キノは旅の途中、宙に浮く大地と遭遇して……

※※※某ジブリ作品とは無関係です※※※


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天空の城の話 -Out of place artifact-

 透き通った蒼穹は、まるで幼児がお菓子を抱えるように、ところどころに白く丸い雲を内包していた。

 季節は春。眩く優しい陽光が、緑色の原をすくすくと育てている。涼風と膝くらいの若い立ち草が、さわさわと戯れていた。

 

 のどかで平和な世界の外から、ぶるぶると重低音が紛れ込んできた。若草色の地平線の先から、一つの影が立ち入った。

 その影は、モトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)に乗った旅人だった。歳は十代の中頃で、中性的だが精悍な顔立ちをしている。鍔と耳を覆うたれのついた帽子を被り、銀色フレームのゴーグルが大きな瞳を守っていた。

 

「うーん、いい風景だ。そう思わないかい、エルメス?」

 

 運転手がモトラドに語りかけた。

 

「欲を言えば下草が邪魔かな。舗装されていないにしては凹凸の少ない地面は及第点。視線の上半分の見晴らしと、ちょっと乾き気味の湿度は最高だね、キノ」

 

「ふうん、エルメスがこういうありふれた自然を褒めるのは珍しいね」

 

「ねえキノ。キノはこの風景をありふれているというけど、これまで長ーく旅を続けていて、一つとして同じ景色はあった?」

 

 キノはエンジンを止めた。ブレーキはかけず、速度は緩やかに落ちていく。

 

「無いけど……」

 

「どうしたの?美味しいものでも落ちてた?」

 

「こっちが聞きたいよ、どうしたのって」

 

 やがて完全に止まり、キノの耳にしゃらしゃらという立ち草の音が届く。

 

「エルメスにしては詩情に溢れすぎている気がする。どこか故障でもした?」

 

「失礼な。キノは過去だけを見てモトラドを判断してるの?この広い野原にはキノも感嘆してたよね。なら今この瞬間詩情溢れる新しいエルメスにこんにちはしてもおかしくは無いよ」

 

「うーん……。確かに、過去にないくらい平和でのびのびとした景色だけど……」

 

 釈然としない気持ちの中、キノはまたエンジンを唸らせた。

 しばらく無言のまま走り――次の国へとまっすぐ向かっていたキノは、進路を少しだけずらした。

 

「この景色と『あれ』なら、『あれ』の方が好きだな。だって景色なんてどこにでも転がってんじゃん」

 

「さっきのはどうした詩情溢れる新しいエルメス」

 

「また過去にこだわって、キノったら」

 

 軽口を言い合いながら、ブレーキを使って停止した。荷物の中からライフルタイプのパースエイダー(注・銃器のこと)が入った箱を開けて、スコープだけを取り出した。

 

「大きいよ、この位置で正解。ここなら落ちてきても潰れやしないよ、たぶん」

 

 黙ってうなずきながら、スコープを地平線辺りに向ける。

 

「確かに、『あれ』はそこら辺に転がってないな……。野原の絨毯よりも珍しい」

 

「だよねー」

 

 スコープの先では、巨人が抉り取ったような大地が、そのまま浮かんでいた。

 

 

 

「あれはなんだろう」

 

「なんだろうね」

 

 キノとエルメスは、浮かぶ大地の真下を通らない位置を、まっすぐ走っていた。

 

「あの上に、誰かが住んでいるのかな」

 

「全く人の手が入ってない自然の産物なら、もっと驚きだよ」

 

 大地にかなり近づき、やっと大きさが実感できるほどになった。岩壁部分の高さは建物三つ分くらい、横幅は五階建てのビルを寝かせたほど。それが人二人分の身長ほど浮かんでいる。地表部分は下からでは見えないが、平地になっていることだけは分かった。

 これだけ近づいても、大地からは何の音も聞こえない。風圧も全く無い。その視覚だけで圧倒する荘厳な大地を、キノは見上げながら止まった。

 

「手を振ろうと思うんだけど」

 

「いきなり銃撃されたらどうする?」

 

「じゃあやめる?」

 

「もったいない」

 

 軽く意思確認をして、キノは大きく手を振った。

 

「見えるかな」

 

「見えてると思うよ。数か所にカメラが埋め込まれてる」

 

 では、やはり人工物ということだ。腕を数往復すると、大地からの返事が来た。

 

『旅人さん、こんにちは!』

 

 明るい女性の声だ。

 

「こんにちは!聞こえてますか!」

 

『ええ、バッチリ拾ってます!』

 

「ねえ、すごい乗り物だね!」

 

『お褒めに預かり光栄です、モトラドさん!よろしければ、お茶でもいかがですか?』

 

「行こうよキノ!」

 

「危機意識よりも好奇心だ」

 

 キノは腕で大きな丸を作った。

 

   *****

 

 大地はゆっくりと下降して、音もなく着陸した。

 

『右手側へ回ってください。モトラドさんもどうぞ』

 

 先ほどとは打って変わって、冷たく無機質な機械音声だ。音声に従ってエルメスを引いて入り口を探す。大地の真正面と思われる進行方向側に、ガラス戸がある。奥には明かりがともっていた。

 ガラス戸の前に立つと自動で開き、エルメスと共に小部屋のようなところに入った。戸が閉まると、カーテンが引かれたように外側が土で覆われ、外が見えなくなった。それと同時に僅かな重力がのしかかる。上昇している、これはエレベーターのようだ。

 エレベーターが止まり、着いたのはシェルターのような円形の小部屋。金属製の白い壁がぐるりと周りを覆っている。高さは腰くらいの立方体の真っ白な箱が一つ、部屋の中心に鎮座している。

 

『博士の安全保障のため、パースエイダーを全て預からせていただきます。その箱にお入れください』

 

「住んでるのは博士、研究者なんだね」

 

 エルメスがうきうきとした調子で言う。

 

「さっき上から声をかけてくれた人が、その『博士』ですか?」

 

『はい』

 

 キノは上にちょこんと乗っている小さな鍵を手に取り、箱を開けた。軽く頑丈な素材だ。『カノン』と『森の人』と呼ぶ二丁のパースエイダーから弾を抜き、そっと入れた。続いて『フルート』と呼ぶライフルが入った箱を、隅に置く。ふたを閉めて、ガチャリと鍵を閉めた。

 

『鍵はお持ちください』

 

「無くしちゃダメだよ」

 

「そうだね」

 

 懐にしまい、きょろきょろと辺りを見回す。背後で、先ほどのエレベーターが音無く招いていた。

 エレベーターは再び上昇し、やがて――空が見えた。

 

   *****

 

 内部の無機質さとは打って変わって、地表部分は整えられてはいるが自然で溢れていた。

 土が固められた道の先には、どこか懐かしいログハウスが一軒。家の周りには樹が三本植えられていて、一本にはブランコが揺れている。陸地の端には岩山、そこから小さな清流が伸びており、透き通った池を作っている。池の向こうの畑は様々な果実を実らせており、その横の柵の中ではニワトリが盛んに走り回っている。都会の人間が夢に見そうな、理想的な空間が広がっていた。

 

「ようこそ、旅人さん、モトラドさん!」

 

 ログハウスの扉から、下で聞いた元気な声と共に人が飛び出て来た。眩しいくらい真っ白な白衣を着た、色白で瓶底メガネをかけた女性だ。三十代ほどで、あちらこちらに跳ねるくせ毛を乱暴に一括りにしていた。

 

「今、お茶を用意してます。そこの椅子で待っててください!」

 

 そう言って、池のそばの木製テーブルを指さした。エルメスのタイヤを転がして、道から足に心地いい芝生にそれた。『博士』もパタパタ走って来る。

 

「こんにちは!……えーと」

 

「ボクはキノ、こっちはエルメスです」

 

「どーも!」

 

「ようこそ、キノさんとエルメスさん!私はトエルといいます」

 

「こんにちは、トエルさん」

 

「で、そっちは?」

 

 エルメスが示したのは、お菓子とティーセットを持ってキャタピラでゆっくり近づいて来る、人間大のロボットのことだ。一つ目のようなレンズを、麦わら帽子の奥から覗かせている。

 

『ようこそ。わたくしはウルと申します』

 

 エレベーターなどで聞いた、無機質な方の声だ。

 

「三年前に搭載した高性能人工知能ウルちゃんです!畑仕事からニワトリさんのお世話、『天空城』の運転やメンテナンス、果てにはお話し相手や肩たたきまでぜーんぶやってくれるんですよ!」

 

「凄いですね。エルメスは話し相手にはなっても肩たたきはしてくれません」

 

「ちょっとキノ、人工知能と一緒にしないでよね」

 

「ふふっ!ウルちゃんにもジョーク機能を付けたいんですけど、なかなかしっくりこないんです!」

 

 トエルはわしゃわしゃと麦わら帽子を撫でまわす。

 

『博士、揺らさないでください』

 

 文句を言われて手を引っ込め、これがしっくりだよなぁとこぼしながら椅子に座った。キノもエルメスをスタンドに立てかけ、向かいの椅子についた。

 一滴もこぼさない精密な動きで、お茶が入る。トエルが飲んだのを見てから、キノも口に運んだ。

 

「ねーねー、これって『天空城』っていうの?」

 

「そうですよ、エルメスさん。十年前まで小さくてボロボロで今にも分解しそうな車だったのに、ここまで進化したんですよ!凄いでしょう!」

 

「ええ。空を飛んでいるのは、何か理由があるんですか?」

 

 それを質問してほしかったのか、トエルは満面の笑みを浮かべた。

 

「強いて挙げれば、その技術があったからですね。二年前に浮遊車両の開発が盛んな国から技術提供を受けて――あ、この時は人工知能のデータと交換したんです――それで走る家から空高く飛ぶ家に変身しました!そこから土地を削って土を張り付けて――ここはロマンですね!土地ごと浮いてるって感じは!」

 

「ひゅー、分かってる」

 

「分かります?このロマンが!景観を壊さぬ自然物が、実は科学の粋を凝らした牙城であることが!」

 

 鼻息荒く興奮し、身を乗り出しかねない。

 

「空を飛ぶ以外に、どんな機能があるんですか?」

 

「まず畑にはですね、スプリンクラー。池の水を流用しています。池の水は雨水を浄化した物で、天空城のエネルギー源でもあります。水を高効率のエネルギーに変換する技術は、五年前に習得して、前バージョン『走行家』でも使っていました。水のほとんどは岩山に擬態させた貯水タンクで保管しています。雨に遭遇した時は、防弾ガラス製の屋根で覆われます。嵐など風の強い日は着陸して休憩日とします。進もうと思えば進めますけど、余分にエネルギーが必要なので」

 

 誰かに話したくてたまらないのだろう。泉のように口から解説があふれ出している。

 

「底部分の土は、浮遊技術の応用で張り付けています。一皮むければ鋼鉄で覆われていて、大砲で撃たれても大丈夫です。監視カメラの他に大砲が六門、連射式のパースエイダーが十丁配置されています。内層部はシェルター代わりとなっていて、食べ物や予備の水の貯蔵庫、メインコンピューターが設置されています」

 

「へー!紛争地帯に入っちゃっても大丈夫だね!」

 

「その通りです!ちなみに万が一敵対的な侵入者を許しても、城中に埋め込んだパースエイダーをウルちゃんが操作して排除してくれます。ロボットの体のウルちゃん自身も、とーっても機敏で力強くて、人間にも猛獣にも負けません!万が一、憶が一、私が死んでしまった場合、センサーが発動して天空城は丸ごと自爆します!これくらいですかね」

 

 始終にこにこと、機能紹介を終えた。

 

「わー、これじゃあ奪えないよ!キノ、変な気おこしちゃダメだからね!」

 

「そんなこと考えてもなかったよ。――自衛は大切ですからね」

 

 キノは空のホルスターを見ながら相槌を打った。

 

「それでそれで、改良は考えてる?次はどんな機能を載せたい?」

 

 トエルはうーんと唸った。

 

「次、ですか……。興味深い技術があれば、出来ればそれを吸収したいです。先行く国ではどんな技術があるか、分かりません。……でも、本当につけたい機能、旅に出た理由の技術はまだ得ていません」

 

 トエルは静かな笑みを浮かべた。キノは分厚いメガネの奥の視線を覗いた。

 

「良ければ、その技術は何か、教えてもらえませんか?」

 

「それはですね……」

 

 数呼吸、沈黙が降りた。

 

「タイムマシンです」

 

 言って、少しだけ前のめった。

 

「熟練の旅人とお見受けしてお尋ねします。訪れたことのある国に、過去に戻れる、干渉できる――その様な技術を持つ国はありましたか?」

 

 キノは大きく首を横に振った。

 

「いいえ。そんな国があるとも聞いたことは無いです。すみません」

 

 ふぅ、とがっかりしたように息を吐いた。

 

「そうですか……。いえ、謝らなくていいんです。今まで通り、研究しながら探すだけです。――そうだ、キノさんは東から来ましたよね。平原の先の国に寄りましたか?次はそこに向かっているんです」

 

「はい、寄りました」

 

 キノは一つ前に寄った国の概要を、簡単に教えた。トエルもキノが次に寄る予定の西の国のことを、大まかに説明した。

 

「情報提供、どうもありがとうございます」

 

「こちらこそ。――そろそろ、お暇させてもらっても?」

 

「はい、分かりました。足止めさせてしまい、すみませんでした」

 

「いいえ、楽しかったです」

 

「キノと同じくー。進化した天空城、また見たいな」

 

「そう言ってもらえて、造った甲斐があります。――そうだ」

 

 ぽん、と手を叩いた。

 

「もし自由に時間旅行が出来るようになったら、明日の西の国に寄ります。そこでタイムマシン搭載『次元城』をお披露目できます!」

 

「それいいね!」

 

「ウルちゃん、メモメモ」

 

『×××年×××日、×××国でキノさん、エルメスさんに会う。これでよろしいですか?』

 

「うん、バッチリ!絶対約束を守りますよ!」

 

 トエルは、一段と眩しく笑った。

 

   *****

 

 天空城と遭遇した次の日、キノは次の国に到着した。いつものように三日間の滞在申請をして、いつものように入国した。

 科学の発展が緩い、農耕牧畜が中心の小さな国だった。その中では――

 

「見た?空飛ぶお城」

 

「おう、見たぞ。すげかったよな!」

 

「あんなでっかい地面が飛ぶって信じられないよ!」

 

 天空城の話題で持ちきりだった。噂をする人々に、キノが近づくと。

 

「おや、旅人さん」

 

「横からすみません。空飛ぶお城について、もう少し詳しく教えてくれませんか?」

 

「おう、いいぞ」

 

 男やその周りの人々は、競うように話してくれた。

 空飛ぶ大地は水で浮き上がること。上には一人の女性が住んでいること。喋る機械人形の助手がいること。

 そして、天空城が『昨日まで』この国に滞在していたこと。

 

「変なこと聞くかもしれませんが……その天空城が、『今日』来たという話はありませんか?」

 

「いいや。そうだ、旅人さんは見損ねて悔しいんだな!」

 

「……。ええ、そうです」

 

 住民たちはこぞって、『昨日までいた』天空城についての話をしてくれた。そこから思い出会となり、日が暮れるまでキノは解放されなかった。

 

 

 

 二日後。次の国へまた旅立つ日になっても、天空城は現れなかった。

 

「とうとう来なかったね」

 

「残念だよ」

 

「結局出来なかったのかな、タイムマシン」

 

「ここに来る日を間違えた、ということにしておきたいな」

 

 未だ天空城について絡んでくる住民から逃げながら、キノは息を吐いた。

 

「落ち込まないでよ、キノ。――そうだ、何か新機能つけてみる?空を飛ぶのはモトラドとしての矜持が許さないけど、それ以外なら考えてみてもいいよ!」

 

「新機能か――。一つ、是非つけてほしい機能がある」

 

「お、なになに?」

 

 キノはきっぱりと言った。

 

「早起き」

 

「……。もっとロマンがこもった詩情溢れる機能でもいいんだよ?」

 

「早起き。それ以外いらない」

 

「……」

 

 うるさいエンジン音だけが、響く。

 

「エルメス、新機能つけてくれるって言ったよね?」

 

「モトラドは過去にはこだわらないのさ」

 

 エンジン音を残して、城門を目指した。

 

 

 

 


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