とある瞳の情報観測   作:ゆーま@疲れたよ…

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3 日常:正しき法と観察者

 とある男子寮。

 

「あっづい」

 

 太陽が真上に昇る頃、灰髪の少年が寝起きで最初に発したのはそんな間の抜けた声だった。

 少年の名前は北山灰次。

 人口230万人、その内8割は学生という学園都市に住む8割の方の人間である。

 

「あぁクソ眠いー、けど暑くて二度寝できないって言うか、あー……、学校あるじゃん」

 

 灰次は横たわったまま思い出したように傍らに置かれた携帯電話を手に取り、内蔵された電子時計を確認する。

 表示された時間は12時16分。学生が、いや一般の家庭であっても健康的な青少年が起きるにはあまりに遅すぎる時間だ。

 

「あ”ー、遅刻……って昨日から夏休みだったナー」

 

 寝癖ではねた髪を撫でつけながら心底だるそうにベットから起き上がり、床に転がる何かの部品を踏まぬよう気をつけながら玄関へと続くキッチンへと向かう。

 そしてシンクの隣のスペースに置かれた冷蔵庫の取っ手に手をかける。

 スっ、と白い扉を開くと冷たく心地いい風が眠気と熱された体をいい感じに冷ました。

 若干得した気分になりながら冷蔵庫の中を覗くと、

 

「……涼しいなぁ」

 

 中身は空白、見事に何もなかった。

 いつもなら少なくとも牛乳ぐらいは入っていたはずだが今日はものの見事に何もない。

 

「なんでって……あー、そうだった」

 

 疑問に思い、頭をひねると原因はすぐさま思い出された。

 

      ◆

      ◆

      ◆

 

 思い出されたのは昨日の晩の事。

 たまに連絡のかかってくる悪いお友達(・・・・・)の呼び出しで裏路地での清掃活動(・・・・)を終えた後のことだった。

 満天の星を見上げ、昼間とは打って変わって涼しげな夜風を楽しみながらフラフラと寮へ向かっている途中、突然空から閃光が落ち、数秒してからズガンッ! と巨大な爆発音が鳴り響いた。

 どうやら遠くの鉄橋の方で落雷が落ちたらしい。

 だがこんなにも星が綺麗な日に落雷が落ちるなんて自然現象ではありえないことなのだが、灰次は自分の持つ力を使わずともそれが人為的に起こされたものだと知っていた。

 

 

 

 学園都市では能力開発という特殊な時間割(カリキュラム)が存在する。

 それは薬品を投与したり、脳に直接電極による刺激を与え、頭の中で演算するだけで何も使用せず火をおこしたり、風を操ったりなど魔法のような能力を発現させる特殊な授業。

 そして発現した能力には力の強度によってレベルという段階分けがされている。

 低い順に無能力者(LEVEL0)低能力者(LEVEL1)異能力者(LEVEL2)中能力者(LEVEL3)大能力者(LEVEL4)、そして能力者の頂点、7人……いや、8人しかいない超能力者(LEVEL5)と言った具合に。

 

 あれほどまで大規模な落雷を落とせる能力者なんて自分が思いつく限りたった一人しかいない。

 学園都市第3位、LEVEL5、超電磁砲《レールガン》の異名を持つ常盤台の電撃姫、御坂美琴。

 落ちた場所と規模から言って落雷を引き起こしたのは彼女と言って間違いないだろう。

 230万人いる中でもの上から数えたほうが早いようなすごい人物がそこまで大規模な能力を行使するなんてただ事じゃない、と思われるが実はそれほど大した理由ではない。

 彼女があそこまで出力を出すのは、とある『不幸だ』が口癖の無能力者の男子生徒を倒すためだ。

 彼女は何度もその男子生徒に戦いを挑んでいるがまだ一度も『勝った』ことがないのである。

 だからこそ負けず嫌いの彼女はその日も戦いを挑み、戦いの最中に落雷を落としたということだろう。

 事実はそんなしょうもないこと。

 事実は小説より奇なりというが、奇なのは負けたくないからと人を殺せるレベルで能力を使う御坂美琴の方だろ、と考えるが、それ以外に特に関心もなく自分の家の電化製品の心配をしながら帰路へつくことにした。

 そして寮に着くと寮全体が停電していることに気づき、次の日買い足せばいいかと冷蔵庫の中身をすべて処理した、というのが事の真相。

 

      ◆

      ◆

      ◆

 

 冷蔵庫の中身が空なのはそんなことがあったから。

 クーラーも動かすこともできず部屋がこんなにも暑苦しいのはそんなことがあったから。

 うだるような部屋の中、無駄に脳を使い、頭の整理が出来たところでもう一度携帯の時計を見た。

 時間は12時27分。

 

「……クソ、あのウニ頭め。仕方ない、コンビニでなんか買うかなぁ」

 

 灰次は隣の部屋の住人に恨み言を吐きながら外へ出るため玄関の扉へ手をかける、があることに気づいた。

 

「ってこのまま出かけたらただの変態だよ! あの説教変態ロリに捕まりたくないしなぁー……着替え着替えっと」

 

 今の格好は上半身裸にパンツ一丁。半裸というやつだ。

 無駄に芝居のかかった独り言を呟きながら踵を返して居間へUターン。

 寝起きの顔を洗面台で洗い歯磨き、高校の制服に着替え、ハンガーにかけられた季節違いの黒い長袖の学ランに袖を通す。そしてベッドの上に無造作に置かれた無骨なゴーグルを首にかける。

 最後に動きやすそうなスニーカーを玄関で履くといった簡単な身支度を終え、扉を開けて外へと出た。

 

「そんじゃ、行ってきますっと」

 

 12時49分、ようやく灰次は他の住人が既に皆出払った寮から外へ出かけたのであった。

 

 

      ◆

      ◆

      ◆

 

 

「あ”ー、あーづーいー」

 

 コンビニ袋を片手にとある建物の中へ。

 ここは風紀委員(ジャッジメント)第117支部。

 風紀委員とは基本学生で構成される治安維持機関。

 主な仕事は喧嘩の仲裁や落し物の捜索といった事、言ってしまえば便利屋のようなものである。

 支部の中に入って最初に目に入ったのは茶色の癖のついたツインテール。

 半袖のブラウスにプリーツスカート、常磐台の制服を着た小柄な少女が扉の近くの机でこちらなど一切見ずに書類整理をしていた。

 

「そんなに暑いのならばまずその暑苦しい上着を脱げばよろしいじゃありませんか、北山先輩。それと私達(わたくしたち)はジャッジメント、学生のお手本となる姿勢を心がけてくださいまし」

「おーおはよ、今日も口うるさいな白井ホクロ」

「く・ろ・こですの! あからさまな読み違いはやめてくださいませ!」

 

 ツインテールの女の子は灰次の方を見ずに、それでも眉をひそめ嫌そうな顔をしている。

 彼女の名前は白井黒子。

 制服を見ればわかるとおり常磐台付属中学校の生徒。中学一年である。

 名前の読みはしらいくろこであって決して体の一部の黒い斑点ではない。

 

「あれ? そだっけ、めんごめんご」

「まったく、北山先輩はいつもそうやって……ってその袋はなんですの?」

 

 作業が一段落したのか白井は椅子を回転させ、体を灰次に向けると右手に持った袋を指差しそれを尋ねた。

 

「ああ、これ? 俺の昼飯と初春ちゃんにアイス買ってきたん――」

「アイスですか!?」

 

 灰次が言い終わる前にアイスという単語に反応したのか部屋の奥の方からパタパタと急ぎ足でこちらに向かう足音が聞こえた。

 そして薄い仕切りから、頭に花かざりを乗せた女の子がひょっこり顔を出す。

 初春飾利、情報収集・処理能力が非常に高く、優れた情報処理能力をもった柵川中学の1年生。

 頭の花が本体だとか花に養分を奪われていっている学生、など噂や都市伝説にまでなっている少女だが基本的には良い子で灰次も可愛い後輩として可愛がっている。

 

「……私の分はありませんの?」

「アー、ゴメーンキョウイルトハシラナクテー」

「なんですのそのカタコトは! あからさまな嫌がらせはやめてほしい、ですの!」

「まあまあ、落ち着いてください白井さん。このアイス2つに割れるアイスですから分けて食べましょう。というかそのためにこのアイスを選んできてくれたんですよね?」

 

 初春は灰次から袋を受け取り、アイスを取り出すときっちり真ん中で割って片方を白井に手渡した。

 

「……まーね」

「でしたら2つ買って下さればよかったですのに」

「文句言うなら返せや」

 

 2人のやり取りを見ながら初春は2つに割ったアイスの片割れを口に入れ嬉しそうに顔を緩ませた。

 

「ふふっ、北山先輩ってやっぱりツンデレってやつですねぇー」

「はぃ?」

「そうですわね。口ではなんとも言っておきながら結局は優しいですものね……もしかして私に惚れていらっしゃるので?」

 

 白井が初春から受け取ったアイスの雫を舐め取りながらニマニマと笑う。

 その様子に少しイラっときた灰次は左の瞳の奥に赤い線で縁どられた匣を浮かび上がらせた。

 

「はぁ? 誰がテメェみたいな貧乳に惚れるかよ。そういうことは無駄に透けた恥ずかしい下着だけじゃなくてそのない胸に色気つけてから言いやがれっての」

「んなっ!? の、能力を使いましたの!? この変態!」

 

 白井は顔を真っ赤にして腿に付けられた鉄矢を手に取り、灰次を睨む。

 

「使いましたが何かー? 大体から親愛なるお姉さま(・・・・)とやらには嫌ってほど見せつけてんじゃん? 見られて喜ぶ変態女が俺に見られたって無問題(もうまんたい)だろうよ」

「お姉さまに見られるのと殿方に見られるのは勝手が違いますの!」

「えー、なになに? 乙女心って言うの? ガチレズ白井さんにそんなのあったとか初耳だわ……っとぉお!」

 

 灰次はそう言うやいなや体を後ろに逸らした。

 するとさっきまで灰次の頭のあった場所に白井の持っていたはずの鉄矢が現れ、カランカラン、と音を立てて床に落下した。

 突然宙に鉄矢が現れたのは白井が自分の能力、空間移動(テレポート)を使ったからだ。

 文字通り触れた物をテレポートさせる、高度な演算が必要になるレアな能力。

 白井はLevel4のテレポーターある。

 

「チッ、やっぱり厄介ですわね、その瞳、確か『パンドラ』という名前でしたっけ。最近なったとは言え腐ってもLeve5ですわね」

 

 白井は灰次の瞳に浮かんだ赤い匣を憎らし気に睨んだ。

 

「厄介ですわね、じゃねーよ! 動かなかったら俺死んでたじゃねーか! いや、確かに見えてましたよ見えてましたけど! けど能力使ってなかったら俺確実に死んでたよ!!」

 

 情報観測と呼ばれる所以となった灰次の瞳に浮かんだ赤い匣、『パンドラ』は不可視を可視にし、理解し得るものならなんでも情報を引き出すことができる。

 例えば人に瞳を向けると衣服の情報、肉体の形、筋肉の動き方、動かした部位が他の物にどう影響を与えるか、更には脳から体に動きを伝える電気信号まで詳細に観察することができるのだ。

 事前に鉄矢を避けることができたのは瞳を通して白井の脳から発せられる電気信号を読み取り、思考を解析していたからである。

 ちなみにパンドラという名前は能力を発動したまま鏡を見た際、観測した瞳の名前であり、書庫(バンク)には『情報観測』という名前で登録されている。

 

「見えているならよろしいではありませんか。ですがその能力を応用して人様の下着を盗み見るというのは感心しませんわね。大体からお姉様もそうですがLevel5としての自覚が――」

「あーあーあー! わかったわかった。この話は俺が一方的に悪ぅござんした! だから無駄に長い説教はノーサンキュー!!」

 

 灰次は匣を瞳の奥に潜めると大げさな手振りで白井の話を遮る。

 

「ったく、見た目はどっかのバカピアスの好きそうなロリだってのに中身は姑。新手のロリババアかっての」

「な・に・か・おっしゃいましたか?」

 

 小声で言ったつもりが白井には聞こえていたようだ、ものすごい形相で睨まれた。

 それはまるで息子の結婚相手に言いがかりをつけて怒る姑のように。

 

「イエイエ、インディアンナニモイッテナーイ。あ、そうだ。俺パトロール行ってきまーす」

「あ、ちょっと、お待ちなさいな!」

 

 灰次は机に置かれた弁当の入った袋を素早く拾うと白井の説教が再び始まる前に第117支部を飛び出していった。

 

 




 主人公:北山灰次(きたやまはいじ)
     特徴……無駄に独り言が多い
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