ブラック鎮守府で我が世の春を   作:破図弄

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寒空の下、なぜか堤防までタバコを吸いに。

中尉はそれに合わせます。

彼を応援しくださいね。


第2話 苦い涙

やにわに提督が立ち上がる。

 

中尉が何事かと尋ねていたが、短いやり取りのあと、中尉が提督の腰を叩く。

そのしぐさは傍目に親愛の所作に見えた。

 

そして、提督は食堂から出て行った。

途中艦娘たちの頭を雑に撫でていく。

 

中尉は、それを見送ることはせず、すぐに席を立ち、振り返える。

「今から二人っきりになってくるけど、見に来る?

 ニシシ」

言い残して提督について行った。

いたずらっぽく言った言葉は、男女の関係をほのめかすように聞こえた。

何より中尉の表情に艶が見てとれたからだ。

 

「そろそろだったな」

またも武蔵が高雄たちに話しかける。

 

「今度は、何?」

高雄は、まだ納得していない。

仲間もしかり。

 

「提督の日課だ。

 皆が食堂に集まる時間帯と重なるから、わたししか知らない」

 

「だから何?」

高雄はイラつきを覚えていた。

そのため、語気が強くなる。

 

「フフフ、その目で確かめてくるといい。

 中尉も誘ってくれたじゃないか。

 もし提督と中尉が逢引きしていたら邪魔しない方が良いがな。

 倉庫の陰から見えるだろう」

武蔵もその場を離れようとした。

 

「ちょっと待て。

 お前はどうして知っている?

 提督がお前を使って、オレたちを騙しているかも知れねえ」

高雄は疑っていることを隠さなかった。

武蔵はその言葉に込められた気持ちを汲んで言葉を返す。

 

「信じろとは言わない。

 自分で見て、考えてくれればいいと思っているだけだ。

 見に行ってもいいし、ここに居てもいい。

 今日この様子だと、あの方は何事もなかったように戻ってくる」

武蔵は手をヒラヒラさせて、カウンター席に歩いて行った。

カウンターにはゴロゴロと和洋問わず酒瓶が転がっていた。

 

「姉御、酔っ払いの言うことなんか気にしないでさ、食べましょうよ」

「高雄、私美鳳さまがしんぱーい」

提督(アイツ)はどうでもいい、美鳳さまを護らないとな」

言い終わるか終わらないかで8隻が食堂から飛び出していった。

 

 = = = = =

 

「ぱんぱかぱーん♪」

『しぃー、気付かれるだろ』

『ごっめーん』

愛宕が堤防のふたりを見つけた。

夜陰に紛れて向こうからは見えないが、静かに越したことはない。

 

海風にのってふたりの会話が聞こえる。

 

『中佐、こんなところでウンチしてるの?』

『貴官、小官の前だと発言が豹変するな。

 俺じゃなったら、ドン引きだぞ。

 クヒヒ』

『うん、中佐だから』

小さいが聞き取れなくはなかった。

存外、中尉の色気のない言葉だった。

 

やがて、中尉と提督の陰がひとつになる。

高雄たちは、今度は確実にあの(オス)を殺したくなっていた。

 

『寒いなら早く戻っとけよ。

 風邪をひかれちゃ、銃殺ものだからな』

『あったかいから大丈夫』

 

ひとつになった陰は動かなかった。

何も起きていないことで、8隻の殺意は薄れていった。

 

 = = = = =

 

沖にパトロール艦隊が見えた。

そのまま鎮守府に戻ってくる。

やがて上陸してくると後ろに深海棲艦もいた。

 

(一体何なんだよ。

 敵同士、一緒に帰ってくんなよ。

 それも潜水艦だぞ)

高雄たちは、口には出さないが考えることは同じだった。

それこそ死闘を繰り広げ、殺し合うのが当たり前。

手ごわい潜水艦、それも4隻。

ここの艦娘と手をつないでいる。

 

『今までは、何だったんでしょう。

 ここには、戦争がないなんて』

『もしかしたら、アイツが裏で何かしてきたのかも』

『姉御、きっとそうだよ』

信じきれない光景にどうにか理由をつけようのするも納得できる答にたどり着けない。

 

『そろそろ、ビールでも飲むか。

 ったく、のろまどもめ』

『そうだね、心配しちゃうよね、キシシ』

『何言ってんだ。

 俺がモノの心配なんかするわけねえだろ。

 さあて、飲み直しだ』

『水しか飲んでなかったよ』

『言い間違えたんだよ』

8隻の耳にふたりの会話が聞こえ、武蔵の言葉と結びついた。

提督の日課。

時間帯と重なる。

今日この様子だと、あの方は何事もなかったように戻ってくる。

のろま。

心配しちゃうよね。

 

高雄は提督が立ち上がる前に食堂を見回したのを思い出した。

(あの時、艦隊が予定通りに帰ってくるのを確認したんだ)

 

高雄を中心に仲間が集まっていた。

 

人当たりの良い提督たちは、帰りを待っていた。

【おかえり】と出迎えていた。

それは素直にうれしかった。

 

今、目の前では、何も言わず帰りを待っている人がいた。

無事に帰ってくるのが判っているのに待っていた。

誰にも言わず、知られず、無事を祈って見守ってくれているとわかってしまった。

 

高雄は、眼が熱くなりいつの間にか大粒の雫が溢れこぼれるのを抑えられなくなってきた。

妹たちも同様に雫をこぼす。

駆逐艦たちは鼻水まで垂れていた。

同じように涙を流してきた彼女たち。

その涙はいつまでも苦く、心の傷をジュクジュクと爛れさせてきた。

 

誰からともなく抱きしめ合い、しばらく泣いていた。

 

星の降る空の下、もう一度だけある人(・・・)を信じてみようと思う艦娘たち。

彼女たちの涙はもう苦くなかった。

 




チョロイ、きっとブラックな提督に騙されています。

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