[過去に受けた変な依頼]
─修繕
ウェルドのギルドハウスの門扉を修理したいというよく分からない頼みをしてきたエルフの男性。
とりあえず承り 様子を見ること数分。
あちらこちらを見て触っただけという結果に。
─試食
謎の料理を引っ提げてやって来たヒトの女性。
ドロテアが味見をして思った通りの感想を述べると 特に何の反応も示さないまま帰っていった。
そんな出来事が七日連続で起こったという。
─訪問販売
芸術といえばそれっきりの下手な絵を持ってきたオークの男性。
あろうことかその絵を高額で買い取れという依頼をしてくる始末。
快く引き受けたイヴェットは そのオークにとてつもない金額の依頼料を笑顔で請求した。
─未来予知
十年後の予想が当たった方が勝ちという勝負を依頼として持ちかけたコボルト族の男。
とりあえず受託し 十年後にまた来ると言い 去っていってそれっきり。
彼の来訪まであと七年。
「二人共~ 見て見て~!」
アルトゥロとドロテアがギルドハウスの屋根を修繕していると 下にいるアリスが声を掛けてきた。
こちらに手を振って隣にある馬車を指しているが これだけでは何が言いたいのか判断出来ない。
一旦作業を中止し 鉄の鎧ではなく革の作業着を着ているアルトゥロがドロテアを担ぎ 重力魔法を駆使して屋根から降りた。
「うん どうした?」
「何かあったの?」
ニコニコと笑顔で馬車を見せるアリス。
一頭の馬に 正面がひらけた形状の幌 前部に運転席がある四輪の荷車。
一般にバギーと呼ばれる馬車である。
「ぬふふ~ 聞いて驚け~。
わちき ついに馬車を買ったんだ~♪」
「ヘェ 馬車をねー……。
……えっ?」
ドロテアは驚きのあまり 持っていた金槌を落としてしまう。
ガキンっと鉄の塊が石の床に落ちる音が響いても拾うことはせず 馬車とアリスを交互に見る。
一方アルトゥロは予め知っていたかのように反応が無い。
「ウソでしょ? 買ったの?
馬車を? えっ?」
「前に買う買う言ってたけど そうかぁ。
ついに買えたかぁ」
「ん~? 言ったことあったっけ~?」
「うん いつだったかなぁ 皆でワイワイご飯食ってた時にポロッと言ってたのを覚えてる」
「う~ん…… わちきは覚えてないや~」
馬車は資産の一つとしても遜色なく これを持つことは財があることを示すといっても過言ではない。
荷車のメンテナンスや馬の管理に金がかかる事からも 金銭面に余裕があることが窺い知れる。
個人で持つには持て余す程でもあり 普通は貴族が権威として所有したり 職に馬車を用いる等が一般的である。
「でもこれで やっとわちきも一流の商人に近付いたんだ~。
目指すはキャリー様のような豪商に~」
キャリー様という人物は 商人の界隈では知らぬ者はいない程に有名な
アリスがまだ行商人ですらなかった頃 名が売れだしてから間もないキャリーに助けられ それがきっかけで商人の道を選んだという。
「相変わらずキャリー様とやらに一途なのな」
「もちろんだよ~。
あとねあとね もうすぐあの時期だからさ~ 一緒に行こうよ~」
「うん?」
「ほら~ あれからもう五年経とうとしてるんだよ~?」
「あぁ なるほど。
うん 暇だし行くかな」
「……チョット 屋根はどうするのさ?」
気を取り戻したドロテアが 屋根を見上げながら訊ねる。
落とした金槌のことは忘れてしまっているようだ。
「うん 板を打ち付けとけばいい。
そうすぐには影響ないだろうし」
「そんなテキトーで……」
「依頼じゃないし」
「そうだけども……」
「特別にわちきの馬車に乗せてあげるよ~。
アルとどろちーがお客さん第一号と第二号だよ~」
「うん そいつは嬉しいな。
なあ お客さん第二号」
「なんでアンタが一号なのさ……。
イヤ どっちでもいいケド」
───
オーヴィネポリを代表する中心街 トレッコ。
田舎から来た者なら あまりの大都市に腰を抜かすこと間違いなしであるこの街は 声が上がらない日が無い程に商いが行われている。
特にトリエトラ大広場を中心とした十字路では 選ばれた者のみ店を構えることができるという話であり 商人の間では正に聖地とも言える場所である。
この世界では種族の壁はあまり無いのだが ここオーヴィネポリでは壁など無いに等しい。
種族とは見た目や性質の違いでしかないと割り切る というよりそれが常識だと思う者が殆どであり またそうやって育ってきた者は他国での思想の違いに驚くことも。
左を見れば自分とは違う種族の者が 右を見ればまた違う人間が。
オーヴィネポリ国民にとっては 種族とは性別のような『区別』でしかないものである。
「うん ここに来るのも久しぶりだな」
「五ヶ月くらい前だったっけ?
伝説のー…… エクリサみたいなのが欲しいって頼まれて」
「エリクサーっていう薬だよ~。
万病を治す薬だったり~ 不老不死になる妙薬だったり~ けっこう曖昧だけど~」
「ま そんな物は見つからなかったけど。
仮にそんなのあったら売ってくれるかどうか」
「わちきだったら ものすご~く高く売るかな~」
他愛のない雑談を交わしながら トリエトラ大広場へと歩く三人。
よく見ると 人々の流れも大広場へと向かっている。
それもその筈 この国では他国にはないイベント 王の立候補者たる人物の演説が行われる。
オーヴィネポリは他国同様 国王がいるが 世襲ではなく民衆の信任によって選ばれた者であり 六年毎に国王が入れ替わってはその都度お祭り騒ぎになっている。
建国時代では期間は無かったが 次第に十年,八年と短くなっていき 最終的には六年に落ち着いたという。
基本的に立候補者は富と権力のある商人ばかりで 商売に生きてきた者達からすれば 物の売買から道を逸れ 他人の商売を手助けする道を進む事になる。
流通の確保 物価の調整 違法の取締 他国との交流……。
『商売を商売する代表者』それがオーヴィネポリの国王である。
「ウワッ すっごい集まってる」
「前が見えないや〜」
大広場は既に大勢の人間が密集しており 自由に動くこともままならない。
それだけでなくトロールやオーガといった一回り大きい種族もいるため 広場の中央を満足に見る事も出来ない。
「どろちー 肩車して〜」
「えぇっ? そんな子どもじゃあるまいし」
「わっちがしてやろうか?」
「アルはゴツゴツしてるからいいや〜」
仕方なくといった体で肩車をするドロテア。
大きな荷物はアルトゥロに預け 一人悠々と高所からの眺めを堪能する。
広場には有名な商人が十人ほど確認でき 中央の高台には国に仕える兵が数名と 宮廷魔導師と国王が立っていた。
「あぁ〜 キャリー様〜」
うっとりとした表情で甘えるように呟くアリス。
キャリーなる人物は太ったリザードマンであり 見ようによっては地竜にも見える。
魔導師が水晶のように透き通る杖を国王の前に掲げながら膝を付き それを前に国王が喋ると 声が拡散して響き渡る。
具現魔法で音を拡大するようにしてあり 魔導師はそういった役割を担っている。
王が語る内容は至って普通であり 形式的でありながらも多少の冗談も交えつつ進行していく。
「──であるからにして 次の冠を戴く者を決めるのは私ではなく民の役目。
国民なくして国は成り立たず また国もなければ王も何もない……」
長い長い前置きも終点が見え ついに立候補者の演説が始まる。
最初に壇上に上がったのは
外見は羽の生えた少女のようだが 実に三十年の実績を持つ人物であり「癒し」を売るアロマセラピストとして名が知れ渡っている。
「あー あの人の作ったアロマオイル スゴイ人気だよねぇ」
「わちきも使ったことあるよ〜。
ふわふわいい香りでぐっすり眠れるよね〜」
「うん そうなのか。
今度買ってみるかな」
「カンタンには買えないよ?」
ピクシー族の女性の演説は聴くだけでも落ち着き 癒される声色の響きは さながら耳で聴く芳香といったところか。
彼女の熱弁の内容をまとめると 争いは心を荒ませ 荒んだ心が争いを生む負の輪廻。
ならば それと逆の行動をすれば平和になる 即ち癒されれば争いは無くなる といった旨である。
大歓声代わりの拍手が鳴り その音に包まれながらピクシーは壇上を降りた。
次に上がるのはコボルト族の男性。
筋骨隆々の身体が自慢の彼は 石工も兼ねている工芸品専門の商人である。
採石はもちろん運搬も自身で行い そうして彼の手によって創り上げられた作品は 非常に豪快でありながら極めて繊細なデザインが施されているという。
また 拘りのある自分の作品だけでなく 依頼されれば条件通りに仕事をこなす誠実さは 石と真剣に向き合う彼だからこそ出来る芸当である。
「なんで作業着なんだ」
「あの人にとっては アレが正装なんだってさ〜」
「騎士の鎧がフォーマルであるように 私にとっての正装は作業着しかない だったっけ?
栄誉賞だか何だかの時にあったじゃん」
「うん 知らない」
屈強な見た目と野太い声でありながら言葉遣いは丁寧であり 数多の有権者を相手に商売してきた事を伺わせる。
石の如く固い意思を持つ彼は 創作の素晴らしさと思い描く理想は無限であり またそれらは形作ることが出来ると豪語する。
その事を広めるために立候補した という言葉で彼の演説は終了し これまた千差万別からなる拍手が鳴り響いた。
三人目 四人目と壇上へと上がっては降りていく光景が続くが アリス待望のキャリーの出番は未だ来ない。
その事に痺れを切らしたのか ドロテアの肩の上でゆらゆらと揺れている。
「うぅ〜 キャリー様はまだ〜?」
「はあ……」
「並んでるのならだいたい判るんじゃない?」
「う~ん…… 一番後ろにいる〜……」
「あと あんまり揺らさないでよ。
コレでも必死にバランス取ってるんだから」
その後も小さく揺れながら待ち続け ようやくキャリーの前の人物の演説が終了した。
その途端に顔に万面の笑みを浮かべ 興奮気味にドロテアの頭をぺしぺしと軽く叩いて呼びかける。
「ほらほら〜! キャリー様の番だよ〜!」
「分かった 分かったから!
叩かないで! 暴れないで!」
のしのしと階段を上がる太ったリザードマンは まるで邪竜が登場する劇のシーンにも見え さながら咆哮を轟かせる為に這い上がったかのように錯覚させる。
しかし 杖の拡声器を前に発した声は ごく普通の男性の声である。
少し嗄れた低い声が響く中 その声を聞いたアリスは怪訝な顔をする。
「ん〜? キャリー様の声 少しおかしいような〜……」
「うん 歳も取ってるだろうし 声が老いてても不思議ではないと思うけどな」
「そうかな〜?」
「ただ アリスの知ってるキャリーの声は知らないからな。
憶測に過ぎないさ」
彼の演説の内容は 要約すると交易の規模を更に拡大させたいとの事。
キャリーが運営しているギルド 仙人掌商会をはじめ 一個人すらも世界的な貿易の一部になるという大きな目標を掲げている。
立候補した者はいずれも皆 自らの得意とする分野を重点的に強化する目的だったが 彼だけは商業の要素であり手段でもある『交易』を重視している。
「やっぱりキャリー様は考えることがすごいや〜♪」
「そんな事 実現できるのかなぁ」
拍手に包まれながら深々と頭を下げるキャリー。
杖を持った魔導師が半歩下がり キャリーに壇上を降りるよう指示を出す。
しかし 彼は頭を下げたまま微塵も動かす素振りを見せない。
かと思いきや そのままの姿勢でばたりと倒れ伏した。
「えっ……」
豪雨の如き拍手に包まれていた大広場は刹那 静寂に包まれる。
そして 誰かが悲鳴をあげたのが引き金となり 辺りは大混乱に陥った。
逃げ惑う者 呆然と立ち尽くす者 他人を宥める者──。
そんな中 倒れたキャリーの下に果敢に向かっていったアリス。
ドロテアの肩から飛び降り 乱れる人混みを掻き分け 脇目も振らずに壇上を駆け上がっては大声で呼びかける。
「キャリー様……! キャリー様!!」
「………」
声を掛けても揺すっても反応せず ただ苦しそうな表情を見せるだけ。
そんな彼を見たアリスは自然と涙が溢れるが 拭うこともせずにひたすら名前を呼び続ける。
───
「……情報が少なすぎるため 過去の症例だけでは特定は難しいかと」
「そんな……!」
患者を一旦 近くの宿屋へ急遽運び ひとまず被害の拡大は抑え 現状の改善に努めることに。
石工のコボルトとドロテアの二人で宿の一室へ慎重に運び入れ 頑丈な白樺のベッドで横にさせるも 苦しげな表情は変わらない。
更に症状を特定しようにも 目立った外傷も無ければどこかを抑えるわけでもなく 患部を探すために全身隈無く指で押しても呻き声一つ上げない。
医師も匙を投げかねないが 早々に諦めるわけにもいかない。
苦痛を和らげる薬の材料として薬師が必要だと言う薬草を持ってくるため ドロテアは宿を飛び出し アルトゥロは別の観点から原因を探ろうとキャリーの身体を調べ始める。
アリスはただじっとキャリーの手を握りしめて涙を堪えている。
「……キャリー様」
いつものふわふわとした喋り方ではなく 怯えるような細々とした声をだすアリス。
彼女にとってキャリーは尊敬する人物であり 道を示してくれた人とも言える存在とくれば 不安に満ち溢れるのも至極当然というもの。
悲しみを抑え込むだけで精一杯である。
「……うん うーん。
リザードマンの身体ってのはよく分からないな」
緑色の鱗に覆われた体は ちょっとやそっとでは傷付きそうにない。
鱗の無い腹や関節の内側を注視するも やはり気になる点は見当たらない。
外傷が無い 即ち物理的な攻撃でないとくれば 疾病,服毒,精神や体調の異常等が考えられる。
「うん 確かに情報が少なすぎる。
目を覚ましてくれるだけでも全然違うんだが……」
「………」
胸を微かに上下させるだけのキャリーを見ながらそっと立ち上がる。
そして部屋を出る直前で 俯くアリスに声を掛けた。
「……わっちは外で情報を探ってくる。
何かあったら直ぐに呼んでくれ」
「……うん」
静かに閉じられた扉の音は 沈黙が支配する部屋の中では嫌でもはっきりと聞こえる。
しかし 今の彼女にはそれすらも届かず 感じられるのは両手で握っている彼の手の温もりだけ。
一時でも離してしまえば 冷たくなってしまうかもしれない。
その考えだけが手を離すことを許さなかった。
───
「……とは言ったものの どうしようか」
人が倒れるという事件が起きたトリエトラ大広場は 人影が殆ど見当たらず 酷く寂れた雰囲気が感じられる。
たまに通る者はいれど 避けるようにしてそそくさと通り過ぎるだけであり 誰も近づこうとはしない。
「うん 普通ならあの台を調べるんだが……。
白い目で見られたくないし 聞き込みからかな」
独り言を呟きながらぐるりと見回し 閉店していない店を探すアルトゥロ。
その中の一つに気になる看板を見つけ 迷うことなく足を運ぶと ふんわりと優しい香りが漂ってくるのがわかる。
その匂いに確信を持ち 店先で中を覗くと 溜め息をつきながらハーブを選別しているピクシー族の女性の姿が見えた。
先程の演説にもいたその人物は 鉄靴での足音に気付いたのかこちらを振り返り 笑顔で接客に応じる。
「いらっしゃぁい ここはミランダ・オライリーのお店よぉ」
ミランダと名乗ったそのピクシーは 屈託のない表情を見せるが どことなく声に力が感じられない。
条件反射で迎えたものの 心に余裕が無いといったところか。
「うん 買いたい物があるんだけど」
「あらぁ 何かしらぁ?」
「情報だ」
「情報?」
その言葉を聞いて少しの間考え 何かを理解した顔になると首を横に振った。
話せることは何もないのか それとも何かを隠しているのか。
「残念だけど わたしは何も分からないわよぉ。
キャリーさんの事でしょぉ?」
「うん。変わったところとか 誰かと話してたとか そんなのでいいんだ。
何か無いか?」
「そう言われてもねぇ……」
目を閉じて記憶を遡るも 特筆すべき点は思い当たらない。
それどころか彼女は 自身の緊張を和らげるためにずっと精油の匂いを嗅いでいたので 他人の行動を全く見ていないという。
そうだとすれば 言い方は悪いが情報としてはあてにならない。
「うん じゃあ直接見てもらうしかないかな。
わっちには分からない何かに気付けるかもしれないし」
「あらあら?」
「勿論
そうだな…… あの人気のアロマオイル それを買おう」
「あらぁ ゴコクオイルをぉ?
別にいいけど 一ヶ月は待たないとぉ」
「うん? 一ヶ月も?」
油を買うだけで一ヶ月も待たされるという疑問をぶつけるアルトゥロ。
少し考えればそれほど需要が多いという事ではあるのだが 今の彼にはその答えに結びつくことはない。
ドロテアが言っていた 簡単には手に入らない という情報を思い出すのも少し後になる。
「これでも早い方なのよぉ。
昔なんて三年待ちなんて事もあったわぁ」
「……それで商売が成り立つものなのか」
「流石にそれだけで食べてた訳じゃあないけどぉ。
でも やっぱり客足は伸び悩んだわねぇ」
「うん しかし今では一ヶ月で済んでると。
凄い技術か何かを身につけたとか?」
「いいえ 全ては素材が少なすぎたから作れる量も少なかっただけ。
キャリーさんが流通を確保してくれたお陰で 量産も可能になったのぉ」
彼女の話と演説でのキャリーの姿を合わせると 他人の為に行動する人物である事が伺える。
アリスが彼を慕っているのも頷ける。
「……話が逸れちゃったわねぇ。
さっきの件 受けてもいいけどぉ 少し待っててくれるかしらぁ?」
「うん?」
「ゴコクオイルの材料を厳選してる途中でねぇ。
抽出器に入れるまで 待っててもらえる?」
「うん うーん……。
……まぁ いいかな」
向こうで何かあればアリスが駆けつけてくるだろうと考え 彼女の作業を見守ることに。
その間 アルトゥロは邪魔にならない程度に店内を見て回ったり 質問をしたりする。
「そのゴコクオイルとやらは どんなのを使ってるんだ?」
「そうねぇ 色々使ってるけどぉ 重要なのはソラの実かしらぁ」
「ソラの実?」
「そうよぉ 綺麗な水色の果実でねぇ 木は標高の高い山でしか育たないのよぉ。
場所が場所だけに採りに行くのも大変らしいわぁ」
「それも キャリー氏によって安定した供給が?」
「そうなのよぉ」
話しながらも素早く的確にハーブを仕分けるミランダ。
すぐ終わりそうに見えるが 大きな木箱の中から溢れんほどの素材が見えており この一箱が空になるのにどれほど掛かるのか。
そう考えながら ただただ時間を潰していった。
───
「あらぁ 意外と近いのねぇ」
欠伸が出るほどに長かった作業もようやく終わり キャリーを安静にしている宿屋へと向かった二人。
ミランダも流石に歩いて数分の距離だとは思わなかったようであり 緊張しているのか深呼吸を繰り返している。
静かに廊下を歩き 音を極力立てないよう部屋の扉をゆっくりと開ける。
目に映ったのは 変わらず顔色の良くないキャリーと 彼の大きな腹に頭を預けるようにして突っ伏しているアリス。
「うん…… 寝てるのか?」
最初は泣き疲れて寝ているのだろうと思い 顔を覗き込む。
しかし 彼女の表情はとても安眠しているとは言えない 苦痛に苛まれる顔になっている。
言うなれば キャリーと似た境遇に陥っている。
「うん 何だってんだ……!」
只事ではない自体を察知したアルトゥロは すぐさまアリスを引き剥がし 荷物置きとなっていた空きのベッドに寝かせつつ荷物を床の上へと置いていった。
ミランダは今ひとつ状況を飲み込めてはいないものの アルトゥロの頼み通り キャリーの容態を慎重に確かめる。
「感染症の類いか?
うん だけどこんな短時間で発症するものなのか」
丈夫な椅子に腰掛け ブツブツと呟きながらアリスを見る。
キャリー同様 見た目に変化は見られず 苦しそうに眉をしかめているだけ。
どこかを抑えるわけでも痛がるわけでもなく 悪夢に魘されるかのように表情だけが苦しさを表している。
「……呪術だとしても アリスにまで影響する理由が分からない。
触れる事が条件なら他にも触れたのはいるし 何より発現に時間差がある」
彼なりに考察するも こじつけたような原因に行き着き とてもではないが現実的ではない。
呪術の何たるかを全て知っている訳ではないが 基本的には身体の一部や所有物などの対象に関わる物が必要であり 対象以外に影響する事は少ない。
だからこそ 現状の悪化に驚きを隠せず 視野が狭まってしまったが為に頭を上手く働かせられずにいた。
「うん 分からん……」
「あらぁ どうしたのぉ?」
脳内で白旗が上がったところで ミランダから声がかかる。
それと同時に部屋の外でバタバタと走る音が鳴り響く。
入口の前まで来たかと思った矢先に勢いよく扉が開かれ 麻袋を手にしたドロテアが息切れしたまま入ってきた。
「ハァ ハァ…… ハァ……!
お 遅くなっちゃった! コレ 薬草……!」
「あらあらぁ 随分お疲れねぇ」
「あ アナタ は……? ヘァ…… ハァ……」
ミランダの姿を見たドロテアは 恐らくは驚きたかったのだろうが ヘナヘナと膝から崩れ落ちて情けない声を漏らす。
隣の部屋にいた薬師が何事かと様子を見に来ており その事に気付いたドロテアが腕だけをあげて薬草を渡そうとしていた。
「うん とりあえず病人(仮)がいるんだから静かにな」
「ごめんゴメン……。
それで…… 何か分かったの?」
「うん 分からないという事が分かった」
「ダメじゃん……」
「現状はな。
今からこの人の情報が役に立つかもしれない」
そう言い ミランダの方へと視線を移す。
彼女はやや困ったような顔をしており 少なくともいい予感はしない。
「結論から言うとねぇ……。
わたしにも分からないわぁ」
「………」
「だけど 似たようなのなら知ってるわよぉ」
「うん?」
「魔力切れ…… それも殆ど残っていない状態よぉ」
種族での違いはあれど 魔力無くして生きる事はまず有り得ない。
しかし 通常は魔力を消費する行動さえしなければその点を気にする必要はない。
例え魔力が尽きたとしても 死にさえしなければ自然と回復するものである。
「だけど キャリーさんの場合 空っぽのままと言った方がいいのかしらぁ?
こんな事 聞いたこと無いでしょう?」
「確かに…… 回復しないってオカシイよね……?」
「……魔力が戻らない か。
うん うーん……」
アルトゥロは新たに得た情報を基に考察を再開する。
複雑な条件に合致する 不可解でありながら辿り着ける答えを求めて。
(倒れたのは演説中……。
その直前は活動できる程度の魔力はあった筈)
「なんだろ 働き過ぎとかでカラダを壊しちゃったとかかな?」
(問題は倒れた時 なぜ魔力が無くなったのか?
あの水晶の杖は魔導師が持っていたから 発言者の魔力は関係ないし……)
「キャリーさん 働き者ですものねぇ。
でも 流石にこんな大事な時期に無茶をする人ではないわよぉ」
(魔力が切れた…… 減った?
減り続けている?)
ここまで考えたあたりでアリスの症状を確認していないことに気付くアルトゥロ。
すぐさまミランダに確認するよう頼み込む。
「うん アリスも魔力切れだったりするのか?」
「えっ アリスも!? 倒れたの!?」
「うん そこに寝かせてある」
「あらあらぁ」
落ち着いた物腰でアリスに近付き じっくりと確認していくミランダ。
傍から見た程度では ただ見たり触ったりしているようにしか見えないが 彼女にはしっかりと判別出来ている。
「なるほどねぇ」
「うん どうだ?」
「この子も魔力が無くなって倒れたみたいねぇ。
でも 回復はしてるみたいよぉ」
「アリスは魔力切れだけ……。
……これは」
「何か分かったの!?」
「うん 待て。確信を持ってからだ」
更なる情報から考え直すのかと思いきや キャリーが身につけているアクセサリーを片っ端から外していく。
追い剥ぎ同然の強行に出たアルトゥロを前に 二人は傍観する。
傷つけない程度に床に並べ終えたあたりでようやくドロテアが詰まっていた言葉を発した。
「イヤ チョット 何してんの!?」
「うん 見て分からないか?」
「分からないから訊いてるのさ!」
「うん まあ見てれば分かる」
そう言い放ち 鞄の中から掌大の黄色の魔力結晶を取り出し 剣の鍔で手頃な大きさに砕き割る。
結晶の欠片を慎重に摘み 並べられた装身具の一つにそっと乗せる。
「………」
「……何も起きないじゃん」
「はずれかな」
変化がないと判断し 次のアクセサリーに同じ要領で乗せ 何もなければまた次へと繰り返していく。
すると ターコイズが埋め込まれた腕輪に乗せた魔力結晶がじわりじわりと小さくなっていき 終いには溶けたかのように影も形もなくなった。
「えっ!? どういうこと!?」
「うん やはり。
この腕輪が原因だったか」
「ちょっとー! アタシにも分かるように説明しなさいよー!」
「ざっくり言うと この腕輪が魔力を吸い取っていたってところだ。
外した時点で回復し始めてるだろうけど……」
待てないと言わんばかりに余った魔力結晶をどんどんキャリーに触れさせて吸収させる。
しかし 濃度の低い物ということもあり そう簡単に目覚めはしない。
「……なんか雑じゃない?」
「うん そりゃまあ 誰かに頼まれてる訳でもないし」
「だからってケガ人? 病人?には優しくしないと」
「あらあらぁ。
でもよく元凶が分かったわねぇ」
「うん。
ただ 少しな……」
腕輪を拾い上げ それを見つめつつ兜の内で怪訝な顔をするアルトゥロ。
微かに魔力が吸われる脱力感を覚えながら この腕輪の疑問点を吐露する。
「魔力を吸う石は知ってるが 魔力を吸い尽くす石は知らない。
現にこいつは今もわっちの魔力をどんどん奪ってる」
「イヤイヤ そんな事して大丈夫なの!?」
「わっちはこれでも魔力は潤沢にあるからな」
「アンタはスグにヘタレるようなイメージしか無いんだけど?」
「うん 消費量も多いし仕方ない」
ターコイズの腕輪をサイドテーブルに起き 魔力を奪う吸魔石の基本を二人への情報伝達も兼ねておさらいする。
通常は瓶や樽等の入れ物のように 保有できる上限があり 単純に石の大きさで決まる。
しかし 今回の事件を引き起こしたこの腕輪にあるターコイズは一般的なアクセサリーに準拠する大きさしかなく 二人分はおろか一人分ですら吸い尽くせそうにない。
「つまりあの腕輪は いくら注いでも満杯にならないコップみたいなものだな」
「へぇー そんなのがあるんだねー」
「うん 無いのが普通だ。
こんな代物 聞いたこともない」
謎の技術が用いられた謎の腕輪。
憶測だけで仕組みを解明するなど到底無理な話ではあるが 一度知ってしまえば意外にも単純な造りだったということがあるのは何もこれに限った話ではない。
この不幸を生み出した腕輪も ただの既存技術の組み合わせで出来た物であるかもしれない。
「で なんでアリスも倒れたの?」
「うん ざっくり言うと『体が失った魔力を取り戻そうとして 手近にあった魔力を奪った』ってところか」
「つまり?」
「自分のコップが空になったから他人のを奪った」
「ナルホド」
元凶を取り除き 一安心したところでキャリーが目を覚ます。
長い時間 魔力を吸い続けられた事もあってか酷く疲弊しており 声を出すだけでも精一杯のようである。
「……ぐ ……ク」
「あらぁ キャリーさん!
無理はなさらない方が……!」
無理に上体を起こそうとするキャリーを制するミランダ。
流石に動くことすらままならない為 すんなりと諦める。
「……どうやらあちきは皆に迷惑をかけてしまったようだの」
「うん 目覚めて早々悪いんだけど 質問がある」
「……何だ?」
「この腕輪はどうしたんだ?」
「腕輪……」
サイドテーブルから拾い上げ ターコイズの腕輪を見せやすい位置に持ってくるアルトゥロ。
それを見たキャリーはある程度の事情を察知し 隠すことなく質問に答える。
「それは…… 演説の前にあちきの弟子から貰ったものでの……。
……あの腕輪には 何が……?」
「うん 魔力を吸い尽くす代物ってところだな」
「………」
悲しげな表情を浮かべ 小さなため息をつく。
裏切られたような騙されたような 彼の胸中にはそんな思いが支配しているのだろう。
「……ターコイズは 人と人との繋がりを深める石でのう。
魔除けや安全祈願として 贈り物に最適なんでの……」
「それが まさかの身を滅ぼす為に贈られたものだったと」
「……信じられんが そういう事だのう」
可愛がっていた未来の商人に よもや命を狙われていたという事実は ショックを与えるには充分過ぎるというもの。
人の為世の為に尽力していた彼が他人に仕打ちを受けるのは堪えるだろう。
「……すまんの。どこの誰かは存ぜぬが 助けてくれて」
「うん 礼を言うなら そこにいるアリスに言ってくれ。
わっち達は巻き込まれたから手を貸しただけだ」
「アリス……? 今 アリスと言ったか……?」
「うん」
キャリーがゆっくりと身体に負担をかけない程度に首を曲げ アリスのいる方向に目をやる。
小さく寝息を立てる彼女を見たキャリーは 久しぶりに娘と再開した父親のような驚きと喜びを隠せない表情になり 気がつけば嬉しさが声に出てしまっていた。
「おぉ…… 間違いない……!
アリス…… 大きくなったのぅ……」
「……アレで大きくなった方なの?」
子どもとそう変わらない身長であるため 思わずドロテアがツッコミを入れてしまう。
その事にキャリーは小さく笑い 二人に改めて礼を言う。
「そうか お主らはアリスの関係者か……。
すまんのぉ あちきが不甲斐ないばかりに……」
「うん まあ 目が覚めたのならわっちの出番は終了だな。
後はアリスの快復待ちってところか」
そう言うと自分の荷物を手に取って一足先に部屋を出て行き それを追う形でドロテアも退出する。
残されたミランダは キャリーを介抱するために柔らかく丁寧な物腰で話しかける。
「キャリーさん お食事をお持ちしましょうか?」
「……いや 食欲が無いのう」
「では リラックス出来るアロマキャンドルはいかがですか?
体を休めるのに最適ですよぉ」
「ははは そこまで気を使わなくてもよい。
……が ここはお言葉に甘えるとするかの」
「分かりましたぁ すぐお持ちしますねぇ」
いそいそと退出すると 部屋の中がしんと静まり返る。
外に殆ど人がいないことも相まって まるで無人の街のような沈黙だが 意外にも苦に感じる事はない。
「……アリスと初めて会ったのも 静かな森だったのぉ」
独りぽつりと呟き 思い出に耽るキャリー。
瞼の裏に浮かぶ記憶は 色褪せてはいるものの忘れることなく思い起こされる。
「……んん」
「……おぉ アリスや。
目が覚めたかの」
キャリー同様 体を起こすこともままならないアリスが目を覚まし 首だけを動かして声のする方向へと目をやる。
自分と同じように横になっている彼を見たアリスは 一先ずは生きている事に安堵し 次にどういう経緯でこうなったかを疑問に思うも 自身のこの有様に悔やむしかなかった。
「キャリー様……。
……わちき 何も出来なくて」
「よい よい。
お前の仲間が救ってくれたという事は お前に助けられたも同然だの」
「二人が……。
……でも わちきはただ 傍にいるだけで……」
「アリスや。気に病む事はない。
人間 誰しも失敗はあるんだのぉ」
「………」
何も出来なかったどころか自身も命の危機に陥り 迷惑をかけてしまった罪悪感から言葉を詰まらせてしまう。
しかし キャリーは慰めるよう優しく語りかけ 彼女を罪の意識から解放させようと試みる。
「次は失敗しないよう 笑って努力しないとの。
ほら かわいい顔が台無しだのう」
「……うん!
わちき もっともっと頑張って キャリー様に追いついてみせる〜!」
「ふぉふぉ その意気だのぉ」
笑顔を見せるアリスに その笑顔に元気を貰うキャリー。
傍から見れば親子にも見えるその光景に 顔を綻ばせる影が一つ。
「あらぁ お邪魔だったかしらぁ?」
ニコニコ というよりニヤニヤといった方が正しい笑みを浮かべ 二人を見るミランダ。
いつの間にか見られていた事に顔を少し紅潮させるアリスに対し キャリーは小さく笑いながら軽くあしらう。
終始笑顔を崩さないミランダは サイドテーブルにアロマキャンドルを置き 火をつけてから ごゆっくり と一言残して退室した。
「……ほぉ いい香りだのぅ」
「う うん……」
「……アリスや。 あれから楽しく過ごしておるかの?
あちきから巣立って もう随分と経つからのぉ」
「……うん 大丈夫〜!
みんな 優しくて面白くて 一緒にいて楽しいよ〜!」
「そうかそうか……!
良かったら お前の話を聞かせてくれないかの?」
「喜んで〜!」
一人 道を歩んだ軌跡。
気付けば仲間と進んだ跡も。
横に並ぶは異なる足跡。
アリスは思いつくがままに自身の過去を 経験を語っていく。
嘘偽りのない ありのままの出来事を。
・今回出てきたターコイズについて
ターコイズは「トルコの石」とも言われるように トルコという国名があるからこそターコイズという名となっています。
当然 この世界にトルコなどという国や地名は存在せず トルコなくしてターコイズと名がつくのは不自然です。
しかしながら仮にターコイズを別の名に置き換えたとしてもあまり分かりにくいと判断し 今回は理解のしやすさを考慮して敢えてそのままの名を使用しました。
今後もこういった地名,人名等が由来の単語は 混乱を招きかねないと判断した場合 代替の名の使用は控える事にします。
何卒ご理解とご協力をなんとやら。
以下 いつもの
[世界の現国王]
─シュマルド国王 アマンド・ブリサ=チョーサー
言わずもがなシュマルドを統治する現国王。
歴代のシュマルドの王は良くも悪くも個性的なのだが 彼は特に目立つわけでもなくとりあえず居るような感じ。
しかしやるべき事はしっかりこなしている良き王であるので 民衆からは一応慕われている。
でも影が薄く それに比例して髪も薄い。
─ヘルネラント国王 ロニー・スコット・ジャスミン=アイアンズ
初代国王から血を一度も絶やした事がないといわれる家系 アイアンズ。
無闇に血縁をひけらかすことはしないものの 王の素質と絶対的な自信からか やや高圧的である。
アイアンズ家は代々 初代国王と王妃の名であるスコットとジャスミンを 冠と共に受け継ぐ風習があるという。
牛肉が苦手らしく 会食の度に我慢して食べているとか。
─アルジョントメール国王 ルーペルト・マコーレー
前代王が病死し 急遽戴冠が執り行われ まともな知識もないままに王になってしまった不遇な人。
一応 大臣が政治を任されてはいるものの 他人に負担を肩代わりさせている不安と焦燥感に駆られている。
しかし それに負けじと日々勉強する王様 えらいぞ すごいぞ。
弱冠十一歳。
─オーヴィネポリ国王 浄水屋のウォーレン
飲み水を精製して売るノーム族の商人であり 王となった今でも水を販売している。
彼には苗字が無く 浄水屋のウォーレンとして名が通っており 一部の界隈では歩く水飲み場なんてのも。
舌が効くのか味にうるさく 料理にあれこれ文句を言うが ちゃんと完食するあたり 食に対してはルーズな様子。
ちなみに王になった理由は「普通に水を売るのに飽きたから」
─ポースミリア国王 ランディー・テッド=ハズラック
前にも出てきたあの王様。
意外と行動派であり 昔は父と一緒に狩りを嗜んでいたとか。
小さい頃はとにかく外に出たがり こっそり抜け出しては大臣に叱られ 父に笑い飛ばされながら許されるのがお約束と化していたとも。
最近の楽しみは髭の手入れ。