遊戯王5D's 〜彷徨う『デュエル屋』〜   作:GARUS

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前話『天上院』のデュエル展開を大筋は変えていませんが一部変更しています。
それにより天上院明日香のライフが変動しています。
気になりましたらお手数ですが戻ってご確認ください。
2025年1月27日 GARUS


舞踏会

 時刻は少し遡る。

 

 14時30分開始のジャック・アトラスの公式戦にて、デュエル終了時刻14時33分、正式デュエル時間3分27秒の最速決着が記録された。デュエル決着後のスタジアムに戻るまでの時間の方が長いと言う前代未聞の記録である。

 

 詰めかけた記者はこぞってスタジアムの控え室から出てくるジャック・アトラスを待っていた。

 最速記録の更新というニュースは各チャンネルの昼のニュースバラエティの速報テロップで表示され、どの局もこの記録についての放送に番組の内容を切り替えはじめる。

 

「ここで先ほどデュエルを終えたキングへのインタビューの中継に切り替わります。現場のアンジェラさん」

 

『はい、現場のアンジェラです。あ、丁度キングが出てきました。早速インタビューしたいと思います。キング! キング!』

 

 それから今回のデュエルの振り返り、最速記録更新について、普段のデュエルと違った点についてなど順に質問が続く。

 インタビューの内容に問題はなかったはずだった。

 

 しかしジャック・アトラスの表情は終始険しい。気難しい一面もある人柄ではあるが、このインタビューにおいてはアンジェラの落ち度はこれといってないはずだ。

 

 次の質問に移ろうとアンジェラが口を開きかけた時に、ジャック・アトラスからそれを制するように言葉をかけられた。

 

『おい、今は何時だ?』

 

『え、えっと。14時50分ほどですが』

 

『何分だ』

 

『え? えぇっと。ただ今52分になったところです』

 

『何?! もうそんな時間か』

 

『アトラス様、こちらを』

 

 後ろに控えていた青髪の秘書が端末の画面をジャック・アトラスに見せる。内容を確認すると僅かに目を見開き、アンジェラに背を向けた。

 

『本日のインタビューは以上とさせていただきます』

 

 追い縋ろうとしたアンジェラの間に入り、一礼をした秘書によって最速記録を打ち立てたデュエル後のインタビューは終了となった。

 

『えぇ……何やらお急ぎのようでした。これで現場の中継は以上となります』

 

 アンジェラからのインタビューの生中継が終わると裏方の番組スタッフ達は秘書がジャック・アトラスに見せた端末の映像の解析に取り掛かる。同枠の生放送で先んじてジャック・アトラスが関心を寄せた映像の内容を報道できるかの勝負。このLIVE感こそが生放送の醍醐味だろう。

 慌ただしく動くスタッフの表情に熱が帯びる。

 

「解析結果出ました。天上院明日香の密着ドキュメンタリーです!」

 

「何? 今まで天上院明日香との関わりはあったか??」

 

「現場が一緒になる機会はなかったですし、面識はなかったと思いますが」

 

「お忍びで……いや、彼女は既婚だし、そんなスキャンダルがあったなら週刊紙に先に抜かれてるか……とりあえず解析結果だけ流すぞ! カンペ出せ!」

 

 スタジオの司会がゲストとのトークで場を繋いでいる間に調査内容のカンペを作り上げる。

 

「インタビューの様子では何か時間を気にしている様子でしたが……っとここで、先ほどキングが見ていた端末に映っていた映像が分かったようです。内容は本日放送の天上院明日香の密着ドキュメンタリーだそうです。キングと天上院先生は面識があったとは聞いたことが無いんですが、これについてはどう思われますか?」

 

「キングの関心事はやはりデュエルでしょう」

 

「確かにドキュメンタリーでは最後にデュエルアカデミアの生徒代表とのデュエルをするみたいですね。ただ、言ってはなんですが、キングが学生とのデュエルにわざわざ関心を寄せますかね?」

 

「そればかりはなんとも。ただキングが公式戦を押してまで興味を抱くデュエルというのは、私も気になりますな」

 

 その触れ込みもまた続く夕方のニュースバラエティは取り上げた。

 

 そうして注目を浴びたくないという八代の思惑とは裏腹に、世間の関心がこのデュエルに向けられていたのだった。

 

 

 

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「ヤバイよ、ヤバイよ。八代兄ちゃんのフィールドがガラ空きになっちゃった!」

 

「うん、これはちょっと厳しそう」

 

 家にある一番大きなモニターに映るデュエルの状況では八代さんが追い詰められていた。

 

 『光霊神フォスオラージュ』の効果で一度モンスターは全滅、『憑依解放』効果で後続の『光霊使いライナ』を呼び出すも『青氷の白夜龍』によって戦闘破壊されている。そして『青氷の白夜龍』に装備された『白のヴェール』によって八代さんを守る魔法と罠も全て破壊されてしまっている。

 八代さんのフィールドには何もカードは残っておらず、『光霊神フォスオラージュ』の攻撃力をライフポイントは下回っている。

 

 絶体絶命のピンチに龍亞は慌てふためき頭を抱えながら部屋を行ったり来たりしている。

 

 映し出される映像では八代さんが顔を覆ってしまっている。

 流石に自分のフィールドのカードが全て破壊されてしまってはどうしようもないのだろう。

 

『くくくっ……』

 

 しかしスピーカーから聞こえてきたのはマイクがギリギリ拾った小さな笑い声だった。

 

『はははっ! やはり、良いな! この血が沸るギリギリの戦い。望んでいた通りだ!』

 

 程なくして笑い声はやがて弾けるような笑いに変わった。声を上げて笑い高揚している様子は、落ち着いて龍亞にデュエルを教えてくれた人と別人のようだった。

 

 何もなかった筈の八代さんのフィールドに赤色のスポットライトが当てられる。ライトの数は増え明滅を繰り返し、けたたましい警報の音が鳴り始める。

 その様子に狼狽えていた龍亞も立ち止まり、画面に釘付けになっていた。

 

『破壊された『ブービーゲーム』の効果により、墓地の通常罠を二枚セットする。『憑依連携』と『転生の予言』をセット! そしてこの効果でセットしたカードはこのターンに発動ができる』

 

 がら空きになっていた八代さんのフィールドにセットカードが二枚戻る。

 

『くっ、まさかそんなカードを仕掛けているなんてね』

 

 『憑依連携』は墓地からモンスターを特殊召喚する効果がある。その効果を使えばこのターンは必ず凌げる。けど……

 

「どうして八代さんは『マジカルシルクハット』をセットしなかったんだろう? 『マジカルシルクハット』があれば『憑依連携』で復活させたモンスターを守れるかもしれないのに」

 

「多分だけど八代兄ちゃんはまだ何か手があるんだと思う。守るためじゃなくて攻めるためのカードが」

 

「? けどフィールドには『転生の予言』しか残ってないよ?」

 

「そうフィールドには、ね」

 

「あっ! まさか」

 

『『光霊神フォスオラージュ』でダイレクトアタック!』

 

 『光霊神フォスオラージュ』の体から機械の駆動音が発せられ始めると、体全体から光が放たれ始める。その音を遮るように八代さんの声が聞こえた。

 

『攻撃宣言時、手札から『クリブー』を捨て効果を発動。そして墓地の『クリボーン』を除外して効果も発動! 墓地の"クリボー"モンスターを復活させる。俺は『クリブー』を呼び戻す!』

 

 墓地へ続く黒い穴から浮上してきたのは愛くるしいパッチリとした目をもつ白い毛玉。

 その属性は闇だ。

 

 

クリブー

ATK300  DEF200

 

 

『『クリブー』の効果でデッキから『サクリボー』を手札に加える。そして『クリブー』の特殊召喚に合わせて罠発動! 『憑依連携』! 墓地の守備力1500の魔法使いである『太陽の魔術師エダ』を攻撃表示で特殊召喚』

 

 『クリブー』の隣に開いた黒い穴から続けて白の衣装を纏った魔術師が飛び出す。

 その属性は地。当然、闇とは異なる属性を選んでいる。

 

 

太陽の魔術師エダ

ATK1500  DEF1500

 

 

『属性が二種類以上揃ったことで『憑依連携』の追加効果により『光霊神フォスオラージュ』を破壊する』

 

 『太陽の魔術師エダ』が杖でフルスイングして弾き飛ばした『クリブー』が『光霊神フォスオラージュ』の頭に直撃する。

 当たりどころが悪かったのか、タイミングが悪かったのか。『光霊神フォスオラージュ』に蓄えられていたエネルギーがショートし、体のあちこちから小さな爆発が連続すると、最後は一際大きな爆発を起こしてフィールドから消えていった。

 

 なんともコミカルな最後になったことはともかく龍亞の言う通りの展開になった。

 隣で「うぉぉぉ、すげぇ!!」などとはしゃぐ様子はまだ同い年の子供そのものだけど、デュエリストとしては日々腕を上げているのだろう。

 

「ふーん」

 

「な、なんだよ」

 

「別に? ただ何だかんだ成長してるんだなって思って」

 

「何だかんだは余計だろっ! デュエルの続きを見るぞ!」

 

「はいはい」

 

 そう言ってまたモニターの映像に集中し始める龍亞の横顔は普段よりも大人びて見えた。

 

『俺のターン。ドロー』

 

 そんなやりとりをしている間にターンは切り替わったようだ。

 

『『サイレント・マジシャンLV4』を召喚』

 

 八代さんのフィールドに現れたのは私たちと同じくらいの背丈の白の魔術師。

 何度も八代さんのデュエルに登場する馴染み深いカードだ。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

ATK1000 DEF1000

 

 

「出た! "サイレント・マジシャン"だっ!」

 

 ようやく出てきた”サイレント・マジシャン”の姿に龍亞のテンションも一層上がっている。

 

『『魔力掌握』を発動し、『サイレント・マジシャンLV4』に魔力カウンターを一つ乗せる。そしてデッキから最後の『魔力掌握』を手札に加える』

 

 まだ魔術師としての力を完全に発揮できない”サイレント・マジシャン”に、まるで才能の種が芽吹くのを支えるように魔力を注いでいく。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 0→1

ATK1000→1500

 

 

『『太陽の魔術師エダ』を守備表示に変更。そしてカードを四枚セットし、ターンエンド』

 

 これで八代さんのフィールドの伏せカードは五枚になった。何があっても"サイレント・マジシャン"を守り切るという強い意志を感じる。

 

『私のターン、ドロー』

 

『相手がドローしたことで『サイレント・マジシャンLV4』に魔力カウンターが一つ乗る』

 

 "サイレント・マジシャン"が成長し、私たちの背丈よりも少し高いくらいの姿へと変わった。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 1→2

ATK1500→2000

 

 

『手札の『荘厳なる機械天使』を捨てて『祝福の教会-リチューアル・チャーチ』の効果を発動。デッキから『機械天使の絶対儀式』を手札に加える』

 

 ここで儀式魔法を手札に加えたという事はこのターンも動くということ。

 ただ攻撃を行えないターンにまで場に出しておきたいモンスターがいるのだろうか?

 

『『光霊神フォスオラージュ』をデッキに戻し、『機械天使の絶対儀式』を発動。手札から『サイバー・エンジェル-伊舎那-』を儀式召喚』

 

 地面を揺らしながら巨大な祭壇が迫り上がる。

 墓地へと続く穴から『光霊神フォスオラージュ』の魂が炎に変わると、祭壇に巨大な炎を灯した。

 

 炎の中から飛び出してきたのは四本の腕を持つ銀髪の美女だった。

 何も持たない手と片手斧を持つ手、そして両手で長槍を構えている。紺色のビキニのような衣装のせいで肌色面積が多く、龍亞は気にした様子はないけど目に毒だと思う。

 

 

サイバー・エンジェル-伊舎那-

ATK2500  DEF2600

 

 

 いや、それを気にするならそもそも手足を大胆に晒した衣装に変わった明日香先生の姿そのものから問題か。カメラの切り替わりで時々際どい角度で明日香先生の姿が映されるのは完全に悪い大人が狙ってやっているのだろう。龍亞はデュエルに夢中で明日香先生の衣装が変わったことにも気づいていないけど、私の目は誤魔化せない。

 

『『サイバー・エンジェル-伊舎那-』の効果を発動。儀式召喚成功時に相手は自分のフィールドの魔法・罠を墓地に送らなければならない』

 

「なるほど。八代さんの魔法、罠の壁を削るのが狙いだったのね」

 

「けど、こんなのへっちゃらだよ。八代兄ちゃんはこのタイミングで発動できるカードがあるもん」

 

『罠発動! 『転生の予言』。墓地から『魔力掌握』を二枚デッキに戻す。そして墓地に送るカードとして『転生の予言』を指定する』

 

 『サイバー・エンジェル-伊舎那-』が投げた片手斧はオープンされた『転生の予言』のカードを目掛けて飛んでいき、ガラス板のようにそれを打ち砕いた。

 カードを合わせて発動することでアドバンテージを失うことなく『サイバー・エンジェル-伊舎那-』の効果をかわす事ができたのは大きい。

 これで八代さんの伏せたカードで分かっているものは無くなった。

 

「『転生の予言』の発動タイミングを今使わせることが目的だったのかも」

 

「あぁ、それもありそうだね。やっぱりレベルが高いなぁ」

 

 感心したように龍亞が頷く。

 

 私もまた置いていかれまいと龍亞がデュエルする背中をいつもみてる。

 そのおかげでデュエルを分析する力が養われているようだ。

 

『『光霊神フォスオラージュ』がフィールドを離れた次のバトルフェイズはスキップされる。私のターンはこれで終了よ』

 

『俺のターン、ドロー』

 

 攻撃がなかった事で八代さんのモンスターは無傷のままターンを迎えることができた。

 

『『魔力掌握』を発動し、『サイレント・マジシャンLV4』に魔力カウンターを一つ乗せる。そしてデッキから『転生の予言』で戻した『魔力掌握』を手札に加える』

 

 『転生の予言』のお陰で手札を消費する事なく"サイレント・マジシャン"に魔力を供給し続けられている。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 2→3

ATK2000→2500

 

 

 魔力が増加したことで『サイレント・マジシャンLV4』の姿がまた一歩、大人の背丈に成長する。

 その攻撃力は2500と上級魔術師と肩を並べる力にまで育った。

 

「ねぇ、龍亞」

 

「うん、このターンに八代兄ちゃんは動くよ」

 

 相手のバトルが無くなったことで生まれたこの猶予で、仕掛けないはずがない。

 次に来るであろうバトルの宣言をテレビ越しで待ち侘びていた。

 

 

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 マスターがこのデュエルを楽しみにしていた理由がよくわかる。

 観客席からデュエルの展開を見ているだけで早く私も戦いたいという衝動が高まるばかりだった。

 そして出番を確信してから体調不良を理由に観客席から抜け出してきた。

 マスターに朝言われた通り、私も全力でこのデュエルを楽しませてもらおう。

 

『すぅ……』

 

 幾度となく潜り抜けた戦場の空気が肺を満たす。

 精神集中のための僅かな瞑目の後、ゆっくり目を開けば、相対する氷龍と視線が交わった気がした。

 

 氷の龍と言えば、まず名前が挙がるのは氷結界の三龍である"ブリューナク"、"グングニール"、"トリシューラ"。いずれも強力な冷気を操ることで有名だが、あくまで実体はドラゴンだ。

 

 その三龍をも上回るほどの力を持つ目の前の龍は、世にも珍しい氷の体を持っている。呼気で空気中の水蒸気が氷結するのはもちろんのこと、羽ばたくだけでダイヤモンドダストが発生する。足をつけた床を中心に教会の灯りを反射する分厚い氷が広がっていた。

 このデュエルに現れてから4ターン目を迎えてもなお氷の侵食は止まらず、フィールドの教会の壁面を伝い天井から降りたシャンデリアからは氷柱が伸び始めている。

 

『ふぅ……』

 

 すっかり冷え込んだ教会内では自分が吐く息も白く染まった。肌を刺すような凍てつく空気の中では気を抜いた途端に体が固まってしまいそうだ。

 

「『サイレント・マジシャンLV4』で『青氷の白夜龍』を攻撃!」

 

 マスターのオーダーが出た。

 体内の魔力を四肢へと巡らせると同時に軽く杖を振るえば、溢れ出た魔力の風が周りの氷を弾き飛ばす。

 私の戦闘体制を確認した龍もまた面を上げて咆哮を上げた。

 

「手札から……」

 

 デュエル場全体を揺るがす咆哮によって、相手の発動したカードが何かまでは聞き取れなかった。

 だがマスターは特に大きな反応を見せていない。つまり私自身はこの戦いにのみ集中していれば良いという事だ。

 

 ドラゴンとの戦闘において基本的に注意すべきなのは強力なブレス攻撃と堅固な鱗に覆われた尻尾による薙ぎ払い、頑強な爪による斬撃が挙げられる。

 低級な個体にも共通する攻撃方法であり、ブレスの射線と間合いを上手く取るだけで対策は容易だ。

 

 だが上級の個体との戦闘は当然困難を極める。

 

 『青氷の白夜龍』が一際大きく翼を羽ばたかせると、天井から伸びた氷柱や氷塊が烈風に乗って弾丸のように放たれる。

 

 さらに風に乗った極度に冷えた空気の塊の移動に沿って氷が蛇のように生み出され、それが大群となって襲いかかってきた。

 浮遊術を使いその合間を縫うように飛行する事で攻撃を躱す。

 

 ブレスだけではない固有の遠隔攻撃。上級のドラゴンともなるとその種類が豊富だ。しかも一つ一つのそれが必殺級の威力を誇る。それらを初見で対応しなければならないことが攻略の難度を跳ね上げている。

 

 反撃の糸口を探すべく氷蛇の隙間から数発の魔力弾を撃ったものの、生半可な攻撃では『青氷の白夜龍』に届く前に凍りつき全て砕けて消えた。

 

 これがもう一つの上級のドラゴンの攻略難度を上げている要因である圧倒的な防御力だ。

 今回の場合は攻撃を耐えるという次元ではなく、そもそも攻撃が届いてすらいない。

 

『っ?!』

 

 体の芯まで凍りつくような感覚を受け、咄嗟に空間を跳んだ。

 

 空間転移後に自分の元いた場所を見るとそこには5メートル四方の巨大な氷塊が自分の残像を覆っていた。重力に従い落下したそれは木っ端微塵に砕け散る。

 

 瞬間空間凍結。

 

 これこそ初見殺しの代表とも言えよう厄介な攻撃だ。自分の認識できる範囲を任意のタイミングで凍らせているのか。これの回避は幾度も死線を潜り抜けてきた己の勘に頼るしかない。

 

 私の転移先に向けて氷蛇が牙を剥く。最短で生成可能な威力のあるソフトボールくらいの大きさの魔力球を飛ばすことでこれを迎撃する。

 魔力球の爆発で一時的に氷蛇の動きは止められるが、後から波のように押し寄せてくる群れを押しとどめることは叶わない。

 

 この戦いに勝つには威力の高い一発が必要だ。しかし魔力砲のような足を止めて放つ攻撃を通すのは状況的に難しい。

 

 牽制の魔力球を撃ちながら思考を巡らせる。

 動きながら作れる威力の高い攻撃、思い浮かんだのは"ブラック・マジシャン・ガール"の使う"黒・魔・道・爆・裂・破"か。あの様に魔力球を圧縮し続ければ高威力を実現できるはず。

 

 飛翔魔法で不規則に加減速を繰り返してはいるが、タイミングを見計らって飛んでくる瞬間空間凍結は私の動きを捉えている。その度にギリギリで転移魔法を使って回避できているものの、この綱渡りがいつまで続けられるか。

 

 『青氷の白夜龍』を中心に全方位に吹いていた吹雪は威力を増して、正面にいる私に向けて風向きが変わっていく。

 

 『青氷の白夜龍』が前脚を振り上げ地面に叩きつけた。

 地面を伝播する衝撃が地面から飛び出す不規則な高さの氷のスパイクによって可視化されている。スパイクの方向もランダムで飛んで避けるのはリスクがある。

 地上から距離をとるべく転移魔法を発動した。

 

 直後に全身に寒気が走った。

 この感覚は瞬間空間凍結の前兆だ。

 

 転移先を先読みされた?

 どうやって?

 

 死の直前の走馬灯のように思考が加速する。

  

 空中の雹を通して私の転移先の魔力の揺らぎを感知された?

 このままでは不味い。

 

「ダメージステップで墓地の『スキル・サクセサー』の効果を発動。『サイレント・マジシャンLV4』の攻撃力を800ポイント上昇させる」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

ATK2500→3300

 

 

 マスターの援護で魔力が瞬間的に増幅する。

 それを利用して魔力の溜め無しで連続転移を実行。転移先は『青氷の白夜龍』の背面。

 

 転移の直前にパキンッという乾いた音が耳に残った。

 

 視界が切り替わる。目の前には無防備に晒された『青氷の白夜龍』の背中があった。

 『青氷の白夜龍』が攻勢に転じたことで身を守っていた吹雪が背面から消えている。

 

『はぁぁぁぁっ!!!!』

 

 圧縮し続けた魔力球を背中に放つ。

 体全体を覆っているヴェールを引き裂き『青氷の白夜龍』に接触した瞬間、それは勢いよく膨れ上がり白い光の大爆発を引き起こした。

 

 爆風によって冷え切った空気が反射し、肌を突き刺すような冷気が襲ってくるのをマスターの前に転移で戻ることで回避する。

 

 光が収まると『青氷の白夜龍』の姿は崩れて消えていった。

 しかし戦場に残された氷の爪痕は残り続けている。床は全て氷に覆われ、壁もまた氷の侵食にあったままだ。

 最後の爆発の衝撃で教会の天井は崩れてしまったようだ。

 

「『青氷の白夜龍』が破壊されたことで装備カードの『白のヴェール』もまた破壊される。そして『白のヴェール』がフィールドを離れたことで、本来であれば使用プレイヤーは3000ポイントのダメージを受ける」

 

 まだ相手フィールドに滞留している爆散した氷でできた白い霧へマスターが声をかける。

 

「えぇ。けど貴方の攻撃宣言時に発動した『ハネワタ』の効果で、このターン私が受ける効果ダメージは0になる」

 

 それに応える姿は透明なシャボン色の膜に囲まれる事で無傷であった。

 

 

明日香LP2250→1950

 

 

 『ハネワタ』が無ければこのターンで決着がついていたが、与えられたダメージはこの戦闘によるもののみ。

 攻撃力が低い私で仕掛けてきた時点で、『青氷の白夜龍』を倒す算段があることは流石に読まれていたらしい。

 

「カードを一枚伏せてターンエンド」

 

 『スキル・サクセサー』による一時的なバフの効果が切れ、魔力がこの体の状態の時の出力に戻るのを感じる。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

ATK3300→2500

 

 

 これでフィールドの状況は逆転できた。

 マスターのセットカードも五枚あり万全な備えをしているかに見えるが、その表情は依然として険しい。

 杖を握る手に自然と力が入った。

 

 

 

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 照明の光を反射させて空中で輝く氷の結晶はまだパラパラと落ち続けている。

 ターンが変わっても尚、その影響が残っているのは偏にそれだけ強力な力を持っていた龍であったということだろう。

 

 だから”サイレント・マジシャン”も既に入っている。

 

 そして凍えそうな景色とは裏腹に俺の血流はマグマのように煮えたぎり脳内にはアドレナリンが出続けている。

 

「服装は元に戻ったみたいですね」

 

「っ! えぇ、そうみたい。気付かなかったわ」

 

 『白のヴェール』を装備した『青氷の白夜龍』を破壊したことで、その影響が消え天上院明日香の姿が元の服装に戻っていた。

 最初こそ恥ずかしそうにしていたが、吹っ切れていたのか、またはそれだけデュエルに集中していたのか、服装のことは気にならなくなっていたらしい。

 

「私のターン、ドロー」

 

「相手がドローしたことで『サイレント・マジシャンLV4』の魔力カウンターが一つ増える」

 

 白い光に包まれて"サイレント・マジシャン"のシルエットが一回り大きくなる。

 これで普段のサイズと同じくらいまで体が成長した。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 3→4

ATK2500→3000

 

 

「墓地の『大嵐』、『荘厳なる機械天使』をデッキに戻し『祝福の教会-リチューアル・チャーチ』の効果を発動。墓地から『宣告者の神巫』を蘇らせる」

 

 今日のデュエルで最多となる四度目の登場だ。そのせいか少し表情に翳りがあるようにも見える。

 

 

宣告者の神巫

ATK500  DEF300

 

 

「『宣告者の神巫』の効果でデッキから『光霊神フォスオラージュ』を墓地へ送りレベルを上昇させる」

 

 『宣告者の神巫』の光翼がフィールドの端から端まで届くように、この日最高の広がりをみせる。

 

 

宣告者の神巫

レベル2→10

 

 

 『光霊神フォスオラージュ』は墓地へ送っても効果は発動しないカード。つまりこの目的は『宣告者の神巫』のレベルを上昇させることにある。この状況でレベルを10まで上げる理由となるカードを俺は一つしか知らない。

 

「『機械天使の儀式』を発動。フィールドのレベル10となった『宣告者の神巫』をリリース」

 

 地上に描かれた曼荼羅より祭壇が隆起する。

 『宣告者の神巫』の魂が青白い炎へと変化し、祭壇の頂上に火を灯す。

 巨大な力が現れる前触れのように、火は業火へと変わり火山の噴火の如く激しく火柱を上げる。

 

「無窮なる力を秘めし光の天使よ。今あまねく世界にその姿現し万物を照らせ! 降臨せよ! レベル10、『サイバー・エンジェル-美朱濡-』!」

 

 立ち上った火柱の頂上に溜まった光のエネルギーの中から、光背と二対の光翼を背に持ったプリマがゆっくりと地上に降りてくる。

 衣装は体のラインを余すことなく浮き彫りにするようなレオタード、柄は体の正中線から女性のくびれを描くようなピンクの部分とその外側の青藤色の二色に分かれている。

 特徴的な四本の腕の手首には光背と同じ金の腕輪が飾り付けられ、白のバレエタイツの太腿部分には天使の翼の装飾がなされている。地上につかないギリギリの位置で爪先を下ろしているためか、脚部のラインが扇情的に映る。

 

 

サイバー・エンジェル-美朱濡-

ATK3000  DEF2000

 

 

 予想通り最後は"サイバー・エンジェル"シリーズのモンスターの中で最高峰の力を持つ彼女のおでましだ。

 仕事で使うデッキで相手にしていたらと思うとゾッとする。

 

「『サイバー・エンジェル-美朱濡-』の効果発動。エクストラデッキから特殊召喚された相手フィールドのモンスターを全て破壊し、破壊した数×1000ポイントのダメージを相手に与える」

 

 『サイバー・エンジェル-美朱濡-』から威光が放たれる。

 しかしその浄化の光は対象がいなかったことで直ぐに収束した。もしこれがデュエル屋としてのデッキにぶつけられた場合、一撃で決着になっていた可能性も否めない。

 

 一見今回は無意味に見える効果だが、このデュエルにおいての本命は続きにある。

 

「そして『サイバー・エンジェル-美朱濡-』はこのターン、二回攻撃出来る」

 

 この状況、勝負を決めるのは相手の残り一枚の手札次第だ。

 わかっているのは間違いなくこのターンにバトルを仕掛けてくるということ。

 

 俺には二つの選択肢がある。

 最初のバトルでこのターンのバトルの様子を見る、又はぶっ放すかだ。

 もし残りの手札があの光属性の最強の戦闘補助カードだった場合、様子見の択を選ぶと相手に与えるアドバンテージによっては負ける。このターン負けなかったとしても、相手の出方によって勝敗を委ねることになる。

 ぶっ放す択を選んだ場合、このデュエルがどうなるかはもう予想ができない。

 

 一般的な確率論に従うなら様子見の手の方が勝機はかなり高いだろう。 

 

「……」

 

「……」

 

 対峙するデュエリストと視線が交差する。

 その間は数秒にも満たない程だったが、それを見て俺の腹は決まった。

 

「”サイレント・マジシャン”」

 

 俺の前に立つ”サイレント・マジシャン”にだけ聞こえる声で呼びかけると、視線だけがこちらに向いた。

 

「全てを出し切る。ついてこい」

 

『はいっ!』

 

 俺の呼びかけに、朝と同じとびっきりの笑顔で力強い返事があった。 

 

「バトルよ! 一緒に踊ってくれるかしら?」

 

「あぁ! どちらかが立てなくなるまでだ」

 

 

 

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——————

————

 

「『サイバー・エンジェル-美朱濡-』で『サイレント・マジシャンLV4』に攻撃!」

 

 相手の攻撃宣言により戦いの火蓋が切って落とされた。 

 『サイバー・エンジェル-美朱濡-』の背から伸びる光翼が一際大きく広がると、光が収束し始める。相手の狙いは収束砲による出力差での押し切り。

 対抗すべく杖に魔力を集中させていく。

 

「速攻魔法『サイレント・バーニング』! お互いの手札が六枚になるまでカードをドローする!」

 

「っ!?」

 

 突如、体の内側から強烈な力が溢れ出す。杖に込められていた魔力が急速に強まり、両手で杖を抑えなければ制御を失いそうになる。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 4→5

ATK3000→3500

 

 

「相手プレイヤーがドローしたことで『便乗』の効果でカードを二枚ドロー……」

 

 『サイバー・エンジェル-美朱濡-』の一対の羽に蓄えられていた二筋の魔力砲が発射され、相手の声の最後は掻き消された。

 

 抑えていた魔力を全方位に拡散させて迎え撃つ。

 視界は自分の魔力で白く染まっていた。

 自分の魔力と相手の砲撃の衝突が振動で伝わってくる。

 

 拮抗の時間は一瞬。

 

 体の内から湧き出す魔力の勢いのままに砲撃を掻き消したのが肌で分かった。

 

 視界が戻ると『サイバー・エンジェル-美朱濡-』は体から白い煙を立てながら膝をついていた。

 『応神の機械天使』の効力で破壊こそ免れたものの、攻撃態勢から防御に切り替える間もなく私の魔力に飲まれたようだ。

 

 

明日香LP1950→1450

 

 

 体の状態を確かめるとレベル8の体つきはもちろん魔力量も遜色はない。これで私のポテンシャルが最大限に引き出された姿まで成長することができた。

 

 ただ、だからといって油断はできない。

 むしろ勝負はこれからだ。

 互いに手札のリソースが完全に回復したのだから。いや、むしろ……

 

「……いいのかしら? これは敵に塩を送っているようなものよ」

 

 『サイレント・バーニング』による五枚のドローに加え、『便乗』の追加ドローで手札が七枚増強された。これは相手にとって破格のアドバンテージとなる。

 だがそれを分かりきった上での立ち回りなのだろう。

 

「言ったはずだ。どちらかが立てなくなるまでと。出し惜しみはしない。全部だ。互いに全部の力を出して、その上で俺が勝つ!」

 

 マスターの前髪の奥に覗く瞳にはギラギラと闘志が宿っており、目の前に立つだけで圧倒されるような研ぎ澄まされた気が溢れ出ている。

 普段の生活では感情をあまり表に出さないマスターだが、ここ最近の白熱するデュエルの中だと闘争心が剥き出しになる。そんな姿がまた私の力を引き出させてくれるのだ。

 

「ふ、ふふふっ」

 

 堪えるように笑い声を漏らす相手の気持ちもまた伝わってくる。

 陶器のような白い肌の頬にほんのりと赤みがさしているのは、このデュエルの高揚感によるものだろう。

 やがて堪えきれず顔をあげて笑う表情には溢れんばかりの興奮が見てとれた。

 

「あははははっ! 良いわ! あなた最高ね! ここまでお膳立てしてもらったんだから、こちらも全てをあなたにぶつけるわ! 速攻魔法『リバース・オブ・ザ・ワールド』を発動!」

 

 フィールドの景色が黒に包まれる。

 黒の中に立つのはプレイヤーと私、そして相手のモンスターたちのみ。互いが認識できるのは黒の中を照らす遠くに輝く星々のおかげだ。

 

「手札の儀式モンスター『サイバー・エンジェル-韋駄天-』と『破滅の天使ルイン』をリリース」

 

 景色の変化に気を取られている間に、フィールドの中心には巨大な砂時計のような物体が浮かんでいた。上下に何も収まっていないガラスの中に光が吸い込まれる。

 

「破滅と再生の輪廻に囚われし美の女神よ。悪蔓し世界に顕現し、今一度時の砂時計を覆せ。降臨せよ! レベル10、『破滅の美神ルイン』!」

 

 すると砂時計の上部には所々氷に覆われた教会の風景が映った。しかし依然として下部には何も存在していない。

 

『嘆かわしい』

 

 宇宙のような世界の中で厳かな声だけが響く。

 砂時計が軋む音を立てながらゆっくりと回転を始める。

 

『何度繰り返せば良いのか。世界の破滅と再生を』

 

 反転した砂時計の中で下へ降りた風景は青白い炎に包まれ、上へ昇った空間へ火が立ち上る。二つをつなぐ括れた部分を通った青の火は温かみのある橙の光へ変換され魔法陣が形成され始める。

 

『願わくば此度の顕現が、最後にならんことを』

 

 その言葉を最後に砂時計の中に吸い込まれるように世界の景色が変わっていく。

 眩い景色の変化に目を閉じていたが、気がつけば元のフィールドに戻っていた。

 先ほどまでのフィールドとの違いは長身の美女がいることだ。

 腰まで伸びた氷の煌めきよりも透き通った銀髪。黒を基調としたヴェールの中央にはエメラルドの宝玉が埋め込まれており、それを中心に赤の線模様が刺繍されている。『破滅の女神ルイン』と比べ、露出部分は肩から脇にかけての部分のみとなり、他は金色のサテン生地で隠されている。

 

 

破滅の美神ルイン

ATK2900  DED3000

 

 

『なんて出てきてみたけど、退屈なの。向こうの世界は。いつも私が呼ばれる時は世界の終焉の直前だけ。今宵は楽しめるかしら?』

 

 そう少し砕けた様子で語る"ルイン"の出てきた時の厳かな雰囲気が和らいだ。

 

「そしてリリースされた『サイバー・エンジェル-韋駄天-』と、墓地に送られた『破滅の天使ルイン』の効果を『破滅の美神ルイン』を対象に発動!」

 

 墓地から一時的に姿を見せた『サイバー・エンジェル-韋駄天-』と『破滅の天使ルイン』の体は透けていた。

 

 『破滅の天使ルイン』は『破滅の美神ルイン』の背後から抱擁をしようと浮かびながら近づいていく。

 

 しかしその移動は突如フィールドの中央から吹き上がった灰色の流体によって止まった。

 流体は天で折り返すと『破滅の天使ルイン』目掛けて降り注ぐ。

 

『っ?!』

 

 流体を構成していたのは無数の髑髏。

 

 押し寄せる髑髏の奔流は『破滅の天使ルイン』が言葉を発する間も与えずに襲い掛かる。

 ケタケタと破顔する髑髏は『破滅の天使ルイン』の服や腕、脚などに噛みついて体勢を崩しに掛かる。

 抵抗しようにも津波のように押し寄せる髑髏の数に圧倒され、髑髏の流れに飲み込まれていく。

 

「これは?!」

 

 驚愕する相手の視線の先には髑髏の出どころの横に腰掛ける美丈夫がいた。

 衣装の肩や胸元、椅子の肘掛けの先にも髑髏の装飾がされているこの男こそが、この髑髏を操っているのは明白だった。

 片手で放りながら弄ぶ髑髏の瞳が紫色の光を放つと、連動するように髑髏の波が紫色に輝き出す。

 それを合図に髑髏の操り手は椅子と共に墓地へと沈み始めると、髑髏の波もまた墓地へと沈み始めた。

 既に体全体が飲み込まれてしまった『破滅の天使ルイン』は断末魔をあげる暇も与えられず髑髏諸共墓地へと消えていった。

 

 凄惨な光景に言葉を失ったフィールドの面々に解説するようにマスターの発動したカードが開示される。

 

「手札の『スカル・マイスター』を墓地へ送って効果を発動させてもらった。これにより相手が墓地で発動した効果は無効化される」

 

「くっ! やってくれたわね。けど『サイバー・エンジェル-韋駄天-』により、自分フィールドの儀式モンスターの攻撃力と守備力は1000ポイントアップする」

 

 白いオーラが"サイバー・エンジェル"と"ルイン"に注がれる。それを体に吸収した事で発せられる圧が強くなった。

 どの相手もレベル8になった私と同等以上のポテンシャルを秘めている。それが三人も並んでいる光景を目の当たりにして背筋に冷たいものが走った。

 

 

サイバー・エンジェル-伊舎那-

ATK2500→3500  DEF2600→3600

 

 

サイバー・エンジェル-美朱濡-

ATK3000→4000  DEF2000→3000

 

 

破滅の美神ルイン

ATK2900→3900  DED3000→4000

 

 

「ならばこちらも手札を一枚捨てて、永続罠『ダブル・フッキング』を発動! 墓地からモンスターを二体特殊召喚する。『精霊術師ドリアード』と『憑依装着-ダルク』を守備表示で特殊召喚!」

 

 墓地へと続く黒い穴が二つ開き、中から”ドリアード”と”ダルク”が飛び出した。

 バトルフェイズ中にも関わらず戦場に立つ者が増え続ける稀有な展開になった。

 マスターが呼び戻した頼もしい仲間の姿を見て不安になりかけた気持ちが鼓舞される。

 

 

精霊術師ドリアード

ATK1200  DEF1400

 

 

憑依装着-ダルク

ATK1850  DEF1500

 

 

「『サイバー・エンジェル-美朱濡-』で『サイレント・マジシャンLV4』を攻撃!」

 

「攻撃宣言時に墓地の『憑依連携』を除外し効果発動! 墓地の『憑依覚醒』をフィールドに呼び戻す」

 

 『サイレント・バーニング』を使用して空いていたスペースに『憑依覚醒』のカードが再び置かれる。

 

 先ほどの『破滅の天使ルイン』に合わせた『スカル・マイスター』は、この罠を発動させるための布石。

 あの局面で『破滅の天使ルイン』の墓地に送られた場合の効果の発動を許していれば、儀式モンスターの攻撃宣言時にカードの発動が封じられてしまっていた。

 

「そして『憑依覚醒』の効力により俺のフィールドの全てのモンスターは『精霊術師ドリアード』と『憑依装着-ダルク』の持つ六属性分の1800、攻撃力が上昇する」

 

 『憑依覚醒』のカードから六色に輝く光が私たちに降り注ぎ力を増幅させていく。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

ATK3500→5300

 

 

精霊術師ドリアード

ATK1200→3000

 

 

憑依装着-ダルク

ATK1850→3650

 

 

クリブー

ATK300→2100

 

 

太陽の魔術師エダ

ATK1500→3300

 

 

 攻撃力5000を超えることで得られる全能感が体を満たす。

 マスターと一緒のデュエルはいつも私に限界を超えた力を発揮させてくれる。

 

 向かい合う相手は砲撃戦は懲り懲りとばかりに接近戦を仕掛けてきた。

 

 相手に合わせて地を蹴れば床が砕け、体が風になったかのような速度で距離が詰まる。

 魔力の収束速度も段違いで、接敵の間に先ほどと同威力の魔力が杖に溜まった。

 

 四本の手にそれぞれ握られた光刀の間合いに入った瞬間、右からの袈裟と胴薙ぎが同時に振るわれる。

 

 思考が加速し相手の動きが緩やかに変わる。

 

 このタイミングで砲撃を放っても、根本を断ち切られるだろう。

 仮に障壁で防いでも左がまだ残っている。

 

 故に取れる手は一択。

 

 転移で後ろをとる。

 

 判断の直後、視界が切り替わる。

 背後からの砲撃を狙おうとした時、"美朱濡"の口元に笑みを携えているのがはっきりと見えた。

 

 右側の腕を振り切った勢いのままに体を返しての残心。

 私の転移を読み切って続く左の唐竹と切り上げが目前に迫っていた。

 

 風を断つ音が耳に残る。

 

 目に入ったのは今度こそ無防備となった背中だった。

 瞬間的な連続転移までは読み切れなかったようだ。

 

 最早、振り返る間も与えない。

 腰元に当てた杖から光を放った。

 

 

 

 が、その光が実体を捉える事はなかった。

 

 

 

「速攻魔法『荘厳なる機械天使』」

 

 光は"美朱濡"の体を通過して空の彼方へと消えていく。

 "美朱濡"の体の輪郭が透明に変わっていった。

 

「『サイバー・エンジェル-美朱濡-』をリリースして、そのレベル×200分だけ『破滅の美神ルイン』の攻撃力に加算する」

 

 穏やかな笑みを浮かべた"美朱濡"が光の粒子となると、その光は"ルイン"へと降り注いだ。

 

 

破滅の美神ルイン

ATK3900→5900

 

 

 この一連の流れをもって明日香さんへの公開情報は全て使い切られた。

 マスターの残りの手は三枚のセットカードと、墓地、或いは手札からの仕掛けがあるかもしれない。

 

『向こうの世界で少し耳にしたわ。此方で稀に興が乗る戦いが出来る。今時珍しい門契約をした者の側では特にと』

 

 この戦いの大トリを担うであろう"ルイン"がその流れを汲んで話し始める。

 

『ただ、そうであれば少し残念。このデュエルの勝利を目指す上での最善は他にあるのだから』

 

 そう言って視線を私の後ろに立つ"ドリアード"達に向ける。

 

 それは自身の持つ戦闘で相手を倒した時に倒した相手の攻撃力分のダメージを与える能力を根拠に言っているのだろう。

 

 攻撃力5000を超える相手に目をつけられたことで"ドリアード"達の表情が強張った。

 

「墓地の『仁王立ち』の効果を発動」

『無粋な真似はさせませんよ』

 

 マスターの声が自然と私の行動とリンクした。

 視線を遮るように"ドリアード"達の周りにドーム状の障壁を展開する。

 

「攻撃対象は『サイレント・マジシャンLV4』だけだ」

『貴方の相手は私です』

 

「選択肢を絶ってくれてありがとう」

『ふふっ、そうこなくっちゃ』

 

 勝利への道を一つ塞がれたというのに相手に浮かぶのは喜色の笑みだった。

 

 勝負の流れを察して『サイバー・エンジェル-伊舎那-』は一歩その場を引いた。

 この場を見る誰もが感じているはずだ。次の対戦カード結果こそがこのデュエルの趨勢が決まるということを。

 

「『破滅の美神ルイン』で『サイレント・マジシャンLV4』を攻撃!」

 

 背丈ほどの長さの長杖を手応えを確かめるように軽々と振り回すと、こちらへと視線を向ける。先ほどまでの雰囲気とは打って変わり、これから戦う私を見つめる目は冷徹なものだった。

 そして無造作にこちらに歩み始める。姿勢を崩すことなく歩く様子はモデル体型なこともあってそれだけで惹きつけるものがあった。

 いつ仕掛けてくるのか警戒心が高まり自然と杖を握る手に力が入った。

 

 そして、一歩。また一歩。互いの距離が縮まっていく。互いの杖を突き出せば胸を突ける程の距離になったところでルインは足を止めた。

 身長は相手の方が高いため自然と見上げる形で向き合うことになる。

 交わす言葉もなく無言の間が生まれた。

 

 相手の筋肉の僅かな動きやまつ毛の一本の動きにまで見逃さないほどの集中力で互いを観察し隙を伺う。

 時間にして数秒、呼吸の間すら忘れるほどの静寂と緊張があった。

 

 その静寂を破ったのは"ルイン"。

 

 無造作に振られた長杖は的確に頭部目掛けて振り抜かれる。

 咄嗟にスウェーで頭を下げるが、側頭部に当たる軌道だ。しかし直前に軌道が上に逸れたことで、前髪が数本切られるだけで済んだ。

 

 直撃の前に圧縮した魔力球をぶつける事でスイングの軌道をズラすことに成功した。

 さらに魔力球の後ろに続けて魔力球を放った事で死角から頭を狙う。

 

 金属が弾かれた鋭い音と長杖の一閃が煌めいたのは同時だった。

 

 バトンを扱うかのように振り抜いた杖を手首で返して回転させながら、私の反撃を防いでみせた。

 

 バク宙への移行中の私を追撃する三手目の突きに合わせて杖から魔力球を放ちそれを阻止。衝突と同時に魔力球を炸裂させる事で爆風に乗って距離を稼ぐ。

 

 地面目掛けて一発の魔力球を打ち込み姿勢を安定させ、煙の中に続けざまに四、五、六球目の魔力球を打ち込むもそれら全てが煙の中から四方に弾かれる。

 煙が一瞬で晴れると長尺をプロペラのように高速回転させ、それを盾としていた事が明らかになった。

 

 空中に浮かぶ私へと視線が向けられたのを見計らって地中を通していた魔力球を足元で炸裂させる。

 

 直撃すればよし、躱せたとしても逃げる方向に砲撃を放てば良い。

 想定通り爆発の光の中から飛び上がってきた"ルイン"目掛けて砲撃を放とうとした時、

 

『反転』

 

 その言葉の直後、景色がひっくり返った。

 

 マスター達が立っている場所が星々が輝く夜天へと代わり、空を見上げれば崩れかけの教会が浮かんでいる。

 地面が遠ざかり夜空に向かって落下していく奇妙な光景に体の感覚が追いつかない。

 砲撃の代わりに放った魔力球はルインを狙ったはずがあらぬ方向へと飛んでいった。

 

 幻術を疑ったが、戸惑う私の隙を突いた"ルイン"の長杖の衝撃は確かに現実のものだった。

 視覚情報に頼っても相手を捕捉することはできない。ならば、

 

『目を閉じても無駄よ! 貴方の感覚全てが反転してる。私を捉えることはできな』

 

 続く言葉を遮って魔力球が"ルイン"を捉えた。

 

『何が……?』

 

 両目を開ければ狙い通り"ルイン"に接触した魔力球が変形して右足を拘束し空中に繋ぎ止めていた。

 

『足元で爆発させた魔力に触れましたね? あの瞬間にあなたに印を刻みました』

 

 実体がそこにあるかは分からないが、目に映る"ルイン"の右足には光の刻印が輝いていた。

 杖に蓄えていた魔力は既に臨界に達し光を迸らせている。

 

『そして私の魔力は刻印目掛けて放たれます!』

 

『こんなもの!』

 

 私の杖から魔力砲が放たれるのとルインが刻印をかき消そうと長杖を振り下ろそうとしたのは同時だった。

 

『くりぃぃぃ!!!!』

 

『なっ?! 邪魔を!』

 

 突如ルインの背後に現れた『クリブー』が長杖にしがみつき刻印を破壊を阻止した。

 

「手札の罠を捨てることで『クリブー』の効果を発動! 『破滅の美神ルイン』の攻撃力を1500ポイントダウンさせる」

 

 絶妙なタイミングでのマスターのアシストにより"ルイン"に付け入る決定的な隙が生じた。

 

 

破滅の美神ルイン

ATK5900→4400

 

 

 天に掲げて打ち上げた魔力砲は軌道を変え何もない空間へと向かっていく。

 一瞬だけ魔力砲が何かにぶつかるような感覚を伝えると、ガラスが砕けるような音と共に反転した世界は崩壊して"ルイン"の実体がそこに現れた。

 

『これで決めますっ!』

 

 収束させた魔力砲が完全に"ルイン"の実体を捉えた。

 杖から伝わる確かな命中の手応え。後は力を出し切るだけ。

 

『……?』

 

 数秒の経過で抵抗する力の弱まりがわかるはずだった。

 しかし魔力砲にぶつかる手応えはいつまでも変化しない。まるで何か壊せない壁にぶつかり続けているような感覚だった。

 

 違和感を確認すべく攻撃を中止する。

 徐々に薄まる光の中からは透明な球体に覆われて無傷のままのルインが現れた。

 私の魔力は球面に沿って全て受け流され、"ルイン"の背後に蓄積されていたらしい。その光がルインを後ろから照らす様は御光の中から姿を見せた神話に登場する神のようだ。

 

『ふふふっ……はははっ! 凄い! 力が溢れてくる!』

 

 光の中から本来"ルイン"の背には生えているはずのない白い天使の翼を見て、その正体に合点がいった。

 

 

 

『オネスト』

 

 

 

 光属性モンスターの戦闘時に相手の攻撃力そのものを戦闘するモンスターに加算する効果を持つ。

 このバトル中のドローで相手の手札に加わっていたようだ。

 

 『オネスト』によって吸収された私の魔力が"ルイン"の体に全て入ると、光が収まったことで辺りが暗くなっていった。

 力の高ぶりで興奮していた"ルイン"だったが、光の収まりと共にそんな様子もなりを潜めた。

 糸が切れた操り人形のように四肢をだらりと垂らしたまま一言も口を開かない。戦場に訪れた静寂がここまで不気味に思えたことはないだろう。

 

 やがて空から一筋の光が"ルイン"を降り注ぐ。その光を浴びてからルインはようやく口を開いた。

 

 

『ねぇ』

 

 

『綺麗な月だと思わない?』

 

 

『なっ……?!』

 

 空に浮かぶ女神を背後から照らす御光。その正体は夜空に浮かぶ月の光だった。

 度重なる戦闘で破られた教会の天井からは小さな星々が点在するだけの夜空が見えていたはず。

 しかし気がつけば夜天の中央に満月が煌々と輝いている。

 私の魔力を吸収した女神は天体の位置さえも変えてみせた。

 

 圧倒的なスケールの差に総毛立つ。

 

 

『くはっ!!』

 

 腹の底から空気が押し出され、体が跳ね上げられた。遅れて、爪先が鳩尾に突き刺さっていたと認識が追いついた。

 

『っ!!』

 

 背中に強い衝撃を受けて呼吸が止まった。体勢を立て直す間もなく追撃を受けたらしい。

 なんとか地面にぶつかる前に急制動をかけると、目の前に"ルイン"の人差し指が向けられていた。

 

『ばんっ』

 

 "ルイン"が発した言葉をトリガーに視界が白で染め上げられた。

 

 

破滅の美神ルイン

ATK4400→9700

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はやられたのだろうか。

 網膜が極光によって焼かれて視界が戻らない。障壁を張ることもできなかったせいで、耳も機能していない。

 溜める動作もない攻撃にも関わらず、私が『オネスト』に吸収された魔力砲以上の威力だった。あの攻撃は私を破壊して尚も有り余る破壊力を有していた。

 マスターを守る肉壁にもなることができなかった。 

 

 全身が痛い。

 

 いや、痛みを感じるということは、私はまだあの戦場に残っているということだ。

 

 その事実に気が付き、四肢へ力が戻っていく。

 どういう訳かまだ戦いは終わっていない。ならば私がすべきはここで倒れ伏すことではない。

 たとえ無様であっても立ち上がって、最後までマスターと共に戦う。それが私の誇りだ。

 

 強く目を閉じてからゆっくりと目を開ければ、まだピントは合わないものの周りの様子がわかってきた。

 

 倒れ伏した私の前には拳大の茶色の体毛に覆われた丸い生き物が浮かんでいた。後頭部だけ機械の基盤がはみ出ているそれは、私の様子に気がつくとこちらに振り向き微笑みかけてきた。

 

『くりくりぃ〜』

 

 つぶらな茶色の瞳に一頭身の体から生えた手足が生えたその生物はクリボーの一族。その中で手足が機械でできているのは……

 

「墓地の『サクリボー』を除外して『サイレント・マジシャンLV4』を破壊から守る」

 

 マスターの声が舞い上がった土煙の中から響く。

『サクリボー』は役目を終えたかのように私に手を振ると透明になって消えていった。

 

「そして俺へのダメージは『ガード・ブロック』によって0にする。その後、俺は一枚ドローする」

 

 煙の中からは私と同じようにドーム状の透明の膜に守られたマスターの姿が現れた。

 

「くっ……『便乗』の効果で二枚ドローするわ」

 

 相手も今の攻撃で勝負を決め切れなかったことへの悔しさが表情に滲んでいる。

 マスターを振り返るとこちらを見るマスターと視線が交差した。そして頷く様子を見て私の中から不安は消し飛んでいった。

 

 立ち上がって自分の姿を確認してみれば酷くやられていた。咄嗟に両手で顔を庇ったため、ローブの袖は消失し両腕の肌は焼け爛れている。吹き飛ばされたせいで他にも所々ローブが破けて擦り切れた箇所から血が滲んでいる。

 

 

 

『それにしても其方のマスター、プレイミスかしら?』

 

『は?』

 

 満身創痍のこの状態からどう巻き返すか思案する最中に冷たい声が刺さった。

 

『だってそうでしょう? わざわざ『仁王立ち』で貴方を指定したのだから、てっきり想像以上の何か仕掛けてくるのかと思ったけど、何も打つ手はなくダメージを凌いだだけ。それならそこの毛玉(・・・)を盾にすれば、私は誰にも攻撃ができなくなったというのに。貴方なんかを残したせいで、次の攻撃で貴方ごとライフを貫いておしまいよ』

 

『……』

 

『図星を突かれて黙っちゃったのかしら。でもまぁ良いわ。貴方との勝負はなかなか楽しめたし。すぐに楽にしてあげる』

 

『ガタガタ五月蝿い』

 

『っ?!』

 

 自分でも驚くほど冷たい声が出た。

 言葉の冷たさとは裏腹に止めどなく流れ続ける血すらも沸騰しているかの様な熱を帯びる。

 視線の先の"ルイン"は言い返されるとは思っておらず気圧されたのか口を噤んだ。

 

『直ぐに地べたに這わせてあげますから、その口を閉じてください。口を開けたままだと土の味を知ることになりますよ?』

 

『……ふふっ』

 

 少し間をおいて"ルイン"の表情に笑みが戻る。

 

『なんだ。"沈黙"(サイレント)なんて名前だから喋れないのかと思ったわ。次は可愛い悲鳴でも聞かせてもらおうかしら』

 

「一度はうまく凌いだようだけど、次はどう? 『破滅の美神ルイン』で『サイレント・マジシャンLV4』をもう一度攻撃」

 

『良いわ。先手を譲ってあげる』

 

『くっ、後悔させます』

 

 教会の真ん中で無防備に立っている"ルイン"に最大の攻撃を与えるべく、"ルイン"を中心にドーム状に連続転移する。

 各転移箇所に魔法陣を設置し、それぞれの魔法陣に魔力を充填させていくが、依然として"ルイン"は動きを見せる様子はない。

 そうして"ルイン"の真上まで転移すれば、"ルイン"を立体的に全方位から囲う砲撃の準備が整った。

 

 あとは自ら出せる最大の一撃を真上から叩き込むのみ。

 全ての魔法陣の魔力が臨界に達し、"ルイン"の姿が影すらも消える白光へと消えていく。

 

『いきますっ!』

 

 杖を振り下ろすと同時に杖から放たれる白の魔力砲撃と、すべての魔法陣からの砲撃が一斉に放たれる。

 

 

 

 

 

 

 

はずだった。

 

 

 

 

 

 

『いやね。眩しいわ』

 

『っ?!』

 

 耳元で聞こえるはずの声が聞こえた。

 同時に全ての魔法陣が甲高い音を立てて砕け散る。

 突如背中から抱き寄せられたことで、集中が途切れ杖に蓄えた魔力も全て霧散してしまった。

 

『確かにあなたの転移は速いけど、この戦場の短い距離の転移程度なら今の私の力を持ってすればそれよりも速く動ける』

 

『くっ……』

 

 立体的に展開した全ての魔法陣を飛翔力のみで叩き砕いて私の背後を取ったかのような口ぶりだ。

 しかしこれはおかしい。照準を合わせていた場所には今も尚"ルイン"が無防備に立っている。

 

『ふふふっ、月光の幻でも見てたのかしら? 私はここにいるわ』

 

 言葉の音一つ一つに乗せられた吐息が耳にかかる。背中越しに当てられた胸から"ルイン"の体温と心音が届くほど近い距離で囁かれると、脳が痺れるような感覚に陥る。

 

 教会の中心に立っていた"ルイン"の姿は霞のように消えていった。

 

『体が強張っているわね。こういうのは初めて? ふぅー』

 

『あっ』

 

 優しく吹きかけられた息が耳を通り過ぎて脳を揺さぶる。自分の口から出た嬌声に恥ずかしくなり体温がぐんと上がった。

 そんな私を見てクスクス笑いながら"ルイン"は言葉を続ける。

 

『初心な反応ね。本当に食べちゃいたいくらい』

 

 耳の裏側に湿った柔らかい感触がした。

 吐息の熱が冷めない距離で、ゆっくりとそれは耳に触れて離れるを繰り返す。

 だんだんと頭が回らなくなり、もうこのままもう身を委ねたくなる。

 

 茹だる頭の中でこれが魅了系の能力であることに気づいた。LV8クラスの力があればあらゆる耐性が身につくのだが、今は相手との能力の差が大きすぎる。

 

『心のままに身を委ねるが良いわ。心配しないで。直ぐに楽になるわ』

 

 お腹に回されていた手が少し離れ、指先が服越しに肌を優しく撫で始めると、全身から力が抜けていった。

 

 熱った体の熱を逃す犬のように息が荒くなってきた。

 

『はむっ』

 

『んっ!?』

 

 たっぷりと息を蓄えたそれに耳端を挟まれた瞬間、体に電流が奔ったように快感が巡った。

 挟む力の強弱の繰り返しに合わせて、快楽の波が押し寄せ理性をジリジリと削っていく。

 

『こふいふのはどふ?』

 

『ひゃんっ』

 

 お腹を撫でていた指先が向きを変え、胸下からゆっくりと胸を撫で上げた。

 全身からじんわりと滲み出る汗が止まらない。

 

『あははっ、本当に良い反応。ねぇ、あなたの愛しのマスターに今のあなたの表情を見せてあげましょう?』

 

 マスター。

 その言葉と共にマスターのデュエル中の表情が浮かんだ。

 最近はデュエル中に楽しそうに、けれど少し怖い笑顔をみせることが増えてきた。

 

 そのマスターは今どこにいる?

 

 下に視線を向けるとマスターが眼下からこちらを見上げている。

 そのことに気付くと全身に力が戻った。

 

『離……れろっ!』

 

 力を振り絞って杖を振り、背後からの拘束から逃れる。

 

『あら? もう解けちゃったの? 残念。せっかく快楽で脳をドロドロに溶かして、情けない表情を晒してあげようと思ったのに』

 

 月を背景に艶やかに微笑む姿は人が夢想した絵画の女神のように映えている。男女問わず魅了する美貌を持つが、人が堕ちる様を好むその性質はまさに破滅の美神を冠するに相応しい。

 

『はぁ……はぁ……』

 

『息が上がってるわ。戻ってきてもいいのよ?』

 

 唇に指を当て舌舐めずりする様子をまざまざと見せてきた。

 返事に魔力弾を顔面目掛けて放つ。

 が、当然のように銀杖に弾かれ攻撃は霧散した。

 

『まぁ、そっちがお望みならいいわ。再開しましょうか、ねっ!!』

 

『っ?!』

 

 転移の起動前に、眼前に"ルイン"の太ももが迫っていた。

 

『むぐっ?!』

 

 顔面を太ももに挟まれた状態で天地がひっくり返る。

 

『それっ!』

 

 掛け声と共に地面めがけて投げ飛ばされたと知覚した時には、既に教会の床が目の前にあった。

 激突の衝撃で床が砕け、砂煙が舞う。

 ギリギリで張った障壁で直接床とぶつかることはなかったが、逃しきれなかった衝撃で全身にダメージを受けた。

 

『サイレント・マジシャン!!』

 

 悲鳴に近い声をあげて駆け寄ってくる"ドリアード"と、後に続こうとする"ダルク"を片手で制す。

 この攻防に巻き込まれれば怪我では済まないはずだ。

 杖を支えに立ち上がってみたものの、先の戦闘のダメージも相まって真っ直ぐ立つことが難しい。

 相手からすれば絶好の好機なはずだが、なぜか追撃は来なかった。

 上から見下ろす"ルイン"はふと何か思いついたような表情を浮かべると嗜虐的な笑みを深くする。

 

『あなた向こうでは魔砲使い(まほうつかい)なんて呼ばれてたわよね? いいわ。最後はあなたの得意分野で終わらせてあげる』

 

 そう宣言するとこちらに向けられた杖の先端に光が溜まっていく。

 既に先程の無造作に放たれた光線の規模ではない。相殺狙いで魔力を収束させ始めた時には月の光をも飲み込むほど巨大な光球へと変貌を遂げていた。

 

『終わりよ』

 

 宣告と同時に完成された光球が放たれた。

 落ちてくる光球の勢いに押された暴風が髪をかき乱す。

 障壁で防げる威力ではない。相殺するための魔力の収束も充分ではない。たとえ全ての力を出し切ったとしても止め切れはしない。『仁王立ち』の効力で転移魔法で逃げることも叶わない。

 

 けど、それでも。諦めるという選択肢だけは絶対にあり得ない。

 

 光球を見据え杖を構える。限界ギリギリまで引きつけて込められる魔力を収束させ放つ。それが今私にできる最善だ。

 

 そう、覚悟を決めた時に、

 

 

 

風が止んだ。

 

 

 

「俺も引いたぞ」

 

 

 

 風が吹き荒ぶ音も止み、最も頼りにしているマスターの声が確かに聞こえた。

 光球が迫ってきているのは変わらない。風の音だけが消えていた。

 

 目を凝らせば薄い透明の膜が暴風を受け波紋を広げていた。

 この膜の中にいるだけで不思議と安心感があり、収束させていた魔力を霧散させていた。

 

 光球が膜と接触すると、光球のエネルギーを紐解くように帯状になった光が膜の表面を流れて私の後ろに集まっていく。

 予想通り攻撃が膜を突き抜ける気配はない。

 

『……?』

 

 "ルイン"からの光球を押し出す圧がなくなった。拮抗しうるはずがない状況に違和感を覚えたのだろう。

 勢いがなくなったことで光球のエネルギーが分散される速度が上がった。

 そして目の前を白く染め上げていた眩い光の先で"ルイン"が驚愕の表情を浮かべているのが目に入った。

 

 きっと先の戦闘で私も同じ表情をしていたのだろう。

 そう、マスターも土壇場の『ガード・ブロック』で引いて見せたのだ。意趣返しとなる『オネスト』を。

 

 この好機は逃さない。反撃の一撃を与えるべく今度こそ魔力を杖に集め始める。

 

 

 

「言ったでしょう。ここ数日貴方とのデュエルだけを考えていたの」

 

 

 

 背筋に氷を刺された、そう錯覚した。

 雑音の消えた空間で集中していたからこそ、その声はハッキリと耳に届いた。

 

「デッキの細かな調整は変わるけど、あなたは"サイレント・マジシャン"だけは外すことはなかった。だからそのサポートカードで何を採用する可能性があるか考えてた」

 

 天上院明日香の独白は続く。

 それはまるでこの状況を読んでいたかのように。

 

「だからあなたもまた『オネスト』を採用する可能性があることは考慮していたわ。そして、もし『オネスト』を採用しているとしたら、何処で貴方がそのカードを切るのかもね」

 

 息が苦しい。

 

 まるで言葉の鎖で心と体が縛られるような感覚だ。

 反撃の狼煙を上げるべく熱くなった体から一気に血の気が引いていく。

 

 絶望に抗うための奇跡の一手、それすらも読み切られていたというのか。

 

 そんな筈はない!

 

 そう、叫びたかった。

 

「だからこそ対策は用意したの。でも、その対策がある事はなるべく隠していたわ。対策がある事が判れば、あなたは必ずその対策のカードを使わせるように立ち回ってくるでしょう?」

 

 無情にも告げられた対策の二文字は、鎖に繋がれた罪人が判決を受けた時のように心に重くのしかかる。

 

 そして審判の時はきた。

 

 力の譲渡が行われようとした時、

 

『オネスト』の体が天から降り注ぐ朱光の柱の中に消えた。

 

 衝撃で魔力を蓄えていた杖が手元から吹き飛ぶ。

 

「『朱光の宣告者』、か……」

 

「ええ、『朱光の宣告者』と手札の天使族モンスター『サイバー・プチ・エンジェル』一体を手札から捨てることで、『オネスト』を無効にしたわ」

 

 驚愕の表情から一転、"ルイン"は口角が三日月を描く。

 

『今度こそおしまいね! 消えなさいっ!!』

 

 再び放たれた巨大な光球に一瞬、ギロチンを幻視した。

 

 杖に手を伸ばしても届かない。

 

 もう迫り来る二度目の光球に抗う術がない。

 

 刹那の間に己の死を悟る。

 

 

 

 けど、それでも!

 

 

 

 

 

『させるかっ!!』

 

 

 

 

 

 飛び込んできたのは私の後ろに居たはずのダルクだった。

 まるで準備をしていたかのように素早い手際で五重の魔法障壁を展開してみせる。

 

 次の瞬間、光球と障壁の衝突の余波が地上を大きく揺らした。

 

 

 一体なぜ?

 

 "ダルク"がどうしてこの戦闘に? 『仁王立ち』の効力は? 私はなぜまだ無事なのか? マスターは?

 次々に泡の如く浮かぶ疑問により思考の海に埋没しかけた意識は、障壁が破られた音により現実に引き戻される。

 

 まずはマスターの無事の確認が最優先であると判断し、振り返るとマスターの前に伏せられていた一枚のカードが立ち上がっていた。

 

 

『援護射撃』

 

 

 それは自分の場のモンスターが攻撃された時に他の自分の場のモンスターの攻撃力を加算するカード。

 

『長くは保たない! 反撃の準備を!!』

 

 "ダルク"の必死の叫びは二枚目の障壁が砕ける音と重なった。

 そもそも"ダルク"の魔力だけでは拮抗することも叶わないはずの一撃だ。

 それを支えているのは、

 

『この戦闘、貴方の背中に守られてばかりでした。ですが本当は私達も貴方と、そして貴方の敬愛するマスターと共に戦いたいのです』

 

 いつの間にか肩を並べる位置まで来ていた"ドリアード"の声が隣から聞こえた。

 そして強く握りしめていた拳を柔らかな両手で包み込まれる。

 

 その"ドリアード"の背後には彼女が宿す四つのエレメントである赤、青、緑、茶の四色の光の揺らぎがあった。

 揺らぎは『魔力覚醒』の効力を経て人の形の幻影に変わっていく。

 

 手をメガホンの形にして声援を送っている様子が伝わってくる元気いっぱいな赤髪の少女。

 

 少し恥ずかしそうにしながらも大きく手を振ってくれている控えめな青髪の少女。

 

 力強く右手を突き出してグーサインを出している言葉数が少なめな緑髪の少女。

 

 眼鏡越しでも分かる目をギュっと瞑りながらこちらに祈るように手を合わせている理知的な茶髪の少女。

 

 その四人の姿から溢れるオーラが"ドリアード"に繋がって、更にそれは"ダルク"へ、そして私へと繋がって見えた。

 

 何を自分だけで背負おうとしていたんだろうか。

 

 デュエルは私だけの力で勝利に導くものではない。

 

 なんてことはない当たり前のことに気が付かされた。

 胸の内側が暖かくなるのを感じる。

 先ほどまで氷のように冷たく固まりかけていた心が溶け、体の内側から力が漲ってきた。

 

 

『小癪な真似をっ……魔法使いが一人増えた程度で覆る力の差じゃないのよ!!』

 

 激昂する"ルイン"が更に出力を上げようと長杖を持たない方の手を天に翳した時、

 

 

 

 

『一人じゃないですっ!!』

 

 

 

 

 "ルイン"の背後から突如声が響くと共に白の魔力の縄が"ルイン"の両手を胴へと縛り付ける。

 

『なっ?! 何処から現れた?!!』

 

 "ルイン"の表情が驚愕に染まる。

 六属性を司る最後の一人、白髪ショートカットの少女"ライナ"がその姿を現した。

 

 

 

「俺もあなたの一ターン目で宣告者が採用されている可能性は考えていた」

 

 その答え合わせをするようにマスターが言葉を続けた。

 

「そしてこのデュエル中にいつそれが発動されたら嫌かを考えていた。それでさっき『オネスト』をくらった時思ったよ。トドメのカードを邪魔されたら一番キツいって」

 

 淡々と語る口調の裏に胸の内を焦がすような熱を感じる。

 このデュエルを通してマスターの気持ちの昂りは私にも伝わってきている。

 

「俺が『オネスト』を引いた時、このカードだけで勝負はしないと決めていた。使えばあなたは確実に止めてくる、そう確信していたからだ。だから俺は『オネスト』発動のタイミングを先にまわした。そして俺はこの賭けに勝った!」

 

 表になった『援護射撃』の横で新たに立ち上がった『奇策』という名の罠。

 手札のモンスターを捨て、そのモンスターの攻撃力分相手のモンスターの攻撃力を下げる効果がある。

 それこそが"ライナ"がこの場に現れた理由だ。

 

 "ダルク"と"ライナ"が稼いでくれた時間で杖を取り戻す。

 だが衝撃に耐えられなかったのか杖には深い罅が入っている。次の魔術を使っただけで壊れてしまうだろう。

 

 けどそれで充分だ。使う魔法は既に決まっている。この世界において最も使用回数が多く、使い慣れた魔法だ。

 

 杖に魔力を通すのと同時に身体強化の魔力を体に巡らせる。

 通常ならこの魔法で身体強化など必要ない。そもそも身体強化など戦闘中の動きに耐えられるレベルまでしか使ったことがない。それこそ高位の魔法使いで身体強化主体で戦っているのは、あのちょっと脳筋なところがある幼馴染くらいだ。金髪の聖職者が青筋を立てながら圧のある笑顔を浮かべているイメージが浮かび思わずかぶりを振る。

 

 全力の身体強化で体から溢れ出ている魔力が時折スパークし始めた時、足元に魔法陣が刻まれた。

 

『いってきます!』

 

 この場を繋いでくれた皆に向けて言葉を残し、転移魔法を起動した。

 粉々になった杖の感触を最後に視界が切り替わる。

 

 転移先は"ルイン"の真正面。

 突然現れた私を前に、"ルイン"の表情に焦りが見えた。

 "ライナ"の拘束によって体の自由が効かない今ならば攻撃は当たる。 

 ありったけの魔力を込めた右の拳を握りしめる。

 

『歯を食いしばれ、性悪女神っ!!!!』

 

 目を見開いた"ルイン"の鼻っ柱目掛けて振り抜いた拳が狙い通り顔面に突き刺さる。鼻を骨と拳の骨が激しくぶつかる鈍い音がした。

 

 

『ぐぷぃぁぁあああっ!!!!』

 

 

 直後、"ルイン"は女性が出してはいけないような悲鳴を上げながら地上に真っ逆さまに落ち、地面に激突した。

 

 "ルイン"の制御を離れた光球は霧散し、地上で障壁を張っていた"ダルク"達の無事な様子が見える。表情が引き攣って見えるのは過剰な魔力消費の後遺症だろうか?

 

『あ、あははっ……お疲れ様でした。お先に失礼しますね』

 

 後ろの"ライナ"も何故か引き笑いをして消えていった。あくまで召喚されたのではなく、『奇策』によって一時的に呼び出されただけだったことを思い出す。

 

 何はともあれ勝つことができた。

 長い激闘の中、無理をし続けた反動で体中が痛い。

 けど、どれ以上に、

 

『ぅっし!!』

 

 勝利の喜びが心を満たした。

 衝動のままに右拳を突き上げると、まばらな拍手が聞こえてきた。それは時間と共に大きくなり、遂には歓声まで上がってきた。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

ATK5300→8950

 

 

破滅の美神ルイン

ATK9700→7850

 

 

 これにてこのバトルは終了。清々しい思いで地上へと戻ることができる。

 教会の崩れた壁や椅子などに埋もれた穴がガタガタと動き出す。

 一際大きな音をたてた後、血濡れた腕が中から突き出てきた。ホラー映画のワンシーンのように穴から這い出てきたのは服が所々破け、ボロボロの姿となった"ルイン"だった。

 

 こちらを射殺す勢いで睨みつけている。

 右手で顔を抑えているが、指の隙間からは鼻血を垂らしていた。

 

『良い顔になったじゃないですか』

 

『小娘がっ! 許さないわ! 絶対に許さない!!』

 

 表情から完全に余裕は消え去り

 何故"ルイン"がまだいるのか、その疑問はプレイヤーの天上院さんが解消してくれた。

 

「墓地の『機械天使の儀式』を除外し、この戦闘での破壊を回避するわ」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

ATK8950→5300

 

 

明日香LP1450→350

 

 

「まさか仕留め切れないどころか、返り討ちに遭うなんてね。これでバトルは終了よ」

 

 すべてのバトルが終了したことで、体から溢れ出ていた過剰な魔力が落ち着きを取り戻す。

 それは空の様子さえも変えてみせたルインの力も同様で、デュエル場の天井が再び見えた。

 

「けどこのターンはまだ終わりじゃないわ。魔法カード『大嵐』を発動! フィールドの魔法・罠を全て破壊する」

 

 発動された魔法によって発現した巨大な大竜巻がフィールドを蹂躙する。

 崩壊寸前だったフィールドの教会は勿論、"サイバー・エンジェル"に加護を与えていた『応神の機械天使』、私たちに大きなバフをかけていた『憑依覚醒』、そして『ダブル・フッキング』も全てが風に呑まれ消えて行った。

 

 『ダブル・フッキング』が破壊された事で"ドリアード"と"ダルク"の二人も破壊されてしまった。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

ATK5300→3500

 

 

「カードを一枚セットしてターンエンドよ」

 

『くっ……うっ、あぁぁぁぁあああああっ!!』

 

 『オネスト』のバフが切れて、『奇策』によるデバフが残った結果、"ルイン"は力が急速に奪われ激痛に絶叫する。

 

 

破滅の美神ルイン

ATK7850→2550

 

 

 しかし赤く充血した瞳からは戦意が衰える事はなく、こちらを見据えている。

 次のターンの戦闘は避けられないと確信していた。

 

————————

——————

————

 

 デュエル開始前の熱気に包まれていた観客席からは音が消えている。

 それは決して場が白けているということではなく、このデュエルの緊張感が伝わってのことだろう。

 

 前夜のホテルでの準備の時に予想していた通り、いやそれ以上の興奮と高揚感に浸ることができている。

 息こそあがることはないものの、近年感じることのなかった胸の高まりに釣られて、テレビ中継があるというのに興奮で滴る汗が止まることはない。

 

 打てる手を全て出し尽くしてあのターンで決着をつけたかった。けれどそれすらも上回る手で凌がれてしまった。

 

 既に私はこのマラソンを走り終えたランナーのように清々しい気持ちで満たされていた。

 

 このデュエルの終わりはもう見えてしまった。

 

 それは変えることのできない確定された未来。叶うことならずっとこの戦いをしていたい。そんなデュエルだった。

 一夏の終わりが訪れたかのような僅かな寂寥感が胸に去来する。

 

「何もうデュエルが終わったような顔をしてるんだ」

 

 だから、そう声をかけられた時に私はうまく反応できなかった。

 

「俺をダンスに誘ったんだろう? 曲はまだ終わってない。ラストダンスまで付き合ってもらおうか」

 

 そう言ってターンを進め始める様子を見て、何故と言う疑問が絶えなかった。

 もう何をやったところで結果は変わらない。このデュエルを通して改めて分かった八代の実力ならば、同じ結末が見えているはず。それなのに。

 

「『サイレント・マジシャンLV4』の効果発動! 魔力カウンターが五つ乗ったこのカードを墓地へ送り『サイレント・マジシャンLV8』へレベルアップさせる」

 

 『サイレント・マジシャンLV4』の体から溢れ出る魔力が光の柱となって立ち上る。光の柱が内側から爆発的に広がった衝撃は、向き合う私にまで圧を感じさせた。

 

 先ほどの激しい戦闘の傷が全て癒えた『サイレント・マジシャンLV8』が姿を現した。

 

 杖先を此方に向ける様子は、まるで戦闘準備万端とでも言うようだ。

 

 

サイレント・マジシャンLV8

ATK3500  DEF1000

 

 

 ギラギラとした闘志の込められた視線を見て、八代が本気であることを悟る。

 

「ラストバトルだ! 『サイレント・マジシャンLV8』で『破滅の美神ルイン』を攻撃!」

 

 攻撃宣言を受け『サイレント・マジシャンLV8』が弾かれたように『破滅の美神ルイン』目掛けて飛び出す。

 序盤の牽制で魔力球が放たれるが、『破滅の美神ルイン』はこれを金の杖で全て弾き飛ばす。

 転移で距離を詰めた『サイレント・マジシャンLV8』の動きを読んでいたか、杖による突き、薙ぎ払い、果ては蹴りまで繰り出すことでジャグリングのように近距離で放たれる魔力球を防ぎながら隙間を縫って攻撃に転じる。

 

 激しさを増す戦闘に当てられ、少しずつ冷めていった高揚感に再び火が灯った。心拍は一気に最高潮に達し、脳内でアドレナリンの分泌が加速する。

 

 見えていた結末なんてどうでも良い。

 今、この時、この一瞬に全てをかける。

 

 最後まで戦うことを選んでくれると言うならば、それに応えなければデュエリストの名が廃る!

 

 それは体勢を崩した『破滅の美神ルイン』に向けて『サイレント・マジシャンLV8』の魔力砲が放たれた瞬間だった。

 

「そういう事なら良いわ! 最後の勝負よ。これが私のラストカウンター! 罠発動! 『ドゥーブルパッセ』」

 

 『ドゥーブルパッセ』の発動と同時に、『破滅の美神ルイン』を捉えていた白の魔力砲が見えない壁に阻まれた。

 

「『ドゥーブルパッセ』の効果で攻撃モンスターの攻撃力分のダメージを相手に与え、そのモンスターの攻撃を直接攻撃に変更する!」

 

 見えない壁は表面をシャボン玉のように揺らしながら白の魔力砲を吸収していく。

 自分に届かない攻撃に僅かに安堵の表情を見せた『破滅の美神ルイン』は煽るように右手で手招きをしてみせる。

 挑発を受けたせいか、額に青筋を浮かべた『サイレント・マジシャンLV8』は杖から光の魔力の刃を形成して、『破滅の美神ルイン』を目掛けて突貫する。

 

 右上段に振りかぶった刃を振り下ろし、見えない壁ごと『破滅の美神ルイン』を切り捨てようとしたのだろう。

 しかし壁に触れた直後、『サイレント・マジシャンLV8』の体もまた壁の中に吸収され消えていった。

 

 

 私と『破滅の女神ルイン』の間の空間に揺らぎが生じたのはその後だった。

 壁の中に消えた『サイレント・マジシャンLV8』が杖を振り下ろした勢いそのままに飛び出してきた。

 同時に壁に吸収されていた魔力砲が跳ね返るように八代に向かって放たれる。

 僅差ではあるが魔力砲が八代に到達する方が、『サイレント・マジシャンLV8』の攻撃が私に届くよりも早い。

 そう認識した時、『サイレント・マジシャンLV8』の姿が光に包まれ始める。

 

「なっ?!」

 

 全身を繭のように包み込んだ光は徐々に小さくなっていく。

 光が解けると一回り小さくなった光の刃と杖が最初に目に入った。杖だけでなく、その杖を掴む手も、それに繋がる腕も体も全てが小さくなっていた。子供の体躯に戻った"サイレント・マジシャン"は、その幼い顔から戦意だけは消す事なく此方へ飛び込んできた。

 

 そして左下段から振り上げられた刃が私に届くその直前で、止まった。

 

 キツく口を結んだ真剣な表情で、私の喉元に杖を向けた姿勢を維持している。

 もし『サイレント・マジシャンLV8』の姿のままであれば、杖から伸びた光の刃は私に届いていただろう。

 

 交差する視線を遮らせたのはデュエル場全体に響いたガラスを叩き砕いたような音だった。

 

 音源を見れば、八代に跳ね返った白の魔力砲は当たる直前で霧散していた。

 

「届かなかったか……」

 

 八代は天を仰ぎながらそう言葉を溢した。

 滲み出る悔しさが僅かに震える声から伝わってくる。

 

 八代の場で新たに発動されていたカードを見て、このバトルの結末を知った。

 

 

速攻魔法『レベルダウン!?』

 

 

 "LV"シリーズのモンスターをサポートする専用魔法。文字通り"LV"モンスターに記載されている一つ前の"LV"に戻す効果がある。

 それによって攻撃モンスターが不在となったため、『ドゥーブルパッセ』の効果が消失したようだ。

 

「不本意だ」

 

 呟かれたその言葉は確かに私の耳に届いた。

 

「良いのよ。こういう結末もある。それもまたデュエルよ」

 

 結末は確かに変わらなかった。

 けど、それでも最後のバトルは胸に刻まれた。間違いなく最高のバトルだったと言い切れる。

 

「私は本当に楽しかったわ。年甲斐もなく熱くなって全力を出し切れた」

 

 準備していたものは出し尽くした。

 だから清々しい思いでこのデュエルを終えることができる。

 

「これで、ターンエンドだ」

 

 そのターンエンドの宣言を聞いて、瞼を閉じる。瞼の裏にはこのデュエルでの攻防全てが思い浮かんだ。

 このデュエルを生涯忘れることはないだろう。

 左手を観客全員に見えるように掲げながら、勝負の終わりを告げる。

 

 

 

「私の負けね。もうデッキが空になっちゃったわ」

 

 

 

 私の宣言を受けても、数秒の間はその事実が認識できなかったのか、デュエル場内から音が全て消えていた。

 

 そしてややあって客席からは地鳴りを伴う歓声と惜しみない拍手が爆発する。

 

 それに遅れてデュエルの終了のブザーが鳴ったことで、夢のようなデュエルの終わりを実感できた。同時に張り詰めていた気が抜けて、平衡感覚を失い体がよろめく。倒れまいと意地で脚に力を入れることでどうにか踏ん張った。危うくバトル前の”どちらかが立てなくなるまでだ”という言葉通りになるところだった。

 同じことを思ったのか、私の様子を見て彼もまた苦笑いを浮かべていた。

 

 最後に言葉を交わすべく互いにデュエル場の中央に歩みを進めた。

 

「本当に心踊るデュエルだった。だからこんな結末じゃなくて、俺はライフを奪って決着をつけたかった」

 

「嬉しい言葉ね。年甲斐もなくデュエルで熱くなれた。最後のバトルまでね。私も本当はもっと長くこのデュエルを楽しみたかったわ」

 

 互いの健闘を讃えてデュエル場の真ん中で握手と一緒に言葉を交わす。

 

 デュエル閉幕のアナウンスと共にもう一度客席からは大きな拍手が鳴り響いた。

 

 さて、デュエルは終了したが、番組の続きの撮影などこの後の仕事はまだまだ続く。

 それも取り敢えず観客席で騒いでいるバカな人を落ち着かせてからか。

 

 

 

————————

——————

————

 

 デュエルスタジアムの選手控室。

 その中でもキングの控室ともなると、巨大なモニターや質の良いソファーなど設備が充実している。

 中でも気に入っているのは最新式のコーヒーメーカー。デュエル後に淹れたてのブルーアイズマウンテンを楽しむのが至福の時間となっている。

 

 だが今日の一番の楽しみはそれではなかった。

 一度キングとなったこの俺とスタンディングデュエルで引き分けた男が、プロ級と目される天上院明日香とデュエルをすると言うのだ。あの男の今を把握するのにこれほど打って付けの試金石はないだろう。

 

 そしてその結果モニターに映るのは、互いの健闘を讃え握手をする二人と爆発的な歓声と拍手に包まれるデュエル会場の様子だった。

 

「くくくっ! はっはっはっ!!!!」

 

 他人のデュエルを見てこれほど愉快な気持ちになるのはいつぶりのことだろうか。

 正直に言えば想像以上だった。前に対峙した時よりも更に腕を上げているだけでなく、観客を沸かすデュエルの心得まで掴み始めているとは。

 今日のデュエルを終えたばかりだというのに、血を沸かすようなデュエルをしたいと体が疼く。

 

「イーヒッヒッヒッ! 何やらご機嫌なご様子。良いことでもありましたか? っと、おや、これは」

 

 他人を小馬鹿にしたような笑い声を上げながら入ってきたイェーガーはモニターの映像を見ると納得したような素振りを見せる。

 

「何時ぞやの彼ですか。随分とご執心なようですね。どこかの誰かのせいで番組の視聴率も良かったようですよ?」

 

 ジロリと視線を向けられた狭霧が背後でビクリと反応をしていた。

 大方あのインタビュー中に俺に見せた画面をテレビに抜かれたのだろう。

 他の機密情報をすっぱ抜かれるなんて事があれば大きな失態だが、今回の件に関しては問題ない。いや、むしろ……

 

「ほぉ。そいつは都合がいい」

 

「……と言うと?」

 

 思惑通りに事が運びそうになっていることに気が付き自然と口角が上がる。

 その様子にイェーガーは訝しげな表情を浮かべていた。

 

「まだあるのだろう? チケットの枠は?」

 

「なっ?! た、確かに枠は空いているかと思いますが、一般人をおいそれと呼ぶ訳には……」

 

 この反応は通せる。

 こいつらとのやりとりをする中で、自分の意見を通せる範囲が分かってきた。

 次の大会でこいつらがどんな思惑があるかは分からないが、ゲスト枠の一つを選ぶくらいの融通は利きそうだ。

 

「ふん。今回のことで知名度についての問題はクリア出来たはずだ。なんならアカデミアの鬼才とでも肩書きをつけてやれば良い」

 

「しかし……」

 

「実力的にも申し分はないだろう。この一戦もそうだが、キングたるこの俺と一度引き分けた過去もある。何が不服だ?」

 

「ぐ、ぐぬぬ、それは……」

 

「ゴドウィンに伝えておけ。次のフォーチュンカップに。彼奴は必ず参加させろとな」

 

 

 

第二章 『アルカディアムーブメント潜入』編 完

 

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