初夏のある日、彼女は駆逐艦・菊月から依頼を受ける。
海に置いてきたものがある。
青葉は探し物を手伝うことにするが――
呉は、青葉の鎮守府です。
いやいや、語弊がありますね。もちろんそれは、私、青葉が所属している鎮守府という意味であって、私が裏で実権を握っているだとか、提督の密偵だとか、あまつさえ仕事の忙しい彼女にかわって鎮守府の内情を定期的に確認しているだとか、そういうわけではありあせん。
青葉はただ、いろんな子とお話しをして、そのうちすこしの内容を、あの人と世間話しているだけです。
那珂さんが最近ハマっている映画について。磯波さんの好きな本について。朧さんが入渠の順番待ちをしている間、よく聴いている音楽について。
そういったささやかな話題を、呉に所属している子たちから、すこしずつ拾い集めています。
どうしてって、そうですね。
私たちの提督は、三十路にして男っ気のないバリバリの仕事人間に見えますが、その実小心者でして。
自分の鎮守府にいる子たちには、できれば幸せでいてほしい、なんて考えている甘ちゃんなのです。
本人の口からは決して言い出さないですけどね。一年近く一緒にいれば、それくらいはわかるものです。
そう、深海棲艦と艦娘が相次いで発見されてから、そろそろ一年が経とうとしていました。
ふたつきほど前に、ようやく鎮守府の近海からの掃討が完了し、横須賀のほうではやれ反攻作戦だ、やれ南西諸島への進撃だと気勢を上げている今日この頃ですが、呉のほうは平和なものです。
大っぴらに遊び歩くほどの余裕はなくとも、誰もが生活のなかに、何かしらの楽しみを見つけられるくらいには。
そういう話をすると、彼女はなんだかうれしそうに笑うので――はい、青葉はそれが見たくて、今日も今日とて皆さんに取材を続けています。
さて、取材、なんてちょっと格好良く言ってみたりしていますが、本当に大したことはやっておらず。
巷に流れる噂話を耳に入れては、それを検証してみたり。
秘書艦の漣さんといっしょに、ご近所の美味しいお店を探してみたり。
誰かが言ったお勧めの本や音楽を、自分でも試してみて、よかったものは記事にしてみたり……せいぜい、そんな程度のことです。
だから、菊月さんから相談を受けたとき、私は思わず言ってしまったのでした。
「えっと、お力になれるかはわかりませんが……」
そこは食堂で、先ほど遠征任務から帰投した菊月さんと初雪さんが、遅めのお昼をいただいていました。菊月さんは焼きサバ定食を。初雪さんは焼きそばを。
そもそもとしては、初雪さんにお話を伺いたいと思っていたのです。
ゲームが趣味と公言して憚らない彼女ですが、この頃射撃の命中率と、それから実戦での回避率が目に見えて向上しておりまして。特訓をしたわけでもないようですし、いったい何が成長の秘訣なのでしょうか? そんな疑問をぶつけてみようと思い、帰投後の時間を確保していたのでした。
冷たい水を三つ持ち、テーブル席で焼きそばをすすっている初雪さんに声を掛けます。
「ああ、青葉さん……ども……」
「お待たせしました、初雪さん。遠征お疲れ様です」
こと、ことと三人分の水を置いて、初雪さんの隣に腰掛けます。
「まったくだ」
すると、右側からため息が一つ。同席している菊月さんが吐いたものです。話を聞けば、先ほどの遠征では深海棲艦からの襲撃を受け、被弾こそなかったもののあやうく失敗するところだったのだとか。
「疲れたので自室に戻ろうかと思っていたのだが」
「……?」
だが、の後ろにため息が重なります。
「実は、その、だな……」
言い淀む菊月さんのかわりに、初雪さんが引き継ぎます。
「……菊月、忘れ物したんだって。戻ってきて、ご飯食べようとしたら、ない、ないって……」
「さっきの遠征の時に落としたんだ。そうに違いない」
「終わった後にちゃんと見回りしたから……」
やいやいと言い合うふたり。初雪さん、言うときはちゃんと言うんですね。青葉、ちょっぴり蚊帳の外です。
「何を落としたんです?」
言って、菊月さんを観察してみます。……帰投の際に艤装は外していますし、食堂でご飯を食べているのですから、財布という線も薄そうです。
しかし、なにか違和感があります。普段の菊月さんとは違う感じが。
腰回りに巻いたベルト。黒一色の制服に、いつも光っていたものは――
「飾り、ですね」
三日月のかたちの。
菊月さんは頷きます。
「どうも、海に置いてきてしまったみたいでな」
その言い回しは少し格好いいですが、つまり落としたわけですね。
「艤装には同じものがついているんだ。だから気付かなかった」
弁解の声にも力がありません。
そうして、探すのを手伝ってくれないか、と弱り切ったふうに言われてしまっては、青葉としては提督の顔が浮かばずにはいられないわけです。こんなことを話したら、あの人は半日くらいヘコんだままでしょうね。 よし、と背筋を伸ばします。
力になれるかはわかりませんが――やってみましょう。やれるだけ。
「わかりました。青葉、突撃取材しちゃいます!」
初夏の海には、穏やかな風が吹いています。
「それで、どうして私なんですか」
菊月さんと初雪さんを伴って、再びの遠征任務の道中。
最後尾の羽黒さんが、困ったように私に尋ねます。
「だって、重巡寮のよしみじゃないですかー」
そう適当なことを嘯いてみますが、もちろん理由はありました。
お二人が参加していた遠征は、長距離練習航海。これまでの実績からは、4隻以上で出向かなければ成功しないと言われています。
食堂から出た私たちが、最初に出会った子だから。それももちろん理由の一つではありますが……
「襲撃を受けた、と聞きましたからね。多少の戦力はあったほうがいいでしょう」
羽黒さんは気弱な風に見える妙高型の末っ子ですが、こと戦いにおいては、青葉よりずっと頼りになります。自信なさげな顔をして放った砲撃が、ことごとく的を射抜く場面を、何度も目撃していました。
午後の海は穏やかに見えました。青葉を先頭に、菊月さん、初雪さん、そしてしんがりに羽黒さん。単縦陣で、問題の場所へと向かいます。
海の上ですから、目印なんてものはあってないようなものです。
しかし、
「……たぶん、あっちだと思う」
初雪さんは当時の状況をよく覚えていました。
襲撃は、漂流している大きな流木からやってきたのだと。
そこには駆逐艦が一隻だけ隠れていて、魚雷を撃って逃げ出したのだと。
奇襲でした。その魚雷で狙われたのは、
「私だった。見え見えの雷撃だ。避けて、そのまま追撃戦に移行しようかとも思ったが」
菊月さんは、流木が原因ではないかと言います。
「方向から、流木の陰にまだ潜んでいるのではないかと疑った。射撃を試してみたが反応がない。やむなく、流木の反対側から回り込むように進んでみたが見当たらなかった。落としたとしたらその時だろう」
そんな話をしながら二十分ほど進むと、はたして水平線の向こうに流木が見つかりました。
「ごめん、ちょっと見てきてっ」
索敵機を飛ばします。行って、見て、戻ってきます。
報告内容は、敵性反応なし。
「よかったぁ……」
この中ではいちばん強いであろう羽黒さんが、ほっと胸をなでおろします。
それが気弱だからではないことを、青葉は知っています。
どんなに大勢で行っても、事故が起きるときは起きるモノです。
それなら戦いなんて、できる限りは避けたほうが良いに決まっていました。
もしも私たちが怪我をしたら、きっとその時悲しむのは、
「――青葉さん?」
「いえ、大丈夫です。流木、探してみましょう」
一瞬浮かんだその人の顔を打ち消すように、首を振りました。
「あ、これですか?」
菊月さんの探し物は、あっさりと見つかりました。
プラスチック製の月飾りは、流木に引っかかってぷかぷかと浮かんでいたのです。
まじまじと眺めたこともなければ、手に取るのもこれが初めてです。
それは手にするとあまりに軽く、私はどうしてもひとつ、尋ねずにはいられません。
「ねえ菊月さん」
帰り道です。羽黒さんと初雪さんが前に出たタイミングを見計らって、私は菊月さんへ話しかけます。
「菊月さんにとって、この飾りはどんなものなんですか」
薄青から橙へと色が移りはじめた夕焼けの空に、白く三日月が浮かび始めました。
菊月さんは手にした飾りを、その月と重ね合わせて。
「昔、一度大破して戻ってきたことがあった」
ぽつりと口を開きます。
「その時に提督が言ったんだ。もっと自分を大事にしなさい。でも、ピンとこなかった。戦って、なぎ倒して、撃ち抜いて。それで、そのうち沈むまで、戦うものだと思っていたからだ」
「……」
鎮守府近海から、深海棲艦を押し返すまで。
その戦績は、積み重なる大破と撤退と、そうしてわずかばかりの勝利で敷かれた道でした。
あのお人好しで甘ちゃんな彼女が、よく提督を辞めなかったものだと思います。
菊月さんの大破は、そんな時期のことだったと記憶しています。
「入渠も順番待ちで、仕方なしにいちど部屋に戻った。そうしたら、妹と鉢合わせてな」
彼女と同室の妹。それは睦月型の、
「三日月が言うんだ。バカ。何考えてるんですか。バカ、バカって。ぽかぽか殴ってきたんだ、あの小さな手で。いっぱい涙ためながら。大破してるんだからやめろ、と言ったらもっとバカバカ殴られた」
「ああ見えて激情家ですからね」
「それで、これをくれたんだ。『バカなことやる前に、絶対一度これ見て考えなさい』って。持っている、いらない、と言ったんだけれど無理やり持たされた」
菊月さんは懐かしそうに笑いました。
「それから、突っ込む前に一度考えるようになった。この飾りに手をやって――ああ、きっとここで怪我したら、あいつまた泣くんだろうな、って。今日だって、きっと昔の自分だったら、確認もせずに突っ込んでいたと思う」
考えてみればその時に落としたんだろうな、と苦笑して、
「だからさ、これは私にとってはお守りなんだ」
そう締めると、菊月さんは大事そうに、三日月飾りを腰に付けなおしました。
「……ありがとうございます」
「なんで青葉さんがお礼を言うんだ」
「いえ、あってますよ。私は今、とってもあなたにお礼を言いたい気分なんです」
怪訝そうな顔の菊月さんを先に行かせて、青葉は自分の前を進む三隻の仲間のことを、それから水平線の向こう、ようやく見えてきた鎮守府で待っている、提督のことを考えます。
今日は平和な一日でした。
きっとそれは、いつまでもこのままでいられるということを意味しないのでしょう。
きっといつか、誰かのためにあなたが泣く日が来るのでしょう。
だけれど。私は空に浮かぶ三日月を見上げます。
ああ、そうです。
話すなら、あなたに話すなら、青葉はそんな話をしていたいのです。
夕食をご一緒しながら、初雪さんは快く取材に応じてくれました。
夜になって、みんなが寝静まったころ、私はドアをノックします。
「ども」
「やあ」
「お勤めご苦労様でした」
「今日はどうだった」
「初雪さんの成長の秘訣、わかりましたよ」
「ほほう」
「なんとですね、シューティングゲームで周辺視野が――」
いつまでも、いついつまでも、そんな話をするために。
青葉は取材を続けます。
はじめましての方がほとんどだと思います。梶五日と申します。
タイトルは、山口智子さんの俳句(青葉風~)から思い付きました。初夏の青葉は、物事が始まる予感にあふれています。
これから主に艦これの話を投稿していこうと思います。若輩者ですが、どうぞよしなに。