[各メンバーの入団の経緯]
─アルトゥロ
前に所属していた狩猟ギルドが事故によって半壊 後に解散。
新たな食い扶持を探そうとしたところ 総合ギルド局にてイヴェットから声を掛けられる。
とりあえず二つ返事で了承し 今に至る。
─ドロテア
一人旅の途中で立ち寄ったウェルドのギルドハウスを宿屋と勘違いし宿泊。
サービスが中途半端であったり客が妙に少ない事を不審に思い 入団して間もないアルトゥロに問い質したり イヴェットに説明を求めたり。
宿屋ではないことは納得したところで何故かイヴェットが勧誘し 更に何故かドロテアはこれを受けた。
─ビト
夜遅く 何者かに教会が襲われ ビトを始めとした聖職者が応戦。
しかし 強敵を前に次々となぎ倒されていき いよいよビトだけが残ったところで突如イヴェットが参戦した。
瞬く間にねじ伏せ 安否を確認すると同時にやはりギルドを勧め ビトは助けてもらった恩(と金稼ぎ)から入団を決意。
─トビアス
実は付き合いだけなら一番長く ギルドハウスの隣にある工房に務めており 時たま挨拶を交わしたり個人的な依頼を請け負っていた。
ある日魔法が使える事を知ったイヴェットは 驚きつつも入団に誘う。
トビアスは最初は渋るものの やる事が変わるどころかより多くの人の為になると考え 喜んでウェルドの一員に。
─アリス
ギルドに入る三ヵ月前 ウェルドに護衛の依頼を申請し それを受けたドロテアとジェフリーが付いていく形に。
襲撃の際に彼女も魔法で応戦した事をイヴェットに話し そのまま月日が流れて忘れかけた頃に再訪。
再び護衛を頼もうとする前にイヴェットが勧誘し アリスは無料で護衛が付くならという事で了承する。
─ジェフリー
旅芸人で構成されたギルドを抜け フリーとして活動を始める。
金銭の為に立ち寄った酒場で難癖を付けられ 暴力沙汰になるも極力傷付けずに無力化させ 賞賛の嵐を浴びる。
それを見ていたイヴェットに声を掛けられ 一度は断るがそれとなく活動内容を訊いたところ 気が変わったと言って入団。
アルトゥロとドロテアの二人は 地下から湧き出たスライムの駆除をし 依頼完了の報告を終えて帰路についている。
帰路 といっても彼らはギルドハウスを拠点としているのではあるが。
「久しぶりの耐火持ちだったなぁ」
「アッサリ終わったけどね」
適当に話をしながらギルドハウスへ向かって歩き 重々しい扉を押し開く。
そこには 初老の男性の姿をしているジェフリーと見知らぬ女性が居た。
宿屋の受付がある位置 そこに設けられた応接スペースに二人は座っており 何やら話をしている。
アルトゥロとドロテアが入ってきたことに気付いたジェフリーは 女性に一言断ってから立ち上がり 皺がそこかしこに見える顔で二人に話しかける。
「よォよォよーォ いいィところに来てくれたァ。
今ちょっとねェ 案内役が欲しかったところでさァ」
「案内役?」
「うん?」
当たり前といえば当たり前だが 話がさっぱりわからない二人には何を言っているのか理解出来ていない。
案内役 とくれば旅行者なのだろうが 今は特にイベントも無く 観光に来るような時期ではない。
ドロテアが首を傾げて考えるも 納得のいく答えが思い浮かばない。
「うん どういうこった」
「まァまァまーァ 詳しい話はお相手に訊いてみなァ」
そう言い 二人を席へ促す素振りを見せる。
ついさっきモンスターと闘ってきたところなのだが 大して疲れてもいなく 女性から話を聴く事にして席に座った。
「うん えー ようこそウェルドへ。
ウェルドはウインナー用の挽き肉に豚も飛竜も狩るギルドだ」
「要は色んな依頼を受けるってコトね」
「………」
いつもの流れでウェルドの名を出しつつギルドの活動範囲を軽く紹介したが その時に女性の容姿が一風変わっている事に気付いた。
肩上程のやや癖のある銀髪 胸元にはブローチ付きの赤いリボン 袖には棘のような肩には蔓のようなデザインが施された上着。
それらが霞んで見える程に存在感を放つ 右側にだけ生えている白い翼。
翼以外は何もおかしい所など無いが 片翼だけはどうしても気になってしまう。
しかし 依頼と関係なければ関わる必要もない。
「えーっと とりあえず 詳しい話きかせてくれる?」
「………」
女性は口を左手で軽く抑えたままであり 喋り出す気配がない。
それどころか 目を合わせずに逸らしており 表情からも言葉が察せない。
「うん? どうした?」
「アンタがコワいからじゃない?」
「……そんな怖い見た目なのか」
「……そうではない」
がっくりとうなだれるアルトゥロを見て 女性がようやく言葉を出した。
少なくとも 喋られることと外見は関係ないことは判明した。
「えー 案内役に とジェフリーから聞いたわけだが 旅人か何かなのか?」
「………」
女性は静かに頷く。
旅人と肯定したのではあるが 女性が一人旅というのは極めて危険である。
賊から見れば葱を背負った鴨 薄汚い商人からすれば詐欺の対象なのだから。
「うん つまり どこか行きたいところがあったり?
スラム街から王城までなら案内できるぞ」
「ソレ 殆どじゃん」
「いやいや 地下墓地とか神殿は流石に厳しい」
「神殿はともかく 地下墓地に行きたがる物好きはいないでしょ」
「一週間前にその物好きが捕まったろう?
「おいおいおォい お前らよォ 美人さんをそっちのけにしてんじゃあァねェってもんよォ」
「………」
「んで どこに行きたいんだ?」
「オイシイ定食屋なら知ってるよ」
「………」
とにかく口数が少なく 満足に会話も出来ない。
何か喋ることに不都合があるのか 単に話し下手なだけなのか。
どちらにせよ 何とかして彼女から話を聞かないと話の全容は見えてこない。
筆談なら可能だと考えたドロテアは紙とペンを取りに立ち上がり すぐさま手に持って戻ってきた。
「字は書ける?」
「………」
女性は上目がちに頷き 手渡された白い羽ペンを右手で握り ささっと試し書きをしてインクが充填されているのを確認する。
「うん では 依頼内容は?」
『街を見てまわりたい』
「具体的には?」
「………」
「ホラ 何かを見に来たとか」
筆談が出来ても何かと会話に苦労する二人。
それに悩むアルトゥロにある疑問が思い浮かび その事を問う為にジェフリーを呼び出す。
「というより ジェフリー」
「へィへィへェい 呼んだかァい?」
「そもそもこの人 どこでどう捕まえたんだ?」
彼女から得られる情報が少なすぎるあまり 何をどうしたらここまで連れてこれたのかを訊く。
何か困っている事すら判らなければ 無理矢理連れてきたと思われかねない。
「おゥおゥおォう ちィっとばかし長くなるがァ それでもいいかァ?
あれは昼を過ぎた時なんだがァ……」
「確認をとった意味はいったい」
「なんとなァくだなァ ふらふらァっと酒場に入るとォ──」
───
少し遡った とある酒場にて。
ワイワイと騒ぐ酒呑み達は 面白おかしく騒ぎ立て 場の雰囲気を盛り上げる。
そこに一人 また一人と混じってはやかましい風景へと溶け込んでいく。
酒を呑み 酒に飲まれ 一時の幸福に溺れる。
そんな空間に似つかわしくない 壮麗な女性がただ一人 この酒場へと足を踏み入れた。
あまりの場違いさと美しさに 歩く姿を目で追ってしまう者はいれど 声を掛ける者は居ない。
女性はキョロキョロと見回しながら歩くと 空いているバーカウンター席へと歩を進める。
しかし 彼女がその席へ向かうのを見た客達は 驚きと恐れが混じったような声を出してはざわめきだす。
女性が座った席の左隣には
それに気付いていないのか 女性は店主が来るのを静かに待ち 店主は伏し目がちに注文を訊いた。
「何を飲むんだい……?」
「……水を一杯」
彼女が水 と応えると 隣にいたトロールが唐突に笑い出し 覗き込むようにして大声で話しかける。
不快な酒臭さが鼻腔を突き 女性は眉を僅かにしかめる。
「オイオイ ここは酒場だぜぇ!?
水なんかで酔えんのかぁ!?」
「………」
「それによぉ 俺様の
てめぇ他所モンかぁ!? 俺様の名を知らねぇのかぁ!?」
グイグイと詰め寄られ 肩に手を回され いよいよ無視出来ない状況となる。
しかし 仲介に入る者や止める者は誰一人としていない。
皆 ヒソヒソと話しては関わらないようにしている。
「オイオイオイ」
「死ぬわアイツ」
「ほう アルコール抜き飲料ですか……。たいしたものですね。
酒場での酒以外の飲料の注文はリスクが極めて高いらしく ガラの悪い人に絡まれる人もいるくらいです」
「助けてもいいけどよぉ」
「相手はあのトロールだぜ」
「それにか弱い女性が一人。これも絡まれやすい要因です。
しかも口数も少なめと性格のバランスもいい。
それにしても酒場だというのに水を注文できるのは 壊滅的な常識知らずというほかはない」
女性は目をそらして不満気な顔をしつつ 周りの会話を聞き取る。
それが気に障ったのか トロールは更に顔を近付けて脅すような口振りで話す。
「人の話はちゃんと聞けって親に教わらなかったかぁ!?
俺様の目をしっっかりと見ろってんだぁ!!」
「……かしら」
「あぁ!?」
「……私を助けてくれる人は いないのかしら」
「おうおう 今更命乞いかぁ!?
言っとくが 俺様に逆らえる奴はいねぇ!!
俺様が一番強いんだからなぁ!!」
トロールの汚い笑い声が響き それでも客は誰一人として動かない。
最強かどうかは置いといて 強いのは事実。
彼は幾度となく 隣に座った者に喧嘩をふっかけては一人残らず叩きのめした。
今では常連客の間で 彼の隣に座る者は自殺者とまで揶揄される程に知れ渡り それが暗黙の了解となっている。
関わりさえしなければ金を景気よく落としてくれる客であるため 店側も彼には強く言えず 出来ることといえば被害者の介抱くらい。
暴君のトロールの天下は止まる事を知らなかった。
道化が現れるまでは。
「ン~♪ 何の騒ぎかと思って覗いてみたらァ あらフシギィ♪
トロールサンがァ麗しい女性をォ いじめてるじゃあア~リマセンかァ♪」
今の状況では到底合う筈もない軽い態度で 酒場に足を踏み入れた道化師 ジェフリー
彼の肩には長年の相棒である鷹 フェンが鎮座しており 猛禽類ならではの鋭い眼光がトロールを捉えている。
トロールの男は ふざけた態度に一度はこちらを睨むものの ただのピエロだと判るとすぐに女性に向き直る。
「てめぇみたいにマナーがなってねぇ奴は この俺様が直々に教育してやらぁ!!
タップリ可愛がってやっからなぁ 泣いて喜べぇ!!」
「オヤ~? それが女性に対する接し方とはァ思えませんネェ♪
このワタクシがァ あなたを再☆教☆育してあげましょォ♪」
「あぁ!? さっきから何なんだテメェはよぉ!!
俺様はこいつを叩き直すだぁいじな仕事があんだよぉ!!」
トロールは床を強く踏みつけながら立ち上がり 拳を固く握ってパキパキと骨を鳴らす。
それを見た客達は騒ぎ出し ジェフリーに対して今すぐに謝れ ここから逃げろ と各々助言を出す。
当然ながら こちらから絡んできたのに退く訳にもいかないジェフリーは それらの言葉を無視してバトンを一本取り出し 掌の上で器用に回転させる。
「このバトンはァ あなたを表していまァす♪
教養のあるあなたならァ♪ 何を意味するかワカリマスよねェ?」
「俺様がそんな棒っ切れなわけねぇだろうがぁ!!」
激昂して殴り掛かるトロール。
巨体だというのにそれを感じさせない素早い攻撃。
鳩尾を狙った右手の一撃は易々とかわされる。
が その拳はフェイントであり 本命の左腕の肘鉄を鼻にヒットさせる。
喧嘩慣れしているトロールは 初撃は決まってフェイントであり これをかわせた者は数える程しかいないと本人が豪語している程に強烈である。
思わぬ一撃を貰ったジェフリーは 鼻血を垂らしながらも態度は変えず 落ち着いて心体魔法を使って怪我を治す。
「へえ てめぇ 魔法が使えんのかぁ
こりゃタップリいたぶれらぁ!!」
「これはこれはァ~… 自慢のメイクが台無しじゃァないですかァ♪」
肘鉄を喰らった衝撃で鷹が飛び上がっており バサバサと羽ばたいてはトロールの周りを飛び回る。
それを微塵も気にしない巨漢は舌舐めずりをし 腹を捉えた蹴りを放つ。
それを易々とバトンで軌道を逸らされて防がれるが それすらも予測済みかのように 突き出した足を踏み込むように地に叩きつけて急接近する。
勢いをつけ 長い腕を伸ばしてジェフリーの持つバトンをがっしりと掴み 力任せにこちらへと引き寄せそうとする。
まさかの行動にジェフリーは このまま対抗するかおとなしく手放すかを咄嗟に考える。
しかし この思考自体が彼を劣勢へと追いやる事になるとは知る由もなかった。
「おらぁ!!」
「あららァ!?」
抵抗もせず手放しもせず トロールの怪力によって体ごと引き寄せられたジェフリー。
そしてそのままバトンを奪われては組み付かれ 自由を奪われる。
難なく無力化できた事に気分を良くしたのか トロールの男は笑い飛ばして周りの客にアピールをした。
「ぎゃはははは!! これが俺様の力だぁ!!
だが まだ終わりじゃねぇぞぉ!!」
ジェフリーの首根っこを片手で掴みあげ 晒し首のように見せつけてはサンドバッグの如く奪ったバトンで殴り始める。
わざと急所を外し ダメージよりも無抵抗に殴られる事を重視して 客に恐怖を植え付ける。
それを見せつけられた酒呑み達は すっかり萎縮して目を伏せ 物音一つ立てないように縮こまっていた。
ただ一人 女性を除いて。
「……流石に体格差があると 肉弾戦では不利ね」
怯えるというより 冷静に分析するようにまじまじと見つめて呟く。
その言葉は 目の前の
トロールが何発も殴り続けていると ジェフリーの鷹 フェンが唐突に鳴き 鷹の高い鳴き声が店内に響く。
周りを飛び回りながら鳴いて暴力を妨害し その行動に苛立った男は ジェフリーをその場から解放して鷹を叩き落とそうとバトンを振り回す。
「邪魔くせぇんだよぉ!!」
フェンは攻撃をかわし 何度も何度も鳴いては妨害の手を休めない。
鷹と巨漢が格闘している間 ボロボロのジェフリーはこそこそと動きを見せ 何かを小声で呟いている。
喧嘩に慣れているトロールでも 流石に鳥を相手にしたことはなく いつものように蹂躙することが出来ずにいた。
「おらぁ!! 酒のツマミになりやがれぇ!!」
「……それはワタクシがァ 許しませんよォ♪」
トロールは脚に違和感を覚えると同時に 左膝を床につかせてしまう。
驚きつつも立とうとするも 左脚全体に力が入らない。
痺れている いや 痺れすら感じない。
まるで左脚が存在しないかのように。
「な…… 何をしやがったぁ!?」
「少しばかりィ 脚の自由を奪わせていただきましたァ♪」
隠していたもう一つのバトンをクルクルと回し ニヤニヤと笑って見下すジェフリー。
フェンも肩に止まり 鋭い目でトロールをキッと睨む。
男は残った右脚で無理矢理立ち上がるが 重い身体が枷となって盛大に転んでしまう。
「どうですかァ? いつも使える脚がァ使えなくなった気分はァ♪
アァ 大地に足を付けて立てる なんというスバラシさァ♪」
「ふざけやがってぇ!!
こんなのでいい気になってんじゃねぇぞぉ!!」
激昂して脚を掴みにかかるトロール。
その手はジェフリーの右脚を捉え ニヤリと笑みを浮かべると またもや引き寄せて転ばせようとする。
だが 彼の脚は全く動かない。
トロールの怪力をもってしても。
「……あぁ!?」
さっきまでは体は持ち上げられたのに 脚は持ち上げられない。
その事にトロールは軽いパニックに陥る。
今までの相手にはいなかった 力の通じない相手に 経験から導き出される対処が思いつかない。
「ンー♪ 重力を自在に操る魔法はァ ご存知ではアリマセンかァ?
今のワタクシはァ 雄大な大地の如くゥおもォォォい状態でゴザイマァス♪」
そう言ってバトンに魔力を込め 奇妙なポーズを取りながら相手の腕にバトンを触れさせる。
その腕も同様に力が完全に緩み 成されるがままに次々と手足を封じられ 最終的には頭を残して自由を縛られた。
「さてェ これでおあいこ ですねェ♪
ですがアナタにはァ このまま眠ってもらいマァス♪」
「てめぇの顔 覚えたぞぉ!!
次会ったらタダじゃおかねぇからなぁ!!」
「……ンー♪ ワタクシの顔をォ覚えていただくのはウレシイですがァ♪
同じ顔とはァ限らないものでしてねェ♪」
「あぁ!? それはどういう……」
額にバトンを押しつけられ 言葉の真意が解らないまま意識を途切れさせられたトロール。
暴君が静かになったのを見た客は 一様にして驚く。
そして誰かがジェフリーを称えると 皆続くようにして盛り上がり 一種のお祭り騒ぎと早変わりした。
「ホッホッホォ♪ 小さな小さな英雄譚はこれにて完結デェス♪
ミナサマァ♪ どうか僅かばかりのお恵みをォ♪」
手品の如く藁の籠を取り出し フェンに持たせて暫く飛ぶように命令する。
空飛ぶ籠に銀貨が投げ入れられている間に トロールに絡まれた片翼の女性に笑顔で歩み寄って話しかける。
「お怪我はアリマセンかァ?
この方はァ ここでは有名な力自慢でしてねェ♪」
「………」
「ご覧の通りィ ワタクシが大人しくさせたのでェ今は大丈夫デスがァ♪
『掌の上で踊らされる』ことを宣言したのデスけどォ とんだ失態を見せてしまいましたァ♪」
「………」
「モシ♪
シカァシ
「………」
女性は口を開くことはなく 目をやや逸らしてジェフリーの話を聴いている。
その目は 無知によって引き起こしたトラブルに対する負い目が感じられ 明るく振る舞って気遣う道化にどう言葉を切り出そうか考えていた。
ジェフリーは長年の経験と観察眼によってそれを見抜き 調子を変えずに核心に迫る。
「アナタはどうやらァ♪ お悩みをお持ちですねェ?
何もできなかったァ自分の弱さを嘆いているゥ…… 違いマスかァ?」
「……そうではない」
「おやァ? ワタクシの推察がハズレるとはァ♪
ワタクシもまだまだデスねェ♪」
「………」
「おっとシツレイィ♪ シカァシ♪ お悩みはあることは間違いないデショォ♪
コレばかりはハズしたことはァ無いデスからァ♪」
「………」
女性は少し考えた後に軽く頷く。
だが 自分からは話さず ジェフリーの反応を伺っている。
しかしよく考えてみれば ついさっき知ったばかりの素性も知れない道化師に 簡単に悩みを打ち明ける方が不自然というもの。
「ンー♪ 実はワタクシィ あらゆる頼みを引き受けてくれるギルドを知っていましてねェ♪
ソォウ♪ もしかしたらァ アナタの悩みも解決してくれるかもォしれないですよォ?」
「………」
「過去にあった事ではァ お話し相手はもちろんのことォ 剣の稽古にお料理ィ ケンカがしたいなんて人もいましたねェ♪」
「……あなたは そのギルドの一員?」
「おっとォ♪ 少々話しすぎてしまいましたねェ♪
お察しの通りィ ワタクシもそのギルドに身を置いてイマァス♪」
やられたというより 気付いてくれたといった素振りを見せるジェフリー。
彼にとっては言葉すら曲芸の道具や狂言の素材に過ぎない。
あえてギルドのメンバーしか知り得ない情報を喋る事で 自身がそのギルドに深く関係している事を仄めかす。
「ワタクシを初めとしてェ ミナサマは依頼に対してェ全力で取り組みマァス♪」
「………」
「どうですゥ? 実力と実績は保証シマァス♪
誠実に実直に努力してェ『実』を結んだ者が集うゥ そんなギルドデェス♪」
女性は目を瞑って考える。
少し経ってから静かに立ち上がり 頭を軽く下げた。
「……よろしく 頼みます」
エスコートを受け付けるように右手を差し出すが ジェフリーはそれを拒否する。
メイクのせいで表情がまったく読めないが 少なくとも嫌がっているわけではないということは判る。
「ピエロが易々とォ レディの手を受け取ってはイケマセェン♪
アナタに相応しい格好に変えますのでェ♪ 少々お待ちをォ♪」
口笛を吹いてフェンを呼び戻し 銀貨で一杯の籠を受け取ると 突如籠を頭上へ放り投げた。
当然ながら銀貨は滝のように流れ落ち 店内の客は騒然としては突発的な行動を理解出来ずにいた。
そして客は 二度驚くことになる。
銀の雨を浴びたジェフリーは 道化師ではなくラフな服装の初老の男へと変貌していた。
床に落ちた空っぽの籠を拾い そこにフェンがスッポリと収まると 女性の手を優しく取ってやや力強い口調で話す。
「さァてさてェ 行くとしますかァ」
女性は呆気にとられたまま手を引かれ 客達は道化師だった紳士が店から出るのを見届ける。
そして床に散らばった銀貨の方へと目を向けた。
小さな小さな争いが起こるのはまた別の話。
───
「──といった感じでなァ」
「お前 金拾わなかったのかい」
「そりゃあオメェ 今のところ金には余裕があるからなァ」
「いや そうじゃなくてだ」
依頼客を連れてきたことはある意味金を拾ってきたと捉えることもできるが それはそれで話が違ってくる。
相手の納得の行く形の解決をしなければ 金を盗むのと大差はない。
「……それで ジェフはこの人に何かビビッと感じて連れてきたってワケ?」
「そうなるなァ」
「うん で どうすればいいのさ」
「………」
「とりあえず地図……はトビアスが持ってったんだっけか」
「もうこの際ゼンブ見回っていったらイイんじゃない?」
無茶な提案を出すドロテア。
そんな案に乗らないだろうとアルトゥロは却下するが これに代わる案は思いつかない。
どうしようもなくなった時の最終候補として頭の片隅に留めておきつつ 出来る限りの事を思いついては言葉に出す。
そして 最終的に可決されたのは……。
「……うん 本当にいいのか?」
「………」
あちこち散策するだけ という形が採用された。
全てを見るよりかはいいが これでは案内というより散歩である。
しかし女性は特に突っぱねるような言動はせずにその案に乗った。
変わった依頼はたまにある事だが これはこれで別の方向で変わっているともいえる。
「うん じゃあそういう風に承ったとして。
……日暮れじゃあ大抵の店は閉まってるよなぁ」
日が暮れかけている外を見て どうしたものかと というように呟く。
食料品を扱う店は一般的に朝から昼まで営業しており それ以外の店でも夜には流石に閉まっている。
「だったら明日の朝にでも行けばいいじゃない。
この人にはココに泊まってもらえばいいだけだし」
「おゥおゥおォう 今なら無料で旨い夕食とフカフカのベッドが付いてくるぜェ?
ここで逃すとォ損しちまうこと間違いなしィ」
「なんで勝手にタダにするの……。
確かにお金は取らないケド」
元宿屋ということもあり ギルドハウスにはメンバーの個室に加え 客人の宿泊部屋も備えている。
利用することはあまり無いが いつでも使えるようにしてはいるので急な来客にも対応できる。
更にトビアスの持つ工房が隣にあり 蹄鉄や馬車の修理,交換も行えるため そこらの宿泊施設よりもサービスが良い。
「じゃ 夕飯の準備をしよっか」
「うん」
各々調理に取り掛かる三人。
ザワークラウトをはじめ 鳥の串焼きにライ麦のパン エンドウ豆や人参等を煮込んだシチューといった料理が机の上に次々と並べられていく。
この場に居るのは四人だが 料理は五人分。
『常に多く作るべし。急な来客があるかもしれない。多く求められるかもしれない』
とある一流のシェフが残した(とされる)格言である。
「さあ 遠慮せず食ってけ」
その言葉に触発されるように 自由に料理を食べ始める。
日が傾き 徐々に暗くなっていく中 食卓を囲むこの場は明るいままだった。
───
夜が明け 朝日が昇り始めた頃に教会の鐘が遠くで響く。
朝を告げる鐘は民の生活のスタートを表すと同時に 毎日の平和を願う祈りも兼ねている。
鐘の音が鳴る時間は地域差があり 主にスタルニル教を信仰するシュマルドでは午前六時頃に鳴らすのが通例である。
「うん 朝か」
燕麦が入っている袋を片手に一階の広間へ向かうアルトゥロ。
食器棚から鍋を取り出し そこに水,燕麦,砕いた岩塩を入れる。
暖炉に火を付け 鍋を火に当ててから蓋をして 地下に収納してある玉ねぎを取り出した。
「……玉ねぎはなぁ 目にしみるのがなぁ」
なるべく顔から遠ざけて玉ねぎの皮を取り除いていく。
少し涙が出てしまったが この程度なら特に支障はないと考える。
皮をむいた玉ねぎを適当な大きさに切り 少し煮立っている鍋の中へと放り込んだ。
「うん そろそろ呼ぶかな」
二階へと上がり 客人の止まっている部屋に向かう。
そしてそのまま扉に手をかけて開ける。
そこに居たのは 昨日と変わらない姿の片翼の女性。
「おはよーさん。
良く眠れたかい?」
「………」
女性はやや俯きがちに頷く。
起きたばかりなのか 瞼が少し下がっている。
「うん なら良かった。
もうすぐで朝飯ができるから 一階で待ってるように」
「………」
「
うん それと顔洗いたいんなら裏口出たところに水瓶とかあるから」
「………」
必要な事を伝えたアルトゥロは踵を返して階段を降りていく。
その背中が完全に見えなくなってから 女性はようやく部屋から出た。
浮いていると思わせるしなやかな足取りで ゆっくりと一階へ向かい アルトゥロに言われた裏口を目指して歩く。
「うん えーっと レンズ豆はどこだ?」
「………」
ガサゴソと食材を探しているアルトゥロを尻目に裏口を出る。
そこには木の板で蓋をしてある大きな瓶があり 蓋の上に桶が伏せて置かれている。
女性は袖が濡れないように捲り 蓋を外して瓶の中にある水を確認してから桶で掬って すぐさま水瓶に蓋をする。
そして石造りの台の上に水が入った桶を置いて顔を洗った。
冷たくも心地よい水が 寝惚け気味の顔に程よい刺激を与えてくれる。
パシャパシャと軽快な水音が鳴り響くも それはすぐに終わってしまう。
「………!」
洗顔を終え 顔の水気を切ろうとしたが 拭うものを持っていない事に気付く。
辺りを見回しても布らしき影は一切見当たらない。
「……ここで乾くのを待っていれば」
そう呟いた瞬間 ハッとしたように慌てて口を塞ぐ。
何か不味いことをしてしまったかのような表情を見せては裏口の方に目を向ける。
口を伏せたまま暫くすると 遠くの方から足音が近づいてきた。
裏口とは違った方向から来る足音の正体はドロテア。
彼女もまた顔を洗いに来たのだろうと片翼の女性は推測する。
「おっ お客人サン オハヨー」
「………」
女性は伏し目がちに会釈をする。
「いやぁー 向こうでね チョット軽い運動してたらさ お気に入りのクッキー盗まれちゃってねー。
仕方ないから早々に引き上げて来たってワケ」
誰かに訊かれた訳でもなく 一人勝手に弁明するドロテア。
彼女もまた顔を洗い 肩にかけてある亜麻の布で顔を拭く。
屋内に入ることを促そうとしてところで 客人の顔が濡れたままである事に気付いた。
「アレ? 拭くもの無いの?」
「………」
女性がゆっくりと頷いたのを見ると 先ほど顔を拭いた布を差し出す。
「ホラ 貸したげるからさ。
そのままだと風邪引く……のかな?」
「………」
申し訳なさそうに受け取り 濡れた顔を優しく拭う。
当然時間はかからず すぐさまドロテアに返した。
女性は終始無言であり 表情からは憂いが見て取れる。
「ンッ じゃあ中に入っててね。
朝ご飯用意するからさ」
そう言い ドロテアは桶に入っている水を そこらに生えている草木にかける。
女性は言われた通りにギルドハウス内に戻っていった。
扉の向こうでは また別の扉が開く音が微かに聞こえてきた。
───
「イヤ まさかアンタが用意してるとは」
「うん 気まぐれだからな 仕方ない」
だだっ広い机の上には アルトゥロが作った
朝から量が多いものの 多少無視してでも詰め込み 膨れ上がった腹をポンポンと軽く叩いた。
「ンー 動きたくないぃ……」
「そうは言ってられないけどな。
うん さっさと準備して行くぞ」
急かされるようにして催促され 重い腰を上げるドロテア。
二階へと上がる足音が重く聞こえるのは気のせいだと思いたい。
アルトゥロもまた階段を駆け上がり 自室でいつもの重い鎧を手際良く装備していく。
そう時間がかかる事もなく準備を終えた一行は 重い正面扉を開けて 陽が昇り始めたばかりの外へ出た。
まず向かったのは教会。
特にこれといって用事は無いのだが 旅立つ前の祈りとして安全と健康を願う人もいる。
女性が旅人だということは事前に確認しているため そういった事を重視すると見込んで足を運んだ次第である。
教会内の礼拝堂に入ると 丁度毎朝の礼拝を行っている最中であり 遠巻きにそれを眺める。
多数の聖職者だけでなく敬虔な信者も参加しており 一切の無駄なく機械的に行動している。
心の奥底では信心以外の何物でもない清らかな想いを抱いていることは容易に想像がつく。
「うん 終わるまでもう少しかかりそうだなぁ」
時間を潰すために孤児院の方へ向かう三人。
そこでは 親に捨てられたり先立たれて身寄りが無くなった子どもを養っており 随時善意での援助を求めている。
子を養子として引き取るとまではいかずとも 金や食料 消耗品などを与えるだけでも大きな助けとなる。
当然ボランティア同然ではあり 富める者の義務という訳でもないが こういった事に助力する者は少なくない。
孤児院の前には そこに務めている修道士が数人おり 庭の手入れをしたり書物を運んでいたりと朝から業務に励んでいる。
入口のすぐ側にある素朴な木箱の隣にも修道士が立っており 三人の姿を見ると深々と頭を下げて挨拶をした。
一行も挨拶を交わした後 アルトゥロとドロテアは銀貨を数枚取り出して木箱へと入れる。
女性もそれに倣うようにして銀貨を手にし 木箱の上でそっと落とした。
「うん 別に真似しなくてもいいぞ。
路銀に余裕あるならいいけど」
「………」
「まあイイじゃん。
こういうのってスキにすればいいんだし」
修道士の礼という名の定型文を聞き流しつつ 女性の懐事情を心配するアルトゥロ。
少なくとも無理をしているという風には見えない。
粗方時間を過ごした後に礼拝堂へと赴き 形だけの礼をする。
アルトゥロはビアス教徒なので形式のみなのはまだ良い反面 ドロテアはスタルニル教徒ではありながら信仰心はさして強くない。
彼女曰く 本当にいるかどうかわからないのに信じろというのが無理な話 との事だが それでも大っぴらに無神論を語ろうものなら 世間から白い目で見られるだろう。
「うん 特に何かしなくていいのか?」
「………」
返答に困るように眉を下げる女性。
何をしたらいいのか といった言葉が顔に出ている気がしないでもない。
「じゃあ 次行こ次」
「うん」
教会を後にして 次は朝の市場へと進んでいく三人。
既に店が開かれており 騒がしいまでの呼び声が各所から聞こえてくる。
道に沿うように並んでいる店 店頭に置かれている自慢の商品 時折投げ掛けられる謳い文句。
いつも通りの日常を創る要素であり 少し欠けたところでどこかの誰かがいつの間にか補完している。
「何か買いたい物とかあったり?」
「………」
「うん 金は出さないけど まあ値切るくらいなら」
「アンタ値切れるの?」
「いや全く」
不安しかないが 市場の通りをゆっくり歩いていく。
女性が最初に目に止めたのは ペンや紙 インク等を取り扱っている文具店。
その中にある白い羽根ペンを手に取り じっくりと観察する。
「………」
見惚れるように眺めること数分 客に気付いた店主と思しき男性が店の奥からひょっこりと出てきた。
白い髭を生やした老齢のヒトであり 少し腰は曲がっているものの杖は手にしていない。
「おや お嬢さん そいつが気になるのかい?」
「………」
「それはダイサギの羽根で作ったペンだ。
ミルクのような白色が美しいだろう?」
「………」
孫を相手にするような柔らかな物腰でペンの詳細を語る店主。
朗らかな陽の光も相まって まるで祖父の家に遊びに来たかのように和やかである。
「利き手はどっちだい? 左利きならこっちのペンだね」
皺のある手で別の羽根ペンを手に取ってそっと差し出す。
気の利くあたりが人生の先輩ともいえ 伊達に長く生きていない事を伺わせる。
「………」
「確か右利きだったかな?
昨日見たときは右で持ってたし」
隣で見ていたドロテアが記憶を頼りに答える。
「………」
「どうだい? お値段は銀15だよ」
「うん 爺さん 少しばかりまけてくれないか?
そうだな…… このインクと紙をわっちが買うからさ」
値切りといえそうにない妥協案で価格交渉をするアルトゥロ。
店主は意外にあっさりとこれを承諾し 銀12に下げてくれた。
女性は一言も買うとは言ってないものの 欲しかったのか嫌な顔一つもせずに羽根ペンを購入した。
「案外なんとかなるものだな」
「イヤさぁ どっちかというとジイさんが優しかっただけじゃん」
気を取り直して次の目的地(不定)へ。
と歩いてそう経たないうちに 赤黒い衣装に身を包んだ怪しげな人物に声を掛けられる。
普段なら無視して通り過ぎるのだが 不幸にも依頼人が対象と見られてしまい 女性も訝しく思いつつも怪しい人物の招く方へと歩みを進める。
目立たないようにして露店を構えるこの店は 暗い色の布がかけられた台が一つ その上には安っぽい水晶玉とそれを支える小さなクッションがあるだけ。
いわゆる占い所なのだろうが 怪しさ満点の雰囲気のせいで裏しかない占い所にしか見えない。
「ヒヒヒ…… 直感で感じましたよ……。
あなたの不幸な未来が……!」
開口一番 真偽でいうところの限りなく偽に近い未来を告げる占い師のように人物。
女性は顔色を変える様子は見られないが 念のためにアルトゥロが女性の隣に立つ。
これで少なくとも手荒な真似はしてこないだろうと考える。
しかし占い師は怯むことなく手を摺り合わせ 水晶玉に語りかけるように言葉を出す。
「あなたの未来…… この水晶が映し出してくれましょう……。
ベアビヱヒヌザヨ ハムヌ テ イビロヱ……」
訳の分からない呪文のような何かを唱え わざとらしく水晶玉に力を込める仕草を見せる。
水晶には変化は見られず 当然のように何も映らない。
しかし謎の人物には何かが見えているのか 見えているふりをしているのか ポツポツと占いの結果を呟いていく。
「ムムム…… 赤い 水たまり…… いや これは血痕……!
隣にあるのは…… ナイフ…… 血を滴らせた刃……!」
「………」
「それを手に持つ…… 女の人…… 腹が膨らんで…… 子を身篭っている……。
これはこれは…… 苛立った妊婦に刺されてしまう…… 不幸な未来……」
悲しそうな声でまたも謎の呪文を唱えながら 手を摺り合わせている。
かと思いきや 暗く低い声で解決策はあると教示し 台の下をゴソゴソと探って金色の腕輪を取り出した。
「この未来から逃れる方法…… それは この聖なる黄金の腕輪を身につけること……。
古来より黄金は厄除けによって未来を築き 幸福を呼び込んで富を得たという……」
胡散くさい知識を披露しつつ 金色の腕輪を掲げる。
日陰で暗いせいか 輝きがくすんで見える。
「今なら銀8000のところを…… なんと銀6000で売ってやろう……!
これを逃すと機会は二度と訪れん……!」
「………」
困ったような表情でヘルプを求める女性。
それを見るまでもなくアルトゥロが腕輪をじっくりと見て 正体を見定めようとしていた。
「うん これ黄鉄鉱かもな」
「うっ……!?」
不意と図星を同時に突かれたように声が漏れる占い師。
黄鉄鉱── 愚者の黄金とも呼ばれる金属であり 二つ名が示す通り 金と良く似た色合いを持っている。
黄鉄鉱を金と偽る事は良くあり 黄鉄鉱製のアクセサリーが出回るのも不思議ではない。
ただ 見分けられない訳でもなく 被害は思っているよりかは多くない。
「これに銀6000は出したくないなぁ
100でまあまあといったところか」
「し…… 素人に分かる筈がない……!
これが黄金ではないという確たる証拠もない……!」
確かにアルトゥロは貴金属を見極める術を習得してはいない。
ただ アリスから聞いた黄金と黄鉄鉱,黄銅鉱を見分ける薀蓄を思い出し それに従ったまで。
言うなれば 玄人の判断といっても過言ではない と言いたいが 素人目であることには変わりない。
「うん じゃあ ドロテア」
「分かってるって」
後ろでタロットカードを宙に浮かせつつ カードを一枚手に取るドロテア。
彼女お得意の本物の占いを見た占い師の顔に汗が滲み出てくる。
「えーっと 金塊を擦れば土塊が見える。
愚者の黄金は太陽にあらず ってところだね」
「うん つまり?」
「ザックリ言うとニセモノってこと」
「なるほど」
金製でないことが判り 相手が食い下がってくるよりも速く 女性の手を引いてその場を立ち去る。
偽占い師は追いかける真似はせず ただ突っ伏しているだけ。
さりげなく逃げようものならまだ引き止められただろうが はっきりと逃げられてしまってはこれ以上手の出しようがない。
声をかけた相手が悪かったか 単に運が悪かったのか──。
後ろを見ずに早歩きで離れた三人。
暫くしてから通常の歩調へと戻し 再び散策を開始する。
「ああいう手合の輩は無視するに限る。
仮に本物だとしても高いし」
「どっかの貴族が買った金の盾もニセモノだったってハナシだし。
ダマされる人がいるならダマす人もいるってのはなんかモヤモヤするねぇ」
「………」
「うん まあ そうだな」
そのまま歩き続けると 少し開けたスペースに小規模の人集りが出来ているのが見えてきた。
何らかの露店か見世物か はたまた珍しいものでもあるのか。
そう思いながら目をやると なんてことはない ただの道化師のパフォーマンスであった。
ただ その道化が知っている人物であることを除けばの話だが。
「人生はこのボールのようにィ 右へ左へ行ったり来たりィ。
同じ事の繰り返しで成り立ってイマァス」
三つの小さなボールを八の字を描くように投げては受け止める動作を器用にこなす人物 ジェフリー。
それっぽい狂言を語り 観客に飽きさせない行動を見せるというのは 自身の持つ知識と技術を駆使しなければならない。
それを容易くやってのける事こそが 道化としての重要な要素でもある。
「しかァし 少し手を休めるだけでェ……。
アラ残念♪ ボールが落ちてしまいマシタァ」
落ちたボールを彼の手懐けている鷹 フェンに拾わせ 自然な流れでジャグリングを再開する。
そして後ろにある予備のボールを一つずつ追加していき 四つ 五つ 六つと難度を上げていく。
メイクの上からでは判りづらいが 涼しい表情でそれを難なくこなすジェフリーは 手を休めることなく語り続けた。
「あれもこれもと手を出すとォ こォんなにも忙しくなってしまいマァス。
これでは手一杯で打つ手無しィ? いえいえ 手はありマスよォ」
そう言うと六つの内三つを後ろへと放り投げると 投げられたボールは籠の中へ吸い込まれるように収まった。
観客は一様にして拍手をして盛り上がり 道化師の足元にある麻布に銀貨を放り込んでいく。
それを見ていたアルトゥロとドロテアは銀貨は投げ入れないものの 感心して彼のパフォーマンスを眺めていた。
一方で片翼の女性は周りの人とアルトゥロ達の行動の違いに少し困惑しており 軽くキョロキョロと見回しては助言を求める視線で訴えかける。
「ン? どうしたの?」
「………」
銀貨を指先で持ち 麻布の方へと指を指す女性。
金を入れないのか と言いたいのだろう。
「あー まあスキにすればいいんじゃない?
こういうのもダレかに強制されてるワケじゃないから」
「………」
意図が伝わらなかったものの 強制されていないという事に納得したのか 銀貨を五枚放り投げる。
銀の小山にチャリンっと小気味よい音が鳴り 小山の形成に一役買う。
「一度手にしてしまったのならァ それを手放せばいいだけェ。
誰かに手を貸して貰うのもいいかもしれマセンねェ」
───
太陽が真上を通り過ぎた頃に ドロテアおすすめの小料理店で昼食を摂った三人。
可もなく不可もなくといった評価がぴったりであり おすすめというには微妙である。
強いて言うなら 量の割に値段が安いという点だろうか。
「うん 次はどこに行くかな」
三人分にしては少ない額の金を払い 店を出る三人。
当ても無いまま歩く事こそ散策なのだろうが 流石にただ歩くだけなのは味気ない。
「いつもならギルド局に行くんだけど 今日は勝手がチガウしねぇー」
「うん」
「………」
依頼客が目の前にいる状況で 新たな依頼を探すことに気が引ける二人。
総合ギルド局に向かうことに女性が提案するのならまだしも こちらの都合で行くことにイエスと頷くのは彼女の本意ではない。
しかし 女性の依頼内容は『街を散策すること』
局に行くのもいわばその範疇に入るが屁理屈に過ぎない。
「はてさて どうしたものか……」
悩みながら歩いていると 後方から叫び声が響き渡る。
後ろを振り返ると 箒をもった四十代そこらの女性が走っているのが見える。
「待ちなさいー! この泥棒!」
そう叫びながら箒を高く振り上げ アルトゥロ目掛けて勢いよく振り下ろした。
突然の出来事にアルトゥロは対応できず 成されるがままに何度も叩きつけられる。
「うん なんだなんだ?」
「泥棒! ドロボー!」
「落ち着けおばさん。
人違いじゃないのか?」
言葉が聞きいられることはなく ただただ箒をバシバシと振り回されるだけ。
流石に尋常ではない雰囲気を感じたドロテアは 錯乱している女性を羽交い締めにして無理やり引き剥がした。
力量の差はあるとはいえ 獣の如く暴れ回る人を抑えるのは容易ではない。
「チョット! 落ち着きなさいって!」
「なんで私なの!? 離しなさい!」
騒ぎを聞き付けた人達が次第に集まっていき 更には巡回中の兵までもが駆けつけてきた。
それを見た年配の女性は 誰が言うよりも先に声を荒らげて言葉を出す。
「そこの! そこの鎧が私のネックレスを盗んだのよ!
返しなさい この泥棒!」
憲兵の嫌疑の目はアルトゥロに向けられ 人々の視線も冷ややかなものになっている。
ここで否定したとしても信じてくれるのは共に行動していた二人だけだろう。
だが 黙っていては罪を認めるようなもの。
否が応でも抵抗しなければならない。
「うん だから人違いだってさ。
なんなら鞄の中身をひっくり返してもいいし ボディチェックも拒否はしない」
鞄を大衆の面前で確認され 装備も次々と外されていくアルトゥロ。
公開処刑同然ではあるが 誤解が解けるならそれでよく 冤罪で捕まるよりかはましだと自身に言い聞かせる。
隣では片翼の女性が不安そうに見ており しかし距離を取ることもなくただじっと見守っている。
当然ながらアルトゥロからネックレスなど出てくる筈もなく どういうことかと憲兵は首を傾げて被害者に尋ねる。
「本当にこの人で間違いないですか?」
「こいつが盗んだんだ!
鎧を来てるから間違いない!」
「しかし この方からは盗品が見つからなかったのですが……」
「そんな筈はない! 確かに盗んだ!」
「……と 言ってますが?」
「うん そう言われても盗んでないし 盗むほど困窮してるわけでもないし」
事態は一向に収束せず あろうことか共にいた二人にも疑念が抱かれる。
ドロテアは心底うんざりした顔になるも 抵抗する素振りは見せずに年配の女性を解放し おとなしく検査に応じる。
その間 アルトゥロは鎧を装備しながら申し訳なさそうに言う。
「なんか面倒事に巻き込まれてごめん」
「………」
「……うん そりゃ怒るわな」
「……そうではない」
沈黙は怒りではないと否定する女性。
そしてそのまま 続くように言葉を発する。
「……犯人は現場に戻るとよく言われるけど 実際はどうかしら?」
「うん?」
言葉の意味を考える前にドロテアの検査が終わり 次は女性の番となった。
兵が目の前に立ったその直後 一戸隣の場所で重い物が落下する音が鳴り響いた。
皆一様にして驚き 音が鳴った方向へ目をやると 金属の鎧を身にまとった人物が横になっていた。
石の床に亀裂が走っていることからも この人が落ちたと判るが なぜ落ちてきたのかまでは判らない。
「あーっ! こいつよ!
私のネックレスを盗んだのは!」
被害者がそう叫ぶと箒を手にし またバシバシと叩き始める。
憲兵が慌てて攻撃を止めさせ 落ちた鎧の懐を探ると 小さな宝石をあしらったネックレスが出てきた。
晴れて誤解も解かれ 人々の囲いも散り散りになったあたりでようやく三人も解放された。
「うん…… まあ牢の中で過ごすはめにならなかったと思えばいいか」
「だからって謝罪もナシなのはどうなのさ」
「………」
「この人の安全が第一だし 襲われたのがわっちでよかったし」
「アンタが鎧じゃなかったらソレすらもなかったワケだけど」
「うん そこまで言われちゃどうしようもない」
降参の意思を見せるように左手を挙げ そそくさとその場から離れていく。
その背中を追いかけるようにして二人も続き 一刻も早く事件から遠ざかる。
逃げるようして街のはずれにある川沿いまで来た三人。
丸太を半分に割っただけの長椅子に腰掛け 何をするわけでもなくただただ流れる川を眺め始めた。
「……うん 泳ぎたいな」
「泳げばいいじゃん」
「兜が外せたらそうするさ」
「……あえて訊くけど なんで外せないの?」
「うん そうだなぁ。
爪を剥がせないようなもの と言えば分かるか?」
「わかんない」
呪われた(?)兜談義をしつつ 川のせせらぎに包まれながら悠久の一時を過ごす一行。
束の間の平和にも感じる穏やかな時間は 川の流れのように過ぎていく。
「ところでさ アナタはドコの生まれ?
その…… 翼がスッゴイ気になっちゃってさ」
「………」
「まあ言いたくないならいいよ。
ダレだって話したくないコトとかあるし」
青空を見上げて諭すように言い放つドロテア。
彼女自身にも何か隠している事を示しているのか。
「うん ドロテアにもあるのか?」
「そりゃモチロン」
「どんな?」
「ヒミツ」
「うん 知ってた」
そう易々と話してしまっては秘密とはいえない。
心の奥に秘めているからこその秘事であるのだから。
しかし いつしかこれを共有することを許せる人が出来たのならば 価値ある秘密になりうるだろう。
───
日が暮れるよりも前にギルドハウスへと帰ってきた三人。
人の流れも少しずつ減っていくその様は 夜が訪れる事を示唆している。
重々しい扉を開け 誰もいないホールを横切って丸見えの応接室へと向かう。
「うん 今更だけどこんなので良かったか?」
「………」
迷うことなく頷く女性。
最初の頃と比べてみると 堅苦しい表情には見えなくなっている。
納得いったようで安心し 簡単な手続きを終えてようやく依頼を完遂した。
「これでオッケーっと。
最初に言ったように アタシ達ウェルドはどんな依頼も受けるからね」
「うん 宿泊も旅の護衛も承るさ。
まあ 専門ではないからその分色々と劣るけど」
「………」
特に追加の依頼をしてこないと見て 玄関前まで見送ろうと立ち上がる二人。
女性は拒む仕草は見せず 素直に応じるように続き ゆっくりと屋外へと出てこちらを見つめる。
「………」
傾きかけた日差しに照らされる姿は 儚くもありながら消え入る事の無い存在感を放っている。
そして 微かに微笑んで頭を下げ 礼を告げた。
「……ありがとう」
踵を返して真っ直ぐと歩くその背中を 二人は見えなくなるまで見送る。
もう視認出来なくなった当たりで ようやくアルトゥロが口を開いた。
「すごく今更だけどさ」
「なに?」
「あの人の名前 訊いてないよな」
「……ホントに今更だね」
[不思議な何か]
─ナイセルの凍結書
とある小屋にて発見された本。
しかし 表紙には何も書いておらず 更には何が書かれているかも判らない。
というのも 字が読めないのではなく 肝心の書が時間が止まっているかのように宙に浮いており 物理的干渉を受け付けないが為に開かないのは勿論 斬ることも燃やすことも 果ては動かすことさえかなわない。
ただ判明している事と言えば プレートに書かれてある『ドクター・ナイセル』の小屋で確認された事のみ。
─水嫌いの枯れ木
水を掛けると 触れる前にたちまち蒸発するという不思議な木が存在する。
枯れているのだが朽ち果てる様子は無く 雨も周囲一体は一滴も降らない。
その為 その枯れ木以外に植物は生えておらず 不自然なまでに生えている一本の木は不気味にすら感じるとまで。
更に恐ろしいのは 全ての水分を蒸散させてしまう点。
植物もそうであるなら生物も例外ではなく 近付けば最後 ミイラに成り果てるだろう。
─無のガーディアン
ある遺跡を守護しているゴーレムであり 一般的な人型とは違い 性能を重視したであろう六脚型が採用されている。
通常 ゴーレムとは文字と動力源 岩や鉄などの無生物から成り立っており 一つでも欠けてはゴーレムとして成立しない。
しかし 無のガーディアンは文字が見当たらず ゴーレムに有効である 文字を消すという事が不可能であり 更に恐るべき強さも相まって動力源を抜く事も厳しい。
そんな動く無機物を前に『文字も何も無い 存在しない 無が動いている』と誰かが口にしたことから 無のガーディアンと呼ばれている。
─絶対の聖剣
もし あらゆる防護も貫通し どんなに速い回避も全て捉え 剣の心得が無い者でも必ずダメージを与える武器があるとするなら この聖剣が該当するだろう。
絶対の名が示す通り この剣を振るいさえすれば絶対的に相手の身体に当たるという。
かつて 聖剣を巡って争いが起こるほどになった代物であり 現在ではとある貴族が所有している。
そんな凄まじい剣であるのだが 唯一の欠点は手で軽く叩いた程度のダメージしか与えられない事か。