かくして幻想へと至る 作:虎山
「やっと見つけた。」
魔法の森の一帯に張られている結界。認識阻害を伴っているため特定するのに時間がかかったが、魔理婆さんが張っていた結界と同じであったため侵入できる。
結界を抜けると一軒家が現れた。
結界に干渉したため、感知はされているはず。家の周囲に罠が張られているから放置しているのだろう。
魔力で設置されている物であるため避けるのは難しくない。全ての罠を潜り抜けて、玄関の前に立つ。
扉を叩くと、警戒した様子の少女が出てきた。魔理婆さんの写真に写っていた魔女、アリス・マーガトロイド。上海の生みの親であり、その容姿も上海に似ている。
「・・・誰かしら。結界、罠を全部すり抜けて来るなんて只者じゃないわね。」
魔力の糸が辺りに張られている。魔力の状態からワイヤーのような性質を持っているとみた。使い勝手の良い魔力だからこそできる芸当。
人形を操る副産物としての操糸術だが柔軟で鋼鉄の強度を誇る魔力の糸が合わされば殺傷能力は高い。
その気になれば何時でも拘束できるだけじゃない。強化していない人体程度ならバラバラにできるだろう。
「初めまして、霊吾という者です。人里からのお礼をいいに来たんですよ。怪しい者ではありますが敵対する気はないので安心してください。」
「・・・人里の人間って訳じゃなさそうね。お礼を言いにわざわざ魔女の住処に入ってくるとは思えないけど。特にあなたみたいに力のある人間はね。」
「個人的な興味もあってですね、魔法使いってのを見たかったんです。僕も少しだけ魔法を扱っていたもので、気にはなっていたんですよ。」
「魔法を使う人間ね。」
「今は使えませんがね。まあ、この程度でしたらできますが。」
近くの魔力糸に触れ、気力を合わせる。一時的にだが魔力の支配権を得る。指の動きに連動して、魔女の指も動く。
複数の操作は無理だが、操糸術は俺も上海から手解き程度はしてもらっている。多少の人形操作ならば可能だ。
驚いた様子だが、直ぐに支配権を離すと少し考えた後に口を開いた。
「・・・ふーん、まあいいわ。私もあなたに興味が出てきたわ。たいした物は出せないけど上がって。」
魔女の領域に無用心に入る危険性は理解している。だがたった一つの間違いさえ起こさなければ危害は加えてこないだろう。
人形を傷付ける事だ。俺には出来ないが。
「それではお邪魔します。」
・・・
居間のような場所。多くの人形に囲まれた部屋だ。
(見たこともある奴も多いな。懐かしい気分だ。)
「・・・あまり驚かないのね。」
「少しは驚いていますよ。随分と多いなと。この可愛らしい人形は貴方が作られたのでしょう?」
「そうね。可愛らしいという評価が男から出てくるとは意外だけど。」
西洋人形の中に混ざっている日本人風の人形。かよが黒姫と名付けていた人形だ。この時からいたのか。
キッチンらしきところから人形がフヨフヨと飛んできた。トレーでお茶と菓子を運んできてくれた。
他の人形よりも一回り大きく、アリスに酷似した人形。上海と呼ばれたその人形は記憶にある人のように感情が表れているわけではない。
ありがとうと礼をすると奥に下がっていった。魔力の糸は見えるが操っている感じではないな。動きの補助を行っているのか。
「半自立人形ですか。意思を持った行動のように思いましたけど、やっぱり動きの補助を行うくらいで十分なんですかね。」
「一目見て分かるような単純なものではないけど、よく分かるわね。魔力の糸も見えていたようだし、感知能力が高いのかしら。」
「それなりに高いという自負はあります。それにしても人間に近い良い動きですね。」
上海が人形達に施した魔術はこれが基になっていたんだろう。動きの補助を人形の感情に任せるのは上海にしか出来ないのだろうが。
「・・・あなた珍しいわね。人形に対する恐怖心が一切ないなんて。」
表情からかどうかは分からないが、よく気づいたと思う。最初の家族だった者達だ。懐かしい気持ちはあるが怖がる理由はない。
「そうですか?可愛い人形を恐れろというのも難しいんですけど。」
「そうじゃないわよ。人に似た形というのは本能的に嫌悪感を持つもの。精巧であればあるほど物言わぬ形は不気味に見えるはずよ。」
「確かにそうかもしれませんが、こうやってお菓子を持って来てくれる小さな子を恐れろというのも難しいですね。例え、あなたが操っていたとしても。」
姿も形も変わらないなら、抱く気持ちも変わるはずがない。寂しい気持ちにはなるが、それだけだ。
「・・・なるほど、愛情に近しいものを感じるわ。一般的に見ると気持ち悪いわよ、あなた。」
「お互い様ですよ。そろそろ本題にはいりますか。」
「本題ねぇ、興味って言ってたから何かあるんでしょうけど、何かしら?」
「まあ興味本位にはなるんですけどね。、、、器は順調ですか?」
表情が消えた。固まって動かずにこちらを凝視している姿はまるで人形のようだった。
短い沈黙が終わり魔女が口を開いた。
「・・・なんでそれを知ってるの。」
「ここで話すのも良くはないでしょうし、場所を変えませんか。あなたもその子達に聞かれたくはないでしょう。」
ずっと意識があるわけではないが、人形の時にも周りの情報が入っていたと聞いている。上海に聞かせたい話ではない。
「・・・分かったわ。付いてきて。」
・・・
リビングの奥の薄暗い廊下。僅かな違和感と魔力の痕跡。
(認識阻害の魔法か。未来の魔理婆さんのところにかけられていたものと同じだ。)
アリスが廊下の壁に手をつくと階段が現れる。魔女の心臓部に近づく危険性は重々理解している。それでも彼女に話しておく必要がある。
(本来のアリスがどうかは分からないが、現時点のアリスは俺の勘では危険だ。それに助けられた子供の証言からも気になる点はある。)
先に見える蝋燭の明かりを頼りに階段を下る。一段、一段が重々しく感じる。
辿り着いた地下室はまさしく魔女の研究室といったところだった。作りかけの人形が並べられ、
奥の台座に厳重に保管されている霊気の集合体。ガラス越しでも確認はできるが、具現化された魂だ。
形容し難き物を見て、少し驚いたため素が出てしまった。
「・・・できている様に見えるが、人里の子には手を出していないよな?」
「そうね。それは完成した状態でここに来たからまだ使ってはいないわ。警告かしら?」
「まあそれもあるが、魔法使いに興味があると言ったのはこれを見たかったのもある。人形を使う魔法使いの最終目的である自立人形を作るのだったら魂は必要不可欠だ。」
人形を捨てることで付喪神として宿ることはあっても絶対にその選択肢を取ることはない。
だからこそ魂の精製が必要になる。人の、特に少女の魂から人為的に器を作り出す外法。魔理婆さんの魔術書に記載があったがその部分は上海には見えないようになっていた。
一人ではなく複数の少女を材料にすることなど、自分の目的のためなら問題ない。その価値観の違いこそが種族としての魔法使いと人間でありながらの魔法使いを分けるもの。
「・・・随分と詳しいわね。で、それを知った上で何がしたいのかしら。わざわざこっちの土俵に来るわけだからそれなりの目的でもあるんでしょう?」
「器の中身についてだ。あんたも分かっていると思うが、器を作ったところで中身がなければ空の魂だ。恐らくあんたがこの地に来たのも中身の為だろ?」
「そうよ。魂を封じ込める方法を探すためにここにいる。半永久的に製造される力の源が必要なのだけれど、霊力だと人間の寿命程度しか持たないし、妖力だと何が起こるか分からないから迂闊に試せないのよ。」
結果として魔力になる。だからこそ自分の寿命を閉じ込めることでの魂の完成に繋がる。
理想としては人間の少女の魂か。だからこそ人里の子供が気になっているのか。
だが、それをさせるつもりは無い。
「一つの答えを知っている。物に魂を入れ込んだ人がいたんだ。その人は過去に同じことをして亡くなった魔女の研究を発展させていた。」
魔力を宿らせるだけではない。他の力を魔力に変換する魔術を組み込むという魔理婆さんの晩年の研究成果。
「・・・何が言いたいの?」
懐から分厚い本を取り出す。自立人形の研究だけをまとめ挙げた一冊。二人の魔女が作り上げ、一人の魔術使いが少しだけ付け加えたもの。
「その研究を続けてきた俺の成果物だ。あんたに授ける。どれ程構築しても俺には組めない魔術だから、俺には無駄な物なんだよ。」
「・・・いいのかしら。それほどの物を簡単に教えるとは思えないわ。対価は何?」
対価を求められる。魔法使いらしい考え方だ。対価によって結果を導く者達だからこその考え方。
魔理沙ならありがとうで済ますだろうな。
「考えてはいなかったが、三つ出てきた。一つは俺が無事に帰れること。」
「・・・分かったわ。これが渡されてなくても無事に帰れたわよ。例えあんたを殺せたとしても私も無事じゃすまないだろうし。」
「二つ目だが、ここら辺に小さい魔法使いがいたと思うが、見つかっても危害を加えないで欲しい。まあ、あんたと気が合うと思うが。」
「ああ、あの人間ね。私と気が合うとは思えないけど、まあいいわ。向こうが何かしてきたら殺しはしない程度に痛め付けるくらいにしておくわ。」
自分の最も大事なものを託すほどの仲だ。気が合わないとしてもその仲が切れることは無いだろう。
「三つ目、自立人形ができたら俺に会わせてくれ。これが一番重要だ。」
笑って話してくれる元姉貴分が見たいという願望。呆れたような表情だが、悪い気はしていない様子だ。
「・・・はあ、本当に珍しいわね。まあそうね、これが役立つなら考えておくわ。」
「手厳しいな。まあそれでいいさ。これからよろしくマーガトロイド。」
「アリスでいいわ。私も霊吾と呼ばせてもらうわ。」
人形に対して謎に愛情深い20代男性と考えると変な人ですよね