ゴミが散乱した小汚い路地裏。
ビルとビルの間に一定のリズムで地を蹴る音が響く。
「ハァ、ハァ、ハァッ」
金色に染められた髪を後ろに撫で付けたガタイのいい男が額から大量の汗を流し、足場の悪い通路を時偶よろけながらも必死に走っていた。
「畜生、なんで俺がこんな目に……!」
彼は最近第七学区で急に勢力を伸ばしてきていたスキルアウトグループのリーダー。
喧嘩ならそこいらの奴には負けず、低レベルの能力者くらいなら何人でも相手にできる、そんな満ち満ちた自信を持っていたが、ほんの数分前の光景にその
「クソ、クソッ、なんだよあいつは! なんでこの俺が、クソォッ!」
奴が現れたのはスキルアウトのグループメンバーが全員揃った定期集会の途中だった。
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色素の抜けたような灰色の髪に、首にぶら下げるように掛けたゴツいゴーグル、見ていてるだけでも暑苦しくなってくるような季節はずれの学ランに袖を通した15,6歳くらいの少年。
ソイツは何も持たずにグループの前に現れると面倒くさそうにこう言い放った。
『アンタ等が最近調子乗ってるスキルアウトのグループ? 悪るいけど仕事なんでね粛清? ってのさせてもらうよ』
少年の顔は興味なさげに冷め切っていたがそれとは裏腹に左の瞳の奥に血で描いたような真っ赤な立方体の匣が浮かび上がっていた。
だが部下のスキルアウト達はそんなことには気付かず、少年の言葉が癪に触ったのかバットやナイフ、更には裏ルートで手に入れた銃をちらつかせ少年を脅しにかかった。
「オイオイ、ガキが舐めた口きいてんじゃねぇぞ。眉間に風穴あけられたくなかったらさっさとおうちに帰ってママのおっぱいでも吸ってな!」
ぎゃははは、とスキルアウト達が馬鹿にしたように笑うが、その言葉に少年は相変わらずめんどくさそうな表情でふぅっと息を吐く。
そしてさっ、と腕をなぎ払う仕草と共に、学ランの袖から破裂音と共に火花が散った。
刹那、啖呵をきったスキルアウトの男が力なく膝から前のめりに倒れる。
「お、おい。カズッ! ――ヒッ」
隣に男が倒れた男を起こそうとすると息を一気に吸い込んだような短い悲鳴が木霊する。
倒れた男の眉間には穴が空き、穴からはドクドクと血が泉のように湧き出し薄汚れたアスファルトを赤く汚していく。
「あーらら、見事に眉間に風穴あいたな。残念、家に帰れなくなっちまった」
少年の手にはいつの間にか拳銃が握られており、その拳銃を持った手をひらひらとさせながらわざとらしく笑う。
「ま、このまま帰るつもりも帰らせるつもりもないケドねー」
「う、うわあああぁぁぁ!」
目の前の死の恐怖に男は錯乱し、手に握っていた拳銃の銃口を少年の方へ向け、狙いの定まらぬまま鉛を弾き出した。
だが少年は慌てる様子もなくその場からは動かず首を軽くかしげるだけ。
それだけの動きで弾丸は先程まで少年の頭のあった場所を通り抜け、すぐ後ろの壁にあたって慣性を失った。
そして弾が地に落ちると同時に三度目の発砲音が鳴り響き錯乱していた男も力なく倒れた。
「おぉっと残念惜しい! まっ、惜しくても次はないけどな。あはは」
少年は心にも思っていないというようにケラケラと笑いながら硝煙を撒き散らす拳銃を指で回して遊ぶ。
スキルアウト達はそんな少年を遠巻きに唖然としながら眺めたまま誰も動けずにいた。
「テメェ等! 銃ごときで怯んでんじゃねぇぞ!」
そんな下っ端たちの様子を見かねた幹部らしき男が後ろの方から激を飛ばす。
体がデカイとか筋骨隆々としているわけではないが引き締まった筋肉とその体から放たれる威圧感で喧嘩慣れしていない素人であっても只者ではないと思わせる。
「ハッ、銃なんて近づかれりゃあ意味ねぇだろうが! 俺様が手本見してやんよ!」
野生動物を思わせる動きで少年へと肉薄し、勢いを殺さぬまま拳を振るう。体重と体のバネをうまく使った無駄のない動き。
しかし少年は左足を一歩下げ、上半身を後ろにそらして拳をかわした。
「バカだなぁ、拳銃なんだから取り回しは遅くないっての。……だけどその勇気だけは賞賛してやんよ」
少年がにやりと口角を釣り上げ、腕を高く振り上げると男の首元に白刃が煌く。
「――っ!? ぁ――――――ぁぁぁっ!!」
男は焼けるような喉の熱さに声をあげようとするがコヒュー、コヒューと空気が漏れるだけで声が発せられることはなかった。
男の喉は深く切り裂かれ、噴水のごとく血が吹き出しビルの壁を赤く染め上げていく。
少年の手には黒い拳銃の姿はなく、血で濡れ光を鈍く反射する刃渡りの長いナイフが握られていた。
「おお、まだ生きてるすごいな。ははは、んじゃ死ね」
血を失い、脱力して膝をついた男の顎を勢いよく蹴り上げた。
するとぐじゃっ、と嫌な音を立てながら首を繋ぐ肉と肉が剥がれ、頭は皮一枚で首にぶら下がるという状態にまで裂けた。首からは血管が剥き出しになったことにより吹き出す勢いが増し、火山が噴火するような勢いで血しぶきがあがる。
「アハハハハ! 人体アート、噴水の完成だ!」
――狂ってる。
赤い雨を浴びながら高笑いをする少年を目に、スキルアウトたちの時間は止まった。
その姿は狂人そのものであり、自分もあのような残酷な死を経験する光景を思い浮かべてしまったのだ。
その正気ではない非道な殺人に体は凍りつき、足が地面に縫い付けられるのも仕方がないことなのだろう。
「ははっ、他に突っ込んでくるようなバカは……いなさそうだな。じゃ、本格的にお掃除を始めますかぁ」
少年が気だるさげに左腕を振ると袖から手に拳銃が落ちてくる。
右手にナイフ、左手に拳銃を持ち、恐怖で凍りついたスキルアウトの集団の方へとゆっくりと歩き出した。
スキルアウトたちは自分たちを殺そうと殺意を持った殺人鬼がゆっくりと近づいて来るのにも関わらず誰も動くことができない、否、体を動かすことができない。近づいて来る死に顔を歪ませ待つことしかできないのだ。
少年は手始めに一番近くにいた男に近づき、ふっと笑顔を見せた。
「――――ぉ、や、め――ぇ」
だが男にはその笑顔が死神の微笑にしか見えず声にならない悲鳴をあげ、誰が見ても分かるほどまでに足を震わせ涙を流しながら小便を漏らした。
少年は足元に貯まる泉を気にせず笑顔のまま男の肩に右手を置き――
――勢いよく右肩へとスライドさせた。
すると男の首から頭がぐらりと傾き落ちる。
どすり。
重たい音を立て、地に落ちた頭は残った血を吐き出しながら転がっていく。
血の気を失い青くなっていく生首は恐怖で醜く引きつった顔で地を転がっていく。
生首が転がり、近くにいたスキルアウトの足にぶつかった瞬間、声が一気に爆ぜた。
「「「「「う、うわあああぁぁぁあああああああ!!」」」」」
声と共に指先一つ動かすことのできなかったはずのスキルアウト達は一斉に足を動かし逃げ出した。
それは恐怖を振り切った生存本能。生きるために理性を超えた本能で逃げようとした。
「ははは、逃げんなよ。後片付けが面倒になるだろ?」
パンッ、パンッ、パンッ、と連続で発砲音が鳴り響き、走り出した順に倒れてゆく。
弾は逃げようとした者の心臓を背中から正確に抉り抜いていった。
「あぁぁあああ! し、死に晒せぇ!」
恐怖心が麻痺しヤケになった男が少年の頭めがけて金属製のバットを振り下ろす。
が、しかし少年はあらかじめ来ることがわかっていたかのように紙一重で躱し、近づいた所を狙いナイフを振るう。
「ヒッ! ――ぁ」
男は致命傷を避けようとすぐさま腕で守ったが、凶刃は蛇が獲物を喰らうように、するりと腕の間をくぐり抜け確実に喉を捉えた。
この男に続き、少年に襲いかかるものがいたが結果は全て同じ、皆首を落とされ赤い噴水と化した。
これは既に喧嘩や暴力などではなく、ただ一方的な虐殺。
少年の体には一切触れることができず、近づけば首を落とす、逃げれば心臓を撃つ。彼は亡霊の如く、毒蛇の如く数多の命を食い散らかした。
「ば、化物……!」
次々と仲間が殺される中、スキルアウトのリーダーは目の前の化物から逃げ、少しでも生き残れる可能性を上げるべきだと悟る。
幸い少年はこちらに背を向けたまま他の仲間に気を取られている。
リーダーは仲間を見捨て、感づかれないように足音を消しこの場から走り出した。
◆
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そして今に至る。
全力で走り、結構な距離を稼ぐことができた。
走るスピードをゆるめてその場に止まり、切れ切れの息を整える。
何も考えず走っていた時と違い、足を止めると先の光景がが胸によぎった。
奴から仲間を見捨てて逃げてきてしまったが本当にこれでよかったのか、という後悔の念で吐き気を催す。
しかし、生きるためにはこうするしかなかった、と喉元まで出かかった異物と共に無理やり自分の中に押さえ込む。とその時、
カツン、カツン。
随分遠くまで逃げてきたはずなのに前方からゆっくりと、だが確実に足音が迫ってくる。
暗い路地裏の先から赤い光が灯り、ゆらり、ゆらり、と左右に揺れながら大きくなっていく。
間違いない、奴が来た。逃げた出したことがバレて先回りしてきたのだ。
(もう全員殺られたのか!? たった数分で? 俺の作ったグループが?)
眉間を撃ち抜かれた仲間の、首を裂かれた友人の最後が脳にフラシュバックする。
クソ暑い夏だというのに悪寒が走り、まとわりつく脂汗が止まらない。
震える足を抑え、近づいてきた者に背を向け走り出した。逃げ切れる保証はなくても走り出すしかなかった。
正面切って戦いを挑んでも親友のように首を落とされる未来しか想像できないから。
後ろから撃たれない事だけを祈りながら必死に走った。
走って走って、とにかく無心で走った。
気づくと自分たちのグループがたむろしていた第七学区の隣、第六学区の広い通りまで走ってきていた。日も更けて夜遅いということもあって人気は全くない。
足はパンパンに張り、汗はとめどなく流れ、息をするのも億劫なほどに疲れていた。
流石にここまで来れば追ってこれないだろうと地べたに座り込んで休もうとした時、
カツン、カツン。
また前方から先ほどと同じ足音が鳴り響いた。
「(なんだよ……)なんだよこれはぁああぁああ!!」
男は全力で走ってきたのにも関わらず先回りされていた。それも亀と競争していい勝負になりそうなゆっくりとした足取りで。
あの少年はもしかしたら亡霊で自分を呪い殺しに来たのかもしれない、そんな身の蓋もない妄想が男の頭の中で蔓延し、男は涙目になりながらも逃げ出した。
「アハハハハハハハハハハハ!!」
後ろから少年の高らかな笑い声が耳に響く。
完全に遊ばれている。
ならば遊ばれているうちに、少年が飽きる前にどうにかして身を隠さねば待つのは死、のみだろう。
男は少年の気配がなくなるまで、残り少ない体力の続く限り全力で走って距離を離した。
目に入った汗で視界が滲むが、懸命にを隠せるものがないか周りを見渡す。
ちょうど目に入ったのは四角い大きめの蓋付きダストボックス。
ダストボックスの中には大量のゴミが入っており、万が一蓋を開けられてもゴミでカモフラージュできる。
これなら上手く隠れてやり過ごすことも出来るかもしれない。
男は恥も外聞も捨てダストボックスの中へと身を隠した。
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数分後、再びゆっくりとした足取りの音が聞こえる。
「へぇー、鬼ごっこの次はかくれんぼかぁ」
聞こえる足音が大きくなっていく。
「でもさ、仲間がみんな死んだのによくそんな無様に逃げられるよなー、ホントなっさけないよなぁ」
やはり全員殺されていたのだ。
仲間を殺された怒りと少年の言う通りふがいない自分に腹が立って体が震える。
だがそれで見つかって殺されては世話がない。
拳を思いっきり握って震えを無理やり抑えた。
「くふふ、いいねぇその感情。俺にはない感情だよ。だけどそんな人間丸出しな感情見せられたら隠れても意味ねえよなぁ?」
足音はダストボックスの前で止まり、軋んだ音を立てながら蓋が開いていく。
ドクン、ドクンとこの音でバレてしまうんじゃないかというほど心臓の音がうるさい。
「あれー? いないナー。ここじゃなかったかぁー……」
よし、バレてない。ゴミでうまく隠れることができたらしい。
このまま奴が立ち去れば生き残――
「なーんて、な」
「ぇ?」
額にコツンと冷たいものが触れ、破裂音と共に鉛の弾が男に突き刺さった。
冷たさが酷い熱さに変わる。
だがそれも刹那の事、体の熱が奪われ五感がなくなり何も考えることもできない、何もない。
それっきり男の体が動くことはなくなった。
◆
◆
◆
冷たくなった男を背に、歩き出した少年は携帯電話を取り出し九つのボタンを押して耳に当てる。
ガチャリと、電話の向こうで通信がつながる音がした。
「あー、こちら
少年は一言だけ喋ると相手の返答も聞かず電源を切り、血濡れの暗い裏路地を抜けた光の中へ紛れていった。