かくして幻想へと至る 作:虎山
「はぁ、明日ですか?」
「ええ、私はもう決めたわ。フランもそれでいいみたいだし、他の面子には悪いけど、私たちはこの道を選ぶわ。」
突如告げられた言葉。
『明日、人間が来るわ。何もしなければ私達は普通に死ぬわ。だからといって生きる気もしないから、明日死ぬわ。』
明日、出かけてくるといった、そんな軽い感じで彼女は死ぬといった。
「なぜ、ですか?」
「それは何に対する疑問かしら?私があなたを呼び出してこの事を言ったこと?それとも死ぬと決めたこと?」
「全部です。」
他にも聞きたいことはある。まずはその二つ。
「そうね、咲夜もパチェも逝ってしまったのも理由だけど、今の幻想郷には魅力がないのよ。あの隙間妖怪が何とかしようとしてるみたいだけど、もう無理ね。均衡を保つ存在というのはこの時代に生まれることはないわね。」
「それが死ぬ理由ですか。些か、らしくありませんね。お嬢様なら今の幻想郷を支配するくらいは言いそうだったのですが。」
きっと彼女ならそういうと思っていました。彼女は吸血鬼としてはまだ幼いお嬢様だったのですから。
「今の幻想郷には興味ないわ。あなたも知っているでしょうに。吸血鬼というのはね我が儘なのよ。そして何よりも強く、美しくありたいのよ。ただただ、延命として生きるくらいならここでばっさり終わるわ。それが私達姉妹よ。」
何時までもお嬢様のつもりだった。しかし、こうして対面で話している彼女はまさに紅魔館の主だった。いえ、これまでまともに見ようとしていなかったから分からなかったのかもしれませんが。
「・・・ご主人に似られましたね。」
何時しかの彼もこう言って消えていった。彼とは違う子だと思っていたのに、同じ道をたどるのは親子の定めなのだろうか。
「お父様に?それは私が吸血鬼として一人前になったということかしら?」
「そうですね、最初はどちらとも奥様似だと勝手に思っていたのですが、あなたはより誇り高くあろうとしたご主人に、フランのあの自由なところは奥様そっくりですね。」
「・・・美鈴が私をあなたと呼ぶのは久しぶりね。いえ、本来はそういう呼び方だったんでしょうけど。」
「どうせ、ヴラドと同じく私を置いていく気でしょう?流石に二回目となれば分かりますよ。最後まで従者を気取る気はありませんよ。」
レミリアにフラン、育てていたころは普通に名前を呼んでいたはずなのに、彼女らが母親の面影を見せ始めたころからお嬢様、妹様に変わっていった。壁を作っていたのだろう。子供相手にどうかとも思っていたが、私自身もまだ幼いところがあったのだろう。
だけど、もうその壁はいらない。彼女達はそれぞれが独立した存在であると理解した。彼女の決意に敬意を表して、レミリア、フランを個人として見よう。惜しむべきはこれが最後だということか。いや、最後まで彼女たちの成長に目を向けなかった私の落ち度でもあるのでしょう。
「置いていくかはあなたが決める事よ、美鈴。あなたには二つの選択肢があるわ。一つは私達と共に逝く。もう一つは、、、」
選択の余地はない。前者一択であった。もう一つなど聞く気にもならなかった。
・・・
全身を雨が打ち、片方の目が覚める。心臓を突かれたはずだが、どうやら一突き程度では死にきれないらしい。右手の感覚はない。左手で胸を触るも、傷はもう塞がりかけていた。綺麗な突きで空いた穴は案外塞がりやすいらしい。
「・・・また死ねなかったんですか。それとも生かされたんですかね。」
流石に今度ばかりは終わってほしかった。もう残っているものは何もない。この身はもう誰のためにも使われることはないでしょうに。
「・・・はあ、もう疲れましたね。」
このまま眠っていれば死ねないだろうか。その思いが自分の瞼を下していく。
・・・
目を覚ませば紅魔館の一室だった。腕には包帯が巻かれていた。
そして何より椅子に座り、ベッドに頭を落として眠っている水色の髪の少女。
「チルノ、、、あなたですか。」
ベッドには涙の跡が見える。
(・・・私だけでしたか。きっと悲しいでしょうね。特に心優しい彼女は。)
ここ数年においてはチルノは紅魔館の外部では最も関わりがあった。きっと嫌な予感がしたのだろうか。妖精は不思議な存在だ。
(チルノには悪いことをしましたね。)
疲れてぐっすり眠っているチルノの頭を撫でる。
(・・・次の区切りまではまだ少し生きていましょうか。)
・・・
少し驚いたようでどこか納得したような少年、霊吾を見る。
「その区切りが俺ということですか?」
「そうですね、チルノもあなたと仲良くなったようですし、私はこれでお役御免です。出来ればすぐにでもこの生を終えたいものですが。」
一区切り置いて向こうの返答を待つ。
「・・・一つ聞いてくれませんか?」
「何でしょう。」
「俺と本気で戦ってくれませんか?」
「・・・それであなたは何を望みますか。」
多少の要望なら応えてもいいでしょう。おそらく彼の要望は予想通りなら、私に生きて欲しいというところでしょうか。
「・・・俺が勝てば、俺が終わらせるはずの師匠のこれからを貰います。」
『お前に勝って、本当の友と認めてもらう!』
何時しかの記憶がよみがえる。そういえばそうでした。誇り高き吸血鬼の最初の一歩はあの時だったのでしょう。決して強いわけではない彼が当時の私の隣に立つために向かってきたのは少し驚きましたね。私はずっと隣を歩いていたつもりだったんですが。
そして目の前にいる少年も何かを為すために私と対峙するのでしょう。彼の真意は分かりません。私にただ生きて欲しいのか、はたまた別の目的でもあるのか。どちらにせよ彼は抗う事を選んだ。
(・・・まだ、若さがあっていいですね。レミリア、人間はどの時代も変わりませんよ。あの巫女のように時代を築くような英雄はおそらく出てこないでしょうが、流れに抗う人間はいますよ。貴方は好きになれない人でしょうが。)
自然に笑みがこぼれる。どうやらいつの間にか彼の成長を少し楽しみにしていたようだ。ここで終わりたくもあるが、見届けたい思いも少なからずある。
「師匠?」
怪訝な顔でこちらを見つめる霊吾。随分と久しぶりに、表情に出ていたのでしょうか。
「いいでしょう、私に勝てたら考えてあげますよ。ただし、私が本気である以上、全力で来てもらわないとすぐに終わりますよ。」
彼が私に何をしてほしいのか分からないが、どちらにせよ楽しむ戦いは最後になるかもしれない。私に本気で来いといった以上、彼もおそらく霊力、また魔法を使ってくるでしょう。
「それで、いつしますか?今この瞬間からというのも私は可能ですよ。」
彼には少し意地悪く言ったが、これぐらいの余裕は持って当たり前だ。まだ力の差を感じさせるためにも、一つ一つの言動で押しつぶす。その方がより彼は強くなれる。
「・・・明日の夜にお願いします。」
明日の夜。彼は客観的に見て最も分の悪い選択をしているようにも見える。ただ、何かしらの企みはあるのだろう。それこそ彼の本職が魔法使いであるなら。
そうはいっても、彼の選択は少なからず妖怪を甘く見ている節があるのは感じる。
「・・・それで本当に問題ありませんか?」
「・・・問題ありません。」
確固とした決意の眼差し。そこ以外を全く考えていないという雰囲気が感じ取れる。勝てる確信はあるのでしょうか。
互いに全力ではなかったにせよ、少なくとも格闘では勝てないということは分かっているはず。それでも彼は格闘で挑んでくるのでしょう。それが霊吾という少年なのだから。