言った。

 そこまで頼りにされているのを無碍にするのも女神的にアレだし、良いわ、私が行ってあげる! とそう言い勢いよく空へと飛び出し、光のような速さでその姿を消した。

 流石女神……めちゃはえぇ……そう思うと同時、ギルガメッシュ王と目が合った。

 無言のサムズアップ、見事飼い慣らしたな、とそう言われたような気がした。

 

 そういう訳でこちらもさくっと出発である。

 目指すのは取り合えず北壁だ。

 ゴルゴーン討伐の為にアナは既に北壁で待機しているらしいし、あまり待たせる訳にもいかない。

 正直休みは欲しかったところだが、北壁に着けばひとまず休息をとれる。

 そこで巴御前とレオニダス王には魔獣戦線での指揮を執ってもらい、それから俺達は杉の森の先にあるというゴルゴーンの神殿へと向かう、という手筈だ。

 とはいえそのまま突入、ということにはならない。

 何せ神殿をどうにかして破壊しなければ、ゴルゴーンとは戦いにすらならないからだ。

 というのも神殿、というのはケツァルコアトルやゴルゴーン、つまりこの地の神ではないものにとって必須のものであるからに他ならない。

 イシュタルのようにこの地の神ではない以上、普通であれば本来の力を振るうことは叶わない。

 そういった問題を解決するのが神殿である。

 この地で彼女ら異邦の神を祭る祭壇、それがあることにより彼女らはより高い神性と権能を発揮できている。

 逆を言えばその神殿を破壊してしまえばその力がガクンと落ちるということだ。

 と言ってもそんな急激に、一人の英霊レベルにまで落ちるという訳ではない。

 全くお話にならない、ただ蹂躙されるだけ、逃げるしかない、という現状から何とか全力を尽くしきれば倒せる……かも! というところまで力を削げる、くらいだ。

 要するに神殿を壊せなければ俺達は抵抗もできずに死ぬのみ、故に破壊するしかないということだ。

 そして破壊するための方策は二か月に及ぶ立香君たちの調査のお陰で目途が立っていた、もっと言えば立香君達が密林に向かったのはその為、というのもある。

 つまり俺に出来ることは今のところもうない、後は立香君にかかっている、そういうことだった。

 

 それからの数日は、これまでの人生を顧みても中々無い心境だったということは間違いない。

 ドクターの方からちょくちょくと報告は聞いていたがそれでも不安になるのは仕方のないことだったがしかし、立香君はやはりやり遂げた。

 神殿を破壊することなく、ケツァルコアトルとジャガーマンを味方に着けた、正直予想以上の成果である。

 あのジャガーマンを……!? と動揺したのは記憶に新しい。

 相も変わらず予想を飛び越えた結果を残す人だ、流石過ぎる。

 イシュタルの方とも上手くやれているようだし良かった、とそう思う。

 全てが順調に進んでいるのだ、それこそ、怖いくらいに。

 とはいえ計算違いはあった。

 ゴルゴーンの神殿を破壊する方策──即ちマルドゥークの斧が想像以上にでかすぎたのだ。

 因みにマルドゥークの斧ってのはいつだったかマーリンから聞いた、マルドゥーク神がティアマト神の喉を裂いた時に使用した斧のことらしい。

 そんなものが残っているとか神代はやっぱ尋常じゃないな、とは思うがこれに限っては大分好都合だった。

 そんなものがあれば神に対する決定打になる。

 まぁでかすぎてどうやって運ぶのか、という心配は当然上がったが新しく味方についたケツァルコアトルと、それからイシュタルが手伝ってくれるということで二日で北壁まで持ってこれるとのことだ。

 となればこちらも時間を見て出発の準備である。

 ここから杉の森までかかる時間は二日丸々とは言わないがそれでも一日以上はかかる。

 あちらがマルドゥークの斧をこちらに運んでくるまでと大体同じ時間だ。

 神殿まで運ばないの? という疑問は当然出たし、それも俺がぶつけたがマーリン曰く北壁からなら神殿まで一気に運ぶ方法があるらしい。

 具体的に聞きたいんだけど……とは言ったが教えてはくれなかった。

 何かその時がくれば分かるらしい。

 サプライズのつもりか? 何が起こるか分からないって正直胃に悪いんだけど……

 そうは思ったがあれはもう完全に教える気の無い顔だ、流石にここまで付き合いが続けばそのくらいは分かる。

 信用しろ、ということなのだろう。

 であればこれ以上何か聞くのも無粋というやつだし、悩んでいても時間の無駄だ。

 杉の森で活動していた期間のあるアナの案内のもとに北壁を出発する。

 因みにレオニダス王と巴御前は北壁で待機だ、流石に指揮官を動かしすぎた。

 いくら魔獣戦線が以前と比べ安定したと言えども不測の事態というのはいつ起こるか分からないのだ。

 故の待機である、とはいえ直接殴り込む俺達の戦力が少ないのもまた事実だった。

 という訳で今回、俺とライダーさん、鈴鹿に小太郎、それからアナの他にサーヴァントがもう一人いた。

 名を茨木童子、そう、あのチョコレート好きの鬼である。

 "獣どもの相手ももう飽きた、その作戦、吾にも一枚噛ませよ"とのことだ。

 断る理由は特には無かったし、レオニダス王達と話して許可は貰っている、だから同行自体は問題なかったがしかし連携にはやや不安が残る。

 まぁその辺をどうにかこうにか上手く動かすのが俺の役目でもあるのだが。

 そんなことを道すがら考えながら進んでいけばあっという間に杉の森である。

 道中も当然魔獣と出くわしたが正直今更その程度は障害にすらならない。

 群れと遭遇したりでもすればまた話は別だったがそういうことも無かったし至極順調と言えるだろう。

 アナの先導のお陰で杉の森でも身を隠せる場所等は把握できたし、後は待機一択だ。

 そんなことを考え茨木童子と二人でチョコを食っていたその時である。

 ドクターから、落ち着いて聞いてくれ、と連絡が入った。

 いつになく神妙な面持ちである、何が? と聞けば彼はこう言った。

 ギルガメッシュ王が亡くなった、と。

 ……は?

 

 あり得ない。

 その言葉を聞いて直ぐに思ったことがそれだった。

 あのギルガメッシュ王が死んだ? いやいやいや、ジグラットは魔術的にも物理的にも完全な守りを施されていた。

 何度か立香君と共に外に出たとは聞いたが、それも無傷で帰還し、以来ジグラットからは一歩たりとも出ていない、そのはずだ。

 そんな彼を、誰が殺せるというのか。

 まさか自殺するだなんてことはないだろう、死因は? 

 努めて冷静に、止まりそうになる思考のままそう聞けばドクターはうん、それがね……と前置きした後にこう言った。

 過労死なんだ、と。

 ……は? 割と現実味があるのが嫌すぎるんだけど、え? 何それマジで?

 いや死んだということ自体はかなりの重大性があり尚且つ滅茶苦茶シリアスなんだけど、え、過労死?

 何だよそれ現代の日本かよ……闇が深すぎるだろ……

 冷静に考えればギルガメッシュ王一人に負担をかけすぎていたがしかし、彼なら大丈夫だろう、という思いもあっただけに驚きが凄すぎる。

 一周回って普通に冷静になれたレベルだ。

 取り合えずどうすれば良いんだろう、一旦作戦は中止ってことで良い……良いよね? とそう聞きながら荷物を纏めようとすれば待ってくれ、と止められる。

 え、このまま決行するの? 大丈夫? そう聞けばドクターはいや、実はね、と言う。

 ギルガメッシュ王は死んだがしかし、生き返らせられるかもしれないんだ、と。

 ──いや、死んだ人は生き返らないだろう、それがどれだけ強い人だろうが、偉い人だろうが、死ねば誰もが皆平等だ。

 特別は無い、死したものはただ腐りゆくのみ、それが普通だ。

 いくらギルガメッシュ王と言えど流石にそれは希望を見すぎなのでは? 思わず早口でそう返せば彼はまぁ普通はそうなんだけどね、この時代に限って言えば話は違ってくる、と言った。

 どうやらギルガメッシュ王の死因は過労死だがしかし、正確には完全に死んだのではないらしい。

 死により近いところにはいたが生きていた、そこをガルラ霊とかいう霊に魂を冥界に持っていかれたのだとか。

 つまり取り返せれば問題ない、と。

 うーん、いきなりの専門用語で頭がギリギリ追いついていないですね……

 そもそも冥界ってあの世のことだろ? そこに行った人の魂を取り返すとかそんな神話みたいなこと──あ。

 そこまで言ったところで、ふと気づく。

 この時代は、神の存在が未だ色濃く残る、それこそ神話として語り継がれるような時代、即ち神代なのだ。

 と、いうことはである。

 現代では概念程度のものでしかないあの世──つまり冥界が、こちらでは比較的近くに存在している……?

 呟くようにそう言えばドクターは正解だ、その通りだよ、と言った。

 イシュタルのお陰で確信が出来たんだ、冥界は都市:クタのその真下にあるらしい。

 そこに今から超特急で立香君が向かう、そしてそれと並行してゴルゴーン攻略作戦は始めようと思うんだ。

 どうかな? と提案されるがその返答に少し迷う。

 正直に言えば作戦を決行する、そのこと自体はギルガメッシュ王はいなくともまぁ、支障は無いのだ。

 だからここで問題になるのは、その作戦の重要な役目の一つ、つまりゴルゴーンと共にいると考えられるエルキドゥ──自称:キングゥの足止めだ。

 作戦が立てられた時点では、北壁にあるマルドゥークの斧を見せびらかしキングゥを釣り、そこを立香君達が足止め、同時にマーリンの秘策で届けられたマルドゥークの斧を用いて神殿毎ゴルゴーン攻略、という流れだった。

 だがそこで立香君達が抜けるとなれば話は変わる、イシュタルもこちらに来る予定だったのにそちらに同行するとなれば戦力不足の面も出てくる。

 そこらへん、どうするの? と聞けば足止めはどうにかなるらしい。

 というのも北壁にはケツァルコアトルが向かうらしいのだ、彼女の程の神霊であればキングゥを足止めするのは容易であろうとのことだ。

 だから、考えるべきはイシュタルの抜けたこのメンバーでゴルゴーン討伐を決行するかどうか、それだけ。

 つまるところ俺の判断にかかっているという訳だ。

 ダメそうだと君が思うのなら、僕らは作戦を見送ってもいいと思っている、とドクターは言うがしかし、マルドゥークの斧は滅茶苦茶目立つ。

 ドクターから写真を見せてもらったが、あれを振り回せるやつがいればその一振りで都市一つ破壊できるのでは? というレベルだ。

 そんなもんをウルク近辺まで輸送してしまえば間違いなくあちらに察せられる、つまり攻略の難易度は跳ね上がる。

 それは避けたい、ギルガメッシュ王はこの作戦にマルドゥーク電撃作戦と名付けた、それは即ち相手に対策を立てさせる隙も与えず速攻で仕留めるという意味だ。

 彼がそうした意味は、当然その方がやりやすい、ということもあるだろうがむしろそうしなければ成功する確率がガクンと落ちるということでもある。

 故に多少の無茶を通してでも、この作戦は予定通りに進めるべきなのだ。

 はぁぁぁ、と深く長めにため息を吐く。

 こんな重大なことを俺一人に決めさせるとか、大人げなさすぎだろ、と愚痴を言いたかったがしかし、こちら側の状況を最も把握できているのは俺だけなのだ。

 それは自らの戦力、という意味でも彼方側の戦力という意味でもだ。

 キングゥがいない以上、ゴルゴーンを守るのは魔獣のみだろう、そしてその魔獣と最も戦ってきたのは俺達だ。

 故に今、最も現状に即した判断を下せるのは俺だけ、ということに他ならない。

 同時に、そうなのだと理解してしまったことに吐き気を覚える。

 具合の悪さが胸の中心から広がっていく、不安と心配が混ざり合って今すぐ叫びだしたい気分なのを、グッと押し込めてからもう一度空気を吐き出した。

 吐き出してから、良し、と言う。

 やろう、否、やるしかない。

 今が最大の、チャンスなのだから、と。

 

 『そろそろケツァルコアトルとマルドゥークの斧が北壁に到着する、準備を進めてくれ』

 ドクターからの連絡に了解、と返して杉の森の奥へと進む。

 鬱蒼とした、どこか暗く淀んだ雰囲気を持つ森の中、その最奥にそれは存在した。

 ゴルゴーンの神殿、来るもの全てを阻み、遠ざけるような威圧を持っていたそれは、しかし、元からここに存在していたのだと言われても納得できるほどそこに溶け込んでいた。

 恐ろしい、と理性ではなく本能がそう感じとる、けれども思考はその真逆を行っていて、神殿に潜入とかどこかゲームっぽいな、と思っていた。

 いやまぁぶっ壊すのだから潜入とは言いづらいのだが。

 そういえば結局聞くのも、考えるのもやめた訳だがマルドゥークの斧、どうするのだろうか。

 もしかしてぶん投げるとか? そう思うがしかし、それは無理だなと、鼻で笑う。

 北壁からここまで何キロあると思っているのだ、どれだけの膂力、どれだけのコントロールで投げたにせよ正確にここまで飛ぶはずがない。

 そこまで考えたところでアナが何やら赤い布を持って、ひょこりと神殿前へと飛び出した。

 何をするつもりだ? と問おうとしたが、彼女はそこで待つように、といったジェスチャーをしてその布をポイッと放り投げる。

 瞬間、黄金の台風が、やってきた。

 

 豪風と爆音に破砕音と言ったありとあらゆる"暴力"が詰め込まれた一撃が、空から神殿へと振り下ろされた。

 あれだけ禍々しく放たれていたオーラを一瞬で振り払うようにその一撃は神殿へと深く食い込み、瓦解させていく。

 間違いなく意表を突く究極の一撃で、何よりもダメージを与えられる一撃。

 しかしそれほどまでに強大な一撃が繰り出した爆砕音の他に、これまで耳にしたことの無いような絶叫が響き渡っていた。

 具体的に言うなら『スーイーシーダー!!!?!???!?!?!?』って感じ。

 これ間違いなくケツァルコアトルの悲鳴だと思うんですけど……ねぇ、大丈夫? 

 思わずそう呟けばドクターの代わりにマーリンの声が響いた。

 はっはっはっはっは! いやぁ! 参った参った! アナに持たせた布が斧を誘導するはずだったんだけどまさか着弾してしまうとは! 予想外も予想外! だがこれでゴルゴーンの神性もガクンと落ちただろう! ケツァルコアトルという、尊い犠牲を無駄にするわけにはいかない! さぁ、行きたまえ!! という如何にも愉快そうな笑い声に彩られた声が。

 いやこれもう確信犯でしょ……計画性がありすぎる。

 アナも共犯だな? と聞けば何のことでしょうか、私にはさっぱり分かりません、けれども癪ですがマーリンの言う通り、ここは先に進むのが吉でしょう、ほら、早く。

 とか何とか早口に言って先頭を進みだしたが耳が真っ赤である。

 この子、嘘を吐くのがへたくそすぎるだろ……というか、カルデア内で隠し事をするライダーさんにそっくりだ。

 そう思いながらライダーさんを見れば彼女はうっすらと顔を赤らめていて、にやりと笑えばこっちを見ないでください! と無理矢理前を向かされた。

 

 いやきっしょくわるいなぁもう……

 神殿内に入ってすぐ出た感想がこれである。

 といっても、こう思うのは俺だけではないだろう。

 その証拠にライダーさん達も一様に、苦々し気な目で壁を見ていた。

 否、正確には壁一面へと張り付いた紫色の繭を。

 ただでさえ生物の内部かと誤解してしまいそうになるような見た目の壁であるにも関わらず、人ひとりなら平気で入れそうなサイズの繭がびっしりと生えているのだ。

 いやマジでキモイな……ちょっと近寄りたくないんですけど……というよりもうここから逃げ出したいまであるんですけど……

 そう思うがしかし、逃げ出すわけにはいかない。

 弱音を吐き出しそうになるのをグッと堪えて止まりそうになった足を踏み出そうとする、同時に何かに引っかかってグラリと身体が揺れた。

 とはいえ転んだりはしない、流石にこんなことで無様に倒れるような鍛え方はしていないのだ。

 おっとっと、と言いながら壁の方によろけつつ数歩歩いてから態勢を立て直す。

 危うく繭に手を付くところだった、あぶねぇ……。

 そう思いながら繭を視界に入れる、先ほどよりもずっと近くで、鮮明に、そして仔細に見えたそれに、言葉を失った。

 その繭の中には、影があったのだ。

 それはつまり、繭の中に何かが入っている、ということを示している。

 ……いや、何か、という曖昧な表現はやめにしよう。

 その中に入っている影は、()()()()()()()()()()()()()()

 それを認識すると同時に、魔獣戦線で出た犠牲者のことを思い出す。

 魔獣戦線で出る犠牲というのは、死者よりも行方不明が多い。

 それは即ち魔獣に連れ去られたということだ、それを俺は今まで、食糧扱いされてしまったのだろう、とそう思っていた。

 だが、違ったのだ。

 連れ去られた彼らは、生きたままその肉体を、魔獣に変えられていた。

 その事実を飲み込めないまま吐き気が顔を覗かせる。

 それを力づくで抑え込んでいれば、湧き出てきたのは怒りだった。

 戦線に出ている兵士たちとは俺ももう長い付き合いだ。

 何せ三か月近くはこの時代にいる、その中で知り合った兵士達だってその全員が無事に帰れるなんてことはない。

 当然、行方知らずになったもの、命を落としたものはたくさんいた。

 けれども、彼等はウルクの為であれば、愛する家族の為であれば、親しい友の為であれば、王の為であれば、この命を犠牲にすることすら厭わないと、そう覚悟を決めて戦線に立っていたのだ!

 だから俺達だって、その死を必要以上に悲しむことは無く、あいつは最期まで己の覚悟と意地を張り続けたのだと、そう思い、そして道半ばになってしまったその意思を背負うと誓い、戦ってきた!

 それが、捕えられ、魔獣にその身を変えられて、守りたかったものを壊す存在へと変えられていただなんて、その悔しさたるや、計り知れるようなものではない!

 あぁ……悔しい、悔しい、悔しい──許せない。

 赦すわけには、いかない。

 己の心に巣くっていた恐怖とでも言うべき感情が、怒りに払拭されていく。

 あらゆる雑念に支配されていた思考が、ただゴルゴーンを倒す、それだけに集中されていき、徐々にクリアになっていく。

 取り乱すことは無かった、ただ、爆裂しそうな程の怒りを冷静に沈み込ませてすっと息を吸って、吐きなおす。

 ゴルゴーンと聞いて、どこかライダーさんと同一ならば、もしかしたら話合いができるかもしれないと、そう思っていた。

 アナと同じでなくとも、もしかしたら一欠けらでもそういう可能性があるかもしれないと、そう思っていた。

 希望的観測なのは分かり切っていて、けれども捨てきれなかったその可能性を投げ捨てる。

 そっと礼装を起動して、未だその鼓動を絶やさぬ繭の中のそれを斬り捨てる。

 血飛沫が舞う、それをライダーさん達は止めることは無かった。

 あぁ、我が友たちよ。

 待っていてくれ、今、魔獣の女神の死を、贈り届けよう。

 

 神殿内は複雑だったが、しかし迷うことは無かった。

 アナが神殿内部を把握していたのだ、故に無駄に時間を食われることは無く、スムーズに神殿の最奥部まで足を運ぶことができた。

 そこに着くまでの間、当然魔獣は襲い掛かってきたが障害にはなりえなかった。

 俺の指示なしでもこの程度なら十分対処可能だ。

 というかこれくらいの戦闘であれば無駄に指示をするよか好きにやらせた方が早いまである。

 そんなこんなで最奥部、という訳だ。

 深く深く、深呼吸をする。

 何があっても、冷静さを崩さないように。

 そうしていれば鈴鹿がそっと隣にやってきて、大丈夫? とそう言った。

 それに対して問題ない、と答える。

 頭はクリアだ、腹の底は煮え滾っているけど、それでも思考は冷静に回ってる。

 悪いな、心配かけてばかりだ、と言えばライダーさんがまったくです、と笑って言った。

 それだけで、少しだけ気が楽になる。

 そうして一歩踏み出せば前にいた茨木童子が逃げ出すなら今の内だぞ? と言う。

 それに逃げる気はないさ、と応えればアナが、では行きましょうと最奥部、そこに出来た巨大な空間へと足を踏み入れた。

 

 洞窟のようだった神殿の、その最奥にあった空間はこれでもか、というくらい巨大な場所だった。

 そしてそれに収まりきらないゴルゴーンの、その長大な尾が何重にも壁に沿って巻かれている。

 女神というよりも化け物だな、とそう思いながら更に進めばそいつは、ゆるりと気だるげに、しかしどこか気品を感じられる素振りでその鎌首を持ち上げた。

 紫の混じった、酷く悍ましい赤色に染まった瞳と目が合う。

 それはどこかライダーさんの瞳の色と似ていて、けれども全く違う眼差しだった。

 重そうに持ち上げた口から、ここが、ティアマトである我の寝床であると、知っての狼藉か? と言う。

 ビリビリと、嫌になるほどの殺気を感じ、それでもすっと息を吸い、叫ぶように言った。

 魔獣達の母、仮初のティアマト神──ゴルゴーン。

 お前の神性は最早落ちた、後はもう、疾く、死ね。

 そう言った俺を見て、しかしゴルゴーンは浅く笑った。

 何かと思えば、世迷言を。

 貴様らのような羽虫に何ができると? と。

 何ができる、できないではない。

 やるのだ、やってみせるのだ。

 お前がこの地に呼び出されて……それで何を思い、何がしたくてそうしているのかは俺に分からない。

 けれどもお前がしたことは許されるべきではないことだ。

 どれだけの事情があろうが、間違いなく、許されない、否、赦さない。

 言葉を重ねるように、叫ぶように、そう言えば、ゴルゴーンはやはり笑った。

 先ほどよりも大きく高らかに、明らかな嘲りを込めて笑ったのだ。

 許さない……赦さない? ハ、ハハハ、ハハハハハハ!

 良く言ったものだな、人風情が!

 その言葉は私のものだ。

 赦さないのは、私の方だ。

 貴様ら人間には、何もかもを奪われた。

 愛したものも、護り続けたものでさえも! 貴様らは悉く奪い去っていた!

 これは復讐だ、それに対する、これ以上無いほどまでに分かりやすい復讐である!

 復讐に、意味は無いとでも言うつもりか? だがそれは違う。

 復讐こそが、私の求める唯一のものであり全てなのだ。

 既に姉もこの身へ取り込み複合神性と化した。

 後は全てを殺し、踏みにじり、この世界を殺しつくして、そうして自らも殺しつくすのみ。

 これはそういう復讐だ、それが復讐者である私であり、求めるものだ。

 人間どもを滅ぼす、ウルクはその一歩目のようなものなのだ。

 そう思えるだけの憎しみを、貴様らには与えられた。

 分かるだろう? 貴様とて、我が恩讐を作り上げた人間の一員だ。

 うん? どうだ? と、そう言ってから彼女は俺を見た。

 その澱みきった眼を睨みつけながら、コホンと咳ばらいする。

 なるほど、確かにそうかもしれない。

 女怪メドゥーサ、その伝説は、ライダーさんを召喚した時からもうずっと知っている。

 彼女は基より女神として生まれた存在だ。

 二人の姉同様、人々へと恵みを与える女神の一柱、だが彼女はある日女神アテナにより化け物になる呪いをかけられた。

 そこから行われたのは人々による簒奪、襲撃の嵐、そして遂に、彼女たちはその命を落とした。

 故の復讐なのだろう、多く痛みつけられた彼女の、心よりの復讐。

 けれども、それを俺が認める訳にはいかなかった。

 色々理由はあるが──それでも、ライダーさんがそうとは思わぬのだから。

 だからこそ、俺は言う。

 

「んなこと俺が知るかよバーカ」

 

 一瞬呆気にとられたゴルゴーンが、少しだけ笑って叫びをあげる。

 そうか! それほどまでに死にたいのなら、今くれてやる! と、その濁り切った紅の瞳がギラリと、かつてあの燃え盛る都市で見た時のように輝き──同時に輝いた光によって相殺された。

 ライダーさんと、アナだ。

 今度こそ、ぽかんと口を開けた彼女が、遂に二人の姿を認知する。

 パクパクと、動揺したように口を開閉して、それからなんだ、と言った。

 貴様──貴様らは、何だ、何なのだ!

 寒気が止まらぬ、全身が、震えだす。

 理性()が狂いそうだ!

 消えろ──消えろ消えろ消えろ!

 我が視界から、消え失せろ! 怪物どもが!

 そう慌てふためくように捲し立てる彼女を見ながら、二人に聞く。

 散々心配されたけど──二人こそ、大丈夫なの? と。

 そうすればアナが、えぇ、と短く言ってから、続けて言った。

 まだ彼女が私を……私たちを、見ようとしてくれたら、ほんの少しの救いはあったかもしれませんが。

 けれどもそれはなかった──だから、もう、大丈夫です、と。

 その言葉に俺は静かに頷いて、礼装を起動した。

 

 紫色の光が空間を埋め尽くすように走り輝き大地を砕く。

 頻繁に放たれるその軌道を鈴鹿の刀が、小太郎の忍術が逸らし、茨木童子が踏み込みライダーさんとアナが魔眼を相殺しながら肉薄するが、しかしゴルゴーンのその肉体に傷をつけることは叶っていなかった。

 彼女はその図体のでかさゆえにこちらの攻撃は躱せない、だがその分その表皮は鋼のそれを上回っていたし、また圧倒的手数でこちらの手を潰していた。

 この狭い戦場は一見こちらの有利に見えて、しかしその実圧倒的不利だったということだ。

 絶えず降り続ける紫光の雨、腕を振るっただけで実体を獲得して迫りくる衝撃波、隙間を縫うように現れる数多の黒蛇、その全てがこの狭い中で縦横無尽に放たれ続けるのである。

 つまりこちらは躱すに躱せない、自由自在かつ派手に動き回れる場所ではない以上、一定以上の動きはできないからだ。

 故に躱しきれないそれらを、相殺するしかないがしかし、その全てが冗談じみた破壊力を内包している。

 受け止めきれるわけがない、受け流すにしても限界がある。

 武器も体力も所詮は消耗するものだ、無限には存在しない。

 いくらその神性が地に落ちようとも、やはり彼女は女神の名を冠するほどの存在だったという訳だろう、端的に言って、俺達はこれ以上無いほどに追い詰められていた。

 だが、だからといって諦める訳にはいかなかったし、もっと言えばそれは諦める理由にはなりえなかった。

 その程度で折れるような心は、もう持っていなかった。

 俺だって人間だ、ビビりもする、恐れもする、怯みもする──けれども、これまでの旅で得てきたものは、教えられてきたものは、授けられてきたものは、その全てを押しのけてでも生きようと、未来を見ようと思わさせてくれるには充分過ぎるくらいのものだったということだ。

 足元から現れた細身の蛇の頭を斬り潰す、直後に降ってきた紫の雨に礼装を投げ捨て軌道を逸らし、肩を掠める程度に抑えて走り出す。

 立ち止まるわけにはいかない、俺に出来る最大限の力で自分の命だけは守り、ライダーさん達にはゴルゴーンに集中してもらう。

 その為にも必死に地を蹴った、周りを事細かに観察しながら、これまでの浅くとも濃厚な戦闘経験を基に来るだろう攻撃を予測する。

 荒くなってきている呼吸をそのままに、煮え滾る腸もそのままに、しかして冷静に頭を回す。

 ゴルゴーンは怒りに身を任せ、粗雑に振舞っているように見せかけてその実酷く冷静だ。

 完全に計算されつくされた上で選択される攻撃、その悉くが一番来てほしくないタイミングで放たれる。

 つまり彼女はこちらが打たれて嫌な手を先読みして打ってきている、ということに他ならない。

 それもかなりの精度で、だ。

 ということはそれを更に先読みすればやつの意表は突けるし、その鉄壁とも思えた弾幕には穴が空く。

 そういうことだろう、ならばこれは、指示を下す指揮官(マスター)の戦いだ。

 ふぅ、と軽く息を吐く。

 こんなどでかい局面で、こんな真面目にマスターっぽいことするのって何時ぶりだ? そう浮かんできた疑念に少しだけ笑いながら鈴鹿の名を呼んでから叫ぶように言う。

 ──俺を守れ、無論、勝つ為に、だ!

 その言葉に彼女は笑い、そんな理由まで言われなくても分かってるし、と刀を展開した。

 

 蛇が出てきた傍から鈴鹿の刀が打ち破り、ゴルゴーンの周りから離れない大蛇から放たれる光を、それが打ち出される前に茨木童子が焼き尽くす。

 縦横無尽に駆け巡らされる衝撃波は、それが振るわれる直前に勢いを弱めることでその威力をゼロにする。

 延々と、その繰り返しが続けられていく。

 けれども状況は最悪から悪い、程度までには昇華されていた。

 つまり詰みの状態から抜けたということだ。

 それでもギリギリの攻防だった、いや、もっと正確に言うのであれば俺達の対処は数コンマの遅れがあった。

 お陰でこちらの傷は見るからに増えているが、それでも圧倒的な蹂躙と思われたそれを、確かな戦闘へと引き上げることには成功していた。

 相手の先を読む、と言えば難しく聞こえるが、実のところこれは自分がやられたら嫌なことを先んじて潰しにかかる、それだけなのだ。

 更に言えば彼女はライダーさんと同一の存在なのである、お陰で多少なりとも戦闘で優先的に取ろうとする手段が若干似通っている。

 未だ何もかもが浅い俺が、指示によってここまで活躍できているのはこの二つの要素が大きいだろう。

 とはいえこのバランスを長く保てないのは目に見えていた、こちらの消耗具合が激しすぎるのだ。

 一人抜ければ即瓦解するだろう、その確信があるからこそ焦りが背中を伝って鼓動を早くする。

 短期決着は慣れてるが、今回ばかりは解決の糸口が見つからない。

 それでも、焦りに全てを任せることだけはしなかった。

 冷静に、出来るだけ早く思考をぶん回す。

 手っ取り早く宝具をかましたくなる気持ちを落ち着け、落ち着けと宥めながらこちらの手札を数え、組み上げる。

 宝具は確かに強力だが、それでも溜めが必要になる、そしてその溜めは隙となり周りに大きな負担を与える。

 だからこそ、それだけは考えなしに取ってはいけない。

 何も戦闘というのは個人の武力だけで成立するものではないのだ、炎上都市を思い出せ、戦場にある全てのものは工夫次第で強力な武器になる。

 英霊達の動きを見ろ、覚えろ、予測しろ。

 ライダーさんと鈴鹿の動きなら大体わかるだろう、だから、茨木童子と小太郎、アナの動きを限界までトレースしろ。

 そう思うがしかし、思考は纏まらない、策は組み上げられない。

 荒れた呼吸が思考を乱していく、それに若干のいらだちを覚えながらも駆け回る、的にだけはなるかと頭を回し、足を動かす。

 ゴルゴーンの尾が小太郎を捉える、吹き飛んだ彼の身体をアナが受け止めそれを狙い、束ねて凝縮する紫の光を鈴鹿とライダーさんが放たれる前に潰して回る。

 邪魔だと叫んだゴルゴーンが振るい出す衝撃波を茨木童子の炎の手が受け止めそれでもそれは相殺されず大地を抉り飛ばしていた。

 叫ぶように必死に指示を出しながら、それでも思考の裏側を、諦めたような声が通り抜ける。

 もう無理だ、俺じゃダメだ、何もかもが足りていない、どうにかできるだなんて思うのは、あまりにも傲慢だ。

 それを無理やり振り払う、大丈夫だと己に言い聞かせた瞬間、鈴鹿がダメ! と叫ぶ。

 反射的に地を踏みつける、前に進もうとした身体を止めようとして、しかし止まれずによろけた身体を、紫色の光が貫いた。

 

 鈴鹿がダメ! と叫ぶ。

 瞬間、全力で一歩踏み込み、そのままダイブした。

 直後に紫の光が足首を掠めて地を穿つ。

 その事実に、焦りが加速する。

 鈴鹿が、逸らしきれなくなってきている。

 それはつまり彼女はそれ程までに限界が近い、となると当然、他の皆も同じくらいの疲労度なはずだ。

 このままじゃ拙い、だけど打開策は見いだせない。

 もっと頭を回せ、と必死に考える、けれどもその意思に反して段々と、音が遠ざかっていくような気がしてきた。

 自分の酷く乱れた息遣いだけが耳朶を打つ、走っている己の足の感触すら抜けてきて、もう駄目だと、思いそうになる。

 折れかけている、とそう思った。

 そしてそれは間違っていないことを、しかし受け入れない。

 諦めない、とういうことがどれだけ大切なことかはもう身に染みるほど知っている。

 だから、諦めない、けれども、もう駄目だ。

 その二つがグルグルと全身を駆け巡る、それに伴い酷く吐き気がしてきて──そら、前を見たまえ、道はまだあるぞ。少しの間だけだがこの天才がサポートするから、さ、気張っていこうじゃないか!

 酷く聞き慣れた、俺の先生とも言える、女性の声が聞こえた。

 

 ダ・ヴィンチちゃん……!? どうして、と素直にそう思う。

 何故なら彼女は今回のレイシフトにおいて、存在証明という最も重要な役割を担っているからだ。

 神代──しかもレアもレア、ウルトラレアケースである今回のレイシフトで必要になる存在証明の難易度は常軌を逸している。

 それこそ、現代において所謂"天才"と称されるような人しかいないカルデアの、それも何度も存在証明をしてきたスタッフですら、長時間は無理だと、そう匙を投げるほどの難しさ。

 だからこそ今回はダ・ヴィンチちゃんがその役目を一手に担っていたし、助言や少しの会話程度ならしてくれたが、それ以上のことはしなかった……いや、できなかったと言うべきだろう。

 万能の天才と謳われたダ・ヴィンチちゃんですらそうなるというのに、そこに加えて現状の戦闘分析をするとか頭がどうにかしちゃったのだろうか?

 そう聞けば、長時間は無理、ということは短時間であれば任せられる、ということだよ。

 カルデアのスタッフをあまり嘗めない方が良い、彼等は天才であり、そして同時に努力を惜しまない子たちだ。

 彼女はそう応え、それからそんなことより今は目の前に集中すべきだ、と言った。

 目を逸らさないで、第一に己の安全を確保して、全てに視線を走らせ状況を完全に把握しよう。

 君なら、できるだろう? とそう煽るように、しかし信頼を込められた言葉に、あぁ、と応えて止まりかけていた足を動かし始める。

 周りには多量の刀が刺さっていた、護ってくれていたのだろう、その代わりとでもいうように、鈴鹿の身体には随分と傷が増えていた。

 すまない、と言えば謝罪より打開策が欲しいな、と彼女は片目を瞑って言う。

 それに任せろ、と言いながら周りを見渡せば、当然だが状況は変わっていなかった。

 全員が疲弊していて、相も変わらずゴルゴーンの動きは何となくしか読めず、また味方の動きもライダーさんの動きしか読み切れない。

 そう感じた俺に、しかしダ・ヴィンチちゃんは落ち着いて、と諭すように言った。

 良いかい? 完璧な予測をする必要はないんだ、というかできる筈もない。これはゲームでも何でもない現実で、君は私と違って天才じゃあないんだから。

 何でもそうだが君は多くを背負い込もうとしすぎで、やることも考えることも極端すぎる。

 君は何でもはできない、やる必要もない、ただ彼らを強く信頼して、彼等の強みを最高の状態で引き出してやるだけで良いんだ。

 分かるかい? うん、わかったならよろしい、ではまずは再配置といこうか。

 ゴルゴーンの手札は分かっているかい? そう聞いてきたダ・ヴィンチちゃんに、把握していることを手短に伝えれば、なるほどね、と言った後にアホみたいな配置してるなぁ! と笑って言う。

 帰ってきたら再教育だよ、という言葉に顔を顰めれば、彼女は蛇の対処には茨木童子、彼女が適任だろう、と言った。

 衝撃波なんて一番軌道が読みやすいんだ、これに彼女を当てるなんて愚の骨頂。

 君程度の攻撃で容易く殺せる蛇なんだ、彼女が炎を撒くだけで対処としては充分だろう。

 それに、君のお守りは小太郎君に任せるべきだ、鈴鹿御前があの力を全てゴルゴーンに回せればあの程度の光線、全て逸らすなんて訳ないはずだしね。

 そしてそうすれば切り札であるメドゥーサ(彼女たち)の負担はグッと減るだろう、積極的に当てに行こう、と。

 その言葉を基に陣形を組み立て直す、全員の位置を把握し、まずは小太郎と鈴鹿をバトンタッチ、それから茨木童子が勢いよく炎を走らせた。

 ゴゥ、と音が鳴る、同時に地から這い出てきた蛇達は一瞬で根元から焼き切られる。

 それに巻き込まれないように小太郎が俺を担いで駆け回る、同時、鈴鹿! と叫べば刀の雨がゴルゴーンへと降り注いだ。

 幾百もの剣閃、それでもゴルゴーンの周りの蛇を彼女を守ろうとぐるりと彼女に幾重にも巻き付いて、同時にそら、ここで令呪だろう、と彼女が言う──より先に令呪を切った。

 流石にこれくらいの判断は自分でできるという訳だ、ライダーさんの魔力が、爆発的に膨れ上がって空を駆ける。

 それをサポートするようにアナの魔眼がギラリと輝いた、邪魔をしようとした蛇の姿が止まり、その隙間を縫うように彼女は星と化し、そして刀の雨からゴルゴーンを守り通した蛇毎、ライダーさんは全てを貫いた。

 

 血飛沫と共に絶叫のような苦悶の声が響く。

 それを見据えながら彼女はおっと、少し構いすぎたかな、そろそろ時間のようだ、と言った。

 私はもう戻らざるを得ないが、決して油断はしないよう、焦らぬよう、視野を狭くしないように、と。

 それにありがとう、大丈夫と伝えて前を見据える。

 胸の中心に風穴を空けた彼女は、しかしそれでもまだだ、と叫びをあげた。

 そして言葉の通り、彼女の傷は徐々にふさがっていく。

 神性は地に落ちた──けれども生きてはいた、神ゆえの不死性が、生きている!?

 驚愕に身を震わせる俺を見ながらも、ゴルゴーンは血を吐き捨てながら言う。

 まだ、まだこの程度では私は死なない! 死ねない! 死ぬわけにはいかない!

 私は──私は原初の神、ティアマトであるぞ!

 ティアマトで、あるはずなのだ!

 何故なら私には声が聞こえる、咽び泣く、母の声が、今、この時も! 

 故に、故に私は──代わりに、復讐を、果たさなければならない! それが、私に課せられた使命でもあるのだから!

 そう彼女が叫ぶ、同時に振り回された尾の衝撃で天井が大きく揺れた。

 激しく続いた戦闘で、この空間がもう駄目なのだろう、岩盤が剥がれ落ちてきている。

 けれどもそんなことは関係なくて、今の言葉を理解すると同時に俺の中で何かがキレた。

 これで彼女が、それでも己に降りかかってきた全ての悪に対する復讐を忘れられないと、そう叫びをあげて戦い続けようとするのであれば、まだ納得できた。

 ライダーさんでありながら、ライダーさんではなく。

 アナでありながら、アナではない。

 そんな彼女の、その恩讐すら飲み込み背負い、この先へと進もうと思えた。

 だが、彼女は今こう言ったのだ。

 "代わり"と、彼女は言ったのだ。

 己の思いでは無く、誰かの復讐を、己のものとして果たそうと躍起になっていると言ったのだ。

 それは、それは──あまりにも侮辱が過ぎる。

 ふざけるな、と叫ぶ。

 否、叫ぼうとして、その手前で止められた。

 ライダーさんが少しの笑みを湛えて、俺の前へと手を出したのだ。

 なぜ、と思うがしかし、それより先に彼女は酷く落ち着いた声音でゴルゴーンへと言った。

 (ゴルゴーン)、哀れな女神──否、変わり果てた怪物。

 夢を見るのは、もうやめましょう。

 私の……私たちの復讐は、あの小さな島を出ることは決してないのです。

 英雄殺しのゴルゴーン、それが貴方であり、私であり、彼女。

 それ以上でも以下でもない、増してや、他の誰かの復讐を背負えるほどのものでもありません。

 だから──もう、終わりにしましょう。

 大人しく、お消えなさい、と。

 言うと同時に彼女の両の眼はかつてないほどの光を放つ、それを黙れと、そう叫んで開かれたゴルゴーンの魔眼の光とぶつかり合い、互いにほんの少しだけ動きを止めた。

 瞬間、影が鋭く通る。

 大蛇の群れに囲まれたゴルゴーンへ単独で接近し、美しい、紫色の長髪を靡かせながらその鎌を振りぬいた。

 血飛沫が激しく弾ける、間違いなく急所を捉えた一撃で、けれどもそれは捨て身の一撃だった。

 魔眼が効果を発揮し合ったのはほんの少し、それこそ瞬き一回分程度の時間だ。

 それを過ぎれば彼女も、その周りも動く。

 やめろ、やめろやめろやめろ!

 私に寄るな、私を見るな、私を──!

 そう叫ぶと同時にその巨大な手はアナを捕らえる、あまりにも凄惨な音が響いて血が弾けて、それでも彼女はもう一度、鎌を振るった。

 その首へ、彼女の一振りは深々と突き刺さり、やがてゴルゴーンの身体から力が抜けていく。

 それでもその手は離されることが無かった、彼女の周りにいた蛇は徐々に彼女自身を覆っていく。

 ダメだと踏み込みそうになってしかし茨木童子に襟を引かれた。

 あれは彼女がそうすると、他ならぬ彼女がそうすると決めたことであるのだ、と。

 それにどちらにせよあの少女は手遅れだ、とも。

 分かっていた、頭では彼女のした行動がどれだけ合理的だったかは理解していた。

 もうサーヴァント達は限界で、何より俺が一番限界だった。

 もう、立っているのすらやっとなほど。

 そして彼女の振るう鎌はハルペーの鎌──つまるところ不死殺しの鎌だ。

 彼女の死因が武器として昇華されたもの。

 それを致命打になるほどの一撃として振るうには、弱っていた今が最高のチャンスで、もしかしたら最後のチャンスだった。

 だから理解はできた、だが、そうだとしても感情というのものは制御できるものじゃない。

 命を捨てて駆け寄ろうとはしなかった、そんなことをすれば彼女の決死の一撃を台無しにしてしまう。

 それでも声だけでもかけたくて、声を絞り出す。

 すまない、と。

 そうすれば彼女は俺を見て、笑って言った。

 いえ、これは私たちの戦いでもありましたから。

 でも、そうですね──もし、これで助けられた、と思っているのであれば。

 こういう時は、ありがとうございます、と言うものらしいですよ、と。

 どこかの誰かが言っていました、と彼女は言った。

 言ってから、優し気に笑う。

 あぁ、そうだった、うん、その通りだったな。

 ──ありがとう、助かった。

 君のことは、忘れない。

 その言葉に彼女は満足そうな顔をして、それからライダーさんへ、後をお願いしますと言ってから、その姿をゴルゴーンと共に、蛇に飲み込まれる形で消えていった。

 直後に天井がガラリと揺れて、それから勢いよく崩落を始めた。

 この神殿自体が既に限界なのだ、俺がヤバいと、そう言う前に担ぎ上げられる。

 ドクターの悲鳴にも似たガイドに沿って、俺達は走り出した。

 

 神殿を抜け、各自に応急処置をしてから杉の森をただ走っていれば、ドクターはすまない、と前置きした後に、なるべく早くウルクへ戻ってきてほしい、と言った。

 もとよりそのつもりではあったから、それ自体は特に構いはしなかったが、しかし態々そう言ったということはそれだけの理由があるということだ。

 冥界側がポカしたか? そう聞けばいや、そっちの方は順調だよ、後で立香君からも聞くかもしれないが、そちら側は全て丸く収まった、ギルガメッシュ王もその息を吹き返したよ、と。

 その言葉に、ほっと息を吐く。

 良かった、と心底をそう思い、同時に、じゃあなんだ、と思った。

 もしかして魔獣戦線か? 正直、巴御前たちに加えてケツァルコアトルとマーリンがいれば盤石だと思っていたんだけど……と言えばドクターは苦々し気な顔で、マーリンが死んだ、と言った。

 ──!? マーリンが、やられた!?

 そんな馬鹿なことがあるか! 最悪、ケツァルコアトルやレオニダス王達なら分かる、だがよりにもよってマーリンが!? ありえない!

 あいつは保身にかけてはスペシャリストだぞ!?

 そんな彼が、やられた? 到底信じられるものじゃない、けれども、ドクターが嘘を言う訳が無かった。

 だから、言いたいことを飲み込み、必要な質問をする。

 原因は? と、ただ一言、全て説明してくれよ、という意思も込めてそう聞けば彼は、ティアマトだ、と言った。

 端的に、事実だけ言おう。

 原初の神、ティアマト神がこの時代において復活した、いや、正確に言えば復活していた。

 あのマーリンがそのティアマトを、夢に落とすことでティアマト神の覚醒を先延ばしにしていたんだ。

 そしてたった今、それが破られた。

 あぁ、焦らないで、ちゃんとそこも説明するから。

 これは先ほどケツァルコアトル神、マーリン、巴御前と交戦していたキングゥが言っていたことなんだが、ゴルゴーンが持っていたとされる権能、百獣母体があっただろう、あれは彼女が独力で獲得したものではなかった。

 同調、というやつだ。

 彼女はこの時代に現れたティアマト神と、その感覚を共有することであれだけの力を得ていたんだ。

 感覚を共有する、ということは当然痛みも共有するということに他ならない。

 そしてゴルゴーンは今、君たちが討ち取った。

 どれだけ深い眠りに入っていようが、死の痛みを味わえば目を覚ますのは道理で、眠りに落とし続けていたマーリンはあえなくティアマト神に潰された、ということだ。

 それに加えて、悪いニュースがもう一つある。

 ウルクから見て南東にあるペルシア湾、そこから正体不明の魔力反応が大量に確認された。

 その数──一億を超え、留まることなく増え続けている上に、メソポタミア全土に広がり始めている。

 ただその全てが海から這い出してきたわけじゃない……と言っても十万はいるんだけどね。

 各都市で抵抗は試みているが、確認されている魔力反応は、そのどれもが魔獣戦線で戦っていた魔獣と同じか、それ以上。

 このままでは滅びは免れない、だから、すまないがなるべく早く、来てくれ。

 その言葉に、了解と返しながら頭を回す。

 この速度で走り続ければ半日しない内にでもウルクへ着くのは訳ないだろう、とはいえこちらも随分と疲弊している。

 このスピードを保ち続けるのは無理だ、であればこうするべきだろう。

 一度全員に止まってもらい複数の礼装を捨てるように宙へ投げる。

 直後、それは姿を現した。

 モータードキュイラッシェ──つまるところバイク。

 そんな毎回使い捨てするって訳じゃないんだけどなぁ……と思う俺の意思に反して大量に召喚されたやつである。

 確かに滅茶苦茶早いが、走ってる間けたたましい騒音を出すというアホみたい目立ち方をするため、あまり使いたくは無かったのだが、今回ばかりは仕方が無いだろう。

 これで移動して、と言えば彼女らは半笑いで了承してくれた。

 大丈夫? ちゃんと乗れる? とは思ったがしかしその心配は杞憂だった、とだけ言っておこう。

 

 徐々に見えてきた、ウルクの上空は黒々とした何かの群れが夥しく飛んでいた。

 あちらこちらから黒煙が上がり、同時に微かな悲鳴が風に乗って耳に届く。

 一万だか十万だか、数は聞いていたがこうして見るととんでもねぇ数だな……そう思いながらもウルクへと、減速もせずに突っ込んでいく。

 ウルク市内は既にあらゆる場所が血で染まっていて、見慣れた人々の死体が見ようとせずとも目に入ってしまうほど転がっていた。

 そして彼らをそうしたであろう、人に近い風貌の、しかし決定的に違う、見るからに悍ましい"何か"。

 反射的にアクセルを踏み込んだ、本能があれはこの世にいてはならない存在だと、そう叫んでいた。

 爆音が鳴り響く、ちょうど背中を見せていた一体に躊躇なく突っ込み吹き飛ばし、同時にバイクを捨てるように飛び出せばそいつらはその醜悪な、口にも見える巨大な顔を醜く歪ませて、奇声を上げた後に殺到してきた。

 といっても、俺だって別に考えなしに突っ込んだわけではない。

 巨大な炎の両手が、俺の真横を勢いよく通り抜けていき、眼前のそいつらを焼き払う。

 と、思われた。

 本来であれば、そうなるはずだった。

 魔獣ですら一瞬で焼き尽くした茨木童子の炎だ、それは当然この正体不明の敵すら灰にする。

 疑いすらしなかった、その確信はしかし、非情にも破られた。

 炎の先から、身体を焦がされながらそれでもこちらへの歩みを止めない。

 礼装を起動する、だがそれより早くそいつらの腕が閃いた。

 

 巨大な炎の両手が、俺の真横を勢いよく通り抜け──同時に全力で後ろへ下がる。

 余裕をかましている場合ではない、魔獣と同等かそれ以上? 馬鹿なことを言うな。

 アレは魔獣の強さの比ではない、サーヴァントには及ばずともそれに近い、それだけの力を持っている。

 ドクターに立香君達のことを聞けば、彼等は交戦しながら市民を北壁へ逃がすルートを確保しているらしい。

 つまり入口付近の俺達に増援は望めない、ということだ。

 だがそれでも戦わなければならないだろう、この都市にはまだ多くの市民が残っている。

 なるべく大量のこいつらを相手にして、あちらの負担を減らす。

 これが今、すべきことだろう。

 幸いにも兵士たちが奮闘しているお陰で絶望はまだ遠い。

 そう思いながらライダーさん達を見て、正直滅茶苦茶しんどいけど、大丈夫? と聞けば彼女らは勿論、と答えた後に、私たちの心配より、自分の心配をするべきだと言った。

 

 理解の出来ない、言葉なのかも分からない奇声が響き、異質な形をした腕が脇腹を掠めて通る。

 奴らは茨木童子の炎にすら短時間であれば耐えるほど硬質な肌を持っていたが、それに加えてその膂力は凄まじいものだった。

 こちらが万全の状態であればまだ、まともに抵抗できていただろう。

 しかし現実というのはそう上手くはいかない、事実、こっちは応急処置をしただけで未だに体力は減ったまま、傷は癒えてないままだ。

 だがそれでもギリギリの抵抗は出来ていた、この広い戦場であれば俺も、ゴルゴーンの時よりは上手く動けたし、何よりこのサイズの敵の相手はもっとも戦い慣れていたからだった。

 故に自身の命を守りやすい、それはつまり、サーヴァント達もあまりこちらに気をかけずに済むということだ。

 俺の出す最低限の指示を基に、即興の連携を組み上げる。

 互いが互いのカバーに入り続けてこの拮抗を保ち続ける。

 それは綱渡りのように危ういバランスの上に成り立っているもので、些細なきっかけで崩れてしまうものでもあった。

 そうしてそのきっかけが作られやすいのは、当然ながら俺だった。

 握った黒鍵が鋭く弾きあげられる、続けて逆方向から迫ってきた一撃が肩を貫き瞬間的に肘を顔へとぶち当てる。

 けれども返ってきたのは鋼でも殴ったかのような感触だった、いくら魔力で強化しても、こいつらの身体にダメージを与えることは容易ではないということだ。

 俺の危機を察して鈴鹿の刀が飛ぶがしかし、もう間に合わない。

 黒に近い紫色が、俺の視界を支配して──しかし意識は飛ばなかった。

 視線の先には、貫かれた丸太──変わり身の術!

 小太郎に助かったと、そう言おうとした瞬間、痛みが走り、ゴボリと血があふれる。

 彼の身体ごと、俺の身を黒紫の腕が貫いている。

 下卑た笑い声が耳朶を打った。

 

 握った黒鍵が鋭く弾きあげられる、続けて逆方向から迫ってきた一撃を身体を傾けて躱した。

 ジリリ、と肩を掠めて通り抜ける、瞬間、それを掴んで投げ飛ばした。

 重さはそこまででもないな、そう思いながら下がればライダーさんに無茶はしないでくださいと諫められる。

 それにごめんと謝るが、それでも反省の色を見せない俺に彼女はため息を吐きながら釘剣を振るった。

 ジャラリと鎖が伸びて奴らの動きを止める、そこを炎が焼き尽くしながら茨木童子の一撃が数体を塵へと変えた。

 けれどもやつらの数はまるで減らない、むしろ増えていると言ってもよかった。

 ついでに言えば立香君達の避難誘導は、まだ終わらない。

 振るった傍から砕けるそれを補充するように絶え間なく礼装を起動させていく、いくら表皮が固いと言えど、そのバカでかい頭のような口であれば話は別だ。

 口内から身体へと差し込むように貫き殺す、微かに震えて力を抜くそれの死体を蹴り飛ばしながら振り向きざまに礼装を振るう。

 ガギン、と振り抜かれていたやつらの腕とぶつかり合い、火花が空へ舞って衝撃が腕を痺れさせる。

 これだけ強化してるのに、嘘だろ、馬鹿げてる。

 弾かれるように距離をとる、俺の援護に入ろうとした小太郎が複数の敵に囲まれ悔し気に顔をゆがませた。

 それを見ながら地を蹴りつけ下がる、瞬間、ドズリと鈍い音が胸元から飛び出した。

 

 ガギン、と振り抜かれていたやつらの腕とぶつかり合い、火花が空へ舞って衝撃が腕を痺れさせる。

 数が、多すぎる、んだよ!

 同時にぐるりと半回転、既に振り抜かれようとしていたそれに痺れた片手を合わせて無理矢理軌道を逸らした。

 血が走る、しかしそれに合わせるように無事な方の手で火薬をばら撒いた。

 と、言っても勿論ただの火薬ではない。

 ばら撒いたそれの名は励振火薬、魔力を込めることで勢いよく燃え上がる特殊な火薬だ。

 魔術師っぽい物を俺だってたまには使うということである。

 てことでさっさと死んでくれ、そう呟いて銃を撃ち放ち、着弾と同時に爆炎を作り出した。

 衝撃と爆風が巻き起こる、それでも倒しきれないのは承知の上だった。

 だからこれは、一つのチャンスだ。

 巨大な音と衝撃で、こいつらの意識が一気にこっちに向いた。

 それはつまり、彼女たちの手が一瞬空くということだ。

 ライダーさんが俺の身体を掴んで勢いよく離脱して、直後に幾百の刀が舞い、炎が揺らめきあがる。

 ほんの数コンマの時間だけで化け物どもの身体を刀が固定する、直後に爆炎が全てを焼き尽くした。

 無論、茨木童子の炎だけではない。

 小太郎と茨木童子の合わせ技だ、炎は緩やかに、しかし激しく燃え広がって視界いっぱいを焼き尽くした、がしかしやつらは無尽に湧いてきた。

 ゴキブリかなんかかよ……

 キリが無さ過ぎる、こっちももういつ誰が倒れてもおかしくない。

 どうする、どうすればいい? 逃げの一手は封じられている、ウルク市民は後どれだけ残ってる?

 くそ、くそ、くそ、畜生。

 グルグルと考えることの多さに吐き気すら催してくる。

 焦りが表に滲みだす、それを表すように汗がにじみ出て、砕けた右腕の痛みを頭が自覚してきてる。

 ちょっと拙い状況が続きすぎた、お陰で既に視界は霞んできている。

 前が良く見えない、それでもやつらはどんどんと数を増やして包囲の輪を作り上げているのは分かっていた。

 反射で身を捻る、何かが胸を抉り飛ばして同時に力強く引っ張られた。

 それに抵抗しないで身を任せる、これまで一緒にいたのだ、今の手がやつらではないことくらいは分かる。

 申し訳ありません、と言いながらライダーさんの一撃が化け物の頭を捉えて蹴り飛ばす、直後に全力で彼女を引き戻せば彼女のいた場所を鋭い一撃が走った。

 それを掠れた視界で見ながら落ち着け、と己に言い聞かせる、震える手で礼装を取り出そうとして、その瞬間、声が響いた。

 『良く持ち堪えたわね、アンタ達! 流石じゃない!!』と、快活な、それでいて上品な声。

 あぁ、助かった。

 そう思うと同時、金星の女神の輝きが、地上へと落ちるように降り注いだ。

 

 彼女の放った光が諸共全てを吹き飛ばし、消し飛ばす。

 といっても直ぐに湧いてくるのだろう、そう思い身構えたがしかし、やつらは突然ウルクから興味を無くしたように撤退していった。

 え……何? どういう行動なのそれは……マジでただいきなり絡んできたヤンキー並みの興味の移り方じゃん……

 ふざけてんの? そう思うがしかし、追うことは出来ないし、そうする理由もなかった。

 ドクターが言うにはウルク全域から撤退していったらしい、と言ってもほとんどの個体はここにいたらしいのだが。

 お陰で誘導は想像以上に上手くいった、本当にすまなかった、ありがとう、と彼は言う。

 それにあぁ、大丈夫、上手くいったなら何よりだ、そう返そうとして、視界がグルリと歪む。

 あぁ、しまった、気が抜けた。

 張りつめていた意識が緩んで、力が抜ける。

 急激に遠くなったドクターやライダーさん達の声が、微かに聞こえた。

 

 目を覚ます。

 全身を包み込む、心地の良いまどろみを受け入れながらもう一眠りしようとして、ハッと気づいた。

 ここどこだ!? 状況は!? あれからどうなった!?

 そう思うが周りには誰もいない。

 改めて周りを見渡せば、あまり見慣れない、それでも豪華な一室であることが分かる。

 それを眺めながら、あぁ、多分ジグラット内だな、と思った。

 普通に取り乱したが、考えてみれば危険が去ってから俺はぶっ倒れたのだ。

 その後は当然、ジグラットに集まっただろうし、意識の無い俺は治療をされたのちに空き部屋にでも投げ込まれたのだろう。

 となれば話は早い、ジグラット内であれば大体勝手は分かる。

 未だに若干腕は痛むがその程度だし、問題は無い。

 ベッドの直ぐそばにかけてあった上着を羽織りながらそっと扉を押し開ければ、その先でちょうど良くライダーさんと目が合う。

 あ、おはよう、とそう言おうとしてグッと抱き寄せられた。

 そのいきなりの行動に動揺し、ライダーさん? と言えば彼女は言った。

 申し訳ありません、と。

 毎回毎回、私は貴方を守り切れない。

 いつも目も当てられないような凄惨な傷を負わせてしまう。

 その右腕の傷も、治りはしましたが傷跡はずっと残ってしまうでしょう。

 貴方はいつも心強く、頼もしい。

 その折れない心は、魂は気丈で、いつも私たちを支えてくれる。

 だというのに、私は貴方の身を、守ることすらできない。

 私はサーヴァントで、貴方はマスターで、護るべき存在であるにも関わらず、私が護られていることの方がずっと多い。

 私は、そんな私が、あまりにも情けない。

 そう言い彼女はギュッと力を込めた、そんな彼女を優しく抱き留め背中をポンポンと叩く。

 そうやって自分を責めるのは、あまり良くないよ、ライダーさん。

 確かに、事実として俺は傷を負っているけど、逆を言えばこれはその程度で済んでるってことだ。

 これまで負ってきた傷は、そのどれもが決死の一撃だった、それから俺を守ってくれたのはライダーさんなんだよ。 

 だから、謝らないでほしい。

 俺はいつだって、どんな時だって貴女に助けられてきたし、これからもそうだ。

 だから、泣かないで、な。

 そう言えば彼女は小さな声で、ありがとうございます、と言った後に、それでも今少しだけは、このままで、とそう言った。

 

 

 それから数分、もしくは十数分の時間を経て、落ち着いた彼女の背中を追うように歩く。

 彼女曰く、皆が王座で待っているらしいのだ。

 その為ちょっと早歩きである、気持ち程度だが早い方良い。

 そんなこんなで王座へと行けば、立香君が、あ! と言った後にバッと飛び込んでくるようにこちらにやってきた。

 良かった、ちゃんと目を覚ましてくれて、本当に良かった。

 もう大丈夫なんですか? 記憶飛んでたりとかしてません? 身体に痛みは? と矢継ぎ早に質問してくる。

 それに苦笑いしながら、問題ないよ、と頭を撫でようとして気付く。

 立香君、もう随分とボロボロだ。

 俺が眠りこけてる間にあまりにも大きなことがあったんだな、と直ぐにそう察して、ごめんな、と言いながら彼の頭を撫でて、ギルガメッシュ王の前に行こうとして、金髪の女性──ケツァルコアトルと、目が合った。

 今はもう、彼女へ恐怖を感じることはなかったが、それでも否が応でも天草さんの顔を思い出す。

 だが、それだけだ。

 言いたいことはもちろんあるが、それを飲み下してから頼りにしています、とそう言いながら手を差し出す。

 彼女は彼女で、この戦いが終わったら、きっちり矯正してあげマース! と言って手を握った。

 いや……いらないですね……そう返しながら若干痛いぐらいにグッと握り合う、それだけで良かった。

 俺たちの間にあった何かを、言葉とともに精算する。

 そうしてからようやくギルガメッシュ王の前に行く。

 ご迷惑おかけしました、と頭を下げようとしたが彼は良い、と先んじて言った。

 此度の働き、ご苦労であった。

 無理をさせたな、と。

 だが、起きてすぐだが働いてもらう、現状は急を要する故、頼めるな? とも。

 それにえぇ、と応えてから現状は? と聞けば簡単な説明がギルガメッシュ王からされていく。

 一、目覚めたティアマト神──人類悪、ビーストは聖杯を飲み込んだ末にその正体を現し、今も尚このウルクへと進撃してきている、到達するのはもう二日もない。

 二、それに伴いペルシア湾は神の泥によって染め上げられ、進撃と共にメソポタミア全土を侵している。

 三、貴様らの戦った化け物どもはラフムという呼称を与えた、そしてこのラフムはティアマトめと共にこちらへと進撃を開始している。

 四、ウルクに残った市民は1326人、内軍属が826人、北壁に逃れた生存者が500人。

 五、この時代に送られた聖杯は、キングゥの心臓だった。

 彼からなされた説明はざっくりと分ければこんな感じであった。

 中には聞き慣れない単語もあったが、聞けば彼は殊の外丁寧に教えてくれた。

 流石賢王と言うべきだろう、滅茶苦茶分かりやすい説明で思わずダ・ヴィンチちゃんより分かりやすい……と呟いたレベル。

 お陰で帰ったら即殴られることが確定してしまった。

 と、まぁそれは置いといて、取り合えず現状は把握した。

 道理でゴルゴーンから聖杯が手に入らなかったわけだ、なんて思いながらもその上でもう一つだけ聞いた。いや、倒せるのそれ? と。

 相手が強すぎるとか、そう言った次元の話ではない。

 彼から語られたティアマトは、『死』という概念がない生命体らしいのだ。

 かの神は全ての命の母である、つまり俺達がこの世に生きている、という事実がイコールでティアマト神の存在を証明してしまう、と。

 そこはもう、一度立香君が殺して復活したのを見てるから、間違いは無さそうだということも。

 その一度倒したってのにも驚きだが、しかし死なない、というのはそれを塗りつぶすほどの事実だ。

 故の質問だったが、彼はちょうど今、それを話していたところであってな、と言ってから鏡を取り出し叫んだ。

 エレシュキガル! いるか! と。

 いったい何を? と思ったのは一瞬だけだった。

 何故ならば、鏡から返答が返ってきたのだ。

 うるっさいわねーー!? という、イシュタルに良く似た声音が響き、何も映していなかったその鏡は一人の女性を映し出した。

 イシュタルに良く似た──というか、まるでイシュタルを金髪にして少し気弱そうにしたような見た目の女性。

 その姿にどこか既視感を覚え、何だ? と記憶を探り──あ。

 え? あ、あぁぁあぁぁ!? あの日の晩のイシュタルじゃん!!!

 不覚にも叫ぶように言えばイシュタルがえぇ!? アンタもなの!? と言い、立香君が先輩も会ったことあるんですか!? と聞いてきくる。

 それに、あぁ、多分一度、話した、とそう言えば彼女は頬を赤らめて、覚えててくれたのね、と言った。

 うわなんか凄い……凄いダメ男に引っかかりそうな人だな……そう思いながらも勿論、と応える。

 あの時は本当にびっくりしたけど、まさかイシュタルとは別人だったとは。

 そこまで言い、ふとギルガメッシュ王の言葉を思い出して、ハッと気づく。

 『何、安心せよ、直分かる』という、意味深な言葉を。

 つまり三女神同盟ってのはイシュタルでありイシュタルではなかったということなのだ。

 なるほどね、と頷き、それから容姿は良く似てるけど、やっぱりそっくりなんだな、と言う。

 特にそうやって叫んだり感情豊かなとこ、イシュタルに良く似てる、と。

 そう言えばイシュタルはちょっとー!? 一緒にしないでよ!? と叫び、エレシュキガルは顔を真っ赤に染め上げた後にや、やり直しします!!と叫んだ。

 

 

 冥界の女神、エレシュキガル。

 華麗に参上したわ、私に何か用かしら? ウルクの王。

 と、彼女はコホンと咳払いしてからその佇まいを直しそう言った。

 テイクツーである、シンプルに茶番だ。

 そう思うが口をはさんで話が進まないのも面倒。

 彼女も動揺をなるべくなくし、ギルガメッシュ王の呼びかけに答えた、という体でやり直したのだから口をはさむのは面倒なだけだろう。

 故に黙ってギルガメッシュ王の言葉を待てば彼は、一つ、頼みがある、と言う。

 ティアマト神が、後二日も無い内に来る上、倒さねばメソポタミアは滅ぶ。

 しかもティアマト神は地上に命がある限り、必ず死なぬ。

 そこで、ティアマト神の接待を貴様に譲ってやろうと思ってな。

 生命である世界では死を知らぬというのであれば、生命無き世界に落とすまで。

 冥界であれば、アレは最期の命になるであろう? と。

 突然の言葉に彼女はポカンとして、それからか、母さんをウチに落とす!? と動揺を露わにしながら言った。

 それに彼は王の名のもとに、貴様に命じる! と言う。

 このウルク全土に冥界の門を開き、ティアマト神を騙る災害の獣を、地の底に繋ぎ止めよ! と。

 そんなスケールの大きい言葉に彼女は、暫し黙り込み、それから二日じゃ無理ね、と言った。

 そもそもこんな広い都市の地下に冥界を持ってくるって作業自体、十年以上はかかるような作業だわ。

 まぁ、昔からウルク憎しで企んでたから三日でできるんだけれども!

 でも、それでも三日よ、無理をして進めても、最速で三日。

 どれだけ短くても後一日は押しとどめてくれないと、間に合わないのだわ、と。

 その台詞に、できるのか? と周りを見る。

 正直に言って俺は話を聞いただけで未だ、ティアマト神のヤバさというのを実感できていない。

 故に立香君を見たのだが──彼の顔には、明らかに不可能だ、という表情が浮かんでいた。

 諦めないことに定評のある彼が、である。

 あぁ、無理なんだなぁ、と確信し、どうにか手は無いのかと頭を回したところで、ギルガメッシュ王が勝ったな、と笑った。

 勝ち筋は見えた、故に案ずるな。

 こちらには──イシュタルがいるであろう。

 否、正確には、グガランナが!

 そら、グガランナを呼べ、イシュタル、と彼は笑ってそう言った。

 が、しかしその喜色に満ちたムードに反し、彼女の顔はこわばっていた。

 おかしい、と素直に思う。

 彼女であればその性格上、鼻高々に自慢し始める筈なのだ。

 それが、無い。

 嫌な予感がする、ふと、イシュタルと出会った時のことを思い出した。

 "この辺りに大切なものが落ちてなかった!?""見るからに、これは凄い! ってなるようなものよ!""や、やっぱり落ちてた?"

 ……なぁ、イシュタル。

 最初であったときにさ、探してたのってもしかして──。

 そこまで言ったところで彼女はうわぁぁぁん! そうです、ありませんグガランナ! どっかで無くしちゃいましたぁぁ! と、謝りながら叫んだ。

 ギルガメッシュ王の、何の為に貴様をスカウトしたとーー!? という悲鳴が、ジグラット内で虚しく響いた。

 

 ジグラット、その天辺に横になりながら夜風を浴びる。

 対ティアマト神会議は一旦解散したのだ。

 何せグガランナがいない以上、抵抗のしようがない。

 完全に行き詰まってしまった結果なのである。 

 一応、夜明けまでの休憩とは告げられたが、何かいい方策が浮かぶだろうか。

 何だかそれが心配過ぎて既に胃が痛い、どうにか気持ちをリセットしないと、と思い外に出たがあまり効果は無かった。

 仕方が無いのであーとかうーとか言いながら、ふと隣に誰かが降り立った。

 顔だけ向ければそこには、黒髪を靡かせた麗人──否、麗神、イシュタル。

 なんか用? と聞けばちょっとね、と彼女は笑う。

 私と契約したマスターが、今何を思い、何を考えているのか、ちょっと気になるところじゃない?

 何せ契約してから一緒にいた時間も短いんだし、と。

 その言葉に、少し笑う。

 確かにそうだ、俺と彼女は契約したにも関わらず大して近くにはいなかった。

 まぁ強いうえに早いのだから、仕方ない。

 そんなことを考えていれば、彼女は言った。

 ねぇ、貴方は今、何を思う?

 これまで六つの特異点を乗り越えてきたと思うけれど、こんな事態は多分初めてだと思う。

 正に時代が滅びる一歩手前、分かりやすいその原因が少しずつ確実に迫ってきているこの現状に。

 嫌な質問だなぁ、と口に出して言う。

 それでも答えを待つ彼女に俺はそっと口を開いた。

 ぶっちゃけね、逃げ出したいよ。

 当然だ、俺は死にたくないし、出来れば痛い思いも苦しい思いもしたくない。

 平穏無事な生活が何よりも望ましい。

 だけど、さ。

 逃げ出したいって思っても、逃げ出そうとは思わないんだ。

 それは、きっと、ここに来るまでの間に、いろんな人に託されて、背中を押されて、応援されてきたから。

 別にその期待に応えたいって訳じゃない。

 でも、そういう人たちがくれたモノは、すっかり俺の一部になっていて、そのどれもが、俺がもう駄目だって思いそうになった時に、諦めちゃダメだって教えてくれるモノなんだよ。

 だから、怖くても、痛くても、俺は前に進む。

 隣を歩んでくれる人たちと一緒に、どこまでも。

 そう、思っているし、これから先も、そう思い続けるよ。

 と、そう言えば彼女はなるほどね、と笑った。

 良いじゃない、そういうの。

 さっすが私の見込んだマスター、好きよ、その考え方。

 えぇ、とっても美しくて好み。

 その答えに免じて、貴方のそれについては何も言わないでおいてあげるわ。

 それに、勿論私の全力も貸してあげる、と。

 彼女は言った。

 言ってから、美しい笑顔を浮かべ、精々頑張りなさい。

 この勝利の女神が、貴方についてあげるんだから、とそう言った。

 

 それじゃ、私はマシュ達とも話してくるわ、何て言って彼女は優雅に空へと飛び立っていった。

 その背中を、見えなくなるまで見つめてから立ち上がる。

 行くべき場所と、話したい人がいるのである。

 いや、正確には話したいというよりは教えてもらいたい、なのだが。

 まぁそういう細かいことは気にせずそっと飛び降りてから王座へと向かった。

 なるべくゆっくりと、遠回りの道を通っていく。

 ここに来るのも最後かと思うと、突然ちょっとだけ寂しさとでも言うべきものを感じたのである。

 だからちょっとだけ、あちこちを見て回ろうかと外回りに歩を進めていれば、出会ったのは巴御前だった。

 奇遇だな、なんて言えば彼女は少しそうでしょうか? と言った。

 私は貴方を探していましたので、私はそうは思いませんね、と。

 ……俺を? 何、また説教でもする感じ……? 流石にジグラットに来てまで火薬使って遊んでたりなんかしてないですよ……

 そう言えば彼女は違います、と随分と語気を強めで言い、それから、少し、お話がしたいと思いまして、時間はありますか? と言った。

 用事はあったが、しかしまだ急ぐような時間でもない。

 大丈夫です、とそう返せば彼女は良かった、と笑い、それは良かった、立ち話というのもあれですし、掛けてお話をしましょうか、と言ってからジグラットの縁へ、足を投げ出す形でちょこんと座った。

 え、そこ座るのちょっと怖くない……? そう思うがしかし、彼女はなんてことない顔で座っているので仕方なく腰掛ける。

 思いの外不安にはならなかったが、それでも足場が遠いってちょっとビビるな、そう思いながら彼女に話ってのは? と問いかける。

 返答は、すぐには返ってこなかった。

 それでも急かすこと無く待てば、彼女はこほんと、咳払いをしてから口を開く。

 此度の戦い、未だ終わってはおりませんが、それでも今晩が最後の安息日です。

 なので、お礼を言おうかと思いまして。

 魔獣戦線、その最前線──北壁にて、貴方には本当にお世話になりました。

 貴方は茨木童子をあそこに連れ帰ってくださり、私の偏見を和らげ、張り詰めていた兵士たちの緊張を程よく解してくれた。

 あの日私達ともに、ギルタブリルと戦い、勝利に導いてくれた。

 準備期間であった二ヶ月間、北壁内のあらゆる仕事を担当し、また時には戦場に出て指揮をしてくれた。

 その全てが狙ったことではなかったかもしれません。

 ですが、私達はその全てに助けられ、励まされた。

 貴方抜きでは、このようにことが運ぶことは無かったでしょう。

 故の感謝です、どうか遠慮はせず、是非受け取って欲しい。

 これは私だけでなく、北壁全員の意思でもありますから。

 そうして、彼女はこれは気持ちばかりですがね、と言いながら短刀を俺に手渡した。

 紫の鞘に収まっていたそれを抜けば、姿を表したのは美しい、鮮やかな赤の短刀だった。

 本当ならもう少し、可愛げのあるものが良かったのですが時間もなく、思いつきもしなく……結果的に少しでも身を守ってくれれば良いなということでこれに……と彼女は言った。

 その言葉にありがとう、と素っ気ないと言えるほど短くそう言えば、彼女は優しく俺の頭に手を載せた。

 ちなみにその声は、酷く震えて聞けたものではなかった、とだけ言っておこう。

 

 大分引き止めてしまいましたね、用事があるのでしょう? そう言った彼女にうなずいて立ち上がる。

 ありがとうございました、とそう言いながらジグラット内を少しだけ早足で向かった先は、王座であった。

 そこには、未だ兵たちに指示を出し、書に何かを記している人がいた。

 言わずもがな、賢王ギルガメッシュである。

 流石に数ヶ月前と比べれば忙しい、とは全然言えない状況の彼が指示を出し終えるのを待ってから歩み寄る。

 当然それに気づいた彼は、どうした? と言った。

 それから、最後の挨拶でもしにきたか? と。

 その言葉に、少しだけ笑った。

 最後になんてする気もないくせに、大分意地の悪いことを言いますね。

 そうすれば彼はまぁな、と言った後に、して、何用だ? と言った。

 貴様が何の用も無く来るようなことはないだろう、何が望みだ? と。

 いや察しが良すぎる……が、まぁ不都合はない。

 そう思ってからグッと顔を上げ、ギルガメッシュ王の目を見てから口を開く。

 ギルガメッシュ王、貴方の持つ千里眼は、未来を見通す千里眼。

 だから、きっと貴方は、こうなること──ティアマトが襲来してくることを、知っていましたよね。

 掠れたような声でそう問いかける、そうすればギルガメッシュ王は、当たり前だ、と言った。

 魔術王がこの時代に聖杯を送り、虚数世界よりティアマト神が引き出された、その時点で我は未来を知り、その事実を民にも伝えた。

 それがどうかしたか、と言い切る前に、口を開く。

 その時、貴方が見た"今"から、俺達は、少しでも何かを、変えられましたか?

 そう放った言葉は意図せず不安に揺れてしまった。

 実際、今聞いたことも、本当に聞いてよかったのかとすら、内心思う。

 けれども、聞けるのであれば聞いてしまいたかった。

 巴御前はああ言ってくれたがしかし、それでも俺は、知れるのであれば知りたかった。

 俺は本当に、誰かの為になれたのかを。

 これまで頑張ってきたことは、無駄ではなかったと言ってくれたその言葉を、信じたかった。

 そんな俺を見て、ギルガメッシュ王はやはり笑った。

 それも軽い笑いではない、大口開けての爆笑である。

 一頻り笑ってから、戯け、そんな聞かずともわかるようなこと、聞くでないわ、と彼は言う。

 何か変わったか、何か変えることは出来たか、だと? そんなもの──当たり前であろう。

 貴様がいなければ救えぬ何かがあった、貴様が動かなければどうにもならぬことがあった。

 誇れ、今生き残っている1000以上の生命は、貴様無くしてはここにいなかった。

 貴様のしてきたことその全ては、決して無駄ではなかった。

 その言葉に、ポロリと何かが零れ落ちて、ありがとうございます、と、そう言った。

 

 こんな短時間で二回も泣かされるなんてことある? 涙腺がガバガバすぎるんですけど……そう思うがしかし仕方がない、とそう思う。

 人って認められると嬉しいものなのだ。

 とはいえ、こんな風に確かめようとはあまり思ってもいなかったのだが。

 今までずっと、自分がしてきたことは正しかったのかと思うばかりだった、その反動的なあれなのであろう。

 我ながら情けない、そう思うがまぁ、それも俺らしさ、ということで勘弁いただきたい。

 そう考えながら裾で目をこすり、それから彼に聞く。

 ギルガメッシュ王が召喚をした際に使った場所を、教えてほしい、と。

 ついでで申し訳ないが、そこの使用許可と後、召喚手順を教えてほしい、とも。

 その言葉にギルガメッシュ王が呆気にとられたような顔をして、それからほう、と笑う。

 随分と急ではないか、このタイミングで呼んだところで連携が上手く取れるかもわからんと言うのに。

 そう、彼は言ったが、多分、その問題はありません、と言った。

 召喚ってのは縁が大切らしいので、それなら多分来てくれると思うので。

 だから、大丈夫です。

 そういえばギルガメッシュ王は、それなら良い、と言ってからこっちだ、と地下へ向かって歩き出した。

 

 案内されたそこは、地下にしては酷く明るく、けれどもそう広くはない一室だった。

 その中心には、良く見慣れたような円状の、いわゆる魔法陣というやつが刻まれている。

 それを見て、今更ながら緊張で手に汗が滲んできた。

 いや勢いで動いてるのは良いが、しかし俺はまだ一度たりとも、こういう一般的(と言っても良いのかは分からないが)な召喚というのはしたことがないのだ。

 カルデアのは石をポイポイと投げれば良かっただけなので、尚更不安が加速する。

 そんな俺を見て、ギルガメッシュ王はそう緊張するな、と言った。

 そもそも貴様が言い出したことであろう、自信を持て、と。

 やり方は我が教えてやる、と。

 それに静かに頷きながら、彼に言われるがままに手順をこなし、それからようやく手をのばす。

 魔法陣の中には欠けた虹色の石──いつだったかカルデアで割った聖晶石だ。

 ないよりマシだろう、ということで置いているのだ。

 それを見つめながら、言われた言葉を一小節ずつ繰り返す。

 繰り返すごとに、魔法陣は輝き出した。

 目がくらむ、それでも聞こえてくる言葉を真似して続けていけば、ついにその光は爆発するように部屋中を満たした。

 不思議にも発生した暴風が身体を打ち付ける、それでも目を閉じずに開いていれば、その奥に人影が見えた。

 それだけで、あぁ、やっぱり来てくれた、とそう思う。

 再びつながったパスがどこか懐かしい。

 そうしてやがて落ち着きを見せた光の中にいたその人は、俺を見るなりハァとため息をついてから言った。

 これも運命というやつなのかしら……とは言えこんなアホみたいな触媒にホイホイ釣られた私も私よね……と。

 その姿に、良かった、と自然と笑みが溢れる。

 彼女は俺の知る──カルデアの、カーミラだ。

 その事実に静観していたドクターが何でだ!!? と動揺をしていたが詳しい理由なんぞ知るものか。

 この時代が不安定だとか、例外だとか、そういうふわふわとした理由があればそれでいい。

 本当、来てくれて助かった、早速だけど状況を把握してもらって働いてもらうから、よろしく。

 そう言えば彼女は、私を小間使いみたいに扱うんじゃないわよ! と言ったが、しかしそれでも仕方ないわね、と薄く笑って言った。

 そういう飲み込み早いところ本当好きだわ……でも、うん、そうだな、改めて来てくれて、ありがとう。

 若干の恥ずかしさを隠しながらそう言ったら、彼女は少しだけ顔を背け、それからこう言った。

 当たり前じゃない、私は貴方のサーヴァントなのよ、と。

 

 そうして、カーミラへと現状の説明をした後に少しだけ仮眠を取れば、夜はすぐに明けた。

 当然のように王座へと集まり、ドクターからティアマト神と、黒泥への対応についての調査報告が始まった。

 ではまずこれを見てほしい、と彼が宙に投影したそれは、ティアマト神の全体図だった。

 半日もなかったのにこんなの作ったの……? 優秀すぎるだろ……そう思っていれば彼は、脚に注目してほしい、と言った。

 かの神はあまりにも巨大だが、それに比べてあまりにも細すぎる。

 これでは自らの重さを耐え切れはしないだろう、ということは、だ。

 おそらくティアマト神は海水の上でしか歩行できないと考えられる。

 絶えず黒泥を作り出しながら進んできているのが、それを裏付けているとも言えるね。

 となれば、足止めをするにはどうすれば良いか、流石にわかるよね。

 そう、この黒泥──カルデアはこれをケイオスタイドと呼称する──を、物理的に除去すればいい。

 もちろん、こちらでもケイオスタイドを元の海水に戻せないか解析中ではあるが……しかし、ティアマト神の進行が予想より半日ほど早い。

 ウルクより南にあるギルス市跡が飲まれるまで後三時間もないだろう、再計算したが、ウルクに来るには後ざっと八時間ってところだ。

 解析が出来ても薬ができないことは確か、ということだ。

 どうだろうか? ギルガメッシュ王? と、彼がそう区切ればギルガメッシュ王はふむ、と唸り、それから不可能であったとしても、脚を破壊するしかあるまい、と言った。

 あれだけの泥を除去するのはいくらなんでも不可能だ、と。

 だが、それに待ったをかけた人物がいた。

 いや、神、というべきだろうか?

 まぁ何はともあれ声を上げたのはケツァルコアトルだった。

 彼女は自信満々に前へと踏み出て、それからケイオスタイドの除去であれば、私が任されましょう、と言った。

 我が太陽遍歴(ピエドラ・デル・ソル)であれば可能です、と。

 この時立香君がぎょっとしたよう顔で彼女を見て、微笑みかけられていたが、まぁ、何かしらあったのだろう。

 聞けば神殿に置いていたシンボルだったのだとか。

 と、まぁその話は置いといて、彼女は可能ではあるが、その間守って欲しいとも言った。

 また宝具発動中も魔力供給が必要だと。

 あまりにも危険だ、生命が幾つあっても足りないだろう。

 だが立香君は迷わずにやろう、と言った。

 恐れがあることは間違いないだろう、だが、それでも強く、はっきりと。

 それを聞き届け、ギルガメッシュ王はニヤリと笑う。

 良かろう、とそう言い今の立香の返答を以て、ティアマト迎撃作戦、開始の号砲とする!

 全兵士はサーヴァント:レオニダス、牛若丸、武蔵坊弁慶と共に城壁にてウルクの守護を! 巴御前、風魔小太郎はカルデアのサポートへつけ!

 これよりジグラットに残るものは王のみである!

 何があろうとも、城壁から離れることは許さぬ!

 では行け! 事を成し終え、もう一度我の元へ戻るがよい!

 さぁ、真なる神との訣別の時だ! という言葉を背中に受けて、俺たちは飛び出した。

 

 そうして飛び出してから、約二時間ほど経過しただろうか。

 もうちょい遠くにいてくれないかなぁ、という俺の気持ちに反してティアマト神は、遂にその姿を現した。

 ──でかい。

 もうただシンプルにその一言が出て、それからその周りを飛び交うラフムの多さにゾッとした。

 あの日の比ではない。

 空がやつらの色に染まって見えるほどの多さ、これ、ケツァルコアトルを守り切るなんてできるのかよ、そう思うがしかし、できるできないではないのだと、そう思う。

 やるしかないのだ、やれなければ、黙って死にゆく運命を受け入れるしかない。

 先に行くわよ、とイシュタルが先陣を切る、それについていくようにケツァルコアトルと立香君たちが乗った翼竜が速さを上げた。

 それを見ながら翼竜から飛び降り泥の上に着地する、魔術が無ければ余裕で沈んでいるだろう、魔術様様だ。

 近づけば近づくほどに、泥の汚染が強まっていく、それに比例して、異質な形に変化したラフムが多く見られた。

 パッと見だけで、普通のラフムよりずっとやばいと、そう察する。

 だがそれでも戦うしかない、

 準備は良いな、と問いかければ、返ってきたのは各々の、肯定の返事だった。

 

 金属音が、高らかに響き渡る。

 炎が走り、血が跳ね、悲鳴が劈き、光が落ちる。

 ここはそういう戦場だった、間違いなく、これまで戦ってきた中でも最も異質な戦場。

 パチャリと泥の上を跳ねるように駆け抜ける、ラフムの軍勢はもう、数えるのも馬鹿らしいほどにいた。

 ラフムが叫ぶ、既に俺たち人間と、同レベルの言葉を用いて"人間だ""殺せ"と、狂ったように何度でも、叫びを上げながら突っ込んでくる。

 振り抜かれた、既に腕とは言えない──例えるのであれば甲殻類の脚のような何かを紙一重でかわす。

 いや、正確に言えば余裕を持って身を捻ったつもりだったのに、結果的に紙一重となった。

 馬鹿げてるだろ、早すぎる……! グッと礼装を握りしめながら降り掛かってきたもう一本のそれを力づくで受け流せば、瞬間眼前のそいつは蹴り飛ばされた。

 ライダーさん! 助かったとそう言おうと思ったがしかし彼女が前に出すぎです、下がってください、と叫ぶように前に出る。

 いや好きで出たわけじゃないんですよ……結果的にそうなっただけで……とか言っている暇はない。

 やつらは掃いて捨てるほどいるのだ。

 前にライダーさんとカーミラ、後ろに鈴鹿が付き、巴御前と小太郎が互いをカバーしながらラフムを相手する。

 俺たちの役目はケツァルコアトルと立香君へ向かうラフムの足止めだったが、しかしこれだけ多ければあまり意味を成さなそうだ、とも思ったがそうでもない。

 大体半分くらいの数がこちらに向いている。

 そのことに少しだけホッとして、それから気合を入れ直す。

 いくら守られているとは言えこの状況では完璧にそれをこなされるというのは不可能だ。

 当然穴はできるし、そこからラフムはやってくる。

 ケラケラと耳に障る笑い声を垂れ流しながら振り抜かれた一撃を受け流す。

 基本的にやつらの攻撃はその二本の腕での単調な攻撃のみだったが、しかし尋常ではないパワーとスピードが加われば一苦労なんてものではなかった。

 だが、それでも俺はラフムの猛攻を捌ききれていた。

 このまま延々と続けろと言われれば無理があったが、それでも今この瞬間、俺はまだ自力で生き残っていた。

 それはきっと、否が応でも積み重ねざるを得なかった経験のお陰だろう。

 その経験こそがこいつらを上回っている唯一のものであることは確かだったからだ。

 不意に、一撃一撃に、かつてのスカサハの一撃を見る。

 あの光の速さとも思われた朱色の槍が、悍ましい色をしたラフムの腕と重なって見えて、しかしそのお陰で軌道が見えた。

 無理に受け流したせいで腕が痺れを覚える、が、それでも構わず礼装を握り直す。

 この程度で怯んでは、笑われる。

 そう思った、だからこそ恐れず一歩踏み込めた。

 そのかつてのガウェインすら思い出させる硬質な皮膚に、どうにか傷を付けようとは思わない、俺が倒す必要はないからだ。

 極度に接近した俺に第二撃が降りかかる、それをギリギリで躱せば、直後に刀がラフムのその、大きく開けられた口へと突き立った。

 ドズリ、と鈍い音が響き渡る、今の今まで動いていたせいかビクビクと動いているその身体を蹴り倒して刀を引き抜けば即座にそれは泥へと変わり、その後ろからラフムが飛び出した。

 反射的に刀を突き立てる、バキリと刀が折れて、ラフムがニヤリと笑う。

 瞬間、右腕が切り落とされた。

 焼けたような痛みが駆け抜ける、直後にライダーさんの鎖がそいつに巻き付き宙へと投げた。

 それを見ること無く、泥を蹴りつける。

 血はとめどなく溢れていた、だがそれでも関係はない。

 まだ死んでない。

 そう思い礼装を起動して、瞬間カーミラが駄目! と叫ぶ。

 ラフムの笑い声が、いやに近くで聞こえた。

 

 ドズリ、と鈍い音が響き渡る、今の今まで動いていたせいかビクビクと動いているその身体を無視して礼装を起動した。

 落ち着け、と己に言い聞かせる。

 攻めるな、守れ、躍起になるな。

 即座に展開された銃を幾度も撃ち放つ、ダメージにならずともほんの少しの動きさえ止めれば直後にそいつは巻き上げられて投げられた。

 先程のようにそれを見ること無く、思いっきり横に飛び込んだ。

 刹那、ラフムの二本の腕が、泥へと叩きつけられる。

 バシャリとどす黒いそれが大きく跳ねる、視界が遮られて、これはまずいと更に下がれば同時に背後を掠めるように薙刀が振り下ろされた。

 焔を纏い、空を溶かすような一撃が真後ろのラフムを叩き斬る。

 それに動揺しかけた俺に巴御前は前、集中! と叫び矢を射った。

 音すら置いていくような速さで数本の矢が身体を掠めて通り抜ける、直後に跳ねた泥の先にいたラフムへと突き刺さりその身体を激しく燃やした。

 苦悶の声をあげたそれに刀を突き刺し仕留め、その身体が溶け切る前に放り投げる。

 宙でバシャリと泥へと化したそれは一瞬数体のラフムの視界を遮って──しかし迷わず放たれた一撃が脇腹を抉り飛ばした。

 叫びを上げる、痛みを誤魔化すように限界まで叫んで礼装を振るうと同時、視界が真っ黒に染まった。

 

 苦悶の声をあげたそれに刀を突き刺し仕留め、その身体が溶け切る前に放り投げる。

 あいつら視界を共有でもしてんのか……!?

 そう思いながら全力で下がる、同時に伸ばされたそれの軌道を逸せば小太郎と背中があった。

 短く、大丈夫ですかと、問われ、それにまだ平気と返す。

 まだ、まだ大丈夫。

 それを聞いた小太郎は良かった、と言ってから目の前のラフムの首を捩じ切って、直後に泥の下から出てきたラフムに叩きつけられた。

 思わず彼の名前を叫び、振り落とされた一撃を逸らそうとして、横合いから腕ごと引きちぎられる。

 目の前を自分の腕だった肉塊が回転するように通り過ぎ、直後に目の前で血しぶきが派手に散った。

 ──意識を、切り替える。

 悲しむ暇も、ショックを受けている余裕も今はない。

 グルリと半回転して、もう一度きたラフムを躱す、痛みを噛み殺すように奥歯を噛み締めながらその口へと刀を突き刺そうとして弾き上げられた。

 眼前を二体のラフムが支配して、その口が嫌らしく歪んだ瞬間勢いよく鎖に巻きつかれ、引っ張られた。

 ライダーさんに抱きしめられる、早く治療を、と悲鳴をあげるように言った彼女を、死角から現れたラフムが、俺ごと突き刺した。

 

 それを聞いた小太郎は良かった、と言ってから目の前のラフムへ飛びかかろうとして、それを無理やり止める。

 襟を引っ張りこちらへ引き寄せれば、彼は何を、と顔を歪めたが、直後に泥から飛び出したラフムを見て、助かりました、と言いながら俺を掴んで宙へと跳んだ。

 直後、真下で二体のラフムが交差するように獲物を振り下ろす、その瞬間を狙うように、小太郎の手から巨大な手裏剣が放たれた。

 ズバン、と抵抗なく身体を真っ二つに切り裂きその横に着地すれば、その手裏剣は軽い煙とともに姿を消した。

 あれも忍法なのか……そう思いながらも意識は目の前からそらさない。

 ケタケタと、如何にも余裕そうに、新たな玩具を見つけたようにラフムが地を蹴った。

 その動き自体は、いつか戦ったエジソンと似た読みやすい動きだった。

 ラフムは無限とも思えるほどいたが、それぞれに個性とでも言うべきものがあるようだ──そう、ちょうど俺たち人間のように。

 単調な一撃が頬を掠める、俺の眼はいい加減その速さに慣れてきていた。

 身体は若干遅れてついてくるが、無理やり礼装を重ねがけしてカバーする。

 少しだけできた隙を庇うように他のラフムが腕を振るう、それを緊急回避で躱すと同時にラフムの頭を両手で掴んだ。

 瞬間、跳躍。

 他のラフムの一撃を躱そうと勢いよく、自動的に跳んだ俺の身体はラフムを連れてきて、思いっきりそいつを投げ飛ばした。

 すかさず幾十もの刀が飛来する、一瞬にして串刺しにされたそいつは真上で溶けて、かぶる寸前でライダーさんが天馬と共に俺の身体を抱えて飛んだ。

 直後、その更に真上から、黒い闇が降ってきて、強烈な一撃──いや、多撃が全身を隈なく潰した。

 

 すかさず幾十もの刀が飛来する、一瞬にして串刺しにされたそいつは真上で溶けて、かぶる寸前でライダーさんが天馬と共に俺の身体を抱えて飛んだ。

 直後、令呪を切る。

 焼けるような感覚が手の甲を駆け抜けて、同時にライダーさんが俺を投げ飛ばしてから光と化した。

 軽い衝撃とともに小太郎に受け止められる、刹那、真上で激しい衝突音が響き渡った。

 黒い闇と思われたそれは、何百にも重なったラフムだったのだ。

 一体一体は軽々と蒸発させられても、あれだけ重なればライダーさんの火力が間に合わない。

 故に、迷うこと無く令呪を切ろうとして、足を、掴まれた。

 集中する間もなく引きずり込まれる、それに気づいた小太郎が足元に手裏剣をぶち込もうとして弾き飛ばされた。

 泥が身体中へと纏わりついて、染み込んでいく。

 直後、胸の中心に鋭い衝撃が走った。

 

 すかさず幾十もの刀が飛来する、一瞬にして串刺しにされたそいつは真上で溶けて、かぶる寸前でライダーさんが天馬と共に俺の身体を抱えて飛んだ。

 ──令呪を、二画重ねて命ず! ぶちのめせ、ライダーさん!

 叫ぶと同時に投げられて、次はカーミラに受け止められる。

 助かったと叫びながら飛び退いて、展開し直した銃を真下へ撃ち続けながら駆け抜けた。

 飛び出た腕が数発の銃に弾かれて、それごと身体をカーミラの一撃が叩き殺す。

 上空で、流星が闇と衝突し、全てを磨り潰した後に力なく宙へと漂った。

 天馬が血まみれで落ちていき、ライダーさんが受け身も取れずに落ちていく。

 そこを巴御前が受け止める、けれどもライダーさんは意識を飛ばしているようだった。

 大量のラフムが二人に襲いかかる、それを援護するように礼装を展開するが、しかし俺程度では意味をなさない。

 そちらに意識を割いたカーミラが俺のカバーに入る、小太郎は間に合わない、鈴鹿が操作し飛んだ刀が途中で他のラフムに止められる。

 迷っている暇はなかった、残った令呪を切るが、しかしもう、間に合わない。

 二人の姿はラフムへ飲まれ、直後に投げ飛ばされた。

 ふわりと宙を舞う、泥を滑るように転がればカーミラがラフムに飲み込まれて消える。

 こちらへ伸ばした腕だけがボトリと落ちて、光と消えていくのを見ながらそれでも泥を蹴りつけた。

 止まるわけにはいかない、切り替えろ、切り替えろ。

 そう思うがしかし思考は止まりそうになる、小太郎が俺を見ながら何かを叫んだ、聞き取れずとも鋭く横に飛び、しかし足元から出てきた腕が俺を掴んだ。

 ラフムの連撃が、俺の身体を磨り潰す。

 

 大量のラフムが二人に襲いかかる、クソッタレがと叫びながら令呪を切った。

 ライダーさんが目を覚ましてももう、間に合わない。

 だから──焼き尽くせ! 巴御前!!

 刹那、太陽が顕現する。

 滾る私の想いの一矢(ノウマク・サンマンダ・バザラガン・カン)!!

 圧倒的な熱を用い広がった爆炎が、津波のような勢いで襲いかかったラフム共を一瞬にして灰へと化し、彼女は鋭く下がった。

 同時に降り掛かってきたラフムを薙刀で叩き斬る彼女からライダーさんを受け取り回復のスクロールを使用する。

 数秒の時を持って彼女は目を覚ました、それに良かったと呟こうとしたその瞬間、ドン、と突き飛ばされた。

 他の誰でもない、ライダーさんに。

 何を、と思う前にその理由は目の前で起こった。

 俺を突き飛ばしたライダーさんが、ラフムの群れに飲み込まれて消えていく。

 一瞬の油断が命取りだと分かっていながら、ほんの少し、気を抜いてしまった。

 その結果がこれだ、けれども、後悔している時間はない。

 間髪入れず襲いかかってきたラフムの一撃を受け流す、ようやくこいつらの攻撃の上手い受け流し方が分かってきた。

 第二撃もすかさず流し、だめになった刀を捨てながら赤い短刀を口のような頭へ押し刺し捻じり飛ばす。

 直後、ラフムの群れが踏み込んできた。

 俺を守るように刀の雨が降る、それでもやつらは止まらない、が、猶予はできる。

 そしてその猶予を以て、巨大な鋼鉄の処女は顕現した。

 ばかりとその腹を開き、ラフムを飲み込み刺し殺し──直後にグンッと視界が動き、掠めるように一撃が泥へと突き刺さる。

 カーミラ! 助かった。

 そう言うが彼女は気にもとめず、頑張りなさい、足は止めないで、前を見て、と言う。

 それに頷き短刀を構え、また一撃を受け流すと同時、バギリ、と不快な音が響く。

 カーミラの宝具が、砕かれて、ラフムの大軍勢が雄叫びを上げる。

 そのあまりの叫声に顔をしかめると同時、カーミラが足を掴まれて、それを認識した直後、真上からの衝撃が意識を刈り取った。

 

 同時に降り掛かってきたラフムを薙刀で叩き斬る彼女からライダーさんを受け取り回復のスクロールを使用しながら駆け抜ける。

 少しの時間を以て、目を開いた彼女に、良かったと思いながらも足は止めず、グッと踏み込み大きく跳んだ。

 瞬間、衝撃音。

 真後ろで巨大なラフムの軍勢が泥へとぶつかり、それから不機嫌そうに俺たちを見た。

 けれども不安はない、俺の隣にはライダーさんがいる。

 彼女が俺の腰を掴んで勢いよく泥を蹴りつける、同時、ラフムの軍勢は飛び込んできた。

 焼き増しのようにカーミラの宝具が顕現する、けれどもそれに合わせるように励振火薬の入った袋をそのまま、ありったけ投げつけた。

 瞬間、ラフムの大軍勢が押し込められ、串刺され、逃げ場のないそこで巻き起こった大爆発にその身を塵にする。

 だが、油断はしない、気は抜かない。

 ライダーさんの手から離れて直ぐに短刀を引き抜き、直感のままに背後へ振るう。

 激しい衝撃が右腕を貫いて、それでも背後の一撃から身を守り、第二撃が来る前に釘剣が頭を貫いた。

 姿が泥と化して溶けていく、これだけ殺してもやはり数は減らない、まだかと上を見上げれば、ケツァルコアトルが空へとその身を投げた。

 

 何よりも熱い、全てを消し飛ばす太陽風がティアマトの、その足元へと吹き注ぐ。

 瞬間周りの泥が蒸発して飛んでいく、流石にラフムもアレが一番やばいと思ったのか飛び出そうとして、そこを叩き潰す。

 行かせるものかよ、ここでくたばってろクソどもが。

 ここが正念場だ、彼女がこの泥を全て蒸発させるまでが勝負所。

 そう思ったが、しかしそこまで覚悟を決める必要はなかった。

 飛来してきた翼竜たちが俺たちを迎えに来る。

 えっ、もう大丈夫なの?

 そう思いながらも乗り込み、空へと浮き上がれば瞬間的に足元のケイオスタイドは蒸発していった。

 ケツァルコアトルの切り札とも言える、その宝具は俺達の想像を遥かに超えるほど強力なものだったということだ。

 視界に入る泥の全てが、一瞬で灼き払われていく。

 これが、神霊の全力ってやつか……とんでもねぇな……

 ホッと息を吐きながら、それでも誰も死なない未来を勝ち取れて一先ず良かったと、思う。

 そう、思ってから、しかし目を見開いた。

 ティアマトの、足元から、ケイオスタイドが、発生している!?

 バッと勢いよくケツァルコアトルを見る、彼女もそれに気づいたのか、収めかけていた宝具を再度発現した。

 その彼女へと向かって、ラフムの大群がやってくる。

 迷うことはなかった、ただありったけの魔力を注ぎ込んでカーミラの名を叫ぶ。

 瞬間、幻想の鉄処女は中空に現れる。

 自重で落下するそれは多くのラフムを叩きのめし、また猛然と進んできたラフムのその尽くを閉じ込めた。

 それを見て、ふとファラリスの雄牛という刑罰を思い出す。

 真鍮で出来た牛の像の中に人を入れ、真鍮が黄金色になるまで炙り殺すとかいうイカれた刑罰である。

 まぁ今目の前に在るのは牛ではなく鉄処女では在るが、大きな差は無いだろう。

 下手な炎よりもずっと火力の高い太陽風がケイオスタイドを飛ばすついでに、急速に、そして容赦なくその内部の熱を上げて全てを炙る。

 その火力についに耐えきれなくなり幻想の鉄処女が壊れた時、その中からは大量の泥しか出てこなかった。

 それを見ながらケツァルコアトルが笑って叫ぶ。

 良いわね! とっても良い! 貴方達が守ってくれるなら、私もそれに応えましょう! 意地でもこれは止めないわ! 私が燃え尽きるか、エレシュキガルの準備ができるか、文字通りの泥試合デース! と、元気よく、絶望なんて微塵も感じさせない表情で、そう言い切り、続けて言葉を続け、しかしティアマトが大きく叫んだその瞬間、言葉を止めた。

 丸一日、勝負を長引かせてあげ──なんですって? と、酷く焦りを帯びた顔で、即座に宝具を停止し緩やかに立香君の隣に降り立った。

 どうした──と、そう聞く前に彼女はアイツ、とってもタフかつルール違反の悪役(ルーダ)デス! まともにやっては勝ち目がありまセン! と言った。

 そのくらい、言われずとも分かってる、だからこそケツァルコアトルはその身を焼き尽くすつもりであの宝具を展開したのでは? そう聞けば彼女は、いえ、あれでは駄目なのデース、と悔しそうに言葉を切る。

 それを聞いてイシュタルが、ちょうど良いわ、と言った。

 どちらにせよ、貴方が燃え尽きるまで太陽になっているところなんか黙ってみていられないもの、ここは私の奥の手で──と、そう言いかけた彼女に、ケツァルコアトルはそれが良くないの、と言ってから、言葉を続けた。

 アイツ、飛べるわよ、と。

 ──え、はぁ?

 思わずそう言って、その気持を代弁するようにイシュタルが嘘よ! と叫んだ。

 ティアマト神は()の女神! 決して(アン)には近づかない! そう続けて言うイシュタルに、しかしケツァルコアトルは笑った。

 えぇ、その通り、けれども、これは間違いようのない事実、だから、ね、立香? と彼女は不意に立香君の名前を呼んだ。

 へ? と呆然したような彼を、彼女はギュッと抱きしめ頬にキスをする。

 いや何やってんだ? そう思ったのは俺以上に立香君だろう、真っ赤な顔をして何を!? と言うがそれを意に介さずケツァルコアトルは元気を貰いました、とエヘヘと笑い、それから俺を見た。

 アナタも分かっているとは思いますが、その在り方はいずれ破綻するべき在り方。

 それは誰しもが耐えられるものでもなければ、受け入れられるものではない。

 否、受け入れるべきではないものだった。

 それでも貴方はその全てを飲み込み背負ってきた、私はそれを矯正すると言いましたが、それは撤回しましょう。

 私も一柱の神、この短い時間でも、ちゃんと見続ければ理解りました。

 貴方はきっと、現代の英雄なのでしょう。

 本来であれば、平和かつ穏やかな生活に埋もれ、日を浴びることは無かったはずの素質、器量。

 それがその旅で見いだされ、磨かれた。

 それを私は善しとはしませんが、しかし認めましょう。

 他の誰かが何を言おうとも、この()が保証します、ですからどうか、道は誤らぬよう。

 できれば私の愛しの立香君と共に、光ある道を歩き続けてください。

 では、また。

 いつの日か会いましょう。

 彼女はそう言って、拳を突き出した。

 それに何も言わず、右の拳を合わせる。

 俺を英雄とか目ン玉節穴か? とは思ったが彼女は神の名に懸けてそう言ったのだ。

 であればその称賛は素直に受け取るべきだ。

 後は任せて、そう言えば彼女はえぇ、よろしくね、と言ってからとっておきの空中技でノックアウトしてきマース! と飛び出し叫ぶ。

 メソポタミアの神、何するものぞ! 我ら南米の地下冥界(シバルバー)! 多くの生命を絶滅させた大衝突の力、見せてくれる!

 燃えろ闘魂! 炎、神をも灼き尽くせ(シウ・コアトル)──!!

 同時、顕現した、神々しくも恐ろしい火の鳥は、音を超え、光の速さでその翼へ変質しようとした巨大な角へと飛翔した。

 瞬間、爆炎、爆風。

 隕石でも落ちてきたかのような威力を内包したそれは全ての視界を爆炎で支配して、強烈な大爆発を巻き起こし──そして、ティアマトはその中から悠然と姿を現した。

 多少なりとも後退はしたが、直ぐにでも地を鳴動させ、その歩みを進め始める。

 ──よろしくね、と言われた言葉が蘇る。

 躊躇うことはなかった、ただ只管に立香君にジグラットへ戻れ! と叫び、翼竜とともにティアマトへと飛び込んだ。

 

 ドクターの駄目だ、逃げろ! と激怒したような声に、ごめん、任せた、とだけ言って通信機を投げ捨てる。

 それを見ながら、あぁ、勢いでやっちまったな、と思ったが後悔はしなかった。

 きっと俺はここで死ぬ、繰り返せることもなく、きっと本当に死ぬ。

 不思議とそう思えた、そしてその気持をどこか安らいだ気持ちで受け止めていれば肩を掴まれた。

 振り返ればカーミラがいて、何を考えているの! と非難するが、それでも力強く笑う。

 立香君を、死なせる訳にはいかないし──それに、足止めは絶対に必要だ。

 別に自暴自棄になった訳じゃないよ、これはそうすべきだったからそうした、それだけだ。

 それに、なんだかんだ皆着いてきてくれたじゃんか。

 そう言いながら、カーミラ、ライダーさん、鈴鹿、それからイシュタルに小太郎と巴御前を見る。

 俺なんかと一緒に来ていいの? そうイシュタルに聞けばあったりまえでしょ、と彼女は言う。

 貴方の最期を見届けて、それからきっちり魂回収してあげる、そうしたら貴方はもう、私の所有物じゃない? と。

 いや欲が強すぎる、ブレねぇな、と笑ってから後ろの二人に、マスターはギルガメッシュ王だけど、良いの? と問えば彼らは貴方のサポートにつけと、かの王は仰っしゃりましたからと言った。

 この命は既に、貴方と共に、どこまでも行きましょう、と。

 そうか、と一言だけ返し、続けて、じゃあ悪いけど、一緒に一晩明けた後に、死んでくれ。

 そう言った瞬間バチン、と頬に衝撃が走った、何が──? そう思えば目の前にライダーさんがいて、いいえ、死なせません、と言う。

 貴方だけでも生かして返します、絶対に、何があっても、死ぬことだけは許しません、と続けた彼女の後ろから、鈴鹿が、そもそも貴方が生きることを諦めるだなんて、有り得ないでしょ、と分かったように笑う。

 それから深く、大きくカーミラはため息を吐き、それから私も、私の全てを賭けて守るわよ、当然でしょ、と横を見ながら言った。

 それがなんだかおかしく、嬉しくて。

 堪えた激情が目の縁から少しだけ、本当に少しだけ、零れ落ちた。

 

 ティアマトへと流星が流れ落ちる、ラフムを蹴散らしながら衝突し、しかし微塵も勢いを殺せないやつを見ながら巴御前が弓を引いた。

 直後、焔が空を駆ける、幾本もの焔の筋を作りながら飛来しラフムを焼き殺し、出来た穴に刀の嵐が飛び込み弾かれる。

 同時、光が落ちた、何よりも美しく輝く閃光が尽くラフムを撃墜し、ティアマトすら飲み込まんとする巨大な幻想の鉄処女が降臨し、しかし破られる。

 だが作り上げられたラフムの穴へ焔を纏う暗器が乱れ飛び、やはり効果は成さない。

 目の前にあるのは間違いなく絶望だった、だが諦めることはなかった。

 目に見えるダメージにはならずとも、ほんの少しでも歩みを遅くできれば良い。

 事実ティアマトは時折歩みを止めかけることすらあった、それを何度も積み重ねる、何度も何度も何度でも。

 ありったけの礼装を展開する、己の限界なんて思いっきり無視して獣も武器も、銃器も機械も出し尽くす。

 何もかもを出し尽くす、知恵も力も、文字通り全て出し尽くして抵抗を図る。

 だがその抵抗も徐々に、しかし目に見える形で削がれてなくなっていく。

 翼竜は既に落ちていた、汚染が強まる泥の上に立ち、戦っていた俺達の中で次に貫かれたのは小太郎だった。

 その一身ごとラフムの大軍勢ごと燃やし尽くしながらティアマトへと踏み込みその歩みをほんの一瞬、瞬き程度の間だけ押し止めてその身体を塵へと化した。

 それを見届けながら叫びを上げる、限界まで魔力を回しながらもう一度礼装を展開しようとして、ふと、ラフムの一撃が死角から、差し込まれるように現れた。

 躱せない。

 そう思った次の瞬間、目の前で鮮血が飛び跳ねた。

 だが、それは俺のではなかった。

 紫の長髪を優美に揺らす、相棒──ライダーさん。

 彼女は刺し貫かれながらもラフムを仕留め、ゴボリと血を吐いた。

 応急処置をかけようとして、止められる。

 魔力は他に回せ、と叫ぶように彼女は言って、その言葉に直ぐに動けなかった。

 光と化していく彼女を見て、自分の時間が一瞬止まってしまう。

 鈴鹿の叫びにハッと前を見れば焼かれようが、閉じ込め串刺されようが止まらない、ラフムの軍勢が飛んできて──そしてその全てが、突如現れた大蛇の大群に絡め取られて落ちた。

 この蛇──まさか。

 そう思い下げていた視線を上げる、そうすればそこには、魔獣の女神:ゴルゴーンがいた。

 

 死のうが何をしようが、許すことは出来ないその姿を前にして、しかし俺は何も言わなかった。

 否、言葉を交わさずとも、見ただけで解かった。

 彼女はメドゥーサ(ゴルゴーン)であってもゴルゴーンではない。

 間違いない、彼女はアナだ。

 理屈なんて理解りはしないが、しかし彼女たちはその霊基、霊核を融合させたのだ。

 そうだろ、と言えば彼女は何で分かっちゃうんですか、と呆れたように笑った。

 何でって言われもな……前にも言ったが、お前たち似てるんだって。

 見た目云々だけじゃない、雰囲気とか、そういう……なんだろう、上手く言葉に出来ないけど、感じ取れるものが、似てるんだ。

 来るのが遅すぎ、とは言いたいけど、それでも有難う、助かった、と言えば彼女はもう一度笑い、それからその巨大な、ティアマトにも劣らぬ体躯でティアマト神へと対峙する。

 そこから行われたのは壮絶な戦いだった。

 光が降り注ぎ、焔が走り、金属音が幾度も響き渡る。

 無尽蔵に現れる大蛇が、同じく無限に湧き続けるラフムを食い殺し、また殺されながらも争い合う。

 そしてそのど真ん中でアナはティアマト神へと猛然とぶつかり、闇を凝集したような光を放つ。

 その一撃はティアマト神の顔に強烈に叩きつけられて、そしてようやくその歩みを止めた。

 そこまでしてようやく、ティアマト神はアナを認識したとでも言うように、赫灼の輝きを強く放つ。

 瞬間、爆音。

 アナの片腕が消し飛ばされる、それでも彼女はその巨大な尾を絡ませ地に叩きつけようとして──しかし、鋭い爪のように、幾つもの軌跡を残した輝きがそれを鋭く斬り飛ばした。

 彼女の絶叫が響く、だが、それでもアナはまだ! と叫び魔力と急激に練り上げた。

 ──宝具の展開、だが、間に合わない。

 三度放たれた輝きが、彼女の胸を、消し飛ばす。

 グラリと彼女の身体が傾いた、もはや叫びすらあげることのなかった彼女は力なく、道を開けるように横へと倒れ伏した。

 それを見て、ようやく走り出す。

 あの時駆けつけれなかった時のように、しかし駆け寄り、ごめんとありがとうを、絞り出すように言う。

 そうすれば彼女は弱々しく、私こそ、力になれませんでした、ごめんなさい、と言い、しかしだけど、と言葉を続けた。

 私では──ゴルゴーンとアナ(私達)では駄目でした、だけど、メドゥーサ(私達)ならどうでしょう、と。

 それに、いや、と首を振る。

 ライダーさんはもう消えた、俺を守って、その姿を消した。

 強く手を握りながら、彼女の今にも閉じてしまいそうな瞳を見ながら言えば、彼女はいいえ、とそれを否定した。

 メドゥーサ()はまだ、います、残滓であれども、しかし確実にまだ、ここにいる。

 そう断言する彼女に、だとしても、どうしろってんだと荒っぽく返す。

 呼ぶって、どうやってだよ。

 そう言う俺を見て、彼女は笑う。

 貴方は、魔術師でしょう。

 サーヴァントの呼び方を、忘れたんですか? 

 それを聞き、ようやく英霊召喚のことなのだと思い当たる、だがそれに気づいてもやはり無駄だと、そう思った。

 よしんば呼べたところで俺とライダーさんじゃあれは止められない、それはもう、ついさっき証明したばかりだ。

 悲鳴のようにそう言った、その周りでは、激しく刀が飛び交い、焔が散っている。

 だが、それを聞いた上でなおも、彼女は口を開いた。

 一際力強く、俺を嗜めるように。

 だから、"私達"と言っているんです。

 私一人では無理、私達二人でも無理だった──なら、三人なら?

 周りにあった全ての神性すら取り込み化け物と化したゴルゴーン、完全なる女神として顕現した(アナ)、そしてその狭間にいる、どちらの要素も兼ね備えたメドゥーサ。

 大丈夫、彼女はまだ、此処にいます。

 残った力を振り絞り、貴方が名前を呼んでくれるのを待っています。

 だから、お願い──彼女を、呼んでください、と。

 その言葉に、静かにうなずいた。

 

 刀が走り、ラフムが閉じ込められて落ちていく。

 焔が走り、俺たちを囲むように光が落ちる。

 それを頼もしく思いながらも、ポケットから小瓶を取り出した。

 超人薬、というかの獅子顔の天才が作った薬を覚えているだろうか。

 正直使えばどうなるのか分からなかったし、悪化なんてさせたら最悪だと思っていたから、使わずにいたそれの蓋を外して捨てる。

 何故かと言えば、正直魔力がもう、すっからかんに近いのだ。

 召喚できるほどない、だからこそ、これに全ての望みを託し、グッと流し込んだ。

 瞬間、やってきたのは奇妙な不快感と激痛、味わったことの無いほどの吐き気、理性を食い破らんとばかりに暴れる獣性。

 だが、それをドン! と力強く胸をたたいてねじ伏せる。

 女神に英雄とまで言われたのだ、この程度に負けてたまるかよ。

 そう強がりながら言葉を吐き出せば、それに負けたように不快感や痛みがすっと落ち込んだ。

 次いでやってきたのは、溢れんばかりの魔力と体力で、負いまくっていた傷は、ほとんど塞がっていた。

 流石天才、あの日取り上げたの持っておいて良かったぜ、そう思いながらグッと彼女へと近づいた。

 思い出すのは、数時間前に聞いたギルガメッシュ王の声、言葉。

 カーミラを召喚した際に教えられたその言葉をなぞるように、静かに言の葉を紡ぐ。

 ──素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。

 思い出すのは、かつてライダーさんを召喚したあの日のこと。

 ──降り立つ風には壁を、四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。

 彼女は親愛もくそもない、あぁ召喚されてしまった……と言わんばかりの目を俺に向けて口を開いた。

 ──閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 "物好きな人ですね、生贄がお望みでしたら、どうぞ自由に扱ってください"と。

 ──繰り返すつどに五度。

 何の感情も乗っていない、酷く冷たい声音だったのを覚えている。

 ──ただ、満たされる刻を破却する。

 それを考えれば、随分と変わったものだ。

 ──告げる。

 その冷たい態度は鳴りを潜め、暖かい言葉をかけてくれるようになった。

 ──汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 ふざけた冗談にも乗ってくれるようになった。

 ──聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

 何も言わずとも、傍に来て、支えてくれるようになった。

 ──誓いを此処に。

 だから、ライダーさん……

 ──我は常世総ての善と成る者。

 いや、もうそう呼ぶのはやめよう。

 ──我は常世総ての悪を敷く者。

 最初にそう呼んでいただけに、途中で変えるのは恥ずかしかった。

 ──汝三大の言霊を纏う七天、

 でもそれも、もうやめよう、だから、だから!

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──!

 来てくれ───メドゥーサァァアアアァァアア!!!

 ギュルリと風が逆巻き、それに膨大な魔力が乗って神々しい光の帯が展開された。

 同時に発生した激しい音が鼓膜を揺さぶる、それでも手を伸ばし、ただ、叫びを上げる。

 刹那、急速に膨張した光は爆発し、全てを飲み込み──そして、一筋の閃光が走った。

 かつてのアナが振るった際に見た、あの鎌の軌跡に似た何かが通り抜け、ティアマトの右角を斬り落とす。

 激しい悲鳴が轟き、それに呆然とすれば未だ満ちた光の中から、声が聞こえた。

 

「私を呼ぶとは、物好きな人ですね──とは、言いません。だから、代わりにこう言いましょう」

 

「やっと名前で呼んでくれましたね、お陰で応えることが出来ました。今度こそ必ず、私が貴方を守ります」

 

 そうして現れたのは、まるで光を纏っているかのような、真っ白く、美しい羽衣を羽織り、同じくらいの輝きを秘めた鎌を持つライダーさんだった。

 

 A──AAAaaaaaaaaaaAaaaAAAaaaaAAA──!!! という、歌声のような悲鳴が戦場に響き渡る。

 そのティアマト神を守ろうとラフムが周りを飛び交い、そしてその全てが一瞬で石と化して墜落していった。

 えっ、石化の魔眼……だよな? と思い振り返ればメドゥーサはその黄金の瞳を輝かせ、ふわりと笑う。

 そんな彼女を見れば、自然と笑みがこぼれた。

 もう、絶望は微塵ほどにも感じていなかった。

 そこにあるのはもう、眼が潰れるくらい明るい、暖かくて優しい希望だけだった。

 ようやっとまともな反撃開始ってわけね、と鈴鹿が笑う、遅すぎじゃない? とカーミラが苦言を呈すが、しかしその口元は少し上がっていた。

 けれどもその言葉に、メドゥーサは静かに首を横に振るう。

 いいえ、下手に希望を持たせる訳にもいきませんので言いますが、今の私でも、かのティアマト神を討つことはできないでしょう。

 なにせあちらは覚醒しつつある、"本物"の神、そもそものスペックが違いますし──まず、前提として私達だけでは勝てない、この時代の全てが協力しなければ勝てない相手だからです。

 角を切り落とせたのすら、あのケツァルコアトルの尽力があってこそのものですし、あの攻撃自体も私のとっておきのようなものでした。

 とは言え別に諦めましょう、と言うつもりはありません。

 私達は足止めができれば良いのですから──だから、そのために。

 力を貸してくれますか? マスター、と彼女は言った。

 その言葉で全てを察し、ただ一言、できるのか? と問えば彼女はお任せください、とうなずいた。

 十全に補充されるどころかその身から溢れんばかりの魔力を全て彼女に注ぎ込む、同時に彼女は飛び立った。

 かつて──ゴルゴーンが俺たちと対峙した時、彼女はこう言った。

 "既に姉もこの身へ取り込み複合神性と化した。"と、そう言ったのだ

 それはつまり、いつか出会った女神ステンノ、女神エウリュアレを取り込んだということに他ならない。

 そしてそのゴルゴーンは今や、アナと共にメドゥーサと混じり合っている。

 つまるところ、今のメドゥーサはメドゥーサという一つの存在どころか、神話にもあるゴルゴーン三姉妹、その全てが集まった存在──言ってしまえばスーパーメドゥーサさんだ。

 さて、ここでメドゥーサだけでなく、女神ステンノ、女神エウリュアレの持つ、力の共通点を考えてみる。

 否、考えるまでもない。

 彼女らの持つ最も強力な力──それ即ち『停止』の力。

 石化の魔眼然り、女神ステンノ、女神エウリュアレの宝具しかり、その真価は停止に在る。

 ということは必然的に、今のメドゥーサの力、その真価はそれにある。

 と、まぁゴチャゴチャと並び立てたがつまり、俺の言いたかったことってのは──。

 瞬間、溢れんばかりの魔力がそのままゴッソリと消し飛んで、神々しいとすら思える光が、世界を染め上げた。

 ほんの数秒だけの支配、瞬きを数回しただけで収まったその光の後に残ったのは──動きを完全に止めずとも、しかし微動、と言っていいほどの動きしかできなくなったティアマト神と、その周りで完全に石と化したラフムだった。

 

 やるじゃない! アナタ最高よ! というイシュタルについていくように空を駆ける。

 このスーパーメドゥーサ、飛べるのだ。

 それに皆してしがみつき、みるみると離れていくティアマト神を見る。

 このペースで行けばやつがジグラットに着くのは後半日はかかるだろう。

 それだけあればエレシュキガルもギリギリ間に合う……かもしれない。

 間に合わなかったらその時はその時だ、もう一度、命を捧げてでも止めてやる。

 そう考えていれば、ジグラットには殊の外すぐ着いた。

 まぁ、あのイシュタルの速さについて行っていたのだから相当早いのは分かっていたのだが。

 それでも時間にしてしまえば一時間程度といったところだろう、早すぎる。

 流石にビビって引き笑いするレベルだ、しかしそんなことはおくびにも出さずにジグラットへと降り立って、そのまま王座へと駆け込んだ。

 そこにはあいも変わらずギルガメッシュ王が、余裕たっぷりに、笑みを浮かべながら腰掛けていた。

 ハ、と彼が笑う。

 随分と無茶をしたようだが──良く、やった。良くぞ戻ってきた。

 お前たちの戦いを称賛しよう、見事であった。

 まさか──本当にティアマトめを止めるとはな。

 暫しの間、その身を休ませろ。

 直ぐに酷使することになる──そう言いかけた彼に、しかし、と口を挟んだ。

 休むわけにはいかない、ティアマトの動きは遅らせられたが、しかしラフムは未だに湧き続けている。

 抵抗しなければ──そう言った俺に、それでもギルガメッシュ王は笑った。

 いらぬ心配をするな、未だウルクは健在だ。

 この時代の民、そして我の呼びかけに応えた英霊が押し留めている。

 直ぐに落ちはしまい、安心せよ。

 貴様らの使い所は此処ではない、それを自覚しろ。

 そう言った彼に歯噛みする、だが事実として、俺達は満身創痍だった。

 いくら超人薬でドーピングしたとは言え、一時的なものだ。

 既に身体が変調をきたしている、その上メドゥーサ含め、全員が限界だ。

 それを認め、了承する。

 そうすれば彼は、一度カルデアのロマンとも顔を合わせておけ、と言ってから立香君が休んでいる場所を教えてくれた。

 王座の直ぐ側だ、それに礼を言ってから足早に部屋へと向かう。

 そっと扉を開ければ、そこにはたくさんの寝具が並んでおり、その中で立香君達は気絶したように眠っていた。

 その彼が外し、置いていた通信機を手に取りドクター、と呼びかける。

 レスポンスは何よりも早かった、どうかしたかい!? と見慣れたウィンドウが眼前へと展開されて、直後に彼は言葉を失った。

 俺の姿を見て、ぼうぜんとしたように口を広げてから、涙を流す。

 既に泣き腫らしたように赤くなっていたその優しげな瞳からボロボロと涙をこぼし、俺の名を呼んだ。

 その姿に思わず笑い、それからいやごめん、生きてたわ、と言えば彼は良かった……と言葉を絞り出し、そして勢いよく画面の端へと押し寄せられた。

 ダ・ヴィンチちゃんである、その大きな瞳をウルウルとさせながら君ねぇ! と叫ぶように言い、しかし言葉を止める。

 あの俺の行動が、100%間違いではなかったことは確かだったからだ。

 俺たちが抵抗したことで、結果的に立香君たちの撤退の安全性は急激に上がった。

 だからこそ、言葉をつまらせ、しかしそれでも苦しそうに言った。

 二度と、二度と自分の命を自ら捨てるような真似だけはするな、許さない、君が死ぬなんて、私は許さないからな、と。

 いつもとは違い、その弱々しくなった声に分かってる、と返す。

 それから、心配とか、色々させちゃって悪かった、気をつけるよ、と。

 そう言えば彼女らは気をつける、じゃなくて絶対守るんだ! と言った後に、一先ず今は休もうか、と言った。

 こちらでも観測したデータを集計し終えた、ティアマト神がウルクに到達するまでは後7時間少しあると思われる。

 それまでは、ゆっくりと、休んでくれ、とそう言い、それに素直に頷き、手近な寝具へ横たわる。

 途端に張り詰めていた意識は解けていき、瞼はゆるりと閉じていった。

 

 ズン、と都市を揺らさんばかりのあまりにも重く、鈍い衝撃が走り、全身を揺さぶる。

 それでバッと目を覚ませば、そこには俺を呆然と見つめる立香君。

 こ、これ、夢……? と言った立香君にいや現実、何やかんやで生き残った、とそう言えば彼は良かった、良かったぁぁああぁ! と涙を流した。

 どれだけ自分が傷つこうとも、悲しい思いをしようとも、涙すら流さなくなった彼は、しかし誰かのためには涙をこぼすのだ。

 心配かけてごめんな、と言ってから、取り敢えず出ようか、と上着を羽織りながら走り、一先ず王座に行くが、誰もいない。

 頭を回す、この状況でギルガメッシュ王であれば恐らくは──。

 そう思えば立香君は外へと飛び出した、それを追うように走れば着いたのはジグラットの頂上だった。

 そこにはギルガメッシュ王がいて、その眼前には巨大な黄金の鎖に絡まれたティアマトがいた。

 その光景に呆気に取られていれば、ギルガメッシュ王は目を覚ましたようだな、と言った。

 丸一日も寝れば流石に少しは休めたであろう、どうだ? と彼が聞き、その言葉に頭を驚きで染められる。

 一日!? 馬鹿な、それだけの間休んでいたとか、は? 起こしすらしなかったのかよドクターは!? と思うがしかし、彼の満足そうな笑みを見て全てを察する。

 俺たちは、休ませられたのだ、このギリギリの時間まで、少しでも回復をさせてもらったのだ。

 見ればわかる、残っていたはずの牛若丸や、弁慶、レオニダス王に茨木童子まで、もういないから。

 眼前の鎖に加え、彼らの尽力によって、今があるのだろう。

 目の前の鎖が何なのか、俺には分からないがしかし、立香君は納得したようにそれを見据えている。

 きっと、俺には知り得ぬ何かがあったのだろう、後でじっくり聞こう、そう思いながらありがとうございました、とそれから充分休めました

と返す。

 それにギルガメッシュはそれは重畳、と言う。

 では、この後は任せられるというものだ、と穏やかにティアマト神へと目を向ける。

 見ての通り、ティアマト神は我らが目前、あと数歩こちらに踏み込めば全て灰燼と化すだろう。

 だが──ハ、その一歩があまりに重い。

 わずか数刻の束縛だったが、しかし気の遠くなるような永劫だった。

 ──さらばだ、天の遺児よ。

 以前の貴様に勝るとも劣らない仕事──見事であった。

 天の鎖はついに、創生の神の膂力すら抑えきったのだ。

 そう言い切った直後、その巨大な鎖は限界を迎え、バギンと大きな亀裂を入れて砕け落ち、同時にエレシュガルの声が響いた。

 ウルクの地下と冥界のとの相転移、完了したわ! 後は穴を、開けるだけ──! と。

 しかしそれと同時に、真っ赤な閃光は光り輝いた。

 それは間違いなく立香君を狙っていて、そして誰よりも早く動いたのはギルガメッシュ王だった。

 だが、それとほぼ同時に俺の身体は動いていた。

 見たことがある光だった、だからこそかの王と同じくらい早く動けて、その彼を弾こうと全力で飛び込み──戯け!

 ドン、と力強く弾かれた、刹那、その光はギルガメッシュ王の胸をぶち抜き通り過ぎる。

 彼はゴボリと血を吐き出して、それでも俺を見た。

 本当に、度し難いほどの愚か者だ、だが、その忠義は見事であった。

 何、気にするでない、ほんの致命傷だ。

 それより貴様は、貴様らは無事であるな? なら良し、と言ってから彼は、ここからが本番だと叫び、イシュタルの名を高らかに呼んだ。

 それに呼応して、ようやっとね! と直上からもうすっかり聞き慣れた声が響く。

 準備はもうできてるけど──アナタはそれで良いの? とギルガメッシュ王に問いかけたが、彼は無論だ、と返した。

 何を悲しむことがあろう、我は二度友を見送った、一度目は悲嘆の中、だが此度は違う。

 その誇りある勇姿を、永遠にこの目に焼き付けたのだから、と。

 それを聞き、彼女はそっちじゃないわよ、バカ、と呟き空へと舞い上がる。

 ちょっとだけ悔しいわね、イシュタル()──さ、アンニュイなのは終わり! 

 未練もろともふっ飛ばす──行くわよ! 注文通り、容赦なくぶち抜いて上げる──!!

 瞬間、莫大な光の奔流が、彼女を中心に渦巻きその大きさを膨らませる。

 それを見ながら、彼は血を流しながらも口を開いた。

 真なる神との訣別、ときたか。

 我ながら勢いで、たわけた事を口にした。

 であれば、我が残る訳にはいくまいよ。

 良いか、良く聞け。

 確かに、このウルクは滅びるであろう。

 だがティアマト神と、この特異点の起点となる我が消え去れば、その結末は違う解釈となる。

 滅びるのは飽くまでウルク第五王の治世のみというわけだ。

 続く第六王の時代は健在だろう。

 倒されなければならぬのは、ティアマトだけにあらず、この我も、この先には不要だったというわけだ。

 唯一の懸念は死に方だけだったが──都合よく傷を負えたわ。

 故に、礼を言うぞ、無論、これまでのこと、その全てにだ。

 貴様らは異邦人であり、この時代にとっての異物であり、また余分なものであった。

 しかし、その余分なものこそが、我らだけでは覆しようのない滅びに対しての切り札となりえた。

 ──時は今満ちた。

 すべての決着は、貴様らの手に委ねるものとする。

 そう言いながら彼は俺たちの後ろにいるサーヴァントへ目配せをした、直後グンと身体を引き寄せられて、ジグラットから鋭く離れる。

 駄目だ、と叫ぶが動きは止まらない。

 ギルガメッシュ王が、俺たちを見て、優しく微笑んで。

 そしてティアマト神は彼ごとジグラットを踏み込み──そして、超弩級の光が、空から落ちた。

 

 離れたものの、その衝撃はその場にいた全てを吹き飛ばし、整えようとする態勢を軒並み崩す。

 しかしメドゥーサがいる以上落下はしない、鈴鹿やカーミラ、巴御前にも助けられながら風を全身に受けていれば、はい、貴方達に冥界での浮遊権を許可します、という声が耳朶を打つ。

 瞬間、支えられずとも、足を空を踏みしめた。

 え、どういうこと──そう思いながらも階段を降りるように地の底へと降り立てば、良く来たわね! と声をかけられた。

 振り返ればそこには、いつか見たイシュタル──エレシュキガルがいて、立香君が嬉しそうに手を振り、それに彼女が優しく振り返す。

 俺はと言えば何を言えば良いのかも分からず、ただ久しぶり、と言い、彼女もまた、そ、そうね! と言ってから少しの沈黙が降り立った。

 いやなんだこの恥ずかしさ!? そう思えばエレシュキガルはそれより、と言ってから指差し言った。

 もう大丈夫よ、と。

 それに従い視線を向ければそこにはティアマトがいて、その身体には幾つもの、強烈かつ強大な雷がほんの少しの隙も無く降り注いでいた。

 冥界の防衛機構よ、私の許しもなく入ってきた生者は皆ああなり、死へと誘われる。

 ああなればもう、勝ったも同然よ、と彼女は言って、それを保証するようにドクターがあの一撃一撃が、イシュタルの宝具級だ……すごい、と呟いた。

 それを嬉しそうに聞きながら、彼女はそういえばギルガメッシュ王は? と言い、続けてもう最後のトドメ、始めちゃっていいのかしら? とう。

 それに一瞬言葉をつまらせながらも、大丈夫、お願い、と立香君が言い、なら始めるわ! とエレシュキガルは元気よく一歩踏み出した。

 任せて、ギルガメッシュ王も、イシュタルも必要ないから!

 この私だけで、決めてあげます──冥界のガルラ霊よ、立ち並ぶ腐敗の槍よ!

 あれなる侵入者に我らが冥界の鉄槌を──総員、最大攻撃!!

 瞬間、雷光が赤く美しく輝き、槍と化し、雨のようにティアマトを撃ち貫いた。

 それを見て、満足そうにエレシュキガルがどう? と言うがしかし、嫌な予感がざわついて止まらない。

 まだだ、まだ、続けて! 思わずそう叫び、しかし言うのは遅すぎた。

 ティアマトが大きく長く叫ぶ、同時、彼女の足元から泥──ケイオスタイドが波のように流れ出し、冥界を侵食し始めた。

 同時、ドクターが悲鳴をあげるよう叫ぶ。

 ティアマト神──ビーストⅡ、霊基反応更に膨張! 霊基の神代回帰、ジュラ紀まで進行!? 霊基膨張インフレーション工程停止、魔力炉心、連続起動……冥界で受けた傷も修復──出るぞ! あれが、本当のやつの姿だ!

 刹那、ティアマトの叫びは地も空も割くように響き、同時にラフムを大量に排出し始めた。

 エレシュキガルが嘘でしょ、と恐れたようにつぶやく。

 それを聞いて、それでも前に出た。

 ──諦めるわけには、いかない。

 メドゥーサ! と叫ぶ、同時に彼女の眼が、全てを捉えた。

 一瞬の硬直、同時に諦めるニャー! そこの青年を見習えそこな女神ぃー! という随分と前に聞いた声が響いた。

 久しぶりだな青年! そしてよく此処までやった立香サン! でももうひと踏ん張りよ! 特に貴女、さっさと続けて! そう言うがしかしエレシュキガルは無理よ、と言った。

 全然、全然効かないのよ、それに、冥界全体の出力も落ちてきてる! そう悔しそうに言うが、それでも! やるしか無いの! とジャガーマンは言った。

 あれでもティアマト神は今が一番弱い状態なの、此処で! どうにかしないと! 人類終了どころ地球終了よ!? あんな状態で外に出せば一日で世界は覆われちゃうんだから!

 そう豪語した彼女を、メドゥーサが肯定する。

 間違いないでしょう、と言い、ドクターがだろうね、と言った。

 それを聞いて、クソッタレがとつぶやく。

 全て事実なのは、俺から見てもわかることだったからだ。

 現にこの短時間で冥界はほとんど覆われた、ここで消滅させないと、世界は終わる。

 そしてやつを外に出してしまえば、生きるものが他にいる、イコールそれを生み出したものであるティアマトは死なない、という理屈の逆説的復元によりもう倒せない。

 だから、ここで止めるしか無い、無理だとしても、やるしかない。

 立香君がどいてください、と叫ぶ。

 宝具で泥を消し飛ばす、と彼が契約しているセイバーの剣が振り上げられて、しかし振り下ろされるより先にそれは起こった。

 禍々しく、全てを侵食していくケイオスタイドの、そのことごとくが、綺麗な花へと姿を変えていくのだ。

 冥界中が花に包まれる、それを見て、ドクターがケイオスタイドの権能が、停止していく……これは、花が神の力を枯渇させているのか? と言えば、またも聞き慣れた声が轟いた。

 いよぅし! 間に合ったぁぁあぁあ!! という、いつになく熱くなった偉大な魔術師の声が。

 

 ダン! と勢いよく降り立った彼は、発想が貧困だなぁ、アーキマンと笑う。

 命を生む海であれば、その生命を無害なものに使わせてしまえば良いんだよ、花の魔術師、その二つ名の面目躍如、というわけさ。

 そう言って彼──マーリンは笑った。

 再召喚──なわけがない、そもそも呼べる人間がいない。

 であれば、一体どうやってここに……? そう思うと同時、違和感を覚え、それに応えるように彼は言う。

 単純な話だよ、私は本物、正真正銘のマーリンさ!

 慌ててアヴァロンから走ってきたんだよ! と。

 ──!!?

 そこ抜け出せるもんなの!? 思わず言えば彼はびっくりしただろう! だが今人理は残念ながら焼却され、真っ白になっている。

 その状態であれば、妖精郷を使えば、こっそりね、とウィンクをする。

 何でもありだな……流石……

 震えた声で呟けば、ボクはね、と彼は口を開く。

 悲しい別れとか大嫌いなんだ、だから、ちょっと信条を曲げて幽閉塔から飛び出してきた。

 無論──キミ達に会うために。

 言ったろ? ボクはキミ達のファンなんだって、と。

 その言葉に思わず笑みがこぼれ、しかし頭の冷静な部分がまだだ、と言った。

 確かにマーリンの登場は予想だにしなかったことで、戦況を大きく変えるものだった。

 だが、()()()()()()()

 彼は強力かつ偉大な魔術師ではあるが、ティアマトを殺すその切り札にはなりえない。

 そう思った俺の思考を、しかし彼は見透かしたのか、安心すると良い、と言いながら俺の頭をポンポンと叩いて言う。

 キミ達は、此処に至るまで実に多くの手を出し尽くしてきた。

 けれども、まだ足りない、そう思っているだろし、そしてそれは間違いようがない事実だ。

 我々はこのままでは負けるだろう、だがしかし!

 それは()()()()()()()()()()()

 助っ人でもいるのかって? あぁ、()()()()()()

 ではそんな助っ人は誰に呼ばれのか? そう問われれば勿論、その答えはキミ達だ。

 ギルガメッシュ王でもなく、魔術王の聖杯でもなく。

 これまで苦しくても、辛くても、痛くても、耐え難くても。

 その足を止めず、心を強く保ち、決して諦めること無く前へと歩んできた、キミ達によって彼は呼び出され、そして彼は礼を返すためであれば、その冠位すら捨てると言ったよ。

 それに敵は人類悪──即ちビースト。

 始めから、彼がこの地に現れる条件は整っていた、これまでの全ての戦いは、その一つ一つに意味があったのさ。

 ──さぁ! 天を見上げるが良い、原初の海よ! そこに、貴様の死神が立っているぞ!

 そう叫んで締めたマーリンの言葉に習い、勢いよく上を見る。

 イシュタルの渾身の一撃により砕かれたことで出来上がった崖にも似たそこを見て、驚愕に目を見開いた。

 何も言えずにただ呆然と口を開けば、声が響いて渡る。

 ───晩鐘は、汝の名を指し示した。

 刹那、真っ暗な光が走り、ティアマトの、もう片方の角翼が斬り落とされた。

 

 ビーストⅡの霊基パターン、変化!

 こ、これ、角翼が切断されたばかりか"死の概念"まで付加されているぞ!?

 規模は変わらず膨大だが、これは通常のサーヴァントの霊基パターン!

 つまり、今ならビーストⅡは完全消滅させられる!

 定番だが狙うのは頭部だ! 

 ドクターがそう叫び、それに了解、と返しながら真横に立つ立香君を見る。

 そうすれば彼は同じタイミングで俺を見て、それから共に笑った。

 ──これがラストチャンスって訳だ、行けるよな?

 ──勿論、先輩こそ遅れないでくださいね

 そう短く言葉を躱し腕を軽くぶつけ合い、共に叫んだ。

 弱気になりかける自分たちを鼓舞するために。

 本当に大丈夫なのかと、不安になる仲間のために。

 強く強く、高らかに叫んだ。

 ──今まで俺たちを、信じてくれた人達に応えるために!

 ──あの災害を、ぶっ潰すぞ!!

 

 良いでしょう、今回だけは特別です。

 冥界の女主人、エレシュキガルが請い願う!

 地上の勇者よ、あの魔竜に鉄槌を!

 遥か未来まで続いた貴方達人間の手で、天と地に楔を穿つのです! 

 俺達の声に応えるようにエレシュキガルがそう叫ぶ、それと同時、自分の身体がまるで、自分のものでなくなったような気さえした。

 身体が軽い、力が漲ってくる、魔力が迸っている。

 いける、これなら、倒せる。

 そう思って前を見る、そこには"死"を恐れたティアマトを守るようにラフムが壁のようになっていて、けれども無駄だと、そう思った。

 すぅ、と息を吸う、直後、俺の後ろから一人、誰かが跳んだ。

 否、誰かではない、見ずとも分かる。

 ──やれ、メドゥーサ!

 瞬間、光が全てを満たし、ラフムの壁は一瞬にして瓦解した。

 その先に見えるはティアマト──人類悪。

 かの存在は必死になって冥界から這い出ようと崖を登っていた。

 それを見て、立香君が叫ぶ。

 させない、絶対に、させるものか! と。

 同時に英霊達が地を蹴りつけて、しかしティアマトへとすぐにたどり着くことは出来なかった。

 飛行特化型、とでもいうべき異形のラフムが十一体、異質な魔力を漂わせながらこちらを撃墜せんとばかりに飛んでくる。

 それを見て、ドクターが気をつけて! そいつら、一体一体が魔神柱の魔力を上回っている! と言った。

 此処まで来てまだそんなのが出てくんのかよ、と奥歯を噛む、がしかしそれを斬り捨てるような声が響いた。

 なるほど、それは斬り甲斐がある。

 角一本斬り砕いただけでは、この剣も錆びるというものよ。

 暗殺者の助けは、必要か? という、絶大的な安心感を与える声が。

 そしてそれに、ノータイムで応えた。

 あぁ、頼む、と。

 刹那、眼前にいた十一のラフム、その一体が無様に斬り崩された。

 それから、少しだけトーンの高い声が耳朶を打つ。

 これより我が銘、我が剣は汝らとの縁を繋ごう。

 冠位の銘は原初の海への手向けとしたが、我が暗殺術に些かの衰えもなし。

 契約者たちよ、告死の剣、存分に使うが良い──願わくば末永くな、と。

 

 迫りくるラフムをメドゥーサの一撃が斬り捨てる、直後に迫ってきたもう二体のそれらを、刀の嵐が塞き止める。

 それすら潜り抜けようとしてきたラフムをカーミラが防いで、それらを縫うように火矢が飛ぶ。

 魔神柱を上回る魔力と言えど、一体ずつであればそう相手取るのが難しい敵ではない。

 だが複数で迫り、また時折降ってくるティアマトによる赤い閃光があると話は別だった。

 近づけない、完全に足を止められて、ティアマトへと近づけない。

 やつは刻一刻と冥界を抜けようとしているにも関わらず。

 焦燥感が身を焦がす、ヤバイヤバイヤバイ、という言葉が頭の中を埋め尽くしながらも、しかし冷静に判断を下す。

 焦ってミスるのが一番ダメだと、分かっているからだったが、その余裕も長くは続かない。

 後十数分もあれば登りきってしまう、それまでに、間に合うか?

 そう自分に問いかけて、いや、無理だな、と思った。

 なればこそ、今するべきことは決まっている。

 息を吸い、回復していた魔力を注ぎ込む。

 一瞬よりは長く、そして大きな穴を作り出す。

 その為に──頼む! メドゥーサ! 巴御前! 宝具開帳──!

 瞬間、ラフムの動きが止まる。

 全魔力を使い切って使用したあの時ほどでなくとも、強力な魔眼の光が降り注ぐ。

 魔神柱さえも凌ぐ魔力量を誇るラフムの動きはそれでも、一瞬しか止められない。

 だが、それだけで充分。

 回避行動、防御態勢、それらに入るのを少しだけでも遅らせられればそれで良い。

 爆炎の一矢は、それだけで全てをぶち抜き溶かす。

 一体一体を倒しきれなくともそこに空間は出来上がる、直後、立香君を見た。

 言うまでもない、行け、とそう思うより早く彼らは踏み出し抜ける。

 それを援護するように白刃は飛び交い無理やりラフムを抑え、そうして暗殺の極みにまで辿り着いた一撃が、もう一体の首を撥ねて飛ばした。

 その様子を見ながら、悪いけど、俺達の役目は取り敢えずこいつらを潰すこと、ティアマトは暫く立香君に任せようと思う、と言えば全員が静かに頷いた。

 とは言え、ティアマトを気にすることをやめ、ラフムに専念するとなれば戦い方はガラリと変わる。

 なにせこちらに飛んでくる閃光も、どうにかして足を止めないとと攻撃を放つこともしなくて良くなるのだ。

 ティアマトが放つ閃光にも似た光をラフムが放つ、それを弾き、逸し、躱して前へと進む。

 初代の一撃がラフムを斬り砕く、メドゥーサの一撃がラフムを縦に割る、カーミラの一撃がラフムを拘束し、それごと束ねられた刀の嵐が、焔を纏った一撃が焼き殺す。

 立香君達の元へと飛び立とうとしたラフム目掛けて礼装を展開してめちゃくちゃに翼へ撃ち込んでいく。

 そうしてほんの少しだけ態勢を崩したそれに、白刃が幾度も突き立って、それ毎飲み込むように一体のラフムが大きく口を開く。

 人であれば幾人もを軽々と飲み込む勢いでそれは迫ってきて、しかしするりと音もなく、それは斬り砕かれた。

 残り、四体。

 考えるより先に魔力を回す、同時に極光は迸り全てを停めた。

 刹那、剣は振るわれる、拷問器具はその口を開く、刀は降り注ぐ、焔は空を溶かす。

 そうして残された一つの命を、メドゥーサの一撃が刈り取った。

 

 ここで稼がれた時間はどれくらいだったのか、そう思うより先に前を見る。

 ティアマトは未だ、冥界を出るには至っていない。

 立香君達の猛攻が、ティアマトを冥界へと押し留めていた。

 流石だ、そう思ってから宙を踏みしめ跳んで、それと全く同時のタイミングでマーリンが勢いよく落ちてきた。

 その手を掴もうとして、しかし彼がボクは問題ない! 行け! と叫び俺たちに魔術をかける。

 瞬間、加速。

 元より万全以上に強化された身体が更にそのスペックを上げる。

 うわこれ元の状態に戻ったときの揺り返しが怖すぎる、と思ったがそれでも今は最高のアシストだ。

 ティアマトへと迫る、迫る、迫る。

 止まることも、止められることもなく、ただ只管に前へと進み──直後、回復した令呪を切った。

 手の甲の文様が、赤く美しく、少しだけの痛みを伴い光り輝く。

 刹那、光が走る。

 紫の髪を優雅に靡かせて、光をそのまま形にしたような鎌による一撃がその巨大な足を刻み、刳り飛ばし──それに重ねるように、研ぎ澄まされた極みの一撃が振るわれる。

 音は無かった、ただそこにはかの巨大な神の、その脚が斬り落とされたという事実のみが作り上げられる。

 同時、莫大な悲鳴が上がり、それでも力の限り掴まれた大地を、光が尽く砕き飛ばして、イシュタルがニヤリと笑う。

 その姿を捉え、怨嗟にも似た、鼓膜をぶち破るほどの音量が劈き響き、ついにティアマトは冥界の底へと再び墜ちた。

 直後、待っていましたと言わんばかりに紅の雷が、空を裂き、地を叩き割る。

 それを見て、ここだ、と思った。

 ここだ、ここしかない、決めるなら、今だ。

 今この瞬間が、最もやつを仕留められるチャンス。

 やれるか? そう湧き上がってくる疑問を打ち消そうとして──そうする前に極光が、何もかもを消し飛ばした。

 見たことのある光だった。

 イシュタルの輝きとも違う、エレシュキガルの手繰る稲妻とも違う、メドゥーサの振るうそれとも違う。

 神々しくも力強い、()()()()

 ほとんど確信したように上を見ればその人は映り込む。

 金の短髪を風に揺らし、深く美しい紅の瞳をギラリと輝かせた、偉大なるウルクの王──英雄王・ギルガメッシュが、そこにいた。

 ──なぁに、この程度の常識(ルール)破り、許容範囲というものであろう?

 そう笑ったかの王は、ゆるりと墜ちたティアマトの前へと降り立った。

 

 ──ティアマト神よ。

 ようやく、神の姿に立ち戻ったようだな。

 我々と貴様には、分かり合えぬ摂理があった、それ故に、我も、ウルクの民も、憎しみは持たぬ。

 貴様は産み、管理するもの。

 我らは育ち、旅立つもの。

 どれほどの愛情を注がれようとも、子は母の手から離れなければならん時が来る。

 それが、今だ。

 安心せよ、貴様の亡骸を辱めようとは思わぬ。

 最早、我らの世界に土台は不要! 死の国にて、今度こそ眠るが良い!

 そう叫んだギルガメッシュ王に、ティアマトは大きく叫ぶ。

 歌声のような、悲鳴のような、雄叫びのような、ありとあらゆる感情を凝縮させたような音が冥界中に響き渡った。

 ギルガメッシュ王の隣に並ぶように宙を踏めば、立香君もまた同じように空に立つ。

 そんな俺達を見て、彼は笑った。

 決着の時はきた。

 最期に我と共に戦う栄誉、真に許す!

 神殺しの英雄譚、見事果たして見せるがいい!!

 ありったけの魔力を注ぎ込み、叫びを上げる。

 宝具開帳──!

 刹那、開放された極光と衝撃は、巨大な神のその全てを呑み込んだ。

 

 果てしないほどの威力の衝撃に身体が空に浮く。

 そのまま飛んで、ろくに受け身も取れずに冥界の上、ウルクの地に尻もちをつけばドクターの声が響いた。

 ビーストⅡ霊基崩壊、完全、確認……勝った、勝ったぞ!

 この時代の特異点は、ついに消滅した! 後は今まで通りの歴史に戻るだろう! という、涙混じりの声。

 その言葉を聞いて、ほっと息を吐く、次いで疲労の波が身体を飲み込みその場に倒れ込んだ。

 ティアマトの出現により渦巻くように赤黒く染まっていた空が、戻っていく。

 それをぼぉっと見ながら全身から力を抜いていく。

 もう頭を回すことさえ億劫だった、そんな俺をメドゥーサが持ち上げ頭を膝に乗せる。

 正直なことを言えばめちゃくちゃ恥ずかしかったが、力が入らない以上抵抗しようがない。

 文句を言う気力もなくて、やめてくれ、という視線を送っていればそっと、彼女は傍にやってきた。

 ──巴御前。

 それに気づいて直ぐに上半身を起こす、痛みが走るがそれでも力づくで起き上がれば、彼女ははい、無理はしないでください、と言ったが大丈夫、と返して、それから有難う、と言った。

 本当に、本当に世話になった。

 散々助けてもらって、もう感謝の念しか無い、貴女のお陰で、俺はここまでこれた。

 そう伝えれば彼女はふわりと笑う。

 いいえ、どれだけの助力があったにせよ、ここまで来れたのは貴方が頑張ったからでしょう。

 決して折れること無く、戦ったからでしょう。

 昨晩、ジグラットでもお伝えしたように、貴方に助けられたのは私達の方なのですから。

 私にできる助力はここまですが、しかし貴方達には次がある、いいえ、次こそが本番でしょう。

 長々とは言いません、故に、一言だけ。

 成し遂げてくださいね、と。

 それに勿論、と返せば、やはり彼女は笑い、そうしてその身を光に変えた。

 光の残滓が空に漂って、ふわふわと消えていく。

 その様を眺めていれば俺達の近くにマーリンが降り立った。

 無事で良かった、という前に彼は静かにそれ──聖杯をことりと足元に置いく。

 あの瞬間、ティアマトから飛んできてね、危うく落とすところだったよ、なんて言って笑う彼に流石マーリン! と立香君が言ったが、それにマーリンが言葉を返すことは出来なかった。

 ぽん、と彼の肩に手が置かれる。

 後ろには、女神ケツァルコアトルがいた。

 パッと見ただけでも満身創痍、それでも彼女は満面の笑みで、マルドゥークの斧の、あれ、アナタの策でしょ? ぶっころしマース! と叫んだ彼女がマーリンの身体に組み付いて、関節技を決めていく。

 なぜキミが!? いやそれよりも痛すぎる! な、何だこれ何だこれーー!? と悲鳴をあげるマーリン。

 それを見ながらジャガーマンが、フフン、私がククルンを拾ってきたのです! と立香君に自慢していた。

 ぶっちゃけ色んな意味で恐ろしい光景だったがしかし、それすら笑えた。

 なにせ俺たちはやり遂げたのだ、ついに、七つ目の特異点の修復を、成し遂げた。

 その達成感に身を委ねていれば、彼女らの身体が光に変わって透けていく。

 それに気づいてジャガーマンが、もしや神霊としての格が上がるとか!? と嬉しそうに言うがそんなわけがない。

 強制退去だ、この時代は修正されたのだから、当然である。

 同じことを思ったのかケツァルコアトルがマーリンを離して笑みを浮かべた。

 母なるティアマトがいたからこその神性召喚でしたから、彼女がいなくなれば私達もいなくなるのは道理デース。

 そういう訳だから、ごめんね。

 ここまでしかお手伝いできませんが、貴方達はここからが本番。

 しっかりね、私の可愛いマスターに、私の認めた英雄さん。

 観客を湧かせるような豪快な勝利、期待しているわ、と。

 それを聞き、グッと力を込めて上半身を持ち上げる。

 そうしてから片腕を出し、ぶつけ合わせて任せろ、と言い、それから立香君が彼女を抱きしめながら今までありがとう、また会おうと言った。

 その行動にケツァルコアトルは少しだけ顔を赤らめて、それからそういう別れ方、大好きデース! とジャガーマンと共に姿を消した。

 それらを見ながら、イシュタルが疲れたように笑う。

 最期まで騒々しかったわね、と。

 いやイシュタルも充分以上に騒がしかったけど、なんて言えばうっさいわねぇ! 頭を小突かれる。

 そしてその身体が光に溶ける様子は無い。

 まぁ、当然だろう。

 彼女は聖杯に呼ばれたサーヴァントでは無いのだから。

 そう思っていれば立香君はエレシュキガルは? と言った。

 それにイシュタルは、少しだけ、ともすれば見間違いかと思ってしまうくらい少しだけ、目を伏せてから、冥界で休んでるわ、と言った。

 大分無茶しちゃったからね、貴方達によろしくって言っといてって言われてるわよ、と。

 その言葉に立香君は少しだけ残念そうにそっか、と納得する。

 同調するように俺も頷くが、しかし何かちょっと引っかかるなぁと思っていればイシュタルがそれより、と口を開いた。

 やったじゃない、流石私の見込んだマスターね。

 その活躍に免じて、次があればまた、力を貸すことを約束しましょう、と。

 助かる、と笑えば彼女はあったりまえじゃない、百人力ってもんじゃないわよ、と言い、それからふと横を見て、問いかける。

 そこの金ピカ、さっきのなによ、と姿を現したギルガメッシュ王に。

 そうすればギルガメッシュ王はなに、死の淵にいたのでな、少しばかり無茶を通したまでのことよ、と言った。

 もう身体がない故な、エレシュキガルめの眼を盗み、一時のみ見せてやったのだ。

 このウルクにまで来て、英雄王の姿を一度も見ないなどと、不幸にも程があろう? と。

 何の後悔も感じさせないような笑顔でそう、言ったのだ。

 身体がない、つまり彼はもう死んでいて、今の彼はサーヴァントということだ。

 そうでありながら、しかし気にするな、と彼は言う。

 貴様らとの別れは既に済ませてある。

 勝利の凱歌を上げ、我の名を讃えながらカルデアに戻ればいい、と。

 それにつられたように笑みを零せば、彼は、あぁ、そうだ、と口を開いた。

 そして一言だけ、俺達に問いを投げる。

 このウルクは、どうであった? と。

 一秒も考えること無く立香君が楽しかったですと笑い、それから散々遊ばれた気もするけど、面白かったです、と言う。

 そうすれば彼はそうか、と満足気に言った。

 言ってから、だが、それでは王の威信に欠ける、と呟いた。

 旅人が笑顔で帰るのであれば、土産の一つでもくれてやるのが善い国というものだ、と。

 いや、そんなの無くても、と言おうとしたが、それより早くかの王は芝居じみた様子でおぉ、そう言えば、とそれを差し出してきた。

 ウルク名物、麦酒だ、と言いながら、聖杯を。

 ふぁ!? え、それ、それ良いの!? ていうかお酒飲めませんし! と動揺すれば何、飲めぬのなら容れ物だけでも持っていけ、と優しげに言う。

 なにかの役には立つだろうよ、と。

 そうしてから、ドン、と地を踏みしめる。

 ──では、さらばだカルデアの!

 此度の戦い、まさに痛快至極の大勝利!

 貴様らの帰還をもって、魔獣戦線は終結とする!

 人理焼却、必ずや阻止してみせよ! とそう言い彼は姿を光に溶かして消えた。

 それを瞳に焼き付けながら、必ず、と胸に誓う。

 同時に、俺達の身体も光に解け始めた。

 もう時間がない、ということだろう。

 カルデアの方ももう受け入れ態勢は出来ているし、問題もない。

 そう言ったドクターは、だから、最後に何か言ったら? とマーリンに声をかけた。

 マーリンが、驚いたように口を開ける。

 ロマンに気を遣われるようでは私も本当に年貢の納め時かな? なんて軽口叩きながら、それでも俺たちを見る。

 ボクはまた、あの幽閉塔に戻る。

 故に、この先ボクが手を貸すことは出来ないだろう、まぁ、それが本当なんだけれども。

 だから、今回は相当特別なレアケースだったと思ってくれ。

 それを聞き、でも力を貸してくれたね、と立香君が笑う。

 でもその答えはもう分かっていたし、それでも彼は言う。

 そりゃあボクはキミたちのファンだからね、と。

 私は、観ることのできない男だ。

 人間ではなく、人間が紡ぐスクロール(物語)が好きなんだからね。

 書かれた物語にはドキドキするが、その作者には興味がないのさ。

 基本的には、ね。

 でもキミたちの場合は少し違うだろう?

 キミたちは私と同じ、本から本へと渡り歩く旅人だ。

 私とは違うアプローチで物語を活かし、救い、よりよい紋様(エンド)を紡ぎあげる旅人。

 そしてその活躍は、私にしか認識できないものだ。

 まぁ、だからこそ、かな。

 一度くらいはこうして力になりたかったのさ。

 そう言って、彼はニコリと笑う。

 そこに胡散臭さはなくて、同じように笑う。

 楽しかったし、助かった。

 本当に、ありがとう。

 そう言った俺たちを見て、彼は私も少しまともになったかな、と言葉を漏らす。

 こういう言葉に、前までは何も感じなかったのだがね。

 それでは、私もここでお別れだ。

 カルデアの星読み、誰の記憶にも残らない開拓者。

 私は、キミたちの戦いに敬意を表する。

 全ての星は満ちた。

 人理終焉の暦で、キミたちはあの悪と戦うことになるだろう。

 どうか、最後まで善い旅を。

 その行く末に、晴れ渡った青空があることを祈っているよ。

 そう言い残したマーリンを見て、俺達は意識を光に溶かした。

 

 

 ──── Order Complete ────

 

 

 

 

 

 




七章のシナリオを雑に書き写した(14万文字)だけで一ヶ月かかったので今回空いた更新期間は大分妥当です(大嘘)
正直読み返しざっくりとしかしてないから誤字脱字にガバ矛盾の報告はこっそりお願いな!
後は……そうだな、頑張ったからいっぱい褒めてください。
それと一〜三話、書き直していい……?(真顔)
→全体的に文章整形等しといた、纏めてやったから変な風になってるとこあるかもしれん。
そういうところあったらこっそり教えてくれ、多分直す。

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