かくして幻想へと至る 作:虎山
静寂の間。妖見最速の技を完全に回避するのは不可能。来ると分かった上で五分五分といったところだ。
(何発も連続で出せる抜刀術ではない。強敵相手に長く戦うこと無く、一撃で相手を仕留めるための技だ。これまで実戦で使ったのは妖怪相手の時のみ。)
微かに音と片足の踵が浮く。抜刀直前の予備動作だ。
(来る!)
ダンという音が響くと同時に小傘を構え、衝撃に備える。
衝撃が来た瞬間に、楼観剣が振りきられる方向に小傘を支えにして刃を渡るように体を流す。
避けられない流せない攻撃なら自分が攻撃に合わせて流れるように動けばいい。その考えは持っていたが、実際にできる状況は限られてくる。打撃、斬撃の中でも一撃に全てを込めることで、次の動きまでのインターバルが長いものに限られる。
相手の攻撃に身を任せる訳であって、瞬時に攻撃を繰り出せるような状況下ではあまり役に立たない。
だが、発動後の隙が大きい抜刀術ならこれが使える。
体を投げられ、妖見に向き直る。肉眼では捉えることのできない速さの斬撃と最高潮の速さからの急停止に顔色一つ変えない。それでも負担は小さくない。深く息をし妖見も振り返る。
「・・・正真正銘全力の一撃だったんですけど、やっぱり当たりませんか。やはり確実に当てるには隙を突くしかないようですね。」
刀を鞘に収めずに接近してくる。抜刀術でなくとも重く速い斬撃ではあるが、接近故に振り幅は限られる。距離さえ離されなければ対処はできる。
だからといって攻撃の手があるわけではない。刀で流す、または手で側面から弾くだけで精一杯だ。そこから抜け出すにはこちらも隙を突くしかない。
(・・・間合いを見極めろ。こいつに隙ができる一瞬は抜刀術の間。敢えてこちらの隙を作るのも手だが、抜刀術を繰り出すかは分からない。仕掛けてくるまで待つか。)
長く打ち合いが続く。今まで妖見と打ち合うと大抵は痺れを切らして仕掛けてくる頃だが何かおかしい。
(・・・力を抑えているのか。防戦に回っているとは言え、ここまで長く無傷でいるほど俺は器用じゃない。)
確かに速い斬撃ではある。警戒しすぎかもしれないが何かがおかしい。こいつが力を抑える理由はなんだ。ただ単純に長く打ち合いを続けたいのか。体力勝負になるとしても向こうが不利になるだけだ。
油断はしていなかった。だが反応が遅れた。妖見の斬撃が肩に食い込む。小傘で斬撃を弾き返したが、浅い傷ではない。
したり顔で見つめてくる。
「ぐっ、考えたな。」
「前に教えてくれましたから。速さを変えれば対応が遅れる。最高速度を維持して切られてくれる相手なら苦労しないんですけど、霊吾さんはそんな単純に切れませんから。」
高揚とした表情で語る。速さを変えるといっているがそんなに簡単にできるものではない。魔法を使うなら出来るが負担は軽くはない。
能力があっても菫子ほど万能ではない。戦闘センスと身体能力があってのもの。
「・・・小傘の刃を元に戻してください。」
「駄目だな。こいつに人を殺させるわけにはいかない。俺なら多少の傷なら問題ないが、お前は少し切られてだけで危ない。」
「だとしてもです。私は真剣勝負を挑んでいるんです。こういう手は嫌いではないですがあなたと全力でぶつかりたい。私だけが安全圏にいるのは私が許せない。」
難儀な性格だ。このままで戦えば勝つ可能性が高いのだが、それでは意味がないのだろうな。
手段を選ばなければ勝敗は決している。俺に条件を叩きつけたのだから速攻でくると思っていたが、悩んでいたか。
若い。そして甘い。
(それはお互い様か。俺もこいつの力を試してたな。)
「・・・小傘。」
拒絶の意はない。心配、不安の想いが伝わる。
ただそれ以上に喜びも感じている。求められる喜びは例え殺しの道具だとしても隠しきれない。それが道具として生まれた運命か。
(俺が絶対に殺さないという信頼か。悪いな、もう少し人間達の遊戯に付き合ってくれ。)
刀を振るう。禍々しい妖力と神々しい神力が刀身に宿っている。付喪神としての小傘を確かに感じる。
「それでこそ、、、倒しがいがある。」
深い呼吸、スッと腰を落として構える。妖見は霊力を使って飛んだり、弾丸や砲撃を放つということはできなかった。ただ無意識に霊力で身体能力を上げている。
(構えてから霊力が一気に抑えられている。動と静を極めたような霊力の動き。最初の一撃とはわけが違う。来ると分かっても対処できそうにないな。奥の手を使うか。)
こちらの一挙一動を見逃さないと言わんばかりの眼光。俺がどう動こうとも関係ないということだろう。
ただ初撃のこともあるのか、妖見から攻めてくる気配はない。
(いつもその姿勢なら負けることはないんだが、今回は裏目だ。俺が先に動き出せばいかに速かろうが、ほぼ同時に攻撃が当たる。妖見のことだ、俺が捨て身の技をしてこないと高を括っているな。)
僅かに歩幅を変える瞬間、妖見の姿が消えた。俺は刃を妖見の進行方向に撫でるようにして置けばいいだけだ。
こいつの斬撃が俺に当たることはない。
「夢想天生」
体を何かが通過したのを感じた。
「・・・面妖な、術ですね。やっぱ、り厄介な人、、」
肩から脇腹にかけて切り裂かれ倒れる。
「死ぬなよ、妖見。」
「あん、なに優しいざん、げきでは殺せませんよ。」
手加減したとはいえ浅い傷ではない。血を止めなければ死ぬことに代わりはない。
(・・・はぁ、しょうがない。それも含めて決めたことだ。)
「良いもの、ですね。切られるのも、」
「バカなこと言ってないで傷の手当てだ。これから俺がやることはできれば忘れてくれ。」
「・・・ああ、きたいしてます、よ。」
ぐったりとした妖見を抱え上げて寝室に急ぐ。ここで救急箱の場所を知っていてよかった。
一番幸運だったのは里美さんが買い物に行ってる間に道場の血も拭き取れた事だ。俺から吹っ掛けた事で傷付けたと知られたら何を言われるか分からない。
・・・
「それで妖見を切りましたか?」
「・・・やっぱり分かりますか。」
家に帰るや否や直ぐ様リビングに座るように催促され、お茶を持ってきていただいた。
笑顔は威嚇の意もあると言うことがよく分かる。
「血の匂いはそう簡単には落ちませんよ。それにあの娘もいませんし、何かあったのは想像できますよ。」
「本当にすみません。」
深く頭を下げる。何も言えない。
「・・・頭を上げてください。妖見に伝えて欲しいと言ったのは私ですから。少し荒っぽいやり方だとは思いますが、あの娘にとったら最初で最後の楽しみかもしれません。」
本心ではどうか分からないが、そういってくれるのはありがたい。だけど人を切ったことには変わりはない。せめて少しでも彼女に尽くそう。
「・・・妖見さんの傷痕はしっかり治療します。今日は少し長く居させて下さい。」
「あらら、私はお邪魔かしら。妖見が面白いことを言ってましたからねえ。大丈夫ですよ。あの娘の部屋と私の寝室は少し距離がありますので。」
なんとも言えない気遣いだ。
・・・
宇佐見さんから場所についてのメモと地図、写真を貰ってから四日後。学生達が登校しているのを見ながら、電車に向かう。
前日から目的地付近に行っておきたかったが、魂魄家で長居したのもあり、当日の出発になってしまった。
肌寒い季節ではあるが、清々しいまでの快晴で温かい気候だ。だが、心はどんよりと曇っている。
会いたくはない人物が立ちはだかる。
「・・・学校はどうした。菫子。」
「あんな手紙一つで納得できると思ってんの。それも直接じゃなく妖見さんを通して渡すなんて、思春期の男子でももうちょっと勇気あるわよ。しかもあんたが居なくなった後に見るような内容にしてたわね。気にくわないわ。」
言葉の節々に怒りを感じる。鋭い目付きでこちらを睨みつける。
「・・・悪かったな。」
「信頼してくれていると思っていたのに。何で私にだけ黙って行くのよ。」
裏切りのような行為は否定できない。言い分けはしない。
「その手紙は全部見たか?」
「見た上で聞いてんのよ。」
「なら聞くが、俺が幻想郷に行くと言ってお前は付いてこないか?」
「・・・」
何も言えんだろうな。幻想郷を探し求めているんだ、興味本位でも行きたいに決まっている。
「お前は幻想郷に来るべきではない。お前にはお前の居場所があるだろう。少なくともまだお前は父親のもとにいろ。」
「それじゃ、あんたが待っておきなさいよ。お父さんが私に好きにして良いって言うまで。」
「それはできない。」
「これじゃ平行線ね。埒が明かないわ。」
菫子が手を伸ばす。何かを掴むようにして強く引っ張る。
その瞬間、体が強く引き寄せられる。踏ん張りが効かない。
(ぐっ、こいつ、念動力でここまでの出力を!)
もう片方の手に霊力を集中させ、引っ張られる俺に叩きつけようとした。
念動力の拘束が外れた一瞬でガードするが、地面に叩きつけられる。
「参ったって言うまで叩きのめしてやるわ。絶対に行かせるものか!」
念動力は精々相手を引き寄せる程度の技だった。体の自由を奪えるほど強いわけじゃない。
(興奮状態じゃない菫子でも発火による大爆発を起こせる。念動力の強化だけじゃないだろうな。きつい連戦だが、俺が招いた結果だ。やるしかない。)
超能力の暴走。強靭な理性で押さえ込んでいた怪物は解き放たれる。
小傘は基本的には傘として使ってくれることを願ってますが、主人とその回りにはわりと寛容です