儚い命と引き換えに、死地へと向かう地底潜航艇の顛末。
人の声か、或いは機械音声かもわからない言葉が暗黒の閉鎖空間に響く。
「故郷は既に死の灰に覆われ、我らには守るべき家族も友人も、そして祖国も残っていない。地表を侵食する放射線はこの瞬間も我々の肉体を蝕んでいる。命が尽きるまで数週間、或いは数日かもしれない」
淡い橙色の燈が点り、蠢く人影の足下に鈍く光る円筒形の物体が浮かび上がった。
「我々に残されている物は、燃え尽きようとする命と、黒い鋼の棺だけだ」
金属を叩く冷たい音が鳴り渡る。
「私は敢えて死神の道を選ぶ。この鋼の棺で、奴らをこの世界から抹殺する。地底潜航艇隊、出撃」
死の影に憑りつかれた群れがヒタヒタと鉄の筒へと歩み寄っていく。黒の世界にノズルからの閃光が奔り、赤や緑の曳光を残し、幾つかの鋼鉄の円筒が発進していった。
情報が伝わる以前にメディアはズタズタになり、開戦の理由を知る者はそこにいない。
古くから軍事基地があったその町も例外ではなく、緒戦の核攻撃によって地表の市街は消滅し、地下施設で地底潜航艇の操縦訓練を行っていた兵士だけが生き残っていた。
地底潜航艇とは、現用兵器の最大の盲点である地底から侵入するものである。全長11m。搭乗者二名。燃料電池式の電気モーターを動力とし、敵の地下作戦室、或いは地下動力室などに本体ごと侵入し、指揮系統、電気系統を破壊することを目的としていた。地質によっては一時間に60㎞近く進撃できるが、削岩機の動力消費は大きく、艇の七割を蓄電池にしてもフル充電で20時間以上稼働出来ない。機首に装備された巨大な削岩機が往年の空想科学兵器を想起させるが、勇壮な外観とは異なり一切の火器を有せず、至って単純な攻撃手段しか採り得ない代物である。
標的物に到達しなければ地中で最期を迎え、仮に敵基地に突入し破壊に成功したとしても則ち搭乗員の殉死となる。
地底潜航艇とは最初から、人間を部品として組み込んだ狂人の発明と言えた。
地底潜航艇一号艇。
操縦器は機首に近い場所に設けられ、振動と騒音が激しい。窮屈な艇内に満載された蓄電池の化学薬品の臭いが鼻を衝く。羅針盤が不規則に揺れ、赤い室内灯と紫外線に照らされる計器の燐光が、二人の搭乗員の姿を浮かび上がらせていた。後方席に座る兵が、小さな紙片を操舵席の兵に手渡す。
【針路修正、北7度】
騒音の為、会話は筆談のみで行われていた。
紙片に作戦行動と無関係な文字が綴られている。
【われわれはまるでカミカゼです】
【カミカゼには守るものがあった。われわれは何のために死ぬのだろう】
再び受け取った紙片に、操舵席の兵の葛藤も記された。
【カミカゼがうらやましい】
と書いて、手渡すことを止めた。兵士の歯茎からは被爆による出血が続き、口腔内は錆びた鉄の味が広がっている。体節のリンパ腺は腫れ、艇内を身を屈めて移動する度に鈍痛を伴う。若い肉体の細胞は、猛烈な速度で癌化している。この身体はもう駄目だとすぐにわかった。
(最期にもう一度太陽を見たかった)
地下訓練が続き、最後に陽の目を見たのは二週間前だった。
若い兵士の溜息は、削岩機の騒音に紛れていた。
【針路修正11度】
【再修正9度】
【再再度修正13度】
羅針盤を覗く兵の表情が曇る。攻撃目標への進行方向が小刻みに変化し続けている。彼らは核攻撃によって地磁気が変化していることを知らなかったのだ。
【気圧上昇】
操舵席に座る兵が紙片を受け取った時、一号艇はひび割れたアスファルトを破って地表に跳び出していた。完全な計器の作動ミスであったが、振動により計器に故障が発生する事態は予想されていたにも関わらず、技術局によって見過ごされていた。この兵器の根本的な欠陥である。地底潜航艇の舷側には、移動補助用の小さな履帯が等間隔で三基装備されているが、瓦礫に乗り上げたため地表面を捉えることが出来ず、履帯は虚しく空回りするだけであった。
オゾン層が消滅し、強烈な紫外線と残留放射能が降り注ぐ地上は灼熱地獄と化していた。遮るもののない太陽光の下、鋼鉄の筒は次第に加熱されていく。機首の削岩機が使用出来なければ、地下に潜る方法はない。地下への潜航を試み、何度削岩機を作動させてみても徒に地表を削るだけである。
幸か不幸か、胴外に漏れていた可燃性の気化燃料に、アスファルトと削岩機の摩擦によって生じた火花が引火した。乾燥した地表の空気を媒体に、炎は一号艇の周囲を瞬時に包み込み燃え上がる。摂氏50℃に達する地表気温の下、機体は次第に赤く色を変えていく。
脱出する暇は無かった。やがて燃料電池が爆発し、一号艇は地上に四散した。
死の間際、兵は陽の光を目にしていたかもしれない。
地底潜航艇二号艇。
二号艇は異常なく、標的施設へ直進していた。
かつて行き交う人々の雑踏で賑わっていた地下鉄街を横切った際、削岩機に奇妙に纏わり付く物質が存在した。蛋白質の塊の吹き溜まりを、艇内からは目視出来ないのは幸いであった。
【針路200m先に放熱反応。移動体と認識】
【大きさの報告を請う】
【反応は50m以上。巨大な対抗兵器と推測】
地底潜航艇への対抗可能な兵器は存在しないはずだった。しかし敵勢力は、地底潜航艇の4倍以上の規模を持つ、潜地艦とも呼べる兵器を地下に遊弋させ待ち構えていた。彼らが独自の視点で兵器を開発したと信じていたが、希望は脆くも破られた。
【回避行動の可能性を請う】
【全周囲に反応。我れ包囲陣の中央に位置、脱出不能】
【敵機体の一つを突破し攻撃地点に向かう。我れ攻撃態勢に移行。旋回による遠心力に注意】
三号艇内。
接敵に緊張する筆談の紙片が二号艇内で交わされていた同地点同時刻、三号艇でも巨大な移動体を察知していた。
【反応50m以上。包囲網に補足された。離脱不可能。戦闘不可避】
削岩機の回転を停止させ、相手の動向を覗っていた三号艇に、敵は急激に変針し突入してきた。
【敵変針、我に向かい突入】
【我れ回頭す。迎撃態勢】
三号艇は敵艦と覚しき相手と正面から対峙する形で進攻を開始した。
地底潜航艇は、機首の削岩機で敵の船体を切り裂く古色蒼然とした戦闘形態しか採れなかった。
二号艇は艇体を敵艦後方に回り込ませるため、舷側履帯を最高速で回転させる。削岩機を止め尾部を地中の壁に叩き付け直角に旋回し、敵艦の胴体中央を狙い突進した。
【敵艦、我れの進行方向に交叉】
「ぶつかる!」
聞こえるはずもない絶叫の後、二号艇の機体表面を削る不快な振動と金属音が轟く。
前後に別れた二つの物体は互いに旋回し再び対峙した。地中での三次元戦法を試みるため、二号艇は鋭い上げ角を取り、灼熱の地表面に向かうリスクと引き替えに追撃を振り切る。地表に直進すると見せかけ上部履帯で地中面を蹴り、40度の急勾配で下げ角を取り地中深部へ身を潜める。
肩透かしを喰らう格好となった相手も、次には咄嗟に下げ角を取るが、時すでに遅く、その後方から二号艇が出現していた。追う態勢で急曲線を描き、精一杯の回避を行う。だが大きな弧を描いた曲線も徐々に小さくなり、二号艇に追い詰められていく。
下部履帯を跳ね上げ上昇態勢に移行した相手を抑え込む形で、二号艇は敵艦中央部に削岩機を以て突入し破壊、沈黙させた。
敵を撃破した達成感に、二人の搭乗員は思わず固い握手を交わす。だがその代償に、二号艇の機体は著しい損傷を受けていた。
機関の確認をし、二人は愕然とした。削岩機の動力シリンダーに亀裂が入り、回転不能となっていたのだ。
地底に閉じ込められ、酸素が薄くなっていく艇内で、二人は撃破した筈の敵艦が復活している反応を目にする。
(どういうことだ)
敵の潜地艦とは、地下鉄車両の残骸の誤認であった。標的が移動していたのも、地底潜航艇の探索装置の不備によるものであり、撃破したものは僚艦である三号艇そのものであったのだ。
突入された三号艇は動力より有毒ガスが発生し搭乗者両名とも早々に死んでいた。
地下の三次元戦法によって、深度は100mを超えていた。
被爆によって死ぬ前に、酸素不足によって命の灯火は吹き消された。
三つの棺が、こうして葬られた。