宝石の女王   作:ふらみか

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四話

 

 予備汎用デバイスからルシフェリオンへと交換して以来、高町なのははすこぶる調子がよかった。

 イメージ通りの加減速、イメージ通りの旋回、イメージ通りの魔力運用。

 どれもがレイジングハートと近くて、使いやすい。

 確認程度の飛行だと思って飛び上がったが、汎用デバイスとの快適度の落差に、このまま事件のことを忘れて飛び回っていたいと思ってしまうほどだった。

 なのはは飛び回りながら、デバイスに記憶されている魔法を一覧で表示させる。シュテルの魔法が記憶されているのはもちろんだが、いくつか自分の魔法も記憶されていた。というか、すべて入っている。

 

「ねぇ、ルシフェリオン」

『はい』

「アクセルシューターとかも入ってるんだね?」

『当たり前です。私を誰だとお思いですか?』

 

 操者が高町なのはになってから、ルシフェリオンはずっとむすっとしていたが、受け答えはしてくれていた。相当苦悩中だろうということは、なのはにも理解できる。その上で不満を漏らさず、律儀に対応してくれているのは、なんとも可愛らしい。

 

「ふふふ。それじゃあ、ルシフェリオン。もっとこうしてたいけど、そろそろ行こっか」

『もう確認はよろしいのですか?』

「うん。ルシフェリオンのおかげで、だいぶいつもの感覚に戻ったよ。ありがとう」

『……』

 

 これまでルシフェリオンに何度か感謝を述べて来たなのはだったが、そのいずれも無視される形で反応を得ることは出来ていない。きちんと反応してほしいと少女は思うが、そこまで要求するのも何か違うと感じ、このまま先ほどの現場へ戻ろうと飛行方向を変える。

 途中、幽かにデバイスが熱を持った気がして、それがAIなりの葛藤の表れなのではと考えたが、確かめようとはしなかった。

 もしも、デバイスの表情が人間と同じように見えるのだとしたら。

 ルシフェリオンというデバイスは感謝を受け入れるのを恥ずかしがる性格なのかもと、なのはは想像する。頬を染めながらぷるぷるしている様子も浮かび、遠く離れた世界にいる金髪の親友の昔の姿にちょっと似てるかなと、なのははこっそりと微笑んだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 予備汎用デバイスは待機状態にして、ルシフェリオンの中に保管した。ルシフェリオンになってから快適なことこの上ないが、使用デバイスを変えたことは、報告しないままにはできない。

 高町なのはは、次元航行部隊の本局で、今回もモニタリングでサポートしてくれているエイミィへと連絡を入れた。

 

「あ、エイミィさん! 高町なのはです!」

『あら、知らないデバイスからの連絡だと思ったら、高町さんだったのね。ずいぶん、イメージチェンジしたみたいだけど、どうしたのかしら?』

 

 通信をすればオペレーターであるエイミィに繋がるはずだったが、応答したのはリンディだった。

 

「り、リンディさん!? あ、あの、これはその」

『まぁ、モニタリングしているから分かっていたのだけど。マテリアルの彼女のデバイスと交換したのよね?』

「はい。すみません、勝手なことをしてしまって」

『いいのよ。……って言いたいんだけど、彼女と接触した時点でこっちに連絡が欲しかったわ。こちらからのコールもずっと気付かないんだから、無理はないんだけれど』

「反省してます……」

 

 それを聞いて、もし連絡に気が付いていれば自身の魔法の不調についても何か分かったかもしれないと、高町なのはは後悔した。ルシフェリオンを手にした今となっては、だが。

 

『まぁでも、彼女のおかげで魔力運用率も安定してるみたいだし、今回は見逃しましょう。これからターゲットポイントに復帰するのね?』

「ありがとうございます。はい。隊長にも連絡を入れてから、それから合流するつもりです」

『そう。じゃあこちらからも、あなたのバイタルデータ渡しちゃってていいかしら?』

「あ、すみません、助かります。よろしくお願いします」

『ふふ、了解。通信ついでに、もう一ついいかしら?』

「はい、なんでしょうか?」

『あなたと連絡が取れたら繋いで欲しいってお願いが来てるのだけど……繋いでいい?』

「お願い、ですか? 構いませんけど……」

 

 誰だろう。わざわざ指令室経由で連絡してくる人など、なのはには心当たりがなかった。

 通信も念話も、知人はだいたい連絡先を知っているし、魔法が使えない友人家族からの連絡も、デバイス経由で……。

 と彼女は考えて、今はレイジングハートでも予備汎用デバイスでもないことを思い出す。少し前までは、通信すら満足にできていない状態だった。

 リンディが通信を転送してくると、そこにはとても頼りになる少年の顔が浮かんでいた。つい数時間前に別れたばかりだというのに、なのはには彼がずいぶんと久しぶりに感じる。

 

『あ、よかった! なのは、今大丈夫?』

「ユーノ君!」

 

 ルシフェリオンを手にして魔法の調子を取り戻したとはいえ、ひどく不安になっていたのは間違いなかった。少女の目には、彼の存在はいつもより大きく見えている。実際頼もしいのだが、こういう時程、安心する存在もなかなかいないと、なのはは少し泣きそうになった。一方で、レイジングハートが奪われてしまったことへの罪悪感も、急速に増大する。

 

『連絡できなくなっててびっくりしたよ。事情はリンディさんから聞いてる。大変なことになっちゃったね、大丈夫だった?』

「ごめんユーノ君……あの、ね……レイジングハートが……」

『いいんだ、なのはが無事ならそれで。それに、今回の事件、元はと言えば僕の見落としがあったからだし……まぁ、それは帰って来てから説明するよ。局員全体に僕の調査内容を送ってるんだけど、それはまだ見てない、よね?』

「ご、ごめん……今までずっと魔法の調子が悪かったから……」

『謝ることはないよ。個人的に気になることはいっぱいあるんだけど……とにかく、僕が掴んだことを、今教えるね』

「うん、ありがと、ユーノ君」

『実際に現場に行ってるのはなのは達なんだから、僕には僕のできることをしないとね。いい? なのは達が今相手してる存在についてなんだけど――』

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 インテリジェントデバイスに囲まれた対象は、第二波を放とうと構えてから、動きを止めていた。

 現地に出動していた部隊長を含めた全局員は、次元航行部隊本局より送られてきた資料を参照する。

 調べたのは、ユーノ・スクライアという少年だった。無限書庫の整理を現在進行形で行っている優秀なスクライアの少年だということは、次元航行部隊中で知れ渡っている。

 つい数年前の闇の書関連事件で、今まで不明瞭だった部分を、文字通り本の山の中から探し出してまとめた、という逸話が彼にはある。

 管理局が闇の書の存在を掴んでから最後の事件が終わるまで分からなかった部分を、たった数日数時間で、彼は調べきった。

 魔導師としての才能も、発掘や調査を行う才能も、彼にはある。連れてきたハラオウン一派がそう言ってこっそり喜んでいたのを、普段は彼女たちとはあまり関わらない今回の隊長でさえ耳にしていた。

 今回の事件に関する資料を眺めながら、部隊長はいたく感心する。

 少年一人が書き上げた資料とは思えないほど、整っていた。

 部隊長である彼が見た闇の書事件の資料よりも簡潔になっているのは、必要な情報だけを綴ったからだろう。

 少年と実際に顔を合わせたわけではない部隊長だったが、彼は気遣いのできる紳士的な子なのだろうと想像を巡らせた。

 ともかくとして、ユーノの資料によると、現在対象は何かしらのエラーを起こしているとのことだった。エラーを起こして今のようになっているのではなく、元からエラー状態で起動している、らしい。詳しく知るためには、この事件を終わらせ、再び彼の手を借りなければならないだろう。

 エラー状態で動きの止まっている対象を見て、彼らはこれを好機と判断した。

 周囲の浮遊デバイス群は確かに無視できないものだが、もっとも危惧すべきなのは、対象のすぐ近くに浮いている複数の純粋高魔力結晶体だ。スクライア製の資料によると、あれは正真正銘のジュエルシードだという。つまりは、封印が何より先だ。

 先ほど来たフェイトからの報告で、集束砲撃後、高町なのはは信頼できる協力者に回収されたとのこと。

 報告を受けた部隊長は、現在の彼女の状態を次元航行部隊本局指令室との協議の末、戦力外にすることにした。下手にダメージを負って引退、なんてことにはしたくない。引退ならまだしも、少女と呼べる年齢の子が殉職、などとなれば、保護者に説明するのも気が重くなる。

 人で優劣を付けるような人間ではない部隊長だったが、あの子も大切に扱わなければいけない局員の一人だと、彼は考えていた。ユーノ同様、ハラオウン一派が見つけてきた原石でもある。

 他にも、ハラオウン一派が見つけた原石は居る。

 たった今報告を送ってきたフェイト・テスタロッサ・ハラオウンや、ヴォルケンリッター率いる八神はやてもそうだ。

 縁に恵まれる人たちなのだと、ハラオウンの血筋に想いを馳せていると、合流命令を伝えていたフェイトが、協力者とやらと一緒に戻ってきた。

 彼女が連れてきた信頼できる協力者は、フェイトと色だけが違うだけの瓜二つな奇妙な少女だった。好奇の目に晒されている少女は居心地悪そうに、フェイトのマントの後ろにすぐ隠れてしまう。局員でも知っている人しか知らない彼女のことを、部隊長は資料を通じて知っていた。

 

「お疲れ様です、隊長。フェイト・テスタロッサ・ハラオウン、ただいま戻りました」

 

 フェイトの後ろに隠れて局員たちを睨んでいる少女に、フェイトは「ほら、ご挨拶」と促すも、唸り声を上げるだけ。事情を知らない人は、二人を姉妹か何かかと想像していた。

 闇の書事件に関連した二つの事件に大きく関わり、しっかりと爪痕を残した件の少女は、「マテリアルL」と呼ばれる存在だ。

 どうして彼女がここにいるのか、この際気にしないことにする。フェイトが信頼できると言ったのだから、信じよう。普段なら未知の存在を受け入れることはしないが、今このときに限って言えば、戦力の多いことに越したことはないと部隊長は考えていた。

 部隊長は簡単に挨拶をすると、恥ずかしがりやの少女は「レヴィ」とだけ呟いてフェイトのマントの中に潜り込んでしまった。

 隊長とフェイトは苦笑いを浮かべる。少女はとても可愛らしいが、ロストロギア由来の彼女は、部隊長からしても頼もしい限りだった。

 

「資料、目を通しました。やっぱりあれ、ジュエルシードだったんですね……」

 

 フェイトが真剣な雰囲気で隊長に確認するのも束の間、マントの中から声が聞こえた。

 

「ねぇ。オリジナルってば。ジュエルシードって何?」

「えっと……分かりやすく言うと、とっても危ない宝石、かな。高濃度の純粋魔力が封じられていて、ちょっと刺激を与えると、次元震が起きちゃうんだ」

「ふーん」

 

 不思議な会話の仕方をするものだと局員は微笑み、視線を集めていることを知ったフェイトは照れくさそうに頬をかいた。

 和やかな空気が漂うが、飛び交う単語は不穏なものだ。

 浮遊デバイス群の対処、純粋高魔力結晶体の封印、対象の救助と保護、結界の補強、カートリッジの所持数等々。

 各班の次の目標が、次第に決定していく。

 ここから管理局による形勢逆転の始まりだと部隊長が告げると、局員たちは一斉に上空へと飛翔した。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 最前線に加わっていたフェイトはレヴィも戦列に加え、真っ先に対象へと近づいていった。

 被害者である少女の名前は分からないが、その少女をああしたマジックアイテムについては、ユーノが調べてくれたおかげで分かっていた。

 融合型の、インテリジェントデバイスを補助する外部デバイス。仮名称・宝石の女王。

 ユーノが送ってくれた資料には写真データはなかったが、絵付きでその説明が載っていた。赤く透明な宝石で出来た刀身を持つ、柄の部分だけが木製の、シンプルな小さい剣。起動時に、インテリジェントデバイスの中に収納される形で、融合形態になるようだった。

 曰く、天然のクリスタル・コアを持つインテリジェントデバイスを、遠隔制御する補助機能を付与する目的で作られた、らしい。

 長い歴史の中で機能はいくつか増えていった、とのことだが、詳細は書かれていない。前述した機能が重要なのだろう。

 それと、重要な機能としてもう一つ、資料には記されている。

 ジュエルシードの精製。

 記述を見たとき、一番最初に見たあれなのだとフェイトは思い返した。もしかしたら、21個というジュエルシードの上限はたまたまなどではなく、宝石の女王が関わっているかもしれない。が、そのことを考えるのは女王の暴走に巻き込まれた彼女を救助し、保護してからだ。

 資料によると、起動手順の違いや大きな破損の影響で暴走状態となっている可能性が高い、というユーノの推察があった。

 暴走状態というのも、間違いではないのだろうとフェイトは考える。

 浮遊デバイス群の大半は、宝石の女王の集束砲撃第一波により機能を停止させ、落下している。

 意図してあのデバイス群を配置したのだとしたら、自分の攻撃により戦力を削っていることになる。

 飛行で接近しながら、フェイトとレヴィは念話で作戦の確認を行った。最前線対応班は、浮遊デバイス群対応チームとジュエルシード封印作業チームに分かれていたが、少女二人は後者のチームに入っていた。

 

『レヴィ。作戦の流れとか、大丈夫?』

『オリジナルだからって、僕のことバカにしてるでしょ? ちゃんと分かってるから大丈夫!』

『そう、ならいいんだけど……。私、レヴィの封印魔法、見たことないから。使える、よね?』

『僕だって使えるもん! オリジナルにできて僕にできないことは、少ししかないからな!』

『う、うん。分かってるよ。でもほら。私も封印魔法使えるようになるまで結構大変だったから……レヴィもそうなのかなって。でもそれなら、大丈夫、だよね? 分からないことがあったら聞いて欲しいし、』

 

 もちろん私のサポートもお願いね、とフェイトが告げる前に、浮遊デバイス群の動きが、活発化する。

 宝石の女王による集束砲撃で、多くの浮遊デバイスが停止し落下したが、いまだに30近くは残っていた。フェイトを含む達最前線チームに向かって、そのすべての砲口を向けている。

 

『ねぇオリジナル。僕、難しいことは分からないけど、あれは相手した方がいいよね?』

『そう、だね』

『でもオリジナルたちはフーインサギョーをしなきゃいけないんでしょ? だったら、あれは僕に任せて!』

「えっ、ちょっ、ちょっとレヴィ!?」

 

 レヴィの急な方向転換にフェイトは驚きで念話から通常の会話に切り替え、呼びかけた。しかし、レヴィは「任せてー! あとでオリジナルのデバイス届けてあげるから!」と言いながらフェイト達に手を振って、一人デバイス群へと向かっていく。

 いくら減ったとはいえ、まだあと30近くは稼働しているその群に。

 流石に一人で集団を相手するのは危険と判断したフェイトは、浮遊デバイス群を対処するために飛んでいるもう一つの前線チームに念話を送る。快く把握してくれた念話先の局員に感謝を述べて、最前線対応班は速度を上げて接近した。

 レヴィが浮遊デバイス群と接触する。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 レヴィが最初に相手したデバイスは、青いボディの槍型のものだった。

 槍型だというのに突いたりはせず、魔力で形成されたブレード部分を振り回してみたり、ボディを縦に開き、内部に仕込まれた銃口を光らせたりする戦法をとってきた。魔力光は黒に近い青。

 レヴィはバルニフィカスを大鎌形態バルニフィカス・スライサーへとモードチェンジさせ、水色の魔力刃を飛び出させる。槍型デバイスの魔力ブレードに魔力刃を食い込ませると、大きく振り回し、刃に食い込ませたまま光翼斬で吹き飛ばした。遠方でバーストさせると、槍型デバイスのクリスタルコアの光源が暗転し、墜落していく。

 しっかりと確認させる余裕も与えず、次のデバイスがレヴィの前に立ちはだかった。

 高町なのはや中距離戦を主体とする局員が使うような形のデバイス3本。

 囲まれないようにレヴィは高度を上げ距離を離すと、3本のデバイスは光弾を放ち、その後を追いかけ始めた。

 速度を上げつつ旋回しながら、レヴィはとりあえず数発の電刃衝を発射してみたものの、かすりもしなかった。向こうが誘導弾なのに対し。レヴィが射出したのは直射弾。分が悪いのはレヴィにも分かっていたが、じっとしていられなかった。

 分かっていながらも、魔法を使った結果が自分の想像と違った彼女は、苛立ちを募らせる。ならばと、さらに彼女は速度を上げ、距離を離してから静止し、振り向いた。次いで、バルニフィカスを超刀バルニフィカス・ブレイバーに変形させて、その大剣を天へと掲げる。

 にやりと笑いながら、レヴィは叫んだ。

 

「雷光輪・追の太刀 極光!!」

 

 空中を十文字に切りつけると、斬撃がそのまま直進する魔力刃となって飛ばされる。

 直進とは言うがその範囲は広く、レヴィを追っていた光弾はもとより、彼女が意識していなかった浮遊デバイスにも当たっていった。

 巻き添えを食らったデバイスと、レヴィに光弾を放っていた3本のデバイスの合計7本が、機能不全となって墜落していく。それを確認したレヴィは、意外と簡単だなと、笑みを浮かべた。

 

「でも仕方ないか! ボクが強かったのがいけなった!!」

 

 レヴィは腰に手を当て、のけぞるくらいに高笑いをする。が、10のデバイスが休みなくレヴィを取り囲むと、彼女は笑みを消した。

 

「な、なんだよ、僕が強いからって、一気に来るのはズルだぞ! っていうか、ほとんど僕のとこに来てるじゃんか!! 卑怯だぞ!!」

 

 文句を言いながら、レヴィはフォームチェンジをし、スプライトフォームとなった。

 急加速をして大気の薄い上空まで高度を上げる。上がりすぎたと感じたレヴィは、急いで旋回――空を駆ける彼女自身でさえ振り回されそうになった旋回も、彼女特有の野生的勘によってすぐに自分のものとして、急下降していく。重力加速までもが彼女の味方をし、結果として、肉眼はもちろん精密機器のセンサーですら反応できない速さへと変貌した。魔力光の軌跡すら残らない速さは、彼女が消えたような錯覚さえ与えた。

 その速さの中でレヴィは重ねてモードチェンジをして、破砕斧バルニフィカス・クラッシャーへと戻す。まったくついて来れていない浮遊デバイスたちへ、近くを通り過ぎる時に軽くフレームをぶつける感覚でデバイスを振るっていく。

 バルニフィカスからはずっと、軋む音が途切れなかった。自分に合わせたフレーム設定のはずなのに、スプライトフォームの速さと力について来れていない。

 しかし、そのことを疑問に感じつつも、彼女は物理的な連続近接斬撃の手をやめなかった。

 取り囲んでいた10のデバイスたちからすれば、風が通り過ぎたと思った瞬間にはどれかが撃墜されているようなものだろう。その光景に、操者がいないにも関わらず、それらは後ろへたじろいだようにも見えた。

 瞬く間に8本が撃墜されると、残った2本は相手をしてはいけないと判断したのか、離脱を試み始めた。

 そんなことは、レヴィが許さないが。

 

「いけないんだ。遊んでる途中に帰っちゃうなんて。そんなもったいないことしちゃ!」

 

 いつの間にか再びモードチェンジをし、バルニフィカス・ブレイバーへと変形させていたレヴィは、刃ではなく“面”で、2本まとめて左から右へ、大きく振りかぶって叩き付ける。

 デバイスは地面へと打ち付けられ、激突し、クリスタル・コアを明滅させ、やがて光を失った。

 

「ふぅ。一丁上がりーっと。さて、と……ん、ちょうどいいね。次はオリジナルのデバイスだ」

 

 レヴィとバルニフィカスが一息吐いていると、ちょうど彼女の真後ろに、フェイトのインテリジェントデバイス『バルディッシュ』が静かに浮遊していた。

 バルニフィカスを肩に担ぎ、レヴィは言う。

 

「えーっと……僕は考えるのが苦手だから、なんでこんなことになったかとか、そういうのはよく分かんないんだけど。まぁ、バルディーらしくないと思うんだよね、今のこれって」

『……』

「言い訳ぐらいしろよなー。こんな時でも無口だと、すぐにオリジナルに愛想尽かされるんだぞ」

 

 大剣状のバルニフィカスを突き付け、レヴィは不敵な笑みをバルディッシュに贈った。

 

「ふっふっふ……でも安心するといい、バルディー……僕とバルニフィカスでお仕置きするからね!」

 

 直後、レヴィが高速で動く。彼女が消えたのをきっかけに、佇んでいたバルディッシュも、クリスタル・コアを光らせた。

 誰が使っているわけでもないのに、バルディッシュはひとりでにカートリッジを一つロードし、ハーケンフォームへとモードチェンジする。

 黄色い大きな鎌状の魔力刃が出現すると、まるで誰かが振りかぶったように動き、そのまま誰かが横薙ぎにするように回転する。と、見えていたのかと疑うくらいにタイミングよく、バルニフィカスと激突した。

 甲高い金属音、バルニフィカスが軋む音、魔力刃どうしが擦れ合う不快な音。さらにレヴィが食いしばっている歯ぎしりと唸り声がそれらに混ざり合い、瞬きの間響いた。かと思えば、再び彼女の姿は消失する。

 超高速で動き回るレヴィは、今のバルディッシュの動きを、今までのデバイス群の動きとは違うものだと感じ取っていた。

 機械的な動きとも思えるが、むしろ、どこか人間味がある。

 なんだか、自分みたいだ。

 考えて動く機械は、はて、なんと言っただろうか。そういえば、考えて動く機械を知っているけれど、今はそうじゃなくて、ええっと。ええっと。

 二撃目を攻撃した時は、バルディッシュはそれをラウンドシールドによる防御で防いだ。

 無理やりシールドを破壊してやろうかとレヴィは一瞬考えたが、足元や自分の周囲にバインドの気配を感じ、すぐさま距離を置く。

 バルディッシュがアサルトフォームに変形すると、今度はそちらの方からレヴィに接近した。

 速度は、スプライトフォームのレヴィの方が断然速い。だが、避けて回避するには、少し速すぎる反応速度を求められた。

 レヴィが人の反応速度で動いているのだとしたら、バルディッシュは機械の反応速度で応対する。

 その速度での接近により、レヴィはバルディッシュの近接連撃を、直接受け止めざるを得なくなってしまった。

 力のマテリアルの自分にとっては、たいしたことはない攻撃……とレヴィは言いたいところだったが、想像していたよりも、一撃一撃が重い。

 

(ッ!! オリジナルの攻撃より激しい!!)

 

 生き物が動かしていないからか、本来であれば体に負担のかかるような剣筋で、二撃三撃と迫ってくる。さらに、予備動作なしで強力な打撃を行ってくるのが質が悪い。

 レヴィも負けじと反撃するが、不気味なほどに動きを合わせてくる。

 

(……違う。読まれてる……僕の動きに合わせてるんじゃない!)

 

 先読みして、あらかじめバルニフィカスが通る部分に魔力刃なりシールドなりフレームなりを“置いて”くる。

 それを可能とさせているのが、レヴィには理解できなかったが、だからこそ彼女は、単純に処理したのだった。

 

「――だったら、それより速く叩けばイイッ! バルニフィカス、カートリッジ・ロード!!」

『Load Cartridge』

 

 キーワードをきっかけに、バルニフィカスのローダーが回転し、二発分の薬莢が排出される。

 カートリッジシステムは魔力そのものを操者とデバイスに追補充する機構だ。同時に、使用者が魔法式に魔力を送る時のパイプを、太く強靭かつ加速器が一時的に付けられた状態となり、結果として性能が格段に上がった魔法を使えるようになるものでもある。

 そういう意味でいえば。

 今のバルディッシュのカートリッジシステムは、十全の機能を果たしていないと言えた。

 操者がいない浮遊デバイスたちは、その内側に自然と溜まった元々の操者の魔力を使って、今まで魔法を用いてきていたのだから。

 太くて強いパイプや、カートリッジシステムがあったとしても、それを生かす操者がいない。

 一方、満足に魔力運用できているレヴィは、さらに速度を上げて攻撃を加えた。

 相手が自分を先読みするのであれば、その先を行けばいい。

 一つ先を読まれて対処してくるのなら、それよりも速く。もっと速く。二つ、三つ、四つ、五つ先を行く速さで。機械が対処しきれないくらいに、もっともっと速く。

 両手両足に浮かぶ姿勢制御と加減速の魔力の羽が、彼女の意志に応えるように、二回りほど大きくなる。

 レヴィがカートリッジ二発分全てを飛翔魔法に費やした結果、先ほどの重力加速を加えた下降速度よりも速くなった。機械では絶対に反応できないスピードへと、少女は上り詰めていく。

 これにはさすがの無人バルディッシュでも対応できず、二つ防いでは三発分のダメージを負う、ということを繰り返さざるを得なくなった。

 簡単そうにやってのけた彼女だが、レヴィがその攻撃を楽々と行っている、というわけではない。

 カートリッジを用いたからと言って、そもそもの操者の魔力量が増えるわけではない。ただ上乗せするだけなのだから。体内魔力を使い続ければ、魔力が急に体内から減ることで起こる貧血に似た症状の「魔力欠乏症」に見舞われるのは当然だった。レヴィはそれに襲われながら、絶えず攻撃を続けている。

 バルニフィカスで打撃を行う度に、意識が、地平が揺らぐ。

 自分の強さに自分が持っていかれそうになるのをごまかしながら、およそ60発ほどを叩き込んだ頃。

 バルディッシュのクリスタル・コアが点滅し始めた。それに伴い、バルディッシュの動きが鈍くなっていったのを確認したレヴィは速度を通常のものに戻す。バルニフィカスの“面”を縦に振り下ろして打撃で一刀両断すると、バルディッシュは力なく墜落していった。

 

「ど、どーだ!! はぁ、はぁ……ってそうじゃないそうじゃない!」

 

 オリジナルに届けないと、と叫びながら、バルディッシュの墜落に合わせてレヴィは急降下する。自分で思いっきり叩きつけたために相当な速度で落ちて行っていたが、高度があるだけ、まだ追い付けそうだった。

 カートリッジの残り全てをロードし、急加速させ、バルディッシュに追いつくと、その柄を握る。彼女の手に握られた時点で、減速しても地上に激突するのは確定していた。かといって、方向を変える距離も時間も魔力も足りない。

 

「あー……バルニフィカス、どうしよっか?」

『バルディッシュをオリジナルの元へ投擲し、我々はプロテクションかなにかでなんとかするしかないかと』

「おっけー、それで……いこーか! オリジナルまで、飛んでけーッ!!」

 

 逆さまになりながら、レヴィはバルディッシュを魔法による弾道補助を付けて投げる。

 投げた後、レヴィはバリアジャケットをスラッシュスーツへと戻し、残った魔力をすべてプロテクションに用いた。

 展開した防御は。厚さ3枚分。

 カートリッジを使ってもっと厚くしようとレヴィはデバイスに命令したが、残弾がもう無いと言われたので、泣いても笑ってもそれが限界だった。

 

「や、やっぱり、“本物”だったらもう少し長持ちしたのかなぁーっ?!」

『おそらくは』

「うあぁぁぁぁぁぁ、せめて死にませんよぉぉぉぉにぃぃぃぃっ!!」

 

 レヴィが地面に激突したのは、それから一秒も経たない内だった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 フェイトはレヴィを見送った後、ジュエルシードの封印処理の為にデバイスをシーリングフォームにしようとして、デバイスが今はバルディッシュではないことを改めて実感していた。

 予備汎用デバイス向けの魔力運用に慣れてしまって、いつもの感覚でモードチェンジを行おうとしていたのが間違いだった。彼女は、数時間ぶりのもどかしさと、忘れていたことへの恥ずかしさに苛まれる。

 今は、この予備汎用デバイスで封印処理を行わなければならない。

 バルディッシュを手にして必死になってジュエルシードを集めていた時は、封印処理なんて意識せず行っていた。しかし今は、そうは言っていられない。

 マジックアイテムの封印処理法は、きちんと勉強した。頭に叩き込まれている。

 高純度の純粋魔力が大量に貯蔵されている物品を封印処理する場合、まずはそれに刺激を与えないようにするのが先決だ。フェイトは数年前の自分の行動を思い出し、当時は結構雑に扱っていたなと反省した。

 封印処理を行う場合、一次収容から最終収容まで手順がいくつかある。封印処理専門の機関に運ぶまでの最初の手順としては、解除キーが設定された高強度の魔力外殻を物品に対して作成する、というのが最適解だ。

 恥ずかしさを忘れるように入局試験の勉強を反芻しながら、フェイトはジュエルシードへと接近していく。

 それは同時に、宝石の女王に接近することを意味していた。

 彼女は今、何かしらの影響で動きを停止している。

 ユーノの話を聞くでは、大きな破損を抱えたままで起動してしまった可能性が高いとのことだ。

 彫刻のようになった彼女を近くで見ると、身体そのものがうっすらと輝いているように思えた。

 

(なんだか、苦しそう……?)

 

 ロストロギアの仮呼称は「宝石の“女王”」だと聞いたが、彼女は少なくとも、フェイトとそれほど変わらない年齢の少女に見える。その少女の表情は、憂いを帯びているようにも見えた。

 起動条件を満たしていないことも、不完全な起動になってしまった原因だとユーノの資料にあったが、年齢も関係しているのだろうか。

 なによりも、彼女は被害者で、救助しなければいけない対象だ。

 事件の流れを聞く限り、彼女は曝露されたに過ぎない。

 一刻も早く助けたい気持ちが膨れ上がるのに比例して、彼女を取り囲むように浮遊するジュエルシードの存在感も大きくなっていく。

 浮遊デバイス群が、レヴィが飛んで行って戦列に加わったもう一つの最前線班に向かっているうちに、フェイト達は女王の懐へと入っていった。

 彼女を観察する暇はない。とにもかくにも、ジュエルシードの封印処理から行わなければ。と、フェイトを含む封印処理班は、それぞれ目の前にあるジュエルシードへ、デバイスを向ける。

 瞬間、突然全てのジュエルシードが発光した。

 

「な――」

 

 まさか発動でも、とフェイトは瞬時に身構えたが、彼女が知るジュエルシードの発動とは様子が違っていた。

 視界を奪われてすぐ、ひっきりなしに轟いていた戦闘音が、全て消える。ただ、無音になったわけではなく、妙な騒がしさは残っていた。

 発光が治まると、ホワイトアウトしていたフェイトの視界が戻ってくる。防御準備をしたまま周囲を確認すると、今まで数人の局員と一緒にいたはずなのに、その全員がいなくなっていた。

 それどころか、周囲の風景も変化している。

 荒廃し、動物が存在していなかった場所だったはずなのに。フェイトは今、それとは正反対の場所にいた。

 人々が行きかっている。少女が知る都会とは建物の様式が違うが、人はそれなりに多い場所。

 人が多い集落、という言葉が一番しっくりくる。

 あるいは、科学文明が発達しきる前の都会とは、こういうものかもしれなかった。

 フェイトはどこか懐かしさを覚えながら、手にしていたデバイスと自身のリンカーコアの状態を確かめる。

 

「デバイスもあるし、リンカーコアも正常……」

 

 前に闇の書に取り込まれた時はデバイスが脱出キーになっていたが、今回は違うようだ。

 これはなんなのだろうと、フェイトは前回と比べかなり冷静に思考を巡らせた。

 場所は、自分の知らないところだ。記憶や経験を元に再現された場所ではない。

 かといって、直前にジュエルシードが発光したのは、無関係ではないはずだ。

 推論としては、誰かがジュエルシードで作った仮想世界に、自分が取り込まれた、というところだろうか。

 では、ここは誰の思い描く世界なのだろう。

 戦闘の雰囲気から一転して至って平和な集落に放り出されたフェイトの気分は、戸惑い以外の何物でもない。が、仮想世界だとするのなら、脱出キーを探すために情報収集するのが有効だ。

 困惑しつつも、近くの人にとりあえずここがどこか聞き出そうとしたフェイトの前を、幼い子供が駆けていく。

 その子の横顔に見覚えがあった気がして、フェイトはすぐに子供の方を目で追った。

 女の子だ。背丈は、だいぶ小さい。周りを歩く人間と同じ髪や肌の色をしている。

 フェイトの知人にそういった人がいるわけではない。

 雰囲気が、今まで自分たちが保護しなければと躍起になっていた存在――宝石の女王と酷似しているのだ。

 

(あの子が作り上げた世界なのかな?)

 

 しばらく遠目で観察していると、さらにもう一人。今度は、背丈も顔も宝石の女王と全く一緒の人間が、その子に近付く。

 件の子供が成長すればああなるかもしれないという、典型的な感想が、フェイトの頭に浮かんだ。

 

(もしかして姉妹、かな)

 

 遠目からでも分かる。二人はとても似ている。

 ただただ微笑ましいだけの風景に、フェイトは尚更彼女を救わなければと強く思った。そのためには、ここからの脱出だ。

 二人がキーになっていればいいが、そうでなくても、何か掴めるかもしれない。

 フェイトはそう考え二人に近付くと、景色が再び、突如として大きく変化した。

 

「――え」

 

 集落はなにもかもが破壊しつくされ、家も人も、すべてが消えている。

 地面に何かが吹き付けられた跡と焦げたような匂いが漂っていたことから、爆風の類によるものと思われる。

 慎重に、警戒を怠らずに、フェイトは地面の跡を辿ってその中心地点へと歩き出した。

 中心に向かうまでに一人でも残っていればいいと願って良く観察しながら歩いたが、残念ながらその陰すら見当たらない。

 

「残骸も瓦礫もほとんどない……全部吹き飛ばされた……?」

 

 少女は来た道を一度振り返る。地面は爆風が通ったような跡がある地平が、頭上にはどんよりとした曇天が、どこまでも広がっているだけだった。

 彼方まで続く景色が、いったいどこまで続いているのかに関しては、フェイトは考えるのをやめた。

 再び中心地点へ向かおうと歩みを進める。

 しばらくして、うずくまってかすかな嗚咽を漏らしている人影を捉えた。

 そのシルエットから、先ほどの姉妹のような二人の、幼い方であることが伺えた。

 フェイトが駆けつけようとすると、不意に肩を掴まれ、動きを邪魔される。

 驚きと、接近を許したことと、気配がなかったことに体を強張らせたが、掴んだ人物を確認すると、フェイトは警戒態勢をわずかに解いた。

 

「私の妹に近寄るな」

 

 接触してきた人物は、宝石の女王に巻き込まれた彼女そのものだった。服装も見た目も同じ物。しかし、現実世界にいる彼女よりも疲弊しているように見えるし、なにより無気力だった。フェイトは、なるべく怖がらせないように、会話を試す。

 

「あの子のお姉さん、ですか?」

「ああ……そうだな。あの子にとっての汚点そのもので、無能で、何もできない木偶の姉だ」

「私、魔導師をしているフェイトって言います。……あの、何があったか、詳しく教えてくれますか?」

 

 震えながら小さくなっている妹を眺めながら、姉だといった彼女は憎しみを溢れさせて言葉を連ねる。

 

「私は消し去りたかったんだ。あの子の膨大な魔力を。無くしたかったんだ……いや、消し去りたかったのは、私の方か。私さえいなければ、あの子はもっと幸せに、平和に生きていけたのだから」

 

 無気力な彼女に、フェイトはデバイスからユーノの資料を提示して問いかける。妹を見ていた姉は、ちらりとだけそれをみて、再び視線を戻す。

 

「その願いを叶えるために、この“宝石の女王”を使ってジュエルシードを作り、願ったんですか?」

「……詳しくは分からない。君が言う“宝石の女王”とやらを使えば、魔力を移せるんだと教えられた。そもそも、私の願いは、わざわざ願わなければいけないほど小さなものじゃない。……ある種の願望器だと教えられていたが、あれはただ過去の記憶を元に仮想させるだけ。こんなものを何度も観たくて、願っていたわけでもない」

「あの……申し上げにくいのですが……ジュエルシードそのものには、願いを叶えるという力は持ち合わせていません。欲という感情に動かされやすい純粋魔力を貯蔵する宝石です。本来の用途は、空気中の魔力濃度を増やすために作成された物品だと、今は予想されています」

 

 フェイトの言葉を聞いた姉は、落胆した様子もなく――元から落胆していたのかもしれない――返事をする。

 

「無駄だったか。初めてこの話を聞いたときは、うまくいくと思ったんだが」

「そのことに関しては、私たちが力をお貸します。だから、元の世界に」

「いいや、それはまだだ」

 

 妹を見ていた姉は、急にフェイトを向いて、厳しい目で睨みつけた。

 

「幸いにも、ここは仮想世界……シミュレーションをするのに最適だ。妹の魔力が無くなってほしいと、私は願っている。もう、願望器には頼れない。そもそも願望器ではなかったかもしれないが……それならそれで、方法はある」

「えっ――」

 

 姉が右手をゆっくりと上げると、それに合わせて、うずくまっていた妹が操り人形のように、宙に浮いた。

 

「私があの子の魔力を使い切らせる。空になって、機能し無くなれば、魔力は生まれない」

「それじゃあ妹さんを助けることにならないです! 魔力は生命力と直結するリンカーコアから」

「危険が伴うのは分かっている! だからこそこの仮想世界でシミュレーションをするんだ。現実で確実に行えるか、確かめる為に! もう何度だって試した! 今回だって、君という新しい要素を使って試せと、あの宝石は言っているんだ!」

 

 操り人形のようになった妹の目の前に、何かが出現した。それは、小さな小さな石のように見て取れる。

 その石を、フェイトはジュエルシードだと確信した。ジュエルシードが見せる仮想で、ジュエルシードそのものを見ることになるとは思ってもみなかった。

 妹と言われた少女は、ぎこちない動きで祈るような格好になり、両手を合わせる。途端に、苦しむ声のボリュームが上がった。

 両手の隙間から、光が漏れ出す。

 

「魔力を無理やり込めさせてる……! 止めてください!」

「嫌だ。可能性があるのなら、どんなことでも何度でもすると決めたんだ。あの子の魔力がどうにかなるのなら、なんだってすると! 私のせいで苦しんだあの子を、もう苦しませたくない!」

「お姉さんが苦しませてどうするんですか!? 私たちに任せてください! 魔導のプロフェッショナルが、必ず、あなた方の力になります!」

 

 妹は魔力を込め終えたのか、苦痛の声を途切れさせると、力なく倒れた。魔力が込められたジュエルシードは少女の手から零れ落ち、地面へと転がり、転移する。

 姉が掲げていた指と指の間に移ると、姉は涙を流し始めた。

 

「力になる……そう言って、我が民を、我が家族を、我が子を、貴様らは奪っていった! 私が望むのは“諍いのない、平穏な世界”だけだったんだ!」

 

 直後、目が眩むほどの明かりが辺りを包んだ。

 

「っ!」

「お前も我が子の敵となるのであれば――」

 

 光が収まると、姉の手には赤く透明な鉱石で作られた長さ60cm程の剣が握られていた。フェイトはそれを、資料上で見たことがあった。

 

「私の望みの糧になれ!」

(言ってることが途中から変になったし、それにあれって……ッ!)

 

 もしかしなくても、宝石の女王。

 泣きながら声を荒げた始めたあたりから、彼女の言動がおかしくなっているのには、フェイトも気が付いていたが、そのことを考える余裕はすぐに消えてなくなった。

 宝石剣を持った姉が、その得物をフェイトへ振り下ろす。

 斬撃には魔力属性が付与されていて、通常女性が振るう斬撃ではない威力を生み出していた。

 それを条件反射のように受け止めてしまったフェイトは、デバイスと自分の両腕が軋む音を直に聞いてしまう。同時に、全身の骨に重く深い鈍痛が広がった。

 自分を押し潰そうとしている意思が見受けられたため、フェイトは離脱を試みる。

 デバイスを斜めにし、攻撃を滑らせ流した。宝石剣が地面に衝突する前に、フェイトは上空へ飛び上がる。

 衝突の瞬間、爆弾が炸裂したような音が鳴り、土煙が大きく上がった。

 

(このデバイスじゃ、フレーム強度が足りない……! 直に受け止められるのはあと1回、も無理かもしれない……!)

 

 汎用デバイスの欠けたフレームを眺めつつ、フェイトは今の攻撃を思い返す。

 ベルカ式魔力付与攻撃に似ていただろうか。近い系統でいえばシグナムの紫電一閃、威力はヴィータのラケーテンハンマーを上回っていた気もする。

 汎用デバイスでの防御では、防ぎきれない。だいぶ絶望的だ、とフェイトは冷や汗を流す。

 土煙が晴れ、二人の間を遮るものが無くなる。できるだけ話し合いで、この場を治めようと考えたフェイトは、なおも言葉を投げかける。

 

「落ち着いてください! こんなことをしたってなんの解決にもなりません!」

「必要不要が分かるのは、今ではない! すべてが過ぎ去った後だ!」

 

 地上にいた姉は、瞬時にフェイトの眼前に移動してきた。一呼吸も置かず、横薙ぎでの一撃を与える。ラウンドシールドによる防御の展開でその打撃を受け止めたが、インパクトの瞬間にはもうシールドにひびが走った。

 フェイトはそうなることを予想していて、既にブリッツアクションによる離脱を準備していた。シールドが割れた直後、後方へ避難し、距離を取る。

 一撃一撃は恐怖だったが、まだ連続での攻撃が来てないことを見ると、高速移動で避け続ければ、いずれ対象は魔力切れになることが予想された。

 ライトニングバインドを設置しながら、細かな移動を繰り返し、相手の攻撃を紙一重で交わしていく。と、設置したバインドの一つに、彼女が引っかかった。あまりこういうことに慣れていないのかもしれない。

 

「大人しくして頂ければ、こちらからは何もしません」

「ぐっ……!」

「それに、協力するっていうのは本当です。あなたの力になります。約束します。私も、妹さんを想うお姉さんの気持ちが分かりますから」

 

 バインドを必死に解こうとしていた姉の動きが止まった。初めて見た時に局員の多重バインドを解除した、現実での宝石の女王とは似ても似つかない姿だった。あの時は何か条件があったのかもしれないと思ったフェイトは、そのまま話を続ける。彼女はフェイトの話に、俯きながら黙って耳を傾けていた。

 

「私は、姉を失っています。こんなはずじゃなかった現実に呑み込まれて。そのどうしようもない運命を変えようとして、母も、失いました。だから私は、あなたが家族を想う気持ち、よく分かります。私も、皆のこと、大好きだったから」

「……」

「家族が苦しむのを見るのは、辛いです。家族を失うのは、とても悲しいです。あなただって、それは同じはずです。でなければ、妹さんが苦しんでいるときに、あんなに辛そうな顔はしないですよね?」

「…………」

「もうやめましょう。妹さんは、お姉さんにこんなことをしてほしいと、望んでいないはずです」

 

 フェイトの言葉が終わって、数十秒が流れると、姉が顔を上げた。

 彼女は、涙でぐずぐずになった顔で、苦しそうな瞳で、少女に訴えかける。

 先ほどまで浮かんでいた「宝石の女王」は、そこにはいなかった。今の表情を浮かべている彼女が「本当の彼女」で、被害者である「保護された姉」であるのだと、フェイトは理解した。

 その「本当の彼女」は、嗚咽交じりに、風に吹き飛ばされてしまいそうなか細い声で、フェイトに助けを求める。

 

「止められないんだ。止めたいんだ、私は。でも“アレ”が私に思わせる。我が子を守りたいと。我が子を救いたいと。私が助けたいのは、私の妹なのに。どうしても抑えられないんだ。世界中に散らばった自分の子を集めたくなって。そんなことはしたくなかったのに」

(破損した『宝石の女王』が思わせてる……?)

「お願い……私を、止め……」

 

 言葉は途切れ途切れとなり、ついには消えてなくなった。

 直後、バインドを破壊し、『宝石の女王』が剣を突き立てながら、フェイトに向かって突進する。

 既にいない家族を強く愛する少女は、女王の思いを受け止め、決意を口にした。

 

「止めます! 絶対に!」

「ぅああああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 フェイトは右手でデバイスを握りながら突き出して、ラウンドシールドを展開する。

 彼女としては防御で防ぐよりも、当たらないように攻撃をよけ続ける方が戦法としては得意だが、今の宝石の女王の攻撃は受け止めたいと思えたのだった。

 宝石剣が突き刺さる。ラウンドシールドの中心を貫きかけ、切っ先がフェイトの手に近付いた、その瞬間。

 レヴィからの届け物が、フェイトの真左から届けられた。

 空間を“割り”ながら侵入してきたそのデバイスを見て、一瞬驚くも、すぐに安堵の表情を浮かべる。

 

「レヴィ、ナイスコントロール……!」

 

 空いていた左手でバルディッシュを受け取ると、その慣性を利用して、食い込んでいた宝石剣ごとシールドを振り回した。

 振り回された女王は、宝石剣が抜けると一緒に落下していき、うずくまったまま動かなくなった妹の近くに着地する。再び向かってくる気配を感じ、フェイトは、このわずかな猶予をバルディッシュの状態診断に使うことにした。

 マルチタスクはまだ苦手だけれど、そんなことを言っている場合ではない。幸い、操作を受け付けたので、同時進行で各項目スキャンをしていく。

 

(外部フレーム、クリスタル・コア、メモリー、全部正常……だけど、なんだろう、これ)

 

 見たことのない幽かな“異物”を見つけ、少女は眉を顰めた。

 本来は、事件後にこの状態のまま提出するものだが、今は緊急事態だと判断し、とにかくそれを消去する。

 バルディッシュの起動シーケンスを再び行い、フェイトの相棒が息を吹き返した。

 感動の再会をしたいところではあるが、女王はすでにこちらに飛翔してきている。もう余裕がないと踏んだフェイトは、バルディッシュの魔法ストレージからブリッツラッシュを選ぶと、カートリッジを1発分ロードさせた。

 魔法を発動し、フェイトが上空へと飛び上がると、さっきまでいた場所を、宝石の女王が切りつけた。その剣筋は、まさしく空を切る。

 間一髪で上空へ避難できたフェイトは、改めてバルディッシュをその胸に抱きしめた。

 

「おかえり、バルディッシュ……! ほんとに、おかえり……!」

『マスター……申し訳ありませんでした。自分はインテリジェントデバイス失格です。裁きはいくらでも受けます』

「そ、そんな。帰って来てくれただけで、私は十分だよ」

『……勿体なきお言葉です』

「ふふ、いつものバルディッシュで安心した。……じゃあ、仕切り直しだね」

『ええ』

「帰ってきてすぐだけど、大丈夫?」

『問題ありません』

「――じゃあ行こうか」

『了解』

 

 予備汎用デバイスを待機モードにしてバルディッシュ内にしまうと、フェイトは再び『宝石の女王』へと向かっていく。

 大切な家族から贈られた相棒と共に、家族を想う気持ちに混じってしまったノイズを消し去りに。

 少女の目には、強い意志が宿っていた。

 

 

 

 

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