「はぁ、厄日だ……。あの野郎の不幸でも移ったんかなぁ? いや、運とか信じねぇケド」
灰次がそう、やつれ気味に独り言を呟くのも無理はない。
なぜならば数時間ほど前、弁当を食いそびれ御坂と別れた後の事。
健康な一学生として半分も食べていない弁当で腹が満足するはずがない。
ので、おにぎりでも買って食べようかとコンビニに寄ると運悪くコンビニ強盗に出会う。
自分も不本意ながらジャッジメントの一員だ。正直面倒くさかったが一応義務を果たすため、能力を駆使しつつ強盗を逮捕。
たまたま近くにいた知り合いのアンチスキルに犯人を引渡し、自分は買い物をしようとするが事件の内容を聞きたいということでアンチスキルの本部へほぼ無理やり連行。
思った以上に話は長引き、完全下校時刻まで手間を取らされて帰る頃には電車もバスもなく徒歩で帰る羽目になったのである。
そして今は自宅の寮にはあと数分といった所。
だらりと腕を垂らしながら猫背になってふらふらと歩く。そしてふと、
「ああ、腹減ったぁー。クッソ、あの巨乳警備員なにもこんな時間までっ……?」
ピリッと瞳の奥に静電気が流れたような痛みを感じ、目を軽くこすりながら顔を上げる。
すると街が何か、嫌な感じのする異様な空気に包まれていた。
「なんだ? 人通りが少ない、のか? ……ていうか誰もいないし」
現在、灰次がいるのは深夜帯でもまばらには人通りのある大通りである。この時間ならばコンビニ前で駄弁る不良学生や、夕飯を簡単に済まそうとどこかの店に入っていく研究者などが闊歩しているはずだ。
しかしどうだろうか。周りを見渡しても相変わらず人気はなく、薄暗くなり始めた空を照らすように街灯がチカチカと点滅しているだけであった。
「ゾンビが出てきても違和感ねぇなぁ。本当に誰もいないのかって…………お?」
そんな中、数十メートル先に人影を発見した。暗くてよく見えないが背が高めの、体系的におそらく女性。腰に何か長い棒のようなものを差しているようだ。
「マジでゾンビとかじゃないよ、ね? おーい、そこのお姉さーん!」
若干不安になりながらも少し遠くから声をかける。遠くから声をかけたのはゾンビが怖いとかゾンビだったらすぐに逃げられるようにするためではない。……多分。
「!?」
だが女性の行動は灰次の予想とは大きく異なった。長身の女性は声をかけられる事を思ってもみなかったようで大げさに驚き、振り向きながら後ろへと距離をとると腰の棒を掴み腰を低く落とした。
「あー、……そんなに驚かれるとちょいとショックだな」
「……すみません。まさか人が入ってくるとは思ってもみませんでしたから」
「?」
そう言いながらも灰次はゆっくりと歩きながら構えを解いた女性に近づいていく。
近づいていくと女性の姿もはっきりと見えてきた。
顔は大人びていて綺麗な部類でスタイルもいい。後ろで束ねた黒髪と相まって、着物を着せたらとんでもない和風美人になるだろう。
だが灰次は思わず眉をしかめた。理由は簡単だ。
片足だけ際どいほど短く切り取ったジーンズ、大きな胸を強調するように胸の下で縛った白いTシャツ。シャツを縛っていることによって、白く健康的なお腹をさらしている。
この格好を見れば誰だって思うだろう『痴女か』と。
まぁ十歩譲ってそこはいいとしても、腰に下げたその物騒な得物はなんですか。
腰に下げた2メートル近い日本刀は思わず、現在に蘇った人斬り抜刀斎にでもなるつもりですか、と聞きたくなる程の強烈な存在感を放っていた。
しかしここで『露出狂の日本刀マニアですか』などと聞くのは流石にまずいだろう。先ほどの口ぶりからして、恐らくこの女性は人がいなくなるこの現象と何か関係があるだろうから。
「入ってくる? 建物の中にいるわけでもなし……あ、もしかして人を見かけないのとなんか関係あったりしたりしちゃう?」
灰次は自分の持つ能力、情報観測を使いながらカマをかける意味で質問を投げかけた。
経験からして、恐らく女性がこの件と何か関係があってもシラを切るだろう。
だが彼には嘘は通じない。瞳の奥に不気味に揺らめく赤い匣がある限り。
「……いえ、残念ながら知りませんね」
「……へぇ、そう」
灰次は女性の返事に意地の悪い笑顔を浮かべるとうんうんと頷きながらも話を続ける。
「知らないならしょうがないな。ところでお姉さんいい刀腰に下げてるね。もしかしてソレなんか名のある名刀だったりする?」
そう言いながら女性の腰に下げた大太刀を指差す。
「? これは……」
「へぇー、七天七刀って言うんだ。カッコイイな」
「なっ!?」
女性は再び驚き、一度のバックステップで10メートル程灰次との距離を開けた。先の反応とは違い女性の目には驚愕と疑念の色が見て取れた。
だが灰次はひどく警戒されるのも気にせず、話を続けながら離された距離を一歩一歩ゆっくりと縮めていく。
「まだ名を口にしていないはずです何故――」
「その刀で何を斬ってきたのかな? …………へぇー! ついさっき友達を斬ってきたんだ! ひどいことするねお姉さん! それも俺の寮で殺ったのかよ! 血の処理……は清掃ロボがいるからいいか」
女性の顔が気分の悪そうな青い顔に変わり、柄から手が離れる。
「なぜあなたがそれを……」
「ああ、そういえばお姉さんがさっき向いてた方角って俺の寮があるとこだったなぁ。え、なになに? 殺した友達を心配してたの? 自分がやったのに?」
「そ、それは!」
女性は気分悪そうにしながらも口を大きく開け、言い返そうとするが最後まで話すことなく灰次の
「言おうとしてることはわかるけど興味ないから言わなくていいよ。んで、殺った後は人払いの魔術? を使って仲間に友達の処理をねぇ。魔術なんてにわかに信じ難いけど……まぁ、そこもどうでもいいや。この人払いってどうやって解くの? いや、言わなくていいよ。見えてるから」
「見えている……? さっきからあなたは」
「そうだ大事なこと忘れてた。お姉さんの名前は? っていうか何者?」
「こちらの話を――」
相変わらず灰次は女性の言葉を無視し言葉を紡いでいく。
「神裂火織、18歳。魔術結社『
神裂と呼ばれた女性は自分の名前と所属を当てられ少し動揺するが、
「っ…………なるほど学園都市には特殊な力を扱う者、能力者がいると聞きます。あなたも能力者の一人、心を読む能力者というわけですか」
ふと数秒考えた後、冷静になった。
「んー、厳密言えばこの瞳、パンドラで見てんだけどね」
灰次もその問に少し考える素振りをし肯定する。
神裂とかいう女性は恐らく外からやってきた人間だろうが自分の情報を与えることに何も抵抗はなかった。この程度の情報を与えたところで自分にはあまり関係ないと判断したからだ。
だが灰次は気づかない。ここから軋んだ歯車が動き出す音に。
「わたしの名を知ったのですからあなたも自分の名を名乗るのが道理ではないですか?」
「えー? めんどくさ――」
「……」
「うっ、北山灰次デス」
神裂の眼力のこもった睨みに思わず自分の名前を自白する。
小声で迫力ありすぎだろと呟いたところで腹の虫がぐぅ、と鳴った。そこでようやく自分の当初目的を思い出した。
「ああー、そうだ。自己紹介も終わったことだしそこ通っていいかい? さっさと寮に帰って飯食いたいんだよ」
「行かせるとお思いですか?」
「えー……別に俺、神裂さんが友達殺ったことチクったりしないよ? 口とか硬いし、カッチカチだし、ほら例えると焼く前の鏡餅並に硬いから」
「信用できませんね。理由は心が読めるのならわかりますよね?」
事前に挑発しすぎたか。
灰次はめんどくさそうに頭を掻きながら溜息を吐く。
そしてこれまためんどくさそうに手振りと合わせ、言い訳を並べていった。
「あー、まぁ、さっきの挑発、っていうか脅迫じみた会話はアレだよ? フラストレーションが溜まってた所に偶々イジりやすそうなお姉さんがいたから遊んだだけであって……ねぇ?」
「貴方に悪意があろうがなかろうが、どのみちここを通すわけにはいきません」
神裂は最初からここを通す気はさらさらなかったらしい。
そんな神裂の態度を見て灰次はげんなりとしながらもう一度頭を掻き、
「邪魔されたくないから通さないってのはわかるけどさ、どうしても通してくんないの?」
と言い、それに神裂は答える。
「ええ、どうしても通すわけにはいきません。貴方が言う通り邪魔だけはされたくありませんので」
「はぁー、しゃーない。話が通じないなら実力行使。力ずくで通らせてもらおうよ」
灰次は今日何度目かになる溜息を吐き出した。そして学ランの袖から一丁の拳銃を取り出し銃口を神裂へと向け、
「学園都市製の強化ゴム弾だ。安心して寝てろ」
撃ち出した。