宝石の女王   作:ふらみか

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三話

 

 白金の長髪をなびかせながら、地面に引きずってしまうほどの白色のロングドレスを身に着けた彼女は、装飾が華美に振る舞われたデバイスを軽く抱き、虚ろな瞳で中空を見つめていた。

 まるでお姫様みたい。

 一目見た時、高町なのはの頭に浮かんだ感想は、場違いにもそれだった。

 彼女が抱いているデバイスは、装飾が華美で、まるで宮殿など豪華絢爛な場所に飾っていた方が雰囲気としては合っているような見た目をしている。一方で、形状など全く違っているにも関わらず、一目で高町なのはが使用していたレイジングハート“そのもの”だということも認識できた。なによりこれは、高町なのは自身が誰よりも一番そう感じていた。

 

「あれ……なのはのレイジングハート、だよね?」

「うん……。フェイトちゃんのバルディッシュは、あそこに浮いてるね」

 

 レイジングハートを抱いた“お姫様”を球状に囲むように、管理局から喪失したデバイスたちが浮かんでいる。中にはフェイトのものも確認できた。総数、およそ80以上。現在進行形で、数は増えていた。

 状況をまとめると、浮遊デバイス群の中心には“お姫様”がいて、彼女はなのはが普段使っている時よりも装飾の多いレイジングハートを抱いている。

 なのはが彼女に目を奪われていると、今度は彼女の胸の辺りで、強い発光が起きた。

 発光現象が収まると、発光していた場所に輝きながら浮いている、十二個の見覚えのある宝石が出現している。

 

「あれっ! もしかしてジュエルシード……!?」

 

 管理局員たちも現れた物体に動揺し、現場の緊張感が一層高まった。

 なぜ、厳重に保管されているロストロギアが。

 当たり前だが見過ごせない疑問だ。

 ジュエルシードでない可能性も、もちろんあるが、そうだとしても純粋高魔力結晶が出現した事実の重さは変わらない。

 局員の混乱を知ってか知らずか、“お姫様”は構わず動き始めた。

 ゆっくりとした動作で視線を下げる。なのはにはそれが、出現した宝石の数を確認しているように見えたのだった。

 装飾過多のレイジングハートを片手で支え、もう一方の手を出現させた純粋高魔力結晶体にかざす。

 すると彼女は、突然、涙を流し。

 

 足りない。

 

 呟いた。ように見えた。

 なのはのところまで声が届かなかったのは、声量が小さかったからなのか、そもそも音を出さなかったのかは分からない。

 声が聞こえたところで、言葉が分かるものでもなかったのかもしれない。

 けれどなのはには、彼女が「足りない」と言ったように思えてならなかった。

 彼女は緩慢な動作で、レイジングハートを目の前に突き出し、目を瞑る。

 直後、大きな大きな魔法陣が足元に展開され、なのははおろか、局員全員が見たこともないような細かな命令式が幾重にも重なっていった。言葉は、ミッドチルダ語ではなかった。

 命令式は彼女の足元の魔法陣に留まらず、螺旋を描きながら地中から上空へと走り抜ける。

 全局員が身構えながら、不測の事態に備え、撤退も含めた防御準備を進めていると、いよいよ彼女の魔法が発動する。

 魔法的な暴風が、なのはたちの間を吹き抜けた。

 すべてを攫おうとした暴風は局員数名の体勢を崩させただけにとどまったが、“お姫様”を中心に暴風の痕がくっきりと地面に描かれていく。

 風が止むと、彼女の目の前に、光り輝く九個の宝石が新たに出現しているのが目視で確認できた。

 増えた。ジュエルシードと思われるものが。しかも、あの輝きからして、新品なのでは。

 

 おかえり。

 

 出現した宝石に向かって、“お姫様”は優しい笑みを浮かべて何かを語り掛ける。

 なのはは彼女の雰囲気から、そう言ったのだと確信した。

 あれは、慈しむ時の目だ。母が自分に話しかける時の目と、同じの。

 愛おしそうに、新たに出現した純粋高魔力結晶へ近づこうとする“お姫様”は、すぐにその行動を阻害された。

 拘束担当局員によるバインドが、彼女の腕や足のみならず、全身へと巻き付いていく。

 AAクラス相当の解除能力がなければ解除できず、またそれ相当の能力をもってしても数十分と拘束できるバインドが、20以上。

 なのはは、少し可哀想だと思ってしまったが、ジュエルシードのような物体が本物か偽物かに関わらず、それに近づくという行動は純粋に危険以外の何物でもない。悪意があろうとなかろうと。彼女の命を守るための行動だということは、なのはも理解している。

 が、それにしても見た目はちょっとやりすぎ感が否めない。

 

「もう少し、弱めてあげてもいいんじゃないかな」

 

 そういう風に少しでも思った自分を、なのははひっ叩きたくなった。

 

 間違っても管理局の、しかも拘束においてのエキスパートが発動したバインドだ。それも一つ二つではない。十数人分がそれぞれ解除キーの異なる強固な拘束具を、合計で20以上。

 それを、彼女は。

 身動き一つせずに。

 全てを消し飛ばして見せた。

 その一瞬の出来事を、少女は見逃さなかった。

 

 あの宝石を、使った。間違いなく使った。

 

 拘束具を消し飛ばす直前、新たに出現した純粋高魔力結晶体が、刹那、輝きを増したのだった。

 後には、彼女とジュエルシードらしき宝石と、膨大な数のデバイス群が、数秒前と変わらないままに佇んでいる。

 異様な雰囲気が、辺りを包んだ。

 

「なのは。あの子、ジュエルシードの製作者とかなのかな?」

「分かんない……でも、あれってやっぱりジュエルシード、だよね? ここに来た時より、いくつか増えちゃったけど。いくつでも作れるのかな?」

「だとしたら、あの子自身がロストロギアになりそうだけど」

「でもでも、あの子って保護された女の子の一人、でしょ?」

「うん。そのはず」

「ってことは、つまり……なにかのマジックアイテムでああなったって思った方がいいかも? はやてちゃんの時みたいに」

「解析班からの連絡次第だけど、一応はそう見てた方がいいかもね」

「どんな状況にしろ、あの子を保護するのが先決だよね。ジュエルシードと思われる宝石からも遠ざけてから、保護」

「うん。できれば、ジュエルシードも封印したいところ、だけど……」

 

 フェイトとなのはは手元のデバイスを見た。

 普段使っているデバイスと似ているけれど、まったく違うストレージ型インテリジェント汎用デバイス。

 使いにくいわけではない。

 事実、管理局入局関連の試験を行う際、いくつかはこの汎用デバイスで試験を行わないといけない科目もある。

 それでも、いつもの安心感がないのは事実だ。

 自然と、冷や汗が手のひらに滲んでいく。

 なのはとフェイトは、普段と違う今の自分自身の状況を、俯瞰的に考えた。

 私たちは、今までどれだけ頼ってしまっていたんだろう。

 今までの自分たちの輝きが、あのデバイスあってこそのものだと思えてならない。

 そして、今自分たちが思っていることを、口に出さずとも、感じ取ってくれて。すぐに、こう言うはずだ。

 そんなことはない。主人があっての、自分だ、と。

 嘱託とはいえ、今は二人とも管理局員となっている。デバイスが違うからという理由で失敗は許されない。

 この世界に来た時にフェイトが言っていたように高町なのはは気合いを入れ直し、再び視線を“お姫様”に戻した時、事態がさらに動く。

 

 対象が、ぼそりと何かを呟くように口元を動かすと、浮遊していただけのデバイス群が全て一斉に、局員に向けられた。

 

 明らかな敵意、というにはまだ弱いが、先ほどのバインド除去があっただけに、生唾を飲み込むのは当然だった。

 膠着状態はとても長く感じられたが、実際は数十秒だったかもしれない。

 先に動いたのは、やはり、“お姫様”だった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 数十人の派遣された局員は主に、最前線対応班、最前線補給班、中近距離支援兼第二波シフト班、中距離支援班、遠距離広域支援班、結界魔導師隊で分けられていた。拘束班は、中距離支援班と遠距離支援班に属する。負担の大きい最前線対応班が、一番人数が多く、フェイトとなのはは現在ここに分担されていた。

 最前線対応班の中でも、なのはたちは幾分後方に陣取っていたが、それでも対象との距離は、かなり近い。

 雰囲気だけでなく、総数100以上の浮遊デバイス群――結果としてそれだけの数になった――や、ジュエルシードと思われる莫大な純粋魔力を秘めた物体も相俟って、かなりの威圧感をなのはたち受け取っていた。

 

 そして、その威圧感は、過小評価だったことをすぐに思い知る。

 

 彼女の動きは、とても小さかった。

 手に持った装飾過多のレイジングハートを“お姫様”にとっての前方、つまり、なのはたち最前線対応班へ向けただけ。

 それだけでなのはたちへ向けられた100以上の浮遊デバイス群に円環魔法陣が浮かび、それぞれ一つ以上の光弾を出現させる。赤や青、黄色や緑、紫や水色などの、この世に存在する魔力光がジュエリーショップのショーケースよろしく輝いている。

 綺麗、という感情は生まれるはずもなかった。

 最前線班の、本当に一番最前線の数人が、すぐに防御魔法を重ねていく。

 防御魔法が重なりきるのが早いか、対象が攻撃魔法を放つのが早いか。あるいは、防御魔法と攻撃魔法の強弱関係で、均衡が破られるか。

 結果は、すぐに判明した。

 

 なのはの足元に。少女の足元にだけ、十数発の光弾が降り注いだ。

 

 二発分の着弾を体感した直後に、フライヤーフィンの上位魔法であるアクセルフィンで上空へ離脱する。離脱した後も、長い間なのはが経っていた場所に光弾が襲撃していたが、次第に彼女を追うように光弾の射線が動いていく。

 

『なのはっ! 大丈夫!?』

 

 フェイトからの念話が届く。

 マルチタスクを用いて、なのはは光弾回避をしながらそれに応答した。

 

『こっちはなんとか! 誘導型じゃなくて直射型だから、まだ平気だけど……フェイトちゃんたちの方は?』

『私の方も大丈夫。だいぶ弾幕が薄いから、余裕もある、けど……!』

 

 フェイトの話を聞いて、なのはは先ほど覚えた違和感を、確かなものへと変えた。

 私の方を狙って来てる!

 いつまでたっても少女の周りは弾幕が薄くならない。色とりどりの、殺意のある光の雨が、斜め下から降ってきている。

 時にラウンドシールドやプロテクションでいなしつつ、なのははさらに上へ上へ駆け上っていく。

 ここまで行くと、弾幕の行方が高町なのはの方へ向かっていることは一目瞭然となるので、、フェイトを含める前線局員たちは少女を追うように飛び上がった。

 が、なのははフェイトたちが近付いてくるのを見て、すぐに念話を繋げた。

 

『こっちは大丈夫です! むしろ狙いが固定化されてるので、このままでお願いします。皆さんは、あの子の保護を!』

 

 フェイトがそれに対して異を唱えようとする。

 

『でも!』

『私を狙う理由は分からないけど、こっちを向いてるなら、隙ができるはず! それに私、防御型だし、平気です!』

『……分かった』

 

 飛び上がろうとした前線局員たちのほとんどは今の念話で下がるが、隊長命令なのか、三名ほどはなのはの方へ向かったままだった。

 その間も、下から光弾の嵐が容赦無く降り続ける。

 アクセルフィンの出力は先ほど使ったフライヤーフィン同様上がらない。が、空気中魔力濃度が鳴海市より高いせいか、レイジングハートを用いて発動するそれに食らいつくくらいの出力は、結果として出せていた。ブレーキ速度やジャイロ制御などの細かいスペックで劣るのは、なのははこの際目を瞑ることにした。

 避けきれない光弾を防ぐ盾も、厚さや展開速度が気になってしまうレベルでレイジングハートとのスペック差を思い知らされる。それも少女は気にしないように努めた。

 レイジングハートとの差は、出て当然。

 あのデバイスは特別だから。

 入局試験の時にも思い知った。

 彼女は、特別だ。

 本当に、特別だったんだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 フェイトを含めた地上に残された局員たちは、隙だらけの対象を拘束しようと画策していた。

 事実、あの弾幕は上空遥か彼方へ飛び立った一人の少女へと向けられている。対象である“お姫様”の視線もじっとそちらを見つめていた。

 拘束班による二度目の集団バインドは、呆気なく失敗に終わった。

 拘束は現状不可能。

 ではと、今回の部隊長は、結界魔導師隊に次の一手を念話で指示する。

 対象を囲むように、魔力送受遮断シールドを展開。

 デバイスを直接持っているならまだしも、あの100以上の空中に浮いたデバイス群を操作するには、遠隔による魔力送信がなければできないだろうと考えたのだった。

 指示を受け、結界魔導師たちによるシールド展開が行われる。対象の魔力強度がどれほどか予測できなかったことから、シールドは各局員最大出力のものを展開した。

 四重の魔力送受遮断シールドが展開されると、魔力送信が遮断されたのか、浮遊デバイス群より放たれる光弾が一時収まる。

 

「落ち……着いた?」

 

 思わずフェイトが呟くと、対象の視線が、地上にいるすべての管理局員へと注ぎ込まれた。

 そこには。

 焦点を定めないままなのはの方を見上げていた、虚空や空中を見つめていた視線に、明らかな敵意の色が加わっていた。

 寒気がするほどのそれは、本当に先ほどまでと同一人物なのか疑ってしまう力を持っている。

 直後、ジュエルシードと思しき宝石が二つ輝き、四重のシールドを破砕する。「シールド内で魔力風が暴れた」ということが分かったのは、破砕されたシールドの破片と共に、魔力風が前線班のバリアジャケットに軽微なダメージを与えてからだった。

 悲鳴を上げる余裕も奪い、大魔法の気配すら漂わせず、大きな被害を与える。

 その姿はまさしく、生けるロストロギア。かつて戦った闇の書の意志・リインフォースを思い出させる。

 フェイトを含んだ前線班は空中に避難する。姿勢を整え、思考を巡らせる。

 

(報告では魔力反応の小さい方の女の子に異常が起きたみたいだから、あの子自身はロストロギアではない……。でも、今までの魔法は全部、リインフォースと同等か……砕け得ぬ闇レベルのランクがあるんじゃ?)

 

 かつて自分たちの複製まで作り上げたあの魔導書のように。

 何かしらの外部からの強い影響のせいで、大きな力が身に着いている。

 つまり。

 

「はやてと同じ、被害者……」

 

 先ほどなのはと相談していた時には、うっすらとしていたが、フェイトは絶対にそうだと断定する。

 怒りに似た焦りが沸き上がるのは、同じ境遇の少女を知っているからかもしれない。

 足元に魔力を集中させたフェイトは、先ほど部隊長から届いた「直近五人以下三人以上でフォーメーションを組み、浮遊しているデバイス群の対応と、可能であれば純粋高魔力結晶体の封印。直近に三人以上いない場合、中距離支援班待機位置まで後退」という念話を心の中で復唱する。

 デバイスがバルディッシュじゃないことは、もう気にしない。大切なのは、仕事をこなすこと。つまりは、あの子の保護。

 フェイトは自慢のスピードを生かし、直近三人ですぐに戦術フォーメーションへと移った。

 空戦魔導師になる場合、あるいはなった後すぐに、個人戦闘技術と同時に学ぶのが、複数人数による戦術コンビネーションだ。

 フェイトを含めた三人のグループはまず、二対一に分かれ、二人がデバイス群へと接近していった。残り一人は、二人を視界に収めつつ、バインドや魔力譲渡、時には攻撃射線に割り込んでの防御魔法の展開を行う。割り込んだ場合、攻撃と防御の担当がシフトする。リスクのある攻撃も、誰かがカバーしてくれるという安心感が、局員の動きを鈍らせない。

 隙が出来てしまうのなら、誰かが守ればいい。

 言葉にすればそういうことなのだが、信頼関係がなければなかなか行えないのが、この戦術コンビネーションというものだ。

 フェイトはその安心感に身を任せ、近接戦には不釣り合いな大振りの魔法攻撃を行っていった。近接用予備汎用デバイスでの、棒術に似たデバイス捌きは、いつぞやのなのはとの特訓を思い出させる。

 浮遊デバイス群の数が多かろうと、特別脅威があるわけではなかった。

 きちんと打撃を与えていれば、いずれ撃墜でき、そのまま動作を停止している。

 そこまで重大な事案ではないのかもしれないと、フェイトは前後を挟んで攻撃しようとしてきた浮遊デバイスを的確にクリアしながら思う。

 でも、これだといつかバルディッシュにも攻撃しちゃうな。それはちょっと、嫌な気がする。

 とまで思う余裕を取り戻しつつ、攻撃の手を緩めないまま、彼女はなのはの方を見上げる。

 フェイト以外のコンビネーションチームの活躍もあり、デバイス総数は80以下となっていたが、そのほとんどはまだ砲口を彼女に向けていて、光弾を撃ち続けていた。

 遠目に見ても、なのはの動きが少し鈍っているのが分かるが、まだ危険というわけではなさそうだ。

 その様子を見て、フェイトはさらに冷静になった。

 コンビネーションの攻撃パターンを少しずつ変えて、相手の対応を遅らせていく。

 直に戦って分かったのは、浮遊デバイス群だけなら機械的な動きしかしない、ということだった。

 バインド除去や初撃でこそ虚を突かれたが、それ以降の“お姫様”には目立った動きがない。

 これならいずれ彼女も保護して事件も終息するだろうと考えたのは、軽率以外のなにものでもなかったと、フェイトは反省することとなる。

 “お姫様”がデバイスを掲げてモードチェンジをさせ。次いで、彼女の足元から視線の先、背後に至るまで、大きな魔法陣がいつくも出現し。

 

 そして、桜色の極光が、集まりだした。

 

 あれは……。

 あれは、マズいのでは。

 フェイトはもちろん局員すべての人が、遭遇していなくともデータで共有している、まさにそれなのでは。

 なにしろ、話題にまでなったのだ。9歳の少女が、大人でさえ辿り着けないような魔法を、大出力で使ったのだと。

 

 ――集え、星の光。

 

 浮遊デバイス群を対処しながら“お姫様”に注視していると、聞き覚えのある詠唱まで始まった。かつて闇の書の意志が唱え、広域拡散型へと変化させたあの詠唱。

 距離が離れているのに耳に届くのは、その詠唱を相手に理解させること自体に、何かの追加効果があるかもしれなかったが、フェイトにはそのことを考える余裕が消えてる。

 直撃を味わったことがあるからこそ、フェイトは誰よりも早く、局員たちに撤退の念話を送った。もちろん、なのはを含めた上空チームへも。

 上空でなのはを援護する局員たちが手を止め、距離を取り始めたのはフェイトにも目視確認できた。しかし、肝心の高町なのはがまだ数分前と同じ動きをしている。

 集束砲撃を行おうとする一方で、“お姫様”は残っている浮遊デバイス群による援護射撃を一層激しくさせる。

 フェイトは離脱コースを外れてなのはの救援に向かおうとした。

 まずそれを阻害したのは、浮遊デバイス群だった。

 

「ッ! 邪魔ッ!!」

 

 5本のインテリジェントデバイスに行く手を遮られ、対応しようとすると、息つく暇もなく10本のインテリジェントデバイスが彼女を取り囲んだ。フェイトの動きが鈍ったのは、虚を突かれたからではない。そのうちの一本が、他でもないバルディッシュだったからだ。

 しかしそれらはすぐさま攻撃してこなかった。

 足止めさせるために自分を取り囲んだという明確な意思を、フェイトは感じる。元の離脱コースへ戻るのは容易そうなのが、余計に苛立ちを募らせる。

 何か変わればと、なのはと直接念話を繋げた。

 

『なのはっ!! 早く離脱を!!』

 

 マルチタスクを使いながらの通信を行うなのはが、フェイトへ返事を送る。

 

『私の援護をしてくれてた局員さんにも言ったんだけど、なんとかするから、気にしないで離脱して!』

 

 いくら付き合いが長く、信頼を寄せているからと言っても、その言葉を二つ返事で信じられる状況ではない。なによりフェイトから見てなのはには、そういう余裕があるとはとてもじゃないが思え無かった。

 現に、フェイトは繰り返し離脱を促す念話を贈り続けていたが、先ほどの念話以降、なのはからメッセージが来ない。アクセルフィンが描く桜色の軌跡が上空に模様を描き続けている。

 さすがに留まりすぎたのか、フェイトを取り囲んでいた浮遊デバイスが光点を作り出した。それを見て、フェイトは無理やりなのはの言葉を飲み込み、泣く泣く離脱することにした。

 避難しながらもなのはを気にして見ていると、少しずつ距離を取っているようにも見える。

 離脱可能確率が一番高そうなシナリオは、集束砲撃を撃つ前に浮遊デバイス群が攻撃を止めるという流れになった時だろうかと、フェイトは思案する。

 それでも、安全な位置まで距離を稼げるだろうか。

 防御型だから、多少は耐えられるのだろうか。

 もしかしたら。

 いや、でも。

 あの子だって、自分と同じ、生身の人間だから。

 局員総出のプロテクション領域の内側に辿り着いたフェイトは、最悪の事態を思い浮かべる。彼女の顔には絶望感が漂っていた。

 そんなこともお構いなしに、時は訪れる。

 桜色の極光の壁が、迫る。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 息が詰まっている感じがする。

 高町なのはは、先ほどからその感覚に包まれていた。

 彼女は知らないが、原因は、今使っている予備汎用デバイスにあった。

 簡単に言うと、高町なのはに合ってない。

 彼女の魔力量は膨大だが、同時に、魔力を送るスピードも力も大きかった。

 一般的に魔導師はデバイスにある特定の魔法命令式を任意で選び、そこに魔力を送って命令式を有効化させ、展開させる。

 魔法の発動において、リンカーコアが魔力の出発点、命令式が魔力の到達点だとするのなら、デバイスは中間ポイントとなる。

 デバイスは、その性能によって保有できる命令式の数も違ってくるが、一度に受け付けられる魔力量と、一度に命令式に魔力を送れる量によっても性能が左右される。

 つまり、デバイスは水道管のような存在なのだった。

 今、高町なのはが使っている予備汎用デバイスはレイジングハートと比べると、受け入れられる魔力量も命令式に送れる魔力量も大きく劣っていた。

 彼女の魔力量は膨大かつ、デバイスへの魔力供給量もスピードも桁違いなのに対し、デバイスの魔力送受口は一般レベルで作られている。

 汎用デバイスとしては、局員仕様になっているだけで市民が扱うデバイスよりはランクは上なのだが、奇才とされる彼女からすると、足りないとしか言いようがなかった。

 それでも彼女は入局試験を通過し、局員となっている。最低限の予備デバイスの扱いは心得ているはずだった。

 ……が、現状のように、予備汎用デバイスを用いて事件にあたる経験は、今日が初めてだったりする。

 魔力の詰まりを高度による息苦しさだと思っているなのはは、浮遊デバイス群から放たれる光弾の弾道予測が、いくらリンカーコアから魔力を送っても計算スピードが追い付かないのにかなりイラついていた。

 

(マルチタスクまで使ってるのに……攻撃が通り過ぎた後に弾道予測が出るとか、命令式間違ってるのかなぁ?!)

 

 とにかく送る魔力を費やせばいいと考えている彼女は、思い描くよりもワンテンポツーテンポ遅れる魔法を、勘で補おうとしていた。

 いつもよりも魔法が遅れて感じるのなら、一手二手を予想して、先に動けばいい。

 弾道予測が遅れてしまうのなら、この際肉眼で対応しよう。

 防御が間に合わなそうであるのなら、加減速や旋回で対応しよう。いっそ、減速は切り捨ててしまおうか。

 少女が思考している中、三発の光弾が背中と腹部、左の太ももの裏に当たる。我慢できるダメージだと知った高町なのはは、当たるのも止む無しと思考に組み込んだ。

 大切なのは、落ちないこと。

 

(よっ……っと。だんだん慣れてきたかも。それにしても、ちょっと弾幕薄くなってる、のかな?)

 

 浮遊デバイス群、とはいうが、さながら戦艦を相手しているようなものだ。それを相手に光弾数発のダメージで済んでいる奇才高町なのはという存在は、援護してくれている数名の管理局員の存在意義を深く考えさせた。

 果たして本当に自分たちは役に立てているのだろうかと、本気で悩みだした局員だったが、事態は一変する。

 

 眼下。具体的には対象の頭上で、桜色の極光が集まっていないか?

 

 援護していた管理局員全員がその光景を視界に収めた瞬間、部隊長から離脱命令が飛んでくる。

 これはいよいよまずい。

 なのは援護局員たちは、離脱準備をまだ始めないなのはに向かって、念話を飛ばした。

 

『高町さん! 離脱命令です! 早く!』

 

 局員の念話に対して、五秒おいてから、高町なのはは応答する。

 

『りょ、了解です! でも、ちょっと今はその、余裕が! あれですよね、あの子、集束魔法使おうとしてるからですよね?』

『分かってたんですか、そうですよ! 危険ですので、プロテクション領域内への退避を』

『だったらなんとかできるので、私のことは気にせず避難行動を取ってください!』

 

 局員の念話に対して、なのはは食い気味に対応した。念話さえもラグが出るので、使えたものではないなと高町なのはは密かに感じていたのだ。

 局員に予測で対応しながら、なのはは、タスクをもう一つ広げる。そこで、防御魔法の予想強度を概算し始めた。いくら自分が防御型とはいえ、自分が放つ集束魔法に耐えられるだろうか、というシミュレーション。

 タスク上で出るシミュレーションの結果は、お察しだった。

 

『そうはいきません! 高町さんが万が一欠けたら我々は』

『集束なら私もできますから、阻害術式をかけてみます! 大丈夫です!』

 

 食い気味に来る返事を局員たちは必死だと受け取ったことと、安易に近づけなかったこともあって、局員は高町なのはの要望通り、後ろ髪を引かれながら退避していく。

 それを視界の外に収めながら、なのはは思う。

 今はそもそも魔法の調子が悪い。この状態で、力が未知数の相手の集束を捌ききる自信は、あんまりない。

 防御に専念するにしても、今張られている弾幕をどうにかしなくては、それも満足にできない。

 かといって、バリアジャケットだけでは、強がったとしても無駄だろう。

 味わったことは……そういえば闇の書の管制プログラムは広域型に変化させた“アレ”を放っていたけれど、自分の集束とは違う気がしたから、やっぱり味わったことはないことにする。

 この際、味わっておくべきかな?

 フェイトちゃんたちは、ちょっと大げさに言ってると思うんだけど……そんなに凄かったかな。

 局員たちに広がる緊張感とは裏腹に、なのはは「やっぱりレイジングハートを持ってるから使えるのかな」と、現状使用できる魔法一覧をタスク上に表示させながら考えていた。

 冗談で受けてみようかと考えてみたものの、やはりダメージは受けたくない。その上、できれば封印砲をジュエルシードと思われる宝石にぶつけるまでは、魔力をある程度保っていたかった。我が儘を言っていられる場合でなくなったのは百も承知だけれども。

 誰かを救うために飛んだのに、誰かを救う前に落ちては、それこそ笑えない。

 

(攻撃数発は仕方ないから、いっそ防御の展開に集中を……ううん、距離を取った方が確率としては……)

 

 マルチタスクを使って贅沢に悩んでいると、いよいよ相手の集束砲撃が最終フェーズに入った。

 距離を置くにはさすがに遅すぎる。……と思う。

 残された選択肢は、防御を張るくらい。

 なのはは光弾数発のダメージと引き換えに、二枚重ねたプロテクション・パワードを展開した。もっと重ねたかったが、魔力を送っても送っても展開速度が上がらず、なのはは焦りと冷や汗を浮かべるだけだったので、強度補助に意識を向けることにした。衝撃緩和用にアクセルフィンも同時に展開する。

 耐えようとするより、流れに逆らわずに“押される”感じにした方がいいかもしれないと、少女は判断した。

 いよいよ桜色の極光が迫りだす。

 

 

 

 

 結果を言えば。

 高町なのはが張った防御魔法も。強度補助への魔力運用意識も。衝撃緩和用のアクセルフィンも。

 どれも、役に立つことはなかった。

 

 

 

 

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