「……なんか いつもより人多くないか?」
満席の大衆居酒屋で愚痴をこぼしたのは 全身を鎧で纏った一人の男 アルトゥロ・トールマン。
まだ朝だというのに空席を探し出すのが困難な程に埋まっている。
しかし これ程の大人数であるにも関わらず 店内は賑やかな雰囲気が感じられない。
「うん アレかぁ……」
アルトゥロは一人納得したかと思うと 幸運にも空いていた席にどかっと座り 近くにいた店主に適当な料理を注文した。
料理が来るのを待つ間 隣で浮かない顔をしながらビールを飲んでいる屈強そうなドワーフ族の男に話しかけた。
「うん ちょっといいか?」
「……なんだ?」
「ここにいる皆は全員 あの宿屋を利用してたって解釈でいいか?」
「……全員かはわからんが 少なくともオレはそうだ」
「うん じゃあその宿屋が賊に制圧されたってのもホントなのか」
「……あぁ」
ドワーフ族の男は固く拳を握りながら 残っていたビールをグイッと飲み干す。
そして小樽のビールジョッキを机に軽く叩きつけ 恨めしそうに言葉を続けた。
「武器さえありゃあ あんなヤツら伸してやるってのによぉ……」
「うん 朝方の急襲で有無を言わさず追い出すとは 賊らしいというか なんというか。」
再度客を見回すと 武器どころかまともな防具すら身に付けていない者が殆どだと気付く。
もちろん ドワーフの男も例外ではない。
いくら鎧で身を堅めようとも 鋭利な剣を握ろうとも 宿で寝る時ぐらいは肌から外すものだ。
アルトゥロ自身 重厚な装備を身にまとっているため 就寝時の襲撃はなるべく避けたいと考えている。
「……ところでアンタは 見る限り剣も鎧もあるようだが?」
「うん そりゃ被害にあってないからな」
「……だったら 賊を退治してくれないか?
見りゃわかるが 装備を奪われたのはオレだけじゃあない」
「うん もちろんそうするけど」
「……どうした?」
「今はまだ決められない とだけ」
「………」
ドワーフは静かに正面に向き直り 空になったジョッキを見つめ始めた。
微動だにしないその姿は さながら生ける石像のようにも見える。
一方アルトゥロはというと ただただ待っていた。
料理と仲間を。
「あいよ お待ちどお」
「うん」
兜で面を覆っているにも関わらず 運ばれてきた出来立ての料理を器用に食べる。
素朴ながらも深い味わいのあるスープを飲み 粗雑でありながら癖になる大麦のパンをかじり キャベツがやたらと多いが量もある野菜炒めをつまむ。
鎧の上から食物を食らうという奇妙な光景がそこにあるというのに 誰も見向きもしない。
二人を除いて。
「相変わらず器用に食べますね」
「それよりナニコレ? 人多くない?」
話しかけてきたのは 司祭のような風貌の男性 ビト・ボールトと エルフ族の女性 ドロテア・ヘガティ。
ドロテアはやや困った表情を見せるのに対し ビトは笑みを絶やさない。
二人が座ろうとするも空席が見つからず ビトはアルトゥロの隣に居るドワーフ族の男に歩み寄り 静かに語りかけた。
「申し訳ありませんが そこの席を譲っては頂けませんか?」
「………」
ドワーフの男は ビトを一瞥しただけでやはり微動だにしない。
まるで譲る理由がないと言わんばかりに 動く気配がない。
その反応に目もくれず ビトは慣れた手つきでドワーフにこっそりと金を握らせる。
ドワーフの男は 手にしたおおよその金額が分かると 顔が若干綻んだ。
「……宿屋の件 頼んだぞ」
そう言い残し 席を立って居酒屋を後にするドワーフ。
空いた席は詰めれば二人は座れるスペースはあり ビトはいつもの様に笑顔のまま空いた席に座った。
それに対しドロテアは 呆れたような引いたような 何とも言えない表情をしていた。
「ベンリダネー ソノノウリョクー」
「フフフ 金があってこその世界ですよ」
皮肉るように棒読みで言い放つものの あっさりと持論で返される。
とても司祭とは思えない言動であるが 二人にとってはよくある事である。
「んで ソレはいいとして なんでこんなに人が多いの?」
「うん それはだな ここの近くにある宿屋が賊に襲われたらしくてな。
武器も何もかも宿屋に預けたまま 追い出されたらしい」
「ヘェー 詳しいねぇ」
「宿屋の前を通りかかろうとしたら 止められたついでに教えてくれた」
「なるほど それでお葬式のような雰囲気に溢れているのですね」
「で どうするの? 助けるの?」
「依頼があればな」
「えぇ 報酬があるのならば 快く引き受けますよ」
「カネの亡者め」
「欲に塗れるより 金一筋の方がまだいいでしょう?」
「アタシから言わせれば ドッチもドッチだけど」
等と話していると 顔馴染みの店主が一枚の紙切れを持って こちらへやって来た。
十中八九 宿屋の件だろうとアルトゥロは予想する。
「アンタら 大通りの宿屋が襲われたってのは知ってるかい?」
「えぇ つい先ほど耳にしました」
「なら話が早い。
そこの賊を倒してほしいって依頼が既に来てるんだけど どうするんだい?」
そう言い 持っていた紙をテーブルの上に置く。
依頼主は件の宿屋の主人。
内容は言うまでもなく 賊を退治してほしいというもの。
そして報酬は 一人につき銀5000を五人分まで。
銀5000は 農民一人の三ヶ月分の収入とほぼ同等である。
これほどにも金額が高いのは 一秒でも早く宿を取り戻したい表れなのか。
「受けます! ぜひ受けましょう!」
「うん 待て待て」
「宿屋を制する程の賊って限られるよね。
土の鴉山賊団か ハビエルの衆かな」
「奴らは山で本領発揮するタイプだから 今回のはそこまで強くないはず」
「だといいケド」
「私は今すぐにでも出発出来ますよ」
「うん だから待てって まだ食い終わってないって」
「アタシは頼んですらいないんだけど」
「そんなもの後でいいでしょう?
時は金なり 時間は待ってくれません」
やたらと急かすビトに唆され 仕方なく席を立つ。
依頼を受ける旨を店主に伝え 昼食の代金を支払った。
次に来る時は 活気に溢れているといいな。
そう思い 居酒屋を後にした。
───
「──で アレが例の宿屋か」
二階建ての宿屋は 一見すると何も変化は無い。
通りには誰もおらず 賊がいるという事が知れ渡っているのか 誰も近づいてくる気配が無い。
また 賊が見張っている様子も伺えない。
これを好機と見るか 罠と見るか。
迂闊に突入出来ない状況であった。
「うん 見張りがいないけど 入って大丈夫か?」
「こんな時に あの人がいれば偵察に行かせたのですがね」
「今はレッドコーラル海賊団の方に敵情視察へ行ってるんだったな」
「無い物ねだりしても仕方ないね。
とりあえず占ってみるよ」
ドロテアはそう言い ポーチからタロットカードを取り出す。
カードの束は 風が吹いたわけでもないのにパラパラと宙に舞う。
そして ドロテアの周りを囲むようにして さながら太陽の周りを回る惑星のように緩やかに浮いている。
ドロテアが小さな声で呪文を唱えると カードがぼんやりと光り輝いた。
詠唱者以外には何が何だかサッパリではあるが ドロテアには占いの結果が見えていた。
「……音 それは仕組まれた罠。
隠者は生命線を足蹴にする事はない」
「うん どういう事?」
「音の罠…… 生命線を糸だとすると……。
これは鳴子が仕掛けられている という事でしょう」
「なるほど」
「占って正解だったね」
得意げな顔でタロットカードを回収するドロテア。
カードはやはり 意思を持つかのように綺麗な束となっていた。
「しかし 正面から挑んでも そう易々と勝てる相手ではないでしょうね」
「土の鴉だったら 向こうが地の利を活かせない分 楽ではある。
逆にハビエルは 毒やら人質やら利用するから そっちのが厳しい」
「んー 元々地の利はあってないようなものだけど 荷物を利用されてたら厳しいかなぁ」
「念のため 追い風の加護を付与しておきましょうか」
「狭い場所だとあんまり意味無い気が」
「だから念のため と言ったのですよ」
ビトは左手に持っている分厚い本をパラパラと捲りながら詠唱する。
詠唱が終わる直前に捲っていたページをピタリと止め 最後の呪文を口にした。
すると本から魔法陣が浮かび上がり 空いていた右手でその魔法陣に触れる。
右手でアルトゥロとドロテアにそっと触れた後 開いていた本をパタムと閉じた。
「これで気休めにでもなればいいのですが」
「うん あとはまあ 人手が欲しいところだけど モタモタしてたら戦利品と共におさらばされてしまうからな」
「で 戦法はどうするの?」
「わっちが二階から突入して撹乱。
んで二人は正面から突入と」
「戦力を分散させるのですね」
「んー まあ 今のメンツじゃあ これが最善かなぁ。
タフなのはアンタだけだし」
「んじゃ お先に行ってくる」
アルトゥロはそう言い 視線を二階の端の窓に目を移した。
かと思うと フワッと宙に浮き 勢い良く窓へと突っ込んでいく。
窓枠に引っ掛からないよう背筋を伸ばし 直立不動の姿で 窓を塞いでいる木の板を砲弾の如くぶち破った。
部屋に入ったと同時に減速し 風船が落ちるかのようにゆっくりと着地する。
「さて 仕事の時間だ」
窓を割った音を聞きつけてか バタバタという足音が宿全体に響いていた。
───
「あーあ 窓を割っちゃって」
「賊の所為にすればいいんですよ」
「そうは言っても モノは大事にしないと」
アルトゥロが二階から突入して数十秒。
軽い愚痴を零しながら 宿屋の入り口へ向かう。
その際に床を注視したところ 細い糸が張られているのがうっすらと見えた。
足を高く上げないと引っ掛かる高さにあり 下を潜るにも難しい絶妙な位置取りだ。
「ここ 糸」
「了解です」
なんとか糸には引っ掛からず 宿に入る事が出来た。
が 異変を察知して見回っていた一人の賊が カウンターの奥の部屋から出てきたところに運悪く鉢合わせてしまった。
湿った土を塗りたくったような茶色い服装に カラスの嘴を思わせる黒い口布から 土の鴉山賊団だと判明した。
「一階にも敵がいるぞ!」
「げっ」
その声と共に 机の陰や柱の裏等に隠れていた賊たちが姿を現す。
数にして9人であり この数は土の鴉山賊団では氷山の一角に過ぎない。
瞬く間に戦力が集まる迅速な対応は とてもならず者とは思えない。
しかしこれが 土の鴉山賊団特有の組織形態が為せる業である。
「見つかったからには もうコソコソやる必要はないね」
「そうみたいですね」
「じゃ ハデにやっちゃうよ!」
「無法者にも 救いと裁きを与えましょう」
ドロテアのグローブが ビトの本が うっすらと輝く。
ドロテアはファイティングポーズをとり ビトはパラパラと本を捲って 小さな声で詠唱する。
臨戦態勢に入る二人に対し 山賊達は警戒したままで行動を起こさない。
中には ヘラヘラと笑う者までいた。
「ハッ! お前ら二人だけで何が出来るってんだ!?」
「オレ達ぁ泣く子も逃げる 土の鴉山賊団だぜェ!?」
「知ってる」
「あぁん? 知っててオレ達に挑もうってのかぁ?」
「とんだ大馬鹿野郎がいたもんだなぁ!」
山賊の下品な笑い声を聞いても眉一つ動かさない二人。
泣く子が逃げるかは分からないが 力があるのは事実。
その点は十分に把握しており 迂闊に突っ込めば身包みを剥がされるのは想像に難くない。
そう 迂闊に突っ込めば の話だ。
「せいっ!」
ドロテアが虚空に右ストレートを放った。
その瞬間 鞭を振るったかのような鋭く乾いた音が耳を劈く。
前にいた山賊の1人がその音に驚いて後ろに倒れ そのままドミノ倒しの如く 後ろが巻き込まれる形となった。
位置的に巻き込まれなかった山賊が 驚きを隠せない表情でドロテアに睨んで声を荒らげた。
「な 何をしやがった!」
「ただのパンチだけど?」
「そ そんなワケねぇだろ! 火薬とか仕込んでたんだろ!?」
「そんなのに頼るほどか弱くないケド」
「うるせぇ! これはオレ達に対する宣戦布告だ!」
「あーもうヤダヤダ。
これだから話の通じない相手はキライなのさー」
倒れた者は体制を立て直しつつナイフやショートソードを構え 被害を受けなかった者は弓やクロスボウを構えて後ろに下がった。
一触即発の状況となり どちらが動いても一斉に襲いかかってくるだろう。
先に動くのはどちらか──
「……ヘッ」
賊の1人が微かに笑ったと同時に 両手に持っていたナイフをキンッと軽く小突いた。
その音と共に前衛はしゃがみ 後衛は一斉に矢を放った。
水平に放たれた矢は 姿勢を低くしない限りは避けるのは厳しい。
盾さえあれば防御は出来たが 仮にあったとしてもその対策もされるだろう。
矢が飛んだのを確認した前衛が 追い討ちをかけるように移動しようとするが。
「……っ!? なっ……!」
「へへっ 遅いよ」
賊は目を疑った。
そこには山賊が想像した姿がなかった。
矢は二人の周囲にしか刺さっておらず 二人に刺さる筈だった矢やボルトはドロテアが握っていた。
避けたのならまだしも 素手で受け取められるとは誰が予想できただろうか。
「東洋にある国にはこんな言葉があるらしいよ。
1本の矢だと簡単に折れてしまうけど 3本の矢だとなかなか折れない とか」
そう言い 矢を束ねて折ろうとする。
しかし鉄のボルトが混じっているため やはりと言うべきか折れる気配はない
「んぎぎぎぎっ……!」
「……ふざけやがって!」
「テメェが矢を折るってんなら オレ達はテメェらの骨を折ってやるよぉ!」
激昂した山賊が二人に襲いかかる。
が その瞬間 山賊の足元から赤く輝く鎖が飛び出した。
火炉に入れられたかような真っ赤な鎖は 賊の手足を貫き 動きを完全に封じた。
「な なんだぁ!?」
「クソッ! どうなってやがる!?」
何が起こったんだと言わんばかりに 賊達は自分の手足を見る。
貫かれた部分から血は出ておらず 痛みも感じない。
よく見ると 実体の無い 魔力で生成された物だということに気付く。
「いやぁ 時間稼ぎご苦労様です」
「ホントね そのムダに長い詠唱 なんとかならないの?」
「えぇ 私もどうにかしたいとは思っているのですが」
「もっとこう 省略できたりとかは出来ないの?」
「それが出来れば 既に試していますよ」
「それもそっか」
「私も賊と世間話がしたいですし」
「ソッチが目的かい」
「しかし 世俗から離れた者とする世間話とは これいかに?」
「知らんがな」
そんなやり取りを見てか 賊が憤怒を露わにした表情で睨みつける。
鎖を解けば今すぐにでも斬りかかってきそうだ。
「さて 二階の様子はどうなっていますかね?」
「加勢に行く?」
「いえ 私はこの者達を詰所へ連れていこうかと」
「……まさかとは思うケド」
「謝礼金が目当てです」
「守銭奴め」
「褒め言葉として受け取っておきましょう」
───
少々遡って 数分前。
窓を突き破って突入したアルトゥロ。
ざっと部屋を見回すも 特に気になる物はなく 強いて言うなら壁に刃物で斬った痕がある程度。
部屋を詳しく調べようにも 足音はすぐ近くまで来ていた。
「うん こっちに引き付けられたようだな」
そんな事を呟いたと同時にドアが勢いよく開かれた というより蹴破られた。
あまり気の長い性格ではないのが伺える。
現れたのは 筋骨隆々のオーガ族の山賊であり 賊というより
「誰だぁ テメェ!?」
「わっちはアルトゥロ・トールマンだ」
「知るかぁ!」
血の気が盛んなのか 鎧相手に目もくれず襲いかかる。
相手の武器は 厚い片刃の斧。
傷よりも むしろ衝撃によるダメージが心配される。
「うん 危ないじゃないか」
「オラァ!」
軽々と避けるアルトゥロ。
それを気にせず斧を振り続ける山賊。
立て続けに攻撃され 反撃の余地も与えてくれない。
このままでは援軍が来て不利になる。
そう思うも 特に策らしい策は思いつかなった。
「避けてんじゃねーぞぉ!」
「避けてるつもりはないんだがなぁ」
「ッッセェッ!!」
今まで以上に斧が強く振り下ろされる。
小さな隕鉄と化した一撃で床が割れ 木屑が辺りに飛び散り 亀裂からミシミシと悲鳴を上げる嫌な音が聞こえる。
床でも抜けて一階と合流してしまえば 折角分断した意味がなくなる。
「うん まずいな」
「あぁ!? 逃げんのか オラァ!」
急いで部屋の外へと飛び出す。
飛び出した先に待っていたのは やはりと言うべきか複数の賊が待機していた。
パッと見た限りでは 5,6人はいるのが確認でき 廊下の先を塞ぐようにして 弓やクロスボウを構えている。
「出てきたぞ!」
鎧を見るやいな 矢を一斉に放つ。
しかしタイミング悪く 斧持ちの山賊も部屋から飛び出した。
「あっ……!」
矢が刺さる直前 そんな声がどこかから聞こえた
放たれた矢は 不運にも山賊の左肩に刺さってしまった
誤射した山賊の顔は青ざめ 斧持ちの山賊は歯と怒りを剥き出しにして怒号を上げた。
「ぐあっ……! クソっ!
テメェらぁ 誰を撃ってやがるんだぁ!」
「す スミマセン……!」
「クソ! クソがぁっ! 敵はどこ行ったぁ!?」
同士討ちに気を取られ アルトゥロの姿を見失った山賊団。
辺りを見回しても それらしい姿は見当たらない。
そもそも廊下の先は賊で塞がれて 逃げ場など無いも同然であるこの状況で どこに隠れられるのだろうか。
ふと 賊の1人が見上げると アルトゥロが天井に張り付くように佇んでいるのを見つけた。
「上だ!上にいるっ!」
「うん もうバレた」
アルトゥロは敵の少ない向こう側へ 滑り落ちるように移動する。
対する賊達は矢を番えたりボルトを装填したりで 近付く気は無いようだ。
ただ1人を除いて。
「逃げんじゃねぇぞ!」
オーガの山賊が同士を力任せに押し退けながら猛進してくる。
理性など微塵も残っていないのは明白。
ドスドスと猪が全力で迫ってくるかのような 野性的な気迫が感じられた。
「とっとと倒して合流しよ。
戦力分散させた時点でこっちのもんだし」
白兵戦は苦手だけどなぁとぼやきながらふんわりと着地し 斧を持った猪の方へ向き直る。
銀色に輝く剣を両手で持ち 魔力を込めると 剣から青白い電気がパチパチッと鳴り始める。
それは次第に光を増していき 刃は鈍い銀色から眩い白銀へと変貌した。
その輝く剣に目が入らないのか あるいは全く気に留めていないのか 斧の賊は足を止める気配が無い。
相討ち覚悟か はたまた食らっても立っていられる自身があるのか 何れにせよ勢いを殺すことなく斧を振り上げた。
「らぁっ!!」
「そぉい」
残された山賊からは オーガの巨体のせいで全貌がわからない。
分かることといえば 青白い閃光が視界を一瞬覆ったことだけ。
両者ともに動く気配が無く 固唾を呑んでこの状況を見守っていた。
たった数秒の沈黙が何分にも感じ始めたその時 先に動いたのは。
山賊だった。
「………」
山賊達は驚きを隠せなかった。
あの屈強な体躯を一撃で倒すなど 考えもしなかったのだ。
それに山賊達は 斧持ちの賊に経験からくる期待を抱いていたのもあった。
武器を構えていないのがその証である。
「っっ!!」
「ま……まさか……一撃で!?」
「あって良かった 追い風の加護。
もう少し遅かったら相討ちだったかも」
飄々と振る舞うアルトゥロは残った山賊の方を向き 剣の輝きを白銀から若草色へと変える。
賊の1人が刃の変色に気付き 情けない声が漏れ出てしまっていた。
「さあ 次はお前らだぞ」
「ヒィッ……!」
賊の戦意は完全に削がれていた。
が そんな事はお構い無しに 左下から右上へと虚空を斬り上げると 嵐のような突風が山賊達を襲った。
とても前を見ていられないほど強烈であり 腕で顔を塞いで耐える者 思わず背を向けてしまう者 中には逆らいきれずに転がる者までいた。
そんな賊達が最後に見えた光景は 白い刃を首にあてがうアルトゥロの姿だった。
───
「これで全員?」
「たぶん」
「タブンって」
「二階にはこれ以上居なかった」
「アタシも一階の方を確認したけど ネズミ1匹居なかったよ」
手足をロープで縛られ 薪のように並べられた山賊達。
そのほとんどは アルトゥロの電撃によって気絶しており 残りは降伏したり風で転んで頭を打ったりしていた。
「うん あのオーガ やたら重いのなんの」
「重力魔法使ってラクしてたの 分かってるから」
「うん?何の事かな?」
「フツーはそんな鎧着てて あの巨体を持ち上げられるワケないでしょうに」
「うん ところでビトは?」
「あの金狂いなら 一階の賊達を詰所へ連れてったよ」
「金か」
「そう おカネ」
ふざけ合いつつ会話を交わし 荷物を確認するために再び宿屋へ入ろうとすると 後ろから声を掛けられた。
「もし! そこのお二方!」
「ハイ?」
その人物は 中肉中背で顔も中性的な しかし人相は良く見える40代の女性だった。
やや背が曲がっているものの 不思議と老いを感じさせない。
「もしかすると あなた達が私の依頼を引き受けてくれたという……」
「おや 宿屋の主人さん。
何しに来たの?」
「えぇ 早くも引き受けてくれる心優しいお方がいたと聞いたもので 様子をこっそり伺う筈だったんですが」
「うん ご覧の通り もう終わったさ」
「いやあ まさかここまで早く解決されるとは思わず ただただ感謝の意しかない有様で……」
「大袈裟だよー」
「うん わっち窓の板割っちゃったし」
「戸の一枚や二枚 宿を失う事と比べたら安いものです。
本当に本当に ありがとうございます」
頭を何度も下げる主人に 少々恥ずかしく思うドロテア。
そして 窓に使う板一枚の値段はどれくらいだったか考えるアルトゥロ。
思いは違えど 他人が居てこその考えがそこにあった。
「さて こうしちゃいられないわね。
今すぐにでも再開させないと」
既に経営モードに入ったのか おばちゃんによくある気合いと根性がこもった口調になる。
本当に今すぐに再開しそうな勢いである。
「良ければ手伝うよ」
「うん 人手が多いに越した事はない」
「あら いいの?」
「うん どうせ人を待たなくちゃいかないし」
「そうだね 残った賊も連れてかせるつもりだし」
「悪いわねぇ じゃあお言葉に甘えて」
───
昼過ぎに 居酒屋へと戻ってきたアルトゥロとドロテア。
やはり人でごった返してはいるが 今朝と違い 喜びの声に溢れ楽しい雰囲気に満ちている。
どうやら 賊が居なくなったと誰かが一報を告げ 宿屋へと押し掛けたそうだ。
まだ再開するには問題が残っているため せめて荷物だけでもと返してもらった次第だ。
居酒屋は半分宴会と化し 忙しく料理を作る店主もどこか嬉しそうな表情をする。
「うん 良かった良かった。
やっぱり居酒屋はうるさいぐらいが丁度いい」
「居酒屋は ね」
「しかしまあビトの奴 結局喜んで詰所へ2本目行ったけど 足大丈夫か?」
「それくらいで音をあげるようなヤツじゃないでしょ」
「それもそうか」
「あー 朝何も食べてないせいか ドッと疲れたー」
空いている席へと向かい 半ば倒れるようにして座るドロテア。
それに対しアルトゥロは 中途半端とはいえ朝飯を食べたおかげか割と普通に座る。
近くの給仕を呼び止めて アルトゥロはこってりした物を ドロテアはあっさりした物を中心に注文した。
「あ 報酬受け取るの忘れてた」
「そんなの後でいいじゃん」
「うん それもそうだな」
「お前ら ちょっといいか?」
「ん?」
話し掛けてきたのは 今朝方アルトゥロと会話を交わしたドワーフの男性。
今は覇気の無い顔ではなく 強い信念が宿ったかのような凛々しい顔付きになっている。
そんなドワーフが アルトゥロの兜の下にあるであろう瞳を強く見つめ 意を決したかのように口を開いた。
「オレを お前らの仲間に入れてくれ!」
「えっ?」
「ええっ? どういう コトよ?」
突然の頼みに困惑する二人。
礼を言われると思ったアルトゥロは 兜の上からでは伺えないが 驚きのあまり口をポカンと開けてしまっている。
「宿屋の主人から聞いたんだ。
やはりお前らが賊を倒してくれたんだな!」
「うん まあ そうだけど」
「実はオレはな 賊が部屋に入ってきた時 素手で応戦はしたんだ。
だが情けない事に おずおずと引き下がる結果になった……」
「まあ 素手では厳しいよね」
「お前が言うか」
「あの時武器があればと 負けを認めたくなくてな……。
だが オレは決心した!」
「うん」
「1からやり直し 自分を鍛え直すと!
その為にも お前達の仲間の元で鍛えたいんだ!」
ドワーフの男の目には 過去の自分と真摯に向き合う熱意と誠意がこもっていた。
拳をグッと握りしめ 弱き自分と戦う覚悟を決めている。
「どうして?」
「目指す姿が近くにあるというのは 意外と心強いものだ。
オレも冒険者になったキッカケは 冒険家だった親父の背を見て育ったからだ」
「親子揃って冒険者かぁ」
「あぁ 時々しか帰ってこなかったが オレは親父の土産話をいつも楽しみにしていた。
親父の行く先々に憧れて いつか親父と共にと オレは冒険者になったんだが……」
「だが?」
「恥ずかしい話だが 誇れるような武勇伝が一つもないのだ。
親父譲りのタフさだけが取り柄の身体が無ければ 既に名も無き骨になっていただろうな」
ドワーフは背は小さいものの 筋力はかなり強い種族だ。
そんな男が表立って話せる逸話が無いという身の上話に適切な返答が思い浮かばず 自然と閉口してしまった。
そんな重い雰囲気を察してか ドワーフの男は話を切り上げる。
「……少々無駄話が過ぎてしまったな。
改めて頼む! オレを仲間にしてくれ!」
土下座でもしかねない勢いで頭を深く下げるドワーフ
過去の自分とは既に別れた。
プライドなどという錆びた鎧は捨てた。
頭を下げているのは 新米冒険者のドワーフの男だ
その姿を見て ドロテアが口を開いた。
「……あのー」
「なんだ?」
「確認したいんだけど アナタ 魔法は使える?」
「魔法か? 魔法はからっきしだが 親父譲りの身体とドワーフ族が誇る技術をもって作った斧がある!」
「……あー」
「どうした?」
「そのー アタシ達のギルドね……」
「魔法を使える者しか入れないんだ」
非常に困った顔で 目を逸らしつつ事を伝えようとするが ドワーフの熱意に押されてなかなか言い出しにくかったドロテア。
それを知ってか知らずか アルトゥロが泥舟同然の助け舟を出した。
「………」
「そういうコトなんだよ……ね」
「……そうか」
「あ せっかくだし アタシが占ってあげる!
何もわからないよりはいいでしょ!?」
あまりの気まずさ故 場を紛らわそうとタロットカードを取り出す。
いつもならカードを周囲に浮かせるのだが 場所も状況も悪い今ではそんな余裕は無かった。
とにかく結果だけ伝えればいいと カードを使ってさっと詠唱する。
「えー…… 骨が折れるか心が折れるか。
塔の道中 崩れ落ちる姿も見れず……」
「タロットで塔は嫌な予感しかしない」
「…………」
「……えっと その ゴメン」
「……いや やる事が決まった」
「え?」
ドワーフの男は 曇りのない目で自分の右手を見つめる。
今まで見えなかった物が見えたかのような 確信にも似た顔をしている。
「オレは冒険者を辞める。
よく考えてみれば オレは親父の輝かしい武勇伝が好きなんだ」
「確かに そうは言ってたけど」
「オレは 冒険する親父じゃなく 冒険した親父が見たかったんだ。
一緒に付いて行けば 土産話が聞けなくなる」
「……ナルホド」
近付こうとするあまり 大事な事を見落としてしまっていたと気付いたドワーフは 晴々とした笑顔を見せる。
決意でも情熱でもない 純粋な笑顔だ。
「故郷に戻ると決めたワケだが せめてもの土産として 親父には別の視点での武勇伝を聴かせようと思う。
そこで お前らの今回の偉業を記したい」
「えっ? あ アタシ達のでいいの?
そんな大した事してないんだけど……」
「なーに 少しばかり誇張させてもらうだけだ!」
ハッハッハと豪胆に笑う。
吹っ切れたのではなく 迷いが無くなったと確信する。
これでは断る理由も無い。
「ハァー…… 仕方ない。
条件として アタシをスゴ腕の占い師だという事にしてくれるのなら話してあげる」
「じゃあわっちは凄い魔法使いと表記してくれ」
「あぁ 構わんぞ その方が面白い。
して あの司祭もお前達の仲間だろう?」
「うん」
「そうだね」
「ヤツの二つ名はどうする?」
「金欲の司祭で」
「ハッハッハ! 悪くない!」
ここに 一つの奇妙な伝記が誕生した。
─ちょっとした説明や設定
こういう設定があるんやでー という感じで説明します
覚えなくてもいいけど ここまで拘ってると理解してくれれば幸いです
[魔法に関して]
魔法は大きく分けると 自然魔法 時空魔法 重力魔法 神聖魔法 心体魔法 具現魔法の六つに分けられる。
魔法を使うには
全ての動植物は魔力を有しているため 理論上は誰でも魔法が使える。
魔力の回復は 休息を挟んだり魔力を回復させるアイテム等を使うことで回復出来る。
一応 差異はあれど魔力保有量の上限値はあるが 測定する術が無いので体感で覚えるしかない。
魔力が切れると ちょっと疲れる程度だったりすれば昏倒したりする他 種族によっては死亡する事もある。
[自然魔法]
火 水 雷 風 土 光等の自然を利用した魔法を指す。
比較的習得が楽で 大抵の魔術師は自然魔法を扱える者が多い。
ただし 自然魔法に限った話ではないが 魔法を使うには触媒となる物が必要となる。
触媒としては杖が一般的だが 魔導率の高い者であれば何でもいい。
ちなみに魔導率は 伝導率の魔力版と考えてOK。
[時空魔法]
時間と空間を操る魔法。
時間の場合 自身の流れを遅くしたり 逆に早めるなんて事ができる。
ただ 完全な0秒単位で行動したり 逆行する事は不可能である。
時間を早めるメリットとして 素早く動ける点が挙げられる。
逆にデメリットは 対象者の全てが早く進む事により 時間的に体力が減りやすくなり 他人から見れば寿命が縮んだようにも見える。
極端な例を挙げるならば 1年という時間の間 時間を早めている者が10倍の速度で活動したとする。
全体的な時間としては1年だが 対象者は10倍である10年の時を過ごしている事になっており 9年寿命が減ったという見方が出来る。
時間を遅くするメリットは 逆に対象者の全ての時間が遅くなる。
その為 体力の温存や命に関わる傷を負った際の延命処置等に役立つ。
デメリットとしては 戦闘では全く役に立たない点か。
相手に効果を付与する事が出来ればまた違ったのだが 現在では相手の時間に干渉する事は不可能である。
空間の効果は 使用者の一定範囲内の空間の力を自由に操る事が出来るというものである。
例えば 雨に濡れたくない時に 空間内の力の方向を変える事で 雨を回避出来るという芸当がある。
また 矢を射る時や攻撃する際に加速させる という使い方も出来る。
欠点として 静止した重い物には効かず 相手の飛び道具や攻撃も速度によっては効果が薄いなど 重さに弱いという点がある。
限界はどこまでなのかは使用者によってまちまちだが 少なくとも近接戦闘や砲弾を防ぐレベルのものは存在しない。
[重力魔法]
使用者の重力を自由に操る。
上に落ちる事はもちろん 空中で静止したりもできる。
ただ 重量によって消費する魔力が増加し 重力に逆らう分 消費魔力も増えてくる。
50kgの物を持ち上げようとすれば 10kgの物を持ち上げるよりも更に大きな力が必要になる といえば分かるだろうか。
使用者全体の重力を操るので 剣を振り下ろす際に剣だけ重くするなどという事は出来ず 剣を重くすれば必然的に身体も重くなる。
[神聖魔法]
主に宗教関係者が扱う事の出来る魔法。
ただ 神聖魔法は分類というより総称のようなものであり 神聖と名は付くものの宗教さえ関係あれば 邪教による屍霊術も神聖魔法とされる。
加護 交霊術 儀式 祓魔術 解呪等が神聖魔法と呼ばれ 中には神託や刻印も神聖魔法とする地域もある。
[心体魔法]
身体または精神に干渉する魔法。
一般的なところでは怪我の治療 身体性能の向上 洗脳の解除 闘志の向上等がある。
当然プラスだけでなく 行動の制限 一時的な機能不全 戦意の喪失 洗脳等 マイナスに働く魔法も存在する。
相手に効果を発現させるには 発現させたい部位に触媒で触れる必要がある。
傷を治したいなら傷に触れる。
脚を一時的に使い物にならなくさせるには脚に触れる。
精神に関しては額~頭頂部に触れれば問題無い。
ただ 精神への干渉はシビアで 失敗すれば人格や思想が変わったり 下手すれば精神崩壊を起こしかねない。
そのため 独学の為の書は国が認めた物で かつ非常に高額だったり 大学で学ぶ時はかなり厳しく指導を受けるなどして対策をとっている。
[具現魔法]
その名の通り 魔力を具現化する魔法。
具現化するのは何も姿形だけでなく 音や匂いも作り出せる。
また占術も 未来や過去を具現化するという意味でこの分類に位置する。
自身の心情をオーラとして可視化したり イメージを相手に伝えるために使用したりと コミュニケーションに使われることもある。
戦闘としては 魔力の刃と盾を形成出来る等 汎用性が高い。
反面 具現化した物を維持するには魔力を連続的に消耗するため 長期的な戦いには向いていない。
[詠唱と触媒]
時空魔法と重力魔法に限り 触媒及び詠唱が必要ないという利点がある。
効果を発動している間は連続的に魔力を消費し また時間の速度変化や重力変換の力等が大きい程 消費魔力量も増えてくる。
自分が使う分には便利だが 相手が使うとなると厄介である。
時空魔法の使用者同士での戦いだと 何が起こってるのか分からないほどハイスピードな戦闘になるらしい。
触媒に関して 魔導率の高い物の代表として 木材や一部の金属 宝石が挙げられる。
逆に鉄 銅等の金属や岩石等は魔導率が低い。
大抵は木製の杖や宝石をあしらった装飾品を触媒にするが 中には金属製の杖や手甲を身につける者もいる。
詠唱は 時空魔法と重力魔法以外には大抵ある。
基本的には既存の呪文を唱えて 魔力を魔法に変換して発動する。
消費する魔力を調整する事で強弱や効果時間を変える事が出来るが 一定の魔力を消費する必要があったり 調整しても効果が変わらないものもある。
ただ 詠唱文は厳密に決められてはおらず 更に言うと詠唱無くして魔法を発動する事も可能だったりする。
しかし 魔法は脳内で思い描くイメージや精神状態によって大きく左右され 呪文はそれの手助けに過ぎない。
例を挙げるならば『体の内より湧き出る力よ 素を熱とし乾とし 陽の如き燃え盛る炎となれ』という詠唱であれば火をイメージしやすい といった具合である。