新しい人生は新米ポケモントレーナー   作:とぅりりりり

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ボツにしたサブタイ
合法ロリとデートすることになったんだが胃が死にそうな件について


予想外の遭遇

 ──どうしてこんなことになっているんだろうか。

 

「……」

「…………あ、あの……」

「ん?」

「あ、いえなんでもないです……」

 なんで俺と華祭回ってるんですか?なんて口が裂けても言えるはずがなく。

 

 どうしてこうなったんだっけなぁと朝の出来事を思い出す。

 

 

 

 

「あ、え、あの、えっ? ユーリさん、なんでここに……?」

「お前、暇なんだろ?」

「え、あ、はい」

 実際暇というか華祭を見て回ろうくらいに思っていたので明確な予定はない。ちらりと後ろを見るとまだ寝ているゴウトは確認できたがイオトもエミも不在だ。昨日から帰っていないんだろうか?

「よし、じゃあちょっと付き合え」

「な、なにに……?」

 

「何ってデートだが?」

 

 

「はぁ?」

 

 素で素っ頓狂な声を出して目の前にいるのユーリさんを見下ろす。

 本気でわけがわからなくてユーリさんを「正気か?」なんて顔で見てしまう。いや絶対正気じゃないだろ。

「ホールで待ってるから早く準備しろ」

 勝手に決めつけるように言うとポケモンセンターのホールへと足早に去っていく。

 これ、嫌ですって言えるか? 言えない気がする。シアンに助けを求めるように部屋を伺うもシアンは既に出かけたようで完全に巻き込めるのがゴウトしかいない。

 しかし、ゴウトを巻き込むのは罪悪感がすごい。シアンとかイオトならなんの躊躇いもなく道連れにできるのだが。

 

 漢方を飲むよりも苦いものを口にした気分で支度を済ませ、いったいデートとはなんの隠語なのかと不安を抱えながらユーリさんと合流し、華祭で盛り上がるラバノシティへと繰り出した。

 そしてなぜかと口に出せないまま今に至る。

 

 

「ねぇ、あれユーリさんじゃない?」

「ホントだ! ……一緒にいるの誰?ジムトレ……には見えないけど」

「探偵業の方の部下じゃ?」

 

 うわぁ、めっちゃ注目されてる。

 俺自身はただの一般トレーナーです、そんな見ないでください。

 ユーリさんは視線を気にした様子もなく、連れのピカチュウが興味を示したものを見ては「それは後で買ってやるぞ」とか「そんなの買ってもお前すぐ飽きるからな」みたいなこと言って嗜めている。

「あのー……」

「ん?」

 振り返ったユーリさんが怪訝そうに俺を見上げてくる。身長差があるのでどうしても俺が見下ろす形になってしまう。

「どこに向かってるんでしょう……」

「特に決めてないぞ? 一応最終的な目的地は定めてはいるが」

 マジでデートみたいなこと言ってるぅ……。

 こんなふうに胃がキリキリするけど腹は減る。

 あちこちの屋台から甘い匂いや香ばしい匂いが食欲を刺激してくる。屋台のものだけあって割高だが普段見ないようなものも目に入ってきた。

 ふと、華やかな祭とはいえやっぱり焼きそばはどこにでもあるのか、焼きそばののぼりが見えて思わず視線が向く。朝何も食べてないから作っている様子を見てるとますます腹が減ってきた。

 屋台の焼きそばってなぜか妙にうまそうに見えるんだよなぁ。

 

「なんだ? あれが食べたいのか」

 

 俺の視線に気づいたのか、ユーリさんは俺を見上げながら財布を取り出していくらか差し出してくる。

 

「ほら、多めに小遣いやるから俺の分も買っといてくれ」

 

 なんかこの人一周回って親戚の人みたいになってきたな……。

 自分が行くと注目を浴びて邪魔になるだろうからと少し離れたところで待つと言われたのでさっさと買ってしまおうと列に並ぶ。幸いすぐに買うことはできたのでユーリさんを探していると思わぬ人物から声をかけられた。

 

「ん? なんだお前も来てたのかよ」

 

 それはハマビで会って以来のランタである。が、一人ではない。

 赤毛の少し丸っこい少女が一緒にいた。目をぱちくりさせ俺を見た少女はランタに視線を向け首を傾げる。

「知り合い?」

「あー、まあそんなもん」

 親しげな様子が気になるが見覚えのない相手だ。

「えーっと……ヒロです……旅の途中のトレーナーやってます」

 

「どーも、ランタの彼女やってるペトナでーす」

 

 お互い軽い自己紹介、のつもりがとんでもない爆弾発言に思わず手にしていた二人分の焼きそばパックを落としかけた。

 

「彼女いたの!? お前が!?」

「なんで俺に彼女がいたら驚くんだよ……」

 だってお前、シスコンすぎてやばいやつだと思ってたから……。

 ナギサと遊びにいったのが知られたら俺ぶっ殺されるんじゃないの?と思わずにはいられないので余計なことは言わない。

「こいつはイドース地方のジムリーダーで、華祭行きたいってうるさいから一緒にな」

「普段そういう風に出かけることないんだからたまにはいいでしょ?」

 当たり前のことだが二人のやり取りからして仲がいいのは確かだ。軽口を叩いてはいるが親しいからこその距離と言うべきか。

 するとペトナさんはどこか意外そうに「ふーん」と俺を見る。

「あんまりランタの友達っぽくないっていうか真面目そうだね、君」

「ダチじゃねぇ」

「友達とかではないです」

 ランタと気持ちが一致した。顔見知りではあるが親しいわけでも特別不仲でもないから友達とは言えない。まあでも姉の同僚だし仲良くしておいたほうがいいんだろうか。

 そういえば、もしキスミ博士のいうチャンピオンの件をどうにかするなら、こいつといずれきちんとバトルするかもしれないんだよなぁ……。

 

「そういやお前一人か? ツレいたはずだろ」

 ランタの言うツレとはシアンたちのことだが今は一緒ではない。が、代わりにユーリさんを待たせていることを思い出してハッとする。ランタの彼女のインパクトに意識が飛んでいた。

 

「おい、遅いぞ」

 

 ユーリさんのことを思い出した直後、狙ったかのように後ろから声がかかってびくっと肩を竦ませる。

「ん? なんだランタと──」

 俺がランタと話していることに気づいて少し目を丸くしたかと思えば、次の瞬間、ペトナさんが叫んだ。

 

「ぎゃあああああああああッ!?」

 

 その周りの視線を一身に集めるほどの絶叫に、ユーリさんも怪訝そうに眉をしかめる。

 

「あ?」

 

 ランタは何かを察したのか「うっわ……」と思わず漏らして口を覆うも、ペトナさんとユーリさんの間にある捕食者と獲物の空気に若干引いていた。

 なお、捕食者がユーリさんで獲物がペトナさんである。

 ユーリさんを見るなりペトナさんは真っ青になりガタガタと体を震わせている。見てて痛ましいほどに。

 

「ああ、あのときのか。どうだ? 少しは成長したか?」

 

「あばばばばばば………」

 

「どうした? あの時みたいに威勢のいい台詞はないのか? ん?」

 

 一歩、二歩とペトナさんに近づいては背が低いこともあって下から覗き込むように歪んだ笑みをペトナさんに向けるユーリさんは魔王というに相応しい姿だった。

「はっ、小心者め。恋人だ何だと浮かれてる暇があったら少しは鍛錬でもしたらどうだ」

 ランタはそれを聞いた瞬間、巻き込まれたくないという顔を浮かべつつも逃げ切れないことを悟り棒立ちで達観している。俺には訳がわからない。

 ペトナさんはようやく我に返ったのか即座にランタの背後に隠れてユーリさんを指さした。

「う、う、ううう、うううううるさいんですよ! だいたいそっちだって男連れじゃないですか! なんですか! 知ってるんですよ! いい歳して彼氏もいないって!」

 急に俺にまで流れ弾がきた。えっ、なんで俺にまで!?

 

「えっ俺!? 俺は──」

 そういうのではないと否定しかけたところでユーリさんが声を被せるようにペトナさんに言う。

「俺の男だが?」

 

「ギョア」

 

 ユーリさん、今なんて言った?

 

 思わず変な声が出るほどに予想外の言葉に宇宙に放り投げられたような思考の迷子に陥る。

 ランタも「えっ」と素で困惑しているようでペトナさんに至っては灰になりそうな勢いだ。

 

「見ての通りデート中だが何か?」

 引っ張られたのはいいが見えないところで背中をつまむのやめてください痛い。余計なこと言うなということだろうけど痛い痛い。

「お前やあのアバズレは男を俺より上に立てるステータスかなにかと思っているようだが残念だったな。俺だってその気になれば相手には困らん」

 まあ……それは事実だと思うんですが……。

 

 あえて突っ込むまい。

 

「さて、男を理由にした程度で悦に浸っていたようだが」

 むしろこの場合ユーリさんの方が俺を理由にペトナさんをいじめて悦に浸っているようだが口にしたら多分今以上に痛い目に合うので黙っていよう。

 

「うううううぬぬぬああああ……! いい歳してばっかみたい! うわぁーん!」

 逃げるように走り去っていくペトナさんを憐れみの目で見送ったランタはため息をつきながらユーリさんを睨む。

「あんまいじめないでやってくださいよ。あいつあれ以来トラウマみたいになってるらしいので」

「知らん。少し灸をすえてやってだけだぞ」

 もう用はないとばかりに俺を引き寄せた手を放してランタに向き直るとどこかスッキリしたように両腕を伸ばす。

「で、お前はどうするんだ?」

「どうせ拗ねてると思うんで拾ってやらないと」

 そう言い残してペトナさんが逃げた方へと去っていく。

 ランタが完全に見えなくなって、しん……と微妙な空気だけが残る。さすがに意図がわからなくて焼きそばを一つ手渡しながらユーリさんに問いかけた。

「……どういうつもりであんな嘘を?」

「なんだ。嬉しくなさそうだな」

「いやいきなりそんな訳のわからないことされて喜ぶやついます?」

 説明もなしに勝手に自分の男宣言されて喜べるほどぼんやりはしていない。

「これでも昔から俺はモテる方だからそういう反応は新鮮だぞ」

 あ、やっぱりモテるんだ……いや、うん。顔がいいのは認めるし黙ってれば合法ロリだから喜ぶ人は喜ぶだろう。イオトみたいな人種とか。

「まあ最初にあれだけ恫喝したから勘違いもするはずないことはわかっているが」

「恫喝って自覚あったんですね」

 やめてほしい。

 そのせいで今日だっていきなり来られてずっと困惑してるというのに。

 話をするぞ、と今いる場所から移動することとなり、それについていきながらその小さな背中を見て「この人、やっぱりよくわからない人だな……」という印象が強くなっていくのをひしひしと感じた。

 

 移動した先でも人は多いがフードコートみたいに屋台と座席が並ぶ場所にやってきた。休憩というよりようやく腰を落ち着けて話すことができる。

 ついでに飲み物も二人分とピカチュウ、そしてイヴのぶんも買ってもらって一息つくとようやくユーリさんは口を開いた。

 

「……はあ、まあ別に黙っていたわけではないんだが……」

 どこか気だるげに手にしたドリンクをストローでぐるぐるし、言葉を続ける。

「俺、数日ぶりに強制休暇なんだぞ」

「強制ってところにまず仕事中毒の気配がするんですが」

 この人仕事しないと死ぬとかなのか?

「この歳になると撮り溜めていたドラマも見る気力が沸かなくてな……映画も見たいものは上映が終わってしまったばかりだし」

 大人の切実な悲哀すぎてなんて返せばいいのかわからない。

「んで、正直休みに何をしたらいいかわからなくて、最近少し小規模なトラブルが頻発しているラバノの視察でも行こうと思ったんだが」

 ここまではまあわかる。というかこの人自分の町以外もチェックしてるとか本当にすごいな。

 

「部下たちに全力で阻止されてな……」

 

 

『なんで休みって言ってるのに仕事しようとしてるんだい?』

『休んでください。お願いですから休んでください』

『そうですよ! どうせなら俺と華祭回りましょうよユーリさん! え、なんでイオリ俺のデスクにそんな仕事積──』

 

 

「とまあこんな感じで一人で視察行くのを却下されてな……」

「なんか一人おかしくないですか?」

 どこのジムにもアクの強いジムトレが存在してる気がする。

「じゃあ知り合いでも誘って華祭にでも行くって体裁で数人に声をかけてみたんだが……」

 

 

『ごめんねぇ。イオリからユーリに仕事させるなって言われてるからぁ、私ちょっと一緒に視察は無理ぃ。っていうか私も華祭で遊びたいし』

『知るかバーカ! この前の対抗戦のせいで俺は! 俺はなぁ!』

『すまないが修行中だ。他をあたれ』

『え? お前と並んで歩くのとかやだけど?』

 

 

「下手に仕事とプライベートが関わっているとすぐ筒抜けでこのザマだし、友人にロクなのがいなくてな……。アンリは忙しいだろうからさすがに無理なのはわかっているし」

「あの……リコリスさん以外の人本当に友達なんですか?」

 思わずユーリさんの交友関係が心配になった。

「友達……というより古馴染みと親戚というか……そうだな……悪友というのが近いかもしれんな」

 どこか遠い目をしながらユーリさんはズズッとドリンクをほとんど飲み干すと再びため息をつく。

 

「まあお前はそういう意味でちょうどよかったんでな」

「はあ……」

 俺は胃が痛いです……。

「それにお前、俺に下心ないだろ?」

「そっすね……」

 見た目は本当に美少女だし顔をまじまじと見て「かわいいなぁ、綺麗だなぁ」という感想は抱いても異性として好きとは欠片も思わない。というかどっちかというとまだ怖い。

「なんだ。そんなに俺のこと怖いのかお前。俺はそんなに圧が強いか?」

「強いというかなんだか悪いことしてるような気持ちに……」

「そりゃお前が後ろめたいことあるからだろ」

 ぐうの音も出ない。

 リジア関連があるからあんまり強く出れないんだよなこの人には……。

「だいたい、別に俺だって好きでこんなキツイわけじゃないぞ。いらんこと考えて余計なことしないなら俺だって普通に対応する」

「しませんって……」

「グルマでの一件は?」

「いや……それは……その……」

「アリサの弟だから甘めに見てる方だぞこれでも」

 

 姉の評価がやたら高い。

 

「あいつはまともな上にできるやつだからな。ここ数年の若者の中では一番気に入っているぞ」

「へぇ……」

 なんとなく意外な気がして感心の声が漏れる。姉のイメージが俺のこと周りに言いふらしまくるイメージが強かったからだろうか。

 ユーリさんが焼きそばをピカチュウに食べさせながら雑談がてら俺に話を振ってくる。

「お前、アンリのジムに挑戦するだろ」

「え、あ、はい」

 わざわざ来たんだし今までのジムに挑戦してるんだからそう予想されるのは当たり前といえば当たり前だが少々ドキッとする。この人は何でも見透かしてきそうなので。

「悪いことは言わん。やめとけ」

「……理由を聞いてもいいですか?」

 馬鹿にするというわけでもなく親切心で忠告しているようだ。だとすれば理由を聞いておきたい。

「あいつは強いぞ。ただ強いだけならいいが正直、たちの悪さなら俺よりもひどい」

 あ、自分がひどい自覚はあるんだこの人……。

 焼きそばを器用に持ち上げ、ピカチュウが下からもっもっと麺を咀嚼している横でユーリさんは続ける。

「ま、俺が言えた義理ではないが、下手をすれば心折られるぞ。というか、アンリだけじゃない。お前がまだジムバッジを持ってない残り4つ、俺を抜いてもあと3つだが全員今までのジムリーダーなんかより曲者だ」

 今までの……よりも……?

 

 脳裏に浮かぶケイやナギサはまだいい。邪悪な気配とともに高笑いするリコリスさんとヤンキーも真っ青にメンチを切ってくるコハクのイメージが脳内から消えない。

 これより曲者って何?もはや俺の貧相な頭では想像できない。

「少なくとも、オトギのやつはともかく……お前はアリサの弟だしイヅキは──」

「先のことなんて考えてもそのときにならないとわかりませんって」

 現状、俺が気に留めるべきはアンリエッタさんであってこれから先、いつ戦うかもわからないジムリーダーではない。

「それもそうだな。ま、もしお前がどうしてもというなら少しくらいは付き合ってやらなくもないぞ」

「付き合うって……何を?」

「決まってるだろ?」

 なぜかちょいちょいと手招きされたので身を乗りだすと耳元でどこか作ったような可愛らしい声で囁かれる。

 

泣いても終わらない地獄の訓練(マンツーマンで指導)、だ」

 

 どこか魅惑的な声に確かな殺意がこもっているもののウィスパーボイスとほんのりいい匂いがして一瞬正気を失いかけた。

 し、心臓がバクバクしている……。今までの恐怖ではなくてはっきりとときめきに近い感情だ。

 この人……これわざとやってるのか? 天然でやってるなら怖すぎる。ロリコンじゃないのに思わず揺らぎかけた。

 ……なんかちょっと言葉の裏に物騒な含みがあったような気もするが。

 俺がびっくりして後ろにのけぞったからかイヴがぎょっとして前足でどうしたの?とつついてくる。

 ユーリさんはそれを見てニッと笑うと「いい反応するじゃないか」と面白そうに言った。多分わざとだ。見た目こんなでも俺より一回り近い年上だ。あらゆる意味で勝てるわけない。

 

 はぁ、と息を吐く。最初よりはユーリさんにビクビクすることもなくなってきたがやっぱり視点が違いすぎてまったく何を考えているのかわからない。

「そのー、俺が強くなるために指導してくれるってことでしょうか……」

「もちろんタダではないがな」

 そりゃまあ元チャンピオンで現役ジムリーダーの指導とか金払ってもいいレベルだしそこは驚かないが。

「ちとある人物を探していてな。この地方にいるのは間違いないんだが……どこに住んでるのかがまったく手がかりがつかめないで困っているんだぞ」

「はあ……もし手がかりになりそうな情報があったら伝えればいいんですか?」

「そうだな。そうしてくれると助かる。ああ、探してるやつはチカゲという。昔の記録からすると今は37〜8歳くらいのはずだ」

 ……え? まさか情報これだけ?

「……お前今、情報これだけしかないの?とか思ったろ」

「あっ、いえそんなことは」

「仕方ないんだ……十年以上前の大会の記録くらいしかろくにデータがない。手持ちに関しては一応当時のものはあるが……」

 

 ハッサム、トゲキッス、サンドパン……。

 

 え? 本当にこれだけ?

 

「……顔に出てるぞ」

「ちなみになんで探してるんですか?」

 見つけられる自信がわかないのでとりあえず少し話を変えてみる。そもそもの目的がわからないし。

「ああ、今ちょうど探偵事務所の方の人員を増やしたくてな。あまり募集はかけたくないしある程度腕前含めて信用できるやつがいいから探してるところなんだぞ」

 なるほど……それにしたって情報が少なすぎるのでは?

「俺は昔テレビで見たから顔はわかるが……写真が残っていないしそもそも当時のだから人相が変わってないとも限らん」

「ユーリさんが見たことあるなら似顔絵とか描いてみるってのはどうですか?」

 

 何気なく発した言葉になぜかユーリさんもピカチュウも呼吸を忘れたかのように静まり返った。

 あれ、なんか地雷踏んだ?

「……まあ、なんだ」

 話を誤魔化すようにユーリさんは目をそらしたまはま言う。

「もし手がかりになりそうな情報があれば連絡しろ。それ相応の例は返す」

「わ、わかりました……」

 地雷というよりなんだか痛いところを突かれたみたいな空気だった……。

 

 

 焼きそばもドリンクも空になってしまったのでさすがに居座るには居心地が悪い。ゴミ捨て場に分別して広場を去りながらあてもなくまたフラフラと歩き出す。

「結局、なんで俺のこと彼氏みたいな嘘ついたんですか」

「あれは男がいるかいないかでマウントとってくるやつが鬱陶しいからだぞ」

「俺を使う必要あります……?」

「だから下心ないお前が適任なんだぞ」

 ああ、下心の件、ここにも繋がってくるのか……。

「下手にジムトレや事務所のメンツにそんな役割させてみろ。気まずいどころか一人くらい寝込む可能性ある」

「なんか、どこのジムトレさんも大概重いですよね……」

 なんかこう、重い……。

「あとは……適当に出し物でも見るか」

 そうユーリさんが呟いてポケフォンで祭の日程でも確認しているのかスイスイと指を動かしている。

 俺はその間イヴが興味ありそうな屋台がないか辺りを見渡してみる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、砂場の中に光る何かを見つけたかのように俺はそれに釘付けになった。

 

 

 

 

 人混みに紛れ、一瞬しかよく見えなかったのにも関わらず、はっきりと、間違いないと確信を持てるほどに"それ"はいた。

 

「ん? っておい! 急にどうした!」

 

 ユーリさんの声もどこか遠くに感じる。恐らくもう無意識で走り出していた。

 

 

 あの日、あの時、どうしようもできなかった無力な自分への憤りと、はっきりと敵意を抱く相手への嫌悪。

 それがぐちゃぐちゃにかき回されてもはや理性的な考えはどこかに吹き飛んでいた。

 

 

『びびってんのかなぁ? 怖いんだろ?』

 

 

 そう嘲笑ってきた男の記憶が鮮明に蘇る。人混みを掻き分け、息を切らせながらもその背中に手を延ばして──肩を掴んだ。

 

 瞬間、足を止めてゆっくりと振り返ったその男は、当然ではあるが当時よりも少し年月を重ねた顔をしていた。

 だがそれでも比較的若々しいその緑髪の男は、俺を見てほんの一瞬だけ値踏みするような目をし、すぐさま爽やかな笑みを浮かべる。

「……どうかしたのかい?」

「あ、の……」

 

 あの時の、シオンを、リジアを攫った男。

 

 衝動的に引き止めたはいいものの、頭が真っ白になってしまい、言葉がうまく出てこなかった。

 

 

 

 

 


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