かくして幻想へと至る 作:虎山
明確な死の風景。俺の脳が逃げろと警告を鳴らしている。しかし、ここで逃げるわけにはいかない。せっかくの話が分かる妖怪、ここで殺させるわけにはいかない。目の前の青年、凶は刀の切っ先を俺に向ける。
「どかないの?なら、人間でも容赦はしないよ。君は人里の人間ではないからね、俺の守備範囲外だよ。おっさんからすると若いやつは殺したくないんだけど。」
「・・・あんたは妖怪にある程度理解があると思っていたんだが。この妖怪は意思疎通がとれるし、同じ種族や似た種族であるなら統率できるくらいの力の差はある。ここで殺せば知性のない妖怪たちが荒れるぞ。」
「へぇ、憶測にしてはいい線いってるね。」
凶が刀を下した。自分と凶との間に張り詰めた空気が一瞬和らいだ。話の中で一つ分かったこともある。凶が人里を守ろうとしていることだ。あれだけ非難されたにもかかわらずよくやれるなとは思ったが。
だから、俺の提案に乗ってくれる可能性も零ではないはず。
「けど、俺の狙いはそれなんだよ。定期的に主を殺すことで縄張り争いを誘発する。その間は妖怪同士殺しあってるせいか人里近くにあらわることが少なくなるんだよ。今回はたまたま知性のあるやつだっただけでこれから先も変わらないさ。」
・・・これにはどうしようもない。確かに凶の言っているほうが正しく思える。けど、それには欠点がある。
「・・・凶、一つ聞きたい。お前はこの妖怪のように人の言葉を話す妖怪を切ってきたのか?」
「いや、獣型で人語を話す奴は初めてだね。で、それが?」
そうか、やっぱりな。妖怪を殺し続けるデメリットを把握していない。この妖怪がそうであるかは分からないが、利用させてもらおう。
「妖怪の死体を放置しておけば土地が穢れ、より強い妖怪が現れるかもしれない。凶のやり方はあくまでもお前が妖怪に勝てるからできる話だ。お前を超える妖怪が現れたら、それまでだ。」
妖怪が増えてきているという話からつながることだが、強い妖怪ももちろん現れる。ただ、いまのところ質より数なのかあんまり強くなっているわけではない。例外を除けば。
「それもそうだけど、生憎その程度で強くなったって言われるなら、俺が死ぬまでは大丈夫そうだな。だけど、君が言いたいのはその後どうするかってことかな。」
そうだ、と返す。やっぱり話は通じるようだ。
「そのために妖怪とある程度の関係性はもっておけ、そういうことかな。」
面白そうに笑う。まるで馬鹿にしてるように。実際に馬鹿にしてるだろうが。
「ああ悪い悪い、別に君の言いたいことが分からないわけじゃないさ。ただ、それは確実性がないからね。結果が大事な世の中だけど、過程の中で収穫がないと待てないんだよ、俺ら人間はね。だからそこをどきな。これ以上の時間はやれない、その妖怪の傷が塞がる。」
これ以上は無理か。あと少しだったんだがな。時間を稼ぐか。
八卦炉を構えて、マスタースパークを放つ。力加減がうまく分からないが、死なないような威力に調整した。見た目は派手だが威力のない、見かけ倒しの閃光だ。
しかし、捉えた感じはない。避けられた。ほとんど奇襲に近いものだったのに、そうとう感覚が鋭いのだろうか。
「厄介だね、けどそれは速い相手には当たらないだろ。」
上から声が聞こえる。見ると、木に掴まっている凶がいた。足腰の力だけで飛んだのだろうか。
また、目標を定め放つが、避けられる。見切られているのか。
「・・・それ。」
凶が刀を振るう。血が斬撃のように飛び出す。かなり速く避けられない。
(くっ、防御だけでも、、)
霊力で限界まで強化した片手を前に出し受け止める。しかし血の斬撃に威力はなく、単なる水鉄砲の様なものだった。だが、逆にそれがこちらを苦しめる。
血の斬撃は腕を超えて目に飛び込んできた。
「っあ!」
目を拭い視界を取り戻すが、そこには刀を振り上げる凶の姿がある。
「っ!」
ブーストによる加速で一瞬で消える。障害物の計算ができなかったから上空に飛んだが小さな枝などが邪魔になり、それほどの距離は飛んでいない。
(・・・人間相手にマスタースパークは加減が難しいか。だが、こちらの姿を見失っている。今の機会だ!)
ブーストで背後に急接近しようと飛び込む。
その刹那、自分の未来のビジョンが浮かぶ。肩から腰にかけて切られ、分離する体。目に写るのは上半身が途切れている己の体。
(・・・まずい!)
咄嗟に木を殴り、進路をずらす。
だが、体に異物が入り込んでくる感じがした。
「ぐあっ!」
ドサドサと倒れ転がる。胸に手を当てると、ぱっくりと切れ血が出ている。
「・・・よく避けたね。あのままだったら楽になれたのにね。」
「・・・くそ、何でわかった。」
「生憎、俺は目と耳が良くてね。小さい音や一瞬の事でも理解だけはできるんだよ。あとは経験則だけどね。それにしても速いねえ。」
(・・・とことん化け物だな。)
凶はかつかつと此方に歩み寄る。そして、刀を首に添える。
「悪いけど君は俺にとって脅威になり得る。ここでくたばってもらうよ。」
刀が一旦はなされ、凶は振る構えをとる。
(・・・俺はまだ終わるわけにはいかないんだよ!)
地面にマスタースパークをうち、その反動で体全体を飛ばす。最後のあがき、突進だ。間合い、刀の位置、心情を考慮しても避けられない。
(最後の最後まで気を抜くんじゃなかったな、凶、、がっ!)
だが、地面に叩きつけられる。刀の柄、正確には柄頭で打ち付けられた。
「その根性は流石だね、同じ人間ながら尊敬するよ。だがもう立ち上がれないだろうね。首筋を少々強めに打ったから、ちょっとした全身麻痺を起こしてるだろ。」
確かに体が動かない。ピクリともしない。
(・・・くそ、ここで終わりかよ、、、)
「そういえば、君の名前を聞いていなかったね。教えてくれないか。」
辛うじて動く口を何とか動かし、答える。最後だとしてもまだ諦めるな。数秒でも生き残れる時間を作れ。
「・・・霊吾、ただの霊吾だ。」
「霊吾か。覚えておくよ、勇気ある若者。」
刀を上げる凶。霊力で限界まで首を強化して最大限の悪足掻きを見せ、これから来る衝撃に耐えるため目を瞑り、歯をくいしばる。無駄な抵抗かもしれないがやらなきゃどっちにしろ御陀仏だ。
しかし、衝撃はなかなかやってこない。目を開けると、白で視界が埋まっていた。それが妖怪だとわかった。凶は少し距離を取り、構えていた。
「・・・人間、妖怪ながら我は震えたぞ。だから我はおぬしに懸ける。この命散らすなら少しだけ他の妖怪のために使ってやるわ。霊吾といったか、無事に生き残れ。」
爪を服に引っ掛けられ、飛ばされる。上空に漂っている間にかろうじて見えた一瞬で妖怪の首が凶によって落とされていた。
あの妖怪にとっても最後の足掻きだったのだろう。
もといた場所がだんだん小さくなっていく。意識は保っているが、体が動かないせいで能力もうまく使えない。幸いと言っていいのか、少し硬直しているおかげで八卦炉が手から離れずにいた。
やがてどんどん落ちていき、戸惑う。このまま地面にぶつかれば怪我じゃすまいだろうが、霊力で強化しても受け身がとれないのでかなりの衝撃になるだろう。
何回目かの全力の強化をおこなった瞬間、物凄い音と水飛沫が上がり、全身を打ち付けられたような衝撃が走る。
(がぼっ!水!まずい今は泳げる状態じゃない!それにもう意識が飛び、、)
ゆっくりと沈んでいく体。さっきの衝撃で脳も働きが遅くなっていく。やがて、頭も水に浸かり呼吸もできなくなる。
(・・・はっはっは、流石にもうどうしようもな、、い、、、)
意識を失う直前、腕を引っ張られる感覚があった。人の手だったそれはずっと冷たかった。俺に何かを言っているようだったが、何を言っているか分からない。辛うじて見えたものはその特徴的な少し灰がかった青色の長髪だった。