[色んな建築物]
─光の大聖堂
スタルニル教にある五つの聖柄の一つ 導きの明杖が保管されている聖堂。
光の大聖堂は司教のみ立ち入る事が許されており ここに踏み入れられる事自体が何よりも誉れであるとされている。
聖域と称する者もいるが 過去に聖堂に入った司教は皆口を揃えて聖域などではないと言う。
この言葉が意味するのは 聖域を超えるという事なのか または聖域とすら呼べないものなのか。
─ベルムドの処刑城
歴史書にも全容を語られる事のない暴虐な王 ベルムド・コーンウェルが作らせた処刑場としての城。
至る所にある拷問器具から ベルムドの残虐性が伺えるが 恐ろしいのは城内の構造。
高所に据え付けられた玉座と その玉座に各所の声が響き渡る設計から 一人悠々と座って人々が傷付く様子を観察していたとされている。
後にクーデターによりベルムドは暗殺され 処刑城も取り壊された為 姿を確認できるのは書物のみとなっている。
─尖塔アイェ・デュヒュムネス
名も知らぬ彫刻家が一晩にして建てたという細長い塔。
空を貫くような高い塔には アイェ・デュヒュムネスと刻まれており 長い間この言葉の意味が解明されなかった。
現在ではドワーフ語のアナグラムとされており 並び替えると『天を穿つ』という意味になるとか。
今後は建材の解明が急がれるであろう。
─湖底都市リュストラ
アルジョントメール領内のカルデラ湖にある都市。
不思議な事にあるのは家屋のみであり 書物や石版等の資料はもちろん 家具すら無いという。
とにかく謎に包まれており 情報も全く無いため 調査するものはほとんどおらず観光スポットになっている。
時折 湖面に巨大な影を見たと言う者が出るが 魚一匹いない湖に生物が住んでいる訳がないと小馬鹿にされている。
アリスとキャリーが倒れてから三日。
事件を知らされた仙人掌商会のメンバーが ひっきりなしに見舞いに来ては入れ替わるようにしてまた別の一員がやって来る。
そんな騒がしい朝を迎えたドロテアは 一階の広間に腰掛けて一枚の紙を眺めている。
「『新たな魔法 実現なるか? 転移魔法の解明が飛躍的に進歩』ねぇ……」
ドロテアが読んでいる道端に落ちていた情報紙には 何年も前から噂されていた転移魔法なる未知の技術について書かれている。
対象を遠く離れた場所へ瞬時に送る事が出来る というものであるのだが 今までの魔法が粗雑に見えるほどに緻密で繊細らしく 僅かなズレが大事故を引き起こしかねない。
事実 試験運用という名の見様見真似で一つの林檎を転送させたところ 想定していた場所とはかけ離れた地点で 原型を留めることなく砕けた姿になっていたという。
この転移魔法は 認知されている五つの国のどこでもない 海の向こう側にある国の技術である。
外交官を名乗る人物が水平線からやって来るも 言葉が通じずに第一歩から躓く結果に。
敵意が無い事だけは理解し 紆余曲折を経てオーヴィネポリにて監視もどきの保護の下 この大陸での言葉を習得し 現在では彼の国の文化や技術を交換する形で学んでいる。
「……興味がないワケじゃあないけど ねぇ」
ポツリと呟きながら紙を机の上に置き 葡萄を一粒 皮ごと口へ放り込む。
爽やかな甘味を楽しみつつ入口の方へと目をやるも 見えるのは顔も知らない人ばかり。
暇を持て余していたところにタイミング良く知り合いが来てくれれば…… と思っていたドロテアだが 現実はそう上手くは行かない。
「……いったいドコに行ったのさ」
朝から姿が見えないアルトゥロに少し苛立ちつつ 暇潰しの占いをしようとタロットカードを取り出す。
手に取った当たりで横から声がかかり その方向を見ると元気が溢れる満面の笑みのアリスがいた。
どうやらすっかり快復したようであり いつもより興奮気味になっているのが薄々感じ取れる。
「アリス・モーラン〜 ふっかぁぁつ〜!」
「もう大丈夫なの?」
「うん! 元気いっぱいだよ〜!」
「よかったね。
あぁー ようやく帰れるよぉー」
大きく伸びをして更に葡萄を頬張り 器用に種だけを取り出して木皿に捨て置く。
葡萄の存在に気付いたアリスも一粒食べるも 眉をしかめて吐き出そうとするが 傍にあったコップを手に取り 流し込むようにして葡萄と共に水を飲み込んだ。
「なんで食べたの?」
「だって〜 お酒が呑めるならお酒の元も食べられると思ったんだもん〜」
残った水も飲み干し コップを机に戻したところでドロテアが先程まで見ていた紙を見る。
それを見たアリスは左右に揺れながら話題を持ち出し その魔法がもたらす影響を語る。
「この転移魔法ってすごいけど〜 わちき的にはちょっといやかな〜」
「何で? アタシ的にはベンリだと思うけど」
「う〜ん わちきは行商人でしょ〜?」
「そうだね」
「行商人ってあちこち行くわけだけど〜 仕入れるのも楽じゃないんだよ〜」
「この魔法があればもっとラクになるでしょ」
「そこだよ そこ〜!
楽になっちゃったら みんな出来るようになるじゃん〜!」
商売とは 言わば自分の出来ない事を金と引換にしてもらう事だと捉えられる。
食料を作る技能が無ければ 金で食料を買う。
安全に夜を過ごせる力量が無ければ 宿で金を払って泊めてもらう。
アリスの行商も 遠くの地へ行く事が出来ない人がいるからこそ 初めて需要が存在することになる。
もし 簡単に遠方へ行けるようになれば 道中のための大きな荷物を持つこともなく 長い長い移動に疲れることもない。
便利になればその分 需要の方向が違ってくることになるだろう。
転移魔法が実用化したのならば それを有料で利用させる商売の方が儲かる事は明白である。
「まあ でもその魔法ってスッゴイ難しいらしいし 手軽に使えるってことは無いんじゃない?」
「だといいけど〜」
「しかし 向こうの国もこんなものよく思い付くものだねー」
「あっ! そうだそうだ〜!
そのことで言いたいことがあったんだ〜!」
「なに?」
「わちきね〜 キャリー様に海のあっちの国に行ってみないかーって誘われてね〜!
それでわちき 行くことにしたんだ〜!」
子どものように無邪気な笑顔を振りまきながら 喜々として話すアリス。
嬉しさが抑えられないのか未知の世界が楽しみなのか。
「もともと仙人掌商会の方で そういう準備は進めてたみたいなんだけど〜。
助けてくれたお礼にって特別に連れてってもらえるんだ〜!」
「へぇー よかったねー」
「そこで〜! わちきからどろちーに依頼するよ〜!」
「依頼?」
「うん〜! わちきがいない間 馬車の管理をしてもらいたいの〜!
報酬は 向こうの珍しい品々で〜!」
たまに物品と引換に何らかの頼み事をする彼女だが 今回ばかりは無視する訳にもいかない。
とは言っても 一度も断った事は無いのだが……。
「まあ別にいいケド。
出来るならオイシイ食べ物でお願い」
「わかった〜!」
事務的とは程遠い話をしつつ葡萄を食べ尽くし スカスカの茎をくるくると回していたところに ようやくアルトゥロが帰ってきた。
手に何かを持っている訳でもなく 荷物が増えている訳でもないあたり 少なくとも何かを取りに行っていた訳ではないという事は推察できる。
真っ直ぐと二人のもとへ向かうアルトゥロ。
それに二人が気付いたのは鉄靴の金属音が聞こえたあたりである。
「うん アリスは元通り 元気になったみたいだな」
「わちきは元気百倍だよ〜!」
「朝からドコ行ってたの?」
「カエルを逃がしてきた」
「カエル!?」
「うん 酒樽の影に隠れていたらしくてな。
川まで行ってきた」
「……ココからだと遠くない?」
「うん 疲れた」
空いていた椅子にドカッと腰掛け 頬杖をつくアルトゥロ。
アリスが先程の内容をもう一度話し しばらくこの大陸を離れる事を伝える。
そして 一通り話し終えると懐から一通の手紙を取り出し ヒラヒラと見せびらかすようにしながら更に続ける。
「それでね〜 キャリー様が二人にもお礼ってことで〜。
ひみつの小料理屋を紹介するってさ〜」
「どんなの?」
「ん〜と 牛をふんだんに使った料理みたいだよ〜。
なんでも 畜産が盛んらしいって〜」
「へぇー そうなんだー」
ドロテアは内心平常を装ってはいるが 露骨かと思う程の貧乏ゆすりからかなり期待している事が伺える。
アルトゥロも言葉では言い表さないものの しっかりと耳を傾けている。
「わちきはいろいろ準備があるから一緒には行けないけど〜。
ゆっくり楽しんでいってね〜!」
そう言い 手に持っていた紹介状を預け 件の小料理屋がある村の場所を教えるアリス。
言葉だけでは流石に頼りないため 地図を広げて大まかな位置と道を確認し それも終えると手を振って廊下の向こうへと去っていった。
「うん で いつ行く?」
「今でしょ!」
───
アリスの馬車で土がむき出しになっているだけの道を進むこと数時間。
何も無かった道に 不自然なまでに存在感を放つ一軒の小屋。
その軒下には二人の男性が腰掛けながら談笑していたが こちらの存在に気付くと立ち上がって行く手を阻むように馬車の前へと立ち塞がった。
「あーい ストぉぉップストぉップ。
ここを通るぅなら通行料一人あたりぃ銀500払いなぁ」
「うん?」
「……イヤ どういうコトよ!」
いきなりの申し出に言葉が詰まるが 詐欺まがいの言い分に憤りがふつふつと湧き出ると 自然と反論していた。
しかし男の方も手慣れているのか その怒号に微塵も顔色を変えず ただ金を払えと催促するばかり。
「別に払いたくねぇんならいいんだが。
だが その選択を後悔する事にはなるだろうが」
「そんな勝手なコト 許されると思ってるの!?
だいたいココは私有地でもないでしょ!」
「それは 何時ぅ 誰がぁ そぉぉ決めたんだ?
誰のものでもないってんならぁ 勝手に使ってもいぃいだろう?」
「だからって そんな金儲けに使っていいワケが……!」
押し問答を繰り返す三人をよそに アルトゥロは謎の二人組の容姿を確認する。
一人はヒト もう一人はドワーフであり 共通する点は灰色の羽飾りと右肩にある団章と思われるマークの刺青。
賊のように見えるが こんな人もあまり通らない地で回りくどく大した成果も見込めない方法を取るとは思えず どこかの警備隊か何かだと考える。
しかし通行料にしては銀500は高く そもそも怪しい者を取り締まるための配備ならいきなり金を要求するのも変な話である。
「……うん そうだな」
ドロテアに耳打ちをしてから馬車を降り 二人組と話し始めるアルトゥロ。
一方で怒りが冷めやらぬドロテアは 眉をしかめながら謎の男達を注視する。
言われた通りに正体を探っていると やはり共通する羽飾りと刺青に目が止まり 訳が分からないと言いたげな表情になった。
「……アレって『ゲ・ラク』じゃん。
なんでこんなトコロに?」
ゲ・ラクとは 貴族や有権者等から金品を奪い 貧困層に分け与える活動をしている いわぱ義賊である。
当初は細々と英雄のような扱いを受けていた彼らだが 名を轟かせ規模も大きくなってくると 次第に被害は無視出来ないものとなり あちらこちらでゲ・ラクの名を聞くように。
しかし最近では 彼らを歓迎する声は減少しつつあり 中にはその義賊を潰そうとする勢力まで現れる始末。
噂では 相手が誰であろうと見境なく襲うようになり また貧しい者達に与える事もせず私腹を肥やしているとか。
「……どっちにしても 金を払えと言われてハイ払いますって言うワケないよ」
小声で呟くと タロットカードを取り出して掌の上で小さく浮かせ どう対処すればいいのかを占い始めた。
ぼんやりと光るカードの内一枚を手に取り 結果を確認する。
「……正義は善であり悪でもある。
悪魔の前では魔術師は無力……と」
占い終えたドロテアは 難しい顔をして小さく唸る。
今回の結果では判断に迷うのか 一触即発の雰囲気を微妙に感じる三人を見つめながら考える。
「えーっと チカラで解決しようものなら話し合いでは通じなくなるって意味なんだろうケド……。
ドッチが先に暴力で訴えることになるんだろ?」
納得がいかない表情のままタロットカードを束ねてポーチに入れ 一旦は話し合いの場に参加することに。
相変わらず平行線を辿っており このままでは埒が明かない。
「いいか 通るんなら払う 払いたくないなら通るな。
たったそれだけの事なんだが」
「うん だから払う義理が無いと言ってるだろう」
「義理もクソもねぇぇさ。
決まりなんだからよぉぉ」
「決まりは通さない。
だいたいここは関所ですらないし」
互いの意見をかわす会話のドッジボールを繰り返し アルトゥロが溜息をついて空を見る。
澄み渡った青空の下で なぜこんな無駄な事で言い争わなきゃならないのか とでも考えているのだろうか。
そんな中 ドロテアが踏み切った一言を発した。
「アンタ達 ゲ・ラクだよね?
義賊だとは聞いてるけど こんなコトしてるの?」
ゲ・ラクの名を出した途端 二人の顔付きが変わり 強気な姿勢から媚びへつらうようにニタニタと笑ってその質問に答える。
明らかに見下していると分かる とても善人のする顔ではない。
「おぉうおぉう〜 俺達を知ってるぅのかぁ。
そのとおーり 俺ぇ達は義賊だぁ」
「そりゃおらだってこんな事はしたくないが。
貧しい人達のため 旅をする余裕のある者から頂戴してる訳だが」
「そぉぉいう訳さぁ。
どーせお前ら あちこち遊び渡ってるぅだけで まともに働いたことぉねぇだろぉぉ?」
煽るように言い放つヒトの男性。
悪意が無いのか あるいは悪意しかないのか。
どちらにせよ こう言われて不快に思わない者はいない。
気がつけば ドロテアに殴られて吹っ飛ばされる義賊の男の姿が。
「何も知らないクセに アタシをバカにしてぇ!」
「……うん わっちは馬鹿にされていいのか」
「盗むことしか出来ないアンタらに とやかく言う資格なんてあると思ってるの!?」
「う うるさい!
お前こそ貧困で満足に食えない人達の気持ちは分からないだろうが!」
残ったドワーフはそのまま応戦するのかと思いきや 空高く浮いて森の向こうへと逃げようとしていた。
重力魔法自体は珍しくないが 魔法を使いそうにない者が使うのを見た為か 判断が少し遅れてしまう。
「アルトゥロ!」
「うん」
呼ばれたアルトゥロも倣うようにして宙に浮き 逃げ飛んでいるドワーフの後を追う。
しかし 出遅れてしまったために距離があり 直ぐに追いつくのは難しい。
「雲一つ無い青ーーい空に 落雷も山火事も豪雨も似合わない。
こういう天気は爽やかな風が一番だ」
剣を抜いて背面に添えるように構え 逃げるドワーフを見据えながら呪文を唱える。
淡い緑色に輝く刀身から流れ出る風が 鎧の隙間を縫って伝わり その冷涼が気分を落ち着かせてくれる。
最後の一言を発したその瞬間 そよ風から爆風へと変化し 急加速したかと思えばあっという間に距離を詰めていく。
「うん── 良ーい風……なのかぁ?」
鎧に遮られ 風を身体で満足に感じ取る事が出来ないのはさておき 手を伸ばせば捕まえられる近さまで来た頃に ようやく相手がこちらに気付く。
アルトゥロは左手を伸ばしてドワーフの右手をしっかりと掴み そこで重力に任せてぶら下がった。
「ぬおっ!? は 離せっ!
邪魔だろうが!」
いくらドワーフが力持ちで重力魔法が使えるとはいえ フルプレートを着込んだ人間を持ち上げて浮くのは相当な負担がかかる。
何度も重い物を持ち上げたことのあるアルトゥロは その苦痛を与える側となって相手の動きを封じる。
どちらが不利なのかは火を見るより明らかである。
「なるほど 持ち上げられるってこういう気分なんだな」
「訳の分からねぇこと言ってねぇで 離せと言ってるだろうが!
このままだと落ちるだろうが!」
「うん なら落ちないように頑張ってくれ」
腕を掴む力は一切緩めず ただただ持ち上げさせる役割を果たすアルトゥロ。
そう経たない内に徐々に降下していき 地に足が付くのも時間の問題である。
下を見ると 明らかに敵意を剥き出しにしているドロテアが待ち構えており 拳からは具現魔法で形成された鮮血の如き真っ赤な三日月型の刃が伸びている。
「はっ…… 離せっ!
とにかく離せっっ!」
身の危険を感じたのか 大慌てで手を振りほどこうとするドワーフの男。
当然 がっしりと掴まれた腕は その程度で離れる筈もなく むしろ余計に体力を使ってしまったために地面と急接近してしまう。
「わっ まっ 待ってほしいんだが!
お お前達の言うことを聞くから 見逃してほしいんだが……!」
「……だってさ。
どうする?」
「とりあえず 縛る」
「うん」
───
「──で まずはアタシに言うことがあるんじゃない?」
「……お前らを馬鹿にしたことなら 申し訳ないが」
手頃な物が無かったため 義賊の服をロープ代わりに両腕を細い木に縛り付けられたドワーフの男。
俯きながら威勢なく喋るその姿を見ても あまり同情心は湧いてこない。
「それで 何をすれば見逃してくれるんだ?」
「アンタ達ゲ・ラクを潰す。
そのために情報を吐いてもらうよ」
「………」
「まず アンタの名前は?」
「……ディレソーグだが」
「ヘンな名前だけど…… 本名じゃないんでしょ?」
「そうだが。
古いハーピー族の言葉らしいが 意味は知らないが」
組織で使われているであろう偽名を名乗ったディレソーグ。
その名前を聞いたアルトゥロが横から言葉を訳す。
「ディレソーグ…… 確か『赤いガチョウ』だったか?」
「分かるの?」
「うん
「……言っておくが おらはハーピー族じゃないが」
「そんなの見れば分かるよ」
羽がないどころか地中に住んでいたとも云われるドワーフと 数多の種族の中でも空を飛ぶ事が出来るハーピー族との関連性は不明だが 少なくともハーピーと関係していないという訳では無さそうである。
ただ響きが格好良いという理由ならそれまでだが……。
「で そのゲ・ラクなんだけど ドコにいるの?」
「………」
「ほら 本拠地とか活動拠点とかさ。
後はドコのダレを狙ってるとかも」
「………」
だんまりを決め込むディレソーグと 構わず質問を繰り返すドロテア。
そう易々とは喋らない事は想定内なのか 特に苛立つ様子も脅す仕草も見せない。
「うん じゃあアンタの故郷は?
あっ 別に滅ぼしたりとかそんな考えはないよ」
「……ヒジャの里だが」
「ヒジャの里というと…… ドワーフの住処だったっけ?」
「そうだが」
「次 アンタの夢は?
猟師になりたいとか学者になりたいとか」
「………」
「じゃあ好きな食べ物」
「……マジパンだが」
「見掛けによらず甘いのがスキなんだね」
「放っておけ……」
もはや情報収集というよりはただの個人的な質問になってしまっている。
この行動に意味があるのかと思いつつあるディレソーグは 答えられる範囲で答えていく。
家族の事や初めて故郷を出た時の事 他種族を見た時の感想や伸された相方の事などを訊かれ それに対してただ答えるだけ。
「──で これでラスト」
「………」
やっとか と言わんばかりにため息をつき 静かに耳を傾ける。
今度はどんな質問だ またくだらない事か それとも核心に迫るものか──。
そう思い 顔を上げてドロテアの顔を睨むように見つめる。
「お腹は空いてる?」
「……は?」
「だから お腹減ってるかって」
「……お前はさっきから何がしたいのか分からないんだが」
何を企んでいるのかとも捉えられる表情を見せ 括りつけてられている木に背中をあずけるディレソーグ。
いつの間にか居なくなっていたアルトゥロが 殴り飛ばされた男を抱えて戻っており まだ解放されていないドワーフを見てドロテアに話しかける。
「うん まだ終わってないのか?」
「あと少しで終わるよ。
さあさあ さっきの質問に答えてこたえて」
「……腹なら ……空いている」
「そっ」
答えを聞き ディレソーグの腕を縛っている服を解く。
皺だらけの伸びた服を返してもらい 着る時間も惜しむようにそそくさと離れようとするが 即座に呼び止められる。
「チョット待ってよ。
まだ解放するって言ってないケド」
「協力したんだからもういいだろうが」
「アレで情報提供したつもり?
ワルいけど もうちょっと付き合ってもらうからね」
「………」
馬車のある方へ真っ直ぐ向かうドロテアと 渋々といった感じでドロテアの後ろを付いていくドワーフ。
更にその後ろを男を担いだアルトゥロが歩き 目的の場所まで着くと馬車に乗るよう促す。
抵抗することなく座席に座り 未だ意識が戻らない男も無理やり乗せて馬を歩かせる。
「……何処に行くのか知りたいんだが」
「村だよ。
畜産が盛んらしいってさ」
「………」
街に行くわけでもなく 僻地に行くわけでもないという事に ディレソーグは言葉が出ずにいた。
つい先程まで『潰す』と言っていたのが嘘のような平和的な態度に 何か裏があるのかと一人考える。
───
「村に着いたぞ」
広い牧草地の一部に家が点在している程度の大きくない村だが 不思議と寂れた様子を感じさせない。
来訪者は珍しいのか 殆どの村人がこちらを見ている。
「で 旨い飯屋はどこなのかっと」
「訊けばイイじゃん」
馬車から降りたドロテアは 近くにいた40代半ばに見えるヒトの男性に話しかける。
柵を修理していたためか ドロテア達に気付いたのは声を掛けられた直後であり 驚きつつも好意的に応対してくれた。
「おやおや こんなところに人が来るとは珍しい。
して お嬢さんや ワシに何か用かい?」
「えーっと この村にオイシイ料理があるって聞いたんだけど」
「ほう もしやマクローリンさんの飯屋かの?」
「たぶんソレかも」
「あの人の店なら……。
ほれ 向こうの牛の剥製があるところさ」
男性が指す方向を見ると 言葉通り精巧な牛の剥製が置いてある建物が見えるのが分かる。
赤褐色の煉瓦の煙突から煙を噴いており 一度意識を向けると意外と目立つ事に気付く。
「あのエントツがある建物だね?」
「ああ そうだよ。
マクローリンさんの料理は 村の誰もが認める腕前さ」
「ヘェ〜 そんなにオイシイの?」
「そりゃ言葉で語れない程にはねぇ。
ワシの口で知るより 自分自身の口で知った方がいいぞ」
「分かった ありがとね」
礼を告げて馬車にいる二人の元へ戻り 煙突のある店へと向かい 当然迷うことなく到着する。
アルトゥロとディレソーグの二人は馬車から降り ドロテアはまだ起きていない男を叩き起こす。
「いい加減起きなさいよー」
ペチペチと頬を軽く叩いて ようやく目を覚ました義賊の男。
ドロテアの顔を見た途端 吃驚して跳び上がっては声を荒らげる。
「て テメェ……!
いったい…… な 何が……!?」
見覚えのない場所を見回して混乱する男。
とにかく色々と訊きたい事があるのだろうが そんな事はお構い無しにと強引に肩を組んで連れて行く。
だが 男の方もされるがままに大人しくする筈もなく 力任せに拘束から抜け出して距離を取る。
「おいおいおいぃ これはなぁぁんの冗談だ?
おいディレソーグ てめぇもどぉぉいうつもりだ?」
「ジョーダンも何も ゴハン食べようとしてるところだけど」
「……らしいが」
「ふざけんじゃぁねぇぞ!
敵同士 飯を食らうってのがそんなにおかしくねぇぇのか!?」
「落ち着け エウルベアーナック」
「こぉれが落ち着いてられるかぁぁ!」
エウルベアーナックと呼ばれた男は 次第にヒートアップしていき 言葉次第では暴力沙汰も有り得る。
しかし そんな状況でもドロテアは冷静に対応する。
「別に暴れてもいいし 逃げてもいいし ゴハンを食べてもいいよ。
アタシはそれを止めもしないし 勧めることもしない」
「あぁぁ!?」
「ただ 暴れたらアンタ達が不利になるかもしれないし 逃げたらゲ・ラクを潰すために尾行するかもしれない。
よく考えて行動すると……」
「っるっせぇぇぞ!
捕まえられるもんならぁ捕まえてみやがれ!」
話し終わる前に脱兎のごとく森へと逃げていったエウルベアーナック。
一度殴り飛ばされたからか 勝てないと踏んでの逃亡に迷いはない。
「……アンタは逃げないの?」
「………」
「ま さっきも言った通り アタシは止めはしないよ」
「……さっきは止めてただろうが」
「まあ アレは流れで」
そう言い 率先して店内へと入るドロテアと それに続くアルトゥロとディレソーグ。
店の中は思っていたよりもシンプルな内装であり 机も椅子も何の変哲もないパイン材で出来ている。
辺りをぐるりと見ているところに 奥から黄色のバンダナを首に巻いた
「何を食うんだい?」
「うん 色々すっ飛ばしてる気もするが……。
まあそれは置いといて これを」
キャリーが書いた招待状を手渡され それを開封して内容を確認するケット・シー。
あらかた確認し終えると 三人を少しの間見つめる。
「………」
「うん どうした?」
「……適当なところへ
一言残してから厨房の奥へと引っ込むケット・シーの男。
言われた通りに席に着くと 数分の後にピクシーの従業員がワインボトルを手に ワインを飲むかどうかを尋ねてきた。
アルトゥロとドロテアはせっかくの機会という事で頂き ディレソーグはしばらく考えてから拒んだ。
香りを楽しむ前に飲むアルトゥロと 注がれたワインを覗き込むドロテアに対し ディレソーグは疑問を投げかける。
「……お前らは 何なんだ?」
「うん ただの便利屋 ってところかな」
「……スラム街に行ったことはあるか?」
「うん 何度もある。
貧民から依頼を請け負ったこともある」
「そいつらからも 金を取ったのか?」
「仕事だからな。
うん ボランティアでやってる訳じゃない」
そうこう話していると 早速前菜が運ばれてきた。
キャベツとアスパラガス 薄切りの牛肉に 酢とオリーブオイルをベースに様々なスパイスを使用したドレッシングがかけられた物であり 酸味と香辛料がいい塩梅に仕上がっている。
一口食べると自然の旨味が広がり それでいて前菜としてのさっぱりとした後味は 後続の料理に興味を持たせるには充分である。
次に運ばれてきたのはスープと 魚の背に牛が乗ったような奇妙な形の蓋付きの器。
スープは牛肉と玉ねぎ ひよこ豆にほうれん草と具沢山であり 透き通っていながらも濃厚な香りが食欲を程よく刺激する。
一方 器の方はパッと見ただけでは当然分からず 疑問を口にする前にドロテアが蓋を開けると 牛と魚の肉団子に熱々のチーズがたっぷりとかかった料理が姿を見せた。
不思議と生臭さは感じず これもまた食欲が増し なんとこれでもまだメイン料理が来ていないというのだから驚きである。
「ナニコレ!? すっごいオイシイ!」
「うん こんなに旨い飯は久しぶりだな」
「………」
アルトゥロとドロテアが舌鼓を打つ中 ディレソーグだけは一向に食指を動かす気配が無い。
顔を強張らせており その表情は我慢とも葛藤ともとれる。
「アレ? 食べないの?」
「……お前らは 満足に食えず常に飢えている者を どう思う?」
「ン? もしかしてそういう人がいるにも関わらず 豪華なゴハンを食べていいのかーってこと?」
「まあ そうだが……」
「そうだねぇ。
……アルトゥロはどう思う?」
「うん 何故わっちに振る」
一度食器を動かす手を止め 二人はディレソーグの質問に相応しい答えを考える。
何も思わない と言えば嘘になるが 可哀想だとか不憫だとか答えようものなら 重箱の隅をつつくかの如く指摘されるだろう。
「うん 一言で言うなら『相応の結果』ってところかな」
「……それは貧乏人は貧乏人らしく 貧相な食事で我慢しろ という解釈になるが」
「うん」
「……やはり分からないが。
お前達は何のために……」
それ以上言葉が出ずに詰まってしまうディレソーグ。
何が言いたいかまでは分からないまでも 少なくとも賞賛するものではない事は察せる。
現に彼は拳を固く握りしめ 怒りか悲しみか 微かに震えている。
「アルトゥロの言い分を補足する形になるけど 何もガマンしろってワケじゃなくて 食べたいならそれなりの働きを見せろってコト。
アタシ達だって今ココでゴハンを食べてるのも それに見合った事をしただけだし」
「世の中には働くことすら出来ない者もいるが」
「それはー…… まあ仕方ないけど。
でも 境遇に甘えて恵んでもらうことしか
「お前らに何が分かる!」
ディレソーグは激昂して立ち上がり 机を強く叩いた。
力の強いドワーフが叩いたこともあり 金属製の食器と木製の器が音を立てながらひっくり返りそうになる。
店内には客はいないが 厨房から給仕が顔を覗かせており 何事かと様子を見ている。
「お前らは……力があるからそんな事が言える!
そうだろうが!」
「いや 力は誰にだってある。
うん それをどう使うかってだけであってだ」
「貧民層にも力があるだと……!?
おらから見た貧民は皆 物を乞うことしか出来ない者ばかりだったが!」
「そうなるようにしたのが お前達ゲ・ラクじゃないのか?」
「……どういう事だ!?」
アルトゥロは厨房にいる給仕に小さく手を振り こちらに来なくていい事を知らせる。
「うん 守秘義務が無いって訳じゃあないけど とある依頼人の話をしよう。
スラム街出身の ある女性からの依頼の顛末とその後を」
「………」
何も言わずに 大人しく座りなおすディレソーグ。
話せ と見たアルトゥロは 英雄譚を詠う吟遊詩人のように語り出した。
その女性は どこにでもいる至って普通の人物であり 特別な才能もなく優れた家系でもない ただのウェアウルフだった。
そんな彼女は これまたごく一般的な男性と結ばれ 共に日々を過ごし 何気ない幸せに満ちた生活を送る。
ここまでならよくある夫婦であるが あろう事か夫が死別するという悲劇が襲いかかった。
結婚してから僅か三日という短さは まるで悪魔が謀ったかのよう。
そこから畳み掛けるかのように彼女の元に不幸が次々と転がり込み 気が付けば貧民街へ移っていた。
そこでの生活は当然 気のよくなるものではなかった。
法の下でありながら犯罪が起こらない事の無い日々は 人々を荒ませるには充分すぎるというもの。
窃盗は日常茶飯事 暴行は娯楽同然の見物 死体を食す者は珍しいが 死体そのものは探せば見つかる。
こんな環境で彼女は生き抜けるのだろうか?
夫と別れてから何日経っただろうか。
小屋と呼ぶには心許ない建物の片隅で 豆だけのスープを飲もうと手に取った時 酷い吐き気を催した。
常に空腹である筈なのに ただの豆のスープを飲む気になれない。
そこで彼女は自覚した。
自身の腹の中で 新たな命を身篭っている事を。
これを期に 彼女は自分の為 子の為 今の生活環境から脱却する事を決意する。
妊婦が出来る事は限られているが その程度で諦める人ではない。
あまり気は進まなかったが 物乞いをして金銭を募り それで得た金である場所へと赴く。
そう ウェルドである。
彼女は身の上話を包み隠さず話し 小汚い麻袋に入れた銀貨を置き たった一つの頼みを申し出た。
職を探してほしい と。
依頼を受けたその日から パン屋や機織業 靴屋といった所へ足を運んだが 当然と言うべきか雇ってくれる者は居なかった。
妊婦は働き手としては不十分 スラム民は信用ならないなどの理由で断られるばかり。
遠方にまで赴いてようやく雇ってくれたのは 町外れでひっそりと暮らしている一人の写本師。
効き手を怪我したため 代わりに書物を書き写してほしいとのことで 女性は喜んでその仕事を引き受けた。
膨大な量の文字を書くだけの作業は 非常につまらなく辛いものだろうが 彼女は弱音一つ吐くこともなくペンを動かし続けた。
依頼人との別れから半年ほど経ち ふと気になって件の写本師の元へと向かった。
その場で働き続けているか 新たな職を探して去ったかのどちらかと思って伺うと どうやら前者のようであった。
あの時のようなみすぼらしい姿ではなく 一人前の女性として生きている姿を見た時は 自分の事のように嬉しく感じた。
彼女曰く 美味しい食事を毎日食べられる事がこんなにも幸せだと思ったのは初めてだと。
この子の為にも精一杯生きる と大きな腹を優しく擦りながら笑顔で答えた。
「──以上が 貧困から這い上がった人の話だ」
「………」
話を聴いたディレソーグは 依然黙秘している。
見たところはとりあえず怒りを鎮めたようだが 仮面の如く無表情を貫くその姿勢から 心情を察する事は厳しい。
話をどう切り出そうかと考えていると メインディッシュが運ばれてきた。
巨大な牛型の皿には部位毎に料理が並べられており そのどれもが食欲をそそる香りを放っている。
給仕の説明によると 肉牛を丸ごと使った料理で 各部位に適切な調理をする事で素材の持ち味を最大限に引き出しているのだという。
これ程の素晴らしい料理を目の前に出されたとなると 手を出さない訳にはいかない。
ドロテアは目を輝かせながらサーロインにあたる部分にあるサイコロステーキを口に運ぶ。
ひとたび噛むと 小さな肉の箱からびっくり箱のように脂が飛び出し 瞬く間に口内に旨みが広がる。
「んーーッ! んンーーーっ!!」
あまりの旨さに身悶えながら まだ形の残っているステーキを再び噛み潰し 解放される旨みを味わう。
アルトゥロはうちもものローストビーフを取り ナイフで一口大に切って食べる。
濃厚なソースと肉の味が混ざり 厚みがありながらくどくない味わいがフォークを持った手を無意識に動かせる。
次から次へと料理を口へ運んでいき アルトゥロもまたこの料理の虜となっていた。
「うん うん」
「………」
二人がメインディッシュを楽しんでいるその一方で ディレソーグはやはり手を動かす様子は見られない。
彼の胸中は正義が支配しているのか それとも正義に従う自分自身に酔っているのか。
どちらにせよ このままではただ料理が減っていくのを眺めるだけの勿体ない時間を過ごす事になる。
「……一つ訊きたいんだが」
「うん?」
「もし お前らが飢えてて一欠片のパンしか無い時に 目の前で同様に飢えている者がいたら…… どうする?」
「うん うーん……。
ドロテアならどうするんだ?」
「なんでアタシに振るのさ」
ささやかな仕返しだと言わんばかりに回答権をパスするアルトゥロ。
ドロテアは特に拒否すること無く受け取り ドロテアならではの答えを考える。
「そうだねー。
特に何もしない かな?」
「……助けない という事になるが?」
「助けないー ……ってのはチョット違うかな。
別にその人をどうこうするってワケじゃないってこと」
「うん つまり助けもしないし助けを乞う事もしないって感じか?」
「そゆこと」
「………」
答えを聞いたディレソーグは また閉口したかと思えば静かに立ち上がる。
そして 何を言う訳でもなく睨みつける訳でもなく 帰るかのように店を後にした。
「……うん?」
アルトゥロが体を傾けて外の様子を伺っても 別段怪しい動きは見せずに真っ直ぐ歩いている。
これ以上話しても無駄だと見限って本当に帰るのだろうか。
「うん 何で出たんだ」
「さあね。
っと 早く食べないとせっかくのごちそうが冷めちゃう!」
目の前の料理を片っ端から頬張るドロテアと 三人分の料理の代金をどうしようかと考えながら食事を再開するアルトゥロ。
牛型の器にある肉とソースの割合が逆転し ほぼソースしか残っていない状態となったあたりで 招待状を渡したケット・シーがやって来た。
手にはワイングラスのようなガラスの容器に 白いドーム型の何かを盛った物をのせたトレイを持っており グラスをテーブルの上へと置いていくが 一人足りない事に気付いて行方を尋ねる。
「……もう一人はどこ行った?」
「帰ったよ」
「……しゃっき
「うん」
「………」
「で コレ何?」
そんな事はさておき といった具合に目の前に置かれた白い物について訊くドロテア。
見たこともなく聞いたこともない食べ物を前に興味津々であり 小さなスプーンを握りしめている。
「これはジェラートっつー向こうの国のデザートでな。
オレも作るのは初めてだったが…… まあ旨いだろ」
「それでいいのか」
未知のデザート ジェラートを掬い 期待と好奇心で満ち溢れたまま口の中へと送り込む。
最初に認識した感覚は『冷たい』
そして『甘い』
予想だにしなかった味を知ったドロテアは 旨さのあまり再び声を上げる。
「んーーー!?
んンンーー! うまぁぁーい!!」
店内に響き渡る感嘆の声。
アルトゥロもまた声は上げこそしないものの ジェラートを黙々と食べ進めていた。
ドロテアが興奮を抑え気味にケットシーに話しかけ 彼も余ったデザートを食べながら耳を傾ける。
「ねね 作り方は?」
「なんだ? 気に入ったのか?」
「モチロン!
で レシピはあるの!?」
「まあ 落ち着け。
そのレシピと引き換えにお前らに聞きたい事がある」
「うん 何だ?」
「お前ら…… キャリーとはどんな関係だ?」
「命の恩人 ってところかな」
「うん」
間違ってはいないのだが 色々と端折っているせいで嘘に聞こえなくもない。
しかし ケット・シーの男性は疑うことなく話を聞いている。
「アナタもキャリーさんと知り合い?」
「あぁ 昔の仕事仲間だ。
食材も色んな料理のレシピも 全部キャリーがな」
「このジェラートも?」
「しょうだ。お前が渡した紹介状と同封しゃれてた。
作り方は簡単だし もう覚えたからレシピはやるよ」
「あっ そうだ。
マクローリンってあんたの事か?」
「……しょういえば まだ名乗ってなかったな。
オレはヴィクター・マクローリンだ」
「こっちも名乗ってないな。
わっちはアルトゥロ。アルトゥロ・トールマン」
「アタシはドロテア」
「まあ名前はどうでもいい。
今度キャリーに会ったら よろしく言っといてくれ」
「うん」
気が付けばグラスの上は空となり 長く感じた至福の時間も終わりを迎えていた。
マクローリンからレシピも受け取り いよいよ店を出ようと立ち上がって懐から財布を取り出すアルトゥロ。
どのくらいになるかと難しい顔をして考えていた彼だが 代金はいらないと言われた時の表情は想像に難くない。
───
「牛の村 テフラテ村はいつだって歓迎しゅるぞ」
「うん 近くに来た時は寄らせてもらうとしよう」
別れを告げ まだ日が傾かない内に村から発とうとするが 羊皮紙と睨み合いをしているドロテアは馬車に乗る気配を見せない。
「うん どうした?」
「………」
目を細めながら時々考える仕草を見せ かと思えばキョロキョロと辺りを見回すドロテア。
彼女とよく一緒にいるアルトゥロは 当たって欲しくない予感が頭の中で思い浮かび その予感が当たってしまう事を予め心の中で嘆く。
そんな事は微塵も知らず 何かを納得したドロテアは向こうを指して宣言した。
「牛乳買うヨ! 牛乳!」
「……うん」
衝動買いに走るドロテアと大人しく振り回されるアルトゥロ。
二人が帰るのはいつになるやら。
「エウルベアーナックってどんなイミ?」
「青いカナリア」
以下いつもの
[竜について]
この世界の竜は個体数こそ少ないものの存在している。
大きく分けると地上で生活する地竜と 翼の生えた翼竜に分かれる。
中でも翼竜は権力の象徴として紋章にも描かれる程であり また天空を飛翔する姿を目にした者は出世するとも云われている。
竜もそれこそ非常に数は少ないが 人間社会に馴染んでいる者もいる。
ただ あまりにも巨体であるが故に動きは鈍重で大食らい 日の大半は寝て過ごすという。
彼らとコミュニケーションを取るのは苦労すると 経験者は口を揃える。
竜の素材は珍重され 特に竜の翼は貴族ですら易々と手を出せない程の値が張るという。
中でも 翼竜を丸ごと一頭分使用した馬車は どうすれば買えるのか分からない程に高額とも言われている。
現在 その馬車は三台あるが 売れたのはたった一台だけ。