とあるヴィラン少女の話   作:サシノット

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今回は父親回です。


※原作キャラについて捏造や自己解釈しているところがあります。ご注意ください。




活動報告17 父が仕事をしているようです

黒い霧に包まれ、彼が着いた場所は地面に亀裂が入った土砂ゾーンであった。

 

突如として現れたヴィランの集団と、その中の一人が言った『散らして嬲り殺す』という一言で黒い霧の正体が「ワープ系」だろうと予測がついた彼は咄嗟に距離をとって回避を試みたが、予想以上に霧の範囲が広く、敵の思惑通りに移動されてしまった。

 

そこで、黒い霧が晴れたところを狙い、待ち構えているであろうヴィランの集団に右の広範囲攻撃を展開した。こちらの予想は的中し、襲いかかってきたヴィランたちを行動不能することに成功した。

 

「子ども一人に情けねぇな…しっかりしろよ。大人だろ」

 

彼、轟焦凍は手応えの無さに正直呆れていた。

 

冷やされた空気によって吐いた息が白くなる。ヴィランたちは信じられないと言わんばかりに、目を大きく開いて驚いていた。強制ワープされた生徒が現れた瞬間に袋叩き。それが敵の狙いだったようだが攻撃範囲の広い轟にはほとんど無意味だ。足元が凍り、霜が生まれる。一歩踏み出せばパキっと音を立てた。

 

左の炎で自身の体温が低くなりすぎないように調整を行う。その間に敵の狙いや戦略について分析をしていた。

 

敵はオールマイトを消すことが目的と言った。あのナンバーワンヒーローを殺す気であれば、精鋭部隊でも揃えて数で圧倒すると思っていた。しかし、その大半は対生徒用の駒で、実力は三流並みだ。数だけで勝負を仕掛けるのはお世辞にもいい作戦とは思えない。

 

おそらく何らかの秘策がヴィラン側にある。それを突き止めなければ、次の行動に移せなさそうだ。氷漬けにされたヴィランに話しかけようとしたそのとき、パチパチと手を叩く音が背後からした。

 

「見事だ」

 

音のした方向へ振り向くと、口元に面、目元はマスクをした不気味な者がこちらを見下ろしていた。周囲に満遍なく攻撃を展開したつもりだが、範囲外に逃れたヴィランがいたようだ。

 

そのヴィランは全体的に黒い風貌をしており、両腰には木刀と短剣が差してある。刀の使い手なのだろう。異色の雰囲気に、轟は他のヴィランとは格が違うと直感的に感じた。

 

「さすがエンデヴァーの息子…ってところか?」

 

その一言に、轟は眉間に皺を寄せた。

 

轟がエンデヴァーの息子だと知っている。敵も念のため生徒の最低限の情報を入手しているだろう。となれば、自分の個性のことも、何人かの生徒のこともわかっているだろう。一刻も早くこのヴィランを退けてプロヒーローに助けを借りる必要がありそうだ。

 

動揺を悟られないように睨みつければ、そのヴィランは跳躍して轟のいる数十mほど離れた場所へ静かに着地をした。

 

「誰だ。お前」

「俺は武蔵。今から君を倒すヴィラン…と、言えばいいかな」

 

顔を上げて薄く笑うヴィランに、轟は苛立った。他人事のように言っているが、事件を起こした当事者に言われたくない。轟のことを見くびっているようだ。

 

「なあ。あのオールマイトを殺れるっつう根拠…策ってなんだ?」

「あるにはあるが、それを君に教える義理はないね」

「…そうか。なら」

 

油断はしない。あのヴィランを確実に仕留める。

そう決意をした轟の右に霜が降りてきた。武蔵の動きに細心の注意を払いながら、膝を曲げて手のひらを地面につけ、一気に解き放つ。

 

「無理やり口を割らせてもらう」

 

周囲が氷の世界に変えるほどの障壁を展開をする。高速で迫り来る氷の壁に、武蔵はピクリとも動かない。

 

次の瞬間、寸分狂いもない縦筋が氷壁に走った。

 

氷壁が彼を避けるように裂かれてしまう。轟音と耳につく氷が割れる音が混ざり合い、激しく衝撃が走る。衝撃波は轟の横を通り過ぎていくため、ダメージはなかったが地面が激しく揺れた。体勢を低くしておさまるのを待つ。冷気で包み込まれた空気の中、そこに立っていたのは武蔵であった。

 

「まったく…いきなりなんてビックリするじゃないか。思わず”個性”使っちまった」

 

ため息交じりの困ったような声色が聞こえた。衝撃で生まれた煙が晴れると、武蔵は氷壁の間に立っていた。

 

武蔵の姿を確認した轟は戸惑う。肩口にまで黒く染まり、肘から指先は鋭利な刃物へ変形しており、数メートルに渡って伸びているそれは腕に刀剣そのものを装備した武器腕だ。轟は一旦距離を取り、相手の出方を見る。

 

 

――腕を刃物に変える個性か。

 

 

あれを人体に受ければ間違いなく斬られる。正面戦闘したら、まず勝ち目はない。近距離で詰められたらアウトだ。

 

だが、腕のみ刃にするなら、腕の可動域を考えれば回避ができる。さらに脚を凍らせて行動不能にさせることもできそうだ。方針を決めたところで、轟は先ほどよりも小規模の氷を地面に走らせた。

 

軌道を読んだ武蔵は横へ飛び、地面へ手を着くと回転して受け身をとる。勢いのままに起き上がるところを狙い、轟はもう一度氷結を放つ。その氷結を武蔵は上へ斬り上げて二つに裂いた。分断される氷に、轟は相性の悪さを感じ取る。

 

むこうからしたら、氷は簡単に斬れる代物だ。個性を発動するにしても限りがある。このまま持久戦へもつれ込めば、轟の方が持たない。

 

倒す算段を思案していると、突然武蔵は轟に背を向けて走り出した。一瞬驚き、固まってしまったがすぐに轟は追いかけた。

 

「待ちやがれ!」

 

急いで低くなった体温を左を使い、常温になるまで上げる。武蔵は駆け上がり、氷結の範囲外へ逃げ込んでいく。

 

右腕を振り、氷を走らせて武蔵の進行先を塞ぐ。武蔵は障害物の氷を斬り、乗り越えると真っ直ぐに山岳の頂上へ向かった。轟も氷の力で体を押し上げて駆け出す。しばらく上へ行くと行き止まりへ辿り着き、武蔵は急に立ち止まり、こちらへ振り返った。轟も合わせて足を止める。

 

「追ってくるんだ。意外だね」

「当たり前だ。お前を野放しにすれば厄介なことになりそうだしな」

「そう思ってくれるなら、おじさん嬉しいよ」

 

余裕のある返答に、轟は焦りを感じた。右の氷結攻撃を防ぎ、かわしきった相手は初めてである。右が通じないのならば、左の炎を使う他ない。

 

けれど、轟は左を使うことに大きな抵抗があった。

 

「炎は使わなくていいのかい?」

「は?」

「このままだとこのエリア、土砂ゾーンじゃなくて氷山ゾーンに生まれ変わることになるよ。それに、こんなに氷で囲まれたら君()()ダメージあるんじゃないのか?」

 

そういった武蔵の吐息は白く、手が震えているように見えた。その震えに、轟はわずかな希望が見えた。

 

ヴィランも人間だ。連撃した氷結により体が冷えて動きが鈍くなりつつある。ただ、こちらも右を多用しすぎて左の調整が追いついていない。

 

右で攻撃をし続けるのか、それとも別の作戦を立てるか迷っていると武蔵が首を傾げ、轟の左を指した。

 

「まさか…左を使う気がないのか?」

「だったらどうした?」

「…へぇ。そうか」

 

素直に答えると、武蔵は大きく肩を落とす。どこか呆れているようだった。

 

「つまらないな。君」

 

予想外の一言に、轟は目を大きく開いた。

 

「あのエンデヴァーの息子って聞いてたから少し期待してたが…君はせっかくお父さんから素敵な個性を受け継いだのに、もったいないことする子どもじゃないか」

「……素敵な個性、だと?」

 

父親を賛美するような言葉に、頭にカチンときた。

 

個性は、両親のどちらか、もしくは複合的な個性が発現する。父のエンデヴァーはその特性を利用し、母と結婚をして轟を生ませた。エンデヴァーは轟をナンバーワンヒーローにするべく、厳しい教育をしてきたのだ。

 

この個性を持って生まれたせいで、どれだけ大変な思いをしてきたのか知らないくせに、と轟は思った。

 

「受け入れるべきものは、ちゃんと向き合って受け入れたほうがいい。じゃなきゃ…取り返しがつかなくなる」

「何、ワケのわかんねぇことを…! お前に俺の何がわかるんだ!?」

「…少しだけわかるのさ。自分の個性に、嫌悪感を抱くところだけな」

 

変化した腕を一瞥すると、武蔵は自嘲気味に口元を歪ませる。顔が上がり、轟と目が合う。目の奥に、得体のしれない闇を感じ取って轟は言葉を出せなかった。ぞわりと背筋に冷たいものが伝わり、鳥肌が立つ。

 

「好きでこんな個性(モン)持って生まれてきたわけじゃないのに、使命があるとか言われても困るよな」

 

 

『お前にはオールマイトを超える義務がある』

 

 

同情を求めるような言葉に、過去に言われたエンデヴァーの声が轟の脳内に反響し、木霊する。

 

『焦凍、見るな。アレはお前と違う世界にいる人間だ』

『立て。この程度で倒れては雑魚ヴィランにすら太刀打ちできないぞ』

『そこで這いつくばるな。特訓を続けるぞ』

 

よみがえったのは、忌々しい記憶の数々であった。

父の勝手で兄や姉との交流をほとんど絶たれ、5歳から吐くまで特訓をつづけ、膝をつけばさらに厳しい特訓を受けさせられた。見かねて止めに入った母は父に殴られ、日に日に肉体的にも精神的にもやつれていった。

 

『お前は、俺の最高傑作だ』

 

ヒーローの頂点に立つために、母を利用したくせに。

自分のエゴのせいで、どれだけ家族を苦しんできたのか知らないくせに。

母がどれだけ裏で泣いていたのか知らないくせに。

人を道具のようにしか見れないくせに。

母を壊したクズのくせに。

 

どうして、そんな勝手なことが言えるのか。

 

 

「黙れ…」

 

唸り上げる獣のように、轟が低い声を出して血走った目で武蔵を睨みつけた。不思議と轟は、エンデヴァーと目の前の武蔵が重ねてみえた。姿も態度も性格も全く異なるのに、同じように感じてしまう。

 

「俺は、左を使わず1番になって…奴を完全否定する。だから、戦闘に於いて左は絶対使わねぇ…そうしねぇと、手前で決めた誓約の意味がなくなっちまうんだよ」

 

左の炎は父の力だ。あの父の思い通りのヒーローになるつもりはない。右の氷の…母の力だけでナンバーワンとなり、父が間違っていると証明をする。それで恨みを晴らすのだ。

 

誰にも言っていない決意を吐露すると、武蔵は憐れむように目を細めた。

 

「なら君は、父親を否定する自己満足のためにヒーローになるんだな」

 

それはハンマーで頭をカチ割られたような衝撃だった。

自己満足。その一言が轟にドス黒い感情を芽生えさせる。

 

「ヴィランのお前が…!」

 

右半身に霜が降りて体温が冷え切り、感覚がなくなっていく。地面と脚が氷結で繋がる。周囲も霜が降りて空気も凍えついて目を開け続けるのも辛くなる。

 

「ヴィランのお前が…俺の生き様に口出しすんじゃねぇ!!」

 

あまりの強大な力に、全身の体温が感じられなくなる。今なら全力以上の威力を放てられそうだ。標的を見据え、氷のエネルギーをためた右を構えた。腕を振りかざす。大きく一歩足を踏み出した。

 

「…悪いな」

 

武蔵は一息吐く。白い息が舞った。

 

氷結を放とうとした直前、武蔵が神隠しのごとくいなくなる。

見失い、周囲を見回したそのとき、太ももに鋭い痛みが走った。そこをみれば、いつの間にか武蔵が短刀で切りつけていた。右に宿していたエネルギーが失われ、力が入らず膝をつく。

 

「さすがにそれを撃たせたら、マズイと思った」

 

右で反撃を狙うが、武蔵は素早く轟を蹴倒した。倒れ込んだ轟に、武蔵は無慈悲に切りつけた太ももへ短刀を刺した。あまりの痛みに声を上げられない。動けなくなった轟をみて、武蔵は短刀を引き抜いた。ダラダラと血が流れ、思うように個性を発動できなくなる。

 

「君を広場に行かせるわけにいかないからね。今のは、念のための予防さ」

「この野郎ッ…!」

 

自由のきく右手を武蔵に向けるが、首に衝撃が走った。脳が揺れて意識が薄らいでいく。どうやら手刀されたようだ。早すぎてまた何も見えなかった。

 

「しばらく寝ててくれ。目が覚めたら、全部終わっているはずだ」

 

その言葉を最後に轟の意識を手放した。

 

カクンと首をうなだれた轟をゆすぶるが、目を覚ます気配がない。それを確認すると武蔵は立ち上がり、轟を連れて、適当な岩場へ近づいた。そこへ轟を寄りかかせるように座らせる。すると、紙と小さなペンを取り出して何かを書き始めた。

 

「『終わった。次の所に』……」

 

ふと、誰かの視線を感じた武蔵はあたりを見渡す。気配がする方を見たが、轟が凍らせた岩や地面が広がるばかりだ。

 

「…気のせいか」

 

武蔵はそう一言漏らし、書き終えるとすぐに黒いゲートが出現する。黒霧のゲートだ。武蔵は「仕事が早いな」と感心しているとゲートの中へ入っていく。武蔵の体がすっぽりと入るとゲートは閉じ、土砂ゾーンから消えていった。

 

 

 

ゲートを抜けて武蔵が着いたのは大雨・暴風ゾーン前であった。周囲に誰もいないことを確認すると、武蔵は悴む指先を見ながら一息つく。

 

「とんでもない地雷踏み抜いたみたいだな…」

 

武蔵は、己のしでかしたことをほんの少し後悔していた。

 

彼は、轟を挑発して動きが単調になったところをかわしてとにかく時間を稼ぐ、という脳筋な作戦を実行していた。

 

冷静に立ち回り続けられたら、体力を無駄に消耗してしまって今後に支障をきたす。そこで、挑発して動きを単調化さえすれば時間稼ぎや避けられやすくなると考えた。警察やヒーローさらにはヴィランと持久戦や消耗戦を幾度となく戦かった経験があったため、大雑把な氷の攻撃をかわすのは容易であったのだ。

 

そのため、武蔵はわざと怒らせるようなことを言ったのである。

 

轟が父親と受け継がれた個性を嫌悪していると思ったのは、娘が書いたノートであった。彼女のノートにあったヒーローコスチュームで轟のコスチュームは左の炎を凍らせているようなデザインをしていた。左を使うのならば、そんなものは必要ない。むしろ封じるためにされたデザインに違和感を抱いた。

 

そこからはネットやヒーロー関係の雑誌などでエンデヴァーの息子の情報を集めていくうちに『轟焦凍は父親に反抗しているのでは?』と考え、さらに裏業界に詳しい情報屋から家庭の状況を知り、確信した。

 

あとはそれを言うだけ。

怒った彼の攻撃をかわして体力が限界になったところを一気に叩く…つもりであった。

 

しかし、轟の地雷の威力が想定以上であった。おそらくあのまま撃たせていたら自分はおろか離れていたヴィランと轟自身が危うかった。自分の個性で身を滅ぼす行為が、どんなに愚かなことなのかわかっていた武蔵は、予定よりも早く轟を気絶させたのだ。

 

武蔵は轟が怒り狂ったところを思い出し、大きくため息をついた。

 

子どもは繊細で、言葉の受け取り方を次第で感情に走る。冷静でいられなくなれば予想外の行動をする。人の気持ちを汲み取るのが極端に苦手な武蔵にとって、子どもはそういう意味では天敵であった。

 

「自業自得とはいえ、キツイ仕事引き受けちまったな…」

 

この仕事を受けたときのことを思い出し、大きな独り言をこぼしてしまう。だが、すぐに仕事の最中だと切り替え、深呼吸をする。

 

轟の時間稼ぎはこれでできたはずだ。次のターゲットはある意味轟以上に厄介なのだ。血がついた短刀をしまい、集中力を高めていく。

 

そのとき大雨・暴風ゾーンの扉が開き、何かが飛び出してきた。

 

「どけクソヴィランが!!」

 

ずぶ濡れの薄い金髪をした少年が掌から爆発を起こして飛び、勢いのままに飛び蹴りを仕掛けてきた。突然の罵言に驚きつつも、武蔵はそれをステップで横に避ける。勢いで通り過ぎた少年は手首を上へ向ければ爆破の方向で地面に足をついた。すぐ振り返った際に爆破を展開させて、もう一度攻撃を仕掛ける。

 

武蔵の顎に向けて手が伸びる。武蔵は伸びてきた手を叩き弾いて距離をとった。

 

「やっと、歯ごたえのあるやつが出たか…」

「やっと?」

「こちとら、雨んトコでフラストレーション溜まってんだよ…」

 

大雨・暴風ゾーン内では、避難勧告が出されるほどの雨と強風が常にさらされ、その中で戦うには視界が悪く爆破個性持ちの少年には分が悪いようだった。しかし、こうしてゾーン外に出られたのは中にいるヴィランを一蹴したようだ。

 

武蔵は娘が指定した三人の特徴とゾーンの振り分けを思い出し、少年の正体がわかった。

 

「そうか。君が爆豪」

「黒モヤの前にてめぇを倒してやらぁ!!」

「え、ちょっとま」

 

話を聞く前に問答無用で飛び出した爆豪は武蔵に向かって爆破した。反射的に体をそらしたことでダメージを免れた武蔵であったが、冷や汗をかいてしまう。轟とまったく異なる戦闘スタイルと性格に思わず戸惑ってしまった。

 

「今のはずるくない? ヒーローは変身時間の時や重要な話でぼーっとしてても敵に攻撃されないのに、敵が喋った途端に食い気味に襲い掛かるなんてずるくない? 敵にもそのヒーロー特権使ってもいいと思うんだけどな」

「知るかよ! てめぇらこそ学校に襲撃かましただろうが! ヒーロー名門校に喧嘩売るなんざ、馬鹿だっつーの」

「いやぁ、俺も学校襲撃なんてしたくなかったよ。そんなことすれば全国のPTAに激怒されるって弔くんに反対したんだけどさ、聞き入れてもらえなくてね。あんまり文句言うと殺される殺伐とした職場だから、仕方なくおじさんは学校襲撃してるんだ。可哀想だと思わない?」

「知るか! てめぇの上司の愚痴を俺に言うな! 死ねヴィラン!!」

「あ、『死ね』って明言しちゃってる。ヒーローなのに明言しちゃってるよ。何この子、怖っ」

 

思わずツッコミに回ると爆豪は容赦なく連弾をしてくる。視界の邪魔をする黒煙と、時折仕掛けてくるフェイントに注意しながらギリギリで躱す。大振りを仕掛けてきたところで武蔵はしゃがんで躱し、腰に装備していた木刀を抜いて切り上げる。反射的に爆豪は体を逸らして避ける。爆破を利用し、武蔵と離れた。

 

「てめぇの喋り方、クソ泥にそっくりでムカつくなぁ…!」

「おじさんヴィランだけど泥棒さんではないかな」

「そっちのクソ泥じゃねぇよ!」

「…ふーん、クソ泥って言う名前の子がいるのか? 随分変わった名前だね。外国人でもいないよそんな名前」

 

『クソ泥』という単語に武蔵は首を傾げたが、すぐにそのクソ泥が自分の娘であることがわかった。数年前に娘が変わったニックネームをつけられたと話していたのだ。強烈な友達がいると思って話を聞いたのでぼんやりと覚えていた。

 

「とぼけかたまで似てんな。ただでさえクソヴィランで殺しがいある上にブッ潰しがいもあるわ」

 

似ているのも無理はない。彼の言うクソ泥は武蔵の娘なのだから。

笑いそうになるのを堪え、武蔵は木刀を引き抜いて身構える。

 

「なら、ブッ潰してみたら? 言っとくが俺は、あの黒モヤよりは強いぞ」

「じゃあ、そうさせてもらうわ!」

 

爆豪はブーストで近づき、顎を狙って武蔵にアッパーを繰り出す。それを紙一重でかわし、反撃に武蔵が木刀を振ろうとする直前で、爆豪は爆破の黒煙で目隠しをして姿を消す。木刀は空を切り、黒煙が木刀に纏い、視界がますます悪くなった。

 

これで相手に隙ができた。腹に目掛けて爆豪はストレートを繰り出した。その拳を片手で受けとめると武蔵は爆豪を見下した。

 

「その程度でやられるほど俺は甘くないよ」

「…だろうな」

 

ニヤリと爆豪が笑うと、籠手が一瞬、赤い光が帯びる。

危険を感じた武蔵は拳を離して、バックステップで離れようとするが、驚異的な反射神経を発揮して爆豪の手のひらが眼前に迫った。

 

爆発が起こり、面にヒビが入る。ギリギリのところで首をひねって回避しなければ危なかった。木刀を握り直し、脇腹へ振ると爆豪の体は吹っ飛ばされた。痛みで顔を歪め、奥歯を噛んで吐き気に耐えた。爆破で勢いを弱め、靴底をすり減らしながら着地をした。

 

「一撃でフラフラだな。大丈夫か?」

「うっせぇ…!」

「もう終わりにしようか?」

 

武蔵が近づいていく。攻撃を受けた箇所からじわじわと痛みが広がっていく。それでも爆豪は身構えた。

 

緊迫した空気が流れ、お互い相手の出方を待つ。そして、柄を握りしめた武蔵は木刀を振り下ろした。爆豪にあたる寸前、頭上から何かの気配を感じ取る。

 

「爆豪から、離れろ!!」

 

上から何かが飛び出し、武蔵に向かって落ちていく。武蔵は華麗に宙返りして大きく距離をとった。落下した先は砂煙が巻き上がる。

 

その何かは人であった。赤い逆立った髪、男らしい体をさらけ出すヒーローコスチューム。爆豪と同じゾーンへ飛ばされていた切島 鋭児郎が拳を振り下ろしていた。爆豪を背に武蔵と対峙する。

 

「大丈夫か爆豪!?」

「余計なことすんじゃねぇよクソ髪!!」

「そうか大丈夫そうで何よりだ! つーか、先走んなよ! 追いつくの大変だったんだぞ」

「知るか。てめえがノロマなのが悪い」

 

どうやら爆豪が先走ってゾーンに出た後を追いかけてきたようだ。あの視界の悪い大雨の中、出入り口を一人で探し出すのは至難だっただろう。

 

 

「一対二か…まあ予測の範囲内だな」

 

黒霧の個性上、複数の相手をするのは想定済みであった。さすがに木刀一本だけで対抗するのはキツイ。そう判断し、武蔵はもう一本の木刀を腰から引き抜き、二刀流になる。

 

「来な。二人まとめて相手になってあげる」

 

そう言って、二人を見ながら彼は笑った。




このUSJ編ではこれまでの話よりも父親のことがわかっていく章となっています。
全体的にシリアスが強いです。



補足
常闇くんと口田くんは?
→飯田くんたちと一緒に出入り口付近にいます。主人公と芦戸さんがワープされてしまったので二人はワープされていません。


爆豪くんが大雨・暴風ゾーンにいたのは、雨が降ると汗かきにくい体質なため(捏造です。人によっては逆に汗をかきやすい人もいるそうです)
なかなか爆破攻撃ができずイライラしていた模様。

あくまで時間稼ぎが目的の配置決めでしたから、1番マシなのが主人公のなかでは大雨・暴風ゾーンでした。作者の勝手な想像ですが、爆豪くんが火災ゾーンにいったら1分でヴィランを蹴散らしていたと思います。

けれどちゃっかり広場に向かっています。原作とほぼ同じタイミングで出るとか、爆豪マジ爆豪です。


余談
数か月ぶりの更新なのに主人公が、登場しなかっただと…?



次回予告
死柄木さんが部下を振り回して、部下が「は?」となります。

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