広域検索を行っても、分かることと言えば「何もない」ということだけ。
私はため息を一つ吐き、あてもなく飛行することに決めた。
鳴海市より幾分か飛び易いのは、空気中の魔力濃度の濃さのせいだろうか。それとも、質の問題だろうか。
「魔力としては十分ですが、空気が死んでいますね。悪くないですが、良くもない状態です。それに、死んでいる空気で、自然が生きようとしている……あべこべな風景ですね」
『生命力を高めて適用させたのでしょうか。動物は適用する前に死滅したみたいですが』
「総合して、気分が悪い世界です」
好みの問題かもしれないが、私個人としては、お世辞にも心地良い空気とは言えなかった。
生暖かい風が私の飛行予定ルートをずらしたかと思えば、痛いほど冷たい風が壁となって行く手を遮る。
それでも空気中の魔力を贅沢に使って、飛行魔法の出力を上げる。
「そういえば、ナノハは加速魔法を持っていた気がします。ルシフェリオン、使えませんか?」
『高町なのはのそれは、所持しています。映像記録として、ですが。命令式としては、申し訳ありませんが、私には記録されていません』
「……はぁ」
『今ため息を吐きましたね、マスター?』
「吐いてません」
『いいえ、吐きました』
「吐いてません」
『デバイスの目を欺けるとお思いですか?』
「ついてません」
相棒ルシフェリオンに、適当に相槌をうちながら、マルチタスクで思考を巡らせる。
(ここがどこだという疑問はもう、意味はなさないでしょう。先ほど気が付きましたが、今の私には目的がありません。なぜ私がここに出現したかの方が、考えるに値します)
例えば、鳴海市にマテリアルSとして現界した時には、明確な目的と使命感を持っていた。闇の残滓ならいざ知らず、あの時の私には“欲”があったはずだ。
しかし、今の私には、それがない。
ここがどこかなんて、どうだっていい。
私は、何をすればいいんだろう。
マテリアルSというプログラムの一つに、高町なのはの数値をあてただけの存在。それが、星光の殲滅者。
プログラムは、製作者が明確な目的をもって作るものだ。攻撃性も、防御性も、特別な方向性も。
目的が無ければ、生まれ得ない。
それに、作る時の目的もそうだが、プログラムであれば何よりそのプログラムを走らせる場合にも目的がなければおかしい。
自然発生するような存在ではないのは、自分が一番分かっている。
私が現実に出てくるには、私自身が現界を望むか、外部から引っ張られるかのどちらかでないといけない。
今回は前者ではない。前者の場合ならば、現実に出る少し前から意識と感覚が記憶されるはずだ。今の私にそれはない。
となると、自然と後者だと思うしかないが……分からないのは、いったい誰が私を出現させたか、だ。引っ張り出しておいて、近くにいないのでは話にならない。
「ルシフェリオン」
『だいたいマスターは、私をないがしろにしすぎです。旧知の仲とはいえ、多少は礼儀を持って』
「不平不満は後で聞きます。私の話を聞いてください」
『……はい、なんでしょうか? マイマスター』
「貴方は、今回現界する直前を覚えていますか?」
『……この世界に現れる前のデータで最新のものは、雷刃の襲撃者と飛行していた時のデータになります』
「レヴィとですか? 確かに飛んでた記憶はあるんですけれど、だいぶ曖昧なんですよね……勝負に敗れたのが、私の中の最新なのですが、それはありませんか?」
『恐れながら、そちらは誰との勝負でしょうか?』
「それが、よく覚えてなくて……ずっとナノハとの対戦だと思っていたのですけれど、今のルシフェリオンの話を合わせれば、レヴィとでしょうか?」
『そのデータは私にはありませんので、なんとも』
「そうですか……。消滅したと思っていましたし、自分で出ようと思っていた記憶がなかったもので。一体誰が引っ張り出したのかと」
『答えは出ましたか?』
「いえ。念のために聞きますが、貴方は誰が私たちをここに呼び出したか知っていますか?」
『……私が知らないことを聞かないでください』
「なんのためのインテリジェントなんですかね」
今回のこれは、自分の意志でも誰かが明確な目的を持って呼び出したわけでもない、ということになるのだろうか。
不運なエラーやバグによって現界してしまった、と。
「もしバグで現界したのであれば、レヴィや王も散らばって現界しているかもしれませんね」
『先ほどの広域検索にはそれらしい反応はありませんでしたが』
「それより向こう側、ということです。例えば」
私は一度速度を緩め、仰向けになってさらに上空を指差した。深い深い青空は、遠くを見つめていると、まるで自分が深海に落ちていっているような感覚に陥るから好きだ。炎属性的には好ましくないが、深い水の底に沈むのは、一度体験してみたいことでもある。
「この星の、外側、とか」
『そうなると、合流も難しくなりますね』
「ええ。どのような可能性にしろ、ここは二人の協力は無いものとして動いた方が」
良いかもしれませんね。と私が仰向けのまま言う前に、ルシフェリオンから警告音が響いた。“初めて”聞くそれは、無理やりにでも緊張感を高まらせる。
『マスター、お話中すみません。こちらに高速接近する飛翔物体があります。コンタクト逆算……接触まで300秒』
「なるほど。今のはインテリジェントっぽくありました。方角はどちらですか?」
『現在の方向から考えて、約六時の方角です。……対象が加速しました。接触まで150秒。衝撃に備えてください』
「えっ」
流石に速すぎるのでは。
試しに進路を大きく変えてみたところ、向こうもそれに合わせて変えたようだった。偶然こちらに向かって来ているというわけではない。
耐衝撃の準備する間もなく、タイムリミットが迫る。
せめてその姿だけでも捉えてやろうかと振り向くと、ヤツはもうすぐそばまで来ていて。
「ああもう、ついさっき、その可能性を諦めたというのに」
「お~~~~い!!!!」
彼女は私に抱き着いて……いや、抱き着く姿勢のまま激突して、そのままのスピードでおよそ1km進んだ。「ぐっ」っと可愛らしくない声を出して、地面と平行に、1km。
なんともまぁ、傍から見ればシュール以外のなにものでもなかったが、正直少し安心した。
冷静を装っていても、どこかで「自分は一人だ」という不安を感じていたのだろう。
押し出された分の酸素を、思いっきり補充しなおして、私のお腹に巻き付く彼女を観察する。
水色の髪を二房に結すんだ同じ色のリボンと、紺色のマント。それに、この魔力反応。
この魔力反応は、知っている。
先ほどの広域検索は半径300kmという範囲で行った。にも関わらず、この反応を掴めなかったということは、それのさらに外側から近づいてきたのか。それとも、私が検索を行った後に呼び出されたのか。
まぁいっか。どうでも。
いまだスピードを緩めようとしない彼女を軽く抱き寄せ、私は彼女の進行方向とは真逆に飛行魔法を噴出させる。
減速し始めたことで彼女もそろそろ止まらないとまずいと感じたのか、私に協力し始めた。
飛行というよりは浮遊と言えるほどにまで減速してから背後を振り返る。まだまだ距離はあるが、青白く尖った山脈が背後に控えていた。
「あれに突っ込む前に止まれたのはよかったです」
「え?! ……あ! ご、ごめん、僕、そんなつもりじゃなくって」
「分かっています。嬉しかったんですよね? ……合流できて、私もうれしかったですから」
レヴィは破顔し、私を強く抱きしめる。
苦しくてくすぐったかったけれど、今だけは許せるなと、密かに思うのだった。
***
合流し、私とレヴィは一度落ち着ける場所で状況を整理しようということになった。
合流地点から見下ろした大地には広大な樹林が広がっていたが、背に腹は代えられないということで、降下し、森林へと入った。どの樹木も私が見たこともないほどに巨大に成長していて、鬱蒼とした密林、というよりは、塔がいくつか乱立しているドームの中、という印象だった。
大木を束にしたような太い胴回りの樹に背を預け、二人で腰を下ろす。
とりあえず、彼女に今までどうしてたかを聞くと、その質問の意図が分かったのか、レヴィも「負けて、消えて、それからんーと……気が付いたらここにいた!」と元気よく答えてくれた。どうも、私と同じ境遇にあるみたいだ。
『マスター。バルニフィカスも、私と何ら変わらない状態だと診断しました』
「そうですか」
まぁ、そうだろうなという予想はしていたので、あまりがっかりはしない。
レヴィに膝枕をしてあげながら、透き通った髪を手で梳いていく。指を滑らすたびに「にゃぁ」と聞こえてくるのは、さすがに幻聴だと思うことにした。
「これからどうしましょうか」
「にゃ?」
「目的もなく、辺境の星に出現してしまって……ここがどこなのかが分からない限り、特定の場所を目指すのも困難です」
「にゃー……」
「……あんまりふざけてると意地悪しますよ」
「ひぁっ! いひゃいいひゃい!」
レヴィの鼻をつまんで軽く引っ張っては、涙目になりそうになる寸前で止める。それを何回か繰り返すと、レヴィは両手で、私がつまんだあたりをさすりながら、恨めしそうにこちらを見た。
私はその視線に気が付かないふりをして、あさっての方を見ながらぼやく。
「せめてここがどこか分かれば、動きようはあるのですが……これでは帰れませんね」
帰れない。帰らないといけない。待ってくれている人がいるはずだから。
帰りたいのに。あの星へ。
……。
私は、今、何を想った?
帰れない? どこへ?
帰りたい? どこへ?
あの星へ? どの星へ?
「私は今……何を……」
忘れているのだとつぶやこうとして、“何かを忘れている”ことに対して 強い拒絶感が浮かんだ。思い出したいことを思い出せないエラーが、頭痛みたいで苦しい。
こめかみに手を添え、私のインテリジェントデバイスに質問をしようとすると、私が口を開く前にレヴィが心配そうな声で問いかけてくる。
「どうしたの、シュテルん。どこか痛い?」
「……なんでも、ありません。大丈夫ですよ」
手を放し、無表情を浮かべようとする。うまくできているか自信がないので、もう一度彼女の髪を撫でてごまかした。
「ルシフェリオン。鳴海での最後の活動はなんでしたか?」
『雷刃の襲撃者とのランデブーです、マスター』
「本当に、そうですか?」
『他の記録はありません』
「本当に? ほんとうにありませんか?」
『……マスターが何を言いたいのか、私には分かりません』
「私は、それ以降に何かがあったのでは、と思うんです。いいえ、確信に近い」
『何か、とは?』
「忘れてはいけないようなことだと思います。それがどうしても思い出せませんが……」
どこか……そう、この星のような……いや、この星よりももっと荒廃していてどうにかしなくてはいけない―――――に行かなくてはいけなかった気がする。
……名前が思い出せない。
けれど、そこまで思い出せた。無地のキャンパスに、下書きを浮かび上がらせた。
「レヴィ。私たちには、行かなくてはいけない場所があったと思うんです。貴女はそれがどこか、覚えていますか?」
「僕? うーん……わかんない……ごめん……」
「まぁ、分からなくてもいいんです。私も分かっていませんから」
的を射る回答では無かったが、口にして改めて強く思う。
私には、帰るべき、行くべき場所があった。
当面の目標はその場所を思い出すことと、そこに帰ることになるか。
休息をとって、だいぶ体力も回復した。
まずは、自分がどこに帰りたがっているのかを思い出さなければ。
「今後の行動も見えてきました。そのためには、出来る限りの『きっかけ』に触れた方がいいでしょう。そうすれば何か思い出すかもしれません」
「??? どゆこと?」
「この星の色々なところを見て回ろう、ということです」
「いいね、それ! この星も気持ち良さそうだし、なにより、強いモンスターがいそうだもんね!!」
「強いモンスターがいるかどうかはさておき、そのうち私たちを招いた存在も見つかるかもしれません。暫らくは、それを頭に入れて行動しましょう」
ではそろそろ、と、レヴィをふとももから転がし、立ち上がろうとした瞬間のことだった。
そう遠くない場所で、検索しなくともわかるほどの莫大な魔力を、私を含めその場にいた全員――デバイスも含めて――が感じ取ったのだった。