明日から華祭ということで町は更に装いを華やかにしており、シアンなんかは早速朝イチで出かけていった。どうやら遊園地らしいが……例のいい感じの相手だろうか?
バイトも華祭に専念のためか俺らに特にすることもなく実質お役御免。観光といっても明日からのほうが面白そうだし、ということでゴウトを誘ってバトル修行でもしようかと思う。
「おっ、トレーニング? いいぜー。どこでやるよ?」
「裏手の広場ならできるかな?」
ポケセンの裏手にある広場は一応バトルコートのように薄く線が引いてあるので模擬戦くらいなら簡単にできそうだ。幸い人も出払っていて混雑する様子もない。
安全確認のため周囲の人間やポケモンを確認したが道を隔てた場所で子供が遊んでいるくらいであそこまで流れ弾がいくこともないだろう。……いやでもなんかあそこの子どもたちイシツブテ投げてないか? え、怖……。
「せっかくだしイオトとエミも誘わないか?」
「やめとけやめとけ」
心からの善意で二人を誘うのを止める。いやゴウトからすれば強いトレーナーである二人とトレーニングしたい気持ちはまあわかる。
だがあの二人、特にイオトはホント教え方が下手というかとりあえずレベルあげとけみたいなところあるから最悪ジムの難易度があがるだけになりかねない。
「うーん……でも、エミに元気ないし、気分転換になるかと思って」
確かにエミは先日からずっと元気……というか死んだ目をしている。アシマリに擦りつかれながら億劫そうに虚空を見上げている。言われてみればちょっと心配だ。イオトはどうせ何もしなくても勝手になんかやってるだろ。
というわけでエミも誘って裏手へとやってきた。エミはアシマリを抱えながらベンチに座ってとりあえず様子を見てる。
「よーし! それじゃまずは1対1で!」
「サルすけ!」
「ドーラ!」
同時に選んだポケモンはヒコザルVSペンドラー。こちらが不利だが──
「ドーラ、ころがる!」
体を丸めてヒコザルに迫るもヒコザルは身軽な動きでそれをひょいっと避けてみせる。ドーラは当たらなかったと判断すると勢いを衰えさせず方向転換して更にヒコザルにぶつかろうとする。
「サルすけ! かえんぐるま!」
ドーラのころがるに真っ向から対抗するようにかえんぐるまでぶつかろうと突っ込んでくるヒコザル。ドーラに避けろ!と指示する前にヒコザルの動きが早すぎて激突する。
鈍い音が響き、土煙と炎の熱だけを感じながら視界が晴れると二匹とも目を回して倒れているのが飛び込んできた。
「あーっ!? サルすけー!」
予想外だったのかヒコザルに駆け寄るゴウトはボールにヒコザルをしまってやると少し悔しそうに口を引き結んだ。
「いけると思ったんだけどなー。進化してれば耐えられたか……?」
「そういえばもう進化してそうなのにヒコザルのままなんだな」
ドーラの背を撫でながらボールにしまってやると前から気になっていたことを投げかける。レベル的にはもう進化していてもおかしくないのだが……。
「なんかなー、あんまり進化したくないみたいで」
進化したくないから進化しないなんてあるのか……?
シアンのクルみみたいにかわらずのいしでも持ってるわけではないのにそんなことあるのか。ポケモンの生態って不思議だなぁ。
その様子を見ていたエミはため息をつきながら俺たちに冷めた視線を向ける。
「で、正直僕にこれを見せてどうしろと?」
ややつまらなさそうな声。アシマリがすり寄ろうとしているのを手で抑えながら俺たちに言う。
「アドバイスとか求めてるなら他に適任がいるんじゃない?」
「そんなこと言うなよ。お前だって俺らよりは色々詳しいだろ」
「僕自分でバトルするほうが好きだし」
そういえばそうだったな。でも俺らじゃ対等の相手にならないしなぁ。
「まー、正直今の様子じゃこの町のジムリーダは無理じゃないかな。あれ、相当強いよ」
「じゃあ具体的なアドバイスくれよ!」
「具体的な……か……そうだなぁ……」
アドバイスをどうするかと考えているエミの思考を遮るようにポケフォンが鳴り、思わず自分のかと確認しかけるがエミのものだったようだ。サーナイトに渡して届いたメールを確認すると「げっ」と眉をしかめる。
「……ごめん、ちょっと急用。今日中には多分戻れないと思う」
「お、おう。どうした?」
「ちょっと身内に呼ばれた」
気分が萎えているのがありありと見て取れる。心配そうにするアシマリを引き剥がしてボールにしまうとため息をつきながらブツブツと文句をたれつつポケセンから離れていく。
「まったく……────は僕に頼ろうとするなっての……」
途中よく聞こえなかったがきっと呼び出した人に対する愚痴だろう。
結局ゴウトと二人になってしまったので仕切り直すために手持ちを変えて挑戦することになりエンペルトを出すとゴウトが感心したように「おー」と声を上げた。
「すっげー立派なエンペルトだよな~。やっぱり一番強いのか?」
「どうだろうなぁ。確かに強いとは思うんだけど」
なんだかんだで手持ちの中では突出しているが水と鋼なのにやたら氷技が得意みたいでだいたい指示してないと氷技使おうとするんだよな。
「前の主人の影響だと思うんだけどすごい器用なんだよ」
エンペルトが仕方ないというような顔で冷凍ビームでヒコザルを模した氷像を作ってびっくりするヒコザルに得意げな様子だ。
「おお~、これ戦闘とかに応用できたらすごいんじゃね? アンリエッタさん草タイプだし」
「だよなー。その訓練でもしてみるか」
元々エンペルトはジム攻略の鍵になるとは思っていたがこおりタイプでないとはいえせっかくの長所だ。伸ばして活用していきたい。
「よーし、じゃああれだ。つららばりみたいに尖った感じの作れたりするか?」
「……」
ちょっと考えた様子で氷の塊を作るとまるで短剣みたいな形になってエンペルトがそれを掴み取る。おお、かっこいい。絵になるな……。
「物理技って感じだなー。でもこれで攻撃するより直接攻撃したほうが……」
「あ、じゃあそれこそつららばりみたいに投げて攻撃すれば?」
二人で腕を組みながらエンペルトのオリジナル技を考える。やっぱり変に凝るよりシンプルなのが一番だな。
「よし、じゃあちょっと試しにエンペルト、氷剣を投げてみよう」
そう言ってとりあえず大きめの葉っぱにペンで的の形を描いて配置してみる。エンペルトは余裕の表情で氷剣を投げ──
なぜか正面ではなく左に大きくカーブして回転しながら飛んでいった。
そして最悪なことに氷剣が飛ぶ先に通りかかろうとしている人がいる。
「危ない!」
通りすがりの人がどうか避けてくれることを願いながら叫ぶと、その人は驚いた様子もなく連れて歩いていたエーフィがピタリと眼の前で氷剣を念力で止め事なきを得た。
エーフィは得意げにふんすと鼻を鳴らして念力で止めた氷剣をごとんと地面に落とす。それを見てトレーナーもよくやったと言わんばかりにわずかに身をかがめてエーフィーを撫でた。
無事でよかったがこちらがやらかしたのは事実なので謝罪するために近づこうとする。
すると、通りかかった人の背後からイシツブテが剛速球で飛んできて通りかかった人の頭に直撃した。
あまりの衝撃的な光景に俺もゴウトも言葉を失う。
犯人というか不幸な事故の原因はイシツブテ投げをしていた子どもたちで慌てて駆け寄ってくる。
「すいませ〜ん、イシツブテすっぽぬけちゃって〜」
イシツブテがすっぽ抜ける!?
子どもたちはイシツブテを抱えて元の場所へ戻ろうとする。一応頭は下げているけど罪悪感はそれだけなのか都会っ子よ。
「だ、大丈夫ですか!?」
その場に膝をついて倒れたトレーナーに駆け寄ってまず意識があるのか確かめる。き、気絶はしていないが……。
「お、俺は誰だ……」
俺とゴウトは呼吸が止まった。
通りかかったエーフィを連れた金髪のトレーナーはぽりぽりと頬を掻く。
「まさか冗談をそんな真に受けられるとは……」
「ジョークを言っていい状況を考えてもらえますか!」
完全に重傷、そして記憶喪失だと思って慌ててポケセンに連れ込んだものの人間の病院じゃないので簡単な検査だけで終わった。しかし異常は特に見当たらなかったのでまずは一安心だろうか。
「手間を掛けさせた。俺は問題ない。少年たちはバトルに戻るといい」
「この状況でバトルに戻れるほど図太くないです……」
直接俺たちのせいではなくともさすがに申し訳無さしかない。あのとき俺たちのせいで立ち止まったのだから、頭にイシツブテを食らってるし……。
「それにしても少年、以前見かけたときより幾分か良くなったようだな」
「……以前?」
あれ、この人に会ったことあったっけ?記憶を辿るが知り合いにこんな人は──
『少年。恨みでも買ってるのか』
会ったことあるわ……。確かハマビシティ、スワンナレイクですれ違ってそんなこと言われたはず。
「えーっと……ハマビのとき以来、で合ってます?」
「そうだな。あのときは随分と色々良くないものを背負っていたから気になってな」
「良くないもの……」
そういえばリコリスさんに呪われてるとかエスパーとかのなんかそんな感じのもの払ってもらったような……。
ちなみにイヴはやっぱりイーブイ系列が気になるのか、すましたエーフィにイヴが前足をつんつんしている様子がとても愛らしい。エーフィはフンッとそっぽを向くもイヴはつつき続けていた。
「それで、変わったことをしていたみたいだが……」
まだ残っている氷剣を見て不思議そうに金髪のトレーナーはエンペルトをを示す。
オリジナルの技を作ってみようとしたとは言えない。
「じ、実はジムリーダー対策に何か氷技を作ってみようかなって……」
「ふむ……なるほど。だがまあ、こういうのはジムリーダーくらいなら皆大なり小なり持ち合わせているから付け焼き刃だとやり返されると思うぞ」
ストレートなマジレスきっつい。
いやまあアマリトのジムリーダーたちだもんな。オリジナル技くらい持ってても驚かねぇよ。
底の浅い考えを指摘された俺とゴウトが揃ってため息をつくとなんだか申し訳無さそうに金髪の男は言う。
「だが……まあ戦略の幅を広げるというのは間違いではない」
じゃれついてくるイヴを押しのけようとするエーフィを呼ぶとどこか独特な空気をまとったその人は小さく子供を諭すように笑う。
「俺はレオニス。今日はこれから用があるので失礼するがもし次会うことがあればアドバイスでもしてあげよう」
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夕方になり、オレンジ色に染まりつつある町並みを並んで歩く二人がいた。
「フユミちゃん華祭はどうすんの?」
「……お、お休みはいただいたので祭には顔を出そうかと……」
クールな少女、フユミはほんのり赤く頬を染めている。男ことイオトと身長差もあってか表情は見えないだろうがイオトのようすからして察しはついているようだった。
「じゃあ一緒に行こうぜ?」
イオトの言葉にフユミは「考えておきます」とぶっきらぼうに返すがやはり表情は満更でもなさそうである。
ふと、人通りの多い道であるから当然だがとある人物とすれ違った瞬間、イオトは何かを感じ取ったように立ち止まる。
「どうかされました?」
「いや……ちょっと気になって」
すれ違った金髪の男の背を睨む目はいつものイオトとは違う、剣呑としたもの。
フユミはそんなイオトの横顔を見てどこか不安そうに袖を強く掴んだ。
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「ふへへ、ふひひ……」
にやけきったシアンの顔を呆れた様子で見るミミこ。遊園地デートの帰りなのだが幸せいっぱいという様子で足取りも軽やかだ。
「たーのしみですねぇ」
華祭の間も一緒に見て回ると約束をしたためまさに幸せの絶頂とも言えた。
そんな浮かれきったシアンの背後に男が立つ。
「あのー、ちょっといいかい?」
シアンが振り返ると、長身の男が立っていた。ジュンサーらしき格好をしており、どこか爽やかな雰囲気を漂わせている。
「はいですよー?」
「実は道に迷ってしまって……モミノキホールがどこにあるか知らないかい?」
「ああ、それなら……」
先日の劇をした場所ということもあってシアンは身振り手振りを交えて説明する。ちゃんと伝わったのか警察の男は安心したように微笑んだ。
「いやー、助かったよ。ラバノはほとんど来たことなくてね」
「ジュンサーさん、よその町の人です?」
「うん。配属されたこともなかったんだけど明日から華祭だろう? それもあって応援に呼ばれてね」
「あー、なるほど。お勤めご苦労さまですよ!」
はは、と爽やかに笑う
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結局、ゴウトとの特訓でオリジナル技はいまいち精度をあげることができなかった。だが基礎は鍛えられたのでよしとしよう。
そういえばエミは今日は戻らないって言ってたしイオトも戻ってきてないな。シアンは戻ってきているが部屋は隣なので今はゴウトと俺だけである。
夕食を終え、シャワーを浴びたからか急に眠気が来て目をこする。
明日に備えて早く寝るか……とベッドに入ろうとするとポケフォンにチャットが届いていた。しかも夕食前から。ずっと気づかなかったけどそもそも連絡来ること少ないしなぁ。
あるとしたらまだ戻ってないイオトあたりだろうかと開いてみると予想外の人物に眠気が吹っ飛ぶ。
ユーリさんである。連絡先は交換していたがなんで?
『お前明日暇か?』
しかも俺の暇を聞いてどうするの。そっちの用件教えてくれませんかね。
『特に予定はないですけどなんですか?』
そう返信するも既読はつかない。
待つのも有りだが……正直眠い。
「電気消していいかー?」
「あー、うん」
ゴウトも眠いのか部屋の電気を消してポケフォンをいじっているが……既読はついたものの返事はない。
なんだったんだろう……と思っていると眠気に抗えずポケフォンを手放してまぶたの重みに従ってそのまま夢の中へと誘われていった。
ヒロが眠った後、ポケフォンの通知が鳴るがイヴが少し反応しただけでヒロもゴウトもそれに気づくことはなかった。
朝のアラームよりも早く、扉をノックする音がして眠い目をこすって起き上がる。
ジョーイさんだろうかと扉に手をかけ、正面を見ると少し下、背が低いから見下ろす形になってしまうその人が腕組ながら仁王立ちしていた。
「さっさと起きんか」
トゲのある声だが怒っているわけではない。しかも表情も不機嫌というよりどこかぼーっとしているように感じる。そう──
ユーリさんがなぜかそこにいた。
なお作者は剣盾買ったのにリアルの都合でしばらくプレイできない模様