復旧作業も終わり、報告も終えてジムのリーホさんに今日はもう大丈夫と言われやや暇だなと悩む。
「どうする?」
「せっかくだしどっか楽しい店巡りとかしようぜ!」
ゴウトがまだ大きい傘のタマゲダケを肩に乗せながら提案し、シアンも「ボクのオススメ紹介してやるですよー」と乗り気な様子を見せた。
まだこの町を楽しんでいないしそうしよう。実際ヒナガリシティとはまた違う都会なのにほとんどバイトしかしてない。
そんなわけで昨日気になったカフェとかに行ってみよう。
すると、研究所の前で見覚えのある人を見かけて思わず立ち止まる。確かあの人は――
「おや、奇遇じゃないカ」
俺たちが近づくと気さくに声をかけてきたその人はエミの親父さんだ。前にエルドをもらって(押し付けられて)以来だ。
「やあ、えっと、ヒロ君だったネ!」
エミの親父さんことライアさんはニコニコと人の良い笑顔を浮かべたかと思うと急にガシッと俺の肩を掴んで一切笑ってない目で俺に言う。
「うちのバカ息子どこにいるか知らないかナ~?」
「え、エミならアシマリのために水場に連れて行くって言ってましたけどどこまでかは……」
露骨に舌打ちされたがさすがに悪いと思ったのか、ライアさんは俺たちに背を向けながら研究所の壁によりかかる。
「あいつほんっっっっっっっとアホみたいにパカパカパカパカなんでもかんでも機械壊しやがって小生の財布をただでさえ圧迫してる癖に更には無駄遣いまで……いや多分犯人はサーナイトなんだろうけど手持ちの管理すらできないとかあいつ本当に大丈夫か……」
ブツブツと恨み言を呟くライアさんははあ、とため息をついたあと背を向けたまま俺に言う。
「息子とサーナイトに伝えてほしいんだけだよネ。『お前ら次アホみたいなことしたらカード止めるからな』って」
俺の知らないところできっと何かあったんだろう。背中に哀愁が漂っている。まあ帰ったらそれは伝えよう。
「そういえばえっちゃんの親父さん、研究所に用事ですか?」
シアンが研究所を示しながら尋ねるとようやくこちらを向いたライアさんが今度こそ落ち着いた表情で言う。
「イヤ、小生は博士を送り届けただけだヨ。ちょっと博士に研究の協力をお願いしててネ。まあいわゆるビジネスの関係サ」
なるほど。そういえば親父さんも研究者だったしどんな内容かまではわからないが不在だったのもそれが理由らしい。
ということは今博士は戻ってきているということか。でも戻ってきたばかりですぐに尋ねるのも悪いかな。
さすがに明日にしようと俺が考えていると横でゴウトが躊躇うことなくピンポーンとチャイムを押して「ごめんくださーい」と中に声を掛けた。少しは遠慮しようよ!?
「おや、君たちも博士に用事があったのかい? じゃあ小生も仕事に戻るよ」
ライアさんはそのまますたすたと離れていきすぐに姿が見えなくなった。忙しい人なんだなぁ。
ほどなくして扉が開き、そこにいたのは一匹のポワルン。何かホワイトボードのようなものを首から下げて俺たちに見せてくる。
「中にお入りください。すぐに行きます……」
これで帰る方が失礼な気がするので俺とゴウトは中に入ろうとするがシアンはぷくーっと頬を膨らませて文句を垂れる。
「ボクだけ暇じゃねぇですか。しょーがねえですね。あそこのお店で待ってるですよ。さっさと終わらせてこいです」
シアンを一人にするのは気が引けるがすぐ目の前のカフェだし大丈夫だろう。
ゴウトと一緒に中に入るとあちこち機材や書類が散らばっており結構新しい建物なのに煩雑で家主のズボラさが伺える。
ポワルンが導いた先は比較的マシだがやっぱり散らかっている部屋。応接室なのだろうか。それなのに本が無造作に置かれているし来客用の椅子もない。
「むう……まああとでいいか」
そして、その部屋の中で長い銀髪を結びもせず何かを探しているような女性が俺たちに気づく。眼鏡をかけた怜悧そうな女性で女性的な体つきをしているのにどこか男性的な喋り方をする。
「ああ、すまない。少々バタついていてな。ろくなもてなしもないがそこらへんに座るといい」
いや椅子がないから床なんですが。
「……ああ、椅子がないのか! そうだった、客には椅子を用意しないと失礼だった」
この人、なんか色々抜けている気がする。
「さて、ここに来たという時点で知っているだろうが私はキスミ。博士なんぞ呼ばれているが一介の研究者だ。堅くならず気楽にしてくれ」
髪をまとめようとしているのかヘアゴムを口に咥え結構な量のある毛を一つに束ねようとしている。が、話を進める前にとても気になることがある。
「えーっと……ちょっといいですか?」
「ん?」
「あの、その格好やめませんか?」
なんというかノースリーブかつ丈の短いリブ生地の服はタイツを履いているとはいえかなり短くて見ていてハラハラする。ゲームのミニスカートよりもミニスカなんじゃないか。
それだけではない。なんというか、胸の大きい人はこれまでもそこそこ見てきたがキスミ博士はリブ生地というのもあってかやたら大きく思えて髪を結ぶために両腕をあげている状況がエロい。別に肌色面積が大きいわけでもないのに無駄にエロい。
それなのに本人が全く気にも留めない無防備なんだから気が気じゃない。いやエロいのはいいと思うよ俺は。でも今多分真面目な話をするんだろうし、こう集中を削ぐようなのはどうかと思うんだ。現に横のゴウトは完全に胸をガン見している。さっきから一切喋ってないぞこいつ。
「なぜだ? 別に私は寒くも暑くもない。気温的にも適切な――」
「あーそういう人なんですねはい! 俺が悪かったです! わかったので白衣を着てもらえませんかね!」
こういうタイプに説明するのは骨が折れる。というか直球で言っても流されかねない。ポワルンが白衣を取ってきてくれているのでよくわからなさそうな顔をしながらも博士は白衣を羽織ってさて、と話を戻す。
「君たちが私の元に来たということは何か要件があるのだろう。順番に話してくれると助かる」
そういえばゴウトの要件はなんだろうか。
「あ、じゃあ俺から! 博士にお礼を言わないとと思って!」
「ふむ、君は……ああ、言わなくていい。思い出した。ヨドゼタウンのゴウト君だな? ヒコザルは元気か?」
「はい!」
察するにゴウトのヒコザルは博士からもらったものらしい。会うのは初めてみたいだがなんらかの縁があったんだろう。
ゴウトがヒコザルを出して博士に見せると博士は嬉しそうに微笑んでヒコザルを撫でた。
「うむ、関係も良好で何より。本来は対面でポケモンの譲渡を行っているんだがな。あのときは忙しかったせいで君にもヒコザルにも悪いことをした」
「いえ、サルすけも俺も出会えたことに感謝してるので!」
「ひこー!」
ほっこり心温まる話も終わり、博士は俺の方を見て軽く首を傾げる。
「さて君は……おや、君はもしかして……コマリタウンのヒロ君か?」
「そ、そうですけどよく知ってますね」
まだ名乗っていないのだが博士はズバリ俺の素性を当て得意げに言う。
「記憶力には自信がある方でね。以前、君も去年の『旅立つ若者リスト』にいたから把握はしていた。断られたのには驚いたものだがこの時勢、それも仕方ないと考えていたのにまさか今旅をしているとは」
そういえば俺は旅に出る前に父さんとそんな話をした気がする。
『ほら、お前も去年旅立つ予定のときに博士に呼ばれただろ? 断ったけど』
『そうだっけ』
確かこんな感じだった。えっと、なんだっけ。図鑑のデータ収集のために何人か旅に出てそれがきっかけで今俺が持ってる図鑑が製品化できたんだっけか。
「それに君はアリサ君の弟だろう? 彼女からも話はたびたび聞いていたよ」
「すいません姉が本当にすいません……」
姉さん……俺のこと話してない相手いるんだろうか……。なんかもう姉の知り合いなら全員俺を把握していそうで怖い。いや多分俺の名前は姉さんからの話かコハクのときの悪評の二択しかない気がして胃が痛くなってきた。
「えーっと、スフェンさんからの紹介で来たんですけど……あ、これ紹介状です」
「ふむ、スフェン老から? 随分と懐かしい人からだな……」
紹介状を手渡すと中を確認して急に真剣さを帯びた瞳は値踏みするように俺を見る。
「君、バッジは今いくつかな」
「え、今は4つですが」
「どこのジムだ」
確認するように俺に少しだけ低い声で問う。なんでそんなこと聞くんだろうと思う前に自然と答えていた。
「ワコブと、ハマビとレンガノ、あとグルマです……」
「ふむ……」
何か考えるかのように博士は口元に手をやり、目を伏せた。
「なるほど、これも一つの契機というわけか」
「はあ……」
「すまないがゴウト君。今から重要な話をするので帰ってもらってもいいだろうか? 私の番号は渡しておくのでまた何かあったら連絡するといい」
「わ、わかりました?」
よくわからないがゴウトも用事は終わっただろうしそれを受け入れ、話は長くなるので俺はすぐに帰れないことも伝えられた。シアンを拾って先にどっかで遊んでくると言っていた。
そして、残された俺はキスミ博士に連れられ、研究所の奥へと向かう廊下に出る。
「一応、君のことを色眼鏡で見るつもりはないが……」
ふとなにか言いかけたと思いきやハッとして自分の眼鏡を外してみせる。
「あ、私の眼鏡は色眼鏡でも伊達でもないぞ」
思ったより気さくな人だった。大丈夫です、それが色眼鏡とは思ってないです。
「スフェン老の紹介だ。無下にはしないが確認しなければならない」
だから何の。
「はっきり言おう。アマリト地方は、詰んでいる」
重々しく告げられた言葉はどこか悲しげで博士の声は淡々を装っているが隠しきれない激情がある。
「旅立った若者の消息が次々と途絶え、次代を担う優秀な人物は明らかに目減りし、果てはチャンピオンはアレだ。首をすげ替えるにしてもその優秀なトレーナーが現状育っていない」
スフェンさんも言っていたが若いトレーナーが育たないアマリトの環境はやはり未来を憂う者としては複雑なのだろう。
博士は更に続ける。
「図鑑のデータ収集を頼んだ子たちも、今じゃ全員音信不通。最悪の状況を想定するならばもうアマリトでチャンピオンにたどり着く者は片手で数えるほど。ユーリ君のせいでバッジコンプリートも遥かに難易度が上がっているし、万が一チャンピオンにたどり着けたとしてもあの化物を倒せるかはわからない」
本来なら俺の同期になるはずだったやつらまで音信不通と聞いて思わず生唾を飲み込んだ。
恐らく俺の想像と博士の想像は一致している。時期的にレグルス団――。
「だから、勇者が必要だ」
勇者という言葉には少しふざけたものを感じるが実際、現状を変える人物としてわかりやすく言っているだけで特に間違いではない。魔王チャンピオンを打ち倒す勇者。
「確かにそういった人物は必要かもしれないですね」
「そういうことだ。そして、その勇者とは君だ」
「えっ?」
「このアマリト地方を変えるための布石としてチャンピオンへを引きずり下ろすこと。その勇者に君を育てるようにスフェン老から私にそのサポートを任されたというわけだ。要するに後見人だな」
――俺の知らないところでなんだか大事になっているような気がした。
ていうかスフェンさん謀ったな!?
俺に一切伝えず誘導したスフェンさんを末恐ろしく思いながらこれからの自分がどうなるか少しだけ不安になった。
「それでは、軽いテストだ」
たどり着いた場所はバトルフィールド。ジムほど本格的ではないが模擬戦をするくらいなら問題なさそうだ。
「君がどれだけの実力、才能、そしてポケモンとの絆が備わっているかこの私が見極めてみせよう」
博士が壁のレバーを下ろすとガコンという音ともに6つのボールがついたベルト5つ、計30個のボールが台座に現れ壮観の一言だ。研究者だしポケモンはたくさんいるんだろうなぁ。
「君、どんな天気が好きだ?」
「え? 天気ですか?」
天気と言われても特にこだわりはない。強いて言うなら雨だと悪路だし晴れのほうがいいかなぁという程度である。
「晴れ、ですかね」
「晴れか。私も晴れは好きだ。草タイプはもちろん、ほのおタイプのわざにも影響が出る」
ん? 日差しが強いときの話か?
「では私はこれで。そこに立ちなさい」
バトルをするということで指定された場所に立つ。バトルに出す6匹は決めたがそもそも博士って強いのか? ククイ博士みたいなタイプにも見えないが――
考える間もなくバトル開始でイヴを繰り出すと博士はリザードンを繰り出した。相性が悪いし下げるかとボールに手をかけた瞬間気づく。
――あれ、なんか博士、キーストーン持ってません?
気づいたときには既に遅く、メガシンカしたリザードンの姿はY。ひでりによって天候がひでり状態になり相性が最悪ということもあって即イヴを下げたが代わりに出したレンがだいもんじの直撃を食らって一発瀕死になってしまった。
「言い忘れていたが――」
なんでもないかのような顔でキスミ博士は口を開き、俺を見て淡々と事実だけを述べた。
「私はカントー、ジョウト、ホウエンのジムを巡り、アマリトでも一度はバッジを集めた経験がある。舐めてかかるとあっという間に全滅してしまうよ」
ガチ中のガチであることに戦慄しながら次の一手をどうするか悩みながらもせめて一匹だけは倒したいとボールに手をかけた。
謎のチャンピオン「へっくし!」