かくして幻想へと至る 作:虎山
「ぐぁ、げぉ、ぉぉ、、」
血の塊を吐きながらも、何とか意識を保つ。右手はプラプラと肘から先が揺れている。左の足首も反対方向を向いている。
もうまともに戦える状態ではなかった。
「・・・しぶといですね。もう諦めたらどうです?このままでは死ぬかもしれませんよ。」
諦めろと言われたのはもう何回目かわからない。ただここで負けるわけにはいかない。ここで負けるなら俺は最初から闘っていない。手足の一本ぐらいで師匠が手に入るのなら安いくらいだ。
しかし大妖怪とこれ程の差があるとは思わなかった。強い妖怪だとは思っていたが、まさかマスタースパークを片手で受けきり、拳一発で強化した腕をへし折られるとは。
もう勝てる算段はない。このままでは本当に死ぬかもしれない。だからもう後は運頼みだ。
「すいませんね。まだ諦めきれないみたいです。師匠に負けを認めさせるまでは。」
「・・・あなたは意外に馬鹿ですね。」
「いや、結構馬鹿だと思いますよ。自分のことながら。」
師匠の表情の変化がよく分かる。やはりどこか楽しそうに笑っていた。
「まだ、何かあるんですか?あったとしてももう使えないと思いますが。」
夢想天生を使ったとしても、今の師匠に決定的なダメージを与える技はない。あやふやな可能性にすべてを賭けて最後の一撃を考える。
(・・・これしかないか。)
魔力を全身に回す。痛覚を浮かし、さらに霊力で左足を固定して、何とか支える。
マスタースパークを後方に放ちながら、踏ん張る。
「・・・これが最後の技です。彗星、ブレイジングスター!」
夢で見たことがある流星の如き魔理婆さんの瞬き。星になりたいと願ったものの想いが形になった魔法。
全身が輝き、自らもマスタースパークと同化する。自爆突進のようなものだ。
この程度のスピードなら師匠は防ぐ。
だが、さすがに三倍は難しいはずだ。
「
自分の限界を超える。今まで見たことのない領域へと進む。より遅くなった空間は、元の空間での自分の速度をさらに上げる。二倍速より重い負担を背負うが、これで駄目なら終わりだ。
自らが光の槍となって、師匠に向かう。片手で受け止めようとしているのが分かる。すでに防御の体勢を取っていた。
そして、衝突した。まるで強固な壁にぶつかったような感じだった。山のように動かない存在を手で押している気がした。
それでもマスタースパークを自分のできる限界まで放ち、威力を高める。ほんのわずかに山がずれた。押し込んでいけばいけると確信した。耐えるにも限界は来る時が来る。片手しか使えない師匠が崩れるのは時間の問題かと思っていた。
だが、そんな時間を待っている暇はない。足の踏み込みと腰の回転を同時に重ね、ゼロ距離での突きを放つ。さっきの二段突きを見様見真似で再現した一撃だ。
手の骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げるも、攻撃は師匠に通っていると感じる。一瞬だけ苦悶の表情を浮かべる。もう一歩くらわせれば、というところで反撃は終わった。
突然、マスタースパークが弱まり、消えた。ハッとみると八卦炉は煙を上げていた。
(まさか、オーバーヒートか!)
連続での使用やマスタースパークの短時間での連発で八卦炉が悲鳴を上げていた。普段ここまで使っていなかったから分からなかったが、ここ一番って時に出てしまうとは。
「うごぉ!」
腹を蹴り上げられる。吹っ飛ばされ、門の壁にぶつかる。痛覚を浮かせたとはいえ、それがかえって不気味な感覚だった。
「・・・もう終わらせてあげましょう。」
師匠が近づいてくる。徐々に妖怪らしい姿から人間に戻っていく。もう必要ないと感じたのだろう。もう動く力がない。さっきの一瞬で抜けてしまったようだった。手から八卦炉が零れ落ちる。
時空変換を使った代償で血を吐き出す。もう体の中はぐっちゃぐっちゃだろう。内臓まで強化できればいいのだが。
(・・・だが、俺はついてるな。)
師匠の手が振り下ろされる。
しかし、その手が自分に届くことはなかった。
「・・・チルノですか。」
一瞬で自分と師匠の間に氷の壁が出来ており、その氷の壁で手は止まっていた。
「・・・何やってんの美鈴?何で二人ともボロボロなの?何が起こってるの?」
困惑、そして不安が見て取れる。チルノには知られたくはなかったが、もうこれしか手段はなかった。
「・・・チルノ、邪魔するな。この勝負、師匠が負けを認めてくれるまでは、俺は諦めきれないんだ。」
最後の力を振り絞って立ち上がり、今の状況では使えない八卦炉を拾う。あくまでも戦う姿勢だけを何とか取って師匠に向き直る。師匠の方はどこかやりづらい感じに見える。
「何でそこまでして戦うの?美鈴も何もここまでしなくてもいいじゃないか。」
「・・・これは互いに己の大事なものを賭けた戦い。その大事なものがある限り、師匠も俺も倒れるまで続ける。」
「レイアはそこまでして何が大事なの?」
「少なくともチルノには言えない。」
八卦炉を師匠に向ける。まだ、続行するという意思を伝える。
「・・・そうかい、ならあたいはこっちに付くよ。」
チルノは美鈴に背を向け、こちらに手をかざす。
「あたいにとっては残された数少ない妖怪の仲間なんだ。みすちー、リグル、大ちゃん、そしてルーミアまでもいなくなってしまった。あたいの独りよがりな思いでも美鈴がいなくなったら悲しいからあたいは美鈴を守る。痛くしたりはしないけど、これで諦めてくれなかったら何かしらはするよ。よく考えてよ、レイア。」
チルノが俺か美鈴かで選ぶとき、十中八九美鈴を選ぶだろうと半ば確信すらしていた。それでも彼女の性格からして、もう一人を攻撃するのはあまりにつらい選択だろう。けど選ばないといけない。チルノからの悲痛な訴えを聞いて、それでも首を横に振る。
師匠は何だかよく分からないという顔をしている。今まで、チルノについてそこまで考えていなかったのかもしれない。小さな妖精がいつの間にか自分を守ろうとしていると、師匠は思っているのかもしれない。そして少し時間が空き、師匠は笑った。
「・・・なるほど、これがあなたの狙いですか。なかなかやるじゃないですか。」
「この状況を理解した上でも、師匠は戦いますか?師匠も一人残される辛さを知っているのでは。チルノがどう思っているか分かりましたよね?俺にはもう何もできません。ですが、師匠ならここにいる誰もが笑うことができる選択肢を選べるはずです。」
諦めたような、そして少しの喜びを表したような表情をした。どうやら自分は師匠を変えることができたようだ。
「美鈴?」
師匠は手を上げる。
「・・・そうですね、私はまだ一人ではありませんでしたね。降参します。私の負けです。」
「え、え、何が起こったの?」
「・・・うう。」
ばたっと倒れる。全力で張りつめた気を解き放ったら、もう立つ気力も残っていない。勝った嬉しさより、安心感よりも悔しさが残る。
結局、一人で変えることはできなかった。強くなって、心のどこかでは何でもできると少なからず思っていた。
意識がなくなる中、師匠が語り掛けてくる。
「・・・私に負けを認めざるを得ない状況を土壇場で作ったのは、もとから考えていたんですかね?」
「・・・紅魔館付近であれだけドンパチやっていればいずれチルノが気づくだろうとは思いました。あまり使いたくはない手ではありましたが、真っ向から戦って無理と感じたのでなるべく時間を稼ぎましたよ。それに彗星って意外に目立つんですよ。」
「ちょっと!話す前に治療しないとレイア死にかけてるよ!」
たぶん大丈夫だと思うが、チルノはやや心配性かもしれない。俺が人間だからそう言っているのかもしれないが。ただまあ客観的に見たらだいぶボロボロだからな。
「ではチルノ、霊吾をお願いしていいですか?」
「分かった。美鈴は?」
「私は少しやることがあるので、ちょっと残っておきます。あとそれと一つ言いたいことがあります。」
「何?」
「・・・ありがとうございます、今まで私を守ってくれて。」
「何言ってるのか分からないけど、どういたしまして。じゃあ、先に行ってる。レイア行くよ、、、って気絶してるし。」
霊吾を背負い、紅魔館に入っていくチルノ。
「・・・さあて、このひしゃげた門をどうしましょうか。いや、もう必要ないですかね。」
その日から紅魔館の門は無くなった。門番という肩書はもう彼女にはない。それでも彼女は何かを守るために生きる。それがただの門から大事な人に変わったのは大きな変化だろう。いや、彼女にとっては戻ったといった方が正しいのかもしれない。