かくして幻想へと至る 作:虎山
暗闇の道を人を背負い歩く。魂魄の手持ちの物に生徒手帳があってよかった。細かい住所までは分からないが、近くまで行けば家に届けることはできる。
(時間帯もそうだが、この天候もある。普通ならそう長く外を出歩かないだろう。)
雨は相変わらず強く、何時の間にか傘に戻った小傘を差す。もうびしょ濡れだが、背負った人の体温を下げないためにも必要だろう。
魂魄家の住人。両親はすでに他界していると聞いている。魂魄の話から一番可能性があるのが祖父母だろう。
探しに行くとしても範囲や距離は限られてくるだろう。だが、近くまで行けば俺が気付ける。忙しなく動く気なんかを探ればどこかであたるだろう。
「ほう、妖見を倒したのか。対した実力だ。」
近くで聞こえた声。声のした方を咄嗟に警戒する。
(気配が薄い。心霊の類い、いや僅かに気力を感じる。心霊ではない。どちらにせよ個人を特定し、なおこいつの力を知っている。何者だ。)
何もないところからスウッと姿が現れる。白髪の壮年。現代では風変わりな袴のようなものを着て、腰に刀を差している。身体の周辺に霊魂のようなものが浮いている。人間ではないと断言できる。
こちらに対して敵意は感じない。
「・・・何者だ?心霊ではなさそうだが、妖気も感じない。妖の類いでもないな。」
「それはこちらの台詞でもある。感のいい人間にしては随分と力がある。その子を無力化するほどの力の差、それに妖怪と関わりがあるのか。」
互いに今の状況は分からないことだらけか。敵意がないなら話し合いに応じてくれるか。
「霧雨霊吾。今は少し力のある人間だ。あんたはこいつの関係者か?」
「ふむ、関係者かどうかと言うなら合っている。面識はないが。」
「・・・どういうことだ?」
「私の名は魂魄妖忌。君の言う通り純粋な人間ではない。半人半霊という種族だ。」
半人半霊。聞いたことはある。幻想郷での特殊な種族の一つだったはず。基本的には人間、妖怪、神に分類されるらしいが、どれにも当てはまらない種族。
現代にいるとは思わなかった。
「察しの通りその子は私の子孫に当たる。といってもそれなりに離れているが。その子の祖母から様子を見に行って欲しいと言われてきたと言う事だ。」
「・・・あんたに預ければいいのか?」
「それでもよいが、道ながら聞きたいこともある。よければお主がそのまま背負ってくれるか?」
「・・・俺もあんたに聞きたいことがある。背負うのは問題ない。道案内は頼む。」
・・・
「あんた、幻想郷の住民か?」
直球的な質問。やや考え込む様子。
「そうだ。その言い方からすると、幻想郷はあると確信しているのか。どこから知った。」
「その情報をあんたに伝えるには幾つか条件がある。というかこの事に関しても幾つか頼み事がある。」
「何だ?」
「八雲紫に俺の事を伝えないでくれ。」
魂魄妖忌の目が一瞬鋭くなった。
「どこまで知っているのだ、、、そうだな、情報にもよるが、幻想郷に害するようであるなら、刃を向ける事になるだろう。不気味な妖怪とは言え、八雲は我が主のご友人。裏切りはできぬ。」
「俺は幻想郷を救いたいだけだ。」
少し無言が続いた。
「話してみよ。それで考える。」
「分かった。」
自分が未来の幻想郷から来た人間だということと未来での幻想郷のことを話した。
全部話した訳じゃないが、今の俺の目的である幻想郷を救うことには繋がる。後はこの人がどう考えるかだ。
「・・・俄に信じがたいことではあるが、お主の実力と知識の裏付けとしては十分か。それに八雲の能力であるならば過去へ飛ばすというのは可能ではあろう。」
「俺の話で条件を受け入れてもらえるか?」
「確かに八雲にお主の事を話すとどうなるか分からんな。ああ見えて八雲は変化を恐れる。最悪、お主を消そうとするやも知れんな。」
紫さんの性格なら不穏因子を手もとに置いておきたくはないだろう。幻想郷に入り込めば、認知されても問題ないが、外の世界で存在が知られると幻想郷に入れなくなる。
「我が主は特に関係がないようであるならば、伝える必要はなさそうだ。」
黙っていてくれるとのことだ。
「助かる。あんたが聞きたいことはないのか?」
「さっき話した内容でお主の事がある程度分かった。聞きたいことは幾つかあったがもうよい。」
「ならもう一つ聞きたい。あんたはどうやって幻想郷と此方を行き交いしている?その方法で俺は幻想郷に行けるか?」
幻想郷の住民であり、格好からしても外の世界で生きているという感じではない。妖見のことも知っている様子なら定期的に外の世界に訪れているのだろう。
「・・・答えてもよいがお主は使えない方法だ。」
「一応聞かせてくれ。」
「ふむ、冥界という場所を知っているか?」
「・・・紫さんが言っていたかもしれないな。聞き覚えはあるが詳しくは聞いていない。名前から察するに死後の世界か。」
「正確には少し違うがその認識でいい。死後の世界は外の世界との隔たりが薄くなる。霊というのが境界をすり抜ける事ができるというのもある。」
確かに俺には使えない方法だ。逆に言えば境界をすり抜ける事ができれば入れるのか。
(・・・問題は境界を見つけることか。この世界の博麗神社を探さないとな。)
「さて、私は質問に答えてきた。私の願いを聞いてくれるか?」
「あんたの子孫に斬りかかられた件で十分対価になると思うが。まあでもあんたも俺のお願いを聞いてもらってる。願いとは何だ。」
「妖見に能力の抑え方を教えてやってくれないだろうか。」
「あんたが教えればいいんじゃないのか?剣士のあんたが教えた方がいいと思うが。」
「私は子孫と関わるわけにはいかない。この子の祖父母の代までと決めていた。人間ではないものに此方の世界は生きづらいのだ。特に関わりを持つとな。今回こちらに来たのは緊急事態だったからだ。」
「・・・そうか。」
・・・
「後は真っ直ぐ行って、突き当たりの家だ。表記があるから分かるだろう。住人には私の名前を出せば問題ない。」
そう言って立ち止まった。ここから先は行かないのか。
「あんたは帰るのか。」
「そうだな。」
「・・・この子には一生会わないつもりか。」
「そうだ。」
複雑な表情を浮かべる。本意ではない。当たり前だ。どんな形とは言え、かわいいものだ。
剣の道に進み、頭角を現す少女だ。何らかの形であれ関わりたいと思っているはずだ。
時代とは残酷なものだ。
「もう会うことはないだろう。では頼んだぞ霊吾。」
「ああ、こっちも信じてるぞ妖忌。」
スウッと姿を消した。
魂魄という表記がある広い屋敷。玄関を叩くと騒がしくやって来る気配を感じる。
玄関が開かれ、老いた女性が現れる。祖母であろう。驚いている様子だ。びしょ濡れで傷だらけの男が孫娘を背負っているのだから当然か。
「夜遅くにすみませんが、妖忌さんから頼まれて来ました。妖見さんは無事です。安心してください。」
「・・・ありがとうございます。中に入りください。傷の手当てもしなければいけませんから。」
タオルを貸してもらい、体を拭く。あまり床を濡らしたくはないが、しょうがないか。居間に通される。
「こちらをお使いください。本来なら病院に行く必要があると思うのですが、大丈夫なのでしょうか。」
「慣れてますので、この程度であれば問題ないです。妖見さんの事を頼みます。」
「・・・すみません。すぐに戻ります。」
服と医療品が渡される。事情は分かっている様子だ。
治療を終え、着替えた頃、時間にして十分ほどで戻ってきた。
「魂魄里見と言います。此度は誠にすみませんでした。」
謝罪。誠意は伝わる。それと同じくらいに自責の念を感じる。
「・・・分かってて妖見さんを止めなかったと言うわけですか。まあ止めたところで素直に聞く状態だったとは思えませんが。」
「いえ、本気で止めようと思えば方法はいくらでもありました。すぐに妖忌さんを呼べば、あの子を止めることはできたのです。」
妖忌の到着が遅かったのは幻想郷から渡って来たからと考えていたが、この言い方からすると近くにいたのかもしれない。
(この子のために現代に残っていたのか。)
「・・・私はあの子を止められなかった。学校から帰ってきて刀を手に走り出したあの子の輝きは本当に久しぶりだったのです。主人、あの子の祖父が亡くなり、剣の師を失ったあの子は毎日を退屈そうに過ごしていました。悪い結果になると分かっていても、満足させてあげたかったのです。私にはもうあの子しかいないのですから。」
妖見を思っての見過ごしか。苦しい判断だったのだろう。あの子しかいないと言っていながら、真剣を持って行くのを見ていて止めなかったか。
矛盾しているが、考えは分かる気がする。どちらにせよ後悔はしたはずだ。いや、止めれば失う可能性はなかった。それでも行かせた。
「・・どうかこの事は内密にお願いします。無礼で、不義理で、愚かな事だと分かっております。私にできることなら何でも致します。だから、どうか。」
頭を地に付けて頼まれる。
「・・・もし俺が屍になっていたとしたら、どうしていたんですか?」
「その時は隠します。あの子の罪がばれぬように。そして明るみに出ても私が代われるように。」
頭をあげることなく続ける。一切の嘘はない。それだけの覚悟がある。代わりに罪を背負うつもりだったか。
「・・・頭を上げて下さい。できるだけ内密にはします。ですが、関わっている人には気付かれると思います。」
島さんとは暫く会わないと思うが、宇佐見さんは間違いなく気付く。依頼を頼んだ後に傷があったら、何が起こったかは問われる。見えない肩から胸にかけての浅い傷だけならよかったが、左手の傷と頬の傷は誤魔化せない。
未だに頭を上げない里見さんにそういう事情などを説明する。
「・・・分かりました。あの子も無事に届けていただいたことも含め、本当にありがとうございます。」
やっと頭を上げる。ご老体が頭を下げる姿は何となく見たくはない。
「それと妖忌さんから妖見さんを頼まれてますので、また後日来ると思います。」
「妖忌さんにですか?」
「俺ならあの子の相手をできます。どこまで知っているかは分かりませんが、あの子の力を抑える方法を探っていこうと思ってます。それでよろしいですか?」
里見さんが妖見の能力、力を知っているかは分からないが、妖忌さんを知っている事から全く知らない訳じゃないだろう。
「・・・そこまでしていただいてよろしいのですか?あなたに得があるようには思えませんが。」
「俺にも色々と得はありますよ。」
衰えた戦闘能力を戻し、武器を持った相手との戦闘対策も考えることができる。
「まあでも何より、個人的に祖母と孫の関係って大事にしているんですよ。」