かくして幻想へと至る 作:虎山
「いってらっしゃい、がんばってね。」
こいしからの声援を受け取り部屋を出る。おそらく彼女は今日去っていくだろう。こいしという少女について少しわかったことがある。彼女は野良猫のような存在だ。気まぐれでふらっと現れては消えるような少女だ。
自分にとって魔法使いである証の一つの黒いコートを羽織り、魔導書などを忍ばせる。やはりこちらのほうが落ち着く。普段はインナーだけで動いていたから、やや動きづらいが大きな問題はないだろう。
準備は整った。
・・・
紅魔館を出ると、真夜中だというのに月明かりで輝いて見える女性が背を向け佇んでいる。痛々しいと思っていた姿はもう見慣れてしまった。その姿であっても女性は自分を凌駕する。全盛期の姿を想像してみたが勝てる気がしない。だからといって今の師匠に勝てるとは言わないが。
こちらを振り向き、出てきた自分を見据える。
「・・・私が妖怪というのを忘れてるわけではないでしょうが、今夜を選んだのは愚策ではありませんか?」
師匠からの苦言、ほんの少し苛立ちを感じる。それはそうだ、妖怪の常識としてある満月の夜に活発になるという性質を知らないわけではない人間が、あえてその日を、その夜を選んでいる。しかも、その人間が弟子ときたものだ。最大級になめられたと思われても不思議ではない。
だが、こちらにも選んだ理由はある。それは今夜でなければ、また先になる。
「もちろん忘れるわけないじゃないですか。ただ、今日でなければ、今夜でなければ師匠に拳を入れるのは難しいでしょうね。それが妖怪にとって最も力を発揮できる時だとしても。」
「・・・そうですか、ではどうぞ。先手は譲ります。」
気力で全身を強化し、体を低く落とし込む。
「・・・いきますよ。」
地を蹴り、弾丸のように突っ込む。気力の強化により動体視力も強化されており、高速の移動にも何とか頭が追いつく。
ただ、それは向こうも同じ。いや、身体能力においては圧倒的に向こうが高い。それでもこの突きは相当な威力を発揮し、まともにあたればそれなりに効くだろうと思っている。
僅かに師匠の気力を感じ取る。それでも、先手を譲っのだから一撃は避けるまたは受け止めるだろう。少なくともこの拳が止められることはないだろうが、まともにあたることはない。
だからこそ勝負はニ撃目。理想としては師匠の攻撃を受け流して、カウンターを叩き込む。
疾風の如き拳の突きは、すうっと避けられる。そして師匠は間髪入れずに拳を振り下ろす。
(これを受け流して、!)
想像以上の重さで体が抑え込まれる。片手で受け流そうとしていたが、とっさに両手で支えて、持ちこたえる。
「くっ!」
何とか流すが、後方に飛ばされる。
「・・・そう簡単に流させるほど、妖怪の力は弱くありませんよ。」
(・・・今まで全力でないにせよ、ほとんど筋力だけで持っていかれるとは思わなかったな。)
「あなたも気力だけでの持久戦はやめたらどうです。その程度の強化では私の一撃は持ちませんよ。」
師匠相手には気力だけじゃ心許ないか。
霊力を体に纏うように操る。気力の上からさらに強化してより力は増すだろう。
こちらが強化するのを確認すると、師匠が目の前から消える。とっさに腕でガードした瞬間に衝撃が走る。師匠の突きを受け止めきれたが、強化していなかったらへし折れていただろう。現に、強化していても衝撃でしびれている。
攻撃の手は止まない。突きの後には頭を狙ったような蹴りが来る。
身をかがめて避け、頭上を足が通るのを感じる。ここまでは普段の修行とさして変わらない動きではある。そうここまでは。
空中で空気を蹴るように跳ね上がり、回転による足技で追撃をしてきた。防御を弾かれ、がら空きの胸に強烈な一撃をもらう。
「ぐふっ、」
距離を取って、胸をさする。威力的には骨折していてもおかしくはなかったが、骨には異常はないようだ。
「・・・基礎だけで私に並んだとでも思っていたのですか?何かしら面白いものがあると思っていたのですが、期待外れですね。」
冷たい言葉を浴びる。
「・・・すみません、自分なりに確かめたいこともありましたので。強化だけでも、と思っていたところはありましたが、さすがに諦めます。」
コートのポケットから八卦炉を取り出し、魔力を放出させる。八卦炉はそのまま魔法で周囲に浮かせておく。
先手と同じように、しかし今度は霊力での強化をしている状態で接近する。速さは最初ほど早くはないにせよ、遅くはない。
やや捨て身気味で体重を乗せた手刀で首筋を狙う。それを塞ごうとしようと師匠の手が動こうとした瞬間、唱える。
「・・・
師匠の手より速く手刀は止まることなく振り切れた。狙いが少しそれたが何とかあごには当たった。
それが逆に功を奏したのか、師匠が少しふらつく。一瞬でも脳にダメージがいったのだろう。
その一瞬は逃さない。追撃で強く踏み込み渾身の一撃を腹に叩き込む。
それでも師匠は倒れずに、自分の肩を殴りつける。師匠にしては大した威力ではない。耐えきって、両手での掌底で全力で突き飛ばす。
だが、飛んだのはこっちの方だった。掌底を耐えきり、自分を蹴り上げた。受け身を取って、師匠に向き直る。妖怪だからか回復は早いのだろう。ダメージは残っていると思うが、立直りが早い。
「・・・時間操作の類ですか。あなたにそんな能力はなかったはずですが。」
一発で当ててくるあたり、戦闘経験が豊富なのだろう。それとも前の住人が使っていた能力がヒントになったのだろう。
「・・・さすがですね、そのとおりです。この時計とここの魔女の月魔法、そして俺の能力があってのものですが、苦労した甲斐あって師匠に二撃も叩き込めましたよ。」
首にかけてある銀の懐中時計を見せながら、応える。前の持ち主である十六夜咲夜の能力を受け、僅かに時に干渉する能力を持つ。
時計で時間への干渉が、自分の能力で正規の時間軸からの離脱ができるようにはなったが、最後のピースは紅魔館の魔女パチュリー・ノーレッジの魔法だった。五行は魔理婆さんとの性質上で難しいが、月魔法は何とか手が付けられた。
そして月魔法の性質の一つに時間制御があった。制約や前準備の割りに効果は見込めないと書き込まれていたが、そのもろもろの条件は今夜が満月の夜ということで揃っていた。
時間を止めるのではなく、自分の時間を一瞬だけ二倍にする。師匠と言えど時間軸を越えることはできない。
だが、もちろんデメリットもある。心機能が普通の時間軸と二倍速の時間軸を行き来するため、多少の異常はきたす。今まで動かない状態で試していたが、当たり前だが動きが入ると余計に変化が大きいようだ。その結果はもちろん体に表れている。
「ぐはっ、」
血を吐き出す。内臓へのダメージで体が少し悲鳴を上げている。意外性の一発としては使えそうだが、実用性は微妙だし、複数回は使えない。だがもうこの戦いにおいては使うことはないだろう。
「内臓へのダメージですか。確かに驚きましたが、随分と苦労した割には欠陥技ですね。」
「・・・さすがにもう使いませんよ。ただ単に師匠に拳を入れるためのものですから。」
魔導書を手に取り、八卦炉を構える。そして、このためだけに使われるものたちを浮かび上がらせる。
「ですが、ここからは手段は選びませんよ。魔法使いの時間です。」
自分の周囲を囲むように浮いているのは複数の模造品の八卦炉。パチュリー・ノーレッジが作成した、本人のメモにはガラクタと書かれたものだった。
大事に長く使っているものには命が宿るらしいですね。