そこに舞い込んだ“ウサギ”は、果たして幸運を呼ぶのか
これは、ウサギが少なくとも酒を呼べたことを記したみすぼらしい物語
右手に持った煙草の灰が、床に落ちる。最後の一本だが、かなり短くなったので床に落とし踏み消す。仕事が終わったら買ってこよう
肩を壁に押し付けるようにもたれかかって、窓の向こうを見る。そこから覗く先の信号が変わり、人と車の動きが変わった。手元に置いたデジタル時計を見て、時間の誤差がないか確認する。計算通りだ、問題ない
右眼を閉じ、左眼で左手のライフルのスコープを覗く。予測通りに黒塗りの高級そうな車が左側の道路から交差点に侵入した。この窓が面した道へと左折してくる。射程距離まで、あと100m
車の中の対象が射程距離に入った直後、脇道へ左折しようとして止まる。車の正面には、道路の上で犬の糞の始末をする母娘がいた。轢くという選択肢がないほど、行儀のいい連中ではなかったはずだが……まあいい、些事だ
分かりやすい黒いサングラスの、割腹のいい男に照準を合わせる。左手人差し指にほんの少し力を入れるだけ。直後に響く銃声。狙い違わず男の眉間に命中する
直後、道路で立ち往生していた二人の娘の方が動く。狙撃で砕けた車の窓に、手榴弾を投げ込み即座に伏せる。当然爆発。これで仕事は一段落。ここから急がねば
銃をウェポンケースに仕舞い、時計を回収する。いざ出口へ向かおうとした瞬間、数人の黒服の男がその出口から入ってきた
「やあやあ、相変わらず見事な腕前だ」
その男達に守られるように立つ、いかにもカタギじゃない風貌の男が声をあげる。雇い主だ
「わざわざ直々に来ていただけるとは嬉しい限り。で、どのような要件でございましょう?」
「いやなに、君には今まで様々な仕事を任せたがね、そろそろ君も知り過ぎた頃合だと私は思うんだ。だから……」
そういいつつ右手を胸の高さまであげる。それを合図として、周りの黒服連中が拳銃を構えた。種類は統一されていない
全く、最近の依頼人はみんなこうだ。暗殺者を使い潰した上で最後は囲んで殺すというお決まりの流れになる
本職の殺し屋を舐めきってるのだ
「……そうッスか」
回収したデジタル時計を投げつける。反応のいい連中が撃ち落とすが、それは悪手だ
「なっ!?」「煙幕だと!?」
「ご名答。本職はそこら中改造するからね」
適当なことを言ってみる。そのまま伏せて、連中の乱射している銃弾が飛んでくるだろう高さから頭を下げる
数秒後、ガシャンという音が何度も響く。ほぼ同時に煙幕が晴れてゆく。黒服連中の全員が、カーペットから突き出た鋼鉄の顎に足を噛みつかれていた。床に穴をあけるだけで設置可能な、バネなしのトラツグミだ。当然の如く毒を塗ってあるから、全員しばらくは激痛やら麻痺で動けまい
「……おのれぇ、殺し屋風情が」
「ヤクザ風情が本職に勝てる道理はないでしょう。そんじゃまあ……あ、契約書第二十三項、覚えてます?」
そういいつつ、利き手とは“逆”の右手で敬礼する
「第二十三項、『甲が乙に対する重大な裏切り行為を働いた場合、独断で甲に相応の報復を行う可能性があります。その際は合図として、利き手とは逆の手で敬礼を行います』……そして利き手でてめぇを殺す、ってな」
腰の拳銃を抜く。マウザーC96、お気に入りだ。即座に向こうが服の内ポケットから抜いた拳銃に照準し、射撃。続いて両足を撃つ
「それでは皆さん、あの世で……は殺しは無理か。来世でのご利用お待ちしております」
狙撃に使った窓とは別の窓から、隣の建物に飛び移る。元の建物から伸ばしてきたスイッチを押す。直後、爆発。処理完了、撤収だ
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とある小さなマンションの、月明かりが微かに照らす扉の前に到着する。ポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込み半回転。扉を開けて中に入る
「……ただいま」
昔は答えの返ってくることなどありえないその挨拶は、さらに昔からの習慣だ。アイツは、こういうのを気にする奴だった
「あ、おかえりー。お疲れ様ー」
今は返して貰える。頭に兎の耳をつけた、奇妙な同居人がいるからだ。名前は知らない。自称平凡な男子高校生だが、実際に見た目だけは兎の耳以外は普通の男子高校生に過ぎない
奇妙な同居人は、ずっと昔を思い出すのに役立っている……いや、いつも役立っているか
「どうだった? なんか部屋爆発してたケド」
部屋に入り武装を解きながら、奇妙な同居人の質問に簡単に答える
「また契約の解約だよ、しばらく平和だ」
「ふーん……あ、今日の俺の変装どうだった?」
「相変わらず魔法みたいだったよ。どうすれば小学生女児になれるんだ」
「そりゃおめー、男子高校生の裏技ってのさ」
お決まりの答えが返ってくる。この奇妙な同居人は、変装で俺の仕事を支援してくれている……のだが、その変装が完全に変装の域を超えているのだ。まさしく魔法というのがふさわしいほどに。こればかりは問い詰めようと無駄だと分かっている。釈然としないが、もう諦めた
武装を解き終えたら、元の隠し場所に隠す。銃やナイフなどの武器類はベッドの下に、ジャケットやシースベルトなどの装身具はクローゼットに、といった具合だ。最後にマウザーを部屋の隅のベッドの、その枕の下に潜り込ませる
一連の作業が終わったら、装身具の中に来ていたTシャツやジーンズを脱ぎつつ同居人に確認する
「シャワーは?」
「用意してるよ」
シャワールームに向かいながら、着ていたものを全て脱ぎ洗濯機に入れる。洗剤を目分量で入れ、洗濯をしておく。その間にシャワーを浴びるのだ
いつも通りの手順でシャワーを浴びていると、同居人から声がかかる
「あ、今日は珍しくて面白い酒買っといたよー」
本当に高校生か、アイツは
珍しい酒の真意をたどるべく、シャワーをさっさと終えてシャワールームを出る。体を拭きつつ、部屋に戻り下着を取り出す。風呂上がりは下着一枚で過ごす、くだらない俺の決まりだ
部屋の机にはにはコップが二つ、酒の瓶が一つ置いてあった。ラベルからして、海外から取り寄せたのだろう
「これが、例の酒か?」
「うん、スピリタスっていうんだって」
同居人は返事をしつつ、慣れた手つきで酒を注ぐ。ホントに高校生なのか
「んじゃまあ、はい」
「お、悪い」
無言ながらコップをぶつけて乾杯を済ます。そのまま口に含み勢いで飲み込
「ぶぇあ!?」
「うえ、きったな」
思わず噴き出す。この感じ……
「てめ、これ度数いくつだ!?」
「えーっとちょっと待って今WEKI先生に聞くから……」
スマホを取り出し、数秒ほど操作しだす
「えー……だいたい九十六度ほどでーす」
「てめこら、正気か!?」
「あ、原産地でもそのまま飲みはしないって」
「はぁ!?」
おもわず枕の脇の銃を突きつける
「お前ホントにえげつないことばっかり……」
「待って待って火器厳禁!! アルコール九十六度!!」
「てめっ……」
「どうどうどうどう、まあ飲みなって」
「飲めるかこんなの……ったく」
一度キッチンに下がり、ソーダ水を冷蔵庫から取り出す。コップの縁スレスレまで注ぎ、限界まで薄めて少しすする。飲み込むだけで喉が焼けそうだ
「……〜〜っっ!!!」
「お味はいかが?」
「……真っ当な奴の飲むもんじゃねぇな」
とかなんとか言いながら、一気にあおる。意識が飛ぶ。急性アル中で死ぬんじゃねぇかこれ……
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次の日、瞼越しに目に刺さる光でキチンと目が覚める。チラリと見えた時計は十二時を少し過ぎた辺りをさしていた
クラクラする頭を動かし、仏壇の前に正座する。蝋燭に火を灯し、線香に火をつけて供える
(俺は今日も元気だよ。それに、しばらく
奪われた者から、奪った者になってからずっと続けている風習だ。決して忘れない
しばらくそのまま動かずにいると、後ろからのしかかられる。背中には謎の柔らかい感触
「んー……」
「……どうした、万年発情期ウサギ」
「あー……んー……暇ぁ?」
そののしかかってきた物体は、少女の声で返事を返してくる
アイツの変装術の極めつけはこれだ。謎の性転換。これはいったい何がどうなってどうしたらできるのか、全く検討がつかない
「暇に決まってるだろ。仕事ねぇしな」
「んあー……ニィトー……」
「てめっ……ってか降り」
「セックスしようニートさん……」
「……万年発情ウサギが……酒の力でヤろうってのか」
無理矢理背中からおろし、蝋燭を消す。シャワーを浴びて、服を着替えて、ムラムラしてて辛そうなウサギをほったらかして、街を散歩する。
人殺しが、平和に酒を飲んでいけない道理なんてない。あるのはただ一つ。復讐されたら死ぬ義務だけだ。そうでなければならない
そうでなければ、俺が