東方幽棲抄 ~ 今日も今日とて、ツンデ霊夢に殴られる   作:風鈴.

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第15話 旅行の前夜

 

 のどかな昼下がり。

 

 社務所の休憩室で、3人は思い出話に花を咲かせた。

 

 守矢神社で遊んだ時の話、互いの家に遊びに行った時の話、野山を探検した時の話、神社の蔵の中に忍び込んだ話、近所で催された祭りの話、小学校で行った密かな悪戯や失敗談、過去の級友の近況、初めての宿泊学習の話――

 

 一通りの思い出話を語り終え、今度は互いの近況を報告し合う。今後の夏休みの予定、近場に新しく開店した服飾屋や喫茶店など。

 

 どんな話題でも構わず、気の置けない旧友との語らいを心ゆくまで楽しみ続けた。

 

 気が付けば、神社は夕日影に照らされ、神秘的な静寂を匂わせていた。

 

 俺と優は早苗に別れを告げ、神社を後にした。

 

 それから時間は流れ――

 

 俺は自室のベッドに寝転がり、保冷剤を包んだ三角布で右手首を冷やしていた。

 

 どうして右手首をアイシングしているか――それは優の同人誌制作の手伝いが関係している。

 

 早苗と再会した後から現在に至るまでの3日間、優の自宅であるアパートにこもり、優と一緒に夏コミの同人誌制作に尽力していた。

 

 狭くて小奇麗とは言えない部屋の中、窓を全開にして、さらに扇風機フル稼働(エアコンと呼ばれる文明の利器が設置されていない)で、黙々と原稿用紙と闘っていたのだ。

 

 成人向けの同人誌であることはともかくとして、同人誌制作そのものは楽しかった。もともと物作りは好きだし、めったに体験できない作業だから、新鮮味があるのだ。

 

 そんなこんなで、同人誌制作に意欲的に取り組んでいたのだけれど……。

 

「手首が……いてぇ……」

 

 酷使された右手首が痛みに悲鳴を上げている。

 

 いや、悲鳴を上げるという表現は、いささか誇張的か。

 

 呻き声を上げる、という表現に抑えておこう。

 

 まあ、表現の程度問題など、どうでも良い。

 

 ふと、部屋の夜窓から、空の様子を窺う。夜空には雲がまばらに浮かんでいるだけで、星空が綺麗に見えた。

 

 この調子なら、明日の天気は雨にならないだろう。

 

 夜空の星明かりを見上げていると、不意に携帯電話の着信メロディが鳴った。メールを受信したようだ。

 

 携帯電話を手に取り、受信BOXを呼び出す。

 

 メールの差出人は早苗だ。

 

 

 

 

件名:明日の旅行

 

本文:こんばんは、颯君。この前の神社で行ったお喋りは楽しかったですね。思い出話をしていたら、何だか不思議な気持ちになっちゃいました。懐かしいような、温かいような……でも何故か切なくて悲しいような。アンビバレンスです。

 

それはともかく、明日の旅行は楽しみですね。小学校の時の遠足前夜みたいで、心が浮き立っちゃいます。未だに子供っぽいのでしょうか。颯君は、どんな気持ちですか? 私みたいに、心がうきうきしてして落ち着きませんか?

 

今日はあまり夜更かしせずに、ゆっくり休んで下さいね。3人で無事に旅行を終える事が出来たら、とても嬉しいです。

 

少し早いかもしれませんが、お休みなさい。明日、また会いましょうね。

 

 

 

 

 メールの内容はそのようなものであった。

 

 メールを読了すると、すぐに返信メールを書いて、早苗に送った。

 

 メール送信完了の画面を確認すると、再び受信BOXを開いて、今度は優から一昨日送られてきたメールを展開した。

 

 そのメールには、温泉旅行に関する事項が書かれている。当日の集合場所と待ち合わせ時刻、電車移動における運賃と移動時間、旅行に際しての必要品、大まかな行動予定などだ。

 

 そのメールの内容を再三に渡って確認すると、携帯電話を閉じた。

 

 目を閉じ、手のひらを胸に当ててみる。

 

 常よりも少しだけ、心臓が鳴っている。

 

 無論、わくわくしているのだ。

 

 早苗が子供っぽいのなら、俺も子供っぽいということか。

 

 早苗がメールに書いていた通り、今夜は早めに休み、万全な体調で明日を迎えたい。早めに就寝した方が良いだろう。

 

 俺は部屋の電灯を消した。

 

 (かそけ)し月光と星夜光が部屋の中を照らす。

 

 見慣れた自室の光景。

 

 今に限っては、その光景が少しだけ……いつもと変わっているように感じられた。

 

 

 

『世界が退屈に感じられる? それは、あなたが世界に飽きたからではありません。あなたがあなた自身に飽きているだけですわ。観測者が変われば、観測結果も変わりますもの』

 

 

 

 ふと、そんなことを誰かが言っていたような気がする。

 

 誰の言葉だったか。口調からして大人の女性だと思うのだけれど。

 

 学校の女性教諭であったか。それとも、近所の女性であったか。

 

「まあ……誰だっていいや」

 

 独り呟き、ベッドに横になった。

 

 そう言えば……。

 

 その言葉に続きがあったと思うのだけれど、何だったか。

 

 思い出そうとするものの、いつにもまして、あっさりと意識が眠りに沈み始めてしまう。

 

 旅行前の緊張や期待など、全く関係なく。

 

 誘われるように、

 

 引き込まれるように、

 

 飲み込まれるように、

 

 水に溶けるように、

 

 毒薬に侵されるように。

 

 甘美な眠りは――意識を闇へと落として行った。

 

 

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