新しい人生は新米ポケモントレーナー   作:とぅりりりり

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届かぬ蝕み

 

 

 

 

 

 呼吸が乱れているのは走ったからか。それともこの状況で緊張しているからか。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……? 何か用があるんじゃないのかい?」

 爽やかな人物を装っているがこいつの本性を俺は知っている。知っているからか、それとも色眼鏡か。この問いも俺を探るかのような重圧を感じてうまく言葉が出てこない。

 

「……もしかして」

 

 俺より少し背の高い緑髪の男はこちらの顔を覗き込むように近づいて先程より低い声を出す。

 

「君、俺のこと知ってる?」

 

 俺が誰か気づいてない、のか?

 確かに、すでに大人だったこいつに比べて俺はまだ子供だったしこれといって特徴もないから気づかれなくても不思議ではない。

 

 ここでするべき正しい対応とは何なのか。

 

 あの記憶が、俺を突き動かすと同時に、それそのものが恐怖で手足を縛ってくる。

 せめて、何か言わなければ怪しまれる。

 

「おい、急にどうした」

 

 俺が緑髪の男を引き止めている姿を見て、ユーリさんは追いかけてきたのか駆け足気味でピカチュウとイヴを伴ってくる。

 ふと、ユーリさんは男を見て一瞬目を細めると、俺が男を掴んでいた手を引き剥がして言った。

「全く……人違いするのはいいが迷惑はかけるな」

 違う、こいつが、と口にしたい気持ちを抑えてユーリさんを見る。

 しかし、ユーリさんの表情は思っていたものとは違った。それこそ、相手に感情を読ませないような無表情。そして俺の背中を見えないように軽く小突く。

 

 この人、まさか俺の反応で何か察した?

 

 記憶を弄った警官がいるという話はしていた。だが俺の態度でまさかわかったというのか。小柄なその体がやけに頼もしく見える。

 

「……お前、この街のジュンサーではないな? 所属は?」

「アケビシティです。今日は華祭の巡回を頼まれているので」

 迷いなく答えた男の言葉にユーリさんは目を細め、露骨に疑うような眼差しを向ける。

 

「あん? そんな話は聞いていないが?」

 

 明らかにハッタリだ。いくらなんでもそんなこと知っているはずがない。だがユーリさんの様子を見てこの人は気づいていることを確信した。そのためのブラフ。

 

 しばしのひりつくような沈黙の後、男は爽やかな笑みを浮かべて言う。

「そりゃそうでしょう。巡回の詳細が知られてたら意味ないじゃないですか」

 あくまでボロを出す気はない男に、ユーリさんもこれ以上は迂闊に触れられないと判断したのかスッと無表情で呟く。

 

「そうか」

 

 短い言葉には確かな決別を感じ取る。これ以上、こちらも聞かないでやるからそっちも何も聞くなという傲慢な心の声が聞こえた気がした。

 

「連れが失礼したな。行くぞ」

 ユーリさんは有無を言わさず俺を引っ張って男から離れようとする。

 せっかく見つけた仇敵だというのに、実際今の俺があの場で何をすればいいか、考えてもわからなかった。俺の曖昧な記憶では、証拠にならない。

 一度だけ振り返り、去っていく男の背中を見送るしかできない自分の無力さに震える指先を抑えるかのように強く拳を握った。

 

 

 

 

 ユーリさんは周りの目を気にしつつ、祭の屋台から少し離れた人通りの少ない路地裏の適当な建物に背中を預けて深いため息をつく。

「まったく……先走ったかと思えば……」

「ユーリさん……あの……」

「なんとなく察した。例の警官だろ」

 本当にこの人察しがいいなぁ。

「まさかこんな早くに本命に当たるとはな。おい、しっかりしろ」

「は、はい」

「チッ……だが所属が聞けたのは幸いか。詐称でなければ特定はできるか……名前も聞き出したかったが……」

 そこまで深入りすると怪しまれる。あくまで悟られないように追い詰めていくしかないと、ユーリさんは歯噛みする。

「正直、アマリトの警官なんぞどこから黒か白かもわからんからな。極力関わらないほうがいいぞ」

「組織ぐるみでもう駄目なんですか?」

「恐らくな。ジムリーダーでもリコリスと俺くらいしか気づいてない。……まあそもそものきっかけが先代のレンガノジムリーダーだがそれは今は関係ない話だな」

 アマリトってもしかして……詰んでるのでは?

 それにしてもユーリさんやリコリスさんが気づいてるのに手出しできないって本当にどうなってるんだ。

「せめてもの救いは俺がいるときだったことだな。お前の身も少しは安全になるだろ」

「……? なにがですか?」

「……アホか。あんな不自然な行動、下手をすれば消されかねないだろ」

 確かに。というか子供時代はそれで記憶消されたし、また消されたら今度こそおしまいだ。……記憶だけで済むならいい方だろう。

「でもユーリさんとなんの関係が?」

「俺の関係者ということは俺と密接に情報のやり取りしてるということだぞ? 下手に手を出す輩はこのアマリトにそう多くいない」

 それだけ、ユーリさんの影響力は未だに強い。確かにユーリさんが後ろにいるというだけで抑止力になる。

 イヴがユーリさんのピカチュウのピケと遊び始めると、ユーリさんは面倒そうな顔で俺に言う。

 

「もうこの際だ。お前、全部知ってること吐け」

 

 もう転生者であること含めてこの人に隠すようなことないしなぁ。そもそも隠してメリットよりもデメリットの方が多い。

 

 リジアの正体は11年前に誘拐されたシオンという少女であること。

 その時の犯人が先程の緑髪であること。

 その後緑髪によって記憶を封じられて最近ようやく記憶が戻ったということ。

 そのあたりを一通りぶちまけるとユーリさんは怪訝そうに首を傾げて手帳のようなものを取り出す。

 

「ん……? しかしそうなると話がおかしいぞ。お前の記憶を消して、あの青髪を手元に置いているとしたらあれはレグルス団というわけだが」

「そうなりますよね」

 俺の相槌にユーリさんは「いや」と否定の声をあげ、続けてその理由を口にする。

「レグルス団は新興組織のはずだ。少なくとも11年以上も前から活動していたなんて形跡はない」

 

 言われてみればレグルス団の幹部や下っ端も皆若かったし、そんな昔からの活動をしてると言われると少し違和感がある。それに、そもそもあの誘拐緑野郎がレグルス団だとしたらリジアがユクシーの目を見て記憶を失ったあたりがよくわからなくなる。

 

 未確定な情報ばかりだがあり得る可能性としてはレグルス団以外にも別の組織が存在している。緑髪はそちらの所属で、リジアはそこから逃げ出し、レグルス団に所属している。

 ……困った。リジアの罪を軽くしようと考えるがレグルス団にいる時点で駄目だこれ。

 

「うまく隠していたというのなら今になって目立つような真似を繰り返すのも不自然だし……んん? レグルス団以外にもやはり何かいる……のか?」

「だとしたら何が目的で……というかそもそもレグルス団とは無関係なんでしょうか……」

 

 

 うーん……と思考がお互い煮詰まってしまう。手がかりが少ない。

 

 

「……情報不足だな。しばらくは警察関係を洗い出してみるか」

 がしがしと頭を掻きながらユーリさんは手帳をしまって俺に向き直る。

「お前、わかっていると思うが何か手がかりを得たら俺にすぐ伝えろ。それと、さっきみたいに暴走はするな」

「手がかりを失うわけにいきませんからね……気をつけます」

「……いや、一応お前の身を心配して言ってるんだが……」

 呆れたような顔で見られて腑に落ちない。えっ、なんでそんな目で見るんですか。

 ユーリさんの考えは未だによくわからないことが多い。悪い人ではない。確実に言えるのは味方であればこれ以上ない程に頼もしい。

 ……リジアのことがあるのでいつかまた怒られる気はするが。

「さて、まあ祭りを楽しむような気分でもないだろうが……」

 路地裏から見える賑やかな光景を一瞥してユーリさんはポケフォンをぽちぽちとし始める。

 そして人の多い場所へと少しだけ移動し、通行の邪魔にならない程度の場所で立ち止まる。

「何してるんですか?」

「イオリに祭楽しんでる証拠写真をSNSにあげろと言われていてな……」

 思い出したようにピケとイヴの写真を撮るユーリさん。その角度だと俺の靴とかちょっと写ってませんかね。

 まあ別にやましいことないし、聞いた感じジムトレとかの身内からのリクエストだろうから問題なさそうだ。

 

 

『久しぶりの休暇 #華祭 #ラバノシティ』

 

 

 

 SNSに写真とともにアップすると、どうやらピカチュウがユーリさんにポケフォンを貸せとねだっているようだ。

「なんだ、お前も写真撮りたいのか?」

 俺が撮ってやるのに……とぼやきつつもピカチュウにポケフォンをカメラ状態にして渡す。

「このあとの予定は決まってるんですか?」

「特にないぞ。まだ付き合うなら晩飯くらいは奢ってやるが」

 ……本当にこの人、ことあるごとに飯奢ろうとする親戚みたいになってきたなぁ。

 その後、結局少し高めのご飯を奢ってもらったのだが、なんとなくユーリさんへの恐怖というか、怖い印象はなくなったような気がした。

 

 

 

 

 

 ピカチュウのピケはイヴと一緒に変顔写真を撮ろうと二匹で並ぶ。ピケはユーリのポケフォンを器用に操りながらインカメラでぱしゃりと二匹を撮った。

 すると、意図せずユーリとヒロが背景で二人並んてる様子が映り込み、そのままピケがユーリのSNSにそれをアップ。

 

 後にこの写真が、ファン、アンチ、ジムトレや身内含めて大炎上することになるのだがそれはまた別の話。

 

 

 

 

 

————————

 

 

 

 ラバノシティのとある喫茶店の一角で緑髪の男は鳴り響くポケフォンを面倒そうに取り出して応答する。窓際の席で周りに他の客はそう多くない。

「はい……ああ、なんだあんたか」

 電話の相手を見もせずに応じたためか声を聞いて少しだけ表情を緩めると男はどこか楽しそうな、苛立ったような声で言う。

「ああ、ホールに手がかりはなかった。さすがに日が経ってるしな」

 喫茶店にはポケモンを連れたトレーナーも目立つ中、男はポケモンを出す素振りもなく肩と頭でポケフォンを挟みながら通話を続け、タブレットらしきものを操作する。

「ま、確認せずともレンガノのときの写真で間違いないと思うけどな」

 そう言って指で弾いた先に映るのはレンガノシティの際に暴れたレグルス団の面々の写真。その中で、男はリジアの顔がはっきりとわかる写真に指先で触れ、画面を削らんばかりに爪先を立てる。

「はっ……俺としてはさっさと動きたいんだがな。いつになったらコレを回収できるんだよ」

 電話の相手に八つ当たり気味に男は吐き捨て、相手もどこか面倒そうにそれに言葉を返す。それを聞いて男は「チッ……」と不機嫌そうに眉をしかめて言った。

「ま、やるなと言うんならしばらくはおとなしくしてるさ。けど、グズグズしてっとあのチビ女のやつが気づくぜ?」

 

 男は今度はユーリのSNSをチェックして写真を見ると嘲笑うようにぼやく。

 

「怖いねー、SNSってもんは。誰でも見れるってのに情報の宝庫ときた」

 

 ヒロと一緒に映るユーリ。それを見て男はユーリよりもヒロの方に意識がいく。

 が、そのことは口にせず、電話をさっさと終えてすっかり冷めた紅茶に口をつけると外の賑やかなラバノシティを見て独り言を漏らした。

 

「ま、仮に覚えていたとしてもやることに変わりはないからな」

 

 窓に映る男の顔は爽やかさの欠片もない、残忍な嘲笑であった。

 

 

 

 

 

 




ユーリのSNSを見た一部の方々



ファン「俺のユーリちゃまに男の影が」「チャンピオン引退のときより耐えられない」「こいつがチャンピオンの可能性」
アンチ「【悲報】ロリババア、推定未成年とデート」「写ってるこいつ、ナギサちゃんの写真にもいなかった?」
ジムトレ「首吊る縄あります?」「誰かあいつ止めろ」
身内某四天王A「ユーリさ……え……ヒロと……えっ?」
身内某ジムリーダーL「まずユーリにSNSをやらせたイオリがアホでしょこれぇ」
某ジムリーダーN「……(宇宙ニャース顔)」

ケイはSNSやってません。コハクはアカウントはあるけど基本見ない。

ユーリがメインに出張ってくると初期案でヒロインの一人だったことを思い出す

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