かくして幻想へと至る 作:虎山
妖怪の山。人間なら近寄ることがない危険な場所。妖獣もだが、天狗といった組織的に動く妖怪も見られ、命が惜しいのであれば入るべきではない。
ただ一定の力を持っているなら、川に野生動物、山菜と資源が豊富なので来ることもあるらしい。というのも天狗の管轄外の場所だったら妖獣さえ相手にできれば問題ないのだ。
未来ではほとんど来たことがない。一度だけ来たことがあるだけだな。
(・・・まだ監視しているな。)
藍さんがこちらを見ているときがある。スキマを感知しているので監視されている時はこちらも分かる。相互監視状態のようになっている。
釣りという体で来ているので針に適当な虫を付けて竿を放置する。
(・・・もうそろそろいいか。藍さんがついていると考えればそれなりに強くでれるな。)
「・・・こっちに来てから頻りに俺の周りに来てる奴、出てこいよ。」
もう一人、俺を付きまとっている奴に声をかける。
背後に妖気が集まっているのを感じる。振り返れば小さな鬼がいた。
険しい目付きで俺を睨み付ける。表情と様子から素面か。気になって酒も進まないだろうな。
「どうした、伊吹萃香。禁酒でもしているのか。」
こちらの言葉には反応してくれない。目線は俺の首一点に集中している。
「・・・お前、その首の包帯を捲ってみろ。」
何よりも気になったのだろうな。最初の一言がそれか。
包帯を外す。依然として傷は残っており、妖力も僅かに感じ取れる。妖力といっても特定できるほど濃いわけではないが、傷を付けた本人は気づくだろうな。
スッと近づいてきて首に触れられる。殺意はなく、困惑の気が読み取れる。こいつ相手に下手に抵抗しても意味はない。
「何で、お前にこの傷がある。こいつは私が付けたのか?」
「そうだ。お前は記憶にないだろうがな。」
「・・・何時だ。どんなに酔っていてもそいつを付けるわけがない。そいつは、」
「契りだろ。古くは人間と鬼の親愛の証だと聞いている。男女間に置いては別の意味を持つ事もあるらしいが。」
「・・・お前、何者だ。その意味を知っているのは鬼だけだ。その傷がある人間などいない。いない筈なんだよ。」
この傷を持つ人間はいない。だからこそ、この時代では絶対に誤魔化せない妖怪の一人。
「未来から来た人間と言えば可能性はあるだろ?」
「・・・嘘だろ。」
「嘘ではない。それに先に嘘を付いたのはお前の方だったぞ。」
「そんなことあるわけない!その傷があるお前なら鬼が嘘を付かないというのを知っている筈だろ!」
胸倉を捕まれる。否定して欲しいという懇願を感じる。鬼というのに少し弱々しく見えた。
だけど嘘をついてはやらない。
「『女は嘘を付く』、この傷を付けた時にお前が言った言葉だ。星熊勇儀に言われたが、どうしようもなく気を引くときならあるかもだと。」
唖然とした表情。認められないといった感じではない。少し混乱しているのだろうな。
「・・・ははっ、それが本当に私だとしたら堕ちたものだな。いいよ。信じてやるよ、人間。名前は?」
乾いた笑いと愉快そうな表情がどうにも未来のこいつと被る。
掴んだ手を離し解放された。
「霊吾だ。信じてくれて助かった。」
「信じるしかないだろ。私の気配を察するだけじゃなく、私を目の前に狼狽えない精神力。首の傷なしにしても私が気に入る要素はあるしな。」
隣に座ってきた。酒の匂いがしない伊吹は珍しい。それにあの死闘を思い出す。
伊吹の敵意が消えて藍さんも監視を止めたようだ。
「まあ、話してくれよ。未来の私はどうだった?」
「そうだな、初対面から襲いかかってきて面倒な妖怪だと思ったよ。俺にある奴の面影を見たとの事らしい。」
「ある奴?誰だよそいつは。少なくともお前に似た人間には出会ってねえぞ。、、、これから会うのか。」
「そうだ。次代博麗の巫女こそお前が囚われた人間。まあ、お前だけではないがな。八雲紫を始め多くの人外がそいつの存在に依存していた。」
「そんな奴がいるのか。博麗の巫女の役割としては妖怪退治が主だったはずだがな。今の巫女も妖怪と友好的ではない。つまりは次代で決定的な変化が起きたとみていい。」
やはりこれまでの巫女も妖怪と交遊があったわけではないのか。
「ああ、面白い決闘方法を編み出していたよ。スペルカードルールという決闘方だが、人間と妖怪の力関係を均一にするものだ。」
人と妖怪の関係上、人と妖怪の対立関係は絶対だ。この箱庭が正常に機能しているのは人里が恐れの集約地になっているからだ。
本来恐怖の源である死の脅威を薄めるような事をすれば妖怪の存在意義は歪められる。だが強めすぎた脅威は人間の反乱を起こす。幻想郷というのはそんな薄氷の上に成り立つ楽園だ。
一見すると妖怪の弱体化だ。増えすぎた大妖怪のパワーバランスを整えるためのものでもあったのだろうな。
「・・・んなルール妖怪が受け入れるとは思えないが。」
「受け入れていたのを知っている。お前もな。恐怖というのは何も脅威だけじゃないってことだ。それこそがスペルカードルールの原点だと思う。」
あくまでも考察の域をでないが、脅威だけでは限界が来ると感じたのか、はたまた命のやり取りが面倒になっただけなのかは分からないが恐怖の形を変えようとしたと思われる。
「脅威でない恐怖というのは何だ。」
「美しさ。人は美しい物を見たときに神々しい、妖艶なものという表現をする。心を奪われるなんて言葉もあるくらいだ、心の支配は恐怖の一種だとしてるんじゃないか。」
「・・・お前もよく分かっていないようじゃないか。」
「俺が生きていた時代では既に廃れていたものだ。原因はいくつか考えられるが、一番大きい要因はその博麗の巫女の死去だと考えられる。」
「それほど大きい存在だったのか。気になるなそいつ。お前に似てるんだろ?」
「どうだか。似てると言われた事はあるが思ったことはない。ちなみにだがそいつはスペルカードルールがなくても強い。お前でも勝てるか分からんくらいにはな。」
純粋な戦闘力でも人間とは逸脱していた。大妖怪にも無傷で勝つ姿を想像できる。例え伊吹萃香であっても。
「へぇ、私の事をよくご存じで。」
「まあな、殺し合いをした仲だからな。」
「・・・その傷をつけた奴と殺し合うとはな。いや、その時につけたのか。なんとなく分かるんだ、お前の私を見る目と私の思い。きっと私は死に場所を探していたんじゃないか?」
今もそう思っているのか。妖怪っていうのも難儀なものだと思うな。
「・・・かもしれんな。お前は幻想郷を破壊するために藍さんを倒し、博麗神社にいた俺に攻撃を仕掛けてきた。お前が反乱の頭だったのにも関わらず一人で来たんだ。」
「で、お前に倒されたと。そこまで強いわけではなさそうだがな。」
「二人だな。俺ともう一人腕の立つ人間がいた。もとから消耗していたがそれでもお前は強かった。もしその姿であったら負けていたかもしれない。」
「はは、てことは鎖を外した姿を見せたのか。こりゃほんとに惚れてたのかもな。」
ゲラゲラと笑いながら酒を飲んでいる。頬も少し赤くなり酔い始めている。
「ふ~、この姿は確かに便利だ。お前も分かっているかもしれないが能力を最大限に使える。大妖怪としてはまあ強い方だという自負もある。だがな、鬼じゃねえんだ。お前に鬼としての自分を見てもらいたかったんだろうな。」
「別にその姿でも力は間違いなく鬼のそれだと思うが。」
「違うな。力だけじゃない。全妖力を解放した時の威圧感はお前の心に姿と一緒に張り付いているだろう?忘れさせてやらないほどの執念と意地もあるんだ。」
未だに鮮明に思い出すあの姿。心臓を潰した感覚も首筋に突き立てられた熱も忘れられない。
「・・・お前の盃を受け取るのは初めてだな。」
「何だよ、飲めるだろ?」
「そうだな、頂こうか。」
伊吹の手から盃を受け取る。水のように透き通っている綺麗な酒だ。
「ん。」
瓢箪を押し付けられる。注げということか。瓢箪を受け取り伊吹の盃に酒を注ぐ。
「・・・これもなにか意味があるのか?」
「大した意味はねえよ。まあ友好の証くらいに思っとけ。お前の事を面白い人間という風には思ってんだ。生きてる間くらいはたまに付き合えよ。」
顔を少し背ける。照れ隠しのようにも見える。未来では酔っていてもどこか満ち足りない表情をしていたが、少しだけ明るいように思える。
(渇ききった時に俺の存在が毒だったのかもしれない。霊夢を知らない時のお前だったらこうやって穏やかな時を過ごせたのかもな。)
互いに盃を傾ける。鬼の酒は度数が強い筈であったがすんなりと飲めてしまった。美味い。
こちらを見て笑っている伊吹。この感じはよく似ていた。
嘘をついた時の伊吹萃香に。
「・・・お前、何か黙ってるな?」
「はは、大した事じゃないって。それよりお前じゃなく萃香と呼んでくれよ。」
どこか釈然としない形で伊吹萃香との邂逅は幕を閉じた。
対した事じゃないというのは本当です
霊吾君にとってはね