かくして幻想へと至る   作:虎山

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未来は

 妖怪が人里に襲来した日から1ヶ月ほどの時間がたった。未だに妖怪と人間の亀裂というのは大きく変わってはいない。ただ、スペルカードルールがあった以前の状態までは戻っていると感じられる。人里の人たちもチルノといった友好的な妖怪には少しだけ歩み寄るようになった。それでも強大な妖怪にはまだ抵抗はあるらしい。

 

「それで、美鈴さんはまだ人里には入れないんですか?」

 

「特別、入る必要はないですがね。まあでも、友好的な人間もいますよ。あなたみたいになりたいって言ってる女の子とか。」

 

 八枝のことだろうな。人里で妖怪とのつなぎ役を率先して行っているらしい。

 

「教えがいがありそうな子ですよ。」

 

「・・・俺の時みたいに殺しかけたりとかしてないですよね?」

 

「あんなやり方するわけないじゃないですか。あれは気を扱えるようにするためにちょっと無理をさせました。どの道、あのやり方で耐えてこなければ、ここでこうして呑気に話すこともなかったでしょう。」

 

「まあ、それはそうですね。」

 

 久しぶりに訪れた美鈴さんと少し話し込んだ。

 

「さて、そろそろ行きますね。あなたもあまり無理はしないように。」

 

 それだけを言い残し、去っていく。

 

 あの戦いで俺の体はボロボロになっていた。半妖ですらない存在、ほんのわずかに妖が入り混じった人間という存在になった。おかげで本来短くなっているはずの寿命が延びたのは悪い事ではないだろう。

 

 ただ、霊力が満足に使えない。少なくとも御子としての役割を果たすことは出来ない。博麗の巫女はかよが受け継いだ。まだ、早い気はするが仕方がない。

 

 首筋の噛み跡、腕の呪いは消えない。噛み跡は効果はほとんどないといえど、禍々しい跡だとわかる。腕の呪いに関しては札を貼り付けて封印している。

 

 

 

・・・

 

 

 美鈴さんが去って、少し経つと何者かがやってきた。うまい具合に妖力を隠しているがおそらく大妖怪の類であろう。桃色の髪にシニヨンを付けた女性。右手を包帯で巻かれており、腕には鎖がはめられていた。

 

「・・・鬼か。」

 

「いえ、仙人です。」

 

 まだ見習いですがね、と付け加える。他の鬼ような気性の荒さは特にみられないが、嫌な予感がしている。確実に鬼ではある。

 

「まあ、危害を加えない限りは客として扱いますよ。で、どちら様でしょうか?」

 

「茨木華扇といいます。萃香を討った人間というのを見てみたかったもので。」

 

 あれ以来こうして妖怪がくることがある。ほとんどが大妖怪であるが、初見で俺が伊吹を倒したと断言される。そんなにもこの首筋の呪いは強いのか。そもそもこの噛み跡の意味はなんだろうか。噛み跡に手を近づける。

 

「気になりますか、それ。」

 

「伊吹が最後に残したものだから、気にはなりますよ。それにこいつを見た時の反応が鬼とそれ以外とで違った。」

 

 地底の妖怪達の反応。鬼だけはこいつを見る目がどこか他の妖怪達と違った。

 

「昔の話ですが、鬼と人間が婚姻を交わす際の証と言われていました。首筋を噛むと深々と突き刺さり、傷と残り香を永遠に残す。恐怖や緊張がないほど綺麗な跡になるのですが、あなたのは見事ですね。」

 

 まあ、聞いた話ですけどね、と付け加える。誤魔化しているつもりなのだろうか。あくまでも鬼とは言わないつもりだ。

 

「他の妖怪にはこの人間は自分の獲物だという印くらいにしか思われていないでしょう。多少力を持った妖怪なら手を出して来ないとは思いますよ。まあ、弱い妖怪や悪霊何かは寄り付くと思いますが。」

 

 大層なものを付けられた。道理で分かるわけだ。右手同様に封印しといた方が安全かもしれない。

 

「・・・まだ巫女の役割を担っていますか?」

 

「いや、もう次の代になってますよ。」

 

「そうですか。これからは何をなさるおつもりで?」

 

「さて。考えてはいますが、当分は今の巫女の手伝いに当たると思いますよ。」

 

 そういえば何も考えていない。考える必要があるのかもしれない。

 

「では私はこれで。あなたを一目見れて良かった。」

 

 茨木華扇はそう言い残し去っていった。珍しい妖怪もいるものだ。同じ種族とはいえ、こうも性質や性格が変わるのだろう。

 

(仙人を目指すだけの事はある。)

 

「・・・もう出てきていいのでは?」

 

 虚空に向かって声をかける。美鈴さんと話していた時からちょくちょく視線を感じていたが、茨木がいた時には見ているようだった。流石に最後は茨木も気づいたようではあったが。

 

 何もない空間が開き、中から紫さんが出てくる。異変後に会った時は意気消沈としていたが、最近は少しだけ元気が出てきた。友と従者を失った辛さは計り知れない。

 

 静かに近づき、隣に座った。お茶でも出そうと立ち上がろうとすると手を掴まれる。

 

「・・・分かりました。」

 

 紫さんが来た時にこういう二人で静かに座っている時間が増えた。というよりも紫さんが全く話さず近くにいることが多くなった。孤独の辛さを少しでも紛らわせようとしているのだろう。

 

 少し時間が経つと紫さんが話し始めた。

 

「華扇が貴方に言っていたわね、これから何をするかとか。もう貴方は自由なのだから好きに生きていいのよ。」

 

「好きで俺はかよの手伝いをしています。それに紫さんとこうして静かに座っているのも悪い気はしないですよ。」

 

「・・・そう。」

 

 それからまたしばらく静かな時間が過ぎた。

 

 紫さんが立ち上がり、台所に行こうとした。

 

「お茶なら俺が淹れますよ。」

 

「たまにはやらせてちょうだい。いつも貴方や藍に任せていたもの。」

 

 二人分のお茶を注ぎ、持ってくる。誰かに淹れてもらうのは久しぶりだ。二人でお茶を飲み、ゆっくりする。湯呑を置き、紫さんが話し出す。

 

「・・・もし貴方が私に力を貸してくれるのであれば、一つだけお願いがあります。」

 

 こちらを向き、改まってお願いされる。以前にもこんな感じでお願いされた気がするな。これから先も博麗関係の事をお願いされるのだろうと、そう思っていた。

 

「貴方に、こんな事を頼むのは、駄目だと分かっています。」

 

 声が途切れ途切れになっている。

 

「・・・過去に行き、幻想郷に影響を与えて欲しい。これから築き上げていく未来を貴方に捨てていただきたい。」

 

 真剣な眼差し。だからこそ生半可な返答はできない。

 

「俺にはできません。俺はこの幻想郷で生きていくと決めてます。たとえ行く先がどうであれ、この先の未来に生き、作っていくことを諦めることはしたくないです。それに俺にはかよがいる。」

 

 娘を残していくことは俺にはできない。まだ博麗の巫女になったばかりだというのに。

 

「ここからやり直すことは出来ますよ。橙やかよ、チルノといった勢いを持った者が出てきますし、風見や美鈴さんのように力を持った者が協力はしてくれる。俺も共にいたい。そう焦らずに考えましょうよ、紫さん。」

 

「・・・そうね。確かにまだ終わったわけではないわ。でも、緩やかに終局に向かうしか道はない。今の幻想郷のパワーバランスでは長くは持たない。」

 

「それが幻想郷なのでしょう。全てを受け入れた結果です。それを受け止めるしかない。」

 

 何でも受け入れる事、それはとても残酷な事だと紫さんは言っていた。何が悪いわけでもない、誰が悪いわけでもない。だけど責任や負担は必ず誰かが受け持つ。ここはそういう世界であることを忘れてはいけない。

 

「厳しいのね。優しくしてくれると思ったのだけど。」

 

「紫さんが現実を受け入れて立ち上がろうとするなら俺も手助けをしますよ。現実を否定するのなら、そこだけは賛同できない。それに藍さんからもそう言われていますから。」

 

 紫さんがこちらを見つめる。ふっと儚い笑みを浮かべる。

 

「・・・やっぱり無理でしたか。貴方ならそう選ぶと思っていました。」

 

 ふと違和感を覚える。紫さんの姿が微かにぶれる。体に力が入らない。

 

「・・・嘘をついてごめんなさい。お願いといいましたが、私の中では決定事項でした。」

 

『女は嘘をつく』

 

 伊吹から言われた忠告が蘇る。紫さんが近づいてくるが、体が動かない。お茶に何かしらを盛られたか。

 

「やめてください、紫さん。俺はまだ、」

 

「ごめんなさい。どれほど恨まれても構わないわ。」

 

 隙間に落とされ、不気味な空間を漂う。紫さんの声も微かにしか聞こえない。

 

「あなたしかこの未来を変えることはできないの、霊吾。」

 

 それが最後に聞いた声だった。

 

 

 

 




初期構想ではここで物語は終わりです。
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