バトルスピリッツが趣味の会社員が秋葉原のショップ大会に参加する話です
一回戦目の対戦相手は青緑異合
烈火伝最終章頃の設定です


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VS青緑異合

時計の針が六時ちょうどを指した。 秋葉原で開催される大会に参加するなら、席を立つのは今だ。

Web上のタイムスタンプを押して、PCをそっと閉じる。 こそこそとカバンに荷物を詰め込んで、伏し目がちに一礼して席を立つ。 万が一なにか用事を言いつけられたら大会に間に合わないのだが、幸い今日は誰からも声を掛けられない。 ほっとしてネームプレートを退席表示にし、正面ドアからオフィスを出た。

大会。 正確に言うとトレーディングカードゲーム(TCG)、バトルスピリッツの公認ショップ大会。 週に一回、水曜日の夜に行われるこの大会に参加するのが目下、私の唯一の趣味だ。

バトルスピリッツ、通称バトスピは数多あるTCGの一つだ。 家族持ちの同年代なら子供がTCGのことを話しているのを耳に挟んだことがある人は多いだろう。 それでもTCGがなんなのか、イメージできる人はそう多くないはずだ。

それを手に取ってみたことがある人は稀だろう。 もしその人がとても子煩悩で、子供の買い物に付き合ったことがあって、実物を見たことがあったとしても、そこに書かれたテキストにまで目を通す人は多くないだろう。 ましてやルールまで把握しているとなったらそれこそ稀有だろう。

それは致し方ないことだと思う。 TCGは私の世代のどんな遊びとも類似点を見つけるのが難しいゲームだからだ。

カードゲームといってもトランプやカルタとは全く違う。 少年時代にライダーカードやプロ野球カードにはまったことがある人ならあるいは、カードのコレクションという意味で理解ができる部分があるかもしれないが、それの対戦という要素は結び付かないはずだ。

対戦といえば囲碁や将棋なはずだが、今度はそことコレクション性を結びつけるのは困難なはずだ。 つまるところTCGは我々世代の知っている全く異質な二つの遊びを掛け合わせたものなのかもしれない。

TCGではプレイヤーはそのゲーム専用のカードを買うところから始める。 通常カードはシールド(封)された状態で売られており、中身を知ることはできない、 欲しいと思うカードを入手するためにはそれが当たるまで買い続けるか、トレード(交換)をすることになる。 そうして集めたカードを組み合わせで自分のデッキを作り、それを使って対戦を行う。 バトスピの場合、デッキは40枚以上、デッキに入れられる同じ種類のカードは3枚までと決まっている。

もちろん私も自分のデッキを持参している。 今日、大会で使用するつもりなのは魔光芒を軸にしたコントロールデッキだ。

 

スピリット 17枚

魅惑の覇王クレオパトラス 3枚

戦国姫 綺羅&沙羅 2枚

守護者イーディス 3枚

戦国姫 胡蝶 3枚

戦国姫 茶亞琉 3枚

黒の妖精ティ・ターニャ 3枚

 

ブレイブ 5枚

雷命刀ミカヅキ 2枚

桜姫鶴 3枚

 

ネクサス 3枚

No38 ラブプリンセス 3枚

 

マジック 17枚

ディーバメドレー 3枚

ディーバシンフォニー 2枚

妖雷スパーク 3枚

舞華ドロー 3枚

跪いて、エブリワン 3枚

エグゾーストエンド 3枚

 

バトスピのカードには六種類の属性がある。 赤、白、緑、紫、黄色、青の六色だ。 このデッキをはじめとして私のデッキはどれも黄色属性を中心に構築している。 それが私のこだわりだ。

黄色はコンボ性の強いカードが多くテクニカルなデッキになると言われている。 一枚で一発逆転できるようなパワーカードはないが、他の属性にはない特殊な小細工ができる。

私は勝ち負けに固執するのがあまり得意ではない。 勝ちたくないわけではないのだが、カードパワーで勝ってもカードに勝たせてもらったようで楽しいと思えない。 一枚のカードパワーで勝ってしまうと対戦相手に申し訳ない気持ちになる。 自分の力で勝利を勝ち取ったという実感を得るのに、黄色属性のデッキは自分の性分に合っている。

 

大会はトレーディングカードショップ(TCGショップ)で行われる。 馴染みのない年代の人にはそれがどんな類の店なのか想像するのもまた難しいと思う。 正直自分もそうだった。 しかし、今時の小中学生にとってカード

ゲームはDSやPSPのようなコンシューマーゲーム、スマホのゲームと同じくらいの存在感がある遊びの1ジャンルだ。 我々の少年時代、街に八百屋や魚屋があって当然だったくらい、あって当たり前の存在なのだ。

ショップは大抵、看板も小さく、雑居ビルの一室で営業しているところがほとんどなので、普通に生活している人は身近にあっても見逃しているかもしれない。 しかし事実、TCGショップはパチンコ屋、ブームだったころの

ゲームセンター、碁会所くらいの感覚で存在している。

すべてのショップがバトスピの大会を催しているわけではない。 執り行っていたとしても週に一回というところがほとんどだ。 通常参加者の利便を考えて、同じ曜日、同じ時間に毎週行っている。 バトスピは特に小学生をターゲットに入れているゲームなので大会は休日の昼間が多い。 今私が向かっているトレカの穴のように社会人をターゲットに会社あがりの時間に開催しているところは少ない。 秋葉原はその土地柄、高年齢層をターゲットにしている店舗が多い、例外的な地域なのだ。

 

中央線と総武線とが斜めに入り組んだ、複雑に絡み合う通りを歩くと、総武線のガード下にトレーディングカードショップ“トレカの穴”がある。

総武線の土台に寄り添って建つレトロな四階建てのビルがまるごとカードゲームショップになっている。 この業界では異例ともいえる大規模な店舗だ。 とはいえ1フロアは広めのマンションの一室くらいしかなく、ショップ大会がある四階までは迷路状に入り組んだ店内を蟹歩きで抜けなければならない。

 

美少女キャラの書き割りが狛犬のように入口の両脇をかためている。 その姿はまるで一般人の立ち入りを禁じる結界のようでもある。 実際私がこの敷居を渡るまでには結構な時間がかかった。 こぞう- 私の不肖のひとり息子- が居なければ一生立ち入ることのなかった世界かもしれない。

きっかけはスタンダードクラスでは無敵に近かったこぞうの対戦相手を求めてのことだった。 小学生の子供を持つ親としては、教育上よろしいとはとても言えない環境に子供だけを放り込むわけにはいかず、しぶしぶ同行したのが最初だった。 そのころはまさか、自分一人でショップに足しげく通うことになるとは思いもよらなかった。 ミイラ取りがミイラになるとはまさにこのことだった。

 

大げさに言うと、結界の内側は俗世とは隔離された別世界だ。 外の世界の価値観はこちら側ではすべて意味を失う。 学歴も収入も容姿も結界のこちら側では意味をなさない。 カードが創造する世界と、カードデザインの元になる創作世界だけが価値観を持つ別次元だ。 現実世界を否定し、同好の士だけが集まって閉鎖的な世界で理想を語り合う、所謂オタクと言われる人種がその本性をむき出しにしてもどこからも攻撃されない、オタクの聖域である。

外の世界の人間には区別が付かないと思うが、こちら側にも二種類の人種が存在している。 一方は創作の世界に浸って同好の士と語らい、夢想する者達。 彼らはショーケースのカードを眺めて、或いはコレクションに加えたカードを眺めて悦に入る。 戦うことはなく、或いは気まぐれで戦ってみたとしても、自分勝手な世界観を押し付けるだけで、大抵は上手くいかなくて、そんな時も自分が弱かったことなど意に介さずに自分がやりたかったことを滔々と語って逃げていく、クラゲのような人たち。

もう一方は、創作の世界のルールを背負って創作の世界で勝ちあがろうと切磋琢磨する者達。 彼らにとってこちらの世界はもう一つの現実だ。 俗世の属性など関係なく、純粋に創作世界のルールに則って強者と弱者が決まる世界がここにある。 カードゲームを題材にしたストーリーではよく、特殊な才能やゲーム世界に唯一の存在などが描かれるが、実際のカードゲームにそういう不公平は存在しない。 多少高値のカードは存在するが、子供の小遣いの枠内からはみ出るようなことはそうない。 結界の向こう側の貧困者が夢をかなえるために高価なカードを手に入れるのも、結界の向こう側の富裕層が価値観の崩壊を嫌って廉価品でデッキを構築するのもこの世界ではありふれた光景だ。

ここでは現実世界のステータスを持ち出す無粋な者はいない。 私のような妻子のある大人も、中学生も、ニートも、同じルールの上で平等になる。 ここは究極の平等が存在する理想の世界だと言える。

 

一階はショーケースで分断された迷路になっている。 ショーケースには値段のつけられたカードが陳列されている。 通路は対面した二人が協力し合わなければすり抜けられないほど狭い。 レジの前を通り抜けると緩やかに曲がった階段があって二階へ上がることができる。 階段の壁面も賞品のカードとポスターで埋め尽くされている。 二階の構造も一階と基本は変わらない。 壁を背にして手をつくように進むと三階へ上がる階段がある。 二階の階段とは違う構造で、壁を這うように作られた急階段だ。 三階はデュエルスペースとなっている。 長机が無造作に並べられていて、いつも数人の若者が丸椅子に座ってプレイしている。 四階への階段はさらに奥、古いゲームの立て看板が無造作に置かれて一見物置にも見える片隅にある。 4階への階段はさらに急で、手すりさえない。 秘密基地の入口といった風情だ。

急階段を上って左手を見ると、今日の大会がある4階のデュエルスペースにようやく辿り着く。 天井が低く、さらに鉄骨の梁が何本も渡っている。 おそらくは総武線を支えている鉄骨なのだろう。 梁のないところはかろうじて立つことができるが、屈まなければ移動できない。

入口近くの机にパンダさん―トレカの穴の店員さん―がいつも通り背中を丸めて座っている。 パンダさんはバトスピ界では伝説のプレイヤーだ。 パンダというハンドルネームがどういう由来なのか聞いたことはない。 色白で丸顔、目鼻立ちがはっきりしていて短く刈り込んだ頭髪もあり、ゆでたまごのような印象がある。 怪盗グル―の月泥棒というCG映画の主人公にそっくりだ。 数年前のバトスピチャンピオンシップの東京代表で、その当時は日本で最も有名なバトスピブログのサイト主でもあった。 当時は高校生だったそうだが、今はショップ店員を生業にしているらしい。 頭は相当いい人なはずだが、彼もまたカードゲームという魔物に執りつかれて人生が曲がった人なのだろう。

「いらっしゃい」鼻の前で組んでいた腕を片方だけほどいて、スコアシートを一枚手渡してくる。

「よろしくお願いします」と言ってそれを受け取る。「二百円でしたっけ?」

はい、と言うのを聞いて財布から百円玉を二枚取り出すと、パンダさんの手のひらの上に置いた。 大人が参加する大会の参加費は百円から三百円くらいの間がほとんどだ。 値段の差は賞品の差になるパターンが多い。 トレカの穴では参加賞として売値二百円のパックが1つもらえるので、実質店で1パック買ったのと変わらない。 どの店も、参加料は賞品に還元される。 カードゲームショップとしては、ゲームを遊ぶ場を提供することでカードに価値を持たせることができるわけで、大会はそのためのプロモーション活動の一環と言ったところなのだろう。

受け取ったスコアシートに自分のハンドルネームを書き込んでパンダさんに返す。 時間になったらパンダさんが全員分をシャッフルして座る場所を決めるのだ。 座席が決まればすなわち一回戦目の対戦相手が決まる。

大会の参加上限、十六人が入るといっぱいになる広さのデュエルルームを一瞥すると、既に何人か見知った顔ぶれがいる。

奥の席で若者とフリー対戦をしている五分刈りのサラリーマン、Lonelyさんは、バトスピプレイヤーの中では知られた存在だ。 彼のバトスピをメインコンテンツにしたブログはアメブロのジャンル別ランキングで常に上位をキープしている。 プレイヤーとして卓越した人ではないが、バトスピに対する愛情、というか生活への浸食具合においては全国レベルであることに誰も疑う余地はない。 彼とプレイしている若者は恐らく彼のブログで再三登場する強プレイヤーの一人なのだと思うが、顔と名前はまだ一致していない。

私とLonelyさんはショップで会えば挨拶する顔見知りでしかない。 風体からお互いそこそこ年季の入った勤め人だと察している程度で、どこで何をしている人なのか見当もつかないし、またここではそれを知る必要さえない。 ただひとつだけ、あまり時間の間に交わした短い会話で、彼が私と同じくバツいちだということを知っているだけだ。 Lonelyというハンドルネームにちょっとした重さがあることは、その時に知った。

フリーバトルに集中しているLonelyさんはこちらに気が付かない。 彼のプレイスタイルはとにかく楽しそうだ。 真剣勝負の時は自粛されるが、フリーではその語りが冴える。 ブログそのままのポジティブな空気は産まれ持った才能なのだろう。 プレイ中目がわなかったり、話口調が妙に芝居がかっていたりするのはカードゲーマーでは特筆すべき特徴ではない。

私はLonelyさんから少し離れた場所に腰掛けて、デッキケースを取り出した。 今更確認するまでもないのだが、そうでもしないと試合開始前の数分の間が持たない。 大会前は特有の緊張感が流れている。 殺し合いが始まるわけではないが、集まってくるプレイヤーはみな今日の優勝を目指しているわけなので、全員が敵と言えなくもない。 自分が使うデッキの情報は最高機密だ。 バトルスピリッツは自作のデッキを持ち寄ってプレイする大会だ。 デッキ構築はルールにのっとって行われているとはいえ、構築に優劣は存在する。 どんなに優れた構築にしたところで、そこには相性が存在する。 AはBに強いがCはAに強く、Bには太刀打ちできないというような力関係がある。 大会参加者の使用デッキが事前にわかったら、それらに勝つデッキを選ぶのは難しくない。 勝ちたい人はその日の大会に参戦するデッキを予想して、対策したデッキで臨む。 プレイヤーの気質、その時点での流行、大会の雰囲気等と読むところから勝負は始まっているのだ。 私のように対戦相手を読まずに自分の使いたいデッキを磨き上げるスタイルのプレイヤーはむしろ少数かもしれない。

 

プレイヤーが一人、また一人と狭い階段を昇ってくる。 開始時間の7時に近くなるにつれて加速度的に人数が増えてくる。 大会前の独特な緊張感が苦手なのは私だけではないのだろう。 或いは少しでも対戦相手に情報を出さないようにタイミングを見計らっているのか。 試合はすでに始まっているということなのかもしれない。 時間が時間なのでプレイヤーはスーツ姿のサラリーマンが多い。 年配のプレイヤーは私と同じく親子プレイヤーと思って間違いない。 若いサラリーマン、学生さんは大きく二種類の人種に分かれる。 他のTCGから移ってきた人はプレイヤー志向が強いので総じてプレイヤースキルが高い。 もう一方は趣味が高じてゲームに手を出した人たち。 彼らは趣味にかける金に糸目をつけないので贅沢なデッキを使っているが、プレイヤーとしては独りよがりで未熟なことが多い。 勝てば蘊蓄、負ければ言い訳、どっちにしても独り言のように内向きに、自分勝手にしゃべる人が多いのもこの層の特徴だ。 こちらの世界は対人スキルの低い人種にやさしい。

 

時間いっぱいになるとデュエルルームの座席が一通り埋まるくらいのプレイヤーが集まった。 見覚えのある人が半分、記憶のない人が半分くらい。 今日は若者が気持ち多めな気がする。

パンダさんが時計を見ながらけだるそうに席から立ちあがった。 デュエルルームに軽い緊張感が走る。 始まるのか。 その時、階段の方から人の気配がした。 階段から笑顔をのぞかせたのは俊ぱぱさんだった。

「あ、間に合った?」全体に向かって軽く会釈をしながら、ポケットの長財布を取り出した。 パンダさんは、俊ぱぱで最後っす、と言って参加料を受け取った。 大抵のショップには主のような人がいる。 ここトレカの穴の主は俊ぱぱさんだと思っている。 そんな決まりがあるわけでもなく、本人が宣言するわけでもないが、なんとなくその店の顔になっている人。 人望があるとか、強いとか、単にいつもそこに居るとか理由はそれぞれだが、俊ぱぱはそのすべてを兼ね備えている。 息子さんはスタンダードのツワモノで、今年のチャンピオンシップのスタンダードクラスでは大本命と言われている。 そして本人も強い。 バトスピプレイヤーには好きなデッキを極めるまで使い続けるタイプと、その時その時で強いタイプのデッキを使い分けるタイプがいる。 私は前者、俊ぱぱは後者の典型だ。 どちらが正しいというものではないが、恐らくはお互いから見たバトルスピリッツというゲームは違うものなのだと思う。

じゃあ、大会を始めまーす、というパンダさんの言葉で全員が座っていた席を立ち上がった。 パンダさんは、俊ぱぱさんのものを加えたスコアシートの束を無造作にざくざくっとシャッフルすると、一枚ずつ、名前を読み上げながら机の上に置いていった。

 

このショップはスイスドロー一本先取という形式で試合を行う。 最初の対戦はランダムだが、二回戦目以降は勝率の同じもの同士、つまり勝ち組は勝ち組、負け組は負け組での対戦になる。 数回これを繰り返して全勝者が一人になるまで繰り返される。 対戦が進むほど強者と弱者は振り分けられる、つまり、一回戦目の対戦が最も運の要素が高い。 最終的には一番強いものが決まるとしても、少しでも勝ち上がりたいと思ったらここで強豪にあたるか、初心者に当たるかの違いは大きい。 バトスピはデッキの相性もあるので、単純にプレイヤーの力量だけでは決まるものでもない。

ざっと見渡したメンバーで、いきなり一回戦で当たりたくないのは俊ぱぱさんくらいか。 そこだけ当たりませんようにと念じながら、自分の名前が呼ばれるのを待つ。 緊張する時間だ。 

俊ぱぱさんは早々とLonelyさん一派の若い人との対戦が決まった。 お互い顔見知りらしく、苦笑いをしながら着席している。

 

「ようすけのとうちゃん」私の名前が呼ばれて、隅の席に着席する。 前に座ったのは見覚えのない若者だった。

「よろしくおねがいします」私は不自然でない程度に元気よく挨拶をする。 相手は会釈なのか姿勢を変えただけなのかわからない程度の反応で、こちらと目を合わせようとしなかった。 オタク特有のコミュニケーションが苦手なタイプなのか、単に緊張しているのかこれではまだ判断ができない。

着席したら自分のデッキを相手の前でシャッフルするところから始める。 軽く切ったデッキを五つの束に分けるのが私の流儀だ。 ぎこちないが、相手に間違いなく混ざっていますとアピールできるスタイルだ。 相手は真ん中から二枚ずつ二列八つの束に分けていくスタイル。 上手い人は手品師のように滑らかな動きになる。 今日の対戦相手はそこそこ手慣れているようだが、美しいと言うほどの腕前ではない。 このスタイルは手練れのカードゲーマーか、それを演じようとするプレイヤーのどちらかだ。

私はお願いします、といって自分のデッキを相手の領域に軽く押し出した。 不正がないよう、最後にデッキを相手に渡してシャッフルをしてもらうのはバトスピの正式ルールだ。 試合中相手のデッキを触ることを許されるのはこの一瞬だけである。 相手は相変わらずこちらと目を合わせることなく、無言でデッキを差し出してきた。 失礼な人だなと思うが、年長者としては相手がどういう態度であろうとも礼節を失ってはいけない。

失礼します、といって相手のデッキを手に持った。 ここでのシャッフルの仕方にルールがあるわけではないが、相手のシャッフルを尊重して執拗に手を加えないのがプレイヤー同士の半ばマナーのようになっている。 私はデッキの上半分を持ちあげて横に置き、下半分を重ねて相手のデッキ領域に返した。

相手は私のデッキを4つの束に分けて順番を入れ替え、最後にトップ(デッキの一番上)の4枚を数えてボトム(デッキの一番下)に送った。 この切り方も比較的ポピュラーで、若い人が良くやるスタイルだ。 シャッフルした上の4枚が相手のベストカードであるという前提で、それを一番下に送り込むというおまじないだ。 もちろんデッキは充分シャッフルされているのでそんなことをされても何が変わるわけではないが、呪いを掛けられているようで気分は良くない。

お互いデッキの上から4枚ドローする。 私は自分の初手を覗き込んだ。

 

舞華ドロー

魅惑の覇王 クレオパトラス

光楯の守護者 イーディス

戦国姫 綺羅&沙羅

 

先攻1ターン目に召喚できる破壊耐性を持ったスピリット、光楯の守護者イーディスと、序盤のスピリットを処理した上でドローできる舞華ドロー。 これ以上は望めない最高の初期手札と言える。 できれば先行を取りたいが、後攻でも問題ない。

じゃんけんで先行、後攻を決める。 相手が何かをする気配が見えないので、私からじゃんけんしましょうか、と声を掛けた。 相手は無言で手を出す。 私はパー、相手はチョキ。 先行、後攻を決める権利は相手にある。

先行は一枚ドローすることができるが、コアを増やすことができず、アタックすることもできない。 それだけ制限があるのはもちろん普通にプレイを始めたら先行の方が有利だからだ。 制限があったとしてもなお先行の方が有利だと考えているプレイヤーは多い。 後攻を選択せざるを得ないのは、コストの関係で先行1ターン目に行動ができないか、初手に後攻の方が有利なカードを引き込んでいるか、それとも相手が初動出来ないと読むか。 いずれにしても練度の高いプレイヤーなら先攻、後攻の判断に躊躇する要素はあまりない。 躊躇する、という行為だけで相手に情報を与えてしまうことになるからだ。

対戦相手は悩んでいた。 手札を見つめて考え込んでいた。 悩んだ挙句に初めて声を出した。「先行で」

「では、私は後攻をします。 よろしくお願いします。」

暫く沈黙が続く。 相手の目線は相変わらず手札に落とされていて、こちらを気にする様子が見えない。 私は背筋を伸ばして相手の顔を凝視した。

学生だろう。 身なりはきちんとしている。 黒いインナーの上に襟のついた白いシャツ。 自然にまとめられた頭髪。 モバイルゲーム系のなにかのキャラクターがついたラバーストラップが控えめにオタクっぽい主張をしているが、秋葉原ではむしろ地味な飾りだ。 他のゲームのロゴのついたカードケース。 大人しい色調のスリーブ。 カードゲーム自体が全くの素人と言うわけではなさそうだが、立ち居振る舞いから強者のオーラは感じられない。

パンダさんが試合形式の説明をしている。 もうすぐ試合開始だ。

「20分一本勝負、時間切れの時はそのターンを0として2ターンのエクストラターンを行います。 決着がつかなければ引き分けとなります。 では始めてください。」

 

1ターン目

 

相手は私のよろしくおねがいしますという声を無視して、無言でデッキから一枚ドローした。 しばしの沈黙、そして無言で一枚のスピリットカードをフィールドに置く。

バトスピの正式なシーケンスはスピリットの提示、コストの確認、コアの支払い、そして召喚である。 丁寧におこなうとそれなりに手間なので、省略するプレイヤーは多いが、カード名の宣言まで行わないプレイヤーはあまりいない。

 

ビヤーキー

スピリット

3(青1緑1)/青/異合

<1>Lv1 3000 <4>Lv2 6000

Lv1・Lv2

系統:「異合」/「殻人」を持つ自分のスピリット/アルティメットが召喚されたとき、

それと同じコストの相手のスピリット/アルティメット1体を破壊する。

【連鎖:条件《緑シンボル》】

(自分の緑シンボルがあるとき、下の効果を続けて発揮する)

[緑]:ボイドからコア1個を自分のリザーブに置く。

シンボル:青

 

初期状態のコア4つのうち召喚コストに3コア支払い、残った1コアが“ビヤーキー”の上に置かれた。 Lv1で召喚されているということを意味する。

これはまた面白くないスピリットだ。 使用デッキは“青緑異合”だと見てまず間違いない。 “ビヤーキー”は“青緑異合”でなければ用のないスピリットだからだ。 今、一番環境を荒しているコンボデッキ。

「“ビヤーキー”、了解しました。」相手が何も言わないので、私から確認をする。 カードゲームはお互いの宣言と承認で成り立つ世界である。 無言のプレイは、公式戦ならジャッジを呼んでもいい行為だ。

相手の動きが固まった。 手札を覗き込んでいる。 リザーブのコアはもうない。 この状態で出来ることと言ったらバーストをセットするくらいの筈なのに、延々何かを悩んでいた。

どれくらいの時間が経ったか、私がしびれを切らして声を掛けようかと思ったその時、上に向いた掌が私の方にすっと差し出された。 目線はまだ自分の手札を覗き込んだままだった。 どうぞ、というしぐさか。 意地でも声を出したくないらしい。

「では、スタートステップに入ります」相手からのコールがないので私が確認せざるを得ない。 私の宣言を相手が遮らなかったので了承したのだろうと判断して自分のターンシーケンスを始めた。

 

2ターン目

 

「スタートステップ」私のターンが始まった。 バトスピはターンを交互にしてライフかデッキが尽きるまで戦うゲームだ。 今の時点で私がスタートステップにすることはない。

「コアステップ」ボイド、私は持参した赤いきんちゃく袋からコアを1個つまみだしてリザーブに置いた。 今、私のリザーブのコアは5個になった。

「ドローステップ」デッキから1枚カードを引く、これをドローするという。 ドローしたカードは“桜姫鶴”。 悪くない。

「メインステップ」考えることはほとんどない。 今のフィールドでは“ビヤーキー”の始末をしなければ始まらないからだ。

相手のデッキは“青緑異合”と見て間違いないだろう。 バトスピのカードは赤緑紫白黄青の6つの属性を持っている。 それぞれの属性が異なる長所と短所を持っている。 6属性をすべて盛り込めば欠点のない完璧なデッキが作れるのかと言うとそんなことはない。 バトスピにはまた軽減という、属性が同じであれば優遇されるシステムがあり、デッキは同じ属性で纏めた方が効率よく軽減できるようになっている。 私のデッキは黄属性で纏めてあり、42枚のうち黄属性でないカードは一種3枚しか入っていない。

しかし、カードの中には稀に2つ以上の軽減属性を持っているものがある。 “青緑異合”は青と緑の2つの軽減属性を持ったカードを中心に組まれたデッキである。 今流行っている青緑デッキはそれだけではなくさらに連鎖:青/緑という特別ルールと系統:異合、殻人という組み合わせでの効果を持つカードを組み込んだ型となっている。

ユーザーが自由な組み合わせでデッキを構築できるのはカードゲームの楽しみの一つであるが、ゲームのデザイナーは必ずしも自由度にだけ重点を置くわけではない。 デザイナーは時に意図して特定の組み合わせで効果を発揮するカードを意図的に提供することがある。

“青緑異合”はゲームデザイナーが意図的に特定の組み合わせで威力を発揮するようにデザインした、所謂デザイナーズデッキだ。 そのシリーズをいくらか買えばそれなりに戦えるデッキが作れる。 自由度は失われるが、それなりに強いコンボを生み出すことができる、一般的にはカードプールの乏しいプレイヤーを救済するために提供される初心者向けのデッキである。

“青緑異合”におけるゲームデザイナーの失敗は、遥か昔にデザインされて今はもう忘れられていたカード「海底に眠る古代都市」を過小評価していたことだった。 発売と同時に目端の利いたプレイヤーによって考案された“青緑異合”は、恐ろしい早さでコアを増やしながらフィールド展開し、一度回りだすと対戦相手が一切何のプレイもできないうちにゲームエンドまで持ち込んでしまうという、実にたちの悪いデッキに進化した。

基本になるカード単価が高くないこと、そして何より強いことが知れ渡ると“青緑異合”を構築するプレイヤーは爆発的に増えた。 しかし、それは同時に“青緑異合”を生理的に嫌うプレイヤーも増加させた。

“青緑異合”の致命的な欠点は自由度の狭さだ。 軽減色、系統、連鎖条件等が絡み合っていなければならないので、適合するカードの種類は多くない。 40枚中30数枚は必須という、極端に選択肢の少ない構成。 つまり、対戦相手にとっては相手の手の内がほぼわかっているという状態だ。 通常、手の内がばれているデッキは上級者には通用しない。 “青緑異合”がそれでも強いのは、回ってしまえば相手のデッキや技術に関係なく勝手に勝負を決めてしまえるスピードと決定力を持っているからだ。

 

どんな勝負であろうと負けて楽しいことはないが、それでも何の抵抗もできなくなった状態で相手が場を固めていくのをただ見ていくだけのゲームは負ける以上の不愉快さを与える。 しかも、やられることはお決まりで、なんの新味もないとくる。 実はゲームとして面白くないのは使っている方も同じだ。 構築に新味がなく、上手いプレイヤーには見切られているデッキを好んで使いたいと思う上級プレイヤーはあまりいない。

結果、バトスピ界隈には対戦相手なんて関係ない、ただ勝ちたいだけの“青緑異合”使いと、勝ちたいという下心に反発するアンチ“青緑異合”使いとの埋め難い対立が生まれていた。

正直、自分も“青緑異合”は好きではない。 “青緑異合”を使うプレイヤーも苦手だ。 しかし、ルール上なんの問題もなく、使うことを許されているデッキを使っている相手プレイヤーを非難するのは筋違いだということもまた納得づくで、ここにいる。 それでもなお、この試合にはどうしても勝ちたいと強く思う。 憎しみではなく、自分の構築したデッキが暴力に屈しないことを証明するために。

“青緑異合”の欠点は構築がほぼ露呈していること。 一方、私が使っている黄色コントロールデッキはプイレイヤースキルに強依存したスタイルだ。 一枚一枚のカードパワーは“青緑異合”に比べるべくもない。 カードに書かれている効果をそのまま使っていたら正直まったく勝ち目はない。 その代わりに私のデッキは変幻自在ともいえる自由度を持っている。 使うタイミングと対象次第で強くも弱くもなるテクニカル仕様だ。 目の前の相手に打ち勝つには冷静に相手の手の内を推測しながらプレイをしなければならない。

一つだけはっきりしていることは、“ビヤーキー”を存在させたままターンを返してはいけないということ。 “ビヤーキー”は“青緑異合”のエンジンと言うべき存在だ。 系統:異合、殻人のどちらかを持つスピリットを召喚した時1コアブーストする。 増えたコアでさらに次のスピリットを召喚というループが始まると、あっという間にフィールドを支配されてしまう。

先手“ビヤーキー”はよほどのことがない限りプレミ(プレイングの誤り)だ。 何故ならその一手によってデッキタイプを露呈させただけにとどまらず、何の耐性もない“ビヤーキー”をこちらが2ターン目に処理するのは簡単だからだ。

こちらがなにデッキかわからない1ターン目に自分のデッキの肝となるスピリットを召喚してしまうというのはプレイとして実に浅い。 バーストがセットされていたなら釣り餌かと勘繰ることもできたが、私の2ターン目を想定せずに自分の3ターン目だけを見ていたプレイと思わざるを得ない。 初心者の初心者たる所以だ。

「マジック、“舞華ドロー”を使用します」私は手札から“舞華ドロー”を提示した。

 

舞華ドロー

マジック

3(2)/黄

トラッシュにある[舞華ドロー]1枚は、自分のトラッシュにソウルコアがあるとき、『自分のエンドステップ』に手札に戻る。

この効果はターンに1回しか使えない。

フラッシュ:

このターンの間、相手のスピリット1体をBP-3000する。

この効果でそのスピリットがBP0になったとき、そのスピリットを破壊し、自分はデッキから1枚ドローする。

 

ソウルコアを含めて3コアを支払い、“ビヤーキー”を指定する。「BPマイナス3000、0になったスピリットを破壊します」 相手はきょとんとしている。 カード効果を知らない様子。 黄色い枠の女の子の絵が書いたカードに破壊されるという現実が理解できていないのだろう。 私はカードを相手に向けて提示した。 本人に確認してもらおうと思ったのだが、相手はそれを拒否してそそくさと“ビヤーキー”をトラッシュに送った。

「そして1枚ドローします」私はデッキから1枚ドローした。 “エグゾーストエンド”。

バーストセットを待って良かった。 この局面ならクレオパトラスよりこちらの方がいい。 「バーストをセットします」今引いたばかりの“エグゾーストエンド”をテーブルの左上、バーストエリアに置く。 “青緑異合”は手札補充としてストロングドローを採用している可能性が高い。 手札が増えたときに反応するバーストである“エグゾーストエンド”が効く可能性は高い。

「アタックステップ入ります。何もしません、エンドステップ」トラッシュに置かれている“舞華ドロー”を手に取った。「ソウルコアがトラッシュに置かれているので“舞華ドロー”を回収します。」

“舞華ドロー”は自分のエンドステップにソウルコアがトラッシュにある場合、手札に戻ってくる。 たったBPマイナス3000という貧弱な効果ではあるが、使い切りというマジックの制約から解放されているのだ。

「ターンエンド」私は自分のターンの終了を宣言した。 手の内に残り2コアでできることはない。 万が一相手が低コストスピリットを並べて、ビートダウンを狙ってきたとしても一体は“舞華ドロー”で始末できる。 その前に“エグゾーストエンド”で機先を制することもできる。 少なくとも次のターンは安全に見える、今のところは。

 

3ターン目

 

相手はまた無言でスピリットをフィールドに出した。 “ウバタマン”。

 

ウバタマン

スピリット

2(緑1青1)/緑/殻人

<1>Lv1 2000 <3>Lv2 3000

Lv1・Lv2『お互いのメインステップ』

このスピリットに青のシンボル1つを追加する。

【連鎖:条件《青シンボル》】

(自分の青シンボルがあるとき、下の効果を続けて発揮する)

[青]:お互いの『このスピリットの召喚時』効果は発揮されない。

シンボル:緑

 

続いて2体目の“ビヤーキー”が召喚された。 “ウバタマン”が緑と青のシンボルを持っているので1コストで召喚される。 緑のシンボルは存在しているが、“ビヤーキー”の連鎖は自身の召喚にまでは対応していない。 相手のコアはまだ5個どまりだ。

安堵した。 このターン少なくとも“青緑異合”特有のラッシュは発生しなかった。 “ビヤーキー”を今引いてきたのか、それとも初期手札に2枚あったからのプレイなのかはわからない。 もし初期手札に“ウバタマン”がいたとしたら、それをまずプレイしない相手は本当に素人だ。 結果守れなかったとはいえ、召喚時効果を抑制する能力を持っている“ウバタマン”は少なくとも“ビヤーキー”より生存確率が高い。

無理やり2体並べたプレイングも良くない。 どちらもBP3000以下。 “舞華ドロー”が回収されて私の手の内にあるのを失念しているのか。 意味もなくスピリットを並べるプレイは初心者にありがちなプレイだ。

相手がまた無意味に見える長考をしている間に、今の盤面を冷静に計算して見る。 もし、1ターン目の“ビヤーキー”を処理できていなければ、“ウバタマン”の召喚で1コアブースト、2体目の“ビヤーキー”の召喚でさらに1コアブーストで合計2コアのブーストをされていたことになる。 コアはまだ2個余っているので、さらにコアブーストされる可能性さえあった。 通常のシーケンスではコアは1ターンに1個ずつしか増えない。 コストのかかることをするためにはターン数を稼がなければならないというのがバトスピの妙味なのだが、“青緑異合”は3ターン目にして7ターン目のコアを所有してしまうことも可能なのだ。 手札に“舞華ドロー”がなかったら、この時点でゲームの大勢はかたまっていただろう。 現在相手の盤面はスピリット2体で5コア、スピリットの数では優位を取られてしまっているが、フルビートされてもゲームエンドには程遠い。

背筋が寒くなった。 一手間違えると、自分はこの会話もろくにできない初心者にカードパワーだけで負けるかもしれない。

ようやく相手がターンエンドの意思表示を返してきた。 流石にこの状況でアタックを仕掛けてくるほど愚かではなかったようだ。

 

4ターン目

 

コアステップでコアが6個になり、ドローステップでNo38ラブプリンセスが手札に加わった。

「“光楯の守護者イーディス”をLv1で召喚します」 3コア支払って1コアを“光楯の守護者イーディス”の上に置く。

 

光楯の守護者イーディス

 

3(2)/黄/天霊

<1>Lv1 1000 <2>Lv2 2000 <3>Lv3 3000

Lv1・Lv2・Lv3

コスト3以下の自分のスピリットすべては、相手の効果で破壊されたとき、疲労状態でフィールドに残ることができる。

Lv1・Lv2・Lv3【強化】

自分の「BP-効果」を-1000する。

シンボル:黄

 

自身も含めてコスト3以下のスピリットを破壊から守る性能は、今の状況において頼もしい。 そして【強化】が“舞華ドロー”の対象範囲を広げてくれる。

“舞華ドロー”を使用するのは確定だ。 問題はコアブーストエンジンのビヤーキーと1体で2シンボルを稼ぐウバタマンのどちらを始末するか。

「 “舞華ドロー”を使用…」

“ビヤーキー”は緑のシンボルがなければ連鎖のコアブーストを発揮することができない。 一方“ウバタマン”は単体で緑と青のシンボルどちらも供出できる上に召喚時効果を封じる能力を持っている。 次のターン、“戦国姫綺羅&沙羅”、“魅惑の覇王クレオパトラス”の召喚時効果が封じられるのはいかにもつらい。

「BPが0になった“ウバタマン”を破壊、一枚ドローします」 このドローで“妖雷スパーク”を引き込んだ。

「アタックステップ開始、そして終了。 エンドステップ、“舞華ドロー”回収。 エンドです」私はトラッシュから再度“舞華ドロー”を回収した。 私の手札は現在6枚。

 

5ターン目

 

2体目の“ウバタマン”が召喚された。 再び召喚時効果が封じられる。 緑シンボルがあるので“ビヤーキー”の連鎖で1コアブーストされる。 コアブーストされるタイミングは召喚の時だが、スピリットの召喚時効果ではないので“ビヤーキー”の効果が封じられることはない。 “青緑異合”は一回りしてすがすがしいくらい自分だけに有利に働くように構築されている。

続いてフル軽減で“異海獣アビスシャーク”が召喚される。

 

異海獣アビスシャーク

4(青2緑1)/青/異合

<1>Lv1 4000 <2>Lv2 5000 <9>Lv3 12000

Lv1・Lv2・Lv3:フラッシュ

このスピリットを疲労させる。そうしたとき、コスト4以下の相手のスピリット1体を破壊する。

【連鎖:条件《緑シンボル》】

(自分の緑シンボルがあるとき、下の効果を続けて発揮する)

[緑]:この効果でこのスピリットを疲労させたとき、ボイドからコア1個を自分のリザーブに置く。

【合体時】Lv2・Lv3『このスピリットの合体アタック時』

自分はデッキから3枚ドローする。その後、自分は手札2枚を破棄する。

シンボル:青

 

 “ウバタマン”の効果でシンボルが追加されているため2体のスピリットが3つ分のシンボルを供出していることになり、4コストのスピリットがたったの1コアでフィールドに配置される。 “異海獣アビスシャーク”も異合なので1コアブーストされる。

回りはじめた。 悪寒が背筋を走り抜けるのを感じる。 相手フィールドにはスピリットが3体いるのにリザーブにはまだ3コア残っている状態。 召喚するほどにコアが増えていく“青緑異合”特有の動きである。 ただスピリットが並んでいるだけではない。“ウバタマン”が召喚時効果を止め、“異海獣アビスシャーク”は相手を破壊しながらさらにコアブーストしてくる。 控えめに言って無茶苦茶な状態だ。 今の時点で私の勝ち目はほとんどないと言っていい。 相手の手の内があれでなければ。

「手札は何枚?」相手がかすれるような声を出した。 少し震えているようにも聞こえる。 来た、と思った。 できるだけ悟られないように感情を殺して答える。

「6枚です」

そして相手はまさに意中のカードを出してきた。 “オオヅツナナフシ”がアビスシャークに直接ブレイブされる形で召喚される。

 

オオヅツナナフシ

ブレイヴ

4(2)/緑/殻虫

<1>Lv1 2000 <0>合体+2000

Lv1『このブレイヴの召喚時』

自分の手札すべてを破棄できる。破棄したとき、自分はデッキから相手の手札と同じ枚数ドローする。

合体条件:コスト3以上

【合体時】

相手がドローしたとき、このスピリットは回復する。

シンボル:なし

 

相手が手札の最後の一枚をトラッシュに投げ捨て、乱雑にデッキからカードの束をむしりとった。 そこから6枚を数えて、残りをデッキに戻す。 “青緑異合”の常套手段にして対戦相手にとっては最悪の展開。

“青緑異合”はその強力な展開力ゆえに手札の消費が激しい。 コアがあっても手札が枯渇しては展開ができない。 それは恐らくデザイナーが意図した動きだったのだろう。 プレイヤーはそこに回答をみつけた。 それが忘れられつつあった古いカード、“オオヅツナナフシ”だった。

“オオヅツナナフシ”は相手依存ではあるものの強烈なドロー能力を秘めている。 但しそこには自分の手札を捨てるというデメリットも含まれていた。 それがデメリットとして成立している間、このカードはそこそこ使い勝手があるという程度の評価でしかなかった。 しかし強烈な手札消費をする“青緑異合”にとってこのデメリットは全く問題にならなかった。 “海底に眠りし古代都市”によるコアブーストと“オオヅツナナフシ”手札補充を組み込んだ時、“青緑異合”というスタイルが完成した。

スピリット数で勝り、コア数はダブルスコアに迫る勢い、そして今、充分な手札を手に入れた。 恐らく相手は勝ちを意識したはずだ。

「手札が増えた時、バースト発動します」私はバーストエリアに伏せてあったカード、“エグゾーストエンド”を開いた。

 

エグゾーストエンド

マジック

3(2)/緑

【バースト:相手の効果によって相手の手札が増えた後】

このバースト発動時に増えた相手のカード1枚につき、ボイドからコア1個を自分のリザーブに置く。

その後コストを支払うことで、このカードのフラッシュ効果を発揮する。

フラッシュ:

相手の手札2枚につき、相手のスピリット1体を疲労させる。

 

「手札が6枚増えたので6コアブーストします。 そしてフラッシュ効果を使用します。 “ウバタマン”、“アビスシャーク”、“ビヤーキー”を疲労させてください。」

相手がぽかんとしている間にきんちゃく袋からコア6つを数えて、相手に提示した。 これで私は相手のコアブースト数を一気に上回り、さらにこのターンのアタックを止めた。 起死回生の大逆転というやつだ。

相手は明らかに動揺していた。 起こっていることが納得できないようだ。 私は“エグゾーストエンド”のテキストを見せながら説明した。

「手札2枚につき1体を疲労させます。 貴方の手札は今6枚ですから3体が疲労の対象になります」

私の説明でしぶしぶ自分の手で3体のスピリットを疲労させた。 “異海獣アビスシャーク”の効果を二度見三度見していたのは、フラッシュ効果を使うつもりがあったからであろう。 “異海獣アビスシャーク”のフラッシュ効果は自分で能動的に疲労させた時。 相手によって疲労させられた時に発生するものではない。

“オオヅツナナフシ”の召喚でコアを使い切ってしまった相手はターンを終わらせることしかできない。

 

6ターン目

 

ドロー、“戦国姫茶亞琉”。 流れはこちらに来た。 私のドローに反応して“オオヅツナナフシ”がブレイブされた“異海獣アビスシャーク”が回復したが、大きな問題ではない。

現時点で相手のフィールドにスピリットが3体、8コア、手札は6枚。

それに対してこちらはフィールドにスピリットが1体ではあるものの、コア数は13と圧倒し、手札は7枚。 私の方が優勢といっていいだろう。

とはいえ、このターンで勝利を決めようとは思わない。 私のデッキは相手の戦力を削ってから攻撃を掛ける、コントロール系に分類されるタイプである。 5点ある相手のライフを1ターンで削りきる瞬発力はない。 ブロッカーが少ないとはいえ迂闊にビートダウンをするわけにはいかない。

“オオヅツナナフシ”をブレイブした“アビスシャーク”はこちらがドローする度に何度でも回復する。 そして“アビスシャーク”はフラッシュタイミングに自力で疲労することができるスピリットなので、“オオヅツナナフシ”との相性はすこぶる良い。 アタックステップまで生かしておくと私のスピリットをすべて食いつくすことさえ不可能ではない。

まずは軽減シンボルを1つしかもたない“戦国姫茶亞琉”をレベル2で召喚、シンボルが2つになったところで“舞華ドロー”を使って“ウバタマン”を破壊した。

“舞華ドロー”の効果で1枚ドローする。 “跪いて、エブリワン”、今一番欲しかった防御カードだ。 完全に

流れは私にある。 既に回復状態である“異海獣アビスシャーク”はそのまま。 続いて軽減シンボルを2つ持っている“No38ラブプリンセス”を配置した。 シンボルが3つ揃い、召喚時効果を無効にする“ウバタマン”が消え去ったところでやっと召喚時効果を持つスピリット“戦国姫綺羅&沙羅”を召喚することができた。

 

戦国姫 綺羅&沙羅

スピリット

5(3)/黄/戦姫・楽族

<1>Lv1 4000 <3>Lv2 6000 <4>Lv3 8000

Lv1・Lv2・Lv3『このスピリットの召喚時』

自分のデッキを上から5枚オープンできる。その中のカード名の異なる系統:「戦姫」/「楽族」を持つスピリットカード1枚ずつを手札に加える。

残ったカードは破棄する。

Lv2・Lv3『このスピリットのアタック時』

このターンの間、相手のスピリット/アルティメット1体をBP-5000する。

この効果でBP0になったスピリット/アルティメットを破壊する。

この効果発揮後、このスピリットのソウルコアを自分のトラッシュに置くことで、この効果をもう1度だけ発揮する。

シンボル:黄

 

“戦国姫綺羅&沙羅”の召喚時効果でデッキ上から5枚がオープンされる。 “ディーバシンフォニー”、“戦国姫 綺羅&沙羅”、“黒の妖精ティ・ターニャ”、“舞華ドロー”、そして“戦国姫 胡蝶”。 系統:楽族である“ティ・ターニャ”、系統:戦姫である“戦国姫 綺羅&沙羅”と“戦国姫 胡蝶”が手札に加わる。 残りは

トラッシュに送られる。 トラッシュに落ちたマジックカードは“桜姫鶴”、“魅惑の覇王クレオパトラス”の召喚時効果で回収できるので無駄にならない。 むしろ破棄をすることで選択肢を広げるのは“戦国姫 綺羅&沙羅”を投入した目的のひとつでもある。

手札にある“桜姫鶴”を使えば今トラッシュに落ちたマジックカードを回収することができる。 追撃すべきか、機会を待つか。 一瞬迷ったが、考える余地はあまりなかった。 “青緑異合”相手に次のターンを想定するのは困難だ。 今できることをすべてやっておこう。 最悪“跪いて、エブリワン”を撃つだけのコアが残っていれば次のターンを凌ぎきることはできるはずだ。 1枚でターン中の攻撃を無効にできるカードは心強い。

相手にバーストがないことを確認して“桜姫鶴”を召喚、“戦国姫 綺羅&沙羅”に直接ブレイブした。 召喚時効果でトラッシュの“舞華ドロー”を回収。 今の盤面ではまだ“ディーバシンフォニー”は重い。

「アタックステップに入ります」

無理に展開したため残りコアが少ない。今のスピリットでは相手のライフ5点を削りきることはできないので、本当はアタックをしたくない。 アタックしてライフを削ると、そのコアは相手のリザーブに落ちる。 リザーブに堕ちたコアはその瞬間から相手が使えるコアとなる。 ライフ減少がすなわちパワーの強化につながる、バトスピは実に面白い表裏一体のバランスで成り立っているゲームなのだ。

「“綺羅&沙羅”でアタック」アタック宣言をして、“桜姫鶴”をブレイブした“戦国姫 綺羅&沙羅”を横に倒す。 疲労状態となり、返しのターンにブロックすることができなくなる。 これもまた上手く出来たバランスである。 相手に有利に働くとわかっていてもアタックを仕掛けたのは“戦国姫 綺羅&沙羅”のアタック時効果を使うためである。 「BPマイナス5000、強化が一つ乗って“アビスシャーク”をBPマイナス6000にします。0になったスピリットを破壊します。 その後ソウルコアをトラッシュに送って同じ効果をもう一度、“ビヤーキー”をマイナス6000、0になった“ビヤーキー”を破壊します」

相手はフィールドに“オオヅツナナフシ”を残すことを選択した。

相手はライフのコアに手を掛けた。 すでにライフで受ける気になっている。 「フラッシュありますか?」 

私はターンを終わらせようとしている相手を制する。 フラッシュタイミングの確認を忘れる、ゲームに慣れていないプレイヤーの典型的な恰好だ。

アタック時のシーケンスはアタック宣言>アタック時効果の解決>ブロック側フラッシュタイミング行動の宣言>アタック側フラッシュタイミング行動の宣言>双方のフラッシュタイミングが終わった時点でブロック側のブロック宣言またはライフで受ける宣言となる。 ブロック宣言した後にはまたフラッシュタイミングの確認が始まる。

手のひらをこちらに向けて、なにもないというゼスチャー。

「では、“舞華ドロー”を使用します。 “オオヅツナナフシ”をBPマイナス3000。 0になったスピリットを破壊、1枚ドローします。」

「“戦国姫 茶亞琉”の効果で使用したマジックをフィールド上に置きます。」

ドローは二枚目となる“魅惑の覇王クレオパトラス”。

「マジックを使用したので“桜姫鶴”をブレイブした“戦国姫 綺羅&沙羅”はダブルシンボルになります」 これは“桜姫鶴”の効果だ。 ダブルシンボルになった“戦国姫綺羅&沙羅”のアタックをライフで受けると一気に2点のライフが削れる。 相手のライフを0にするのが勝利条件であるゲームにおいて、削れるライフが多ければ多いほどいいのかというと、そんなこともない。 ライフ3はある種のバーストやアルティメットを使用可能にする条件となっている。 ライフ4と3では危険度は天地ほども異なる。 それでも一気に削ることにしたのは、今現在相手のバーストエリアにカードがセットされていなかったからだ。 もし、セットされたカードが“砲天使カノン”や“龍の覇王ジーク・ヤマト・フリード”であったら、再度ゲームがひっくり返されてしまう。 この後、試合が長引くと、ここで与えてしまったコアが戦局に響くかもしれない。 例えそうだとしても、バーストがない今、ライフ3の壁を越えておく価値はあるはずだ。

もう一度フラッシュタイミングの確認をして、お互いなにもないことを宣言した後、相手のライフからコアが2個リザーブに落ちる。 相手のアタックをブロックしなかった場合、アタックしたスピリットのシンボル数分のライフがリザーブに落ちる。 5個のライフが0になったら敗北、というのがルールだ。

「エンドステップ、“舞華ドロー”を回収。 ターンエンドです」トラッシュにある“舞華ドロー”を手札に加えた。

相手は釈然としない顔をしている。 何故追撃に来ないのか訝しんでいる様子だ。 フルアタックしてライフが0になる状態ならいざ知らず、この状態で追撃をする必要はまったくない。 こちらに残ったスピリットは2体、シンボルは2つ。 フルアタックしても相手のライフは1残る。 防御カードがあるとはいえ、これ以上不必要なコアを相手に与えることはない。

 

7ターン目

 

相手のフィールドには何も存在していない、いわゆる更地という状態。 形勢は完全に逆転したように見える。 しかし相手は“青緑異合”、しかも手には前のターンにオオヅツナナフシで補充した6枚に今ドローしたカードが加わって7枚の手札が握られている。

最初にフィールドに配置されたのは“海底に眠りし古代都市”だった。

 

海底に眠りし古代都市

ネクサス

4(3)/青

<0>Lv1 <3>Lv2

Lv1・Lv2『自分のメインステップ』

系統:「異合」を持つ自分のスピリットが召喚されたとき、ボイドからコア1個を自分のリザーブに置く。

Lv2

系統:「異合」を持つ自分のスピリットすべてのシンボルを、そのスピリットが持つシンボルと同じ色のシンボル2つにする。

シンボル:青

 

そして三度目となる“ビヤーキー”の召喚。 バトスピのルールではデッキ中に入れていい同じカードは3枚までだ。 3枚目を引いていたのか。 古代都市の効果で1コアブースト、これで次に系統:異合の召喚で増えるコア数が2になった。 これはかなりまずい。

この段階で相手のリザーブにコアは1個。

そして当然のように次の異合が召喚される。

 

獣殻人マキシムス

スピリット

8(緑3青3)/緑/殻人・異合

<1>Lv1 4000 <2>Lv2 8000 <4>Lv3 10000

自分の青のスピリットがいる間、手札にあるこのスピリットカードを召喚するとき、コスト3として扱う。

Lv2・Lv3『自分のアタックステップ』

系統:「殻人」/「異合」を持つ自分のアルティメットがアタックしたとき、相手のスピリット1体を疲労させる。

シンボル:緑

 

“獣殻人マキシムス”はコスト8のスピリットであるが、フィールドに異合の“ビヤーキー”がいるので召喚するコストは3として扱われる。 “ビヤーキー”と“海底に眠りし古代都市”、青のシンボルはフィールドに2つなので、あと1コスト支払えば召喚できる。 相手は1コアをつまみあげてトラッシュに送った。 今、“海底に眠りし古代都市”はLv1で配置されている。

これがLv2だったら効果でビヤーキーのシンボルは青2つになっていた。 そうなれば“海底に眠りし古代都市”のシンボルと合わせてフィールドには青シンボルが3つ。 青と緑の軽減シンボルを3つずつ持っている“獣殻人マキシムス”はコアの消費なしで召喚された筈だった。 しかし、私にとって幸いなことに、相手のリザーブにLv2にするための3コアの余分がなかった。 1コアの違いがゲームの結果にダイレクトに響く、バトスピはそういうゲームだ。

系統:異合を持った“獣殻人マキシムス”の召喚によって“ビヤーキー”の効果で1個、“海底に眠りし古代都市”の効果で1個のコアがボイドから加算される。 召喚することでリザーブに1個だったコアが2個になるという理不尽な状態。 次々にスピリットを召喚するたびにコアが増えていく異常事態が始まった。

相手は私のフィールドの“光楯の守護者イーディス”を指さした。 “ビヤーキー”のもう一つの効果、召喚したスピリットのコスト以下の相手スピリットを破壊する効果の発動宣言だ。 3コストで召喚された“獣殻人マキシムス”によって破壊されるのは額面通りのコスト8以下である。 コスト3として扱われるのは召喚という行為にだけ、と言うのが公式裁定なのだ。 前のターンで戦線をあらかた崩壊させた“戦国姫綺羅&沙羅”を破壊したかったところだろうが、“桜姫鶴”がブレイブされた“戦国姫綺羅&沙羅”のコストはコストを合計して9となり、効果の対象外だった。

「では、“イーディス”を破壊します。 “イーディス”自身の効果、疲労状態でフィールドに残ることを選択します」 私は“光楯の守護者イーディス”を横に倒した。 “光楯の守護者イーディス”は相手の効果では破壊されない。 疲労したスピリットはブロックすることこそできなくなるが、フィールドに残ることでシンボルとして存在し続けることができる。 もちろん、効果破壊免除も有効だ。 相手は茫然としている。 “光楯の守護者イーディス”の効果を知らなかったようだ。 私は“光楯の守護者イーディス”のカードテキストを相手に向けた。

相手は私の差し出したカードを無視して2体目の“獣殻人マキシムス”を召喚した。 今度はフィールドに充分なシンボルが存在しているので“獣殻人マキシムス”はコアを支払わずに召喚され、ボイドから2コアが追加される。 これで相手のコア数は15、爆発的に増えた筈の私のコア数を軽々と超えた。

相手の指が“戦国姫 茶亞琉”の前に止まる。 私は“戦国姫 茶亞琉”を横に倒しにした。 

「“茶亞琉”を破壊。 “イーディス”の効果、疲労状態で残すことを選択します」イーディスの効果は自身のみならずコスト3以下のスピリットすべてを効果破壊から守る。 相手は再度イーディスのテキストを覗き込む。

相手の召喚ラッシュは止まらなかった。 続けて召喚されたのも系統:異合を持つスピリット、“カニコング”だった。

 

カニコング

2(青1緑1)/青/異合・遊精

<1>Lv1 3000 <2>Lv2 4000 <4>Lv3 5000

Lv1・Lv2・Lv3

このスピリットの色とシンボルは緑としても扱う。

Lv2・Lv3

このスピリットに[ソウルコア]が置かれている間、自分の手札は相手の効果を受けず、

相手は、系統:「殻人」/「異合」を持つ自分のスピリットすべてのコアを取り除くことができない。

シンボル:青

 

“カニコング”は私の使う黄色デッキにこそ刺さらないが、紫デッキにとっては天敵と言っても過言でもない能力を持ったスピリットだ。 青と緑の軽減を持っていて、自身を青にも緑にもできる、青緑のためにデザインされたカードである。 これでまた0コア支払いで2コアブースト。

回る、という表現がある。 デッキが狙った効果を発揮することを指す。 その状態を侮蔑して“ソリティア”と呼ぶこともある。 退屈な一人遊びのことだ。 “青緑異合”のデッキはメインステップで回る。 メインステップは基本対戦者の介入を許さないステップである。 メインステップで回り始めると、対戦者が指をくわえて見ている前で見る見るフィールドが完成していき、対戦者が対抗できるアタックステップまでに反撃手段の芽をすべて摘み取ってしまう。 回ってしまった“青緑異合”は対人ゲームではなくなる。 そこにエンターテイメント性があるならばまだしも、“青緑異合”はバリエーションが非常に少ない。 回ってしまったら対戦相手はゲームエンドを感じながら手も足も出ないで相手の独り芝居を強制的に見せられ続けるしかない。 そんなゲームが楽しいわけがない。 それがまさに“青緑異合”が忌み嫌われる所以である。

 

相手はスピリットを目で追って確かめている。 コア数の計算をしている。 目線が何度も手札と手元を往復している。 独特の緊張感。 大型のスピリットかアルティメットの召喚を試みているに違いない。 大型スピリットを召喚するためには軽減が欠かせない。 それが混色の軽減シンボルを持っているならなおさら、軽減の計算は複雑になる。 今、相手のフィールドには青シンボルが2つ、緑シンボルが2つ、それに青にも緑にもなるカニコングのシンボルが1つ。 今相手の手元にあるカードがこのシンボルでまだ足りないのだとしたら、候補となるカードは限られる。 “青緑異合”というのはそういうデッキだ。

なるほど、そういうことか。 私は黙って相手が正解を導き出すのを待った。 リザーブに余っていたコアが“海底に眠りし古代都市”の上に置かれる。 そうだ、それが正解だ。 “海底に眠りし古代都市”の効果で系統:異合を持つスピリットのシンボルはすべて2つになる。 これでフィールドのシンボルは最低でも青4つ緑4つになった。 お前が召喚したいアレの軽減は十分稼げたはずだ。 出せ。

相手の動きは全く予想の範囲を超えなかった。 “アルティメット・リーフ・シードラ”が召喚される。8コスト、青軽減4、緑軽減2。 “青緑異合”定番のフィニッシャーだ。

 

アルティメット・リーフ・シードラ

アルティメット

8(青4緑2)/青/新生・異合

<1>Lv3 13000 <2>Lv4 24000 <9>Lv5 32000

【召喚条件:自分の緑/青スピリット2体以上】

【Uトリガー】Lv3・Lv4・Lv5『このアルティメットのアタック時』

Uトリガーがヒットしたとき、相手のバースト1つを破棄し、相手のライフのコア1個を相手のリザーブに置く。

Uトリガー後、自分のライフが3以下なら、さらに、XUトリガーを行う。

【XUトリガー】XUトリガーがヒットしたとき、コスト7以下の相手のスピリットとアルティメット1体ずつを破壊する。

(Uトリガー/XUトリガー:相手のデッキの1枚目をトラッシュに置く。そのカードのコストが、このアルティメットより低ければヒットとする)

Lv5『このアルティメットのアタック時』

相手はマジックカードを使用できない。

シンボル:青極

 

こちらにとって最悪と言っていい展開。 ほぼ更地からコアブーストしつつここまで立て直す“青緑異合”と言うデッキ。 私のフィールドにブロッカーはなく、相手のフィールドにはダブルシンボルのアルティメット1体とスピリット4体。 シンボルに換算すると6つ。 私のライフを削りきるのに充分な数だ。

このターンを凌ぎきったとしても、私のデッキにアルティメットを止められるカードは少ない。 “アルティメット・リーフ・シードラ”をLv5にされたらほぼ投了だ。 高確率でバーストを破棄して一体を破壊した上でフラッシュタイミングを挟まずにライフを1つ奪う、さらにマジックさえ使用させない無敵状態でのアタックを止める手段は非常に少ない。  幸いこのターンでLv5にされることはなさそうだが、次のアタックステップでは十分可能だ。

私にとって最悪なのは“ビヤーキー”と“カニコング”を残した状態で“海底に眠りし古代都市”をレベル2にしてのフルアタック。 手札にある“跪いて、エブリワン”は“獣殻人マキシムス”のアタックを無効にできるが、低コストスピリットとアルティメットには利かない。

しかし、“海底に眠りし古代都市”のレベルを上げるには少なくとも2体のスピリットを自壊させなければならない。 素人にその判断は荷が重かろう。

相手はバーストを伏せた。 手札0。 やる気だ。

 

アタックステップ

 攻撃側

 アルティメット・リーフ・シードラ Lv3

 マキシムス Lv1

 マキシムス Lv2

 ビヤーキー Lv1

 カニコング(ソウルコア)Lv1

 

 防御側

 戦国姫茶亞琉(疲労) Lv1

 守護者イーディス(疲労) Lv1

 戦国姫綺羅&沙羅+桜姫鶴(疲労) Lv1

 

アタックステップ開始。 手札を使い切った相手に残されている選択肢は多くない。 このターンで私のライフを削り切って勝利するか、さもなくば次のターンをここにいるスピリットだけでしのぎ切るか。 それもと次のターンをしのぎ切れるバーストが伏せてあるか。

相手は“アルティメット・リーフ・シードラ”でアタックしてきた。 アルティメットトリガーが発動するはずだが、相変わらず相手からの宣言はない。 「アルティメットトリガーですか?」相手がなにも言わないのでこちらから確認するしかない。 相手は小さくかぶりをふる。

アルティメットトリガーとは多くのアルティメットが持っているアタック時の効果だ。 私のデッキから一枚の

カードがトラッシュに置かれる。 そのコストがアタックしているアルティメットのコスト以下ならトリガーヒット、何らかの追加効果が発揮する。

“アルティメット・リーフ・シードラ”のコストは8。 デッキからトラッシュに落ちた “妖雷スパーク”はコスト3、ヒットだ。 仕方がない、私のデッキにコスト8のトリガーをガードできるカードは入っていないのだから。 “アルティメット・リーフ・シードラ”のトリガーが発揮される。 バーストエリアにセットされている“魅惑の覇王クレオパトラス”は破棄され、さらに無慈悲にライフのコアが1つリザーブに置かれる。 “アルティメット・リーフ・シードラ”は青と究極の2シンボルを持つスピリットなので、ライフで受けると2点減る。 この1アタックで3つのライフが持っていかれることになるのだ。

バトルスピリッツは5個のライフを0にした方が勝ちになるゲームだ。 5個のライフを削るのに最低5回のアタックが必要、と言うのが元々のゲーム設計だった。 【転召】という特殊効果を踏むことでダブルシンボルのスピリットというものが現れたところから、この常識は怪しくなった。 続いてブレイブという種類のカードの登場により普通のスピリットが容易にダブルシンボル化するようになり、いつの間にか通常のスピリットでもダブルシンボルを持つものが現われて、今ではそれほど珍しいものでもなくなっていた。

それにしても“アルティメット・リーフ・シードラ”の疑似トリプルシンボルアタックはやり過ぎの感が否めない。

一気にライフ2まで減ってしまうのは本当に避けたいところなのだが、残念ながらフィールドに防御できる回復状態のスピリットはいない。

「トリガーヒットですね。 ライフのコアを1つリザーブにおいて」自分のバーストエリアに手をかける。 オープンして相手に“魅惑の覇王クレオパトラス”を見せる。 「バーストを破棄します」これは正直とてつもなく痛い。

“魅惑の覇王クレオパトラス”はライフ減少時に発動、コストを支払わずに召喚することができるスピリットだった。 もし、このアタックが“アルティメット・リーフ・シードラ”でない、ただのダブルシンボルだったら、ライフ減少と同時に“魅惑の覇王クレオパトラス”がフィールドに配置されるはずだった。 “魅惑の覇王クレオパトラス”は一体で盤面を支配することさえ可能な、私のデッキのキーカードだった。 しかし現実は、残酷にも一枚のバーストカードとして処理されトラッシュに落ちていくことで終わった。

そしてダメ押しのクロス・アルティメットトリガー。 “戦国姫 茶亞琉”コスト3、ヒット。 しかし私の

フィールドに破壊されるコスト7以下のスピリットは居ない。 正確に言うと、“茶亞琉”と“イーディス”は対象になるのだが、私の裁量でフィールドに残すことが出来る。 正式なルールなら、破壊対象を指定したのち私が効果を使うかどうか確認するべきなのだが、無言の対戦者相手に一人芝居するのもいい加減うんざりしてきたので無視することにした。

「こちらフラッシュこちらありません。そちらなければ…」相手の様子を伺う。 ライフのコアに手をかけた私を制する風はない。「ライフで受けます。」さらに2コアをライフカウンターからリザーブに落とす。

現在、私のフィールドにブロッカーはなし、残りライフは2点、そして相手にはアタック可能なスピリットが4体。 アタックを仕掛けてきたのは“獣殻人マキシムス”だった。 このアタックをライフで受けると私のライフは1になり、ゲームに敗北の一歩手前になる。

私は大きく深呼吸をひとつした。

「マジック、“跪いて、エブリワン”を使用します。」

 

跪いて エブリワン

マジック

4(3)/黄

【タイプ:歌】

フラッシュ:

このターンの間、コスト4以上の相手のスピリットのアタックでは、自分のライフは減らない。

その後、このマジックカードを自分のフィールドに置くことができる。

 

「コスト4以上の相手スピリットのアタックではライフは減りません。 “戦国姫 茶亞琉”の効果でフィールド上に置かれます。 フラッシュありますか?」

隣の“カニコング”に手をかけて、すぐにでも次のアタックをしようとしている相手を制する。「フラッシュないようでしたらこちらのフラッシュをいただきます」手札から“舞華ドロー”を提示する。 「舞華ドローをカニコングに使用、BPマイナス4000、0になったスピリットを破壊、破壊に成功したので1枚ドローします」“アルティメット・リーフ・シードラ”のアタックでリザーブに置かれたコアの1つをトラッシュに送る。 カニコングが処理されるのを待って一枚ドロー、“戦国姫 胡蝶”。「“舞華ドロー”は“戦国姫茶亞琉”の効果でフィールド上に置かれます。フラッシュありますか?」相手は首を小さく、しかしはっきり横に振る。「ではこちらのフラッ

シュタイミング」フィールド上に置かれた“舞華ドロー”をつまみ上げて「“舞華ドロー”を“ビヤーキー”に使います。 BPマイナス4000して0になったスピリットを破壊、ワンドロー」私も少し早口になってしまっていたかもしれない。 相手を圧倒してしまったのに気が付いた。 そしてドローしたのは“ディーバメドレー”。 遂に待っていたカードが手元に来た。

「フラッシュありますか?」相手の蒼白になった顔を覗き込む。 反応はない。「では、ライフで受けます。 “跪いて、エブリワン”の効果でライフは減りません」

回復状態の“獣殻人マキシムス”ではアタックしてもライフを減らすことはできない。相手はターンエンドを選択するしかなかった。

 

8ターン目

 

フルアタックを交わした返しのターン。 相手のフィールドが最も手薄になるタイミング、いわゆる攻め時だ。 相手のフィールドにはそこそこの数のスピリットがいるものの、こちらにはコントロールし切れるだけの戦力がすでにある。 無理な召喚のためにコアは限界まで使い切られていて、カウンターするためには自壊しなければならない状態。 カウンターしようにも手札がないという状態。

そこまで条件が揃っていても私はただ気楽に3つのシンボルをライフに届かせるだけの作業と考えることができなかった。 それは、フィールドに伏せられたたった一枚のバーストカードのせいだ。

バーストはこちらが条件を満たしたときにコストを支払わずに発揮する。 コストさえ支払えば自由に使用できる手札からのマジックよりはるかに面倒で他力本願な効果であるにもかかわらず多くのプレイヤーが使用するのは、その見返りが協力だからに他ならない。

発動したら私の戦線を崩壊させられるバーストカードは数多い。  ライフを減らしたときに発動する“砲天使カノン”、“鬼丸・真打”スピリット破壊後なら“魔星機神ロキ”、“マーク・オブ・ゾロ”召喚時効果発揮後なら“戦国覇王ギュウモンジ”。 すべての可能性を恐れていたらプレイを続けることはできない。あらゆる可能性を考慮しつつ、最善手を模索しなければ勝負に勝ち残ることはできない。

私の残りライフはたったの2。 “海底に眠りし古代都市”が相手フィールドにある限り、たったの1アタックを通してしまったらゲームエンドしてしまう、とてつもなく不安な状態だ。 私の黄色デッキは受け身に回って強いカードはほとんど存在しない。 二枚目の“跪いて、エブリワン”を引くか、相手フィールドを再度更地にしない限り返しのターンを守り切ることはできないだろう。

悔やまれるのはこちらのバースト“魅惑の覇王クレオパトラス”が破棄されてしまったこと。 “魅惑の覇王クレオパトラス”が今フィールド上にいれば、苦も無く相手フィールドをまっさらにすることが出来たはずだった。

ドロー、“黒の妖精ティ・ターニャ”。 デッキが攻めに行けと言っているようだ。 リフレッシュステップですべてのスピリットを回復状態にしたのち、“戦国姫胡蝶”、“黒の妖精ティ・ターニャ”2体を召喚し、“戦国姫胡蝶”の上にソウルコアを含めて5コアを載せてLv3とする。

 

黒の妖精ティ・ターニャ

スピリット

3(3)/黄/楽族

<1>Lv1 2000 <3>Lv2 4000

Lv1・Lv2

自分のフィールドに黄のスピリットが3体以上いる間、

自分のマジックカードすべてに軽減シンボル[黄]を与える。

シンボル:黄

 

戦国姫 胡蝶

スピリット

3(2)/黄/戦姫・楽族

<1>Lv1 3000 <3>Lv2 5000 <5>Lv3 8000

Lv1・Lv2・Lv3【光芒】『このスピリットのアタック時』

バトル終了時、自分のトラッシュにある、このバトルで使用したマジックカードすべては手札に戻る。

Lv3:フラッシュ『このスピリットのアタック時』

このスピリットの[ソウルコア]を自分のトラッシュに置くことで、自分の手札にあるマジックカード1枚をコストを支払わずに使用する。

シンボル:黄

 

 

コスト3のスピリットすべては“イーディス”の加護によって破壊耐性を持っている。 そして手札には全カード中でも最高クラスの除去カード、“ディーバメドレー”がある。 1アタックで相手のフィールドを壊滅させる用意は整った。 欲を言えば“跪いて、エブリワン”を引き込みたいが、仕方がない。 私も腹を決めた。

 

アタックステップ

 

 防御側

 戦国姫 茶亞琉 Lv2

 守護者イーディスLv1

 戦姫 胡蝶(ソウルコア)Lv3

 黒の妖精ティ・ターニャLv1

 黒の妖精ティ・ターニャLv1

 戦国姫 綺羅&沙羅+桜姫鶴Lv2

 

防御側

 アルティメット・リーフ・シードラ(疲労) Lv3

 マキシムス Lv2

マキシムス(疲労) Lv1

バーストあり

 

“戦国姫 胡蝶”でアタック。 前のターンと同じく“戦国姫 綺羅&沙羅”でアタックして破壊することも可能だが、破壊時バーストを踏む危険を冒す前に“ディーバメドレー”を使うことを選んだ。 なにより優先すべきなのは“アルティメット・リーフ・シードラ”の始末だ。

「フラッシュありますか? ないようでしたら、“ディーバメドレー”を使用します。」

 

ディーバメドレー

マジック

6(2)/黄

フラッシュ:

相手のスピリット1体をデッキの下に戻す。

自分のトラッシュのコア1個をボイドに置くことで、かわりに、Lv3の相手のアルティメット1体をデッキの下に戻す。

 

「“戦国姫 胡蝶”の効果、ソウルコアを使うことでコストをすべて支払ったものとします。 “アルティメット・リーフ・シードラ”をデッキボトムにお願いします。」

スピリットをフィールドから除去する方法はいくらもある。 手札は次のターンに再度召喚できるので、最も

フィールドに近い場所といえる。 デッキトップに戻す場合も次のドローで引けるので同じといえなくもないが、デッキトップは破棄される可能性もあるし、そうでなくても既知のカードを引かされることで新しいドローを封じられることにもなるので、一段階厳しい。 破壊や消滅でトラッシュに送られるのは通常の除去手段であるが、トラッシュは介入手段がたくさんあるのでデッキによってはそれほど遠くない。 そんなバトルスピリッツのルールの中で最もフィールドから遠い場所がデッキボトムである。 ボトムに送られたカードを取り返すにはデッキを引き続けてそこにたどり着くしか方法がない。 万が一たどり着けたとしたら、その時にはデッキアウトで負けていることになる。 “ディーバシンフォニー”はデッキボトムにスピリットカードを送り込める数少ないマジックであり、アルティメットに触れる唯一のマジックである。 “アルティメット・リーフ・シードラ”がLv4になっていたら、手を出すことはできなかった。 無理やり召喚してくれた相手の迂闊さに感謝しなければならない。

相手がデッキボトムにカードを差し込むのを確認して、自分のデッキに手をかける。「マジックを使用したので“No38ラブプリンセス”の効果で1枚ドローします。」ドローしたのは“光楯の守護者イーディス”。

「“戦国姫茶亞琉”の効果で“ディーバメドレー”を手元に置きます。 フラッシュありますか?」相手の顔を覗き込む。「では、こちらのフラッシュタイミング、“ディーバメドレー”を“獣殻人マキシムス”に使用します。 “黒の妖精ティ・ターニャ”の効果でマジックには黄色の軽減シンボルが2つついているので2コア。 デッキボトムにお願いします。 マジックを使用したので“N038ラブプリンセス”の効果で1枚ドローします」ドローは“No38ラブプリンセス”

相手はしぶしぶ“獣殻人マキシムス”を裏返してデッキの一番下に差し込んだ。 続けて“舞華ドロー”で疲労状態の“マキシムス”を破壊、“舞華ドロー”で1枚、“N038ラブプリンセス”で1枚ドロー。 フィールドに置かれた“舞華ドロー”を再度使用してカニコングを破壊。 新たに手札に引き込んだ3枚目の“舞華ドロー”でカニコングを破壊し、2枚ドロー。 相手から破壊時バースト、手札が増えたときバーストの意思表示はない。 この1プレーで手札が8枚増えた。 ほぼ何でもできる状態。 一方相手のフィールドにはネクサスしかない。

「こちらフラッシュありません。 攻撃はどうしますか?」

相手はライフのコアを一個落とす。 そしてバーストに手をかける。 “絶甲氷盾”。

 

絶甲氷盾

マジック

4(1)/白

【バースト:自分のライフ減少後】

ボイドからコア1個を自分のライフに置く。

その後コストを支払うことで、このカードのフラッシュ効果を発揮する。

フラッシュ:

このバトルが終了したとき、アタックステップを終了する。

 

定番のバースト。 ああ、やっぱりという感じ。 大した驚きはない。 白属性のカードであるが、すべてのデッキに入っているといっても過言ではないカード。 おそらくバトスピで最も使われている、定番の万能カードだ。 バースト効果でライフが1点増えて、コストを支払うことでバトルが終了する。

バトルスピリッツのゲーム性はこのカードの存在にある、といっても過言ではない。 押し込めば勝てるシチュエーションをたった一枚で台無しにしてしまうカード。 相手に使われればこの上なく厄介で、自分が使う分には大きな安心感となるカード。 ビートダウンする際には必ず意識しなければならないカード。 バトルスピリッツというゲームを、スピリットを横に並べて数の多いほうがビートダウンすれば勝てるというだけの単純なゲームでなくしているカードだ。

相手は4コアをトラッシュに送り、フラッシュ効果を発揮する。 ほっと胸をなでおろす相手。 しかし私にはまだ最後のダメ押しを告げる仕事が残っていた。

「“戦国姫 胡蝶”の【光芒】を発動、今使用したマジックをすべて回収します」“ディーバメドレー”、“舞華ドロー”が手札に戻る。 相手の顔色が青から白に変わった。 これで私のアタックステップは終わった。

 

9ターン目

 

相手が勝ちを放棄した時、その思いは言葉にしなくても伝わる。 上手い人はその気配を消すことができる。 いや、むしろその気配を消すスキルこそがゲームの上手下手なのかもしれない。 目の前にいる明らかに初心者である彼はそれを隠すことが全くできていなかった。

バトスピはたった5個のライフの削りあいで勝敗を決めるゲームだ。 防御を置かずに相手にターンを渡した場合、相手の手の内に5体のスピリットがあり、それがすべてアタックをかけて来た時に守り札がなければ敗北するゲームだ。 事実そんなシチュエーションは試合中何度でもある。 相手がそんな無謀な攻撃を仕掛けてこないという前提でターンを返し、そう上手くはいかないという疑心暗鬼で無謀な攻撃を仕掛けないのがこのゲームの醍醐味でもある。 どちらかが正直に自分の手札を公開してしまったら、そんな面白みが半減してしまうし、それを読みあうのがゲームのゲームたる所以なのだが、初心者は往々にして自分一人の世界で勝ち負けを決めてしまう傾向がある。

ドローしたカードを見る目が生気を失っていた。 手札は今ドローしたカードのみ。 それが系統:異合をもつスピリットであるならダブるシンボルになり、私のライフを0にすることができる計算だが、そうするためにはアタックをライフに届かせなければならない。 たった一枚で私のフィールドに立っているスピリットをすべて破壊、疲労させるか、掻い潜ってそれを成し遂げる方法を、私は思いつかない。 万が一それができたとしても、私の手の内には“ディーバメドレー”が握られているのを相手も知っている。

相手にも、何をやるにも十分なコアはもう揃っている。 引いたカードがドローソースなら可能性を広げることができるので使わない道理は何処にもない。 使用しないということは手札がそれではないことを物語っている。 ネクサスなら配置することに意味があるとは思えない。 スピリットならそれがなんであれ次のターンには“ディーバメドレー”がそれをデッキボトムに送り込む。

詰んだな、と思った。

「ターンエンドです」相手が私の目を見ずに言った。

 

10ターン目

 

明らかに戦意を喪失している相手が握っているのはたった1枚。 ライフは4残っているが、躊躇するところではもうない。

用心のために破壊耐性を持った2体目の“光楯の守護者イーディス”と“戦国姫茶亞琉”を配置、“マークオブゾロ”を警戒してすべてのスピリット上のコアを2個以上にした。

 

アタックステップ

 

“戦国姫 茶亞琉”のアタックをライフで受けてライフ残り3。 “光楯の守護者イーディス”のアタックをライフで受けて残り2。 最後に“桜姫鶴”をブレイブした“戦国姫綺羅&沙羅”のアタックに“妖雷スパーク”を合わせてダブルシンボルにしたアタックでライフ0。 勝負は決まった。

「ありがとうございました」私が会釈すると、相手もぺこりと頭を下げた。

 

それぞれの名前の書いたスコアシートを交換する。 対戦者の欄に自分の名前と相手の成績を書き込んで、大会の主催者に渡すのがプロセスなのだ。 私はカバンからボールペンを出してシートに自分の名前と成績を書き込んだ。 相手は負けたのでポイントは0、合計ポイントも0。

「すみません、ペン、貸してもらえますか?」相手が話しかけてきた。 思ったよりずっと柔らかい、優しい声だった。「ええ、もちろん、どうぞ」

「ここ、どう書くんでしょうか?」

「私が勝ったので、ポイントのところに3と書いてください。 あと、合計のところも3と」相手はふんふんとうなずいて丸っこい文字で3と書きいれた。 私はそれを受け取ってパンダさんに手渡す。

「黄色って強いんですね」相手だった青年が話しかけてくる。 まだ顔はうつむきがちだが、こわばった様子が取れてごく普通の通りすがりの青年のような色になっている。

「ええ、まあ。 今回は“舞華ドロー”を初手に握ってたのが強かったですね」

「僕も黄色のデッキ持ってるんですけど、家に置いて来てて。こんなに強くないんですけど…」

青年ははにかんでうつむいていた。

もう少し話をしたかったが、次の対戦のコールが始まっていた。 我々の対戦が一番最後だったらしい。

「ありがとうございました。 残りの試合楽しんでください。」

 お互い微笑みあって、席を立った。

 

(二回戦につづく)

 



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