かくして幻想へと至る 作:虎山
神社にて
「さて、最後の授業になるな。何をしようか?教えたいことは多々あるが、時間もないし、何か希望でもあるかな?」
「・・・先生、何で逃げないんですか?」
「逃げる必要がどこにあるんだ。私は妖怪の前に先生なんだ。この学び舎に生徒が来る以上は私はここに立つよ。君一人といえどね。」
静まり返った寺小屋。まだ数か月前までは多くの子供がいた。かつては妖精なども来ていたようだが、自分がここに来るようになった頃からは人の子しかきていない。人間と妖怪の関係はここと言えど例外ではない。妖怪の教えを受ける事を拒絶するようになった。今の人里の大人たちの多くがここで学んでいったというのにだ。
先生にはある条件が突きつけられた。人里から出ていくというのであれば、追うことはしないというものだ。妖怪に対して殲滅の意を示している人里にとってみれば珍しい事だった。どんなに妖怪であれど助けてもらったこともある。だからこそ平和的解決を提示したのだろう。
「・・・僕がここに来なければとっくに逃げていましたよね。」
「どうかな、結構思い入れもあるし、案外今の今まで残っているかもしれないな。」
「いや、先生なら絶対に去るはずです。先生は自分を殺すであろう人の事も理解しているはず。だからこそ、里のために去ると考えました。」
「買いかぶりすぎだぞ。」
「・・・僕は先生が残ってくれると、きっと先生が僕を置いて行かないだろうということを思いながらも、今日まで来てしまった。僕は先生に生きて欲しいと言いながら、逆の行動をとっていたんです。」
天秤にかけてしまった。どこかで生きていけるかもしれないが会えない可能性と生きていけないが最後まで会える事を。自分勝手なところは他の人間と変わらない。
「・・・君の言う通り、私は誰も来なければすぐにでも去っていただろう。だけど君には感謝している。私をただの妖怪ではなく先生として終わらせてくれたんだ。だからそう辛い顔をするな。」
笑顔を向けられる。この時の自分の表情はどうだったろうか。いい顔をしていないことは覚えている。
「最後に何しようか考えていたが、『死』という事について話し合おうか。これには答えが無い。だが、最後にたどり着くべきところである以上、その意味を知ってもらいたい。」
「『死』ですか、、、縁起でもない。ただの悲しい結末。それ以外の意味はないと思います。」
「それはどうかな?確かに悲愴という側面はある。だけどそれが全てではない。以前に教えたと思うが妖怪にとっての死を覚えているか?」
「人が恐怖を乗り越える、または受け入れたときに妖怪と言う存在が死ぬということでしたか。妖怪は人の力で持って殺すことで死ぬことが出来ると言っていたのを覚えています。例外はいくつかあったと思いますが。」
。」
「よく覚えているじゃないか。概ねその通りだ。ここからは私の想像だが、妖怪というのは人間にとっての試練となる存在だと思うのだよ。」
「試練ですか?」
難しい事を言う。そのような考えであるならば、まるで妖怪は人間から殺されるために生まれてきたかのように思える。
「そうだ。半妖だからこそ分かることもあるのだが、妖怪は死に場所を求めることがある。自身の役目を終えると途方に暮れる。人ならざる者の中でも特に妖怪がそうだと思うのだよ。幻想郷という世界はそういう妖怪にとっては確かに楽園だった。私にとってもいいところであった。だが、人間達がかつての恐怖を思い返し、立ち向かおうとしてきた。」
どこか嬉しそうに話す。授業では見る事の出来ない見惚れるほどの笑顔を浮かべながら。
「嬉しいのだよ。かつての私の教え子たちが成長し、私に立ち向かう。きっと多くの葛藤があったのだろう。私に恩がある、大いに世話になったという一方で、妖怪である以上は里に置けないという。妖怪に攻撃を仕掛けても、最も近くにいる私に最初に来ないあたり、悩んでいたのであろう。そして妖怪の排除を選んだ。如何にも人間らしいと思う。」
「・・・理解が出来ません。」
「そうだろうな。だけど最初に言ったように知っていてもらいたいのだ。妖怪にとって役目を果たした後の『死』は喜びとなるんだ。里の者には多くを教えてきた。こうなる可能性も示唆してきた。長く教えを説いてきたが、もう十分、私の考えや思いを伝えてこれた。ただ人として思い残すことは君の未来を見れないことくらいか。」
難しい。妖怪であり、人間であり、先生であろうとした者の言葉はあまり記憶に残っていない。ただ覚えているのは、笑顔でありながらも時折見せる寂しい表情。
「君には辛い事をさせるかもしれないが、一つ私の願いを聞いてくれないだろうか。」
「願いですか?」
「人里を守っていて欲しい。他の人との関係はよく分かる。君の苦しみを軽々しく分かるなんて言うつもりもない。選ぶ権利は君にある。断ってくれてもいいさ。」
僕は人里からは忌むべき子供だったのだという。外来人という外の世界から来た人間と人里における特殊な存在との間に生まれた子供だという。先生によれば子孫を残さない代わりに転生することが出来るという契約を交わしていたそうで、人里において妖怪の記録をしていたらしい。妖怪を熟知しており、人里で重宝していたそうだ。
僕が生まれたことにより、契約と能力が消えたそうだ。その後の話は聞いていないが、今その屋敷は一人で持て余している。外に出れば軽蔑、奇怪な目で見られるこの里を守るのは嫌だった。
「・・・僕は上手くできません。ですが、先生の願い、受け入れます。」
今の僕があるのは先生のおかげだ。
「よかった、、、これで私は終われる。ありがとう。」
妖怪として、人として満足したような顔をしている。本当にそうであったか分からないが、そう見えた。
「僕もあなたに会えてよかったです、、、慧音先生。」
・・・
手首から先を切り落とされ、引き下がる。このまま突っ込んでも相手にいいようにやられる。切りつけられた目に違和感を感じる。瞼を切られただけだが、治らない。
「浅いか、眼球まで届いていないね。」
「くっそ、傷が治らない。何だその小刀。」
大太刀で切られた右手は再生できたが、小刀で切られた顔の傷が再生しない。まるで傷そのものが最初から存在しているように。
「説明してやる義理はないんだけど、どうせ通らないみたいだしいいか。この小刀はとある妖怪の角をそのまま削って刀の形にしただけのものだ。願いと一緒に託されたものだけど、その妖怪の能力を持っている。」
「妖怪だと?」
「そう、小刀で付けた傷は妖怪の能力によって『歴史』になる。『その傷はもとからあったという歴史』が再生しない原因。浅い傷でも少しは視界に影響がでるだろ。」
大した傷ではないが、確かに痛みを与えている。決定打にはならないかもしれないが、削り続ければ殺せる目途が立つ。これまでの妖怪たちもそうであったように。
(だけど、そう長くはこちらも持ちそうにない。)
凶にとっては戦いやすい状況にあった。伊吹はこれまで霊吾の相手をしており、その動きに合わせて戦っていた。早く、大きな動きで戦う彼に攻撃を当てるにはある程度の予測が必要。常に高速を維持する霊吾に対して、自分はほんの少し早く動ける程度。先ほどまで戦っていた相手に比べれば確実に当てれると思うからこそ、そこに隙ができる。無意識に力み、対応が遅れてくる。
だが少し戦えば慣れる。そう何回も避けさせてはくれないだろうし、自分の間合いに入り込んでくれなければ正直相手にならない。
(掠っただけでも皮膚が焼けるとはね。あっちは受け流したみたいだけど片腕がボロボロだな。おそらく内臓や肋骨あたりも怪しいところだ。俺がまともに食らったら果たして五体中何体残るのかね。)
鬼が動き出す。先ほど霊吾に向かう速さよりも随分と遅い。あの速さを出すのは簡単とはいかないらしい。一歩踏み込み、大太刀を地面に突き刺す。
(・・・二度同じ手は通用しない。これで決めなければ、俺に打つ手はない。)
太刀を支点に加速する。一瞬だけの加速で相手の腕を潜り抜ける。体をひねり、首をめがけて大太刀を振るう。
(獲った!)
背後からの一閃。不意打ちではないにしろ、避けるのではなくあえて突っ込むという行動は予測できないはず。であれば確実にあたる。
ガチンという音が響く。頬に食い込んでいるが、噛んで止められた。
「ははっ、嫌になるな。」
刀を手放し、離脱する。当たり前だが向こうも簡単に逃がしてくれない。振り向かずに裏拳を仕掛けてくる。片手で受け止めるがもちろん受けきれない。
そのまま吹き飛ばされ、氷の壁にぶち当たる。霊吾と比べ強化していない体へのダメージは顕著に表れる。肋骨が数本折れ、内臓に突き刺さる。痛みに悶えながらもなんとか立ち上がる。腕自体は無事のようだ。
「・・・惜しかったな。」
食い込んだ刃を抜き捨て、歩いて寄ってくる。絶望的な状況だった。
妖怪観は個人的なものです