ピリリリリリ、ピリリリリリ。
生活感の無い部屋に携帯の電子音が鳴り響く。
その部屋にはベッドとその傍らに丸い小さなテーブル、必要最低限の家具しか置かれておらず、白い壁には一切のシミはなく隅々まで清掃が行き届いていることが伺える。
「ん、んぁー……はぁ」
その音で北山灰次は目を覚ました。
ベッドやけに柔らかい。ラブコメでよくある女の子が隣に寝ている、ということではなく素材が上質なものを使っているという意味で。
それに部屋が涼しい。床に服やゴミが散らかっていない。
目を数回こすってからようやく自分の部屋じゃないことに気づいた。
ここは第三学区にある高級ホテル。
一般の学生が簡単には泊まれるような場所ではないが灰次は腐っても能力者の頂点であるLEVEL5。
奨学金だけでも大量の金があるし、ましてや観測能力なんて超絶便利能力を持っているのだから実験の手伝い、暗部のお仕事などでがっぽりと懐に金が入ってくる。
だからリッチなおじさまたちが泊まるようなホテルに学生の身分でありながら泊まることができたのだ。
「ふぁー、……あー」
環境が快適ということもあり眠気が覚めない。
大きくあくびを一つするとベッドの上を転がりながら移動する。
そしてテーブルの上に置かれた携帯を手に取った。
表示画面には『初春飾利』の4文字。
通話ボタンを押すと昨日も聞いた可愛い後輩の声が耳に入る。
『あ、北山先輩ですか?』
「おう、初春ちゃんおはー」
「……おはようの時間じゃありませんよ? 出勤時間も過ぎてます」
壁にかけられた時計を見ると昨日と同じく既に12時をとっくに過ぎていた。
「おそよう?」
「……おそようございます。こほん、北山先輩まだ自宅ですか? 事務仕事がたまってるんですから早く来てくれないと困りますよー」
「えー、今日非番じゃ」
「ありません」
「……いえっさー、今向かいます」
セリフを途中で遮られたことに若干の寂しさを覚えつつ、いそいそとベッドから這い出る。
「はい、待ってます。早く来ないと白井さんと固法先輩に言いつけちゃいますよ?」
「うぇー、それは勘弁。っていうか今第三学区いるから遅くなりそうなんだけど」
「あれ? 北山先輩お自宅は第七学区の学生寮でしたよね? なんでそんなところにいるんですか?」
「あー……、それは……」
理由は昨日の出来ごと。
神裂とか名乗る変態の相手をし、ファミレスで飯を食べて深夜に寮に帰ったのはいいがなぜか隣人の部屋を中心にドアノブが溶けていて扉が開けられず部屋には入れなかった。
おそらく隣人であるツンツン頭がまた何かやらかしたのだろう。が、いちいち追求するのもめんどくさいし考えるのもめんどくさいから敢えて触れないでおく。
「昨日野生の痴女に出会って飯食ったらドアノブが紛失してたからホテル泊まってる」
「はい?」
間違ってはいない。間違ってはいないのだが説明が少し足りない。
だが灰次はそれすらめんどくさいのかこれ以上の説明をすることはなかった。
「まぁ、色々あったんよ」
「は、はぁ、よくわからないけど大変だったんですね」
確かに大変だった、神裂とかいう女の格好が。と考えてしまうのは悲いかな男の性。
「あ、じゃあせっかく第三学区にいるならババロアを買ってきてくれませんか?」
「ババロア? なぜに急にババロア?」
突拍子もないリクエストに思わず聞き返す。
ババロアくらいなら第一七七支部近くのコンビニでも売っているはずだ。
「ちっちっちー、甘いですよ北山先輩。第三学区といえば外部のお偉いさんを招く高級ホテルが並ぶ学区ですよ? ですから第三学区は他の学区より高級なもの、美味しいものを扱ってるんです」
「へぇー」
灰次は学園都市に身を置いて10年近く経つが興味がなかったのか初めて知ったというように相槌をうつ。
「それでですね! 特に駅のすぐ隣にあるケーキ屋さんで売ってるいちごババロアが絶品らしいんですよ!! それでいつか食べてみたいなー、でも
話しているうちに初春のテンションがどんどん上がっていく。電話越しで顔は見えないがきっと向こう側では目を爛々と輝かせていることだろう。
「で、口止め料に買って来いと?」
「はい!」
あらやだ、間髪入れずにいい返事。
「ちょうど今、固法先輩も白井さんも
買ってこなければ言いつけるぞ、か。腹黒い。影で黒春と呼ばれるのも頷ける。
根はいい子なのだが如何せん計算高い。
自分は暗部に所属して裏で色々工作をしているが、よっぽど初春の方が暗部に向いているのではないかと思うほどに。
「仕方ない、りょーかい。いちごババロアね」
「はい、お願いしますね!」
そう言い終わると通話は終了した。
少し回り道になるが白井の説教をくらうよりはよっぽどましか。と、そう口からこぼすと外に出る準備を始めた。
「……そういえば幻想御手ってなんだろうな?」
聞き忘れたことをつぶやきながら。