消毒液の匂いは世界が違っても共通だということは、ちょっと前に病院に来た時に知った。
医療は世界を跨いでもある程度は同じ技術に行きつくのだと学び、同時に、地球の医療技術もそれなりに高水準であることを実感した。
窓の外の空は澄み渡るほどに青く、あそこを飛び回れたらどれだけ気持ちいいか、想像するだけでもぞくぞくする。
とは思うものの。
「いっ……」
寝返りを打つのにも全身に痛みが走る今は、何もしないのが一番だと身体が訴えてきている。
私、高町なのはが目覚めたのは、管理局直属の病院の一室だった。
目が覚めてどこにいるかはすぐに分かったが、まず身体が動かないことに驚いた。
次に、魔法で医者に連絡しようとしても全く使えないことになっているのに絶望した。
どうしようと思って、指に意識をやると、動かないのではなく、本能で動かすべきではないと脳が判断しているのだと気が付いた。
状況が知りたかった私は、痛みに耐えながら、地球と同じタイプのナースコールを押す。と、数分後にニコニコ顔の看護師と老齢の医者が来て、私に診断を下した。
リンカーコア内の魔力枯渇と、普段使わないような筋肉を含めた全身の筋組織の損傷と炎症。骨と内臓は、無事らしい。
外傷はほとんどないとのことで、じっとしていればその内退院できると教えられた。
ほっとするのも束の間。
私は直前の出来事を思い出し、点滴を交換する看護師にそのことを聞く。が、すぐに来るであろう友達から聞いた方がいいと言って、医者と二人で帰ってしまった。私が起きた際、連絡したのだと思う。
で、話をしてくれる友達とやらが来るのを、窓の外を眺めながら待っていたというわけだ。
しばらくして、息を切らしたユーノ君が入ってくる。
「なのは、大丈夫?」
「平気平気。ちょっとはしゃぎすぎちゃった」
えへへと笑うと、ユーノ君は安心した時に出るため息を一つ吐いて、近くに腰かけた。
「ほんとに、目が覚めてよかったよ……フェイトやはやては、夕方来るって」
「そっか、分かった」
「……えっと……色々と伝えないといけないことがあるんだけど……まず、ごめん!!」
ユーノ君は、地球で生活していた時に身に着けた謝罪方法で、謝ってきた。つまり、彼は今、私に頭を下げている。
「え、ユーノ君が謝ることじゃないよ?」
「違う、違うんだ……そもそもの発端が、僕の責任というか……」
バツの悪そうな表情で、彼は目を逸らして話を続けた。
「あの星、レイジングハートとジュエルシードを発掘した星だったんだけど」
「うん、それはあの場所にいた時に、ちらっと聞いたかも」
私や私たちのきっかけの場所なんだと思ったのが、ずいぶん前に感じる。そういえば、私はどれだけ眠っていたのだろう。後でユーノ君に聞いておこう。
「あの場所での発掘作業は終わってた。……って思ってたんだ。だって、レイジングハートとジュエルシード、どっちも相当大きな発掘だったし、レイジングハートに関してはインテリジェントデバイスとしての機能が証明されたから、初期化して、発掘作業で活用してたくらいだし……。ジュエルシード発掘後は、とりあえずこれは一時輸送しておこうかって話になって、それで事故にも合っちゃって……そのあとの処理というか、引継ぎがうまくいってなかったみたいで……ううん。違うよね。全部言い訳だ。僕がもっとしっかり調べてたら、今回みたいなことにはならなかったよ。ほんとに、ごめん」
頭を下げ続ける彼は、フェレットモードの時よりも小さく見えた。可哀想に思え、私は頭を上げるように促す。
おずおずと私を伺いながら頭を上げた彼は、なんだか可愛かった。
「でも、おかげでユーノ君にも出会えたし、フェイトちゃんにも出会えた。はやてちゃんにも、皆とも。レイジングハートにだってそう。私が魔法と出会えたきっかだから、私はむしろ、感謝してるよ。変な言い方だけど、事故にあってくれてありがとうって」
「うう……なのはにそう言ってもらえると、ちょっとは気持ちが楽になるけど、でも甘えたくはないんだ。やっぱり、僕がしっかりしてたことに越したことはないから」
「うーん。じゃあ、一つ私のいうこと、聞いてくれる? それでチャラにしてあげます」
「なんでも聞くよ」
「うん。考えとくね」
ようやく分かってくれた可愛い頑固者は、次にレイジングハートと宝石の女王について話してくれた。
「まず、『宝石の女王』と呼ばれる補助デバイスなんだけど、そもそもあれは、あの土地でジュエルシードを生産する手助けとして、レイジングハートと一緒に作られたものだったんだ。そのあと、性能の高さと時代背景からインテリジェントデバイスを統率する機能とかが後付けされた……いわゆる、安全装置としてね」
「安全装置?」
「うん。あの星では魔法を用いた戦争があって、その戦争中、味方が自分に刃を向けることがないようにって。その国を治めていたのが『女王』だったから、『宝石の女王』なんて名前が付けられた」
「そうなんだ……それが、変な風に起動しちゃったの?」
「まぁ、そうだね。大量のデバイスを遠隔召喚させたのも『宝石の女王』の命令だってことも、レイジングハートのログに残ってたし。それの照会も全部終わって、今はきちんと修理点検された上で持ち主のところに返されてるよ」
「良かった……」
「でも、二つだけ、召喚元が不明なログが残ってたんだよね」
「召喚元が不明? ……それって、もしかして……ああ、そうだよ! ねぇ、マテリアルの子たちは?」
「それが……」
御礼を言わないと。今回の事件が解決できたのは、彼女たちのおかげなんだと。異世界に行く途中に転移ミスでもあったのかと思ったけれど、まさか『宝石の女王』が召喚させたのだとしたら、とんでもない巻き添えだ。
御礼もだけれど、謝罪もしないと。
そう考えたが、ユーノ君から告げられた言葉で、その夢は叶わないのだと私は理解した。
「いくら捜索しても、見つからないんだ。目撃証言とか、実際になのはがルシフェリオンを使用していたことは僕も知ってるんだけど、現場は荒れちゃったから、足跡とかもないみたいで……」
「もしかして、帰っちゃったの?」
「……僕はそういうスペシャリストじゃないから、これはあくまで仮説で、可能性の一つでしかないんだけど……」
「う、うん……」
「『宝石の女王』が起動して、最初に呼び出されたのがレイジングハート。で、そのレイジングハートを使って世界中のクリスタル・コア……要するに、インテリジェントデバイスを召喚する。この時たぶん、レイジングハートのAIはまだ機能してたんだと思う。でも、召喚魔法は止められない。だから、レイジングハート内に記憶されていたマテリアルのデータを、デバイスの召喚魔法に横槍を入れる形で再現召喚したんじゃないかなって」
「そん、な」
「それが一番事態を収束してくれる可能性が高いっていう、レイジングハートが導き出した答えだったのかも」
「じゃあ、シュテルとレヴィは」
「レイジングハートが作った虚像……つまり、本物じゃなくて、幻影。なのは、会話してて、違和感とかなかった?」
「あの時は必死だったから……」
二人が虚像だとすると、発見されなかったのはエルトリアに帰ったとかではない。
……二人は。
「たぶん『宝石の女王』が停止した時に消失したか……。まだ捜索中だけど、痕跡も見つからないみたいだし、そのうち打ち切りになると思う」
「まだわたし、おれい、とか……言ってないのに……」
泣きそうになって、すぐに身体が痛み出したので、涙が引っ込んでしまう。
感情もうまく表現できないのを“痛感”し、今の身体が少しだけ煩わしく思えた。
「でも、僕のはあくまで仮説だし、可能性の話だから。真相は、修復が終わったレイジングハートに直接聞いてみてよ。痕跡がないっていうのは、消滅したっていうのも含めてだから、もしかしたらまた会えるかもだよ」
「……うん」
精一杯の彼の慰めも、正直気休めにしかならない。
レイジングハートのその行動がなければ、事件は解決しなかったことを考えると、あのインテリジェントデバイスはこうなることも想定していた気がする。
あの愛機は、私がこの状況を乗り越えられると信じたわけで、その信頼を踏みにじることは許されない。
私は、レイジングハートのマスターだから。
ユーノ君が言った「万に一つの可能性」になっていればいいと、私は願った。
話を変えるように、ユーノ君は慌てて空間モニターを表示させる。
「あと、最後にもう一つだけ。一番大事なこと。今回の、被害者について」
空間モニターは、私が見やすいような位置に動かしてくれた。
「まず、『宝石の女王』の影響下にあった彼女。本名『セイルビア・アストレク』。魔力資質から算出した魔導師ランクはDで、どこにでもいる女の子。なのはより一歳年上だね。次に、その子の五つ下の妹さん。本名『リコリィス・アストレク』。この子の魔力資質から算出した魔導師ランクはSSS。なのはやフェイト、さらにははやてよりも上だね。便宜上SSSって言ったけど、定規が足りないからSSSって言っているだけで、それより上があればそれになるような子だよ。で、最後に、この男の子。本名『カナイト・メイジ』。彼が『宝石の女王』のことを姉妹に教えたみたいだけど、完全な善意だったみたいで、こうなることは予想してなかったって」
「……もしかして、女王さんが呟いてた『妹が……』とかは、この子のことかな」
「たぶんそうだね。お姉さんも、妹さんの魔力をどうにかしたかったって言ってるし。皆、この妹さんの魔力をどうにかしたくて動いてたみたいだから」
「あれ、でもランクDなのに、お姉さんが発動させたの? というか、起動できるものなの?」
「ううん。たぶん起動者はこの妹さんだと思う。でも、『宝石の女王』は大きく破損してたから、お姉さんを発動者だと設定してしまって、そのまま……って感じかな」
「そう、なんだ……ほんとに、被害者ばっかりなんだね」
「うん。ただ、三人とも幸い怪我が少なくて、命にも別状はないんだ。『宝石の女王』の後遺症みたいなのもなかったから、事情聴取が終わったら釈放されるだろうね。まだ三人とも入院してるけど」
今のユーノ君の話だけは、本当に奇跡だと私は思った。第一、私がこうなっていても、いずれ退院できるとも言われているし。今回の事件で一番損害を受けたのは、インテリジェントデバイスたちかもしれない。
「妹さんの魔力、無くしたがってたけど、協力できないかな?」
「それに関しては大丈夫。管理局はもちろん、無限書庫にも知識は沢山あるし、なにより魔力制御術は今力を入れてる分野だからね。絶対協力できるし、僕が協力したいし、協力させて欲しいっていう要望も通ったから、安心して」
「良かったぁ……」
これでとりあえずのハッピーエンドになりそうだと思えた。最低ラインはクリアしていると思う。
ついでにと、ユーノ君はウィンドウに、赤い透明な宝石でできた短い剣と、ジュエルシードを表示させた。
「『宝石の女王』とジュエルシードは事件後に回収したけど、『宝石の女王』はもう無力化してて、マジックアイテムでもなんでもなくなってる。今は事件の証拠品として扱われてるけど、そのうち博物館にでも保管されるかもね。ジュエルシードはやっぱりロストロギアのままだから、これは今まで通り『厳重に保管』で変わらずだね。事件前の数とも変わってなかったから、全部回収できてるよ」
「じゃあもう、本当に解決したって言えるんだね」
「そうだね。……って言いたいけど」
ユーノ君はディスプレイを消すと、立ち上がり、私をのぞき込んでいたずらっぽい笑みを浮かべて、告げる。
「なのはが回復するまで終わりじゃないよ。だから、早く良くしないとね」
***
あれから一か月後。
私の身体も回復し、自由に空を飛び回れるまでになりました。
中断されていた管理局員の空戦魔導師試験も再開して試験勉強もしなきゃだけど、とりあえず平和に戻ったことになります。
あの事件の被害者さんは、今はミッドチルダで生活しているみたいで、どうにかしたがっていた高魔力保持者の女の子もそのお姉さんも、考古学者を目指している男の子も、元気に暮らしているようです。
ちなみに、魔力制御はユーノ君が一番力を入れています。
もちろんはやてちゃんやヴォルケンリッターの皆さんも、フェイトちゃんも、私だって協力してたけれど。
その魔力制御ももうすぐ完了するみたいで、終わったらみんなでパーティをしようって話で最近は盛り上がりました。
とはいっても、皆それぞれの道を、それぞれの速さで進んでいるので、全員が集まれる機会は本当に少ないんだけれど。
合間を縫って顔を合わせたり、近況を報告したり、昔話をしたり。
忙しいけれど。こんな毎日が続けばいいなって思っています。
まぁ、きっと難しいことなんだろうけれど……でも、なにが起こったって、皆で解決できると信じています。
シュテルたちにもまた会いたいし、会って御礼が言いたいし、少なくともそれまでは元気でいないとね。
そのためにも、絶対に落ちることの無いように。
今日も私は、飛び続けます。
Fin.