かくして幻想へと至る 作:虎山
「我が儘言ってすみません。他の生徒には悪いことをしました。」
「いえ、早く帰れるようになって嬉しいくらいだと思ってますよ。雨も強くなりそうでしたし、霧雨さんを長居させるのも悪いですし。」
武道場の玄関で生徒達の帰りを見ながら話し合う。雨が強くなっていることもあり、傘をさしている生徒がほとんどだ。外の部活動も早めに帰っているようだ。
傘立てから微かに妖気を感じた。チラッと見ると紫色の傘、小傘が期待しているように妖気を漂わせている。お前の出番はもう少し後で来る。
「それにしても本当に大丈夫ですか?防具なしで試合をするなど本来であるなら絶対に許可しませんよ。今回が特別ですから。」
「その点については本当に申し訳ないです。ですが、防具がありだと魂魄さんに勝てそうにないので。大丈夫です。絶対に怪我とかしないんで。」
武道場を見る。珍しい白髪の少女がじっと空を見ている。帰っている男子生徒などその姿に見惚れているようだ。それほど絵になる少女だ。儚げな雰囲気を醸しているが、誰よりも強い。
・・・
雨音が武道場に響く。此方を射ぬく鋭い眼光が見える。こちらは防具を付けていないが、向こうは防具を付けている。そのことについては何も言ってこなかった。
対面して分かる。竹刀を向けられて初めて気づいた。
(・・・これはちょっと本気でいかないとケガするかもな。)
物静かな少女と思っていたが、内に激しい炎を感じる。こういうタイプは爆発すると厄介だ。
「始め!」
魂魄が物凄いスピードで距離を詰め、突きを繰り出してくる。肩を狙っての突き。防具を付けていないため、躊躇していたのだろう。
竹刀で突きを逸らし、鍔で押し込めて近づく。
「遠慮するな。絶対に当たらないから急所を狙ってこい。」
押し返し距離をとる。相手が深く息をつく。
目がぎらつく。獲物を逃がすまいとする獣のような雰囲気だ。
接近し竹刀を振るう。今度は肩から叩き落とすような軌道だ。急所を狙ってこいとは言ったが、こちらの実力をまだ探っているのだろう。とりあえず片腕を使えないようにさせようという考えだろう。
竹刀で流しながら避ける。鋭い振りだが、逸らして避ける。
流されても踏み込みを変え、足元を狙ってくる。
飛んで躱すと、直ぐ様突きを繰り出してきた。狙いは喉だ。こちらも竹刀で逸らし、小手を打ちながら着地をする。
「・・・一本!」
島さんの声がかかる。
魂魄は呆気にとられているようである。普通の剣道とは違い相手は防具なしで動き回る。自分の技も簡単に逸らされるだけでなく、カウンターまでしてきた。初めての経験だろう。
仕切り直しでもう一本。今度は攻めてこない。守りに入ったのだろうか。流石に少し大人気なかったか。
「どうした?攻めてこないのか?」
問い掛けても返事はない。出方を見ているのか。
「じゃあ、こちらから行くぞ。」
魂魄がついてこれるギリギリの早さで間を詰める。面を打ち込むが流石に防がれる。
いや、防ぐだけでなくこちらの竹刀を逸らして、手首を狙ってきた。先ほど見せたやつを一瞬で真似て来るとは。
だけどこいつなら出来ると思っていた。
鍔で何とか防ぐも、体勢的には向こうが有利。そのまま押し込めようとしてきた。
(見よう見まねでやったにしては上出来な竹刀捌き。体勢有利を覆そうにも普通の大人だと力負けするな。身のこなしにおいても申し分ない。こいつは化けるぞ。)
普通なら負けているが、向こうの両手での押し込みとこちらのほぼ片手の押し込みで釣り合っている。
(こっちも普通とは言い難いんでな。悪いな魂魄。負けてもらうぞ。)
相手の竹刀を押し飛ばし、体勢を崩す。その隙にコツンと面を打つ。
「一本!」
・・・
あの後、島さんが終わりを告げると直ぐ様防具を脱いで出ていった。
「よほど悔しかったのでしょう。それにしてもすごい実力ですね霧雨さん。剣道はしていなかったと言ってましたが、剣術や武術など極めているのですか?」
「極めているとは言えませんが、格闘術を主に修練してましたね。刀も少々扱えますが。」
「あれで極めていないと言いますか。魂魄が手も足も出ないような相手は初めてですよ。どこで教わったのか聞いてもいいですか?」
「すみませんが言えません。」
「そうですか、残念です。」
少々雑談を交わした後、お開きとなった。またいつか来て欲しいとのことだが、考えておきますと言って保留にした。
自分のやり方は良い影響を与えることはない。特に魂魄が真似るのは良くない。圧倒的な攻めに変則的な小手技を使い出したらより厄介な存在になる。
・・・
紫色の傘を差して帰る。雨も随分と強くなっており、日も落ちているので街灯以外の明かりはない。傘もなかったら面倒な状況だっただろう。
「お前を貰って正解だったよ、小傘。」
本来の使われ方をされてご機嫌なのか妖気が漏れ出ている。怒っている感じは一切無く、喜びの感情が伝わってくるようだ。
魂魄妖見という少女についてだが、確かに人の在り方から逸れる可能性はある。霊力の強さや、対面した時感じた存在感は間違いなく天才の類いを越えている。
宇佐見菫子に近しい存在。それ故に魂魄妖見にも両親など近くで支える人物がいるのだろう。
だが、魂魄妖見の両親はすでに他界していると島さんが言った。孤児となっている状況で魂魄妖見のように力のあるものは幻想入りすることが多々ある。
俺のようにいろいろと分かった上で面倒を見てくれている誰かがいるかもしれない。
どしゃ降りの雨のなか、近づいてくる気配を感じる。心当たりしかない気だ。
「・・・こんな雨の中傘も持たずに何処へ行ってる?」
目の前で止まった少女に問いかける。暗い中で街灯が少女を照す。雨で濡れた長い白髪がキラキラと光ながら姿を現す。その背には竹刀ではなく、真剣だと思われるものがある。
ただの刀じゃない。それを知っている。妖刀であり、普通の人間なら使うことができない代物。
「・・・楼観剣。何でお前が持っている。」
かつて凶が使っていた刀。六尺程の大太刀だった筈だが、魂魄妖見が背負っている楼観剣は四尺程だ。だが、妖気の感じから間違いなく楼観剣だと思われる。
「へぇ、これは楼観剣と言うんですね。私の家で家宝のように扱われていた刀何ですけど、何であなたが知っているんですか?」
初めて聞いた声。武道場では、無口とは言っていたが、話すことすらしなかったのは意外だった。楼観剣を知らずに持っている様子から見るに妖刀という認識は無いようだ。
「昔見たことがあるだけだ。もっと長い刀だった筈だが。」
「さあ、私はこれしか知りません。」
「そうか。・・・話を戻そう、何をしている?早く家に帰ったがいい、風邪をひくぞ。心配している人もいるんじゃないのか?」
魂魄はにこりと微笑む。こういう奴らの微笑みは当てにならない。いやと言うほど考えていることが伝わってくる。
「忘れ物を取りに行くと言ってきましたので、多少は時間がかかっても大丈夫です。」
「へたな言い訳だ。それでよく通ったな。いや、急いで出てきたのか、家の人も止めただろうに。でだ、忘れ物を取りに行くのにそんな物騒な物を持ち歩く理由は何だ?」
凡そは分かる。
「勿論、忘れ物は嘘ですよ。あなたも分かっているでしょう。あそこまで手も足も出なかったのは初めてです。本気ではなかったといえ、油断しているわけではなかった。それでも勝てないと感じた。だから本気であなたと戦いたい。この心の高ぶりの理由を知りたい。」
そう言いながら、刀を抜く。禍々しい妖気に覆われた刀身はかつて見た姿より明らかに存在感がある。本来は持ち主の生命力を吸うはずだが、その気配はない。
(・・・妖刀に選ばれた存在というわけか。)
「この感情、あなたと言う人間、私の強さ。全ては切れば分かる!」