宝石の女王   作:ふらみか

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一話

 

 どこか近未来的で自然を感じられない空気をわずかに吸い込んではその量よりも多く吐き出す、という行為を繰り返す少女がいた。

 憂鬱を表現した少女のため息は、虚しく空気に溶けていく。

 彼女の手元にあるティーカップに入った紅茶は、ずいぶんと冷めてしまっていた。

 時空管理局次元航行部隊にある飲食スペースの一席に、少年一人と少女二人が座っていた。

 ここで軽食を口に運ぶと決まって「自分で淹れる紅茶の方が美味しい」と思っていた少女だが、今日はそういうことを想うこともなく、口を付けてはため息を吐くだけの機械と化していた。

 リボンで二つに結んだ髪の房も、心なしか、落ち込んでいるようにも見えた。

 

「らしくないね、なのは。まぁ、気持ちは分かるよ」

 

 なのはと呼ばれた少女は、声をかけてきた少年――ユーノ・スクライアに、頬杖をつきながら相手をする。

 

「だって、飛行禁止令だなんて……試験もまだいっぱいあるのにぃ」

 

 少女は、一人前の魔導師を目指していた。そのために、地元の地球から遠く離れた次元航行部隊本局に足を運んでいる。

 まだ嘱託扱い。将来のヴィジョンを見つめると、ここで足踏みするのはあまりよろしくなかた。できる限り、早く次のステップに進んでおきたい。

 焦りにも似た感情とは裏腹に、現在の魔導師には「管理局権限により、一時、飛行魔法とそれに類する魔法を禁ずる」という飛行禁止令が発令されていた。地球からこの本局に来た時に初めて知らされたことだった。

 理由は、数日前から頻繁に起こるようになったインテリジェントデバイスの原因不明の急停止によるもので、要するに落下事故を未然に防ぐために発令された禁止令だ。

 安全を最優先にしてはいるが、管理局員はもちろん、なのはのような魔導師試験を受けようとする民間人にも、それは多大な影響を与えている。

 

「仕方ないよ。そのうち、技術部の人たちが原因を突き止めて、更新データを配布すると思うよ」

「うぅぅ……試験じゃなくても空飛びたいのに!」

「禁止令がなくても、どの世界でも一般的に飛行魔法は理由無しでは認められてないからね、なのは」

 

 しんなりした少女を見て苦笑いをしながら、もう一人の方の、金髪の少女――フェイト・テスタロッサ・ハラオウンが窘める。彼女は、なのはが次元航行部隊本局で魔法の練習をするというからついてきたのだった。

 なのはとっては、魔法だろうが何だろうが、空を飛ぶということそのものに特別なものを感じていた。

 思い描いていたファンタジーが、自分の手にある。

 そのことを強く実感できるのが、空を飛んでいる時だった。

 自由に、何もない空間を、特別な力で動き回る。

 それが本当に、他に味わえない快感があって、一種の中毒性を感じ取ることもあるくらいだった。

 もちろん、手にした力のせいで、様々な事件にかかわることにもなったけれど。

 だが、結果的に、今のところは。

 どれも関われて良かったと、思えなくもない。

 掛け替えのない友人もできた。

 尊い思いに触れることもできた。

 夢のような一夜も過ごした。

 痛い思いもたくさんしたけれど、それらもすべて含めて、良い時間を過ごしてきたと、小さな胸を張って思えたのだった。

 

「でも、なのはじゃないけど、私もやっぱり空飛びたいな……ちょっとだけだけど」

 

 フェイトも、なのはの気持ちを全肯定するわけではないけれど、だいたい同じ気持ちではあるようだった。

 照れながらの告白を見ていたなのはは、金色のシルクのような髪とほんのり朱が差す透き通る白い肌のコントラストを見て、身体の奥にある熱を感じ取った。

 

「じゃあ、飛行、ではないけれど……似たようなことでいいなら、できなくもない、けど? ちょうどこの後行こうかなって思ってたところだったし、なのはたちに用事がなければ」

「ほんと!?」

 

 あきれたユーノが詳細を省いて提案すると、なのははユーノの手を握り、輝く瞳で彼を見つめて早速「ありがとう! ありがとう!!」と繰り返している。

 

「まだ詳しく言ってないんだけど……じゃあ、飲み終わったら行こうか」

 

 たじろぐユーノを見ながら、フェイトは幸せな微笑みを浮かべていた。金色の髪の少女は紅茶を飲んで思う。

 やっぱりここよりは、なのはが淹れたものや翠屋で飲む紅茶の方が美味しいな、と。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 確認できる世界中の書物が際限なく集まる無限書庫。アナログなデータベースということと、整理しても整理しても溢れる書物のせいで、その場所は使い物にならないともっぱらの評判だった。なのはとフェイトは、初めて訪れたときに、その評判が現実本当なのだと知った。

 今では、何を隠そうユーノ・スクライアによる整理整頓術により、驚くほど使い勝手が良いと言われるほどになったのだった。いずれ司書にでもなると、クロノからもお墨付きがあるようだし、数年後にはなのはの知る図書館並に使い勝手がよくなるかもしれない。

 少年少女が受付を過ぎて本館に脚を踏み入れた瞬間、重力が消えて無くなる。

 無重力空間により、なのはの小さな体が浮き始めるが、少女はあちらこちらに散らばって浮いている本の方に目が行っていた。

 整理整頓術を使って評判を回復しつつある無限書庫だが、なのはの感覚で言えば、これは散らかっていると言える。

 おそらく他の人々もそれは思っているのか、耳にしている評判に比べ、休憩時間にあたる時間帯だというのに、なのはたちが訪れた時点で利用客はほとんどいなかった。

 

「ここで何か調べものでもあったの?」

 

 フェイトが尋ねる。

 

「それとも、私たちに片付けの手伝いをお願いするつもりだった? 最近良い噂聞いてたけど」

「ああいや、そういうわけじゃないよ。片付けしてるのは、発掘の延長というか、趣味というか……まぁ、調べものがあるってのは本当かな」

 

 整理整頓も実は面白いよと力説しだしたユーノを話半分で聞きながら、なのはは自分の状態を思い出す。

 広い無重力空間で、上下もなく漂う。

 確かに、飛行とは別物だが、似ている。気もする。

 気分転換にはなっているかなと考えて、「ユーノ君、ありがとう」と彼の話を半ば遮るように、逆さまになりながら感謝を述べた。

 

「せっかく来たんだから、私も何か調べたいな」

「あ、じゃあ検索は僕も手伝うよ。テストプレイもしたいし」

 

 検索魔法、というものは、実はあまり発達していない。人の生活の補助をする魔法は沢山あるが、使うタイミングが限られる検索魔法は、作られた時点で完結したとまで言われたことまであった。地球と同じような理由で、検索を行うのが人ではなくなったというのも大きな要因だろう。

 その検索魔法の新バリエーションを作る、なんてのは、おそらく現在では世界広しと言えどユーノ・スクライア位だ。

 ユーノは、少し興奮気味になって意気揚々と検索魔法を展開する。

 緑色の魔法環がユーノの手のひらに浮かび、四角いウィンドウが複数浮かぶ。

 

「まだ完璧じゃないけど、今までの検索魔法よりは使いやすいと思うんだ」

 

 のちにこれがこの書庫に標準設置される魔法になるとは、少女たちは知らない。

 さて。

 調べたいと言い出したなのはだったが、特段調べたいことがないのが正直なところだった。

 自分の知識で疑問に思ったことがあるとすれば、大抵は鳴海市の図書館か、携帯やパソコンで調べれば分かる程度のものだ。

 未知の領域の疑問を持つには、未知の領域に脚を踏み入れないといけない。

 なのはが「実は特に調べたいこともないんだけど」と念話でフェイトに助け舟を求めると、フェイトも同じような言葉で念話を返すだけだった。

 どうしたものかと思案していると。

 

『現在発生しているデバイスの突発的不調についてお調べしたらいかがでしょうか?』

 

 胸元にあるルビー色の宝石が明滅しながら英文で話しかけてきた。

 なのはのインテリジェントデバイス。名称レイジングハート。“彼女”も、なのはにとって掛け替えのない存在となっている。

 スピーカーでの発言だったためユーノにも声は届いていたが、少年は芳しくない表情を浮かべた。

 

「うーん。実はそれ、調べてるんだけど、ちょっと結果が出てなくてね……不調になるデバイスの共通項とかが分かってたら話は変わってくるんだけど」

 

 キーワード検索と言っているくらいだから共通項がある方がいいというのは、なのはにもすぐに理解できた。

 レイジングハートを見ながらなのはが考えていると、ふと、一つの疑問が過った。

 よし、これにしよう。ユーノに調べてもらうことは決めたが、それを聞く前に、事前にあることを聞いておかなければならない。

 

「そういえば、ユーノ君。フェイトちゃんのバルディッシュはリニスさんが作ってくれたって言ってたけど、レイジングハートってユーノ君たちが作ったの?」

「え? いやまさか。そんなの無理だよ。僕はただ見つけただけ。ジュエルシードの発掘の少し前に、同じ世界でね」

 

 いくら優秀な友人と言えど、デバイスを作り上げたわけではないようだ。

 ならばと、なのはは心に決めた質問を彼にぶつける。

 

「じゃあユーノ君。レイジングハートのこと、調べてもらえるかな?」

 

 未知の領域に踏み込んでおり、尚且つ謎が沢山あって、自分が知らないこと。

 こんなに身近にあるじゃないかと、フェイトと一緒になってレイジングハートを見つめる。

 当の宝石は見つめられて恥ずかしいのか、ぴこぴこと点滅しながら何かをしゃべっているが、ユーノが検索魔法を走らせ始めたので少女二人は、そちらに注目した。

 なのはにしてみれば、出自が分かるくらいでもいいかなぁ程度に考えていたが、予想以上に文献が多いのか、ユーノは苦戦している表情を浮かべ始める。その横顔はかっこよかった。

 あまりにも見つからなすぎたら諦めてもらおうかなと考え始めたところで。

 

『リンディ提督より連絡が入りました』

 

 レイジングハートとバルディッシュに、同時に通信が入った。それも、緊急時の通信だ。

 すぐに接続すると、見慣れた大人の女性が空中モニターに映し出される。

 

『あら、二人一緒だったのね。ちょうどよかったわ』

「どうかしましたか?」

『特別管理世界で魔法的爆発が起きたと通報があったの。でね、ちょっとその被害が大きくて、現地の局員だけじゃあ対処できなくて……。応援要請に応えたわけだけど、なのはさんがこっちにいるのを思い出したから。任務なら飛行も規制されてないし、せっかくだからどうかなと思って』

 

 きわめて明るく伝えるリンディだったが、不穏な単語が飛び出したため、なのはとフェイトは緊迫した様子で問いかけた。

 

「爆発って、怪我人とかはいなかったんですか?」

『爆心地付近に三名、意識の無い少年少女が発見されて保護されたけれど、命に別状はないと報告が上がっているわ。不幸中の幸いで、局員以外の民間人はその時間、惑星からいなくなっているようで、その点は大丈夫。その三人も、なぜその時間に残ってたのか気になるところではあるけれど……まぁそれについては回復したら聞けばいいし、いずれ分かるでしょう。問題は、爆発によって遺跡のいくつかが壊れて、あちらこちらに瓦礫が散乱していることなのよ。だから、任務はそれのお片付け。ね、どうかしら? 嘱託とはいえ、本当はあんまり頼める立場じゃないんだけど……なのはさん、元気なかったし。もちろん、フェイトさんも、ね、どうかしら?』

 

 状況を聞く限りでは、ひとまず安心してもいいようだ。リンディの口調からも、任務とはいえ、そこまで重いものでもないと考えられ、少女二人は胸を撫で下ろして返答する。もちろん、了承するためだ。

 

『良かった。じゃあ、一度ちょっとブリーフィングルーム2に来てくれるかしら?』

 

 通信を切り、ユーノの方を見る。彼は今のやり取りを、検索魔法を駆使しながら聞いていたようで、少女二人がが声を出す前にすかさず告げた。

 

「なのはたちは行ってきていいよ。僕はこの後整理するつもりだったし、ここに残るよ。レイジングハートのことも調べておくから」

「いいの? レイジングハートのことは、今すぐ知りたいってわけでもないんだけど……」

 

 なのはやフェイトから切り上げていいことを伝えられてもなお、ユーノは検索魔法をやめようとはしなかった。

 

「んー……考えてみれば、特に詳しく調べようともしてなかったし。改めて調べるのもいい機会だと思うんだ。まぁ、検索魔法のテストランも兼ねてるから」

「ユーノ君がそこまで言うなら止めないけど……」

「なにか分かったら、教えるよ」

「うん。ユーノ君も、あんまり根詰めないでね?」

「了解」

 

 優しい笑みを浮かべた少年は、すぐさま真剣な表情に変わって、空中モニターとにらめっこをはじめる。

 真剣モードになった少年に挨拶をし、無限書庫を出る。本館から一歩外に出ると、忘れられていた重力が伸し掛かってきた。体の重さは、魔法の練習後の疲労感に似ていると、二人は話し合いながら指定された場所へと向かった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 彼女たちの元から、インテリジェントデバイスが消失していることに気が付いたのは、ブリーフィングルーム2に着いてからだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 指定場所に向かう途中、本局の慌ただしさから、なのはたちは問題が起きていることを理解した。

 せわしなく動く局員の邪魔にならないように、リンディの元へと急ぐ。

 難しい表情でモニターを眺めている彼女に恐る恐る声をかけると、わずかに表情を和らげながらそれに対応した。

 

「あぁ、ごめんなさい、呼んでおいてこんな感じで」

「いえ、それは大丈夫なんですが……何かあったんですか?」

「ちょーっと失くしものが多くてね。ま、とりあえず活動予定地域について話を――」

 

 簡単に伝えるわねと、右へ左へ行き来する局員を尻目にリンディが説明しようとした矢先。

 大きなアラートが、局員内全域に響き渡った。

 

 

 ……――非常事態を宣言します。待機任務中及び出動可能な全局員は、直ちに担当の司令官または部隊長に申し出るようにしてください。繰り返します。非常事態を宣言します。待機任務中及び出動可能な――……

 

 

 その瞬間から全局員が会話を止め、作業を止め、歩みを止め、アラートの隙間から聞こえてくる女性の声に耳を傾けていた。大きな事件が起きたのだということは、少女であっても容易に予想出来る。

 どうするべきかとリンディを見ると、彼女は先ほどとは打って変わって、厳しい表情を浮かべてモニターを注視している。

 

「……聞いたかしら。悪いのだけれど、貴方たちにも現場に向かってもらうわ。とは言っても……もともとその場所に行ってもらうつもりだったのだけれどね」

 

 もともと? と呟いたのは、フェイトの方だった。

 

「ええ。数分ほど前に魔法的爆発が起きた場所で、緊急事態になったわ。崩壊後特別管理世界『大樹』。事態の詳細が来たわ」

 

 備え付けのデスクデバイスに、三つのモニターが表示される。

 

「保護していた少女二人のうち一人が……意識喪失状態で覚醒。直後に大規模召喚魔法を……」

 

 詳細を読み上げながら、届いた画像を一つ一つ見ていくリンディが、最後の画像を見て、絶句した。

 そこには、様子のおかしい女性の姿と、棒状の何かがいくつも空中に浮かび、彼女を取り囲んでいる。

 なのはが、なんの棒だろうと焦点を合わせていくと、いくつか見覚えのあるものが写っているのが分かった。

 さらにその女性の手元にも、記憶にしっかりと焼き付いているものが見える。

 見間違いだろうか。いや、見間違えるはずがない。だけど、絶対にありえない。だって“それ”は今ここに――。

 

「――あっ、ない! レイジングハートが!」

「バルディッシュも……!」

「じゃ……じゃあ、そこに写ってるのって……!!」

 

 なのはとフェイトはそれぞれ、自分のインテリジェントデバイスの普段からあるべき位置を手探りしてみたり、普段絶対に入れることのない場所を何度も何度も探ってみたりするが、やはり見つからない。

 となると、画像に写っているそれらが、自分のものであることが確定するのだが、当然受け入れられるはずもない。

 

「やっぱり、貴方たちもなのね」

 

 その様子を一通り眺めていたリンディは頭を抱えた。

 

「貴方たちに協力を要請してすぐ、局内のあちこちでインテリジェントデバイスが消失する事案が発生したわ。そして今のアラートと通報と、この画像……。容易に予測できてしまうけれど、決めつけるのはやめておきましょう。可能性を狭めるのは、真相に近づいた時です。見間違いと記憶違いもなくはないわ」

 

 当然、その可能性がどれだけ小さいものかは、少女たち自身が誰よりも分かっている。だからこそ、受け入れられないのだから。

 

「ふたりには、予備のデバイスを装備して現地に向かってもらいます。……本当はこんなことをお願いするつもりで呼んだのではないのだけれど……ごめんなさい」

「いえ。私たちにできることがあるのなら協力させてください。そのために勉強だって訓練だってしてきたんです」

 

 それに、とフェイトが手に力を込めて続ける。

 

「あの子の周りに浮かんでいるデバイスも気になりますが……もしそこに私たちのデバイスがあるのなら……私たちが行くべきです」

「ほぼ全局員に通達されているということを鑑みると、事態は最悪のケースも想定されています。例えば、ロストロギアの暴走……。ともかく、できるだけ万全にして、転移ゲート前に移動してください。私はここで指揮を取らないといけないし、クロノ今は休暇中だから援護に出られない……二人に頼り切りで、本当に、本っ当に、申し訳ないと思うわ。とにかく今は、出動の準備をしてください。予備のデバイスを受け取る場所は、わかるわね?」

「はい!」

 

 元気のいいなのはの返事に、リンディは笑顔を浮かべて「では、行動を開始してください」と優しく指示した。

 現地に向かう二人の背中を見て、残されたリンディは一人これからを不安に思う。

 

 

 

 

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