宝石の女王   作:ふらみか

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幕間三

 

 レヴィに抱えられながら、私たちは魔力反応があった方向へと飛んでいた。

 彼女曰く「僕は一人乗りだけど、ルシフェリオンは特別!」らしいので、出発前に私とルシフェリオンでレヴィにとりあえず賛辞を送った。バルニフィカスはいいんだろうか。野暮か。

 上空に出ると、よりはっきりとした感覚が伝わってくる。同時に、記憶のどこかでこの感覚は何かに似ていると囁いてきた。

 何なのかは、まったく思い出せない。

 もやがかかったような曖昧なもので、まるで塗りつぶされている部分が多い写真を見ている感じだ。でも、塗りつぶされている写真を手にしているのは分かっている。「もやがかかった曖昧な記憶を持っている」ということには揺ぎ無い自信があった。

 強大な魔力反応が懐かしい。

 真新しくない感じの魔力が懐かしい。

 もっと言えば、こうしてレヴィと一緒に飛んでいること自体が懐かしい。

 それはレヴィも同じだった。

 

「懐かしいね、シュテルん。あの時以来だね」

「あの時、とは消滅前の時のことですか?」

「うん! ……ん? あれ? あのあと消滅したっけ? んー?」

 

 レヴィの発言が、私と同じ症状からきたものなのか、ただの物忘れなのかは、分からない。

 私が何度か思い出そうと試みた時、そのいずれでも頭痛を伴う息苦しさがあった。しかしレヴィは会ってからずっとあっけらかんとしている。今だってそうだ。うんうん悩んでいる声は聞こえるが、苦しそうな声は聞こえない。演技されているのであれば、私はレヴィの演技力をなめていたことになる。

 ……正直なところ、レヴィが幻覚の類なのではと思っている自分もいた。

 ちょっと、誇張されすぎだと思う。あの子は、もう少し、なんというか、その、聡明な時も、たまにはある。

 けれど協力的なこともある上に、レヴィの魔力反応と全く一緒なことから、わずかに浮かんだ疑念は頭の隅に追いやった。

 

「魔力反応地点までまだかかりそうですか?」

「ん、もうちょっとかな。でも、ずいぶんと派手な反応だよね。こんなに離れてるとは思わなかったけど」

『複数の細かい反応と、大きな塊の反応です』

 

 群青色のクリスタル・コアを点滅させて、ルシフェリオンが話しかける。

 

『精度の高いエコーサーチを行った結果、大きな塊の周辺にも細かい魔力反応がありました』

「もしかして交戦中ですか?」

『大きな塊を中心にして球状の隊列を作っていることと、その隊列からおよそ20m離れた場所に扇状の隊列を組む魔力反応も検知しました。扇状の隊列からいくつかの魔力反応が中心に向かって動いているので、おそらくは交戦中かと思われます』

「シュテルんは気が付かないの?」

「何がですか?」

「さっきっから、光がびゅんびゅん飛んでるよ?」

「レヴィは私より目がいいですね……私には何も」

 

 ということは、おそらくではなく、ほぼ確実に交戦中だ。彼女は私よりも視力がいいのを忘れていたが、ここまでいいとは思っていなかった。

 レヴィが確認できて私が確認できない距離を、彼女の速さで移動していく。先ほども思ったが、魔力反応の明瞭さから近いと勘違いしていた。目的地まで、まだだいぶかかりそうだ。

 到着までに自分たちのスタンスを固定しようと、私は全員に相談を持ち掛けた。

 

「目的地で集団と集団が交戦していた場合、どちらに付きますか?」

「正義の味方っぽい方!」

「自由を求めていても、歪んだ正義によって悪の烙印を押される場合もありますが、その場合でも正義の方に付くつもりですか?」

「ん? 何の話?」

「例えとジョークです。パッと見では正義か正義じゃないかを判断するのは難しい、という」

「シュテルんの話はいつもちょっとだけ難しいよ。ちょっとだけだけど」

「すみません」

「でも、確かにそうだよね。んじゃ……危ない目に合ってる方を助ける! 颯爽と現れるヒーローやりたい!」

 

 やる気満々だというレヴィの声を聞くと、混戦してたらどうするのかという言葉は飲み込まざるを得なかった。

 しかし、レヴィはああ言ったが、やはりどちらの陣営に付くべきかは慎重に行わなくてはいけない。

 選択を間違えてしまえば、帰るべき場所にも帰れないだろう。

 少し離れた地点で一度様子を見るのが正しい選択かもしれないと心の中で決断すると、私の悩みを吹き飛ばす感覚が、私たちを襲った。

 

 この魔力波形は、覚えている。

 懐かしい。

 忘れるわけがない。

 私の原点――高町ナノハを。

 

 これにはレヴィも気が付いたようで、心なしか、飛行速度が上昇した気がした。ルシフェリオンの表示する速度計では数値の変動はあまり見られない。

 ただし、私は手放しで気分を高揚できる状態ではなかった。

 

(……ルシフェリオン)

(マスター、お気付きになられましたか)

(ええ、もちろん。彼女のですから。間違えるはずがありません)

(ならば、私もサーチ結果をお伝えします。高町なのはの魔力反応は、“二つ”あります。一つはせわしなく動く小さなもの。もう一つが、まったく動かない大きめのもの。先ほどから感じ取っていた大型魔力反応が、後者の反応になります)

(ルシフェリオンが故障している、とかではないんですよね?)

(至って正常です)

(となると、どちらかが本物で、どちらかが偽物……)

 

 デバイスと念話をしながら、偽物が偽物の可能性を考慮するのはずいぶんと皮肉的だと苦笑いをした。今度、何かのギャグに使えるかもしれない。

 

(通常であれば、動いていない大きめの反応の方を本物の高町なのはだと断定しますが……)

(不気味です。動いていないというのが。ナノハを思えば、少し考えにくいです)

(かと言って、せわしなく動いている方が本物かと言われると)

(反応が小さすぎます。ルシフェリオン、過去のデータと照らし合わせてみてくれませんか?)

(過去のデータと照らし合わせなくても、一目瞭然です)

(です、よね……)

(マスターは、どちらが本物だと思われますか?)

 

 難しい。

 通常であれば、といったルシフェリオンの言う通り、反応が大きい方が本物だと思うのは間違っていない考えだ。

 彼女の魔力は、桁が違う。

 集束砲撃を行っているのであれば止まっていてもおかしくはない。特大の魔力の塊が地上で留まっているというサーチの結果を受けると、その最中か、とも予想できる。

 一方で、空中を飛び回っている方が彼女らしい、とも私は思う。

 少し恥ずかしいことだが、その記録が眩しくて幸せそうで、だから私は憧れて、そのデータを自分にあてたんだ。

 私にとっての自由そのものを、私は渇望した。

 当時を思い返してしまい、わずかに頬が赤くなるのを自覚したのでこの話はもうやめよう。

 意識を件の魔力反応へと向け直す。

 近づくにつれて、地上の反応への疑いは深まっていった。

 

(私だったら、空中で飛び回っている方が本物だと考えます)

(マスターがそういうのであれば、私はそれに従うまでです)

(ルシフェリオン的には、どちらだと思ったのですか?)

(マスターと同じですよ。奇遇ですね!)

 

 まだ距離があるからなのか、ふざけ始めようとした愛機を受け流す。

 と、地上の方の反応が、急に、さらに大きくなった。

 やはりというか、なんというか。この魔力の塊の成長具合は、十中八九集束砲撃だろう。

 そういえば、と私は彼女と話したことを思い出した。集束砲撃について話した時だ。

 発動までの時間の長さを補うために、対象物がほとんど動いていない状態になってからでないと、彼女は使わないと言っていた。

 多数の魔力反応が動き続ける目標地点で、止まっているのが中心の大魔力と、扇状の外側にある細かな魔力群の二つだけ。

 彼女が集束砲撃をチャージしているのだとして、その魔力群を目標に集束砲撃を行うだろうか。

 魔力群は大きく散らばっているようにも見えるし、なんだったら扇の中心に集まっていた魔力群も、そちら側へだんだん移動しているとサーチャーは検知した。

 扇状の集団対中心地点。

 今の形勢なら、集束砲撃を行うよりも、誘導型の魔力弾を多数出した方が戦略的に有利になると思えなくもない。なにより、動き回るのも得意な彼女にとって、この局面で集束砲撃を使う客観的な理由がない。

 彼女の考えでの集束砲撃は、集団を狙うものではなかったはずだ。

 私はその記憶により、飛翔している方を本物だと確信した。

 彼女が飛んでいることへ安堵すると同時に、なんだか嫌な予感がする。

 

「レヴィ、もう少し速く飛べますか?」

「え? いいけど……なんで?」

「胸騒ぎがします」

「あー、確かにね。でっかいの、ドッカーン! ってやりそうな雰囲気だよね。シュテルんのオリジナルなら、なおさら」

 

 目的地までの概算距離が、ルシフェリオンから告げられた。まだ20000m以上は離れている。

 現時点の速度――140km/hでは、早く見積もっても9分はかかる。

 

「出来れば、上空を飛んでいる彼女の魔力反応の方へ向かって加速してください」

「うん? 反応っていくつもあるの? ……ほんとだ、二つある。飛んでる方はだいぶちっちゃいけど……そっちでいいの?」

「ええ、おそらくそちらが本物です」

「じゃあ、地上のでっかいのは偽物? 集束のチャージ中じゃないのこれ」

「ナノハのものより小さいですよ。私は詳しいんです。上空の方は何らかの原因で全力を出せていないと見られます。ナノハのところに颯爽と現れて、正義のヒーローになりましょう」

「オッケー! 行くぞー!」

 

 もちろん私見は6割適当だったが、レヴィを納得させるのにはこれで十分だ。ここは彼女の素直さに甘えておこう。

 速度が上がるとすぐに、私はマルチタスクで確率を計算する。

 スターライト・ブレイカーの予想射線上に直前で入り、防御魔法で防ぎきる確率を。

 前提として、到着から攻撃を受けるまでの時間を三秒として、ラウンドシールドの展開上限を……この前提だと、どれだけ早く展開しても5枚がいっぱいいっぱいだ。シールドを到着までにある程度準備して、到着に合わせて展開することは、性質上できない。展開前には必ず、展開場所での座標固定を行わなければ効果が大きく削がれる。仕方ないので、上限5枚で計算を続ける。

 まず、このままの速度では、到着した次の瞬間にナノハと共に集束に飲み込まれると出た。

 間に合わせるためにレヴィを加速させたとしても、予定地点で止まるための減速距離が伸びてしまう。色々と調節して時間と距離を合わせると、大目に見ても加減速の数値がとんでもないものになった。この数値はレヴィのスペックを超えないといけないものなので、却下する。

 そもそも。

 私やレヴィが段取りよく到着したとして、ナノハを助けることはできるだろうか。

 非現実的な数値で目的地に辿り着けたとして。

 私のスペックで防御を展開したとして。

 出てくる防御確率は、当たり前のように絶望的な低さだ。

 どう転んだところで、到着地点で高町ナノハを颯爽と助けることは、できない。

 ……。

 レヴィに念話を飛ばす。

 

『レヴィ』

『なに、シュテルん?』

『颯爽と現れる正義の味方、やりたいんですよね?』

『まぁそうだけど……。どしたの?』

『嫌な予感というものは、当たるものです。なので、万全の状況を作り出す必要があります。これから私が言う作戦を実行してくれませんか?』

『どんな作戦?』

『レヴィは目的地近くまで加速し続けてください。絶対に減速させず、飛んでいるであろうナノハを回収し、そのまま回収場所からできるだけ離れてください』

『うえぇ!? ぼ、僕、一人乗りだよ!?』

『ですから、回収する前に私を降ろせばいいんです。タイミングはこちらが合図を送りますから』

『あ、そっか! ……っていやいやいや! それじゃシュテルん、大変なことに』

『私ならご心配なさらずに。彼女の所持魔法の良し悪しは、きちんと頭に入っています。裏を返せば、私の魔法の良し悪しなので……。だから大丈夫ですよ、レヴィ。何とかなります』

『……シュテルんがそういうなら、やるけど。でも、ヤバそうじゃない? シュテルんの作戦、疑ったことはないけど、これでシュテルんが消えちゃったら僕ヤだよ?』

『ご心配、感謝します。でも、本当に平気ですよ。いいですか。もっと加速して、私が合図を出したら私を離してください。レヴィはそのまま限界まで加速して、ナノハの回収を。これが一番いい手です』

 

 推定高町ナノハを救出するために、途中で私を降ろして、レヴィはそのまま彼女の回収へ向かう。集束砲撃が放たれるとするなら、どこで私を降ろしたとしても、射線から逃れることはできない。それだけ集束砲撃は極太だからだ。

 私を降ろすなら、私は集束砲撃を防ぎ切らなければいけない。

 レヴィもこのことは分かっていたのだろう。私がこの作戦の詳細を言う前に、彼女は何も言わずに加速してくれた。

 ルシフェリオンにさせていたシミュレーションの数値が書き換えられる。到着予測が3分後にまで短縮した。単純計算で約300km/hまで加速してくれたみたいだった。

 そしてさらに、幸運が舞い込んできた。

 レヴィへ伝えた計画を遂行しやすいようにかは知らないが、飛び回っていたナノハの魔力反応が、空中で静止した。これならレヴィも掴み損ねることはないだろう。

 私は、ブレーキ用の魔法を準備する。

 

(マスター。あの光を集束魔法だとして計算してましたが、違った場合はどうするんですか?)

(その時は、別に、どうも。そのまま、臨機応変に対応するだけですよ。ルシフェリオンに計算させた時の数値は、最悪のものを想定したものです。それ以下になるのであれば、私としては文句なしです)

(もう一つ聞いてもよろしいですか?)

(時間がありませんので、手短に)

(なぜ、そこまでして、高町なのはのことを守ろうとしているのか、お分かりですか?)

(それは……)

 

 理由など、考えなくても分かる。

 高町なのはのデータに触れて。

 高町なのはのデータに光を見て。

 高町なのはに憧れて。

 彼女の数値を私に当てはめたのだから。

 けれど、たとえ自分のデバイスだとしても、このことを言うのは恥ずかしい。

 

(私がナノハのコピーだから、ではダメですか?)

(ひとまず、それで納得しておきましょう。最後に、報告です)

(話が長いですね。話の長いデバイスは嫌われてしまいますよ)

(ご忠告感謝します。ですが、大事なことです。仮に、高町なのはの持つ集束砲撃と同等の威力があの地上の魔力の塊にあるとするならば、です。それを私たちの所持する防壁魔法で防ぐには、およそ72枚を重ねる必要があります)

(はぁ。そんなことですか。それ、ちゃんとカードリッジを使って計算しましたか? ちゃんと使った数値で計算を……えっ、カードリッジ使ってそれなんですか? 本当に?)

 

 もはやその枚数は「防壁を犠牲にしながら、自分の元へ砲撃が届かないようにする」ための展開数だ。防ぐための盾じゃない。

 まぁ、そんな枚数の展開は、まず不可能なわけだが。

 

(……オリジナルよりも威力が抑えられていることを願いましょう。仮に、同等の威力だったとしても、あなたの主人は落ちたりしません)

 

 絶対に落ちたりしないんです、と自分にも言い聞かせていると、やがてレヴィに合図を出す地点に到達した。

 念話でレヴィに合図を送り、私を抱いていた手が離れる。

 

(エアブレーキ、重力式空中姿勢制御をお願いします、ルシフェリオン)

(了解しました。マスター)

 

 まず、エアブレーキと姿勢制御の魔法を広げた。足元に二対の朱色の羽が広がると、それぞれが独立した動きを見せる。高町ナノハにとってのアクセルフィンにあたるこれは、様々な点で彼女に届いていないことを私は理解している。が、速さで言えば、私の方が速い自信があった。まぁ、加速が良いだけではだめなのだが。

 現に、目標静止地点で止まるためには、大幅に魔力を使わなければいけなかい。ブレーキ性能があれば、もっと魔力を消費せずに止まれただろう。

 

「それだけレヴィが飛ばしてくれたってことなんですけれど……!」

 

 小さな点になっていく彼女が、これまた遠くにある小さな点の推定ナノハを掴み、遥か彼方へ消えていく。作戦第一段階が上手くいったみたいで、よかった。

 

『まもなく静止します』

「分かり、ました……間髪入れず、防御を展開してください!」

『了解です』

 

 レヴィと推定高町ナノハは、既に離脱した。二人分の魔力反応はもう彼方まで離れている。さっきまで推定彼女がいた場所で私が静止浮遊すると、今度は防壁魔法を時間の許す限り展開させた。シミュレーションより早く来れたので、展開数に余裕が出る。まずは、13枚。

 魔力がごっそり抜けていった。

 

「あ、あと20枚くらいは出しておかないと……!」

『マスター、これ以上は身体に障りますが』

「そんなのはもとより承知の上です!! いいから、シールドの術式を繰り返しなさい!!」

 

 思わず叫ぶと、ルシフェリオンは黙ったまま防壁術式を重ねて走らせた。展開、再実行、展開、再実行……。

 力と体温が、大きく消失する感覚が私を襲う。視界が暗転しそうになるのを、無理やり抑えた。

 決死の攻撃を行った時ならいざ知らず、まさか防御魔法で全力全開をするとは思っていなかった。

 空中と言えど座標固定しているので、本来は足場があるように感じられるものだが、力が入らず踏ん張れない。悔しさが込み上げてくる。

 今からレヴィに念話を繋げば、拾ってくれるかな。

 弱気まで頭に浮かびそうになるのを、気合で掻き消した。

 もう、明らかに時間が足りない。ついでに魔力も足りない。カートリッジも足りない。

 桜色に似た色の極光の壁が迫り始めた。

 つべこべ言っている暇はない。踏ん張るしかない。力が入らなくても、できるはずだ。やるしかないんだ。

 だって私は、高町なのはの――。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 肩で息をしながら、ルシフェリオンを意識して強く握る。そうでもしないと、落としてしまいそうだから。

 

「ハ、ァ……ッ! 思い、出しました……!」

 

 全身から力という力が吹き飛んだ。きちんと立てているか、自信がない。

 あのスターライト・ブレイカー“もどき”も、桜色の魔力光だからか知らないが、集束砲撃だけあって威力は抜群だった。

 シールドを展開しても展開しても破壊……というより飲み込んでくるアレは、規格外という他ない。防御が意味を持っていたのか疑問だが、生きていることを考えると、多少は役に立ったのだろう。

 何はともあれ、アレが私に衝撃を与えてくれたおかげで、もやがかかった記憶が、晴れ晴れとした。

 接続の悪かった記憶を引き出す機能が、うまく働く。

 

「ッ……この頭痛は、記憶の混在のせい……なんでしょうね」

 

 思い出してみれば、やっぱり、と思えた。

 誰が、自分を必要としたのか。なぜ必要としたのか。完全に理解した。

 しかし、それでもこれから自分がどうすればいいのかは分からない。

 こんな状態だからなのか、本当は分かっていたけれどこんな状態になってしまったから混乱しているのか。

 朦朧としている意識で考えるのは、難しい。

 もっと時間があれば、落ち着いてから考える、ということもできるのだが、それは許してくれなさそうだった、

 アレを撃った存在が、二撃目らしきチャージを始めている。

 瀕死状態のルシフェリオンに、なけなしの魔力を送って自己修復を加速させる。

 まだAIは壊れていない。フレームも。マシな状態だ。

 重力が下方に向かっている認識を取り戻して、ようやくいくらかのダメージが過ぎ去ったことを認識すると、私はルシフェリオンを優しく抱いてあげた。

 と、すぐにレヴィの回線で念話通信が入る。

 

『これで、いいの? ……わっ、ほ、本当にシュテル? だ、大丈夫……?』

 

 通信を入れたのは高町ナノハだった。手放してしまいそうになる意識を無理やり掴んで、私は冷静を装う。

 

「ナノハ、お久しぶりです。ですが、すみません。再会を喜んでいる場合ではありません。レヴィがいるかと思いますが、こちらに寄越してくれませんか? 飛翔する魔力が勿体なくって」

 

 どれだけ繕っていても、声や息は震えていた。きっとナノハにも気づかれていただろうけれど、彼女はそれを指摘することはなかった。

 

『あ、えっとね、心配しなくても大丈夫。フェイトちゃんがそっちに向かってるから』

「レヴィのオリジナルもいるんですか」

 

 うん。と心配そうに返事をしたナノハによって、私は思い出す。そういえば、そっちの魔力反応もあったような……気がする。大量の細かな反応が散らばっていたから、その中に紛れていたのかもしれなかった。

 

『でも、なんで二人がこっちに……ディアーチェとかもいるの?』

「そういったことも含めて、合流してからお話します。どうやら次の攻撃が来そうなので」

『あ、そうだね。了解。じゃあ、フェイトちゃん。そのままシュテルをお願いね。拾ったら、私のところに来てほしいな』

『分かった』

「助かります」

 

 念話、そっちにも繋がっていたんだということを考えるのも億劫になった私は、ルシフェリオンの自己修復機能以外をシャットダウンさせた。

 今はできるだけルシフェリオンの回復を早めたい。さっきも言った通り、飛翔するにも魔力が惜しいので、彼女たちの助けは素直に嬉しかった。

 それからすぐ、レヴィのオリジナルであるフェイトが私を拾い、抱きかかえると、そのまま高町ナノハの方へと向かう。

 私が弱っていることもあって、フェイトは特に何も聞いてこなかった。

 レヴィたちも向こうから少しずつこちらへ近づいているのかもしれなくて、合流は意外とすぐできる……だろう。正直、それを考えるだけのエネルギーと調べるためのエネルギーが惜しい。なんとなくうっすらと分かる程度でも安心できたのだから、それでいい。

 合流までの一分強を、目を瞑って休息の時間にしつつ、簡単なまとめをする。

 一体誰が私を求めたのか。なぜ求めたのか。これからどうすればいいのか。

 三つのうち、二つは分かった。

 あと一つもそのうち分かるだろう。

 考えて答えを出すのは、今求められていない。

 私に今必要なのはむしろ覚悟なのかもしれないということは、実はうすうす気が付いていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 その後、何事もなく、私はレヴィのオリジナルに抱えられ、高町ナノハと合流した。

 今は、集束砲撃を撃ってきた“アレ”から遠く離れ、くるぶしほどの深さしかない海の方へとやってきている。そこに浮かぶように建てられた休憩所に、一時的に避難している。追撃は、距離を取ったからか、ぱたりとなくなった。

 私はそのウッドデッキで横になり、近くに三人が腰を下ろす。傍から見れば、姉妹二組のピクニックに見えるかもしれない。

 

「久しぶり、シュテル。大丈夫?」

「ええ。お久しぶりです、ナノハ。大丈夫ですよ、私は防御型ですから」

「とても大丈夫には見えないんだけど……支援班の医療スタッフに連絡しようか?」

「いえ、お気遣いだけ受け取らせていただきます、フェイト」

「シュテルんが消えなくて良かった……」

「レヴィ、作戦を信じてくださってありがとうございました。速くてかっこよかったですよ」

「そ、そうかな? えへへ」

 

 照れくさそうに微笑むレヴィの目尻には、涙の跡が残っていた。そうなった理由など、容易に想像できる。彼女には、精神的に負担をかけてしまった。謝るタイミングがあればいいのだが。

 

「でも、なんでシュテル達がここにいるの?」

「……呼ばれたんです」

「呼ばれたって、だってシュテル達は」

「分かっています。エルトリアに行ったはず、というのは、今しがた思い出したことです」

「思い出した……?」

 

 集束砲撃を受けるという荒治療だが、まぁ、なんだっていい。全て思い出せたのだから。

 私たちは紫天の書事件の最後、エルトリアに旅立った。それは時空を超える移動になったが、ナノハとフェイトと、それにこの場にはいない夜天の書の主であるハヤテには、時間移動の部分だけ記憶封鎖の魔法を施したのだ。

 彼女たちにとって、エルトリアは次元の違う世界という認識だと思う。本来であれば、関係者と接触することでその封鎖が解けてしまう可能性があったはずだ。

 

「ええ。ですが、安心してください。私のようで私ではない感じですから。ついでに言えば、レヴィもです」

 

 しかし、私は確信していた。

 彼女たちの記憶封鎖は、自分との接触によっては解けないと。

 現に、ナノハたちの記憶封鎖が解ける様子はない。

 安心していい、という言葉が何を意味しているのか、ナノハ達は理解しておらず、一様に首を傾げている。レヴィも一緒になって、はてなを浮かべた。

 私は、貴女も状況的には同じなんですよ、と小さな声でレヴィに語り掛けた。

 

「……あー! そうだそうだ、エルトリア!」

 

 首を傾げてたのは、そっちだったらしい。ずっとエルトリアという単語に引っかかっていたのだろう。レヴィは興奮気味に私に詰め寄る。

 

「レヴィも思い出してくれましたか。あと、顔が近いです」

「あ、ごめんごめん。でも、僕も思い出したよ、うん……! あれ、じゃあなんで僕たちここにいるの? 王様たちは?」

「うんそうだよ。ここにいるってことは、転移ミスでもした?」

「いいえ違いますよ、ナノハ。あとレヴィ、ディアーチェたちは居ません。私たちだけです。我慢しましょう。……ちなみにですけれど、ナノハ。私と別れてから、どれくらい経ってますか?」

 

 ちょっと危険な話題になりそうだったのを、無理やり修正する。多少無理があったと自分でも思うが、今の私の状態もあって、細かな指摘は飛んでこなかった。

 

「んー……大体、一年くらいかな? 一年ちょっと経ったくらい?」

「なるほど……通りで、少し大人っぽく見えたわけです」

「え、そ、そうかなぁ? 私、大人っぽいかなぁ?」

 

 私が褒めると、ナノハは頬の火照りを両手で感じつつもじもじしだした。横になっている視点からそれを見たのが面白かったので、もう一人の方のオリジナルもからかってやろうかと思い、そちらへ視線を向ける。が、そちらはそちらで何かに集中している。

 それならそれで、好都合だ。単純な思考でできる一対一の会話ならまだしも、複数人と会話する気力は、少ししか回復していない。私はもじもじするナノハに視線を固定して、話を続ける。

 

「ナノハ。あの時の約束は、今はさて置きましょう。現在、どういう状況なのですか?」

「あ、えっとね……」

 

 話を簡潔に説明される。どうやら、集束を撃ってきた“アレ”が本命で、その周りに浮いていた浮遊デバイス――自分の集束砲撃後に多くを巻き込み、落下させていた――が第二目標、みたいな感じらしい。

 ふむ。なるほど。しかし、今の説明では、まだ分からないことがある。

 それについて聞こうとした時、別のことに集中していたフェイトたちが立ち上がり、こちらの会話に割り込んだ。

 

「隊長から連絡が来て、あの子への対策を練り直すみたいだから、私たちもう行くね」

「レヴィも行くんですか?」

「うん! オリジナルにどうしてもって頼まれちゃったからね!」

「そうですか。気を付けてください」

「うん! 頑張ってくる!」

「あ、じゃあ、私も」

 

 ナノハが二人について行こうとするのを、フェイトが止めた。

 

「なのははこっちで休憩しててって隊長からの伝言。メッセージ送ったけど返事がないって隊長言ってたよ。確認してなかったら早くして欲しいって」

「嘘……ほんとだ。送受信も調子悪いのかな……」

「しっかり休んで、回復したら合流して、ね?」

「分かった……気を付けてね、フェイトちゃん。レヴィも」

「うん」

「行ってきます!」

 

 二人が飛び立ち、私たちだけが残される。

 二人きりになったことで、彼女はあからさまに落ち込みだした。親友の手前、少し強がっていたのだろう。私も、その気持ちは分かる。

 

「ナノハ。一つ聞いてもいいですか?」

「……うん? なぁに?」

「“アレ”の持っていたデバイス……あのレイジングハートによく似たデバイスは、貴方のものですよね?」

「……ごめん。本当のところはよくわかんないんだ。同じ物だとは思うんだけど、見た目は違うから……」

「マスターである貴方は、分かるのでは? 多少形が違ったところで、見分けが付かなくなることはないと思いますが」

「……」

 

 今の彼女にとっては痛いところを突く質問のようだった。ナノハは黙り込む。

 サーチしていた時から私見で予想していた上に、彼女の口からも「魔法の調子が悪い」と呟きがあった。

 それはおそらく、デバイスの違いのせいだろう。デバイスが合っていない、またはデバイスにあった魔力運用をしていない。

 詳しくは、分からない。私には、そのデータは入れられていない。

 気持ちの沈んだ高町ナノハを見て、私は「手助けしたいと」心から思った。

 この気持ちは、私のオリジナルが「高町なのは」だからではない。

 レヴィが積極的に「正義の味方みたいになりたい」と思ったのと、同じ理由だ。

 

「ナノハ」

「?」

「レイジングハートのマスターは、レイジングハートが認めた貴方しかいないはずです。デバイスのマスターになるためには、デバイスが認めなければいけない。デバイスと結ぶのは、ただの使役関係ではありません。信頼を介する主従関係と言えます。それは、デバイスを『道具』としないためではないでしょうか」

「シュテル……?」

「今、“アレ”の手元にあるデバイスからは、悲鳴が聞こえます。ずっと聞き続けている貴女ならその悲鳴が何なのか、分かっているのではないのですか?」

「でも……」

「“アレ”の方が正しく運用できるというのなら、一度貴方に聞かなければいけないはずです。このデバイスを、譲ってくれないか、と。現マスターは、貴方なのですから。貴方が手放すというのであれば、管理権限を移す手続きを行わなければいけません。まだ行っていないというのであれば、あのデバイスは今、不正な状態で使われているのではないでしょうか」

 

 私が大人っぽいと言った時とは180°違う様子の今の彼女は、とてもとても小さく見える。私が憧れた彼女とは、全くの別人に思えた。

 

「あ、あの、ね……? なんか今日、魔法が上手くいかなくって……それでも私、取り戻せるかな?」

「貴女たちは、自由そのものです。望めば、運命はそれに応えてくれるでしょう」

『自動修復達成率、75%。自然修復へ機能を変更します』

「ルシフェリオンも起きましたね。おはようございます」

『おはようございます。マスター』

 

 数分前は傷が目立っていたルシフェリオンだったが、パッと見ではもう新品同様にまで回復してくれた。

 私は、ルシフェリオンを見て、レイジングハートを想い、高町ナノハを想う。

 なぜ、私が召喚されたか。

 一体誰が、私を召喚したか。

 私は、何をすればいいのか。

 自覚してしまった私に必要なのが何なのか。

 私がナノハに言えたように、私にも言える。ほんとうは、分かっているはずだと。

 

「私が貴女を元に構築したように、ルシフェリオンはレイジングハートを元に構築しています。そのことは、ご存知ですね?」

「う、うん」

「でしたら、今は、これを代わりに使ってください」

「そんな! だってこれは、シュテルのデバイスじゃ」

「ナノハ」

 

 優しい彼女のことだから、反対されるのは想像できていた。私は彼女の言葉を塞ぎ、自分の言葉を繋げる。

 

「今の私は、ただのお荷物です。魔力残量はもうほとんどありません。残っていた残滓もすべて、デバイス修復に費やしました。このデバイスであれば、貴方の行く末を明るく照らせるでしょう。……ずっと、考えていたんです。私がここにいる理由を」

 

 ルシフェリオンに目線を移し、私は少ない記憶を辿る。実際はとてもとても少ない記憶だ。それを隠すために、データで入力された記憶を、あたかも自分の経験のように話す。

 

「私たちは、自動防衛プログラムが切り離されてから、より明確に自由を望みました。憧れました。実現しようとしました。手段として魔導師の形をとり、そして活動をしました。ですが、結果はご存知の通りです」

 

 自由とは何だったのか。私たちがいる理由とは何だったのか。なぜ私は、私たちは、自我を持っていたのか。どうして今ここにいるのか。きっと、答えなんてない。――本当だったら。

 

「私がこうして考えたのも、『高町なのは』で身体を作ったからかもしれません。ほかのマテリアルからすると、くだらない考えなんだと思います。我が王ならば、そんなことより我のことを考えろとか言いそうですよね。でも私は、その答えが知りたかった。自分が、ここにいる理由を」

 

 私は身体を起こし、高町ナノハと同じ目線になった。ルシフェリオンをナノハに差し出す。海風が、私と彼女を優しく撫でた。

 

「その答えが、これです。きっと、貴方のデバイスを模したこのルシフェリオンを、ナノハに渡す。この為だけに、出現したのだと思います」

 

 この私を作った存在は、高町ナノハを助けたくて、私を作り出した。それは間違いない。その意志を、私は思い出した。

 レヴィもそう。フェイトを助けるためなのか、私がナノハを助けられなかった場合の保険なのかは分からない。が、目的は一緒だろう。でなければ「オリジナルを助ける正義の味方になってみたい」なんて、言ったりしない。……まぁ、レヴィの場合は実際でも言いそうではあるけれど。

 今の私は「自分の正しいデータ」と「作り上げた存在から見た私たちのイメージ」とが混ざり合った状態だ。

 ルシフェリオンはこのことに気が付いていた節があった。というか、最初から知っていたのだと思う。人よりも記憶の引き出しがスムーズにできるインテリジェントデバイスが、記憶を引き出せないなんてあり得ない。

 私はそのことを認識しながら、笑顔を作る。この笑顔も、「彼女」がプログラムしたのかもしれない。ナノハにこうすることを想定していて、笑顔になるように作り上げたのかもしれない。

 それでもいい。本当のことが分からなくても、本当のことが残酷だったとしても。作り物の感情と作り物の言動だとしても、彼女の為にするのなら。

 そう思って、これもそう考えるように作ったんだろうなと、自虐気味に笑う。この笑みを見たナノハは、困ったような顔を浮かべた。

 私は構わず、彼女へデバイスを渡す準備を進める。

 優しいナノハは、全権を譲渡したとしても、受け取らないかもしれない。

 だから私は、口上だけは貸与を意味する言葉を並べた。

 

「ルシフェリオン。管理者の“追加登録”を」

『マスター……分かりました。登録プログラムの実行を開始します』

「音声認証なので、自分の名前をおっしゃってくださいね、ナノハ」

「あ、うん……でも、本当にいいの?」

「管理権限を追加するようなものです。あまり深くお考えにならずに」

「……分かった」

『管理者登録を行います。あなたのお名前を教えてください』

「高町、なのは」

『高町なのは……管理者に登録しました』

「ナノハ用のセットアップを開始してください。自動最適化設定も有効で」

『了解しました』

 

 私はルシフェリオンをナノハの胸元に押し付ける。勢いに負けた彼女がルシフェリオンを受け取ると、レイジングハートの待機モードのような形態をとり、宙に浮きだした。ナノハは群青の宝石に目線を合わせるために、立ち上がる。

 ナノハが目線を合わせたのを確認したルシフェリオンは、彼女に2つの面型魔法陣と7つの環状魔法陣を、それぞれ頭上と足元と彼女の胴体に展開した。

 

『ようこそ、新しいマスター。まずはあなたに合わせたバリアジャケットをデザインいたします。おすすめは、こちらになります』

 

 ルシフェリオンがそういうと、モニターに私のバリアジャケットがイメージとして表示された。おすすめというか、それ自体の原型が高町ナノハのものなのだが。

 というか、ルシフェリオン的には、私以外の主人に使われるのは気に入らないのだろう。私から見て、音声がちょっとぶっきらぼうだ。それだけ好意を向けられるのも嬉しいが、彼女をあまり困らせて欲しくないという主人の願いも聞き入れて欲しい。

 私が「もっと印象よく対応してください」とやんわりと注意すると、群青の宝石は点滅して答えた。不満を訴えているのだろうけれど、インテリジェントなのだから我慢して欲しい。

 私とルシフェリオンのやり取りがおかしかったのか、ナノハはころころと笑いだした。

 

「ルシフェリオンもいい子なんだね。ふふふ」

『早くしていただかないと、こちらにいたしますが?』

「あー待って待って! そっちはそっちでかっこいいんだけど、私はもう少し可愛いのがいいなぁ。シュテルのバリアジャケットに、私のデザイン取り入れたり出来ないかな?」

『かしこまりました』

 

 ナノハの今着ているバリアジャケットが分解・収納され、新しいバリアジャケットがリデザインされ、彼女に装着されていく。

 魔法陣が消えると、ヒートヘッドモードへとモードチェンジしたルシフェリオンと共に、新たなバリアジャケットを纏った高町ナノハが現れた。

 展開されたバリアジャケットは、私のデザインが大半を占めていた。違うところは、縁取りのえんじ色が群青色になっているところと、スカートが裾に向かってグラデーションをかけていて、裾に近付くほどナノハがいつも着ている感じになっている。ガントレットと靴はナノハのもので、胸の装飾は私のものだった。

 

「可愛い……かな? まぜこぜって可愛い?」

「素敵ですよ、ナノハ」

「にゃはは……」

『個人的には私のマスターのバリアジャケットの方が、何倍も素敵です』

「今のマスターは高町ナノハなので、ナノハのことを褒めてるんですね、ルシフェリオン」

『あ、ちがっ、私のマスターはマスターだけです!』

「ルシフェリオンお墨付きのデザインですので、胸を張って飛んでください、ナノハ」

『マスター!』

「あんまりナノハを困らせると、捨てますよ」

 

 あんまりです、と喚くルシフェリオンを無視しつつ、ナノハの目を見て話を続ける。

 

「ご覧の通りのデバイスですが、まぁ、我慢してください。よろしくお願いします」

「それは大丈夫というか、むしろ借りてる立場だし……。それにしても、今だけとは言え、マスターが二人いるってなんだか不思議」

『本来であれば絶対にあり得ないことです』

「分かってるよ。ルシフェリオンのマスターはシュテルだけだもんね? だから、私のことはマスターって呼ばなくてもいいよ?」

『丁度、私から提案しようとしていたところです。よろしいですね、高町なのは?』

「なのは、だけでもいいんだけど……うん。よろしくね、ルシフェリオン」

『……今日だけですよ』

「お行儀よくしてくださいね、ルシフェリオン」

 

 ナノハへの移行が完了したのを受け、私はバリアジャケットをより簡易的なものへと変化した。

 これで、完全にルシフェリオンへの権限が、私から失われたことになる。とはいっても、永遠に続くものではない。私もルシフェリオンも、それを分かっていたから行った。

 私はえんじ色のインナーだけになると、その場に倒れるように、横になった。

 

「わわっ、大丈夫?」

「お気になさらずに。バッテリー切れみたいなものです。しばらくしたら動けるようになります。ナノハはどうか、飛び回ってください」

「う、うん……あの、ありがとね、シュテル」

「いえ」

「じゃあ、私、行ってくるね?」

「幸運を祈ります」

 

 なのはは手を振り、そのまま上空へと戻っていった。

 自分とよく似た少女が見えなくなるまで、私は空を見上げる。

 完全に一人になったところで、溜め息を吐いて、仰向けになった。

 空が眩しすぎるので、左腕で視界を覆う。

 

「困っている人がいて、助けてあげられる力が自分にあるなら、そのときは迷っちゃいけない……」

 

 とても懐かしい感じのする言葉だ。この言葉が、ルシフェリオンを渡す決心をした時に、頭をよぎった。

 高町ナノハが、レイジングハートに喋っていたのだろう。

 自分にも反映されていることから、よっぽど大事な言葉なのだと、私は思う。そう思うように、あのデバイスは私を作ったらしい。あのデバイスにとっても、重要な言葉なのかもしれない。

 もっとも、確認する気はない。

 きっとこのまま事件は終わるのだろう。私には、確信めいたものがあった。

 解決すれば、自分とレヴィは消えてしまう。もちろん、ルシフェリオンとバルニフィカスも。

 先ほど受けた集束砲撃で、自分たちを作り上げたのはレイジングハート、ということが分かってしまった。

 あのデバイスは、高町ナノハの助けになるように、という想いとセットで、私とレヴィを作っている。

 限りなく本物に近い再現をして。

 恐らく、第三者の意志は介在していない。今、レイジングハートは“アレ”の手にある。“アレ”がそうさせる理由が見つからない上に、高町ナノハに対して敵対的だったことから、インテリジェントデバイスの独断で行ったことだろう。

 

「そう考えると、あのデバイスが“アレ”の手に渡る直前か直後か。その辺で私たちを作り出した、ということでしょうか……ほんと、私と比べてもルシフェリオンと比べても、イヤになるくらい高性能なデバイスです」

 

 本物の「星光の殲滅者」であったなら、こんなことで悩んだりしないのだろうか。

 自分だから、考えてしまったのだろうか。

 今の自分のありようは、他者から――レイジングハートから見たありようで、あのデバイスから見た「シュテル」は、こういうイメージなのだろうか。

 まぁ、どうだっていいか、もう。目的は達したし。

 あとはただ消失を待つだけだと改めて考えると、自然と寂しくなってきた。

 空を見ないようにしていた左腕で、そのまま目元を隠す。誰に見られているわけではないが、こうしたかった。

 もう少し。

 憧れを、渇望した輝きを、見ていたかった。

 近付きたかった。

 触れていたかった。

 こういう思いもすべて幻想だとしても。

 夢ならば、目が覚めるまで。

 出来る限り、浸っていたかった。

 

 

 

 

 

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