かくして幻想へと至る 作:虎山
人里にて
「力と力のぶつかり合いができるなんてな、何百年ぶりだ!」
衝撃は空気を伝い辺りに広がる。風が荒れ狂い、砂利が凄まじい速さで飛び交う。人間、いや妖怪ですらその空間では、まるで戦場のようにどこからともなく訪れる脅威に身震いしてしまう。
大妖怪同士の衝突というのはこれまでないわけではない。だが、純粋な力比べのような衝突は希少である。怪力の代名詞でもある鬼はその力故に一撃で争いが終息してしまう。その鬼の中でも頂点を誇る者、星熊勇儀がこれまでの戦闘において一撃を避ける者こそいれど、受けきれる者はいない。
彼女は歓喜している。制限なく戦える相手の出現に高ぶっている。
「噂に違わぬといったところでしょうか。この姿でなければ一撃で体が破裂しそうですよ。」
「涼しい顔で言いやがってよ!」
怪力乱神を名乗るにふさわしい出鱈目な威力。紅美鈴にとっても威力を流さなければ長くは戦えない。といっても有効的な攻撃手段がない。
妖怪はほとんどが己の種族や能力、または特徴に合わせた攻撃を行い、それを磨いていく。妖怪同士の戦いにおいては相手をいかにして潰すかが存続を左右する。だからこそ勝ち残っていく妖怪はより強くなっていく。大妖怪の中でも戦闘経験の多い妖怪程その強さは計り知れない。
紅美鈴は戦闘経験の多い妖怪の中では相手を一撃で葬り去る攻撃が無い。そのような妖怪の中で戦い抜くための一つの方法である消耗戦に磨きをかけてきた。大妖怪になればなるほど一度の戦闘による消耗も激しくなることもあり、相手に合わせて力を抑えて戦う。予測と判断で相手を上回るに十分な力のみを持ちだし、相手が耐える、または効かないようならそれを上回る力を出す。長く生き、強大な大妖怪ほどそれを無意識のうちに行っている。
紅美鈴はそれを逆手に取った戦闘法で戦う。力を技術で流し、相手の力を最大限まで引き出させる。自分の力を出し切ってなお倒れない相手に対して焦りが生まれ、攻撃は粗くなり、最大限の力を出し続けることにより、疲労が蓄積し、隙が生まれる。そこを狙い撃てば、格上の相手であろうと必殺の一撃などいらない。
だけど、相手がそれを見破れば対処される。それだけじゃない。
ピシッという音がなり、頬の亀裂が大きくなる。鱗のように見える罅割れは徐々に広がっている。咄嗟に距離を取る。
怪訝な表情の鬼。まるで驚愕しているようだ。
「・・・お前、その身に竜を閉じ込めているのか。竜人ではなく、竜から人になったのか。大した奴だ。」
「あなた相手には分かりますか。」
「今気づいた。徐々に人から竜になっているな。最初は元の姿に戻ったのかと思ったが、その姿はどうやら途中段階か。」
強い相手との闘い。まだ人が妖怪と戦っていた時代には数々の戦場において常に竜人の姿を維持していたが、随分と長い間閉じ込めていたせいで、加減が分からない。
竜になるわけにはいかない。確実に目の前の鬼は倒せるが、その余波は守るはずの友人や人里を傷つける。それだけはいけない。
「・・・はは、お前なら試せる。」
鬼、星熊勇儀は大きく距離を取った。
「全妖力を込めた一撃、受けきれる奴はお前を除いてはいないと見た。せっかくの機会だ、試させてもらうぞ。」
妖力が爆発するように周囲に弾け出る。全力の一撃というのは本当だろう。まともにあたれば竜になっていたとしても無事ではない。
「・・・三歩必殺。」
一歩目を踏み込む。浅い踏み込みだが、大地が揺れる。
(距離を測りましたか。噂程度でしか聞いたことはありませんが、間合いに入れば必ず相手を殺すまさしく必殺。三歩とは言いますが、彼女なら目前に見える相手なら離れていても無意味。)
二歩目。先ほどよりも強く。足が大地にのめり込み、辺りが陥没する。
(狙いは胴体。絶対に当てる技である以上、受け流すことは困難。本来は技を発動させる前に叩くのが正解ですが、こちらの攻撃はほとんど通らないなら、受けきるしか手はない。)
目前に迫る鬼。二歩目の踏み込みで距離を詰めてきた。
氷の右手を突き出し、甲を左手で支える。妖力、気力を氷の掌に集中させる。
(本来の自分の腕ではない。だけど、この腕は私以上に私を信じている者の願いが詰まってる。守ることに関していえば、本来以上の力が出る。)
三歩目と同時に飛び出す拳を受け止める。氷の腕にひびが入り、衝撃が全身に伝わる。体中が悲鳴を上げ、骨が軋む音が感じ取れる。爆発音と共に衝撃波が周りに飛び交う。踏み込んだ際の石の破片が頬を掠り、傷を作る。
(くぅ!まるで山を動かしているかのようですね。こんな威力を出せる妖怪がいるとは、まだまだ私も未熟者ということですか。流すことは出来ない。だけど、この状況を打開する手はある。)
氷の腕全体に亀裂が走り、腕が砕け散る。
(・・・よくここまで持ってくれました。十分です。十分あなたは戦ってくれましたよ。威力はだいぶ押し殺すことが出来た。ここからは私自身の番です。)
「うらぁ!」
威力を押し殺したとはいえ、十分すぎるほどの破壊力を秘めた拳。添えていた片手に衝撃が来る。手首が壊れ、心臓まで押し込められる。そこで一瞬止まる。
(ここしかない!)
幸いしたのは相手が右腕だったこと。氷の腕が壊れた段階で相手が油断したこと。そのうえで申し分なく威力があること。
一瞬で歩幅を変え、左手を投げ出し、相手のがら空きの胴体に背中を叩きつける。どれだけの装甲があろうとも予期せぬ技は通る。さらにそれだけではない。相手の威力を上乗せして弾き出した一撃は確かな感触があった。
だが、上空に投げ出された鬼の表情は笑っていた。
「はっは、返されるとは思わなかったな。体に力が入らねえが、その程度で私は止められないぜ!」
高らかに笑いながらも飛ぶこともできずに地に落ちようとしている。
「いいえ、止められますよ。私はあくまでも盾ですので。」
「何を言って」
言葉の途中でボゴッという嫌な打撃音が響き、勇儀が吹き飛ばされる。
「遅かったですね。その様子だと随分苦戦したんですか?」
打撃音を響かせた傘を肩に担ぎ、悠々とした様子で風見幽香が近づいてきた。
「ちょっと厄介なカラスがいただけで苦戦なんてしてないわ。まあ、少し前に速いやつを相手にしていたおかげで落とせたわけだけども。」
手足が片方ずつむき出しになっているあたり、切り落とされたのだろう。即座に再生している様子だが、妖力も随分と大人しくなっている。流石にあの数を相手取って無傷といかない。
「で、あなたはまだいる気?その右手、再生しないのだったら足手纏いになるわよ。逃げるなら主力を叩いた今だと思うのだけれど。」
「再生できればしていますよ。そういうあなたこそ一人でまだあれだけ居る妖怪の相手を出来るんですか?」
目前にいる妖怪の数は確かに減ってはいる。風見幽香が蹴散らした者もいれば、紅美鈴が流した衝撃で倒れた者もいる。ただ強い妖怪というのは残る。勇儀ほどの存在はいないにしろ、満身創痍の二人で相手になる奴らではない。
「紫が目を覚ますまでどんちゃん騒ぎするには、ちょっときつい物があるわね。」
「八雲頼りにしてるのを見るに自信は無さげですね。」
「あの鬼がやられて、戦意喪失したんなら話が早いのだけれど、向こうは逆にわくわくしてるのを見るとね。流石の私も弱音を吐きたくもなるわ。」
随分弱気になっている様子だが、言葉とは裏腹にその表情は生き生きとしている。やはりこの手の妖怪は平和で退屈な日常よりは危険で殺伐とした戦場を好むのだろう。
「まだ、終わったわけじゃない!二人に任せてばっかじゃいられないんだ!」
チルノが立ち上がって肩を並べる。妖気が回復したわけじゃない。ただ、気合で立ち上がり、意地で立ち向かっている。
「・・・どうやら、決着がつきましたか。」
「めいりん?」
この一戦が始まる前から上空にある気配が慌ただしく動いている。もう片方の戦が終わったようだ。そして、こちらに近づいてくる。
風と共に現れた天狗。星熊勇儀のとなりに舞い降りる。
「勇儀様、萃香様が、、、」