「相変わらず人の多い街ですね」
ちゃりちゃりと鍵の音を鳴らすクレッフィを引き連れたリジアは周囲を見渡すと変装用のサングラスを少しだけ下げる。
「さて、ココナはどこに……」
荷物片手にきょろきょろとしていると嫌そうな顔をしたココナが近寄って路地裏に引っ張り込んだ。
驚いたのもつかの間、ココナが相手だと気づくとのほほんとした様子で言う。
「ココナじゃありませんか。普通に声をかけてくれればいいのに乱暴ですよ」
「お前ー! お前さぁ! 一応指名手配犯な自覚ある!?」
「ありますよ。だから変装してるんですよほら」
サングラスと普段着ないような洒落た服。確かにイメージとは違うがココナでも遠目ですぐわかるのにジムリーダーにでも見つかったらどうするつもりだとイライラが目に見えてあらわになっている。
というか、なぜよりによってその指名手配されているリジアが来たのかとココナにとってはそこがまず理解できなかった。
「他にメンバーいなかったわけ? この際ウチが知らない下っ端の方がまだマシ!」
「え~、そんなこと言われましてもイリーナ様に手が空いてるの私しかいないからと言われまして」
「イリーナ様ァ!」
自分の敬愛するイリーナに暴言を吐くわけにもいかずストレスを飲み込んでリジアから物資を受け取るとサングラスよりも悪目立ちするぐるぐる眼鏡をかけなおしてココナはため息をつく。
「そういえば拠点はどうしたんです?」
「無人の館を拠点にしてたけどなんでか毎日野生のポケモン以外にも変なこと起こるし……ってそれはどうでもいいんだって!」
さっさと帰れと追い払うように手を払うとリジアは少し寂しそうに息を吐く。
「まあしばらく私も買い物したら帰りますよ。ああ、あと作戦当日までに必要なものあったら早めに連絡くださいね。あと荷物の中にお弁当入れといたので今日中に食べるように。どうせまた栄養の偏った惣菜パンとかそんなのばかり――」
「お前のそういうところが嫌いって何度言えばわかるわけ!?」
まるで母か姉のような小言にうんざりしながらココナは路地裏の奥へと消えていく。リジアからすれば確かに少し厄介だが同じ団員であり気にかける対象だ。イリーナ直属の部下ということもあってよく因縁をつけられるがそれは恐らく嫉妬なので甘んじて受け入れる他ない。
「さて、子どもたちのお土産でも買ってさっさと帰りましょうか」
クレフに呼びかけ路地裏から出た瞬間、リジアは言葉にできない違和感を抱き、少しずつ人がいない場所へと向かう。そして、ついに自分以外に人間がいないであろう寂れた公園で立ち止まるとどこへともなく声をかけた。
「何が目的かは知りませんが気づいてますよ。早く出てきたらどうです?」
冷たい声に呼応して姿を見せたのはいかにも魔女という出で立ちの女――サーラである。
「いや~、アンリのためにと手がかりを辿ってみたらまさかレグルス団を見つけるとはね」
早速気づかれたかと内心舌打ちしながらリジアは言う。
「通報するつもりですか」
ネネをボールから出そうと身構えているとサーラは何も言わずに短い杖を振るう。
「せいやー!」
クレフがリジアを守ろうとまもるを発動するも効果がないのか無駄にコミカルな煙でリジアが包まれ視界が覆われる。
「げほっ、なに――」
「ちょうど実験体がほしかったんだよね~。ま、犯罪者だし失敗してもいいかなって」
しれっと恐ろしいことを口走るサーラにリジアは自分の体の異変を感じる。毒か、と一瞬意識が途切れその場に倒れるがすぐに覚醒した。煙は消え、起き上がろうとするもうまく動けない。立ち上がれないというか――
【リジア! リジア大丈夫!?】
クレフがいつもより大きく見える、などと考えていると目が合ったクレフが困ったような素振りを見せた。というか喋っている?という違和感に気づくが色々状況が理解できない。
【リジ……ア?】
【なんでクレフがしゃべって……あれ?】
自分の頬に手をやるつもりで顔の前に手を動かすと――まるでポケモンの前足のようなものが現れる。
「にゃっはー! 成功~! これで我がポケモン魔法がまた1つ完璧に近づいたわ~!」
この状況の現況である魔女を睨むとやはりサイズがさっきよりも大きく見える。
【いったいなにしたんですか!】
「ん~? 何言ってるかわかんな~い。でもまあ実験に協力してくれたし見逃してあげるわ。ていうかその姿で警察に引き渡しても意味ないしねー! じゃあね、
――
ボールがベルトから外れたのか地面に散らばったボールをクレフが開けていくといつもより大きい手持ちがわらわらと近づいてくる。
【り、リジアなんだよな?】
【ど、どういうことなの!?】
みんなが喋っていることがどういうことかととにかく混乱しているとコウガが水を出して水たまりを作ってくれる。そこを見るように示すので見てみると――
【ぐ、グレイシアになってるー!?】
理解の及ばない方法でポケモンの姿に変えられていた。
人がいないところでよかったと安心はするも現状が不安しかないため手持ちたちと一緒に会議を始める。
【とりあえずあの女を探して元に戻る方法を――】
【一度アジトに戻ったほうがよくない?】
クレフの提案にぶんぶんを首を振ると毛が揺れる感じがする。完全に本物のグレイシアだ。
【だめですだめです! もしこのまま戻っても私って気づいてもらえないでしょうし……】
最悪実験体とかになりかねない。それは困る。手持ちたちは自分の手持ちと認識されてるからいいがグレイシアとか確か手持ちにいる団員はいなかったはずだ。
ポケモンと会話が通じても人間に届くのはポケモンの鳴き声である。これでは気づけというほうが無茶だ。ポケモンの言葉がわかるようなトレーナーなんているはずもないし、いたとしても通訳してもらったところで自分の素性がバレるのも困る。
【とりあえずココナにSOSを……ネネ、ココナのところに……】
【もうこのままでいいと思うんだ……私……】
なぜかちょっと嬉しそうなネネが遠くを見つめだす。
【そうだよ、言葉が通じるとか以前にポケモンなら自由じゃん……いいよもう、このままで……】
【なんでそういうこと言うんですか! 戻らないと困るんですよ! レグルス団に――】
【だからそれが駄目なんだってばー! あーようやく言えた! あそこはさぁ――】
ネネが何か言いかけたところで人の気配を感じて皆草むらに潜り込む。一応見られても問題はないのだがトレーナー不在でポケモンがこんなにいたら不自然だ。注目されたら困る。
【とにかく! ネネはココナに連絡を! コウガ以外はさっきの女がいないか探してきてください!】
【俺は?】
コウガが自分を示すと眠そうに首を傾げた。
【コウガは私とここに残ってください。ここを待ち合わせ場所にしましょう】
ネネ以外は素直に応じるがネネは無表情に近いはずの顔を思い切り嫌そうにして何度もちらちら見つつ渋々飛んでいった。
【それにしても……ポケモンの技とかって使えるんでしょうか】
グレイシアの使える技を適当にイメージして見るとこごえるかぜが使えた。正真正銘ポケモンになってしまったらしい。コウガかなぜか偉いぞ、と撫でてくれる。
【でもやっぱり感覚として弱いのだけはわかります】
【まあ、仮に俺たちより強かったらそれもそれで反応に困るし。なんならちょっと遊んでみる?】
コウガと手合わせしてレベルをあげようということか。まあいつまでこの姿かはわからないが低いよりは少しでも強いほうが活動しやすいだろうし。
そんなわけで公園のすみっこでコウガにたいあたりしてみるが手応えがない。コウガの様子も小さい子とごっこ遊びしている大人みたいな余裕が感じられた。
【ぐぬぬ……ていっ!】
勢いつけてコウガにぶつかろうとするがコウガは動いていないのに明後日の方を向いてしまい地面に激突してしまう。
【大丈夫か?】
【痛いです……】
もうバトルとかやめよう。
というか痛いし全然手応えがないしで本当に得たものがない。
【うーん、どこかにオレンのみとかないかな。俺ちょっと探してくるから隠れて待ってろよ】
【はーい】
素直にうなずいて草むらに潜む。この町はあちこちにきのみの木もあるだろうしすぐにでも見つかるだろう。
色々どうしたらいいかわからないが自分が焦ったところでどうしようもないしみんなが戻ってくるのをゆっくり待とう。
そうなってくるとすることもないのでぼんやりするしかなく、眠くなってきた。夜更かしなどはしていないはずだがどうも眠い。
(ちょっとだけ……ちょっとだけなら……)
眠気に抗えず、うとうととしているとしばらくして寝息を立て始めるのであった。
――――――――
――キスミ博士の研究所。
結論から言うとキスミ博士はびっくりするほど強かった。
「リザードンを落としたところでこちらの有利は変わらん」
まあ、もう俺がアホみたいに粘ったせいで無駄に長い試合になってしまったので省くが俺は手持ち総出でボコボコにされてしまった。完全に晴れパ構築じゃんあんなの。
コータス出てきたと思ったらそいつもひでりだし、もちものはあついいわとか延々日差しが強い状態に持ち込まれた。鬱陶しさで言えばリジアの害悪には及ばないのだがリジアと違ってキスミ博士はバトルの腕前が高いのでにっちもさっちもいかない。
ボロボロになった手持ちを回復してもらいながら、俺自身もどっと疲れて飲み物を受け取って息を吐く。
「ふむ、まあ……ギリギリ及第点、かな」
わりとボロボロに負けてたんですかセーフだったの今の。
「一応私も本気でやったからね。君が今まで勝ったであろうジムリーダーたちみたいに手を抜いていないから強く感じるだけで私は彼らよりは弱いよ」
まあジムリーダーたちがアホみたいに強いのは知っているのでなんとなくわかるが本気のジムリーダーズとか相手にしたくねぇ……という気持ちしかわいてこない。
「とりあえず、ギリギリ合格と言いたいがそうだな……君、近い内にアンリエッタのジムに挑戦するだろう?」
「その予定です」
「そこでの勝負で決めさせてもらおう。まあなんだ、別に君が勇者になりたくないというなら私自身は無理にとは言わないさ」
それに関してはちょっと悩んでいる。いきなり裏で決められただけだし、そもそもジムやリーグ挑戦はしたいがそんな大層な理由でもないのでそう持ち上げられるとどうも気負ってしまう。
「そういうわけだ。何かあったら私に連絡してくれ。もし君が勇者になる決心がついたら私が君の旅を全力でサポートすると約束しよう」
とりあえずは保留だ。ジム戦もしばらく先の予定だし、決心といわれてもいきなり過ぎてぼんやりとしている状態でできるはずもない。
回復してもらった手持ちと一緒に研究所をあとにし、もうだいぶ陽が傾いてきたなと時刻を確認する。ポケモンセンターに戻るかと思っていると横にいたイヴが急に走り出した。
「イヴ! こら、どこに行くんだ!」
路地裏の先を抜けてイヴが入ったのは寂れた公園だった。人通りの少ない道沿いにあるそこは俺以外のトレーナーの気配がない。
こんなところに何があるのかとイヴを追うと、草むらの一点でイヴが止まった。
なにかと思って草をどけて覗き込んでみるとすやすやと眠るグレイシアの姿がそこにあった。
その瞬間、人がいなくてよかったと本気で思った。
「か、かわいい…………」
気持ち悪いほどにやけている。図鑑を開いてみたらメスのグレイシアで図鑑のデータより少し小柄のようだ。写真を撮りたい手を抑えながら改めて観察してみる。多分トレーナーがいるポケモンではなさそうだ。とすると野生だがこんな町中で野生のグレイシアというのも不自然だ。
どうしようかと悩んでいるとイヴがボールを示してからズボンの裾を引っ張る。同じイーブイの進化系だからかグレイシアが気になっている様子だ。というかメスのイーブイって数が少ないしなぁ。
眠っているところに捕獲っていうのも不意打ちみたいで気が引けるがボールを放ってみると特に揺れることもなくカチッと捕獲完了し、イヴの前足とハイタッチした。
なぜだかわからないがグレイシアをひと目見たときから愛しさが溢れて止まらなかった。ミックと出会った時以来かもしれない。
疲れていたのも忘れうきうきでポケセンへと戻る俺とイヴ。帰ってさっそく名前つけたりしないと。
【リジアー、戻っ…………】
オレンのみを持って戻ってきたコウガが公園を見渡しても気配がないことに気づいて叫ぶまでにそう時間はかからなかった。
グレイシアってサンダースと並んでイーブイ進化系だと高さ0.8とちょっと小柄なんですよね。リジアはそれよりちょっと小さめです。